2005年11月02日

「宗教」とはっ、民衆平和のための指針、すなわち道徳なのである!!

04/12/24

書こうと思っていたこと。

極稀に捨ててある雑誌を拾う。
本当は毎日でも拾えればいいのだけれど、雑誌の回収日は二週間に一度しかないし、毎回
拾いたいような雑誌があるわけではない。
一番拾いたいのはエロ本であるが、滅多に捨てていない。
先日、アニメ雑誌が束ねてあるのを拾ってきた。ニュータイプとMEGUの詰め合わせ。
ここ数ヶ月収穫が無かったので、一応拾ってみた。

96年ごろのものである。まだエヴァンゲリオンが放映されていた頃だ。
MEGUという雑誌は初めて見る雑誌だ。表紙が綾波で、林原めぐみ専門雑誌かと思ったが
普通のアニメ誌であった。OUTというアニメ誌の後継らしいが、OUTも知らぬ。桐野夏生か。
MEGUの読者ページがちょっと面白いことになっていて、編集者の掲載基準に読者が反発、
担当編集者がよくわからない弁解のようなものをして、コーナーの方針変更を発表していた。
完全な敗北に見えるけれど、編集者はなんだか他人事のような文章を書いてた。
グダグダである。調べてみたら案の定MEGUは現在休刊している。
3年くらいしか持たなかったらしい。
MEGUの読者ページに面白い葉書が載っていた。(これが書きたかった)
ペンネーム「パワード久川綾」。高知県の方からである。(久川綾は声優の名前)
以下、誤字もそのままに丸写しする。ただ原文では「、」が「,」になっていたがそれは直した。


 12月号、笹野某氏の意見に関して(!?)
 ちと一席、私は今さらながらカミングアウト致しますが、私は宗教法人の某
 「S学会」の会員ッス。私も笹野某氏意見に同感、と言うかハッキリ言ってしまえば
 日本人は宗教の真の意味をまるではき違えてるとしか思えないのです。
 「因った時の神だのみ」だの「アヤシイ儀式」だの・・・特にウチらの団体に至っては
 やれ「政治を宗教の力で支配」だの、「住民票大移動」だの、「ヤクザまがいの強制入信」
 だのと根も葉もないデマを昔っから言われ続けてきたんだから・・・「宗教」とはっ、
 民衆平和のための指針、すなわち道徳なのである!!

これに「たちめみょう」というアニメ・声優関係のフリーライター(らしい)が

 「宗教団体」については確かに誤解も多いでしょう。ですが、デマと言われることが
 果たして過去に一度もなかったのでしょうか? お互い聞き伝えでなくて、自ら勉強し
 話をしたいものです。ちなみに、僕は多神教(自然の中に神が存在する系)の考えに
 共感しています。


というやけにやんわりとしたコメントをつけている。
私はこういうやりとりが大好きだ。ちと「私」を使いすぎの「S学会」会員の「因った」意見を
読むと笑顔になれる。惜しむらくはMEGUの12月号を持っていないので、笹野氏が何を
書いたか知らないことだ。
「宗教の真の意味」だの「民衆平和のための指針」だの、尻たぶをむんずと掴まれて、
菊門から池田大作思想注入棒をずっぽり挿入、そのままずぶずぶと侵入を許し、亀頭が
脳髄まで達したところで大量射精、ドクドクと波打つ思想注入棒の鼓動がパワード久川綾の
胸の鼓動の高まりと同調した時、池田汁にまみれた脳髄をフル回転させ亀頭を刺激、更に
射精、そのエンドレス尻姦体験のなかで滴る白濁池田汁に己のチンポ子も明日のノーベル
平和賞へ向かってビンビンに勃起、尿道口に耳を澄ませば「イトマン、ウーマン、キンマンコ!」と
御題目を唱えていた……というS学会会員として非常に正しいパワード久川綾氏の姿は
私も見習わなければなりませんね。


話題は変わって、MEGUの読者ページに「シルバー林の自由落下通信室」というコーナー
がある。いくつかネタを書き出してみると、

・「ボールはともだち」なんてことを言うサッカー少年は愛に飢えているのかもしれない。
・「海底2万リーグ」って大リーグより強そう。
・かかとおとしのしすぎでかかとが荒れてきた。もう手がつけられない!!

こういう定型のない、頭に思い浮かんだことをそのまま書き出したようなネタのコーナーである。
その昔、ちょうどこのMEGUが出ているくらいの頃の「伊集院光 深夜の馬鹿力」というラジオ番組
で似たような雰囲気のコーナーがあった。
頭に浮かんだ面白い文章をリスナーが送るというコーナーで、「日本一短いデブへの手紙」と
「三行革命」というコーナーだ。それぞれ別時期にあったコーナーで、デブへの手紙は字数無制限、
三行は上限60文字の制限ありで、要はどっちも内容は同じである。
伊集院のラジオで好きなコーナーだったので、「シルバー林〜」もどことなく懐かしい想いで
読んでいたら、あらびっくり、ラジオで聞いたことのあるネタと全く同じネタが掲載されていた。
多分、デブへの手紙で読まれたネタだったと思う。
これはラジオにも雑誌にも二重に同じネタを投稿したのか、盗作されたのか、盗作したのか、
宇宙意思によるシンクロ二ティなのか。
今ではもう確かめようのない話である。


posted by ヨシノブ at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔の日記から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月04日

まんじゅうこわい

有名な落語噺「まんじゅうこわい」。
実は、今知られている筋のあとには、もう少しだけ続きがあったそうだ。
いわばディレクターズカット版である。

「最後に一杯、熱いお茶がこわい」のオチのあと、仲間が熱いお茶を差し出す。
こわいこわいと言いながらお茶をすする男。
ガシャン!
湯飲みをひっくり返す。
「ぎゃああああああああッ!!!」  シュ〜〜〜〜〜〜〜・・・。
男は下顎から喉にかけて溶かしながら血を吐いている。
あっはっはっは。
最後に男をギャフンといわせて大笑いの仲間たち。
硫酸のお茶かけられてシューシューいってるけど。
男の台詞「濃硫酸でいれたお茶とは、まことにこわい…。 ごふっ、がはっ、げえぇぇぇ…」

江戸の粋人は洒落がキツイ、ということであろうか。
解説として添え書きするならば、物語の背景として当時まんじゅうは大変高価であったこと。
貧乏長屋に住んでいる仲間たちが男をこわがらせようとして、大枚はたいてまんじゅうを買ったのに、まんまといっぱい食わされてしまい、怒っても無理はないこと、怒っても、洒落でやりかえす(本当にこわいお茶をいれた)ところが粋人であること、などを挙げておこう。
踏み込んだ解釈として、立川談志が「男はわかっていて硫酸を飲んだのではないか」という説を唱えている。それだけ洒落に命を懸けていたのが江戸の粋人だったのではないかということだ。「孝行糖」の与太郎が、わざと役人に半殺しにされたという説に通じるものがある。
実際にここまで粋を通した人がるかどうかはわからないが、「宵越しの金は持たない」「火事と喧嘩は江戸の華」などで知られる江戸っ子の姿は、わかっていて硫酸を飲んだ男の姿とそう掛け離れていないのは確かだ。
ちなみに硫酸は、近所のメッキ工場から貰ってきたのだそうだ。
何にせよ、カットして当然という気がしないでもないオチである。
posted by ヨシノブ at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔の日記から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

夢の話。

北の果てに大きな魚がいる。鯤(こん)という名で、何千里もある大きな魚。
大きすぎて、誰も正確な大きさはわからない。
これだけ大きな魚は、生態のスケールも大きい。変身して鳥になる。
鵬(ほう)という、これまた大きい鳥になる。
翼は空に広がる雲の如く、鳴き声は雷鳴轟くかの如し。
例によって大きさはわからない。あまりにも大きすぎるから。
知る人が言うには、鵬は水面三千里に翼をうちつけ、つむじ風に乗って九万里も上昇し、半年休まずに飛ぶのだという。
これを言った人は、ばれないと思って適当に嘘をついているのだと思うが、誰も本当のことは知らないので何も言えない。それだけスケールの大きな鳥だ。
ある時、鵬は九万里の空から墜落した。理由は定かではない。
重要そうな理由が明かされていないところがまた、スケールの大きな話だ。
誰も大きさがわからないほどの大きい鵬が落ちたものだから、墜落する鵬の巻き起こした風は大嵐となってすべてを吹き飛ばし、鵬の体で大地は潰れ、海底にまで及ぶ裂け目が出来、そこから海が全部流れ出てしまった。
なんと大きな鳥であろうか。たった一羽が世界を壊してしまった。
世界が壊れてしまったのなら、ここに存在している僕らは何なのかというと、
鵬が死に際に見ている夢なんだそうだ。
壊れた世界の中で、鵬はゆっくりと死んでいるところ。
僕らは死にかけた鳥の見てる夢。
僕らが見るもの感じるものも、世界のすべてが鵬の夢。
話を聴いてるこっちまで巻き込んでしまう、実にスケールの大きい鳥なんだ。

この話をF君にしたら、とても嫌な顔をしていた。
この嫌な顔も鵬の夢のうちかと思ったら、何だか笑ってしまった。
posted by ヨシノブ at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔の日記から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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