2008年07月05日

ことばの上だけの問題でないこと

チラリと読んだことしかないが、ケータイ小説というのを、私は何かの出来損ないのように軽んじていた。全部とは言わないが、文章は拙いし、内容も本人が思っているほど深刻ではない雑談。
ある人から「ケータイ小説は、あれはあれでああいう新しいジャンルなのかもしれない」と言わた。そういうものかねえ。冗談が含まれていなければ、頷けなかった言葉であるが、今、その言葉を額面通りに受け取って納得できた。

女子高生を典型的な軽佻浮薄の代名詞的存在そのものの性格として登場させて、彼女らの生態を描こうとしたら、彼女らの面妖な言語で描くことが手法の一つとして当然なのだ。彼女らは見聞きしたこと感じたことを、あの言語で解釈・変換して、表現し、表現され、反応・思考している。
何の意味も持たない言葉は存在しない。あってもすぐ消える。共通される言葉にはそれを表す何か、込められた何かがある。

「方言が消えるということは、その方言を必要とする倫理観や情感が失われることであり、単に懐旧の念からそれを惜しむという、ことばの上だけの問題でないことに気がつきます。」
川崎洋はこう書いていたが、方言と括るまでもなく、すべての言葉に言える。

ケータイ小説的言語は貧弱な言葉とされる。そう思う。しかし貧弱で画一的で、それでも普及しているのは、この言語を必要とする倫理観や情感が存在している証左だ。
ケータイ小説は、あれはあれでああいう新しいジャンルとして、正しい。

「私たちは、ある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは、国語だ。それ以外の何ものでもない」
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2008年06月28日

フロム・フィヨルド

クラスター爆弾の防衛活用上の
弱点と
フィヨルドが地形であることを
知る。
人の名前みたいじゃないですか
ヒョードルみたいな。
フィヨルド現象もありそうな名前

http://obiekt.seesaa.net/article/99981515.html

クラスター爆弾の規制は世界的な流れかと
思ったら日本だけが戦力(つまりは防衛力)
を削られる流れだと書かれていて腰が抜け
た。
http://obiekt.seesaa.net/article/98596560.html




 母体回帰

人類の歴史は、争いから片時も離れることが出来ていない。
この虚しさ。私は海へ向かった。世界一広く、深い、平面。
あらゆる生命の子宮。
私の骨に蓄えられたミネラルは、海との関係を絶てぬ永遠の
臍の緒であり、無関係を装えぬ見せしめの焼印である。
潮風に吹かれながら、砂浜に足を取られながら、波打ち際に
立った。
海を女性名詞と分類したのは、存在すること(to be)という
不定詞を他動詞としたのと同じくらい、詩的で現実的で優れた
文学作品だと云える。
海は女である。水平線へ広く眺めよ。平面である。されど、
マクロに丸みを帯びていることは地球の立体が証明している。
確かに丸みを秘めながら、遥かなる平面のように構える姿が
女体のイデアであることを、海はその波音で語る。
私は今こそ平野綾の胸に飛び込みたい、飛び込まざるをえぬ
という本能に駆られ、水平線へ駆け出した。やがて泳いだ。
まるで膣内を泳ぐ精子のようであった。




平野綾
http://www.hiranoaya.com/index.html






 
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2008年06月18日

デビュー作の思い出

小学2年生のあの日、私は何故か放課後教室に残って学級新聞の作成を手伝うことになった。新聞係だったのかもしれない。4人ほど残って、男は私一人だった気がする。
机よりも広い紙を使った壁新聞。何を書いてあんなに広い紙面を埋めていたのか、あまり覚えていない。我が校生徒にはジャーナリズム精神がなかったようで、行事予定表と豆知識コーナーが最上級のまともな記事で、本から丸写しのクイズや怖い話や替え歌で紙面を埋め、埋まらぬ余白を苦し紛れに落書きコーナーとして解放し、あまり活用されぬまま、やっぱり毎号落書きコーナーが設けられている、そんな貧粗な新聞だった。

あの日もやっぱり紙面が余って、まことに不思議ながら、私の作品でそこを埋めることになった。いつもならば帰ってしまっている放課後という状況と、事務以外で会話をしない女と接触しているという高揚で非常に楽しい雰囲気のなか、どういう話の流れか、お調子者の私はうかうかとこれを承諾してしまうのである。
即興で話をひとつ拵えた。私は字が下手なので、口述筆記でひとりの女に書いてもらった。
タイトルは「桃ジョニー」。小学2年生でこれはそうとう面白いと、今でも密かに思っている。桃太郎をパロディにしたもので、太郎という純和風な名前を外人の名前にしてしまったところが非常に面白い。女たちはけらけら笑ってくれた。お決まりの爺と婆が出てきて、桃がドンブラコドンブラコと流れて来、桃から生まれた桃ジョニーは紆余曲折を経て刑務所に入れられてしまって、めでたしめでたしこれにておしまい。今ではもうタイトルと話の結末しか覚えていないが、この瞬間の私は、優に県大会出場レベルの面白さであったと思う。女たちは実に笑ってくれ、私もこれを傑作だと思い、大いに笑った。笑ってもらえるのがうれしかった。明日はクラスのみんながこれを読んで笑うぞ、と思った。出来上がった新聞を教室の後ろに掲示して、楽しい時間は永久に終わった。

次の日、朝から私は少しそわそわしていた。学級新聞は毎号つまらないものであったが、それでも最新号が出ればほとんどの人間が目を通す。するとそこには桃ジョニーが載っている。きっと笑うぞ。
新聞の発行頻度は月に2回程度だっと思う。次の最新号がでて旧号が覆い隠されてしまうまでの間、新聞の前で笑った人間はひとりもいなかった。誰も話題にしなかった。
その無反応ぶりに、二日目あたりで私は正気に返った。あれは一時の熱狂が成した笑いで、本当は面白くないのだ。桃ジョニーって、なんて恥ずかしいタイトルだろう。なんでこんなに恥ずかしいものを書いてしまったのだろう。
クラスメイトの無反応に乗じて、私は桃ジミーと無関係を装い、次の最新号が出るのを息を潜めて待った。そして二度と自作を発表しなかった。
私は私が考えていることが、私が思っているより面白くないことを小学2年で知った。

3年生になったある日、唐突に寺井さんが「桃ジョニー面白かったね。あの***のところが・・・・・・」と話しかけてきたので狼狽した。彼女はあの日新聞を作っていた女のひとりである。彼のことなどすっかり忘れていたし、今やそれは恥ずかしいだけの過去でしかない。他の連中に思い出されてはたまらぬので、曖昧に返事をして話を変えた。少しだけ、うれしかった。そして、がっかりした。
寺井さんが面白いと褒めてくれたのは、桃が流れてくるドンブラコドンブラコというオノマトペだったのだ。ジョニーの話を一刻も早く打ち切りたかった私は、それは僕の創作じゃないよと言い出せなかった。

それからも寺井さんは、1年単位の長い空白を挟んで、唐突に2回ほどジョニーのドンブラコを褒めてくれた。
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2008年06月13日

今週の質疑応答

ヨシノブさんに質問したいことがあります。
クラスに気になる男の子がいるのですが、まだあまり会話したことがありません。
話をするときは苗字に君付けしているのですが、仲良くなるためにあだ名で呼んでみようと思うのです。嫌われてはいないと思うのですが、あだ名で呼ぶにはまだ早いかな?とも思って悩んでいます・・・。
あだ名は彼の苗字を少し変えたもので、友達からは気軽に使われているものです。下の名前で呼ぶよりは馴れ馴れしくない呼び名だと思います。
男の人からの意見が訊きたくて質問してみました。
ブログとは関係のない個人的な質問でごめんなさい。
ブログ毎日読んでまーす。(りか・14歳)



精通を迎えた男はみんな西村寿行を読んでいますので、基本的に「男根様」と呼ばれるのを好みます。
(ヨシノブ個人はインポ気味なので、男根様と呼ばれるとつらいものがあります。あと質問したからといって何でも答えるとは思わないでください。)
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2008年06月11日

今週の大発見

シヴァ神が両性具有であるのは、男女の括り(人間)を超えた存在であることを現しているといいます。
ならば、女装はちょっと神に近い。
そして、神の園は極上の女装っ子で溢れているはず。


 ある日、空から天使の女の子が落ちてきた。
 どこかで読んだマンガみたいな展開。
 でもちょっとだけ違うのは、「彼女」が『女装っ子天使』だったこと。
 こんなにかわいいのに、男の子だなんて……。

 彼女が堕天した理由はすぐにわかった。
 「ふふふ。ぼく男の子なのに、お兄さんってばもうこんなにして。変態さんなの?」
 「う、うわっ。そんな触り方したら……。 ああっ!!」
 「……いっぱい、でたね。(ぺろっ)」

 見た目は天使。
 でも、性格は小悪魔だったのだ……。



本当にこんなことがあるのでしょうか。私にはよくわかりません。
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2008年05月25日

ベルツマンの研究

ベルツマンは間違いなく人類の知の最先端に立っている。資産家の家に生まれ、潤沢な財産を惜しみなく使い、生命維持に必要な活動以外の時間を学問に充て続け、45歳にして人類が積み上げた自然科学、社会科学、人文科学をほぼ全て修めた。この間、一切独自の研究をしなかったベルツマンは、修めた学問を縦横無尽に組み合わせ、それまでの鬱憤を晴らすかのように次々と革新的な研究論文を発表した。無名な男の奇想天外な論文は、一部の物好きへ強い疑いと嘲笑をもって迎え入れられ、驚きと共に世界中の学者へと送り出された。学者たちは検証の結果その内容に間違いがないことを確認し、やがて学問を志す者でベルツマンの名を知らぬ者はいなくなった。

ただただ学問を窮めんとしていたベルツマンは、54歳の時に大きく方針を変える。これまでの研究を活かして膨大な特許を取り、医療器具開発メーカー`22`(two-two)を設立、その後あらゆる異業種へ参入を果たし、世界一の複合企業のトップに就いた。誰も見向きもしなかった二束三文の土地を買い取り、世界有数の油田に変えたことも数度ある。歴史上、これほど知と金を持つ人間はいなかった。
67歳を迎えたベルツマンは順調に業績を上げ続けながらも、`22`を部下に譲り渡して突如実業界から引退する。彼はその理由を、研究に必要な費用が集まったからだとだけ語った。世間は天才は変人であるという典型的なイメージを一層強くした。ベルツマンの資産は膨大かつ複雑な管理をされており、そのすべてを把握しているのは本人しかいない。ベルツマンを追いかけている或るジャーナリストは、彼はどの国家よりも金を持っていると語っている。
ベルツマンは企業で得た資金と情報で優秀な人材を数多く雇い、即金で都市ひとつぶんの土地を買い、その地上と地下を研究関連施設と研究員で埋めた。人々は彼が何を始めたのかを知りたがった。引退後、ベルツマンが表に出ることはなく、その活動も公式には居住型宇宙ステーションの開発と発表されたが、これまでの活躍が嘘のように何の成果も報告されないために、本当は別の研究をしているに違いないと噂された。それも、時間を自由に行き来するタイムマシンを開発しているという荒唐無稽な噂が、誰からともなく囁かれていたのであった。

ベルツマンは52歳のとき、人類の知のすべてをつなぎ合わせた先に、時間を越える手段の存在を発見した。それは銀河系の惑星配列による各惑星の重力の微々たる影響までを考慮しなければならないのを手始めに、幾つもの繊細な条件が伴うもので、惑星の重力を随時測定・算出する施設を建設するだけでも、手持ちの資産ではとても足りなかった。彼は実業界に進出する以前、自発的に収入を得たことがなく、生まれつき得ていた資産と研究発表によって得られた資金援助の申し出だけを糧としていた。`22`の設立に、この研究を完成させる資金を得るため以外の理由はない。そしてこの社名は、世間では設立メンバーが22人だったことに由来しているとされているが、その真実はベルツマンが企業の設立を思い立ったのが2月2日であること以外に何も由来しない。
引退後のベルツマンの研究は、その実像から離れた姿で噂された。彼にしても夢のような時間旅行を実現させるのは、とりあえず現在のところは不可能だったのである。彼が理論上可能だとしたのは、粒子の活動で無作為に決定されるおよそ480年から1390年先の未来の、15cm四方以内の何かを現在に転送させる技術であった。転送自体の理論は完璧であったが、不確定性要素が大きすぎて具体的に何を結果として得るのかまでは予測がつかない。せいぜい結果を上部マントル層から大気圏内までの地球上の何処かの何かと絞り込むまでが、ベルツマンの頭脳の限界であった。
ベルツマンがこの研究を秘匿したのは、時空を超え未来に接触するのが危険視され、妨害されるのが明白であるためだ。ベルツマンはこの研究の先に何があろうとも、そこに研究対象とする以外の興味を持たなかった。転送により、もしも未来に被害があったら、または現在に被害があったら、不測の事態に陥ったら、それについて研究したい。転送物によっては自分が死ぬかもしれないが、何も願ってこの世に生まれてきたわけでなし、死ぬならそれでよい。ベルツマンは世間の天才は変人であるという典型的なイメージを、迷惑なほどに全く損なわない人物であった。

ベルツマンが世間から離れて15年たったある日、とうとう全ての準備は整った。最後に完了した準備となったのは惑星の配列で、算出された予測通りの配置と重力値になり、計算では突発的に大規模な変動がない限り、これが前後300年のうちで最も理想的な配列である。ここに問題が生じていれば擬似的なブラックホールを幾つか造って重力の調整を行う予定であったが、その必要はない。
防護服に身を包んだベルツマンは成功を確信し、転送器の前に立った。それは最重要研究施設の地下400mに設置されている、最大15p四方の来客の持つ考え得る限りのあらゆる危険要素をその内部に留め、観察するための加工がなされた、2tトラックを2台並べたくらいの大きな箱で、必要に応じて移動出来るよう実際にタイヤも付いている。
「時は来たれり」
ベルツマンは計器に目をやって異常のないことを確かめると、オペレーターたちに転送開始の指示を与えた。転送が始まる。そして、瞬時に完了した。
箱の内部を探ったデータは確実に何かが転送されていることを示しているが、機器の一部に不測の障害が発生してしまい、それが何かを観測できない。得られたデータからは高熱やガス、ウイルスや放射能反応その他、危険な要素がないであろうことが確認できた。ベルツマンは障害の復旧を待てず、自身の体で観測すべく箱の扉を開けさせた。円形の分厚い扉が転がるように横へずれ、ベルツマンは単身で中へ乗り込む。中央に、立方体の何かがある。15p四方という限度いっぱいに転送されたらしい。どこかの地層のように見える。ベルツマンは持ち込んだ計測機器で、改めて周囲の危険性の有無を調査した。問題がないことを確認し、防護服のヘルメットを脱ぐ。
人類の知を集積したベルツマンにはそれが何か一瞬でわかったが、それを判別するために、人体で可能な限りの最も確実な方法で、確認をとった。
「うんこの味がする」

未来からの転送をそれっきりにして、ベルツマンはそれからの3年を未来うんこの解析に注ぎ、それがおよそ680年先の未来からやって来たひとりの人間の排泄後2分以内のうんこであったことを突き止めた後、次の研究に取り組んで5年後に死んだ。ベルツマンには遺される施設にも人にもまったく関心がなく、当初から死後の土地の管理を何の要望もなく`22`に一任していた。
主要な研究施設群はすべて一時凍結という名目で、実質破棄された。資金の管理をしていたベルツマンを失い、膨大な維持費が誰にも負担出来なかっただけが理由ではない。ベルツマンは各分野ごとに機能を独立させ、研究の全体像が誰にも把握できないように徹底していた。妨害を避けるためであり、危険を知って研究員が逃げないためでもある。雇われた研究員たちは、自分が何のために何をしているのわかっていなかったが、人類史上最初で最後あろう超天才のもとで働ける名誉と、各自の研究が許され、そのために必要な施設も機器も資金も与えられている厚待遇に逆う気はなく、ベルツマンはタイムマシンを作っているんだというジョークを飛ばしながら、指示されたとおりに日夜惑星の重力の観測を行い、擬似ブラックホール発生装置やトラック2台分の不思議な箱、卵型の一人用シェルターのようなものの開発にあたっていたのである。ベルツマン死後、彼主導の研究のための施設は誰にも目的のわからない施設となり、それを有意義に活用できる者もなく、実質的な破棄が決定された。研究員の個人的な研究のために用意された施設は、彼らからの要望もあり、また世界でも最高水準の質を備えていたため、現在も運用されてる。
`22`はこの土地を学術研究都市とすべく、その計画を進行中である。

ベルツマンは死んだが、その最後に立ち会ったという人間は誰もいなかった。そもそも、いつどのようにして死んだのかさえ、はっきりしない。もともと人前に姿を現さず、施設でも一部の人間としか接触しなかった変人である。その最後を語る者もいなければ、葬儀も墓もないことを不審に思う者はいなかった。ベルツマンに雇われていた研究員たちは広義に解釈すれば彼の死の立会人とも言え、それを大きな誇りとした。そして彼のこと語るたびに、その最後を、誰からともなく言い出したこんなジョークで結んだのである。ベルツマンはタイムマシンで未来へ行ったのさ、と。
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2008年05月20日

グロリア

リンプビズキットのフレッド・ダースト(Fred Durst)を、いつのまにかダーストン(Durston)だと思っていた。さらにウェス・ボーランドが再脱退していたことを知らなかった。
10年くらい前、リンプ公式ページ(http://www.limpbizkit.com/ 現在は消滅?)に写真コーナーがあり、メンバーの写真(バカでかいアフロのフレッドとか)に混じって一枚だけ綾波レイの画像があって、Fred's girl friend と書かれていた。稀にウェスを目の病気だと思っている人がいる。某掲示板で本当にいたんだよ。


エミネムのgirlsの最後、「ミニスカポリス」と言っているように聴こえてぞわぞわする。「ミニスカウォーズ」にも聴こえる。原音は music awards。


マーティー・フリードマンはずっと元メタリカだと思っていた。最初はメガデスと覚えたはずだが、記憶がだんだんとメタリカへシフトしていたのだ。メガデスなんてスタンドみたことねえんだもん。




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2008年05月16日

一人の老人の無駄とも思える日々の積み重ねが、人々の心を救った。



ある日、村はずれの山に大きなうんこが乗っていました。
7合目から上ぜんぶがうんこという有様でした。
どうみてもうんこですが、こんなうんこがあるはずありません。
村一番の古老が、本当にうんこなのかたしかめに行きました。
帰ってきた古老は「たしかにうんこの味がする」と言いました。本当にうんこだったのです。
その日から、ひとりふたりと人々は村を去りはじめました。身近に巨大なうんこがあるストレスに、常人の神経は耐えられないのです。最後まで村に残ったのはひとりだけでした。それは、あの古老でした。
古老はあの日から毎日山へ出かけては、あれがうんこかどうかを確かめていました。
毎日うんこでした。

村を出た人々は散り散りになって、それぞれ新しい場所で生活を始めました。
ところが困ったことが起きました。村を出る理由となった大きなうんこの話をしても、誰も信じてくれないのです。うんこ村の人々はホラ吹きだと言われ続け、とうとう自分でもあれが本当にうんこなのか信じられなくなってしまい、村へと帰っていきました。
村へ帰って古老にたしかめてみると、古老は「毎日うんこの味がする」と言いました。本当にうんこだったのです。
村人は安心して、村を去りました。古老だけは村に残って、毎日うんこか確認をしました。
毎日うんこでした。
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2008年05月07日

秘密外の○○

個人的な備忘録のつもりなんで……。
軽く日記をつけてみようかな、なんて……。

私はそういう言い訳はしない。はっきり言おう。
大人気ブログになりたい。
書籍化したい。もちろん売れたし。
○○○○○○とか○○○○○○が売れるのならば、私のブログだってそこそこいくはずだ。
人気のあるブログになるためには、あと何が必要か。もうこれしかない。エロだ。
今回はアダルト要素を組み込むことによって、実りある印税生活への第一歩を踏み出したい。
あとモテモテになりたい。女の子とちゅっちゅしたい。



 注意

今回は未成年には有害な情報を取り扱っておりますので、未成年の閲覧を禁止致します。
また、成年であっても性情報への不快・嫌悪をお持ちの方には閲覧を禁じます。
当方は一切の責任を負いません。














yamada01.jpg


山田花○とSEXでございます!@

激ヤバ激似熟女とやっちまってもいいんですかSP!山田花●に激似、しかも妊婦!?ってだいじょうぶなのかっ!?ある意味究極、超マニアなアナタには見て欲しい!っていうかこれは見とくべき!!

http://www.dmm.co.jp/mono/vhs/-/detail/=/cid=36xyg01/

「細かいことは見ればわかるさ」とあるが、たかだか60分でこのビデオへの疑問が解決されるわけがない。「白鳥麗子でございます!」の主演は鈴木保奈美(TBS)と松雪泰子(フジ)あったが、この度は山田花○である。激似なのに似ていないので激ヤバ。それでいてTHE HARD SEX。THE HARD SEX。なんと力強い言葉か。THE HARD SEX。日本が戦争に負けるわけである。私はこんなSEXが国から許されているのを知らなかった。パケ裏を薄目で見ると、左下の写真がえりごりあんに出てくるキノコっぽく見えてくる。(乳首が目)
な、何かを感じとったらしいぞ!?






@があればAもあるわけで、同時発売されたのこれだ。
















00ki02pl.jpg

大木凡○とSEXでございます!A

激ヤバ激似熟女とやっちまってもいいんですかSP!大木凡●に激似、ものすごいインパクトで超絶かあちゃん登場!てか大木凡●って男じゃん…。う〜ん、でも似てるんですよこれが!!(笑)ある意味究極、超マニアなアナタには見て欲しい!っていうかこれは見とくべき!!

http://www.dmm.co.jp/mono/vhs/-/detail/=/cid=36xyg02/

もうとにかく似ていることを武器に、大儀も問わず戦場へ躍り出た愚者か勇者か。男は常に目の前の女がSEXの対象であるか否かを問うている。時には苦しい戦いもある。しかし、「年齢がアレだけど、こんなに綺麗なら」「確かに顔はね。でもおっぱいの形が最高」「いや、声がいいんだ。これは鳴かせてみたい」「肉付きのいいほうが抱き心地がいいんだよ」「むしろ、これはこれで」と勝機を伺い、その戦を夢想し、これに打ち勝とうとする。されどここに現れたるは、メガネでも熟女でもなく、大木凡○を主砲に仕掛けてきよる。それって男じゃん。予想外の特殊戦を迫られた男は一も二もなく敵前逃亡するのであった。THE HARD SEX。
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2008年05月06日

座り込む奇妙な花

水谷豊が出演した「SONGS」を3度見たが、実によい。
水谷は歌が下手である。しかしその自覚がないかのように、ノリノリ(大変恥ずかしい表現で躊躇したが、これが最も的確な表現である)で歌うのだ。これがいい。水谷の人柄の良さが歌を通じて溢れている。
彼が歌うときには、その歌の主人公になりきって歌っているのだと、仄聞したことがある。
私が感じた水谷の人柄の良さは、本当はその歌の主人公のものなのだろう。それを実在の人物のものに感じさせたのなら役者が上手いということで、水谷自身の内面が出ているのならそれはそれでよく、どちらに転んでも不満はない。
歌うことも演技とするならば、時折見せるかわいらしさは、意図せぬ副産物だろうか。
水谷自身の落ち着いた大人の声で語られるナレーションと、歌自体のかっこよさ、下手な歌唱のかっこわるさが相まって、水谷は時折かわいらしいのだ。更に昔の自分の映像や、歌詞にあわせての、まるで「楽しくて仕方がない」かのような笑顔をみせるものだから、尚のこと拍車がかかる。
明け透け一目瞭然の、かっこよさとかっこわるさの大きな落差。どういうつもりなのだろう。


2006年トリノ冬季五輪開会式、ルチアーノ・パバロッティはオーケストラを従えてアリア「誰も寝てはならぬ」を『歌った』。しかし実際にはパバロッティの健康状態を考慮し、事前に録音したものに合わせて『歌っているふり』をしていたのだと、指揮者レオーネ・マジエラが後に明らかにした。オーケストラも『演奏しているふり』だったという。


私が思い出したのは、デビット・リンチ監督の映画「マルホランド・ドライブ」で最も好きな場面だ。主人公と友人はクラブのステージに立った女の情感豊かな歌に感動して涙を流す。突然女は倒れる。女に駆け寄るスタッフ。怪しや、歌はまだ続いている。何事かと訝しがる主人公ら。慌しいステージに隠されていた音楽再生機器があらわになる。涙を流し声を震わせて『歌った』あの女は、本当は『歌っているふり』をしていたのだ。
ステージの司会者は「全てはまやかし」と言う。


伊丹十三「音楽というのは耳や鼓膜のために書かれたのではない。心に向かって書かれたのだということを今一度思い出していただきたいと思うのです。」


全てまやかしなのは、他人だけではない。自分の心だって、一体どれだけがまやかしではないと言えるのだろう。自分とは何か。哲学も宗教もこれを問い、その解釈は深くなれば深くなるほど難解になる。難解と思うのは、それだけ自分が何か把握できていないからである。自分だけはまやかしでないと、何故断言出来ようか。


まやかしに浸りきって、それでも我らは音楽から離れられない。
音楽には、何かまやかしではないものがあるかのように思っている。そんなこと、わかるものか。


電波に乗ってやって来た水谷豊が、どういうつもりでノリノリだったのか、誰にもわかりはしない。どこまでが演技で何が本音か、知る術はない。それでも歌を聴くのだ。聴いてしまうのだ。


「わからないことばかり でも安心できるの」(マカロニ/Perfume)
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2008年04月26日

重要なお知らせ

今月でブログの更新を終了することになりました。
これまで読んでくれた皆様に感謝致します。
毎日寄せられるたくさんのコメントは、ブログを続ける上だけではなく、私が生きる上での毎日の活力でもありました。本当にありがとうございました。

北原梨奈が白石沙里奈と改名しました。改名後の初作品「生中出し 超デジモ 白石沙里奈」はミリオンから昨日4月25日発売されました。来月5月13日にはムーディーズより「ハイパーデジタルモザイクVol.074 白石沙里奈」が発売されます。

昨年ミリオンより「AV復活! 超デジモ 北原りな 完全版」を12月21日に発売予定との宣伝がなされ、サンプル映像が公開され、週刊誌に撮り下ろしヌードグラビアが載るなどし、ギルガメファンはその発売を心待ちにしていたのですが、ついに発売されることなく、作品そのものが無かったかのように情報も消えてゆきました。「北原梨奈」が「北原りな」名義になっているのは権利関係か何かで揉めているのではないか、このまま発売されないのではないかと憶測は憶測を呼び、その混迷は日本の株価にも影響を与えるほどでありましたが、このように発売されたことで、私もやっぱりブログを続けることにしました。コメントも滅多に寄せられていませんでした。
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2008年04月24日

この家にわが家族はかつて住み居たりし

幼い頃からある時期まで、私の家は貧乏だと思っていた。
父は私の心中を察したらしく、時折、我が家は裕福ではないが、決して貧乏ではないという話をするのだった。それが思い込みでも見栄でもなく、父の話のとおり我が家は中の下くらいだと今では理解しているが、当時貧乏だと思い込んでいたのには相応のわけがある。そう思わぬほうがどうかしている。
両親ともに目に見えて高給取りではないことや、好きに玩具を買ってもらえなかったことも貧乏の根拠であったが、所詮それは貧乏幻想の裏付けに過ぎず、そもそもの根本にして最大、かつ単純明白一目瞭然の理由があった。家が粗末だったのだ。

築何十年かは知らない。当然木造だが、日本家屋と呼べるものではない。形が家の体を成しているだけだ。六畳が二間あって、風呂も厠も台所も押し入れもある。廊下のようなスペースが三畳ほどあった。花壇もあった。ここまでは好い。
奥の六畳間には床の間が設えられていて、掛け軸があった。掛け軸を捲るとそこには秘密の抜け穴が……という物語に子供は心を躍らせたものだが、我が家の掛け軸を捲ると、そこには御札と共にガムテープが貼ってある。ガムテープを剥がすと、壁板に節穴が開いていて、裏の庭木が覗き見えた。壁が板一枚なのである。多分杉板であったろう。これでも私は秘密のカラクリを見つけた気になって喜んだが、そんなカラクリ、いつまでも嬉しいものではない。確実に我が家は貧しいのだと思った。
当然、室内の壁も板一枚である。居間の隣が風呂で、ある時入浴中の私は、風呂の壁に節穴があるのを見つけた。覗くと、居間で父がビールを飲んでいる。これも私は秘密のカラクリを見つけた気になって喜んだが、それも一瞬のこと、他所でこんな風呂場見たことない。この希少性は嬉しくない。
家屋の周りを歩ける程度に敷地があり、地面はなぜかコンクリートで塗り固められていた。敷地は膝くらいまでのブロックで囲われている。敷地の道路に面している部分だけは少し広くて、軽自動車を一台とめられた。とめた車はスペースの関係上必然家屋と密接するため、助手席側のドアは開けられない。バックでとめたら運転席のドアが開かない。そんな庭の一角に半畳ほどの花壇があり、母はそこを絶えず花で満たしていた。
壁板はすっかり色褪せていて塗装もなく灰色、みすぼらしい小さな家であった。あまり見られたくない家ではあるが、通学路に面していたのでどうすることもできぬ。
どういう流れかクラスメイトとの話が、私の家の瓦の色に及んだことがあった。クラスメイトは茶色だといい、私はなんとなく青だと記憶してしたのでそう主張した。話は平行線で終わった。帰宅して屋根をよくよく見てみると、近くで見れば確かに青ではあるが、長い歳月を経て黴か苔かが覆っていて、道路を挟んで見れば茶色に見えないこともないのであった。こんな家に青い瓦というのも、趣味が悪くてげんなりした。

父は半ば隠者である。この土地に越して来、雨露を凌げればそれでよいと言ってこの家を借りた。こんな家でも家賃は存在する。何年も払ううちに、これならば家を建てて月賦を払うほうがよいと気付いて家を建て、移り住んだ。数年後、私どもの知らぬうちに青い屋根の小さな家は取り壊され、更地になった。そこは何ともちっぽけな空き地で、こんなところに衣食していたのが不思議に思えた。
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2008年04月03日

最終的に頭に血が上って気持ちが悪くて頭痛がする。

苦しみを経なかった国はない。苦しみを抱えていない国はない。
過ちのない国はない。誤らぬ国はない。
それは、国をつくるのが人であるからだ。
国の名は人の業で刻まれている。

チンパプエ ちんぱぷえ
フニャンプ ふにゃんぷ
ロピア ろぴあ
フヘヒン ふへひん
ネパアアウ ねぱああう
ポルピア ぽるぴあ
アプリパ あぷりぱ
ニンポ にんぽ
プラピツ ぷらぴつ
ミパリラ みぱりら
ヨイツ よいつ
ニョルヘー にょるへー
アナプ あなぷ
エチポピワ えちぽぴわ
ヨヌパン よぬぱん
フェプリン ふぇぷりん
アメェレア あめぇれあ
キュウパ きゅうぱ
チェリ ちぇり
イピピス いぴぴす
アウティロラプワ あうてぃろらぷわ
アリェルパンコ ありぇるぱんこ
ポンポル ぽんぽる
オリャンタ おりゃんた
レパオン れぱおん
ペトタム ぺとたむ
アルテンチン あるてんちん
ピチュラヘウ ぴちゅらへう
ピャイ ぴゃい
パキスパン ぱきすぱん
ポポッポ ぽぽっぽ
アレヘチア あれへちあ
フィンファポンニュ ふぃんふぁぽんにゅ
イミュアペプ いみゅあぺぷ
プイプ ぷいぷ
ペプピー ぺぷぴー
ペプー ぺぷー
チェポ ちぇぽ
ポポンピワ ぽぽんぴわ
エンパーキュ えんばーきゅ
ピュンアンリョ ぴゅんあんりょ



きょうは、いっちょうけんめいうたいます。
きいてください。


 うーちゅうのー うえーからー
 ちーきゅうをー ながーめたらー
 とーてもー ちーいさーくてー
 みーんななーかよくー しないとー
 いけないとー おもったー
 だってだって ちーきゅうにーしかー
 ともだーちにー なれるあいてはいないんだよー
 だってだって うーちゅうってひろくーてー
 ひとりーだとー さびしーいんだもんー



うちゅうからきたトンカツ

突如宇宙から飛来したトンカツが、のぼるくんの家の食卓に並びました。
厚くてカラリとあがったカツには、ソースがかかっています。みずみずしいキャベツの千切りもそえられています。
「いただきまーす」
がぶりっ!
のぼるくんはトンカツをほおばりました。
「おいしーい!」
トンカツがあまりにもおいしかったので、のぼるくんはしあわせなきぶんになりました。
そこのころ、ももこちゃんの家にはアジフライが、まさるくんの家にはハンバーグがむかっていました。その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

ところかわって、ここは戦場です。
「うてー!」
ドドドドーン!
たいちょうの号令一下、たいほうがはっしゃされました。ところが……。
ひゅひゅーん。
なんと、とんでいったのはドーナツにキャラメル、アメにチョコレート……。すてきなおかしばかりだったのです。たいちょうもへいしも、わけがわからず目を白黒させています。
それはあいての軍隊もいっしょでした。こうげきされたとおもったら、おかしをプレゼントされたのですから。
「うちかえせー!」
わけがわからなくなったこっちのたいちょうは、とりあえずたいほうでこうげきしてみました。
ドドドドーン!
ひゅひゅーん。
ところがやっぱり、たいほうからはおかしがとびだしていったのです。
クッキー、シュークリーム、ポテトチップ、ビスケット。たいちょうもへいしも、ポカンとおかしをみおくります。
これでは戦争にならないとあきらめて、両軍ともとんできたおかしをたべたり、こきょうのかぞくやともだちへのおみやげにおかしをもってかえったりして、いつのまにか戦争はおわっていたのでした。その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

ももこちゃんは、とつぜんアジフライがとんできたのでびっくりしましたが、あんまりにもおいしそうだったので、こわごわたべてみました。
「おいしーい!」
ももこちゃんは、しあわせなきぶんになりました。その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。
まさるくんはもうハンバーグをたべおわって、窓からそらにむかって
「ハンバーグやーい、もっととんでこーい!」
とよびかけています。ハンバーグがあまりにもおいしかったからです。その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

なんとこの日は、せかいじゅうに、宇宙からおいしいたべものが飛んできました。
いえのあるひとないひと、くんしょうのあるひとないひと、みんなのところへおいしい料理が飛んできて、みんなはそれをたべてしあわせなきぶんになりました。
そして、せかいじゅうの武器が、おかしをつくりだし、銃口からはケーキだのアップルイだのがとびだして、地雷をふむとポップコーンが飛びだして、ひとを傷つけるためのナイフは、おかしを切り分けるためにつかわれました。その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

でも、こんなふしぎは一日でおわってしまい、次の日からはトンカツも何も飛んでこず、武器は武器にもどってしまいました。その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

軍隊は、また戦争をはじめました。
その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

「ハンバーグやーい、もっととんでこーい!」
まさるくんは毎日よびかけていますが、もうハンバーグは飛んできませんでした。
その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

たいちょうは毎日たいほうをうつ号令をかけました。へいしは毎日たいほうをうちました。
でも、だんだんとやる気がなくなってきました。あの、すてきなおかしのことばかり考えるようになったからです。あのおかしは、どんなお店でかったおかしよりも、おいしかったのです。
(そして、おかあさんのつくるおかしよりも、おいしかったのですが、それはないしょです。)
もういちど、あんなにおいしいおかしがたべたい!
軍隊は戦争をやめて、おかしづくりをはじめました。おかしをつくっているうちに、武器のつくりかたやつかいかたを忘れてしまいました。その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

せかいじゅうのひとびとが、あの日のおいしい料理を、もう一度たべたくなっていました。
おかねをかせぐことよりも、えらくなることよりも、料理がじょうずになりたくて、どうすればあんなにおいしい料理がつくれるのか、みんなではなしあいました。
のぼるくんも、ももこちゃんも、まさるくんも、いっしょになってはなしあいました。
その様子を目撃したおしょうさんは、びっくりして目を回してしまい、昏倒して危篤状態にあります。もうじき死ぬんじゃないでしょか。

みんなのきもちはひとつになって、みんなはだんだんとなかよくなりました。
そして、おかねや、くんしょうや、軍事力のことなんて、みんないらなくなっていました。
はじまりは、うちゅうからきたトンカツでした。
あの料理やおかしは、いったいだれが仕組んだことなのでしょう。
それがだれにもわからないまま、おしょうさんたちは息を引き取ったのでした。


 宇宙のうえから 地球を眺めたら
 とても小さくて みんな仲良しくしないと
 いけないと思った
 だってだって 地球にしか友達になれる相手はいないんだよ
 だってだって 宇宙ってひろくてひとりだと寂しいんだもん



*現実問題としては、友達になりようがない、なりたくない相手が数多く存在します。
それらはすべて地球にいます。
あなたと、友達になりようがない、なりたくないと思っている相手も数多く存在します。
それらはすべて地球にいます。
posted by ヨシノブ at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

ショットFKY

今日ご紹介する商品はこちら!


(電動式吹き矢 ショットFKYのプロモーションビデオ流れる)


肺活量の少ないあなたも、これひとつでプロ顔負け!
脅威の吹き矢マシーンが登場しました。その名も「電動式吹き矢ショットFKY」!!

吹くと息を高感度特殊センサーが感知し、ギアシステムモーターが作動して、吹いた2秒後には矢を発射! 手軽に楽しく吹き放題!


利用者はこんな声をあげています。
「手放せない便利さ。職場用と家庭用の、最低ふたつは欲しいね。おっと、来客用にも買わなきゃいけない!」(ベネズエラ:カルロス・ペペスさん) 「何をするにも、これがなくちゃ話にならない!」(韓国:キム・フォチョヒさん) 「テクノロジカルなところがお洒落で、どんなファッションにも合うわ!」(フランス:ジャニス・ペルジャンさん) 「妻と娘とこいつがあれば、ほかに何もいらない!」 (ロシア:イゴール・アルテヴィッチ・ユシチェンコさん)「いいですね。一目見てビビビときました。」(日本:松田聖子さん)

「バースデーケーキの蝋燭を一息で消せたのも五歳まで。そんな僕が五十年待ち続けたのが、これさ!」そう語るのはアメリカはニューハンプシャー在住のジョン・ベーカーさん。「僕らの祖先がこの大陸に渡ってくるときに携えていた唯一の荷物が、吹き矢。吹き矢は開拓者精神の権化といってもいいんだ。」誇らしげに語るジョンさんでしたが、一転して顔を曇らせ、自由の国アメリカが抱える吹き矢問題の病理を告発してくれました。「そう、確かに吹き矢は崇高で神聖で、この世における最高の道具といっていい。しかしそれは、吹き矢をうまく吹けない者への軽蔑をも生んでしまったんだ。」2007年現在、アメリカ人の27.8%が吹き矢技能未熟層、いわゆるFgmクラスにあたります。彼らは吹き矢の腕が未熟であるがために、様々な差別を受け、苦しんでいるのです。「ここアメリカじゃ、吹き矢が人間の価値のすべてを決めてしまうんだ。」

(再現VTRここから)吹き矢がうまくないジョンさんは、友人からホームパーティーに誘ってもらえたことがありません。映画館で買うポップコーンは、吹き矢のうまい友人の買ったものよりも量が少ない気がします。給食の酢豚は、肉よりもパイナップルが多かったです。ダイエットが長続きしません。ジョンさんの受けた差別は、ほかにも色々あります。(ここまで)

「でも、今日からはこれがある!」届いたばかりの電動式吹き矢ショットFKYを早速一吹き。お見事! 矢は2メートルも離れた縫いぐるみに突き刺さりました。ご覧のとおり、電動式吹き矢ショットFKYは届いたその日からお使いいただけます。使い方は簡単。コードをコンセントに差し込み、スイッチを入れ、矢を装填し、狙いを定めて吹き口から息を吹き込む、それだけ。子供からお年寄りまで、安心してお使いいただけます。総重量は1.8キログラムと、女性にもうれしい軽さ。

さらに今回は、電動式吹き矢ショットFKY専用の矢を、20本お付けいたします。しかも赤・青・緑・白・黒のカラフルな5色セット! 吹き矢ライフを楽しく彩ります。

これだけついて、お値段は据え置き価格の29,800円。29,800円でのご奉仕です。
今すぐお電話を!

「買ってよかった。僕は大満足さ!」(アメリカ:ジョン・ベーカーさん)
※利用者の声は個人的な感想です。

(ショットFKYのプロモーションビデオとともに電話番号が表示される。BGMはショットFKY愛好者の小坂明子さんが歌う大ヒット曲「あなた」。)
posted by ヨシノブ at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月01日

バンドやるぜい!

「ああっ、音楽をやりてえ! イカしたバンドをカッコイイゼとみてるだけなんて、もう我慢できないんだ。燃え滾る音楽への情熱が、俺をここに留まらせておかない。今日から俺がイカしたカッコイイバンドになってやるぜ。そしてあわよくば女の子からモテモテになりたいぜ。
よっしゃ、今からバンドデビューだ。いくぜ! スリーツーワン、ハイ」

 ウオーウオーギュギュギュイーンボボンボーンドドドドドドジャーン。

「ダ、ダメだ…。ヴォーカルとギターとベースとドラムを一人で同時にこなしていたら体が持たない。険しかるかなバンド道。…。フッ、デビューしたその日に引退するなんてよ…」
「おい、諦めるのはまだはやかろうぜ、伸一」
「お、お前は駅前マツダ文具店の次男坊、茂治!」
「一人では出来ないことでも、二人でならどうかな(ニヤリ)」
「フッ、まさかライバルのお前とバンドを組むとはな。よし、いくぜ! スリーツーワン、ハイ」

 ウオーウオー。ギュギュギュイーンボボンボーンドドドドドドジャーン。

「ちょっとタンマ! 文具屋次男坊の俺にはギターとベースとドラムの同時プレイがかなりの重荷だと思い知らされたぜ。こりゃ参った」
「ちきしょう、いったいどうすればいいのだ」
 ガラッ。
「お前らの音、聴かせてもらったぜ」
「お、お前は昆虫なんでも博士の和夫!」「たしか公園近くの団地の3階に住んでいるという…」
「このバンド、俺が天辺に連れて行ってやるよ」
「和夫、お前には見えているのか、このバンドの欠陥とその改善策が!」
「ああ、単刀直入に言おう。伸一はヴォーカルと一緒にギターかベースのどちらかを兼ね給え。茂治、お前は余ったギターかベースのどちらかをやるんだ」
「なるほど、手ぶらで歌っているからギターだけならやれるぞ」
「ベース一本に絞れば俺だってやれそうだ。しかし博士、それじゃあドラムがガラ空きで音が出ない…。やはりこのバンドは呪われているのか」
「俺がドラムを叩けば、どうかな(ニヤリ)」
「和夫!」「博士!」
「ドラムなんて触るの初めてだが、モンシロチョウを育てたときの、箱に穴を開けたラップを被せてたやつと太鼓は似てるからやれそうな気がするぜ」
「よっしゃ、今からバンド再デビューだ! いくぜ! スリーツーワン、ハイ」

 ウオーウオーギュギュギュイーン。ボボンボーン。ドドドドドドジャーン。
 ウオーウオー…

「伸一、ちょっと待ってくれ。この曲の楽譜はないのか」
「そういえば何となく演奏していたが、俺もどんな曲か知らないな」
「楽譜とかよくわからないんで各自勝手にやってくれ。俺も勝手にギターをやる。歌詞だけは考えてあるんで、そこはよろしく。あとバンドの名前はブルドだ」
「お前んところの飼い犬がブルドッグだったな」
「犬が好きなんだな」
「犬とブルドーザーが好きだぜ」
「よし、音楽の方向性が確認できたところでデビューライブ再開だ!」
「ちょっと待て! 岩陰に誰かいるぞ!」
「あっ、たけし、たけしじゃないか」
「おっと、見つかっちまったな。お前らの輝いてるところ、こっそり見させてもらったぜ。ところで俺を」
「そうだ! 伸一、茂治、俺たちは重要なことを見逃していた。客が一人もいなくれはライブとは言えない。たけしに客になってもらおう」
「さすが博士だ。その点をすっかり忘れていたぜ。よし、たけしはブルズのオーディエンス第一号だ!」
(さすが俺のライバル、かっこいい言葉を知ってるぜ。オーディエンスって何のことだろう)
「改めてライブ開始だ! いくぜ! スリーツーワン、ハイ」

 ウオーウオーギュギュギュイーン。ボボンボーン。ドドドドドドジャーン。
 ウオーウオーギュギュギュイーン。ボボンボーン。ドドドドドドジャーン。

(ああ、客じゃなくて俺もバンドに入れてほしかったな。博士が出てきたときに俺も一緒に出て行けばよかった。パートがひとつ余って困ってるところに出て行こうとしたのに、博士が余計なことを言うからもう、何だよあいつ、和夫のくせに。ああもう。和夫さえいなければ俺がやれたのに。ああ、ああ、あああああ! でもやるのがこういう曲ならバンドやらなくてよかったかも。うん、これなら参加しなくてよかった。でも和夫は許さん。和夫大嫌い。ああ、早く帰りたい。帰りたいなあ。何が楽しいんだよこいつら)



 こうして俺たちブルドは走り出した。この先に栄光があると信じて…!!

                              完







 俺は大きい

ウオーウオー ウオーウオー
すげえぜ俺は 器の大きさのあたりがすげえ
人間が大きい ビッグサイズヒューマン
そう俺は大巨人
俺を測れる物差しなんてないくらい ひたすらデカイ
それでも無理に測るなら 無理を承知で測るなら
3メートルはいきそうだぜ
これでも今日は縮んでるほうだぜ
それでもなお3メートルくらい
測り知れない大きさ それが俺の大きさ
ウオー



 レッツゴー工事車両

工事現場で活躍 すごく特殊な車両
かっこいいぜ 強そうだぜ 乗ってみたいぜ
でかいタイヤとキャタピラは 男の憧れ 
カラーリングに色々あるが 
やっぱり黄色が 一番好きさ
車体一部が黒かったり ボルトの頭が赤かったり
シビれるくらいに キマってやがんだ
ロードローラー クレーン車 ダンプカー
均して吊り上げ運搬して レッツゴー工事車両

テレビ写真で見たんだ すごく特殊な車両
かっこいいぜ 強そうだぜ 乗ってみたいぜ
ごつい車体の威圧感に 男は惚れる 
用途に応じて色々あるが
どれもパワフル 俺の好みさ
大地に雄雄しく駆動して 整備開発復旧作業
震えるくらいに イカしてやがんだ
ブルドーザー ミキサー車 ショベルカー
グゴゴゴグルグルガガガガガガ レッツゴー工事車両







 秘密

友達にも 相談出来ず
何でもないような 顔を作って
誰にも知られてしまわぬように
嘘で自分を覆い隠す

頭の中はあなたのことだけ
体も全部あなたに預けたい
でもそんなこと出来なくて
切なくて 我慢できずに
泣いてしまう日もあるんだよ

あなたが私を見てないこと 知っているから
あなたが彼女を見てること 知っているから
私の心 伝わらないように 知られないように



そばにいても 話は出来ず
気づかれぬように 盗み見るだけ
気持ちを伝えてしまいたい
その衝動を押し殺す

胸は想いで溢れているのに
心はすでに奪われているのに
手をつなぐことも出来なくて
苦しくて 狂おしくて
もう壊れてしまいそうだよ

あなたが私を見てないこと 知っているから
あなたが彼女を見てること 知っているから
私の心 伝わらないように 知られないように


あなたはきっと 彼女がいなくても
多分私を 好きにならないから
私の心 伝わらないように 知られないように
伝わらないように 知られないように
posted by ヨシノブ at 22:56| Comment(0) | TrackBack(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

時には昔の話を

まず、お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行った。
すると川上からドンブラコ、ドンブラコと桃太郎が流れてきたんで拾って帰った。
帰り道にもう犬猿雉がいたからダンゴ食わせて家来にした。トントン拍子に話が進むもんだから、ついでにもう鬼が島行っちゃおうって事になって、鬼退治してから帰ってきた。
お爺さんはまだ山から帰ってなかった。


浦島太郎が海に行ったら、亀が子供にいじめられていたのでこれを助けた。
お礼に亀が玉手箱をくれたので開けてみたら、太郎は急激に老化した。


何度も嘘をついた少年は「狼が来た」と叫んだが誰も信用してくれず、みんなの前で狼に食べられてしまった。


「おめぇさんはいったい何がこわいんだい」「まんじゅうと熱いお茶が一杯こわい」
posted by ヨシノブ at 03:55| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

藤沢社長の話 思い出の缶詰

長い間、この仕事で食ってるとね、そりゃあ色んなことありますよ。
ジリリリリンと電話が鳴るからとってみたら、「缶切りが缶詰の中に入っていて缶があかない」って言うの。そういうのは本来うちの業務じゃないんだけど、少しでもうちの名前を知ってもらうためにはさ、やっぱり少しでも多くの仕事をすることだと思うの。それにさ、困ってる人を見捨てておけないじゃない。
それでバッと外に出て。あ、「パッとでてバッとでる」というのがうちの社訓だから。パッと電話出て、すぐさまバッと駆けつける。徹底してますよ。間違い電話でも取りあえずバッと外出ますからね。
まあそれで、バッと外出たんですよ。その足で長いことご無沙汰にしてた「男船」っていうバーに寄ってね、マスター元気してる? って声かけながら入って。だってここのマスター、最後に会ったときカゼひいてたんだよ。もう元気になったか気になるじゃない。マスター元気になってたよ。オレの顔見るなり「ウオーッ」って声あげて歓迎してくれた。快気祝いに二人でウイスキー飲んでね、積もる話に花を咲かせたんだ。

そのあと、二次会でお好み焼き屋行ったんだよ。まだバーは営業時間なのに、マスターが客なんか来ないから行こう行こうって言うわけ。ズボラなんだよなあ。でも、そうやって行くだけあって文句なしの味だったね。これはまた必ず食べに行くから。マスターにはホントいい店教えてもらった。


酔い潰れたマスターおんぶしてバーまで帰って、ソファーに寝かして上着掛けてやってね、缶切り借りて、電話くれたお客さんのところへ行ったんだわ。
お客さん、缶詰手に持ってオロオロしてたよ。だからバッと缶詰とりあげて、缶切りでキコキコキコキコッ!ってすぐに開けてやった。
中身はね、パイナップル若い人にはパイナポーっていったほうが通じるかな。真ん中に穴が開いたドーナッツみたいな黄色い果物だよ。その穴のところに缶切りが入っていたよ。親切のつもりだったんだろうねえ。
とにかくお客さん大喜びでさ、こっちはお代さえもらえればいいのに、ぜひともパイナップルの汁を飲んでってくれって言うもんだからさ、有り難く頂戴したんだ。
甘い、甘い汁だったよォ。
posted by ヨシノブ at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

無題

なんだい、またあんたか。
もともと人の集まるところじゃあないが、流石に今でもこうやってちょいちょい覗きに来るやつなんて、あんたくらいしかいないよ。すっかり顔を憶えちまった。何の用だい。

ヨシノブなら、もうここにはいないよ。
こんなに更新途絶えること、今まで無かっただろう。もう戻ってこないのさ。
ヨシノブがどうなってしまったのか、あんた心当たりがあるんじゃないのか?
単にパソコンが使えないだけなら、その辺の喫茶店から更新すればいい。前にもそうやってた。
でも、今回は、いや、これからは、それがない。
まあ、そういうこった。ヨシノブには、もう会えない。
俺はもう帰るところさ。あんたも早く帰りな。じゃあな。

















おーい、ちょっと待て! 待って!
あっちにヨシノブいた!
こっちに来てる。今そこで見た。うん。
えっと、じゃあ、そういうことだから。俺、帰りますんで。はい。お疲れ様でした。
posted by ヨシノブ at 05:22| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

かわいいあの子のお祝いに

うわ、なにこれ、うわ、どうしよ、ねえ、お母さーん、ちょっと来てー、変な汁出たー。
あらどうしたの。あっ、これ精液じゃないの。タカシ精通したのよ。
マジで? すげー。
ちょっとお父さーん、こっち来てー。タカシが精通したのよー。
なんだタカシ、精通したのか。
そうなのよ、ほら、お父さんここ見て。
これマジで精液?
お、出とるじゃないか。わっはっは。よし、精通祝いにオナホールを買ってやるか!
うわマジでオナホ!? すげー。


親父、オナホール一丁!
へい、どれにいたしやしょう。
息子の精通祝いなんだ。ひとつ景気のいいやつを出してくれないか。
おめでとうございやす。それじゃこれなんかどうでしょう。「天地真理スペシャル・迷い道ぐねぐね」です。
ははは、今時天地真理は流行らんよ。それは私用に買っておこう。何か新作はないかね。
それじゃあ、こっちはいかがです。「美少女性器セーラー服」。若い人に人気のテレビマンガに出てくる露野うなぎちゃんをイメージした逸品で、崑崙山の仙人も下山して買い求めたという曰く付きのオナホールです。
それだっ! そいつをくれ!
へい、ありがとうございやす!


タカシ、開けてごらん。
オナホじゃん。すげー。
ほら、ちゃんとお父さんにお礼を言うのよ。
親父サンキュー!
わっはっは。ローションを塗り忘れないようにな。
あっ、しかもこれ崑崙山の仙人も下山して買い求めたという曰く付きの露野うなぎちゃんイメージオナホじゃん! すげえええええええ。マジでうなぎちゃんだああああああ。うわああああああ。う、うなぎちゃんのオ、オナホールだあああっ。うひゃあ。マジで? ホントに? これいいの? やったああああああ、うなぎちゃんでオナニイだっ。夢のオナニーライフだあっ。お、おほほほほほほほほほほあああああっ。うなぎぃ、う、うなぎちゃあああんっ。うなぎちゃんすっげ、すっげーよこれ。ああっ、うなぎちゃんにちゅっちゅだよ、うなちゅっちゅだよ。


しゃーしんー、写真はいかがっすかァー。写真を撮るカメラマンでーす。
あら、ちょうどいいところに流しのカメラマンがきたわ。せっかくだから記念写真撮ってもらいましょうよ。
そうだな、よし、カメラマン捕まえとくから母さんは私の燕尾服を出しといとくれ。
ええ。ほら、タカシも用意なさい。
う、うぎょぼ、うびょびょびょおおい。


はい、それでは息子さんの精通祝い記念写真を撮らせていただきます。ややっ、息子さんが手にしているそれは、崑崙山の仙人も下山して買い求めたという曰く付きの美少女性器セーラー服! 露野うなぎちゃんじゃないっすか。あるところにはあるんだねぇ。これ、あとで個人的に写真撮らせてもらっていいっすか? 文化遺産に登録しますんで。じゃあ撮りますよー。リー・リン・チェイ !


いやあ、いい写真を撮ってもらったな。
そうですねえ。ほら、タカシもこんな笑顔で。
ううううー。ううううー。
よしっ、今夜は鳩鍋だ。伝書鳩狩ってくる。
じゃあ鍋の支度しときますから、お父さん頑張ってね。
うーるるるるるー、うーるるるるるー。


はい、お聴きしていただいたのは、この季節にピッタリのザ・カリフラワーズで「のこきまどへひ」でした。ではリスナーのみなさんからFAXが届いていますので紹介しましょう。今日のFAXテーマは家族の幸せです。ラジオネーム・音速ワイパーさん。主婦の方です。「DJブヌヌギさん、こばはー」はい、こんばんは。えーと、音速ワイパーさん、わたしの名前は倉橋です。続きです。「いま、写真撮ってもらってのあとで、鍋にスープを入れながらラジオ聴いています。今日は息子のタカシにお祝いのお鍋です。写真は5枚撮りました。カメラさんは10枚撮っていきました。ハトはいま捕まえてます。ラジオ最後まで絶対聴きます。電源切らないでください」音速ワイパーさん、おめでとうございまーす。そうですか、タカシくんがね、お祝いということで。今夜は家族で鍋を囲むみたいですね。えっ、あっ、音速ワイパーさんと電話が繋がっているようです。ワイパーさん?
う、うるるる、に、ぎっぎぎぎ。ぬ、ぬうふ、お、おおふ。
息子のタカシくんが電話に出てくれているようですね。はじめましてこんばんは。DJ倉橋です。
おっふ、おっふ、おぎょぎょぎょ。おじるにたえて、ぬのまるい。ぬ、ぬる? ぬつのまたつに、ひじこみしえてん。つっぷり、もはれむあけのうきしずに、わがおゆるせひながりけるれん。
なるほどー。では時間がないので最後に今日の番組キーワードを言ってもらえますか?
ぽねくり三年けそ八年。
うーん、残念! でもあとで番組特製クオカード送りますから、待っててください。


やっ、こいつは活きがいいな。このっ、まだ生きてる。
あー、あー、スープが跳ねちゃってるじゃないですか。
母さん、蓋だ。蓋持ってきてくれ。物置の箪笥の上から二番目の左側にはいってる。
お父さんたら一度座ると動かないんだから。じゃあ、蓋とってきますね。
頼む。こらっ、暴れるな。
めぐいらもすぐてぬ、いたるやがじひこ。まさつそたわぬ、よほべびするつこ。







この家族は、1年後に心中しました。
posted by ヨシノブ at 00:45| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月01日

特選 秋の夜長の怖い話

第一話 「ふたつ置かれたおしぼり」

ひとりでファミレス行ったんだ。入り口のところで何名様ですかってきかれんじゃん。ひとりって言うじゃん。そしたら、店員なんか妙な顔してるの。で、席に通されたんだけど、おしぼりを俺のところと向かいの席に置くんだよ。変だなーって思って、向かいの席のおしぼりをよく見てみたら、おしぼりじゃなくて人骨だったので驚いた。


*秋というにはちっとばかり過ぎてしまったがの、これをやらんと冬の怖い話ができんのでな、無理を言ってこれをやらしてもらったんじゃ。どうじゃ、若い者ならたまにはファミレスに行くのじゃろう。しかしこれ聴いたらもう怖くてファミレス行けんじゃろが。なんと。ほっほっほ。強がりを言うのう。




第二話 「今夜は何を」

友人に霊が見える女の子がいます。よく○○の○○あたりで、酒に酔った金子信夫の霊が見えると言い張ります。


*この、寸でのところで場所が伏せられておるというのが、何ともいえず怖いのう。自分の近所と思ってみい、身近に霊がおるというわけじゃ。今だって、振り返れば霊がいるかも知れんぞ。ほっほっほ。ときに、かわやはもう済ませておるかいの。じじいの怖い話はたんとあるでの、今のうちに済ませておくが吉じゃぞ。




第三話 「廃屋に消える」

町外れに、もう何十年も前から人の住んでいない廃屋が一軒ぽつんと建っている。もともとは両親と幼い姉妹の四人家族が住んでいたらしいが、家財道具を残したまま、ある日突然姿が見えなくなってそれきりなんだそうだ。
あるとき、肝だめしと称してこの廃屋へ入り込んだ連中がいた。連中は興味本位で部屋を物色したが面白い物が見つからず、とうとう畳まで剥がしてみることにした。そして床板も剥がすと、そこには大きく口を開けた井戸があった。みんなで覗きこんでいると、急に背中を押されてみんな井戸に落ちて死んでしまった。


*これはの、じじいの知ってる話の中でもかなり怖いやつじゃ。ちと怖すぎたかのう。
そんなに怖くないか。そうか、面白くないか。そうか、うん。じじいじゃからの、若い人が喜ぶような話題がわからなくての、怖い話なら好きじゃろうと思うてがんばってみたんじゃが、そうか。
すまんのう、じじいは若い人と話がしたかったんじゃ。じじい友達おらんから、毎日寂しくてのう。年寄り連中とは、ほら、じじいは村松さんから嫌われとるから、誰も仲ようしてくれんのじゃ。
ほっほっほ。つまらん話を聞かせてしまって悪かったのう。もう、帰るでな。おお、そうじゃ、じじいの与太話に付き合ってくれた礼に、小遣いをやろう。少ないがな、ほら、ええからええから。なあ、受け取ってくれ。頼む。さあさあ。うん、ありがとう。
さて、じじいは帰って寝るべかな。じじいい楽しかったよ。じゃあの…。
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2007年11月23日

今週の「いい男、世界巡り」

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お洒落は足元からという概念を頭から覆すアンチテーゼ。
ざっくりと無造作に四角い何かは、ともすれば無骨すぎるアイテムだが、頭に括り付けている帯の色合いがそれを見事に洗練させている。
頭頂にぽそっと乗った結び目は、国籍も人種も超えた大和魂に訴えかけるChonmage-Style。やるね、この男。
胸に差した赤ペンは、控え目でありながら印象的なワンポイントを演出することに成功している。なおかつ、いつでも咄嗟に筆記できる実務機能をも秘めている。

シャツのボタンの色を下二つだけ違わせ、互いにシンプルであるが故に対立が目立ってしまう明るめのシャツと重い色合いのズボンの間に、色彩調和的橋渡し役を担わせたセンスは、もはや政治的手腕といっていいだろう。

もう一度頭に目を向けてみよう。そこへ…。
「あっ、危ない! 上から何か落ちてきた!」
…OK、OK、大丈夫。この男のファッションが防災頭巾の役割も果たしていることに気付いてもらえただろうか。頭上注意の標識に顔色ひとつ変えない男の秘密はここにあった。

外見だけじゃない。中身だけじゃない。その両方を満たした大人のヒゲ男の装いは、まさに若人へのアダルトファッション術の挑戦的啓示である。
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2007年10月08日

猫を助けず

(「猫を助ける」から続く)




猫の足に剥き出しになった骨を認めた私の頭は混乱した。

これは本当に、骨だろうか。しかし、骨以外の何であろう。ここらに動物病院があるかなんて知らない。タクシーに乗ってつれて行くのか。猫を抱えて。保険が効かないから高くつく。幾ら掛かる。手元に幾らあったか。自分の飼い猫でもないのに大金を払うなんて。このままでは死ぬかもしれない。骨なんて、こうも簡単に見えるものだろうか。何日ここに座りこんでいたのだろうか。動物病院。どうしよう。誰かに見つかったら。雨の間中、ずっとだろうか。まだ子猫だ。血は止まっている。幾ら掛かるんだろう。ああ、側溝の隙間を塞いでおかないから。どうしよう。このままでは死ぬだろう。ああ。ああ。

猫はむずむずと体を動かしてから、私の手からぴょんと跳びだし、後ろ足を庇いながら草むらの中に入っていった。私は、あ、あ、と木偶のように動けなかった。
逃げられたのではない。弱った猫の一匹、跳びだそうとするのを留めるくらいは可能であったが、しなかった。猫が手を離れてゆけば、私は、もう、何もしなくていい、のだ。ほら、もう、何処にいったのか、わからないぞ。猫に逃げられてしまったので、どうしようもなかったのだ、と思ってみたが、本気でそうは思えなかった。


あの足では、長くはないだろう。
猫を見殺しにした理由は、金であった。部屋に戻れば二十万円ほどは置いてあった。病院に幾ら掛かるかわからないが、とりあえず診てもらえるだけの金ではあろう。
しかし、私はその金を、知らぬ猫に使うのを、惜しんだ。
猫一匹殺してでも、使いたくなかった。
二十万と猫を秤にかけて、金を取った。
猫は殺した。


暗く項垂れて部屋へ戻った。
とても嫌な気分だった。あの猫は死ぬのだ。私が何もしなかったから死ぬのだ。私が見殺しにしたのだ。

また、嫌な気分である事が嫌だった。
たかが猫一匹死ぬだけなのに、何を落ち込んでいるのだろう。いいじゃないか、猫くらい。
私は引き取り手のない大量の動物が施設で殺されているのを知っている。知っていて、なんら行動しない。私には私の生活があり、それは仕方ないことだと言っていいのかもしれないが、せめて、なにもしない自分の罪深さというようなものを自覚しようと思っている。
そんな私が、猫一匹に動揺しているのである。年間何万と処分されているのを知っていながら、目の前で見知らぬ猫一匹が死のうとしていることに、困惑したのだ。支援の手が届かずに死んでゆく人死んだ人が世界にはたくさんいることを知りつつ、私は平気で生活をしているところなのに、猫、猫の一匹骨剥き出しにしているのを見殺して、この罪悪感。
私は一日と欠かさずに、たくさんの命を見殺しにしているのに、それを知っているのに、猫を、猫に、猫で、こうも嫌な気分になるとは。私が見殺しにしてきたものは一体なんだったのだろうか。
こうして猫が死のうとしているなか、結局は自分のことばかり考えているのも嫌だった。

一番嫌であったのは、この罪悪感がやがて無くなることであった。
罪悪感が今を頂点に、徐々に無くなってゆくのはわかりきっていた。こんなにも心を重くしているのに、十日後にはすっかり軽くなっていることだろう、一年後には、その日そういう罪悪感があったと記憶にあるだけで、すっかり情感は抜け落ちてしまっているだろう。私は今こうして猫を見殺しにしたことに狼狽しているが、今だけなのだ。この先ケロリとするのだ。では、何なのだろう、今の私が考えていることは。



夕刻、所用あって恐る恐る部屋から出た。大家の家の前を通ると「……白血球がとても少なくなっているそうで……」と大家の家族が話しているのが聞こえてきた。私は聞き耳をたてたが、話はよく聞き取れなかったが、どうもあの猫のことらしい。あの猫を見つけて病院へ連れて行ったのだ。私が見殺しにしたことにかわりはないが、少し肩の荷が下りた気がした。
どんなに良くなっても、骨まで見えていたあの足が前のとおりに機能するはずはない。切断したかもしれない。しかしその後、足に異常のある猫は見かけない。勿論、あの猫が初診の後どうなったのかは知らない。
側溝の隙間は今もそのままだ。
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2007年10月02日

猫を助ける

珍しく三日も雨が降り続いて、ようやく止んだその日は、二年前のちょうど今頃であった。
日が暮れようとしてる頃になって、私は買い物のために部屋の外に出た。そしてアパートの敷地を出ないうちに、何処からともなくか細い声を聴いた。
あまり聞かない鳴きかただが、多分猫だ。このあたりには特定の飼い主を持たない猫が何匹もいて、アパートに隣接する大家のうちでも餌を与えているし、向かいのパン屋でも餌を与えている。
鳴き声は時折途切れながら、ずっと続いている。

敷地には中央を突っ切るようにして一本の細い側溝が通っている。もちろんコンクリート製の蓋が被さっているのだが、一箇所だけ蓋と蓋の間隔が拳ひとつ分ほど開いている。
しばらく辺りの草むらや車の下を覗いていた私は、その側溝の隙間を思い出して、ひょいと覗きこんで見た。真っ暗な中に黄色く光るふたつの眼が、私を見た。
鳴いていたのは穴に落ちた仔猫だった。落ちたら最後、這い上がれるようなところはない。
私は軽い気持で、隙間から指先を差し入れて側溝の蓋を持ち上げた。重くて容易ではなかったが、大して時間はかからなかった。猫が逃げ出してしまうのが心配であったが、動くなという思いが伝わったのか、猫はその場所から動こうとしなかった。

蓋を外す。側溝は思ったよりも浅い造りで、底には雨に濡れた砂が堆積している。せっかく天が開いたというのに、猫は立ち上がりもせず、体の片面を地につけた優雅な座り方で私を見上げ、ニャーニャーと鳴いている。全身を覆う黒い体毛は生乾きで、砂が描く水流の跡は、この猫がずっとその場所に座りこんでいた形跡を示している。雨が降っている頃から、こいつはずっとここにいたのだ。
私は大家が猫の餌場にしているところから皿に水を持ってくると、溝の中のまま猫に飲ませた。弱弱しくも一通り飲み終ったので、キャットフードのある餌場に連れていってやろうと、猫を抱えあげた。体毛が砂に張り付いたような状態で、砂底から引き剥がすようにして取り上げた。
猫はむずがるように体を動かすが、逃げださない。その体力もないのだろう。
落とさないように、バランスを取るために手の位置を変えた。すると猫の位置も動いて、今まで下になって見えていなかったほうの半身が見えた。体中黒いのに、折りたたまれた後ろ足の脛にだけ、小指の先ほどの白い一部がある。そこだけ毛が白いのではない。紙屑がついているのだろうか。いや、白い何かは張り付いているのではなく、中から見えているような、まさか、これは。骨。二本の骨。骨を囲むのは毛がなく赤黒い強張った肉。その肉を囲むのは、何か粘り気のある、もともとは赤かった液体に濡れて乾いたような色をした、ばさばさになった艶のない毛。猫はニャーと鳴いた。
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2007年09月27日