2014年09月09日

断じて屈するわけにはいきません


受験に強い朝日新聞

朝日新聞は、大学入試出題数10年以上連続No.1

朝日新聞は、毎年多くの入試問題に採用され、その数は他紙と比較しても圧倒的です。
朝日新聞を読んで国語力をUpしましょう。



銀座・築地地区の朝日新聞販売店 ASA銀座築地
朝日新聞銀座シティ販売株式会社
http://www.ginza-city.co.jp/special1/


吉田調書の中身を歪めて記事にする国語力、嘘証言を載せておいて謝りもしなった職業倫理。
子供の教育にぴったりだぜ。本質は、この手の人間が社会で結構出世するということであり、人道は問題ではありません。
読者離れしているであろう昨今こそ購読すれば、反朝日キャンペーンを繰り広げる勢力や、それに踊らされる右傾化した連中と差をつける大チャンス!

長年にわたる朝日新聞ファンの読者や企業、官僚、メディア各社のトップ、 ASA幹部の皆さん、KYさんなど多くの方から「理不尽な圧力に絶対に負けるな。とことん応援します」と朝日新聞への信頼をさらにUpした激励多数! 読むっきゃない! 読め! 

posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

14/07/12

「今日は政治経済評論を専門とされているハニ村真さんにお越しいただきました。どうぞよろしく」
「よろすく」
「早速ですがハニ村さん、ハニ村さんは昨今の日本の政治状況をどのようにご覧になっていますか」
「はい、非常に危機的状況にあると、見ていますね」
「それは具体的にどういう部分が」
「私の触覚、ピーン、ピーンって立っているでしょう。これはですね、非常に、日本の政治危ないな、このままだと日本は大変なことになるな、って気配を感じ取ると、ピーン、ピーンって立つんですよ。触ってみますか」
「では、失礼して」
「どうぞ」
「ああ、これは、芯が硬くなっているのが、触ってみるとよくわかりますね」
「うん、うふ、うふふ」
「あっ、ごめんなさい」
「いや、ちょっとくすぐったかっただけです。今はこんなにピーン、ピーンって立っておりますけど、普段はダラーン、ダラーンと、垂れておるわけです」
「ダラーン、と」
「ええ、ダラーン、ダラーンと。柔らかくね」
「それが、昨今の政治状況に立ちあがったと」
「その通りです。ピーン、ピーンですよ」
「うーん、よくわかりました。今日は政治経済評論を専門とされているハニ村真さんにお越しいただきました。どうもありがとうございました」
「ありがとやんした」
posted by ヨシノブ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月16日

2013-06-07



浜矩子さんの写真、さすがに色の調整間違ってません?
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-06-07/2013060703_01_0.html


浜さんが表に出る時は大抵、経済評論家という肩書だから知られてないけど、髪の毛が紫色しているのは、ずっとロックバンドをやっているからです。ボーカル兼ベース。
経済評論で忙しくなってしまったけれど、今でも年に1度くらいライブやってます。売れるのが目的ではない(バンドメンバーはみんな別の職を持っている)から大々的な宣伝はやりませんし、口コミでライブハウスがほぼ満員になります。
この前は渋谷のCYCLONEでやってました。

経済評論家の時はロックの話をしませんし、ロックスターの時は経済の話をしません。バンドの宣伝をしないのは、その辺を混同する勘違い客を避けるためでもあります。
理念はわかるのですが、このバンドがあまり知られていないのは勿体ないのです。いい曲いっぱいありますから。
バンドの公式ページではCDの通販をやっています。一貫してインディーズです。
今日は来年の4月1日を前借して書きました。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月19日

業界人から聴くゴーストライターの話




共同通信社を辞めた青山繁晴へ、或る人が一ヶ月に一冊本を出してくれ、と言う。青山は、とてもそんなペースでは書けません、と断るのだが、求められたのはそういうことではなかった。ゴーストライターに書かせろと言うのである。みんなやってるよ。例えば……。
或る人が当然のように語った、著名エコノミストのゴーストライトぶりとは。


*
有名人の名前でゴーストライターの文を売るという構図で思いだしたが、軽めの文庫本に多い、著者名が〇〇委員会とか〇〇調査隊となっている本(雑学・アンケート分析・裏話などが多い印象)は、実際には一人で書いている、或いは多くても三人程度という話を何かで読んだことがある。
一人で書いたのだからその名前を出せばいい、とならない理由は、無名の個人著者名では「無名個人=興味ない・期待できない」で本を手に取ってもらえないためだという。
無名でも〇〇調査隊の類にしておくと、何となくちゃんと書かれていそうな印象を与えるそうで、これは知恵だなあ(山本夏彦的な意味で)と思った。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月12日

話半分に聞いたこと書いてないで、確認取材して伝えてくれよ

話題になっている3月9日の天声人語。


 職場の屋上から眺めると、ビルの街に隅田川がゆったり光っている。春のうららの……と
歌われる季節も近い。思えばそんな春先、3月10日の未明に隅田の川面は死者で埋まったのだった。
約10万人が非業の死を遂げたとされる東京大空襲から、あすで68年になる▼きのうの朝日小学生新聞で、
当時14歳だった画家、吉野山隆英さん(82)の話を読んだ。隅田川につながる北十間川
(きたじっけんがわ)にも遺体が折り重なって浮いていた。いまは東京スカイツリーの足元を走る川である▼
思い出すのがつらくて、吉野山さんは空襲の絵を描けないできた。70歳を過ぎて初めて描いた。
天をつくツリーが完成に近づいた一昨年には、北十間川の記憶を絵にした。あのできごとを
忘れないでほしい――風化にあらがう筆は重々しい▼悲惨な戦争の歴史でも、無差別爆撃は
最悪のものだ。米軍は戦争末期、日本の主要都市を軒並み炎に包んだ。犠牲は数十万人に
のぼるが、広島や長崎に比べて語られる機会は少ない▼東京大空襲では爆撃機B29が279機飛来し、
3時間足らずで下町を焦土にした。戦中派には恨み重なるB29を、昨今の若者は濃い鉛筆のことか?
と問うそうだ。話半分に聞くにせよ、いまや戦後生まれがほぼ8割を占めるのは事実である▼
移ろいやすい人の世だが、忘れてならぬものがある。11日には大震災から2年がめぐる。
その前日の3・10も伝え続けたい。天災と戦争は違うけれど、奪われた命の無念は変わらない。胸に刻む両日としたい。




感心した。
『最近の若い奴は戦争のことを知らない』論は、遅くとも昭和五十年一月六日には毎日新聞夕刊に出ていることを山本夏彦の本で知っている。
http://qazwsx.seesaa.net/article/285164459.html

私も年を隔てて何度かこの論を聴いたことがあるものの、ほぼ「若者は戦争したことを知らない」の一点張りであった。それが「B29を鉛筆だと思っている」と変化球で「若者は戦争を知らない」を言いにきたのである。何も考えていないようで、ちゃんと考えているのだなあ。それなりに。
「話半分に聞くにせよ」と目立つ逃げ道を併設しているところもいじらしい。若者に取材してみろよ。お前それ誰から聞いたんだよ。にしても「K・Y」ってだれだ。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

12/03/05

テレビ出演の謝礼

 取材の謝礼が気になる読者がいらっしゃるかも知れない。

 基本的には、取材を受ける立場では、「取材謝礼はゼロでもいい」と認識しておくべきだ。取材の内容によっては、謝礼を払うことと取材の目的の間にコンフリクトが生じる。取材は断る権利もあるし、だからこそ、受けるからにはそれなりに覚悟が必要だ(一応の原則論として)。

 ただ、一般的な事項解説的取材では、解説に対して謝礼を払うのは自然だろうし、謝礼には、取材源が取材に使った時間と手間への対価という意味もある。

 取材謝礼に公定相場がある訳ではないし、実のところ私も金額を確認しないことが殆どなのだが、10分〜30分くらいの収録取材に応じて何分かオンエアされたといったケースでは、1万円〜3万円くらいのものだろう(特別な情報提供の場合はもっと多いかも知れないが、それは稀だろう)。

 タレントではない文化人(評論家、先生、作家、ビジネスマン、等。私もこの範疇)の場合、テレビ出演の謝礼には民放各局の間で「ゆるやかな談合価格」があり(NHKはもう少し安いと言われている)、局や番組の予算などで異なるが、ゲスト的な出演の場合「1時間テレビに映っていると5万円」というくらいのものだろう(但し、レギュラー出演で、MCなど重要な役割の場合、別建てになることはある)。私の場合、「報道ステーション」や「スーパーニュース」でVTR取材に答える謝礼は1回(たぶん)2万円くらいだろう。「とくダネ!」(フジテレビ、約2時間の生放送)のコメンテーターは1回、10万5千円(出演料+消費税で)だった。文化人のテレビ出演は、それ自体はそれほど儲かる仕事ではない。


評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」:テレビの取材を受ける場合の基礎知識 より引用
http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/e/e32f42593c71107dc969332b7e52d618


番組内で津田氏は、現在メディア業界で起きている人材流動について触れ、「テレビは制作費が削られ、厳しい状況になってきている。一方でニコニコ生放送は制作費をしっかりかけており、放送作家や出演者など、テレビ業界で活躍している人材が流れこんできている」と語った。

「ニコニコ生放送はテレビと同じぐらい台本がかっちりしている。制作体制もしっかりしている。その上でネットならではのインタラクティビティや延長放送などを取り入れている」と津田氏。さらに自身のように事務所に所属せずフリーで活動している人については「テレビに出るのもニコ生もギャラはそんなに変わらない。場合によってはニコ生の方が高いこともある」

ニコニコニュースより抜粋
http://news.nicovideo.jp/watch/nw2298



立川談志、橘家円蔵、古今亭志ん朝、毒蝮三太夫の4師匠が焼き肉を食べた。帰り際、談志さんが「おい蝮、お前が払え」と言う。「割り勘は皆が不愉快になる。お前が払えば、お前だけ不愉快で済む」◆円蔵さんの高座で聴いたマクラである。

編集手帳 2月28日
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20120227-OYT1T01138.htm
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

死んで当然らしい

大手新聞が寄稿ではなく自分の看板で、政治家を名指しして馬鹿と言い放つように読める記事を載せたのは珍しい、と読売新聞の編集手帳を紹介したばかりだが、甘かった。
日経新聞2010/05/29社説は、「罪万死に値する失政である」で始まっていたという。五月末決着の言も虚しい、鳩山由紀夫首相の普天間基地を巡る行状を評してのことである。(追記:私は知らなかったように書いているが、当時このブログで取り上げていた。失念。)

個人名でのコラムならともかく、新聞の社説が、1人の政治家に対して罪万死に値するなんて激烈な怒りを込めて書くことは極めて稀というか、私は他に記憶になかったからです。おそらく、空前絶後の表現だろうなと思っていました。

国を憂い、われとわが身を甘やかすの記:新聞2紙に「万死に値」と指摘された鳩山前首相…
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/2155323/

それが、先日の『抑止力は方便』に代表される鳩山由紀夫前首相の戯言を受けて、琉球新報2011/02/14社説がこう書いた。

これほど言葉の軽い政治家を見たことがない。そして、自らの言葉に無責任な人も。政治音痴の素人政治家が国を動かし、国民を翻弄(ほんろう)し、政治不信を高める。万死に値する大罪だ。

「抑止力」は方便/政治音痴の素人首相 政治不信と混迷を増幅
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-173465-storytopic-11.html

この段の小見出しも「万死に値する大罪」とあるから、鳩山前首相に対して強く使いたい言葉なのだろう。万死に値する罪ならば、その罰は死刑が妥当であるはずだ。
一方でこんな社説も書いている。

死刑が刑罰として必要か。死刑という制裁で被害者は癒やされるのか。なぜ日本には終身刑がないのか。日本の再犯率の高さは、受刑者の更生や規範力を高める「教育刑」としての刑罰の在り方に疑問を抱かせる。死刑存廃も含め、傍観者的ではなく、わが問題として考える時がきている。

裁判員死刑判決 極刑の重圧と是非の論議を (2010/11/19)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-170274-storytopic-11.html

 刑と罰の均衡、犯罪予防の観点などから死刑選択がやむを得ないと判断するか否か。
 遺族の被害感情を重視すれば極刑の選択に流れかねない。一方で、残虐性が否定され前科や再犯の可能性がなく、更生が見込めるとの心証を得れば極刑を回避し、無期懲役という判断にもなろう。
 死刑廃止を求める声は根強い。冤罪(えんざい)の誤審が過去少なくない中、死刑は取り返しのつかない事態を招く。死刑存続の声は犯罪への応報刑主義に立つ。
 刑罰を「更生」と犯罪予防に重きを置く目的刑主義、教育刑的な観点からみると、日本の入所受刑者の再犯率が5割を超える現状には疑問を呈さざるを得ない。刑務所が「教育」刑よりも「応報」刑に重きを置き、更生支援の取り組みがなおざりにされている証左ではないか。
 冤罪を生む密室での取り調べの可視化、再犯者を減らす刑執行の在り方も含め、凶悪犯罪と極刑裁判を減らすためにも強固な防犯対策と司法改革を急ぎたい。


裁判員制度 極刑減らす司法改革を 2010/11/30
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-169606-storytopic-11.html

死刑が必要であると主張するならまだしも、これまでこういうことを書いたうえに言葉の軽さや無責任を非難した文脈のなか、万死に値する大罪なんてのは、本気にしろ言葉の綾にしろ、琉球新報が使うべき言葉ではない。中岡艮一は原敬を殺した。鳩山前首相が新たな中岡艮一の手にかかった時、同じことが言えるか。言えて、死刑存廃云々にも筋を通したことが言えたら、私はこのブログで琉球新報が自身の言論を曲げなかったことを褒めます。日経も。

ばん‐し【万死】
1 生命の助かる見込みがないこと。また、命を投げ出すこと。「―を恐れず」
2 何度も死ぬこと。「罪、―に値する」
  (デジタル大辞泉)

▼本には原田さんらが死刑反対のビラ配り中、通行人の男から「遺族の気持ちを考えたことがあるのか」と罵(ののし)られ、メンバーが「こちらが被害者遺族です」と原田さんを紹介すると、男はその場を立ち去るという場面が出てくる▼原田さんは同情だけで死刑賛成と言ってほしくない、遺族として犯人の謝罪と償いを受ける「被害者権利」確立の必要性、さらにその機会を奪うことにもなる死刑の意味を考える重要性を訴える▼感情だけにとらわれたまま被害者遺族の前から立ち去った男と同じように、国民の多くが死刑制度の問題点について考えようともしない、思考停止状態に陥ってはいないだろうか、と指摘する原田さんの言葉は重い。

金口木舌 2006/10/22
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-18216-storytopic-64.html


褒めますなんて書いた私だけど、NHKの討論番組で「僕は死刑廃止論者だけど、ブッシュは八つ裂きにしたいと思ってる」と発言した男を見た時には笑ってしまいました。今思い出してまた笑っています。彼は自分の気持ちに嘘をつかない御人なんでしょう。


鳩山発言に対し政府の対応、そして鳩山氏の真意は……。

政府は火消しに躍起となった。首相は14日夜、記者団に「海兵隊を含む在日米軍全体はわが国の安全に重要な役割を果たしている」と強調。枝野幸男官房長官も「海兵隊が沖縄にあることが極東の安全に寄与する」と語った。

なぜ鳩山氏は首相の後ろから鉄砲を撃つような発言を続けるのか。
 鳩山氏周辺は「菅氏は副総理だったのに鳩山氏が普天間で一番苦しんでいる時に『われ関せず』と逃げ、ちゃっかり後継に納まったからだ」と打ち明ける。「私と小沢氏が身を引いたから首相になれた恩を忘れている」との思いもあるようだ。ある野党幹部は「鳩山氏は民主党のオーナー意識が抜けない。消費税率引き上げなど自分が示した方向と異なることをやるのは許せないのだ」と解説する。
 今月9日、鳩山氏は日印関係の国際会議への協力要請のため、安倍晋三元首相と会談した際、首相についてこう愚痴った。
 「あの人は本当に何を考えているのか。変な人です。せっかく(自分の政権で)よいことをやっていたのだから、それを続けていただきたい」


産経新聞:普天間問題 海兵隊の抑止力「方便だった」 鳩山氏は「政権最大の難敵」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110214/plc11021422380010-n3.htm
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月20日

10/12/17

 独断専行で暴走しがちな同僚を諭して、麻薬捜査官が言う。「われわれはチームだぞ。チーム(TEAM)にI(私)の字はない」。同僚は内心つぶやく。「勝利(WIN)には私(I)が入っているよ」◆ドン・ウィンズロウの小説『犬の力』(角川文庫)のひとこまにある。どういう組織であれ、I(私)の功名心を抜きにして活力は生まれない。Iの暴走は、しかし、ときにチームを崩壊の危機に追いやることもある◆大阪地検特捜部による証拠改竄・犯人隠避事件の責任を取り、大林宏検事総長が辞任する意向を固めたという◆被疑者の口を割らせる“割り屋”として令名の轟いた特捜検事を証拠改竄に走らせたのは、歪んだ功名心と、俺たちは万能だという傲りであったろう。検察の信頼が地に堕ちて喜ぶのが犯罪者であることを思えば、トップの辞任に同情の余地はない◆泣く子も黙る最強チームで、ボスの首が飛ぶ。その衝撃を所属する一人ひとりがどう受け止めるか。傲り(HAUGHTINESS)から不埒なI(私)を取り除き、その単語を検察庁の辞書から放逐しない限り、何も変わらない。

編集手帳  12月17日付
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20101216-OYT1T01134.htm?from=any

Iを抜いてから単語を放逐する? 二度手間? ゴミの分別みたいなもの?
ラベル:読売新聞
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

新聞読まない奴は馬鹿。人間性を疑うね。


信濃毎日新聞の販売店でつくる「信毎会」は21日、長野市のホテル国際21で2010年総会を開いた。会員や小坂健介信濃毎日新聞社長ら関係者約200人が出席。役員改選で連合会会長に再任された安藤清一氏(千曲市雨宮)は「増紙活動は県民の知性と人間性を保つ行動だと誇りを持って取り組んでいく」と述べた。

 小坂社長は、同日の発行部数が49万部台の大台を維持したことに感謝し、認知症をテーマにしたキャンペーン報道「笑顔のままで」が本年度の新聞協会賞を受賞したことや、子どもたちに新聞を身近に感じてもらう活動について報告。「販売店の皆さんと本社が手を携え、1人でも多くの読者を獲得していくことが最も重要なことだと確信している」と述べた。


信毎だより
http://info.shinmai.co.jp/info/2010/10/22_005236.php


新聞読まないと知性と人間性を保てないようです。
即ち新聞を読まない人間にまともな知性も人間性もありゃしません。
つまり新聞を読まない人間は知性に欠ける馬鹿で、人間性欠ける非人間です。
新聞を読まないとは愚かで恐ろしいことなのです。
新聞とは斯くも有難き存在なのです。
読む前に手を合わせたほうがいいでしょう。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

美しい日本語がいつか鬼籍に入ることにはならないか。心配である。

「日本語を立て直していただきたい」http://qazwsx.seesaa.net/article/161439713.htmlから続く


憮然を誤用しないと何か困るのでしょうかと仰るが言葉は変化するもの憮然を今や主流となった立腹の意味で使って何が悪いのか、と問われれば、文の意味が分からなくなるから困る、と答う。
先日挙げた毎日新聞の記事では前後から誤用しているのが読み取れて、小沢氏が不機嫌な顔をしていたのがわかったが、誤りを承知で用いて憚らぬ世なれば、単に憮然と書かれると誤用か正用か読み取れぬので困る。古典ならば専門書を頼ればよい。新聞ならば誤用に合せてあるのだろうと思っておればよいのかもしれぬ。しかしこれが最近の小説や素人の作文で怒ったともしょんぼりしたとも受け取れるように書かれたとあれば、どちらの意味か判断がつかぬ。誤用で育った者は憮然を怒りだと思って正用した文章を読むようになる。文意を誤る。正用が誤用扱いされる。



毎日新聞を引き合いに出したのは、見出しが偶然目に付いたからに過ぎぬ。大手五紙どこでも誤用されている。
(以下日経除いて各紙サイトの記事検索から。記事の登録数や保持期限、検索機能の良し悪しに差があるだろうが誤用の頻度までは不明)


元戦隊長らの「名誉」は再び回復されなかった。31日、大阪高裁の控訴審判決で原告側の控訴が棄却された沖縄集団自決訴訟。ドイツ渡航中の大江健三郎さん(73)が不在の法廷で言い渡された2度目の敗訴判決に、原告側は「勝訴を確信していた。信じられない」と怒りをあらわにし、弁護団は「不当判決だ。最高裁でも闘う」と決意を新たにした。
 大阪高裁202号法廷。この日、原告の元座間味島戦隊長、梅沢裕さん(91)と元渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次さんの弟、秀一さん(75)はいずれも濃いグレーのスーツ姿で入廷した。梅沢さんはかぶっていたハンチング帽を取り、緊張した面持ちで判決を待った。
 「控訴人のいずれの控訴も棄却する」。小田耕治裁判長が短い主文を読み上げると、法廷内は一瞬、静まり返った。その後すぐに裁判長は退廷した。梅沢さんらは代理人弁護士から耳元で敗訴を伝えられ、ぶぜんとした表情を浮かべた。


産経新聞 2008.10.31 21:38
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081031/trl0810312140024-n1.htm


桜井さんは「検察側が42年前とまったく同じ起訴状を朗読したことに腹が立った」とぶぜんとした表情を見せ、「もはやすべて(有罪の根拠が)崩れたはず。なぜまずおわびがないのか」と憤慨していた。

日本経済新聞  2010/07/10
キャッシュ

 「たなかや」の特徴は、写真を撮る前に寄里枝さんの「面接」があることだ。「どうして、この会社を選んだか」「あなたは何をやるのか、やれるのか」などと質問される。最初は「余計なお世話だ」とぶぜんとしていた学生たちも、最後には履歴書そのものを開いてみせる。

朝日新聞 2010年9月2日
http://mytown.asahi.com/areanews/kanagawa/TKY201009010496.html


 記者会見に並んだのは、河村氏と伴野豊県連代表、杉岡和明県連幹事長の3人だけ。市長選のもう一方の“当事者”である同党市議団は誰も同席しなかった。報道陣からその点を問われ、河村氏は「県連が連絡を取られたと思うが、それ以上のことは分かりませんわ」と憮然として答えた。同席した伴野代表も表情をこわばらせたままだった。

読売新聞 2009年3月26日
http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/ngo_election/ngo_election090326_1.htm



天声人語に憮然の誤用へ言及したものがあった。


(天声人語)カタカナ語の不安


 「鬼籍に入(い)る」という言葉がある。その意味を女子大生にたずねたら、「長男の嫁になること」と答える者が多かったそうだ。中国文学者の一海知義さんが、人づての話として『漢語四方山(よもやま)話』(岩波書店)に書いている
 この珍解答には腹を抱える人も、さて「憮然(ぶぜん)」や「檄(げき)を飛ばす」の意味をご存じだろうか。文化庁の「国語に関する世論調査」によれば、7割以上が意味を取り違えていたそうだ
 「憮然」は、失望してぼんやりする様子。「檄を…」は、自らの主張を広く知らせて同意を得る。それが元の意味だ。だが多くが、前者を「腹を立てている様子」、後者を「元気のない者を叱咤(しった)激励する」と誤って使っていた
 「日本語の乱れ」と嘆く向きもおられよう。だが、これらはもはや「誤」が「正」になった感がある。「憮然」から想像するのは仏頂面であって、失望の顔ではあるまい。歩く人が多くなれば、それが道になっていく
 とはいっても、気になるのはカタカナ語である。多いと感じる人が8割を超す。開化期の文化人たちは、なだれ込む外国語と格闘し、「社会」「個人」「哲学」…と片っ端から新しい日本語の服を着せた。いまは裸のまま、ネットに雑誌にカタカナが躍る。席巻ぶりを、4割の人が「好ましくない」と見ている
 ところで冒頭の「鬼籍に入る」は、人が亡くなることを言う。鬼の字にはもともと、「人が帰る所」という意味があるそうだ。カタカナ語に虫食いにされて、美しい日本語がいつか鬼籍に入ることにはならないか。心配である。



2008年7月26日付け朝刊
http://www.asahi.com/shimbun/nie/kiji/kiji/20080804.html

記事にあるのは文化庁が平成16年に行った調査で、憮然の意味を正答したたのは16.1%だった。檄を飛ばすでは14.6%。
文化庁:平成15年度「国語に関する世論調査」の結果について
http://www.bunka.go.jp/1kokugo/15_yoron.html

「想像するのは仏頂面であって、失望の顔ではあるまい」とは何だ。まだ1割以上は失望の顔を想像しており、またそれが正解である。新聞が「誤」を「正」とする記事を書くからますます失望の顔を想像できなくなる。
憮然の誤用が主流の今、正用してはかえって文意に誤解を招いてしまうので誤用に合せるのがよい、などとは言い給うなよ。誤解なきよう伝えたくば、不機嫌不愉快仏頂面不満の表情怒りを露わ怒気を帯びて立腹むすっとして不快感を示す膨れっ面等々、正用で誤解招かぬ語を使え。
間違っているとは知らずに使ってしまうのは仕方ない。気付き次第訂正する他ない。だが、間違っていると知って使う必要のない言葉を使うなど論外である。歩く人が多くなれば道となる。だが、正しい道を伏せて誤った道へ誘導する必要や意義がどこにあろうか。


天声人語氏はカタカナ語に美しい日本語の将来を心配するものの日本語の誤用は気にならぬ様子だが、せめてもの救いにこんな人ばかりではないことを最後に紹介しておく。


正しく説明悩める日々“哉”
名前の字解き

 名前の字の説明が簡単な人をうらやましく思う時がある。
 「達人の『達』に、志賀直哉(しがなおや)の『哉』です。うーん、『土』の下に、『口』を書いて……」
 職務柄、案内状やら、資料やらを受け取ることが多い。そのあて名書きのため、私の名前を問い合わせる電話が度々かかる。その都度、同僚が繰り返す説明だ。それほど難しい文字とは思わないのだが、最近はこの字解きの通りが悪い。
 やっかいなのは「哉」だ。10年前までなら、何の問題もなかったのだが、どうも志賀直哉が浮かばないらしい。“小説の神様”と評された文豪も、時代の波には勝てないようで、相手は「?」となるようだ。
 かと言って、「快哉(かいさい)を叫ぶの『さい』」「詠嘆の『哉(かな)』です」と言ってもよけいに通じない。
 時々、「何でもいいです」と言いたくなるが、中学生のころ、鼻の治療で耳鼻科に行った際、「哉」を「也」とカルテに書き間違えられ、人違いで耳の治療をされた苦い経験もあるので、軽々にもできない。
 文化庁の調査では、7割を超える人が「檄(げき)を飛ばす」「憮然(ぶぜん)」などの言葉の本来の意味を取り違えていたという。
 学生時代、友人と昼食代をどちらが持つかで、「情けは人のためならず」という慣用句を巡ってけんかになりかけた。「人に親切をすれば、よい報いがある」という意味を、「情けをかけると相手が駄目になる」と誤解されたからだ。
 言葉の誤用は、活字にかかわる者として、改めて自戒しなければと思う。そこで名前の問題だが、同僚は「SMAPの木村拓哉の『哉』と言いましょう」と新たな案を示してくれた。ただ、持ち出すのが文豪でも、人気俳優でも気恥ずかしい限りなのだが……。(大津支局長 青野達哉)


読売新聞 さざ波 2008年7月27日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shiga/feature/ohtu1196731563511_02/news/20080726-OYT8T00633.htm
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

日本語を立て直していただきたい


主党代表選:討論会 追及に小沢氏ぶぜん 強制起訴なら受け入れ

 ◇質問者「ご覚悟ください」
 「政治とカネ」を巡って再び火花が散った。2日行われた民主党代表選の討論会で、小沢一郎前幹事長の資金管理団体を巡る政治資金規正法違反事件が焦点の一つとなった。仮に首相に就き、事件を巡って検察審査会から「強制起訴すべきだ」と議決された場合でも「逃げません」と明言した小沢氏。起訴を受け入れる考えを表明したものの、「捜査を通じ、実質的不正、犯罪はなかった」とこれまで通りの説明に終始し、ぶぜんとした表情を浮かべる場面もあった。【大場弘行】

 口火を切ったのは菅直人首相だった。「おカネにまみれた政治文化を変えなければならない」。冒頭、政治とカネの問題に言及した。

 質疑応答に移ると、質問者の一人が「小沢さん、ご覚悟ください」と告げ、首相に就任した場合に自らの起訴に同意するかを問いただした。

 小沢氏の資金管理団体「陸山会」を巡っては、政治資金収支報告書に20億円を超える虚偽記載があったとして元秘書ら3人が同法違反で起訴された。

 検察に不起訴とされた小沢氏に対し、東京第5検察審査会は4月に「起訴相当」と議決。検察は再び不起訴としたものの、同審査会が第2段階の審査で小沢氏を強制起訴すべきだとして「起訴議決」をする可能性がある。

 一方、憲法75条は「国務大臣は在任中は内閣総理大臣の同意がなければ訴追されない」と規定しており、現職首相を起訴する場合は本人の同意が必要と解釈されている。小沢氏の代表選出馬には一部で「訴追逃れ」との批判も出ていた。質問は、仮に起訴議決された場合、これを受け入れるかどうかを問うものだった。

 だが、小沢氏は「1年有余の(検察の)捜査を通じ、実質的な不正、犯罪はなかったとの結論を得ているので、審査会のみなさんもよく理解してくれるものと信じている」とかわし、正面から答えようとしない。

 質問者は、鳩山由紀夫前首相が自身に対する起訴議決が出た場合に「逃げません」と答えていたことを例示し、さらに回答を迫った。小沢氏は「私も逃げません」と言い切り、質問者をにらみつけるようにして不快感をあらわにした。

 一方、菅首相は「国民の皆さんが納得できる形での説明はされなければならない」と、小沢氏の説明責任に言及。「小沢さんの政治のあり方に、おカネと数の原理が色濃くあるというのは、私だけが感じていることではないのではないか」「(カネと数合わせの)古い政治を変えるところから日本を立て直していきたい」と強調した。


毎日新聞 2010年9月3日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100903ddm041010136000c.html


この見出しには憮然としました。驚き怪しむという意味で。毎日は怒って不機嫌になるという意味で使っていないか?
「ぶぜん」の意味についてはこちらを参照。

返信:論語 口語訳
http://blog.seesaa.jp/pages/my/blog/article/edit/input?id=109922929

記者も編集長もどこぞの大学を出ていなさるでしょうし、校閲部だってあるでしょう。それが何故。
憮然は誤用が多く今では誤用のほうが主流になりつつあるとか言葉の使い方は変化するものだからとか、そういうつもりで使うにしても、正用が死んでもいない状況で新聞がわざわざ誤用を載せる理由はないと思うんです。おまけに新聞はもっと広く読まれることを望んでNIEなどやっていますから、積極的に正用を殺し誤用を広めることにも繋がります。そうやって自ら誤用促進に加担しておきながら、今では誤用のほうが主流とか言葉は変化するとかいうつもりでしょうか。憮然を誤用しないと何か困るのでしょうか。



ぶ‐ぜん【×憮然】
[ト・タル][文][形動タリ]失望・落胆してどうすることもできないでいるさま。また、意外なことに驚きあきれているさま。「―としてため息をつく」「―たる面持ちで成り行きを見る」
[補説]「憮然たる面持ちで」とした場合、「腹を立てているようすな顔つき」の意味で使われることが多くなっているが、本来は誤用。文化庁が発表した平成19年度「国語に関する世論調査」では、「憮然として立ち去った」を、本来の意味である「失望してぼんやりとしている様子」で使う人が17.1パーセント、間違った意味「腹を立てている様子」で使う人が70.8パーセントという逆転した結果が出ている。
提供元:「デジタル大辞泉」

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/192963/m0u/%E3%81%B6%E3%81%9C%E3%82%93/









「美しい日本語がいつか鬼籍に入ることにはならないか。心配である。」http://qazwsx.seesaa.net/article/161565811.html)へ続く
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

報道各社に見る首相への敬意

首相と山崎さん宇宙談議 「有人船」で意見交換も

鳩山由紀夫首相は20日、米スペースシャトル搭乗を終えて一時帰国した宇宙飛行士の山崎直子さん(39)の表敬を官邸で受けた。日本の有人宇宙船開発の可能性について意見交換する場面もあった。
 冒頭、山崎さんは「応援いただき、無事に任務を終えることができた」と報告。首相は「ミッションの達成おめでとう」とねぎらった。


東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2010052102000071.html


山崎飛行士:鳩山首相を表敬訪問

鳩山由紀夫首相は20日、首相官邸で、国際宇宙ステーション(ISS)に約2週間滞在した山崎直子宇宙飛行士の表敬訪問を受けた。山崎さんは模型を使ってISSの仕組みなどを説明し、首相は「ミッション達成おめでとう」とねぎらった。山崎さんが「有人宇宙船が米国、ロシア、中国の3カ国にしかない」と話すと、「日本はやらないのかね」と、宇宙開発に関心を示したという。


毎日新聞
http://mainichi.jp/photo/news/20100521k0000m010036000c.html


宇宙飛行士、「宇宙人」と会談 山崎さん、首相官邸に

国際宇宙ステーション(ISS)から帰還した宇宙飛行士の山崎直子さん(39)が20日、首相官邸に鳩山由紀夫首相を表敬訪問した。自らも科学者で「宇宙人」とも呼ばれる首相は興味津々で、宇宙開発を巡る国際協力体制にも関心を寄せていたという。

 山崎さんによると、首相は「すべての任務は順調にいきましたか」と質問。山崎さんを乗せて地球と宇宙を行き来したスペースシャトルが今年中に退役することについては「残念だねえ」。日本独自の有人宇宙船開発について「日本はやらないのかな」と述べ、山崎さんは「技術は培っており、いずれできたらいいですね」と応じたという。宇宙船設計思想の米ロでの違いといった専門的な議論にまで話題は及んだという。

 山崎さんは福島瑞穂・男女共同参画相も訪問。福島氏は「宇宙飛行士として、女性として活躍したというダブルの意味がある」とたたえた。


朝日新聞
http://www.asahi.com/politics/update/0520/TKY201005200458.html


有人宇宙船「日本はやらないの?」=鳩山首相、山崎さんに質問

鳩山由紀夫首相は20日、首相官邸で宇宙飛行士の山崎直子さんの表敬を受けた。首相は、国際宇宙ステーション(ISS)に約2週間滞在した山崎さんに「ミッションを達成しておめでとう」と声を掛け、有人宇宙船を飛ばしたのは米国、ロシア、中国だけであることに話題が及ぶと、「日本は(有人宇宙船の開発を)やらないのか?」。どこか人ごとのような口ぶりで質問していた。


時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2010052000899


「日本は有人宇宙船やらないの」 首相、山崎さんに質問???

鳩山由紀夫首相は20日、国際宇宙ステーション(ISS)から帰還した宇宙飛行士の山崎直子さんの表敬を受けた。山崎さんが「応援いただき、無事に任務を終えることができた」と報告すると、首相は「ミッション(任務)の達成おめでとう」とねぎらった。有人宇宙船を飛ばしたのは米国、ロシア、中国だけであることに話題が及ぶと、「日本は(有人宇宙船の開発を)やらないのか?」と人ごとのように質問し、自分が宇宙開発戦略本部本部長を務めていることをすっかりお忘れのようだった。


産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100520/plc1005202117016-n1.htm






 
宇宙開発戦略本部


宇宙基本法(平成20年法律第43号)に基づき、宇宙開発利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、宇宙開発戦略本部が設置されています。 宇宙開発戦略本部においては、宇宙基本計画の作成及びその実施の推進に関する事務その他宇宙開発利用に関する施策で重要なものの企画関する調査審議、その施策実施の推進及び総合調整に関する事務を実施しています。


本部長
内閣総理大臣


首相官邸
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/utyuu/index.html
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

朝日に届け、ささやかな誓い。

16日の毎日余禄はちょっと良いことが書いてあった。

余録:「孤独死」というレッテル

 ひとごとではない、と思った人が多かったに違いない。駿河湾を震源とする11日の地震で唯一の死者となった静岡市の会社員のことだ。部屋に積まれた数百冊の本や雑誌が崩れ、窒息したらしい。本棚が並ぶ自宅の壁を眺め、ため息をつく▲女優の大原麗子さんの死もまた、ひとごとではなかった。自宅で病死し、3日後に弟に発見された。日本ではここ数年、単身世帯が増え続けている。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2030年に1824万世帯と、05年に比べ約3割増となる。多くの人が、同じリスクに直面することは避けられない▲しかし、彼らに「孤独死」のレッテルを張るのはどうだろう。大原さんの場合、芸能人としての華やかな生活と引き比べ、不本意でさみしい最後といったコメントを見聞きした。自分は家族に囲まれて死ぬのだと信じて疑わない、そんな固定観念が感じられ、うなずけない▲「身寄りがなくて、ぽつんと一人で亡くなっていく人もいます。でも、これもいいね、と。誰もいないから不幸かというと、そこには幸福とか不幸を超えたものがある」。鳥取市でホスピスケアに携わる医師、徳永進さんが本紙夕刊の「新幸福論」で語った言葉だ▲生活に困窮し、路上で一人亡くなる野宿者たちを弔う民間の取り組みも出てきた。親族が見つからず、無縁仏となることの多い人々だ。それでも、一人一人の人生を「孤独死」というレッテルで覆ってしまうことはできない▲かつて大原さんは離婚に際し「家の中に男が2人いた」と語った。男社会の中で仕事への信念を貫いた女優の、これも人生、という魅惑的な声が聞こえてきそうだ。


毎日新聞 2009年8月16日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20090816ddm001070065000c.html

余禄の言う固定観念からとは違って、一人で死ぬことを一律に可哀想とされてはたまらないという点から私は「レッテル」が嫌だ。価値観の押し付け。一人で生活していてもいいように、一人で死ぬのもまた一つの生き方ではないのか。障害者を一律に可哀想・頑張っていると見るのに似る。
当日朝にはタイトル『「孤独死」というレッテル』だったが、夜には『ひとごとではない、と思った人が多かったに違いない…』と改題されていた。なぜか別ページとして『レッテル』のログも残ってる。
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20090816k0000m070114000c.html


15日の読売編集手帳も良かった。

編集手帳

 明治生まれの作家、安藤鶴夫の小説で、耳慣れない物言いに出合った。主人公が博打場(ばくちば)の若い衆に使い走りを頼む。「煙草(たばこ)がみんなになった」、買ってきてくれ、と◆辞書を引くと、あった。【みんなになる】=「全部なくなる。終わりになる」。賭け事や相場で「なくなる」「終わる」は禁句であり、忌み言葉の言い換えから生まれたのかも知れない◆新聞記者の舌に、この言い回しは苦い味がする。かつて「一億火の玉」で各紙が“みんな”一糸乱れず論調をそろえたとき、言論は死んだ。結束を乱すからと、敵を利するからと、異説・異論を排除し、「みんなになった」過去がある◆〈あなたが言うことには一切同意できないが、あなたがそれを言う権利は死んでも守ってみせる〉。劇作家ボルテールが語ったとも、後世の創作とも伝えられる。二度と言論を、国を“みんな”にしないための一歩は、その言葉の上に刻むしかない◆理があると思えば、情にかなうと思えば、合唱に声を合わせることがいまもある。そのときも、独唱の口を封じるような真似(まね)はすまい。筆をもつ端くれの、ささやかな誓いである。


読売新聞 2009年8月15日
http://qazwsx.seesaa.net/article/125441755.html

これは先日このブログでも取り上げた、8月6日の天声人語への反論でもあろう。筆者が朝日の看板コラムを読んでいないわけがない。


天声人語

 使ってしまった国の大統領が廃絶を口にし、隣国の独裁者が実験を重ねる核兵器。かすかな希望と、空恐ろしい現実のはざまで、広島原爆の日を迎えた。あの時生まれた命は64歳になるのに、人類の歩みの、なんと遅いことか▼原爆の夜に交錯した生と死。詩人、栗原貞子さんの代表作「生ましめんかな」は、地下室での出産劇を描いた。4年前に没した詩人宅から、未発表の86編が見つかったという。「こえ」はこう始まる▼〈その日、生きのこった人々は/いろとりどりの夏の花と/線香をその前に供え/あの日の悲しみをつみ重ねるように/花と線香の山をつくった。/焙(あぶ)るような光のなかで/香煙は碑をつつみ/人らは目をとじてぬかずいた……〉▼モノクロの風景として、1955(昭和30)年の原爆忌が残る。平和公園は立ち退き前の民家で雑然とし、まさに焙る光の中、ひしめく参列者の頭上を煙が流れる。地元の写真家明田弘司(あけだ・こうし)さん(86)による一枚だ▼近刊の写真集『百二十八枚の広島』(南々社)で、悲憤だけではない被爆地を知った。50年代を中心に、他の焦土と同じか、それ以上の力強さで復興していく街がそこにある。原爆ドーム前に現れたお好み焼き屋、被爆瓦を観光客に売る露店。まずは生きなければならない▼街は戻り、新たな命が平和の時を生きる。だが、戻らぬ時と帰らざるものを語り継ぐ人たちは老いていく。一瞬で、あるいは長い苦しみの果てに消えた命たちに、そろそろ報いたい。利いたふうな現実論は、核廃絶への歩みを鈍らせるだけだ。


2009年8月6日(木)付
http://www.asahi.com/paper/column20090806.html

ビシッと言ってやったつもりかもしれないけれど
http://qazwsx.seesaa.net/article/125441755.html


滑稽なくらいに酷いな、この天声人語は。

話は少し変わって、「核のない平和な世界を」という人があるが、核がないと平和なんでしょうか。平和が最終目標で、核廃絶が手段の一つ、ということなのでしょうが、詰め込みすぎて文章が変になってますよ。「核のある平和な世界」が存在するならわかるけれど、そういうの無いらしいし。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

これが物事の本質を見抜く有権者のホンネだ! と毎日新聞は言う

毎日新聞の特集にあった鼎談を、長いが下部に全文引用する。
期限が過ぎて記事が消えてしまって、こんなくだらないものを載せたのが無かったことになってしまうのが、腹立たしいからだ。

特集ワイド:オバサン3人、またまた 自民「リリーフ」やめて/民主はやってみないと
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090618dde012010010000c.html



何故、女の一部には、「一緒に食事するのならば」などいう判断基準を披露して恥じない奴がいるのだろうか。これ、一応は政治の話ぞ。個人的な好き嫌い以上の話とは思えぬ。それでいて、こんな架空の話で○○とは絶対イヤって言うんだよ、この手の女は。ほら、言っているだろ。お前は太郎首相からいつ食事に誘われたんだよ。これ、一応は新聞に載せる話ぞ。太郎首相も鳩山さんも、何故お前と食事を共にしたいのか、その設定を言ってみろ。また、こういう女は○○男子なんて台詞を口にして恥じない人種だというのが私の仮説だったが、ほら見ろ、やっぱり言っている。
私の知っている或る女は「あたし、風俗に勤めるのなんて絶対にイヤ」とほざいたことがあるが、客のほうから願い下げの見目形であった。チェンジだチェンジ。こんな幸福な/不幸な勘違い自己主張は、果たして何処からやって来るのだろうか。そこへ向けてミサイルを撃て。今すぐ全弾発射だ。



特集ワイド本文
ラベル:毎日新聞
posted by ヨシノブ at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

どうしろというのだ

オフタイム:感情で人を裁くな /福島

 先月、被害者参加制度の県内初適用となった裁判を取材した。交通死亡事故の裁判で、法廷で被告に対し直接意見を述べた遺族は、判決後「正直、気持ちは晴れない」と肩を落とした。

 事故は昨年7月、矢吹町の町道交差点で、当時19歳だった女性が注意義務を怠り、自身の乗用車をタクシー運転手の男性(当時65歳)の乗用車に衝突させ、男性が死亡した。
 遺族は意見陳述で、事故後被告が積極的な謝罪をしてこなかったことを指摘、「事故そのものと、その後の被告人の対応で精神的ダメージを受けた」と語った。

 ふくしま被害者支援センターの男性相談員は「参加することに意義がある」という。確かに、被害者が裁判で被告へ意見を述べることで遺族が精神的な負担を負うこともあるだろうが、意見を言えず一生傷を背負っていくのもまた、苦だ。この制度は必要なものだと言える。

 ただ、気になることもある。今後、裁判員裁判が実施され、遺族が自らの意見を裁判員の前で述べることになる。審理では参考意見程度の位置づけだが、法的知識のない一般の市民が参加する制度では、被害者感情を冷静に判断できなくなるのではないか。少なくとも、今回の裁判を傍聴して私自身も、被害者への同情を隠し切れなかった。

 問題は、裁判員が事実認定をないがしろにし感情論で判断してしまうことだ。裁判員には、感情論から一線を引いた冷静な判断を求めたい。【神保圭作】

http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20090612ddlk07070150000c.html


これ、毎日新聞。で、下のも毎日新聞。


余録:「大岡裁き」の公正と人情

中国は前漢の黄霸(こうは)という太守の話だ。2人の女が幼子を自分の子と太守に訴え出た。黄霸が部下に子を抱かせて取り合いをさせると、一方はいきなり子をひったくろうとする。が、もう一人は悲しそうにするばかりだ
▲あれ、大岡裁きではと思った方、その通りだ。以前も小欄でちょっとふれた中国の「棠陰比事(とういんひじ)」という書物がネタ元で、むろん子の痛がるのを恐れた母が勝訴する。旧約聖書にも似た話があるから、親子の情は万国同じことを示してもいる
▲とりわけ公正さと人情をみごと両立させる「大岡裁き」をこよなく愛した日本人だ。ならば中学1年の長女を残し両親が帰国することになったフィリピン人のカルデロンさん一家にも、13年間重ねた日本での親子の暮らしを引き裂かないですむ手立てはないかと思わざるをえない
▲むろん不法入国した両親を退去させるのを不当とはいえない。入国管理当局にすれば日本で育った長女のり子さんの残留を認め、両親に面会のための再入国も認める異例の措置こそ「大岡裁き」といいたかろう。不法滞在を防ぎ、他の退去者と公平を図らねばならぬ立場も分かる
▲しかし在留許可を求める市議会の意見書や2万人署名が物語る通り、十数年間は善良な暮らしを重ねてきた一家である。不法入国に何の責任もない13歳の少女の「私の母国は日本。家族とも離れたくない」との思いを引き裂いては、後世に名裁決と語り伝えられるのは難しかろう
▲昔も今も人の心の最も柔らかく傷つきやすいところでつながっている親と子である。どんな峻厳(しゅんげん)な法も制度も、すべてはそこから生まれた人間の営みであることを忘れてほしくない。

http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20090314k0000m070141000c.html


ぷんすか。
言っていることが違うじゃないか。それで、私は怒ってみた。
そういえばこういうこともあった。



西松建設裏金:早い話が 小沢一郎のどこが悪い=金子秀敏

 マスコミでは小沢一郎・民主党代表たたきの大合唱だ。「政治とカネ」「ゼネコンと政治家」となると、自然「ケシカラン」とボルテージが上がる。だが、小沢代表のどこが、どう悪いのか。そこがあいまいだ。だからヒステリックなバッシングに終わっている。

 世論調査をすると「小沢代表の説明に納得がいかない」という意見が圧倒的に多い。同感だ。だが、説明を求める相手は、まず西松建設ではないのか。

 西松建設は、多額の「裏金」をダミーの政治団体を通じて、小沢代表の資金管理団体「陸山会」に合法的な「表金」として献金した。西松建設内部で行われた資金洗浄だが、受け取った小沢代表の公設秘書も政治資金規正法違反に問われた。これから法廷で争われる。

 国民だれもが不思議に思うのは、西松建設は、なにが目的で陸山会に多額の献金をしたのかである。

 公共事業の受注に便宜を図ってもらおうとしたのか。入札で天の声をだしてもらったのか。もしそうであるなら、野党の国会議員でも公共事業の入札に関与できる仕組みがあることになる。

 もしそのような仕組みがあるなら、秘書は、あっせん利得処罰法違反や収賄罪に問われなければならない。そのような仕組みがないとすれば、小沢代表にはこれ以上説明のしようがない。

 小沢代表は、陸山会の献金処理が適切に行われたかどうかについては説明をしている。しかし、西松建設がなにを期待したのかまで説明する筋合いではない。だから説明を聞いた国民が「納得できない」とフラストレーションを感じるのは自然のことだ。

 どうすべきなのか。話は簡単だ。西松建設に説明責任を果たしてもらうことだ。なぜダミーの政治団体を作ったのか、当事者である西松建設から聞くのが一番だ。国会に西松建設幹部を呼んで、なぜ与野党議員に多額の献金をしたのか、公共事業の受注が狙いだったのなら、陸山会やほかの国会議員の事務所が関与した事実があったのかどうか、そうであるならどのような仕組みだったのか。

 その仕組みが明らかになれば政治の浄化は一歩すすむだろう。この事件では、姿の見えない「関係者の話」「西松建設関係者の話」がメディアにさかんに流れている。その「関係者」を国会に呼んで納得がいくよう話してもらうべきだ。共産党はそういう主張らしいが、与党もメディアも小沢たたきには熱心でも、政治浄化には不思議と腰が引けている。(専門編集委員)

2009年4月2日
http://mainichi.jp/select/jiken/nishimatuuragane/news/20090402org00m070998000c.html



風知草:偏向批判に答える=専門編集委員・山田孝男

 「小沢一郎のどこが悪い」と私の先輩である金子秀敏専門編集委員が書いている。「マスコミの小沢たたきは、どこがどう悪いのか、あいまいで、ヒステリックなバッシングに終わっている」と(2日本紙夕刊、東京版)。大事な局面なので反論しておきたい。

 金子コラムの論旨はこうだ。問題は、なぜ、西松建設が「陸山会」(小沢民主党代表の資金管理団体)に多額の献金をしたか、である。それを説明すべきは西松建設だ。西松が何を期待したかまで小沢が説明する筋合いではない。メディアに登場して背景を語る、姿の見えない「関係者」を国会に呼んで解明すればいい−−。

 そうだろうか。西松の意図は西松に問えというのは言わずもがなである。一方、小沢は明日の首相候補だ。西松の意図を西松に代わって説明する義務はないにせよ、不透明な金脈について受け取った側の説明を期待されて当然だろう。

 ところが、記者会見こそよく開かれるけれども、「浄財の出所はせんさくしないものだ」というレベルの説明で終始している。そもそも西松は営利企業である。その社員や下請け業者が小沢の「日本改造計画」(講談社)を読んで感動し、一斉に献金しましたという説明を誰が信じるだろうか。

 世論調査で「納得できない」が多いのは当然だ。小沢が本当にカネの出所を知らないのだとすれば、説明がヘタ過ぎる。国民とのコミュニケーション能力を疑う。「どこが悪い」と問われるなら、説明のしかたが悪いと答えよう。

 政治資金規正法はタテマエに過ぎず、表向きのツジツマさえ合えばいいのだと言わんばかりの、小沢の後ろ向きの法律観も気になる。首相候補のセンスとは思えない。

 混乱に拍車をかけているのが検察とメディアの信頼低下である。報道によれば、逮捕・起訴された西松の前社長は、多額献金について「ダム工事を受注するためだった」と供述している。ところが、最近は、この種の記事が信用されない。

 検察が偏った情報を流し、瀬踏みする手段を持たないマスコミが垂れ流す、つまりは虚報と見なされがちだ。が、記者がゼネコン関係者から直接取材した証言も少なくない。

 「野党であるにもかかわらず、小沢事務所の意向を最大に尊重する役人が国にも県にも今でもいると、ゼネコン側が認識している」(ゼネコンの元役員=朝日新聞3月4日朝刊)

 「東北では小沢さんが建設に強く、何でも指導力を発揮するので、力を借りたいという動きはあった」(西松の元社員=産経新聞3月4日朝刊)

 「岩手で仕事をするには小沢事務所の許可がいる。西松が小沢さんへの献金を強化していたのは、すごく理解できる」(岩手県内の建設業者=読売新聞3月5日朝刊)

 金子コラムが「姿の見えない関係者」と揶揄(やゆ)しているのはこれらの記事に現れる証言者たちだろうが、私の知る限り、たとえ匿名であろうと、記事に引用する談話を捏造(ねつぞう)するほど新聞は腐っていない。

 検察は100%政治偏向、メディアは100%虚報という極論が広がり、そのヒサシの下で小沢が一息ついているように私には見える。官僚改革を唱えつつゼネコンから3億円もらっている政治家に、役人とゼネコンの癒着が断てるか。疑問は解けていない。(敬称略)(毎週月曜日掲載)


毎日新聞 2009年4月6日 東京朝刊

http://mainichi.jp/select/seiji/fuchisou/news/20090406ddm002070077000c.html



へへへ。
何と言っていいのかわからないので笑ってみました。
ラベル:毎日新聞
posted by ヨシノブ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月15日

麻生だけではなかった! 誤読の数々(らしきもの)

前回取り上げた麻生首相誤読報道の続き。
前回:権力の監視状況
http://qazwsx.seesaa.net/article/117422134.html?1239727986



麻生首相「誤読記事」問題 産経や共同は、誤報を否定

麻生首相が「弥栄」を言い間違えたとの報道は、「誤報ではないか」と論議になっている。報道を巡って産経新聞がサイト記事を削除し、TBS幹部コラムが炎上する騒ぎにまでなった。報道した産経新聞や共同通信は、「誤報ではない」としているが、どうなのか。


「弥栄」を「いやさかえ」と読む

マスコミから漢字誤読の指摘が相次いでいる麻生太郎首相。今度は、天皇、皇后両陛下の前で、漢字を言い間違えたと報じられた。
このニュースは、共同通信が配信したほか、産経新聞なども独自に書いた。それによると、麻生首相は2009年4月10日、両陛下のご結婚50 年をお祝いする祝賀行事で、繁栄を意味する「弥栄」について、「いやさか」と言うべきところを「いやさかえ」と言い間違えて祝辞を述べた。「両陛下の益々のご健勝と皇室のいやさかえを心から祈念し…」と発言したというのだ。
産経サイトに載った記事では、「またやっちゃった?麻生首相」と麻生首相がうつむきながら右手で涙を拭うような写真が掲載された。

さらに、TBS番組由来のサイト「WEB多事争論」では、TBSの編集部幹部が、「麻生首相は三権の長を代表してのお祝いの言葉でまたもや失態を演じました」とコラム欄に書き込んだ。そして、「宮殿の『松の間』で両陛下の前に一歩進み出て、紙を見ずに祝辞を述べたのですが、国のトップが国民の象徴に対してこれでは情けない限りです。歴史的な誤った日本語事例として残ってしまいました」と指摘した。

ところが、ネット上では、歌舞伎の演目や神社名などに「いやさかえ」と読む例が見つかったとして、「誤報ではないか」と騒ぎになった。そして、産経が10日付のサイト記事を削除した。

また、TBS編集部幹部のコラムには、「情けないのは果たしてどちらか」と批判が寄せられた。これに対し、この幹部は、「実際に目撃したのはこれが初めてだったもので、少々きつい物言いになってしまいました」「『歴史的な誤読』というのは、誤りだったようなので撤回します」などとかわした。
しかし、このTBS編集部幹部に対しては、なぜきちんと謝罪しないのかと批判が集まり、コラムのコメント欄が炎上。この幹部はその後、コラム内で、「礼を失しました。訂正しお詫びいたします」と謝罪文を付け加えた。


「辞書を見ても、『いやさかえ』という表記は載っていない」

これに対し、産経新聞社の広報部では、TBS編集部幹部とは認識が違い、記事について「誤報とは考えていません」とコメント。ただ、削除したことについては、「文脈上、『いやさか』と読むのが適当でしたが、古語等では『いやさかえ』とも読むとの指摘もあり、誤読として長時間アップする原稿かどうかとの判断のもと、アップ時間を区切らせていただきました」としている。
また、共同通信社の用語委員長は、配信記事は「誤報ではない」と言う。
「広辞苑や手元のいくつかの辞書を見ても、『いやさかえ』という表記は載っていないからです。また、ご本人の公式サイトで『いやさか』と使っており、首相はこのことを認識しながら言い間違えたと判断しました」
記事の訂正、謝罪も考えていないという。

確かに、「広辞苑」や「日本国語大辞典」など一般的な国語辞典を調べると、「弥栄」について、「いやさかえ」との読みは載っていない。「いやさか」だけだ。ほかの例では、「遺言」は、広辞苑なら、「ゆいごん」のほかに「いごん」「いげん」も併記してある。「いやさかえ」は、一般には使われていないようだ。

一方、麻生太郎首相の公式サイトを見ると、靖国神社について書いた2006年8月8日付の論文で、「靖国にいやさかあれ」などとタイトルを付けている。
とすると、「いやさかえ」という読みは間違っているのか。それとも、皇室の儀式など特別なケースでは、この読みを使うのだろうか。
宮内庁の広報担当者は、「辞書では、確かに『いやさか』としか出ていないですね。それ以外聞かれても、お答えしようがない」と困惑した様子だ。
文化庁の国語調査官は、こう話す。
「一般的に使われるのは『いやさか』で、その方が自然です。『いやさかえ』が歌舞伎の演目にあるとすれば、江戸時代までは使われていたとも考えられます。皇室で使うかどうかは分かりませんが、歴史的なものには使われる可能性はあるでしょうね」

http://www.j-cast.com/2009/04/13039368.html


産経の見解は明瞭に「誤読」としている。それが誤報ではないのなら、どうして記事を削除するのだろう。誤読ではないとする指摘について確認した結果はどうだったのだろう。
辞書に載っていないから、何だというのだろう。手元の辞書に日本語のすべてが載っているわけではない。厳然たる事実として、「いやさかえ」という言葉は存在している。同時に「いやさか」も存在していて、それらは互いの存在を否定するものではない。
ネットには、読みを「いやさかえ」とする例が幾つも挙がっている。



239 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 15:31:29 ID:pxjDUsge0

東京大学文学部長(1987年当時) 戸川芳郎

「学部文運の彌榮え(いやさかえ)を祈ってやみません」

ttp://www.l.u-tokyo.ac.jp/fuse/fubunkan_open.html


312 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 15:40:35 ID:ly276TB70
内親王殿下御誕生の御慶事にあたり、御祷の賀詞を祈り上げ、御奉祝を申し上げます。 
内親王殿下におかれましては、天皇陛下・皇后陛下・皇太子殿下・皇太子妃殿下はじめ、 
御皇室の御慈しみに、若竹のごとくスクスクと御健やかに御成長あそばされ、
幸多かれし 
弥栄えをとお祈り申し上げます。
http://www.izumooyashiro.or.jp/topic/houshuku/GOTANJO.HTM                          
本年は、「昭和天皇御生誕百年」というめでたい年柄であります。この時にあたります  

おいおい
出雲大社の宮司もいやさかえ

使ってるがな
奇しき御縁の内親王殿下御誕生は、誠に嬉しき極みの有り難い御慶事であります。    
御皇室と、殊にも御縁深い御祭神大国主大神様の御神縁に結ばれる私どもは、      
御皇室の弥栄の御顕現に、挙って高らかに『萬歳』を奉唱申し上げます。        
 
                     出雲大社宮司  千 家 尊 祀


332 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 15:43:27 ID:ly276TB70
私達神職、氏子総代一同、大岩神明宮が、益々親しまれ
崇敬されて弥栄え、大神の御神徳を蒙る大岩町民を
はじめ、あまねく諸人崇敬者の平安と御加護を
御祈願申し上げて、誠意を尽くし、
御奉仕して居ります。
http://www17.ocn.ne.jp/~noguti/haiden.htm

御皇室の御慈しみに、若竹のごとくスクスクと御健やかに御成長あそばされ、
幸多かれし 
弥栄えをとお祈り申し上げます。
http://www.izumooyashiro.or.jp/topic/houshuku/GOTANJO.HTM 


466 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 15:56:20 ID:/av0YUJv0
おいおいww
歌舞伎の題名に「弥栄芝居賑(いやさかえしばいのにぎわい)」
http://www.asahi-net.or.jp/~rp9h-tkhs/kabu2005.htm

静岡県伊豆松崎町にある「弥栄(いやさかえ)神社」
http://www.town.matsuzaki.shizuoka.jp/FMPro?-db=m_kana.fp5&-lay=web&-format=p01e.html&kana_C=%82%a0&-max=all&-sortfield=NO&-findall

越中一宮 高瀬神社
http://www.takase.or.jp/wedding/detail.html
下ページの誓いの詞にハッキリ「弥栄(いやさかえ)」と書いてある
関連スレ(ttp://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1239439580/)より抜粋

じゃあ神社等は嘘をついてるってことなのかw
大問題だな


526 名前: 名無しさん@九周年 [sage] 投稿日: 2009/04/14(火) 16:01:45 ID:+4KiPzOc0
>>432 追加資料。

祝詞事典: 平成新編 著者: 西牟田崇生
出版社: 戎光祥出版株式会社, 2003
http://books.google.com/books?id=3VRuBgzRLvoC&printsec=frontcover&as_brr=3&hl=ja&source=gbs_summary_r&cad=0#PPA24,M1
P24下段7行目 弥栄えに栄えし給ひて、

『新版祝詞新講』著者: Tsugita, 次田潤
出版社: 戎光祥出版株式会社, 2008
http://books.google.com/books?id=b3aYegMdAPMC&printsec=frontcover&as_brr=3&hl=ja&source=gbs_summary_r&cad=0#PPA159,M1
P159 15行目 弥栄えに栄えし給ひて

祝詞必携 著者: 小野迪夫
出版社: 戎光祥出版株式会社, 2004
http://books.google.com/books?id=cXj4ki6KxPIC&printsec=frontcover&as_brr=3&hl=ja&source=gbs_summary_r&cad=0#PRA1-PA243,M1
P243 7行目 商業弥栄え

神道用語解説
http://www.eonet.ne.jp/~shigarakinomiya/sindoyo.html
神勅(しんちょく)
C神籬磐境(ひもろぎいわさか)の神勅(=祭祀は皇統の弥栄えを基本とすること)

国体の本義 文部省編纂
内閣印刷局印刷発行
http://www.j-texts.com/showa/kokutaiah.html
大御業を天壌と共に窮りなく弥栄えに発展せしめられるために

笑点5分43秒注目!
http://www.youtube.com/watch?v=CDwn4lAOowg

ちなみに仲間に本職の神主がいるが、今回の件聞いてみたら「いやさか」「いやさかえ」
どっちでもいいそうだ。



57 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 09:36:23 ID:FSnpAjZu0
東京大学文学部長(1987年当時) 戸川芳郎
布施先生の萬壽無疆と学部文運の彌榮え(いやさかえ)を祈ってやみません。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/fuse/fubunkan_open.html

作詞 北原白秋
彌榮(いやさか)、彌榮、彌榮えあれや。
http://www.d-score.com/ar/A07082806.html

>それも他に恰好(かつかう)な言葉が無いのならば止むを得ないが、わが國固有の言葉として斯る
>場合に最もふさはしい一語がある。即ち「いやさか」である。「彌榮(いやさか)え」の意である。
若山牧水『樹木とその葉』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000162/files/2636_20325.html

山岡鉄舟
弥栄衣尓立栄衣志米給閉登(いやさかえに たちさかえ しめたまえと)
http://www.tessyuu.jp/archives/cat2/index.html



:以上に挙げたのはネットの書き込みからコピーしたもの。最後に山岡鉄舟とあるのは、鉄舟研究サイトに載せられた朝御饌(あさみけ)祭の祝詞であり、鉄舟が書いたとするのは投稿者の誤り。

ラベル:産経新聞
posted by ヨシノブ at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

権力の監視状況

麻生首相「弥栄」を「いやさかえ」と言い間違え 両陛下の祝賀行事
2009.4.10 12:54

 麻生太郎首相は、10日午前に皇居・宮殿で行われた天皇、皇后両陛下のご結婚50年を祝う祝賀行事で述べた祝辞で、「弥栄(いやさか)」(いよいよ栄えること)と言うべき部分を、「いやさかえ」と言い間違えた。
 麻生首相は、衆参両院議長や最高裁長官、各閣僚らとともに宮殿「松の間」で行われた祝賀行事に出席。首相は出席者を代表し、両陛下の前で祝辞を述べたが、「両陛下の益々のご健勝と皇室のいやさかえを心から祈念し…」と発言した。文脈上、ここは「いやさか」というべきだが、「いやさかえ」と言い間違えた


産経(web魚拓)
http://s02.megalodon.jp/2009-0410-1512-21/sankei.jp.msn.com/culture/imperial/090410/imp0904101259013-n1.htm



419 名前: 蓬莱桜 ◆HoRaiAx8jw 投稿日: 2009/04/13(月) 03:46:09 ID:kUjPcMzM0 ?2BP(112)
ちゃんと演説では正しいってソースを貼らないから、
変な議論が続く。

『弥栄』の『いやさかえ』読みは演説で正しい!

最新組合せ式
式辞演説大鑑
出版社:萩原星文館
※首相、大臣、代議士、旧華族、東京弁護士会会長、警察署長、社長などVIPの、
式辞演説を参考に、式辞演説のしかたを解説してある本です。一般人向けではない。


ソース画像

http://image.blog.livedoor.jp/dqnplus/imgs/a/6/a6db4de6.jpg

http://image.blog.livedoor.jp/dqnplus/imgs/9/b/9b9f155b.jpg


抜粋ソース↓
我が民族の根幹たる皇室の彌榮は、取りもなほさず、我が大和民族の繁榮する所以なり。
ふりがな→         (いやさかえ)


http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1239555981/419




このことはブログや『2ちゃんねる』などで大きな話題となっており、特に “何の謝罪もなく記事を削除したやり方” に対して非難轟々(ひなんごうごう)という状態である。そう、産経新聞はその記事を何の前触れも告知も謝罪もなく、削除して済ませたというのである。人の “あげあし” をとるような記事だっただけに、自分の “あげあし” をとられるような記事はすぐに消したかったのだろうか? ということで、当編集部はさっそく産経新聞社に電話をして真相をうかがった!

日本を代表する新聞の産経新聞さんが間違った情報を掲載するのはどうかと思うのですが、それを謝罪もなしに削除するのはまずいのではないでしょうか?――そんな質問に産経新聞社は「本日は休刊日ということもあり、政治部の者が誰もいないみたいなんですよ。明日、改めて電話していただきたいのですが」とのこと。うむむむ! 情報をいち早く伝える記者が新聞社に一人もいないとは。

しかし、紙媒体やネットで広く報道している産経新聞には、報道した内容に関して説明責任があるはず。そこで、誤読ではないのに誤読として誤報を流してしまったことについて、謝罪や告知もなく記事を削除して終わるのは乱暴なのでは? という質問を投げてみたところ、「私はペーペーなので、会社としての言葉を申し上げる立場にないんですよ。申し訳ありません」と返答。一部の記者が誤報をすることで、電話対応をしたような同社のスタッフすべての人たちに迷惑がかかることを考えると、これは大きな問題である。

政治部の直通電話を聞くため、もう一度産経新聞社に電話をしたところ、「うーん、ここから政治部が見えますが、誰一人としていないんですよ」とのこと。また、政治部の直通電話に関しては「代表からまわしてもらっていただけますか?」と軽く流されてしまった。この問題、まだまだ続きそうである



未来検索ガジェット通信:産経新聞「麻生がまた誤読した」と報道するも誤読ではなかった! 該当記事は削除より抜粋
http://getnews.jp/archives/9323



完全に誤報。名誉毀損。しかし訂正・謝罪なし。記事を削除しただけ。屑紙ですよ、こんなの。
ネット上には、一部「いやさかえは間違い」という主張があるが、それならそれで記事を削除する理由はなく、記事を削除してしてしまうくらいに誤報を指摘する声があるのだから、間違いだとする根拠を説明すべき。間違いは認めません、根拠はありません、謝りもしません。この程度しかないくせに、新聞離れを嘆く。自らを日々の情報源だと名乗る。




「筑紫哲也NEWS23」のディレクターとして、ともに番組制作に携わってきた吉岡弘行氏(東京放送(TBS)報道局編集部副部長)http://www.ritsumei.jp/pickup/detail_j/topics/2804/date/1/year/2009が、WEB多事争論というサイトでこんなことを書いている。


[790] 2009年4月のメディアの改編・刷新について

投稿者 WEB多事争論編集委員 吉岡弘行
投稿日 04/12 19:43

 2月にこのサイトで「新聞を読まない首相について」というテーマでメディア論を取り上げました。
 10日の天皇・皇后両陛下のご成婚50年で、麻生首相は三権の長を代表してのお祝いの言葉でまたもや失態を演じました。繁栄を意味する「弥栄(いやさか)」を「いやさかえ」と言い間違えたのです。宮殿の「松の間」で両陛下の前に一歩進み出て、紙を見ずに祝辞を述べたのですが、国のトップが国民の象徴に対してこれでは情けない限りです。歴史的な誤った日本語事例として残ってしまいました。
 今回のテーマは、別です。
この春、テレビ局はもとより、新聞各紙は紙面の改革をしました。
若者の活字離れ、従来の読者の批判やあきらめ、ネットへの対策などを意識してか、より企画性、独自性、署名性を重視した刷新がすすんだように感じます。
 改編・刷新から2週間、皆さんはマスメディアのこうした動きについてどのように感じられたでしょうか?ぜひご意見をお寄せください。

http://www.taji-so.com/weekly_souron/bbs.php?all=790


読み間違えではないと指摘されると……


[818] Re[2]:2009年4月のメディアの改編・刷新について

投稿者 ame
投稿日 04/12 15:40

http://www.aso-taro.jp/lecture/talk/060808.html
これは麻生首相の論文ですかね。ここでは「いやさか」を用いています。

然るに、少々専門的な辞書を用いて調べてみたところ、この場合「いやさかえ」と
読むのは、問題がなさそうです。むしろ、国の象徴に対して国民の代表が挨拶する場だからこそ
「いやさかえ」で正しいと。歴史的な日本語誤用?情けない限り?
んむ〜。情けないのは果たしてどちらか...。

[819] ameさんへ

投稿者 WEB多事争論編集委員 吉岡弘行
投稿日 04/12 16:24

 弥栄を「いやさかえ」とも読むことを初めて知りました。
実際に目撃したのはこれが初めてだったもので、少々きつい物言いになってしまいました。しかし茶の間で観た方々は、何かしら違和感を持ったのは事実ではないでしょうか?
 まあ、それはさておき麻生さんの部分はこのツリーの本旨とははずれていますので、本来のテーマについてご意見をお寄せ下さると幸いです。



「国のトップが国民の象徴に対してこれでは情けない限り」「歴史的な誤った日本語事例」と断じておきながら、訂正も謝罪もなし。茶の間で観た方々は、何かしら違和感を持ったのは事実ではないでしょうか? それが何だというのだろう? 茶の間が違和感を持てば「誤り」扱いでいいのか?
「まあ、それはさておき」だってさ。さっきまで麻生首相の「誤り」を歴史に刻むつもりだったのに。
そのうち、ツリーのトップ[790] に追記がされた。


★上記、記事において「歴史的な誤読」と評したのは撤回します。また、その後  に調べましたら、歌舞伎の演目などに「弥栄」を「いやさかえ」と読む例もあり ました。麻生首相がそうしたことを踏まえて、慣用表現の「いやさか」ではなく 「いやさかえ」と天皇・皇后両陛下へのご祝辞で申されたのであれば、当方の誤 りです。礼を失しました。訂正しお詫びいたします。


報道者の屑。でも、TBS報道局編集部副部長。「そうしたことを踏まえて」「申されたのであれば、当方の誤り」とは何だろう。仮に、麻生首相がそれを踏まえずに読んでいたとして、何が間違いだろうか。日本語を知らない外国人が、「憂鬱」を当てずっぽうで「ゆううつ」と読んだら読み間違いだろうか。何故に「踏まえて」などという条件が必要なのかわからない。こんな認識や謝り方しか出来ない馬鹿が報道を左右している。



先日お伝えした『産経新聞「麻生がまた誤読した」と報道するも誤読ではなかった! 該当記事は削除』というニュース。その内容は、麻生首相の祝賀の言葉で「弥栄(いやさか)」と言うべきところを「いやさかえ」と言い間違えたと産経新聞が自社のサイトで報道したものの、実は読み間違えではなかったというものだ。

つまり、 “誤読” を “誤報” したわけである。麻生首相はよく漢字を誤読するというイメージが頭にあるのか、何の疑いもせず「また間違って発言してるぞ」と思ったようである。以前に麻生首相本人が書いたブログで「弥栄」を「いやさか」と書いており、「いやさか」も「いやさかえ」どちらも正解なのは確かだ。しかし、今回のことは産経新聞だけにとどまらなかった。なんと、報道機関各社がそろいもそろって “誤読” を “誤報” していたのである!

今回の一件で “誤読” を “誤報” した報道をまとめてみたのだが、これはかなり痛い。この状態を『ドラえもん』でたとえるのならば、「のび太がテストで100点なんて取れるはずがない!」という思い込みに近いものなのでは? 麻生首相だって、間違えないことがあるのである。では、まとめをご覧いただこう。

【中国新聞】 首相また言い間違え 「弥栄」を「いやさかえ」
【静岡新聞】 祝賀行事で首相言い間違え 「弥栄」を「いやさかえ」
【毎日新聞】 麻生首相:皇室の「いやさかえ」 両陛下の前で…
【産経新聞】 麻生首相「弥栄」を「いやさかえ」と言い間違え 両陛下の祝賀行事
【ZAKZAK 産経新聞】 「弥栄」を「いやさかえ」…祝賀で首相、やっちゃった〜
【サンケイスポーツ 産経新聞】 麻生首相、両陛下の前で漢字読み間違え
【ニッカンスポーツ】 麻生首相「弥栄」を「いやさかえ」
【スポーツニッポン】 「いやさかえ」って…首相 祝賀などで言い間違え
【日本経済新聞】 「いやさか」を「いやさかえ」 首相、祝賀行事で言い間違え
【中日新聞】 祝賀行事で首相言い間違え 「弥栄」を「いやさかえ」
【スポーツ報知】 麻生首相「弥栄」を「いやさかえ」
【西日本新聞】 祝賀行事で首相言い間違え 「弥栄」を「いやさかえ」

ほかにも誤報をした報道は多数ありそうだが、いろいろと調べていくうちにひとつのことが判明した。これらのニュースを報じた報道機関のいくつかは、共同通信から配信された記事を転載、もしくは情報提供してもらったものを自社の文字に置き換えて報道しているようなのだ。

共同通信の記事をそのまま掲載している報道機関として『静岡新聞』や『産経新聞』、『ZAKZAK 産経新聞』、『ニッカンスポーツ』がある。ちなみに、元ネタは共同通信かもしれないが同じ産経グループでも『サンケイスポーツ』だけは文を変えて書いていた。『ZAKZAK 産経新聞』はタイトルを少しオチャラけたものに変えており独自性を出そうとしているようだ。どちらにしても、本当に間違いなのかどうかを確かめずに(校正・校閲せずに)書いた記事と思われる。

このことについて当編集部は、共同通信に本日早朝取材を試みた。このような事態になってしまった以上、いまさら責めたところでどうにもならないので、このように誤報を流してしまった場合どのように対処するのかを聞いてみた。

早朝より申し訳ございません。すでにご存知かとは思いますが、今回の件につきまして大きな話題になっております。早急に対応すべきとは思いますが、誤報を流してしまった場合、どのような対処をする予定でしょうか? という質問に対し、共同通信スタッフは「このような時間に問われても困る。しかるべき時間に連絡を頂きたい」とのこと。

一社が間違えば数社も同時に間違うという報道のあり方はいかがなものだろうか? 読者に「これおかしいかも?」と思われる前に、報道する側が「これはおかしい」と気がつかなくてはならないのではないだろうか



未来検索ガジェット通信:麻生首相の「いやさかえ」を “誤読” として “誤報” した報道機関メドレー
http://getnews.jp/archives/9348

上記に挙がっている誤報リンクを辿って、記事とサイトのトップページを確認したが、現時点で訂正や謝罪をしている記事はひとつもなかった。産経新聞とスポーツニッポンの記事は消えている。仮に、私の気づかぬところで訂正をしたって、読者に何時何を誤ったのかわかるように書いていなければ失格である。つまり全部失格。あくまでも誤報ではないと言い張るのだろうか。それならそれで、これだけ指摘されているのだから、言い間違えだとする根拠を提示してもらいたい。新聞たちにそういうことが出来ないから、人々は独自に遣り取りの出来るネットに情報を求めるようになった。





続き:麻生だけではなかった! 誤読の数々(らしきもの)
http://qazwsx.seesaa.net/article/117487122.html?1239730140
ラベル:産経新聞
posted by ヨシノブ at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月04日

奥村首相の夢

空:私が首相になったら /千葉

 私が首相になったら最初の課題は医療国営化だ。まずは高齢者の本人負担をなくす。前期・後期・末期などと差別せず保険料も診療費も全額公費で賄う。次に、妊婦健診から出産、子供が18歳に達するまでの通院・入院費を無料化する。所得制限は設けない。一人ひとつずつの命に国家が責任を持つ際、収入の多寡は無関係だから。

 すべての医療機関を公的管理する。医学部の定員増と奨学金制度拡充で医師不足を解消し、適正に配置する。最終目標は全国民の医療完全無料化だ。コストは皆で分担する。健康を維持してバリバリ働き納税する。病気になったら、せめて経済的な心配はせずに治療を受けられる社会に。

 患者の痛みを第一に恐れ、財源の壁にひるみ、明るい未来像にとらわれつつ、医療国営化を掲げ3分の2の議席を得たら、他の政策も再可決……と邪念がよぎったところで夢から覚めた。【奥村隆】


毎日新聞 2009年3月9日 地方版

http://mainichi.jp/area/chiba/news/20090309ddlk12070097000c.html

これ、新聞に書くことかあ?
財源の確保はどうするとか、美容整形や包茎手術も無料なのかと質問してはいけない。これはただの奥村氏の見た夢だから。現実がどうとか関係ないし、夢からはもう覚めてるから。
この記事の悪質なところは、ただの夢想で現実の政治に物申しているところだ。本人は単なる夢想に過ぎないと言い張るかもしれないが、これは新聞であり、明らかに現実の政治へもっとこうしろとメッセージを送っているように読める。読めないとすればそいつの理解力を疑う。(まさか、こんな社会は嫌ですよ、と書いてるわけではないだろう。)
メッセージは実際の政治がやっていること(後期高齢者医療制度等)の反対を要望するのだから、批判的である。メッセージを送られた方は、それを実現させるための手法を問うだろう。ところが、奥村首相は夢からもう覚めてしまっているから、答えがない。起きた奥村氏はただの夢だから答えるに値しないというだろう。起床した奥村首相から答弁があってもいいのだけれど、あれば書くべきのところを現に書いていないのだから、具体策はないのだろう。
夢を逃げ道に、批判はするが改善策は示さないという卑怯、愚劣。この掲載部分は屑紙もいいところ。
私が王様になったら、こいつとその上司どもを一週間おやつと晩飯抜きの刑にする。執行猶予無し。
ラベル:毎日新聞
posted by ヨシノブ at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月03日

私が最初です

ご存知のとおり、朝日新聞から2chへ「部落差別や精神疾患への差別を助長する内容」の書き込みがなされていたことが判明して、話題となっている。"余罪"も、ぽつぽつ出ている。
こんな絵に描いたような馬鹿が見つかるとは思っていなかったので、すっかり油断していた。何を。私は一刻も早くこう書きたい。

『新聞の大半は屑紙で出来ています』

この言葉には「屑みたいに低質な記事が目立つ」「記事にするしないの選択がおかしいので役に立たない屑みたいな紙」「読まれず屑紙として捨てられる押し紙がある」「押し紙は新聞の経営を支えている」などの意味が込められている。好みで「再生紙を使っている」を入れてもいいだろう。『新聞紙』としていないのは、新聞記事、新聞記者、新聞社、新聞業界など、多様に意味を持たせ易くするためである。
これがたった一言で言い表せてしまっているのだから、実に含蓄のある言葉だ。
私は3ヶ月程前に突如この一言を閃き、気に入って、寝言みたいな記事を読むたびに、「この記事の部分は下らないから屑紙でしかないな」という風に思って、新聞の屑紙率が無視出来ないことを再確認している。
この真理を含んで使い勝手の良い的確な一言は、きっと皆も知れば使わずにはいられないだろう。皆が使えば使うほど、こんなに素敵な一言を最初に思いついた私は偉いということになる。「唐沢ぬんいち」という呼び名を誰も使わなかった不名誉も、これで帳消しに出来るだろう。いつか機を見てこの一言を使ってやる。

そう思っていたところ、この大騒ぎである。新聞への不信が一段と熱く高まっている今、不信の念が高まるあまり、私と同じ一言を閃く知恵者が現れないとも限らない。こいつが浮かれて2chなどへ「新聞の大半は屑紙で出来ています」なんて書き込んだら、それで一気に流行してしまい、最初に思い付いた私のほうが偉いのに、全部こいつの手柄になってしまう。後から私が思い付いたのが先だったと申し立てをしたところで、僻んで言い掛かりを付けているようにしか思われない。
そこで私は急遽「新聞の大半は屑紙で出来ています」と発表することにしたのだ。「バファリンの半分はやさしさで出来ています」みたいで、耳に馴染みやすいところも素晴らしいだろう。ほれ、遠慮せず存分に使うが良い。








もうひとつ書いとこうか。
前に父がオバマ大統領に関してこんなことを言っていた。
「今はオバマ、オバマと呼ばれているが、そのうち人気が落ちてくれば、バラクと呼ばれるぞ」
おわかりだろうか。私はこれを短時間に5回ほど聞かされて、やっとその意味がわかった。
意味はこの記事の最後に書きます。(要反転)
オバマがバラクと呼ばれるようになったら、父の先見の明を褒めてやってください。

















バラク→バラック。つまり、粗末なバラック小屋みたいな駄目政治家という意味らしい。だからといってオバマに立派な家の意味を持たせているわけではない。
ラベル:朝日新聞
posted by ヨシノブ at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月18日

用いるべきが違う

本当は、カルデロン一家は揃ってフィリピンへ送るのが当然であると思う。現実的には、娘の日本滞在は許可し両親を国外退去という温情策も認めぬではない。我ながらやや甘いと思う。


一家代理人の渡辺彰悟弁護士は、「一部の人たちに外国人排除の発想があるのではないですか。日本では、いろんな要素を見て相対的に判断する土壌がまだ育っていない、と感じています」と話す。法律家としての仕事ぶりを否定するような声については、「条約上の価値を実現してほしいと訴えているのに、違法行為どうこう言われる筋合いはないと思います。本人たちにも、胸を張ってほしいと言っています」と反論する。

J-cast:フィリピン人一家の在留不許可 「可哀そう」か「自業自得」なのか
http://www.j-cast.com/2009/03/12037556.html

私は日本人が他国でカルデロン一家と同じケースを起こしても、その日本人犯罪者は退去させるべきだと考える。


 強制退去処分を受けた日本生まれのフィリピン人、カルデロン・のり子さん(13)=蕨市立中一年=ら家族三人が一家そろっての在留許可を求めたが認められず、父アランさん(36)が東京入国管理局に身柄を収容された問題で、母サラさん(38)と一家を支援する渡辺彰悟弁護士が十一日、収容されているアランさんと同入管で面会した。
 サラさんによると、アランさんは収容されたストレスから、疲れ切った様子だったという。面会の時間は約十分。夫婦は、タガログ語と日本語を混ぜながら会話したが、アランさんの立会人が、会話内容をメモしていたという。これに対しサラさんは、「メモをされたことなんてないのに何で私たちだけ…。もっと話がしたかった」と不満を募らせた。
 アランさんは「のり子の風邪の具合は」と終始、のり子さんを心配していたという。入管に収容された経験があるサラさんは「入管は怖い所。アランが(勝手に)フィリピンに送られてしまうかも」と不安を漏らした。
 のり子さんは、四日夜に熱を出し、声が出ないまま九日の記者会見に出席。気丈に振る舞い「お父さんを返して」と訴えたが、自宅に戻ると布団をかぶって泣き続けていたという。十一日も、サラさんがのり子さんに「部活くらいは休んだら」と促したが、「パパも頑張ってるから、私も頑張る」と言って、学校に出掛けたという。


WEB埼玉
http://www.saitama-np.co.jp/news03/12/05x.html



 日本生まれのフィリピン人、カルデロン・のり子さん(13)=埼玉県蕨市立中1年=と父母の強制退去問題で、東京入管による父アランさん(36)の強制収容について、のり子さんと母サラさん(38)は9日午後、東京都内で記者会見し「ショックを受けている。すぐにお父さんを返してほしい」と訴えた。
 東京入管は、のり子さんだけが残るかどうか13日までに決断するよう求め、意思表示がなければ仮放免期限の16日にのり子さんとサラさんも収容、17日にアランさんを含めた3人を強制送還するとしている。
 法務省は「ほかの不法滞在者への影響も考慮し判断した」と説明。父母について、帰国の意思を表明すれば3月中は仮放免の期限を延長すると説得したが、アランさんが応じなかったため収容したとしている。


スポニチ
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20090309050.html


彼らはまじめに働いている、杓子定規に法を用いるな、という主張もあるが、「入管は怖い所。アランが(勝手に)フィリピンに送られてしまうかも」「ショックを受けている。すぐにお父さんを返してほしい」などの発言を見るに、他人名義のパスポートを使って不法入国した犯罪者である自覚も反省もなく、私は「まじめ」を根拠とする情状酌量の余地を感じない。また、子供をだしにすれば不法滞在を続けられるという発想を潰し、悪しき後続を断つためにも、一家滞在だけは容認してはならない。
遵法意識がない上に、それを容認する人々の構図は、移民受け入れの危うさを思い出す。

「法律は法律。僕の母親は僕の母親。
僕はサルコジ の言うことより僕の母親の言うことを聞くよ。」

http://malicieuse.exblog.jp/3762537/



以上は寄り道で、本題にしたかったのはここから。
ざっと調べたところ、朝日・毎日・日経は一家揃った滞在に賛成、産経は反対、読売は明言せず。(←誤りがあれば訂正求む)

 埼玉に住む不法滞在のフィリピン人一家が国外退去を命じられている問題に、蕪村の句を思い起こす。〈斧(おの)入れて香におどろくや冬木立〉。倒そうと斧を入れた木から生々しい香が立ちのぼった。生命力に打たれて詠んだ一句とされている▼一家の件では、親子という「生木」に入管当局の斧が入った。在留特別許可は認められず、父親は身柄を収容された。一人娘のカルデロン・のり子さん(13)を、両親と帰国するか、日本に残るかのつらい選択が待つ。立ちのぼるのは悲しみの香だろうか▼のり子さんは父母の国へ行ったことはない。日本語しか話せない。「母国は日本、心も日本人」と言う中学1年生だ。両親はまじめに働いて職場や地域になじみ、偽造旅券での入国ではあったが、この国に根を下ろしてきた▼13歳という年齢は、なかなか難しい。異国で一から出直すには日本に根を張りすぎている。だが親と離れて暮らすには、その根も幹もまだ弱い。いわば人生の早春である。両親と日本、どちらを選ぶにせよ、生木を裂かれる思いだろう▼いつも一定の基準にものごとを当てはめる、杓子定規(しゃくしじょうぎ)という言い方は江戸の昔からあった。庶民が大岡裁きの政談に喝采したのには、そうした背景もあっただろう。法は法として貴い。だが運用の妙があってもいい▼13日までに両親が帰国の意思を示さなければ、強制送還されるという。「家族3人で日本にいたい」とのり子さんは涙ぐむ。何とか手はないものか。彼女以外にも、同じ境遇で育ち、学ぶ子らが、日本には大勢いる。

天声人語 2009年3月11日(水)付
http://www.asahi.com/paper/column20090311.html


「大岡裁き」を取り上げた朝日と毎日。
「大岡裁き」は、講談等で有名な大岡越前の裁き(史実というわけではない)の幾つかを総称するものであるが、一般に(少なくとも私の周囲では)大岡裁きといえば、母を名乗って子を取り合う二人の女に下した裁きを指す。朝日が言っているのもこれだろう。
庶民の喝采なんぞを頼りに持ち出して通用するのならば、日本に根を下ろした言葉として「泣いて馬謖を斬る」を持ち出して、泣きながらまじめに働いて職場や地域になじんでいる偽造旅券での不法入国フィリピン人を国外退去させても良さそうなものだ。こっちは江戸の昔の大岡よりも1500年くらい古い故事成語で、出典となる三国志は日中で現在もなお人気が高く、大岡裁きより広く長く根付いている。
感情に忠実な主張には多く論理が宿らない。感情では話がまとまらないから、理性による規範により話をまとめざるをえない。単に可哀想を根拠に論理を翻すのならば、世論の可哀想がどのくらいの割合ならば論理を翻すのか、可哀想が少数でも翻さぬのは可哀想ではないか、他者が何と言おうとも本人たちが生木を裂かれるようにつらいのならば翻せ等々、胸三寸でどうとでも言えて話は尽きない。論理を用いれば、少なくとも議論の足がかりが出来る。それを用いずに意見(感情)を通そうというのは、相手の意見に耳を貸さない我侭である。
感情を一切持ち込むなとはいわない。情状酌量というシステムは必要だ。しかし、意見の筋となる主体は論理であるべきで、論者は感情と論理の区別をつけた主張をしなければならない。


目先の感情論で話をするから墓穴を掘る。
毎日新聞の余録に用いられた「大岡裁き」に異議を申し立てた(馬鹿にした)人がいて、そのレポートが面白かったので紹介したい。

ADON-K@戯れ言:【電凸】カルデロン親子の情は万国同じこと 日本人が愛した「大岡裁き」の公正と人情を忘れてほしくない【毎日】
http://adon-k.seesaa.net/article/115664359.html

私は天一坊事件のお話をちゃんと聴いたことがないので、天一坊が詐欺師として刑に処されたという程度にしか知らず、そこにどのような親子の情が語られているか知らない。少し調べてみたが、天下騒乱の火種としないための情を押し殺した死罪なのか、幾つかの嘘から詐欺師の疑いを強めて死罪としたのか、よくわからない。

何にせよ、カルデロン一家に類似しているとして用いるべきは、親権の判断話ではなく天一坊事件のほうだろう。二人の母親の話は、真実のはっきりしない事柄に頓知で解決を図った話で、この二人の母親は不正を問われているのではないため、罪に対する処遇が問題となっているカルデロン両親を当てはめるのは無理がある。それに大岡は最初に「子の手を引きあって引き寄せたほうが勝ち」と言ってそれを覆すのだから、人情はあれど不公正も甚だしく、記事の主張とは合わない。むしろ公正を訴えるのならば、公正に他の外国人と同じく法を用いて、国外退去が結論だろう。
先と同じことを言うが、「泣いて馬謖を斬る」の三国志だって日本人に愛されている。



北海道新聞も大岡裁きを用いているのを見つけた。但し、社説タイトルでのみ。
朝日・毎日・北海道新聞と、常日頃政治的姿勢が似通っている三紙が同じ話を持ち出しているのが面白い。


比家族退去 大岡裁きはできぬのか(3月15日)

 不法滞在で国外強制退去処分を受けたフィリピン人のカルデロンさん一家が、長女のり子さん(13)を残して帰国することになった。
 親子三人で日本で暮らしたいとの願いは認められなかった。
 母親のサラさんの妹が埼玉県蕨市にあるのり子さんの自宅に同居、世話をする。両親と再び暮らす日がいつくるのかわからない。家族にとって苦渋の決断だったに違いない。
 法治国家である以上、不法滞在は許されない。厳正に対処するという国の姿勢も当然だろう。
 とはいえ、何とか一家の願いをかなえてやれぬものかと事態を見守っていた人も多かったのではないか。
 のり子さんには、在留特別許可が出される。強制退去後は原則五年間は認めない再入国についても、森英介法相は一時的な面会に限って両親に許可することを示唆している。
 であれば、もう一歩踏み出して一家の在留を認めるのもそんなに難しいことではあるまい。
 一昨年は九千件を超す在留特別許可申請に対し、国は本人や家族の状況などを総合的に勘案して八割近い七千三百八十八件を認めた。
 両親の国外退去まで時間はある。法相は人道的観点から一家の在留に政治的決断をくだしてほしい。
 両親は一九九二年と九三年、それぞれ他人名義の旅券で不法に入国。日本で知り合って結婚し、九五年にのり子さんが生まれた。
 父親のアランさんは廃棄物を収集・運搬する会社などで懸命に働き、一家三人は地域社会の一員として穏やかに暮らしてきた。
 二〇〇六年に母親が不法滞在で逮捕されて国外退去処分となった。処分取り消しを求めて提訴したが、昨年九月に敗訴が確定した。
 「私にとって母国は日本です。家族とも友人とも離れたくない」。のり子さんはそう訴えてきた。
 のり子さんの級友や父親の職場、地域などから二万人分もの嘆願書が法相あてに出されている。地元市議会も、全会一致で一家の在留特別許可を求める意見書を採択した。
 法務省は以前、似たようなケースで中学生の子どもを持つ親の在留を許可したことがある。日本も批准している「こどもの権利条約」は、児童を父母の意思に反して分離させないことを締結国に課している。その精神は尊重しなければならない。
 日本には十一万人ほどの不法残留者がいるとされる。外国人労働者がいなければ成り立たない就労構造にもなっている。第二、第三ののり子さんが出てくる可能性がある。
 犯罪集団への対応は別として、現実に即した入管行政のあり方を考える時期にきているのではないか。


北海道新聞
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/152975.html

日本国の法律とこどもの権利条約を考慮したら、一家揃っての国外退去が妥当ではないだろうか・・・・・・。まじめだの懸命に働くだの、そんなものは単に自分たちが生活するための必要な労働に過ぎず、決して社会に対してまじめなわけではない。不法入国したままでいるのが、その明白な根拠だ。
第二、第三ののり子さんが出てくる可能性を少なくするためにも、この一家の在留を認めたら、子供を作って日本語しか教えずにいたら不法滞在を認められると考えるやつが出ることについて考えてほしい。北海道新聞その他は、現実としてその不法滞在手段を容認するものである。










ついでに、ADON-K@戯れ言から私が特に面白かった記事をひとつ紹介。
題材になったのはこの記事。


麻生首相が1日、立ち寄ったのは東京駅前の八重洲ブックセンター本店。
11月1日、11月30日、12月27日に続き、首相としては就任5カ月で4回目だ。

首相の事務所によると、移動中はもとより、休暇中の自宅でも本を開く読書家だという。
秘書は「漫画好きが注目されるが、漫画は気分転換の時だけ」。

今回購入した10冊のジャンルは広い。といっても、文学書のたぐいは一切なく、
実用書、ビジネス書が中心。景気対策を第一に掲げる麻生首相にとって、
「危機を超えて すべてがわかる『世界大不況』講義」(伊藤元重著)は必読か。
意外なのがジャーナリストの原寿雄さんの「ジャーナリズムの可能性」。
実は同書は07年秋の自民、民主両党の大連立騒動にジャーナリズムがかかわった点を批判している。
塩野七生さんの「わが友マキアヴェッリ」は、目的達成のためには手段も選ばない思想家への共感か?

日下公人さんらの「強い日本への発想」も求めたが、実はこれ11月末にも買っていた。

敬愛してやまない祖父の吉田茂元首相もそうだったように、昭和の首相の多くは
漢文の素養があり、論語など「四書五経」は必須の教養とされた。
麻生首相が購入した本の書名を見る限り遠い過去の話になってしまったようだ。


毎日新聞記事より抜粋
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090307k0000e040052000c.html

実用書やビジネス書を買うと四書五経を蔑ろにしているという、随分とこじ付けが過ぎる結論の批判に呆れた。それはともかくとして、麻生首相は四書五経の教養を遠い過去の話としているのだろうか。実は・・・・・・。


【電凸】教養をにじませるつもりが、無知を晒してしまった毎日新聞社に電凸しますた。【今日も平壌運転!?】
http://adon-k.seesaa.net/article/115301420.html









カルデロン一家に対する日経と産経の記事を載せておきます。
(公式ページの記事はそのうち消えるから)

 これは政治決断が必要なケースである。不法滞在で東京入国管理局から強制退去処分を受けた埼玉県蕨市のフィリピン人一家が、家族そろって日本にとどまりたいと在留特別許可を求めている問題だ。
 埼玉県蕨市に暮らす会社員、カルデロン・アランさんと妻のサラさんは1990年代に他人名義の旅券で入国し、娘ののり子さんをもうけた。のり子さんは同市内の中学1年生で13歳。フィリピンに渡ったこともないし、日本語しか話せない。
 一家に対する強制退去処分は裁判で確定している。東京入管は(1)両親が自主的に出国するならのり子さんだけは在留を認める(2)自主的に出国しない場合は一家を強制送還する――と通告し、今週初め、まずアランさんを施設に収容した。
 入管当局はきょう13日を回答期限としているが、両親にとって13歳の娘を残した出国はつらい選択だ。このままだと母子も収容され、17日に送還される可能性がある。
 たしかに不法滞在者には厳格な対応が欠かせない。しかしこの一家の場合、両親は地域社会に溶け込んで平穏に暮らしてきた。のり子さんもすっかり日本人として育ち、級友に囲まれて学校生活を送っている。
 過去には中学生になった子どもを持つ家族には在留を認めた例もある。しかし法務省や入管当局は、一家に退去命令が出たのがのり子さんの中学入学前だから特別扱いはできないという。前例に固執した、あまりにもかたくなな姿勢ではないか。
 欧州諸国などでは、不法滞在でも平穏に過ごして子どもを育てている場合は柔軟に対応している。それだけに今回の問題には海外メディアも関心を示し、国連の人権理事会が調査を進めるなど国際社会も注目していることを忘れてはならない。
 不法滞在の取り締まりと例外との兼ね合いは難しいテーマだ。制度改革や運用の改善は今後の課題だが、今回はまず人道的な立場から一家の在留を許可すべきである。これを認めたからといって、入管行政の根本が揺らぐわけではないだろう。
 もう時間がない。ここは政治家の出番である。森英介法相、そして麻生太郎首相は一家が日本に残れるよう決断を下してほしい。


日経新聞社説 3/13
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090312AS1K1200612032009.html


 先週のNHKのドラマスペシャルは、戦後の混乱期に、吉田茂の側近としてGHQと渡り合った、白洲次郎の生涯を描いていた。その白洲が、よく口にした言葉が「プリンシプル(原則)」だ。
 ▼昭和44年に雑誌に発表した論文「プリンシプルのない日本」のなかで、「安保」賛成の政府と、破棄を主張する「革新連中」の両方に苦言を呈した。自分のふところ勘定だけで防備すれば、いくらかかるかという原則を、なぜ国民の前で議論しないのか、と。
 ▼埼玉県蕨(わらび)市のフィリピン人中学生、カルデロン・のり子さん(13)は、不法入国が発覚した両親とともに、17日に強制送還の可能性がある。日本で生まれ育ったのり子さんが、言葉のわからない土地で暮らすのはあまりに気の毒だ。法務省は、親族が面倒をみることを前提に、のり子さんの滞在と、娘に会うために両親が再入国することを認める異例の提案を行った。
 ▼しかし支援者たちは、一家全員を日本に残せと、譲らない。不法入国を認めない、という原則を、崩せということだ。首をかしげるような主張は、ほかにもある。全国の公立高校で、授業料が未納のまま卒業する生徒が後を絶たないようだ。奨学金の滞納者の多さも目に余る。
 ▼それぞれ事情はあろうが、授業料を払い、借りた金を返すのが、原則のはずだ。それなのに、一部のメディアは、未払いの生徒に卒業証書を渡さなかった高校側と、奨学金の滞納者を信用情報機関に通報することにした日本学生支援機構への非難に忙しい。
 ▼白洲は、ときに妥協も必要だと言いつつ、日本人と議論していると、原則がどこにあるのか、わからなくなってしまうことが多いと嘆いた。そんな日本人の性癖は、ちっとも変わっていない。


産経抄 3/13
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090313/trd0903130257000-n1.htm




09/03/18追記:朝日への言及に関して

大岡の二人の母親への裁きは、「棠陰比事」(出版は南宋AC1127-1279のころ)にある話を焼き直したものであるという。棠陰比事では前漢(BC206-AC8)の話とされているそうだから、馬謖(AC190-228)よりも古い。
更には棠陰比事のこの話は旧約聖書にあるソロモン王(在位 BC965-925頃)の裁きを焼き直したものであるといわれている。
よって、三国志よりも古く広く根付いているのは、母親への裁きのほうであるとも言える。
もちろん私はここで古い事例のほうが正しいと述べたいわけではない。カルデロン一家滞在を求める材料に、大岡裁きを用いるのが妥当か否かをいっており、朝日が庶民の喝采だの昔だのを頼りに持ち出すのを、それを上回る三国志で対症療法的に否定してみせただけである。
また、もしも聖書にまで遡って原型となるソロモン王を引き合いに出すとしても、これもやはり本件と符合する内容ではないので、どうせなら新約聖書のマタイによる福音書から、金持ちと針の穴の話を持ち出したほうが合うと思う。金持ちが幾らか道徳を守ったところで神の国には入れないという構図は、不法入国者がまじめに働いたところで滞在が認められない構図に似る。神の子たる救世主キリストは金持ちに杓子定規な判定を下している。それでいてキリストは、大岡越前よりも庶民の喝采を得ている。
posted by ヨシノブ at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

お前は駄目


・大阪府の橋下知事はん。相変わらず、言い方きっついなぁ。「学力も駄目、体力も駄目。
 大阪の教育は、どうなってんねん」やて

 ▼確かに、大阪府が前の全国学力テストに続いて、今度の体力テストでも全国平均をえらい
 下回ってしもたのは事実です。せやけど「普通、勉強ができなければ体育はできる。学力も
 体力も低くてどうする」まで言われたら、大阪の中学生の一人としてへこみますわ

 ▼知事だけちゃうけど、大人ってほんまに比較が好きやなぁと思います。経済協力開発機構の
 学力調査でも、日本が何位に下がってもた、えらいこっちゃ、学力低下やって大騒ぎするでしょ

 ▼比較して自分の位置を確かめることに一定の意味があることは認めます。でも、ただ他と
 比べて駄目みたいに決めつけられると正直しんどい。子どもの親への声を集めた公共広告機構の
 広告『こども教育委員会』にもありますよ。<ぼくを他の子と比べるのはやめて下さい>

 ▼友達が持ってるから同じ物買(こ)うて、なんて頼むと親は大概言うでしょ。「あの子はあの子、
 あんたはあんたや」。それが、成績とかの話になると「なんで、あの子より下なん?」。
 都合よすぎへんかなぁ

 ▼他の国や他の県や他の子と比べて駄目駄目言わんといてほしいんです。あの広告には
 こんな声もあります。<できないと決めつけないでぼくを信じてください>

 http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2009012902000072.html


橋下知事発言のショックで可哀想に中学生返りしちゃった中日新聞。
もしくは中学生がコラムを書いている中日新聞。どっちにしろ学級新聞じゃねえか。
私は生まれてこのかた運動がからっきし駄目な上、中学生時代は学校の成績を原因に親が別居して離婚が検討されたほどに勉強ができず、後には家を追い出されるまでされたが、こいつは駄目だと思う。新聞が売れなくなるのも仕方なし。
posted by ヨシノブ at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

偽装国家の御都合主義

また勝谷誠彦氏の話題で何だか申し訳ない。
あれだけ大興奮していた前回の「コラムの花道」。逮捕前にあれだけ熱を入れて喋ったんだから、容疑者の調べが始まった今、テロだの将校が決起した戦前の雰囲気だの工作員からの情報だのと何か語るのではないか、と思って今回のを聴いてみた。自首直前、テレビではこんなことを言っていたらしい。内容未確認。

132 名前: 文責・名無しさん [sage] 投稿日: 2008/11/24(月) 21:47:01 ID:yhxtiGD30
11月22日(土)、あさパラでの勝谷専門家の犯人像の予想

・ワイドショーや報道に取り上げられて喜んでいる
・相当、厚生労働省内部事情に詳しい人物
・年金問題が話題になって戦犯扱いした週刊誌を読んで記憶して執着している奴
・政府職員録(マスコミでも見れない)を見るために政府機関やマスコミ機関に出入り出来る人物
・調査能力がかなりある人間
・皮手袋をしていたから殺人に精通している人間
・夕方の人目に付きやすい時間の大胆な行動だからそう言う状況を見切れることが出来るプロの人間

さすがです、勝谷さんw



期待が高まったところで再生開始。
http://podcast.tbsradio.jp/st/files/st20081126.mp3

直前までやっていたらしい音楽のコーナーの話題で談笑しながら始まった今回。てっきりテロ関連の怒気を孕んだ言葉で始まるものと思っていたので拍子抜け。前回勝谷氏と大興奮していた小西氏もそれに合わせて和やかなものだから、「花道」コーナーだけを連続して聴いている私には妙な雰囲気。
本題に入るとのっけから勝谷氏、田母神氏(勝谷氏による呼び名:タモさん)と一献交わしたという大ニュース。もともと知り合いだという。月刊誌willで田母神論文特集することもあってか話題は田母神氏ほぼ一色。テロ事件についてはちょっと触れただけ。残念。
論文は枚数が足りなくて言葉足らずがあるが、田母神氏の持論自体は素晴らしいものだと勝谷氏評す。勝谷氏は出演番組によって田母神論文の評価にブレがあるらしいが、ここでは取り上げない。

気になった部分を書き起こした。文中の「」は小西氏の相槌である。

どういう更迭をされたにしても「うん」武人軍人は最後はですね「うん」あのう、制服を着てね「うん」それでエイヨウヨ?をもって送るのがこれが「あっ」当然の礼儀なわけですよ。「ああ、なるほどなるほど、はいはいはいはいはい・・・・・・」それをあの卑劣なね、ええ、更迭、空幕長たる資格身分を奪って「ええ」それでもうお前そうなると定年過ぎてるから「ええ」定年退職しろっていうねえ「ええ」これ本当に正に自衛隊の存在そのものと同じ「あああ」要するに御都合主義「うん、おおお」偽装国家の御都合主義「うんうん」いつも言っている「うんうん」正にこれですよね「ああ、なるほど」そういうこと田母神さん、くやしそうだった、な。僕の印象だけれども「なるほど、うん」だけどあれは彼をこういう辞めさせ方をしたっていうことは「うん」虎を野に放ったと同じですよね「ああ、はあはあ」もう喋るの好きな人だから「あっはっは、そうかそうか」しかも論理的で「はい」

エイヨウヨと聞こえた言葉が何なのかわからなかった。
小西氏は相手を気持ちよく喋らせる相槌上手だと思う。敢えて悪い言葉を使えば、太鼓持ち的であるといっていいと思う。上手いものだと思う。感心したので書き起こしてみた。


気になったのは、更迭が偽装国家の御都合主義であるという主張。
田母神氏の批判されている主張に、「身内の恥は隠すもの」というのがある。こっちも御都合主義の偽装に見えるんだが。長いが以下抜粋。


・情報公開に関する教育が徹底され、最早如何なることでも隠すのは悪であるというような風潮が生まれつつある。しかし私は少し行き過ぎているのではないかと思っている。
・第3者が対応行動をとることができ被害に遭わないようにすることができるものについては、情報を隠蔽することは厳重に戒められるべきである。更に事故に伴う民事裁判等を有利にするために、官公庁や民間会社などが情報を隠蔽することも責められてしかるべきである。
・情報公開法の第1条(目的)には、「公正で民主的な行政の推進に資すること」が目的であり、そのために「1.政府の諸活動を国民に説明する責務を全うすること、2.国民の的確な理解と批判を得られるようにすること」の2点が書いてある。その本来の狙いとするところは、当該情報が公開されないことにより国民が損失を受けることを防止することなのだ。国民の知る権利を楯に、のぞき趣味的なことまで情報公開を要求することは、また戒められなければならないのではないか。情報公開法第5条第二項イ号には「公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害する恐れがあるもの」について、情報公開を拒否できることになっている。公人や公的な組織にもプライバシーがあると考えて良いのではないか。自衛隊は国の安全保障を最終的に担保する組織であり、公にできない秘密が存在することはいかなる人も否定はできない。しかしそれ以外にも自衛官にも自衛隊にもプライバシーが認められていいと思う。部隊や隊員が三面記事や週刊誌で笑われただけで終わるようなもの、いわゆる身内の恥的なものまで公開されるようになると、隊員は自分のことを上司に相談することができなくなる。上司に知られてしまえば全て情報公開の対象になってしまうようでは部下隊員の指揮官に対する信頼感は失われてしまう。
・社会的な影響が大きいか又は国民に損失を与えるようなものでない限り指揮官は部下隊員や部隊の保全に努めるという明確な意志を持つ必要がある。自分の部下が公衆の面前で笑われたり辱めを受けたりすることは指揮官の恥である。指揮官のその姿勢が部隊団結の基盤なのだ。
・身内の恥は隠すものとう意識を持たないと自衛隊の弱体化が加速することもまた事実ではないいか。反日的日本人の思う壺である。
・自衛隊は我が国有事に際し部隊の行動を秘匿しながら作戦を実施しなければならない。そのために常日頃から保全を意識した隊務運営を心がける必要がある。公開を要しない事項については徹底的に秘匿するということで、有事のための訓練をしていると思えば良い。秘匿すると決めたことを秘匿できないようでは作戦遂行に大きな支障が出る。指揮官はそれが出来るまで部隊を鍛えるべきである。 もし現状でそれが不可能ならば、これを作戦実施上の重大な問題として認識しておくことが必要である。もし秘密が漏れたならば、なぜ漏れたのか、誰が漏らしたのかを徹底的に追求しなければならない。それが秘密漏洩の抑止力になる。それは国家のため、国民のために必要なことなのだ。自衛隊の秘密保全の態勢は、諸外国の軍と同様に完璧であることを求められている。私たちは航空事故ゼロを目指すと同じように秘密保全についても完璧を目指して努力すべきなのだ。


15年戦争資料 @wiki :航空自衛隊を元気にする10の提言 パートII  身内の恥は隠すもの
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1576.html


具体的に隠されるべき身内の恥がどんなものかというと、これが該当しそうだ。

 航空自衛隊第1術科学校(浜松市)の校長だった宮下今朝芳(けさよし)空将補(55)が今年9月、部下の女性への性的嫌がらせ(セクシュアル・ハラスメント)の疑いで更迭されていたことが14日、わかった。当時の林防衛相には報告されたが、報道機関には「不定期の異動」として公表していなかった。空将補は調査にセクハラを認めており、懲戒処分する方針。
http://www.asahi.com/national/update/1114/TKY200811140145.html

検索して探せば公表されているもので、メイド喫茶で3等陸佐(47)が2万円相当の置物を窃盗とか、一等陸曹(45)が女性用下着1枚を窃盗、余罪有りとか、三面記事や週刊誌で笑われただけで終わるような恥はあり、これらも本来なら完璧に秘密保全すべきものというのが田母神論である。
こういうのを秘匿するのが有事のための訓練と思えば良いと、・・・・・・私には思えない。役所にだって警察にだって企業にだって機密事項はあるだろう。その漏洩防止訓練のため、所属者のハレンチやドロボーも伏せるべしと流用可能な論理だ。うちの人は何にも悪いことしてませんよ、という偽装のように思え、それを正当化する理屈が些か御都合主義だと思う。まさに勝谷氏がいつも言っている偽装国家の御都合主義。


勝谷氏がこの主張について同意しているのか知らないが、この主張を知らぬはずはなく(これだけ話題にして知らなきゃ恥)、もしかしたらこれは偽装国家の御都合主義とは違うと言うかもしれないが、御都合主義の偽装のようなものを掲げている田母神氏の更迭顛末を、偽装国家の御都合主義だと国を非難する勝谷氏の図は、何とも変であることだなあと思いました。




posted by ヨシノブ at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月24日

コラムの花道「元厚生次官ら連続殺傷事件」

先日の「言えなかった言葉」より、コラムの花道をメインに少し。


11月19日、容疑者自首前に放送された元厚生次官ら連続殺傷事件を取り上げた勝谷氏出演の『コラムの花道』。
http://podcast.tbsradio.jp/st/files/st20081119.mp3
番組前半、いちいち「テロかどうかわからないけれども」と配慮を挟み込む小西氏の姿が不憫だが、勝谷氏の熱弁やリスナーの声に中てられて後半は投げっぱなし。(私にも似た経験があるが。)


勝谷
 「今言ったボクの、この時代の、これが起きた、まずこの段階で、犯人がわか
  んない段階でも、今これが起きてしまったということの時代の背景、そして
  犯人がわかったらもっと具体的に踏み込んで、なぜその人物がこう走ったか
  ということに対する分析、そういうものをね、間違ってもいいんですよ。あ
  のね、間違うことを恐れ過ぎる。新聞なんてね、その日に一生懸命書いてん
  だから間違う。
  オレだってここでしゃべってて間違うことはしょっちゅうある。ね。だけど
  それがジャーナリストの責任というものじゃないですかね。」


勝谷誠彦様の華麗なる脳みそ:被害者を断固哀悼します!
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/918345.html


責任(大辞林より)
(1)自分が引き受けて行わなければならない任務。義務。
(2)自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い。
(3) 法律上の不利益または制裁を負わされること。狭義では、違法な行為をした者に対する法的な制裁。民事責任と刑事責任とがある。

間違うことが任務や義務ではありませんね。勝谷氏の「責任」発言は、リスクとでも言いたかったのを間違えたのだろう。スタジオの誰か、訂正しろよ。
ジャーナリストも人間なので間違うのは仕方ないのですが、間違っていたことを知らせる積極的な訂正と詫びと間違わないための対策が足りないのですよ。



それと、「自衛隊イラク派遣問題で、テロに屈しないと言っていた政治家連中は何か国民に呼びかけることはないのか。漫画太郎のジョギング中止に意見することもないのでしょうか。」なんてメールを読んで、素晴らしいリスナー(直後に小西氏が「その通り」「有難い」と絶賛、勝谷氏からは「良民常民であり、地に足の着いた、まさに自由とたたかう戦士であり闘士」との称号が送られた)だとかオバマなら中止しないとか喜んでいるが、管氏や鳩山由紀夫氏や冨岡氏など政治家からもテロを許さないという発言は相次いでおり、こんな犯罪を許すと言う政治家を探すほうが難しく、誰がこの事件にどう屈しようとしているのかわからない。それに当時は犯人の正体もグループか否かも掴めていない(報道されていない)状態なのに、もしもSPが対応しきれない人数や狙撃手がいたらどうするのだろう。それでも走る必要があるだろうか。SPを信用していないのかと憤っているが、SPにだって限界もあれば命もある。こんな状況でオバマも走らんでいい。昔の話と笑うかもしれないが、SPはケネディを守れなかった。
何より、テロに屈しないというのはテロにより政治姿勢を変えないということじゃないだろうか。テロかも知れぬ事件が起こりジョギングを中止することが、テロに屈したことになるのだろうか。太郎の本業はジョギングか。犯人の要求はジョギングの禁止か。そもそも犯人は立場を表明せず何の要求も出していなかったのです。

posted by ヨシノブ at 21:08| Comment(3) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月23日

言えなかった言葉

首相の慎重さに鈍感批判も 連続殺傷に非難や決意なく

 元厚生次官ら連続殺傷事件に対する麻生太郎首相の慎重姿勢が目立っている。同一犯による「テロ」の可能性があるにもかかわらず、首相の言動からは、卑劣な行為への非難や対テロへの断固たる姿勢がうかがえない。「政治的目的を持った暴力への感覚が鈍感過ぎる」との批判も出そうだ。

 首相は事件を受け十九日午前、記者団のぶら下がり取材に応じたが、テロの可能性があるとの指摘に「単なる傷害、殺人事件なのか、そうではないのか。それ以上のことは分からない段階でコメントはできない」と述べるにとどまった。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200811190305.html


犯罪学が専門の藤本哲也中央大教授は、年金問題だけでなく、薬害エイズなどこれまでも厚生行政をめぐる問題が起きていることを挙げ「犯人が、厚生労働省を自分の生活を脅かす存在として考えていてもおかしくない」と犯人の抱く敵対心を推理。「襲いやすいOBを狙ったのだろうが、現役も安全とはいえない」と警告した。

 元警視庁捜査1課長・田宮栄一氏は、犯行状況が似ていることなどから「2つの事件は、同一犯か同一グループの可能性が高いと思われる」と分析。犯行動機については「個人への恨みではなく、行政に対する不満があったと思われる。(不満を持った)その時の行政の、トップを狙ったのではないか。今後も、同様の事件が起きる可能性は否定できない」と話した。

 一方、ジャーナリストの大谷昭宏氏は「30歳ぐらいという目撃情報からは、自分が年金が減るなどの被害を受けた人物とは考えにくい。義賊を装い、世間に向けて自己アピールを狙った、ゆがんだヒロイズムがうかがえる」と犯人像や心理状態を推理。元最高検検事の土本武司白?大法科大学院長は「年金問題などに対する不満を抱えた同一犯の可能性が極めて高い」と指摘した。

http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20081119-431107.html


 与野党からも憤りの声が相次いだ。自民党の細田博之幹事長は「2件発生したことを考えるとテロ行為だ。平穏に暮らしている夫婦を刺し殺すというとんでもない行為は理解できない。しっかり治安当局も対応してほしい」。民主党の鳩山由紀夫幹事長は「(二つの事件は)何か連動したテロのにおいがする。政策に対する不満があれば対話を通じて議論をして解決をしていくというのが日本の進むべき道だ。決してテロ行為が許されるわけではない」と述べた。

 事件は、午前中の衆院厚生労働委員会でも取り上げられた。最初に質問に立った自民党の冨岡勉衆院議員は「厚生労働行政との関連も取りざたされているが、行政に携わる私たちはいかなる暴力や卑劣なテロに対してもひるむことなく、国民のために職務を遂行していくことが肝要だ」と指摘。

http://www.asahi.com/politics/update/1119/TKY200811190059.html


菅氏は田母神前空幕長の論文問題、元厚生次官宅の襲撃事件に触れ、「国民の目から見て議院内閣制、政党政治が機能しなくなっているんじゃないか。議会がもう機能しないから、直接的な行動に走る、そういうものにつながっていく危険を感じる。議会が行き詰まったら、シャッフルするしかない」と述べ、改めて早期の解散・総選挙を求めた。
http://www.asahi.com/politics/update/1122/TKY200811220187.html


このまま日本政治の漂流が続くと政党政治、議会政治に対する国民の不信が高まり、直接行動的な傾向が出てくることが怖い。現職自衛官の幹部、田母神氏の言動や厚生次官に対するテロなど心配な傾向が出てきている。議会制民主主義を機能させるためには、どの党に有利不利ということを超えて早急に解散総選挙を行い、沈滞した現在の政治を刷新する必要がある。総選挙の先送りは国民の鬱積を蓄積させ、民主主義を危機に陥れる。
菅直人 今日の一言:民主主義の危機
http://www.n-kan.jp/2008/11/post-1861.php



犯人を名乗る男が自首し、男は血の付いたナイフとスニーカーを所持していたというから、今のところ彼が犯人である可能性が高い。男は「昔、保健所にペットを殺され腹が立った」と話しており、どこぞのマスコミらが騒いでいたような、いわゆる『年金テロ』ではない様子である。
中国新聞に批判が出そうですぞと御注進された麻生首相の見解だが、実に正しい。結果的に、ではない。犯行声明が出るなどテロを決定付ける要素が出ていない時点で、事件をテロであるかもしれず、テロではないかもしれないと判断し対応したことが正しいのである。今後、犯人が言を翻してやはりテロであったと言ったところで、正しいことに変わりはない。もちろんマスコミの中にもテロと決め付けない人はいたが、テロに違いないと言わんばかりに騒ぎ立てていた連中、あれは何なのだろう。
勝谷誠彦氏もこんなことを言っていたそうで。

 「ボクはこれ第1報聞いたときからテロであると。なぜなら非常にメッセージ
  性を感じたと。」
 「これは最初の犯行をですね、自分は厚生労働省に対する警告としてやったと
  いうことをメディアが読み解かなかった、つまり自分のメッセージが理解さ
  れなかった。それだったらこういうつながりでやればわかるだろうと。」


勝谷誠彦様の華麗なる脳みそ:被害者を断固哀悼します!
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/918345.html

※今回のコラムの花道については別個に少し書きました↓。
http://qazwsx.seesaa.net/article/110138502.html


勝谷氏の言は、奈良の女児誘拐殺人事件の犯人を予想し外したときのことを思い出す。

勝谷氏が事件解決の一助になれば、と大見得を切って唱えた「犯人は女」説、轟沈。大はずれ。
一助にもならず、ともすれば捜査混乱にも繋がる(わけないか。そんな影響力ない)いい加減な予測であったことがはっきりしたが、犯人逮捕後、自説に言及せず。
きっと当たっていれば鬼の首を取ったように己の慧眼っぷりを誇ったのだろうに。

http://qazwsx.seesaa.net/article/6970126.html

この時感じた、言いたくても言葉が出てこない不快感の正体がやっとわかった。私はずっとこう言いたかったのだ。
「お前はコーチ屋じゃないか」
コーチ屋とは、競馬場などにいて、次のレースは何を買えと勝手に言って来て、レース結果がその通りになればコーチ料と称して金を取り、外せば知らん顔をする職業である。身内に調教師がいるから内情がわかるとか、実は次のレースには八百長が仕組まれているのを知っているなどと、客を信用させるような嘘を言ったりもする。(そういえばどこぞのコメンテーターも、たまに専門家を名乗ることが・・・・・・。)
勝谷氏に限らず、マスコミだの識者だので目に付く、予想するとき当たるときに出しゃばって、外せば知らん顔の仕組みは正しくコーチ屋である。同じ口で言論の自由を叫ぶ姿も見られるが、これを羽仁五郎が言ったらしい「言論の責任をとることになってくれば、言論の自由なんていうものは保障できないんですよ」という言葉や、住井すゑの「書いたものにいちいち深い責任感じていたら、命がいくつあっても足りませんよ」の言葉と合わせて考えてみると、なかなか感慨深い。
彼らがコーチ屋ならコーチ屋で、それはいいと思っている。根絶させることは出来ないし、何より担がれる人(ここには往々にして私も含まれる)に思慮が足りないのがいけない。しかし、幾らなんでもコーチ屋風情が大きな顔をしすぎ(させすぎ)ではないか、というのが気にかかっている。
また、番組への意見や新聞への投書などにも在野?の素人コーチ屋が存在するが、彼らの仕事は番組や紙面が許した上での営業に限られ、つまり大抵は元締めの意向を汲んだ内容しか許されず、コーチ屋になったことを悔いても、それは元締めの過ちを認めることにもなり、元締めの保身のため懺悔の場をあたえられることがまずないので、少しだけ同情する。少しだけ。ほんのちょっと。

現在のところ、動機はペットを殺された恨みらしいが、本当の動機を隠している・黒幕のテロリストがいて操っていた・そもそも彼が犯人ではない等、テロであった可能性は考えられる。コーチ屋ではないぞと言うのなら、自首前と同じエネルギーで年金に絡んだテロの可能性を言い、犯人は黒いポリ袋を持った中年男性だとかブルーバードに乗った男じゃないかとか言っておればよいと思います。






そういえば勝谷氏は総選挙が「11月にやるんやったら、間違いなく23日やと思いますね。」と言っていたが、今日は何事も起きなかったようだ。その少し前には「総選挙は11月2日で決まり。創価学会員の中にいる工作員が教えてくれたから確実」と発言していたらしいという話も・・・・・・。
勝谷誠彦様の華麗なる脳みそ:今回もお声はかからず
http://blog.livedoor.jp/manguhsai/archives/877232.html



08/11/24追記
容疑者の供述をそのまま受け取れば精神疾患絡み、しかし現状の不可解な点を疑えばテロとの見方も払拭できず、取調べに着手したばかりの段階なのに完全にテロじゃないという論調で書いたのは勇み足だった。もし、容疑者の供述通りに事件が片付けられたとしても、真相が別にあるとの見方はずっと残るであろう。
コーチ屋云々の記事の主旨は揺らがないけれど、テロに決まってる論への異論が、単純にそれを逆さにしたテロじゃない論に固定された書き方になっていて、恥ずかしく思っています。
posted by ヨシノブ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

で、お前はどうなの。

首相、スーパーを視察 物価高を実感?

 麻生太郎首相は19日、物価高騰の実態を肌で感じようと、東京・西早稲田にあるスーパーを視察した。店内の小麦粉製品や乳製品、鮮魚売り場を回り「最近バターは品切れらしいけど、きょうはあるね」と店長らに声をかけた。首相は視察後「(値段の上がり方は)ものによって違う。新聞なんか当てにしちゃいかんと確認した」と記者団に語った。
 この後、高田馬場駅前に移動し、ロータリーに停車していたタクシーの運転手に景況感や収入を尋ねた。運転手が収入の厳しさを訴えると、首相は「頑張って」と励ました。


日経ネット
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20081020AT3S1901019102008.html


私は何が嫌いって、過剰な正義面が嫌いなんです。これ見よがしに槍玉に挙げられてるものよりも、槍を持っている連中が気に入らないことがちょいちょいあって、今回はその類への愚痴。
日経の記事は以上で全文。他紙(ネット上だが)でも主要な部分に違いはないが、中には蛇足を付けるのもある。


庶民目線で過ごした1日の最後は、東京・内幸町の帝国ホテルで秘書官と2時間以上ゆったりと夕食をとった。
産経スポーツ
http://www.sanspo.com/shakai/news/081020/sha0810200502002-n1.htm

首相はこのあと、都内の帝国ホテルで秘書官と夕食をともにした。
朝日新聞
http://www.asahi.com/politics/update/1019/TKY200810190137.html

この日の夕食も、内幸町の帝国ホテルで秘書官と2時間以上かけ優雅なディナー。
スポニチ
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2008/10/20/01.html

しかし、値段にシビアな主婦からは「お坊ちゃん育ちの麻生さんに、庶民の暮らしは分からない」と、厳しい指摘も。首相就任後、執務を終えると高級フレンチや会員制レストランで食事し、ホテルのバーをはしごするのが“日課”の麻生氏だが、この日も帝国ホテルで夕食後、ホテル内のバーに移動。物価上昇を実感しても、麻生流グルメライフは崩れなかった。
日刊スポーツ
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20081020-420915.html


毎日・産経・読売には夕食の記述がなかった。スポーツ新聞と同レベルになってんじゃねえよ朝日。
なんでスーパー視察の記事に夕食のことまで書くんだと訊けば、少しだけ頭の回る奴なら「そのようなスケジュールだったから」と苦しく言い逃れ、頭が止まってる奴なら「こんな奴に庶民の何がわかるんだ」と答えるだろう。どう読んだって真意は後者である。単なる首相動静のつもりなら、首相の記事すべてに朝からのスケジュールを全部書くがいい。
金持ちの首相に庶民がわからぬというのなら、自分のところの編集長の年収が幾らなのか明記してみろ。それで格差社会だの生活不安だのと記事を書け。こんなものが本当に権力批判だと思っているのか、貧乏読者に媚を売っているのか知らないが、己を省みない正義面をして平気な奴と、こんなもの読んで皮肉が効いていると思う奴は、どうかしている。
そういえば平均年収850万の新聞社に勤めていて「新聞を取ってもらっているお客さんに対して、かけ離れた高給を貰っては申し分けない」「確かに毎日の給料は同業他社と比べて安い。仕事振りから見て、もう少し上がってもいいと思う」と言っていた人がいた。(社内の給料差が激しいらしいが。)
posted by ヨシノブ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(1) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
コメント欄にメールドレス、ホームページアドレスの記入は必要ありません。気軽に無記入で。 スパムメール回避のためにも、メールアドレスをそのまま書き込むのは推奨しません。返信方針についてはこちら