2008年07月14日

笑犬楼大通り

「笑犬楼大通り」の筒井康隆のウェブ日記はまだ始まったばかりであり、筒井に愛着があるわけでもなく、別段面白くもないが、何となく読んでいる。某バンドの人の云う、嫌いな作家のブログとやらは筒井のこれではないかと邪推。
ある人が筒井を賞賛していたので何冊か読んでみたが、それらはあまりしっくりこなかった。上手いのもあるが、他の作家よりも突出して上手いかと言うとそうでもなく。「日本以外全部沈没」にしても、水不足になる話にしても、なんか社内放送で原稿読むのにしても。あまりエロを持ち込まれても、と辟易したのを覚えている。「笑うな」は面白かったな。
そうそう、「旅のラゴス」も面白かった。これは先の筒井賞賛人から名指しで薦められた一冊で、読後に他人に薦めてしまうくらい面白かった。あと芝居上手くないよなーって思います。

「笑犬楼大通り」では、「偽文士日碌」の他に「読者からのコメント」があり、ウェブスタッフの判定を経て書き込みが成されている、はずだ。無審査で書き込まれてはいつか荒れるだろうから、これでいいのだが、筒井も目を通しているここには絶賛のコメントばかりついていて、こんなのばかりを筒井に読ませて大丈夫だろうかと不安になる。まだ面白いこと書いてないのに。

作家の日記なんてのは、基本的にファンサービスだと思っている。もしくは諦めている。
幸田文のように日記が上手い人もいるが、ファンだから不出来でも許してくれる、ファン以外にはまったくどうでもいいこと、そういう日記になってしまう作家もちらほらいる。北杜夫も、躁鬱の影響もあるのだろうが、つまらないエッセー本があった。色川武大にも、日々を記しただけの、かわいそうなくらい精彩を欠いたのがあった。愚痴と説教みたいなのばかり書いてる人もいて、その人のは先にそっちのを読んでしまって本業のほうのやつを読む気がしなくなった。
得意不得意あって、糊口を凌ぐために、それはしょうがないのである。そういうのは贔屓の役者へでも貢ぐように、物好きなファンが読めばいいのである。

本ならば、アンケート葉書や単行本の売り上げで客観的な出来の良し悪しが判断できよう。しかし、ネットで熱烈なファンからの賞賛ばかりが届いてしまったら、何か勘違いしてしまうのではないかなーって思います。


笑犬楼大通り
http://shokenro.jp/shokenro/





ついでに。
西原理恵子がさくらももこの4コマを「けつが割れるくらいつまんない」と書いていたのは面白かった。
さくらももこがどんなの描いてるか知らないんだけど。俺はしりあがり寿の時事4コマ(時事おやじ)でけつが割れた。

http://ameblo.jp/saibararieko/entry-10112356673.html
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2008年04月30日

強き者、汝の名は

名立たる探偵数あれど、私が特に好きな探偵が彼なのだが、知っている人はあまりいないだろうから誰にも語らずにいたところ、作者が自身のブログにこの作品を全文転載していたのを見つけ、そのうちここで紹介しようと思ってから、一年半は経った。そんなブログがあったことを、すっかり忘れていたのだ。
しかし、彼を忘れていたわけではない。
彼こそは、我が(乏しい)読書歴の中でも忘れ難き屈指の名探偵なのだから。
いや、名探偵と呼んでは失礼かもしれない。
畏怖と敬愛を込めて彼の名を呼ぼう。その名は、白痴探偵アバタ蝶々!



恥晒し企画・自作解説シリーズ『白痴探偵、奇説を語る』
http://blog.goo.ne.jp/konde-koman/e/be629c6e43d7ca1008160999587060b6

自作解説シリーズ『白痴探偵、奇説を語る』2
http://blog.goo.ne.jp/konde-koman/e/098b9172fea74484907276c8d3bbcc5a



紙面では素敵な挿絵も付いていて、私はこの妖しい世界に魅了された。
アバタ蝶々の推理は、確実に間違っている。そして、この間違いを通した先に、この美しい世界は出現した。私が「勘違いも芸術のうち」という、とうじ魔とうじの言葉を本当に理解できたのは、アバタ蝶々による。間違いを通用させる力、それは板垣恵介が語らせた「強さとは何か」の答えである「我侭を押し通す力」に通ずる。

後光殺人事件で法水麟太郎と出会い、私はそこにアバタ蝶々を見た。
法水の奇説は、結果的に事実と一致したに過ぎず、その本質は荒唐無稽な白痴の妄言である。法水麟太郎の推理は、確実に間違っている。あんなトリックが成立するわけがない。しかし、それを押し通す強さがある。だからこそ推理と事実は一致し、物語は事件の解決を得られたのだ。
法水の衒学趣味はまさしく白痴的であるが、探偵(肩書上、法水は探偵ではない)と白痴をもっと直接的に結び付けているのがドグラ・マグラである。期せずして、ここに日本の二大奇書と呼ばれる『黒死館殺人事件』と『ドグラ・マグラ』が、『白痴探偵、奇説を語る』を介して繋がった。この繋がりから何が見えてくるだろうか。


興味深いことに、探偵を名乗っているのは一人だけで、法水は刑事弁護士、呉一郎思しき人物は精神病患者だ。しかし後者の二人はまったく探偵的である。探偵と探偵的であることの違いは、何を示しているのか。

三者の純探偵度を測るならば、蝶々>法水>呉となる。(法水は刑事弁護士の職に就き、事件との関わりを望んでいるが、呉は望んで事件と関わったのではないばかりか、事件を解決していないためにこう並べた。)
さあ、ここで浮き彫りになったものにお気づきか。
話をわかりやすくするために、三者の物語をこう単純化しよう。
「事件が起り、それを解決しようとする」。
ここで探偵度の違いが何の意味を持つだろうか。無意味である。しかし三者は探偵的(探偵であること含む)である。
即ち、探偵的であることが重要で、探偵そのものである必要はないのだ。探偵的であることとは「事件への参加」と「真実を究明せんとする意思」である。
法水は職掌柄、事件にかかわる必然がある。呉一郎思しき人物は事件の当事者である。ただ白痴であっただけの蝶々は如何に「閃光のひらめきと常人を卓越した奇抜ともいえる洞察力」を持とうとも、跋扈ちゃん事件への参加資格を持たなかった。だから腹ボテ大黒殺人事件の解決という通過儀礼(ストーリー)を経て探偵そのものになることで、探偵的要素の「事件への参加」を獲得したのだ。

以上のことから、探偵的と白痴が三者の共通点であることが確認された。
両者は平生両立しないものである。平生の探偵は理知的に間違いを排し、実態を追い求めて事件を解決し、物語の帰結へ辿り着こうとする。白痴の「正気とも狂気ともおぼつかない言動」とは、要するに間違っているということで、ならば宿命的に理知ならざる探偵的白痴三者の物語は、我々を何処へ辿り着かせたのだろうか。
事件を解き明かすという行為は、覆い隠された既存の世界を露出させる行為のように思われるが、実際には新たに世界を構築する行為であることを、蝶々は実演した。法水は事実を妄言で引き摺り倒し、その姿を妄言に合わせて変えてみせた。呉は事件を解決しないことで、あるべき帰結点など存在しないことを示した。そればかりか、呉は事件そのものの存在さえも曖昧にしている。
すべてが間違っている。ここに我らは魅せられた。間違ってこその境地。地平。新世界
正常というパラダイムを離れた先にしかない次元があることを、三人の白痴は強い力で世界を捻じ曲げつつ、解き明かしたのである。

妄想。矛盾。誤解。齟齬。錯覚。嘘。
間違わなければ成立しない美がある。調和がある。世界がある。
まだわからぬというのなら、貴方に実体験を与えてそれを示そうではないか。
桜の木の下を掘り起こしてみるがいい。
予言する。屍体は埋まっていない。
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2008年02月07日

小さくトップ

先日はブログが当初の予想どおりいかぬと嘆いたが、成しえた目標があった。
開設して数ヵ月後、ふとブログタイトルGoogle検索をしてみると、何十万とある検索結果から1ページ目に私のブログがヒットしていたのである。ネットワークに連なっていることが確認できて驚き喜んだ。(だって人が来ねえんだもん。ハブられてるかとちょっと思ってた。)
それとともに、いつかこの検索結果でトップになってやると思ったのだが、さりとて検索順位決定のシステムがわからない。そこは企業秘密なのである、と後に知った。
しばらく経ち、検索結果の様子を窺うと、何故かあっさりとトップに来ていた。何も努力したわけではないので達成感はないが、我こそがGoogle日記書きます界の頂点に君臨したのであるという優越感が沸き、どれどれ下々はどうしておるかなと下界のブログを幾つか覗いてみると、なかなかに人が集まっていたので、すごすごと閑散たる王宮へ引き下がった。

各自の設定にもよるだろうが、現在約 836,000 件中トップである。
Yahooでは約19,400,000件中 4位。
gooでは約336,000件中 トップ。

小さな自己満足。
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2008年02月05日

当初の予想

インターネット黎明期、「ホームページを作って世界中の人と繋がろう!」なんて元気のいいことを言う連中がいたが、当時よりもネットが普及した今、私のブログは世界の誰と繋がっているのだろう。
開設して二年半。カウンターこそ毎日回るが、それは検索に引っかかりやって来て二度と来ない人が殆どを回しているので、不支持票の獲得数のようなものだ。
本当は、こうなるはずではなかった。


当初の予想では、開設半年でブログ通たちの目に留まり、無名だが光るものがあるブログとして密かに話題になっているはずであったのだが、半年を過ぎても単なる無名に留まる。

一年もすれば雑誌に名前が出ているはずであった。注目のブログランキングベスト100の60位台あたりで、名前とアドレス、寸評と共に小さくスクリーンショットも載る。日経エンタテインメントの企画である。雑誌に紹介されたことについてブログでは一切触れない。コメントを求められたら「そういうつもりで始めたわけじゃないので、意識していない」と答える。でも生まれて始めて日経エンタ買っている。

一年半もたつと、カルト人気ブロガー四人をゲストにトークイベントがロフトプラスワンで開かれ、ゲストの一人は私である。当初は参加を拒んだのだが、主催者の熱意に動かされて参加に至る。私は四人の中で一番知名度が低く、容姿も悪い。しかし、それを逆手にとった自虐と機知に富む話術が客の心を掴み、注目すべきブログとして評価を高める。期を同じくして私のブログは徐々に各所で紹介されるようになり、爆発的にアクセス数を伸ばす。

開設2年を迎えて書籍化。出版社と私の予想を裏切っての大ヒット。最終的に30万部売れる。しかし印税が幾ら振込まれるかなど気にはしていない。金は月に100万を超えるアフィリエイト収入で十分だ。ただ、これをきっかけに雑誌でコラム連載が始まり、ブログとの両立にやや苦心する。イベント出演依頼も来るようになるが、仕事を絞って月一回程度に抑える。雑誌やイベントを通じて若き女優やアイドルと知り合い、これを読者にし、プライベートな付き合いを持つ。



世間では美術品専門とする謎に包まれた怪盗が話題になっている。誰一人傷つけることなく、厳重な警備を掻い潜って、見事に盗み出しまうことだけでも関心を集めるには十分であるが、前もって必ずメッセージカードで犯行予告するという奇抜さが話題を大きくしている。そして最も特筆すべきは、怪盗が男装の麗人であるという点だ。目撃者の証言によると、フォーマルスーツに身を包み、顔は仮面で隠しているが、間違いなく女、それも相当の美人に違いないという。
彼女はたった一度だけ警察に追い詰められたことがあるが、それは悪漢に追われる少女を助け出した際に怪我を負ったためであるという。しかし、すんでのところで危機を脱し、以降ますます盗みの腕が冴え渡る怪盗に、警察は後塵を拝するばかりである。


ある日、私の部屋に件の怪盗から例のキャッツカード的なものが投げ込まれる。
‘今宵、君のハートをいただきに参ります‘
そして夜。警備システムを物ともせずに侵入してきた怪盗は、意外なことにあっさりと仮面を取った。そこにはまだあどけなさの残る、美しい少女の顔があった。
「やあ、はじめまして。僕も美術品ばかりを盗んでいるのにそろそろ飽いてね。たまにはこういうのも面白かろうと思ったのさ」
そう言いながらタイトなスーツの襟元を緩めていく。夜が街を暗闇で覆い包むのを嘲笑うかのように、彼女は自らのすべてを露にしていった。




朝の光を感じて目を覚ますと、彼女は私の腕の中でまだ眠りについていた。
昨夜の情景を思い起こす。あの薄明かりのなかで刻々と移り変わっていた表情では見せてくれなかった優しい顔を、今はしている。それをずっと眺めているのも悪くなかったが、残念なことに彼女の瞼がゆっくりと開いた。
眠気でぼんやりとした無防備な顔も悪くない。
「おはよう、泥棒さん。何か盗み出せたかい」
「止しなよ。盗んでやるつもりが、逆にすべてを奪われてしまった。たった一晩でのことだよ。こんな不名誉はない。もう泥棒は廃業だ」
「どうして私のもとへ来たんだ」
「二年前から君のブログを読んでいたのさ。少しずつ伸びていたアクセスが、ある時から急激に伸び始めただろ。自分だけの宝物を横取りされていくような気がしてね。君の心を盗んで、宝物を独り占めしようと思ったのさ。今思えば、ブログを読んだその日から、僕の心は君に奪われていたんだ」
「今まで磨いた盗みの腕は、昨夜役にたったかい」
「せいぜい部屋に忍び込むまでだったね。それに…、あの、ぼ、僕はっ、こんな盗み方をするのが、初めてだったんだっ。き、気づいていたんだろっ! 知らないことばかりだった! ああいうこともするなんて!」
ぼんやりした顔から眠気が飛んで見る見るうちに真っ赤になった彼女は、私の胸に顔を伏せてしまった。昨夜のことを具体的に思い出してきたらしい。
彼女には可哀想なことをした。余裕ぶった顔をしていたが初めてなのがバレバレで、そこが可愛くて、何も気づいていない振りをしながら当然の行為のように色々ないじわるをしてしまったのだ。ああいうのはまだ早すぎたが、息も絶え絶えとなりながら虚勢を張り続けるものだから、つい調子に乗って一晩中続けてしまった。
「うううううう……」
羞恥心で呻きながら震える黒髪をやさしく撫でながら、私はどうしたものかと思案している。
告げるべきだろうか。気づいていないようだが、仮面を脱いだ瞬間にはもう、彼女は私の心を盗み終えているのだ。




この朝を迎えるのが、二年半後のはずであった。何がいけなかったのだろう。来ない。
ブログ通? 雑誌掲載? イベント? 書籍化? 男装の麗人怪盗?
かすりもしていない。それどころか怪盗の件を書いていたら急に、こんなことを書く奴は死んだほうがいいと思った。前から考えていたことなのに、いざ文字にすると自分自身への深い絶望を感ずる。
いや、本当にかすりもしていないのだろうか。ブログ通なんて見たことないし、雑誌に載るのは事件を起こしてバレたときだろう。人前で話をするどころか、ひどい時には独り言でも動悸が速まりうまく話せない。当然本も出ない。こんな怪盗もいない。それでも、もしかしたら、平凡だけどちょっと美しい少女がこのブログを読んでいる点で、怪盗の件にかすっているかもしれない。
心当たりは全くない。
だが、顔も知らないリピーター10人の中に、1人くらいそういう子がいるのではないかと思いたいのだ。私の児戯に付き合ってくれる人がいるだけで嬉しいのだが、贅沢を言えば、その上でかわいい女の子とも繋がっていたい。結論はここに落ち着いたか。ならば最初と最後の合わせて5行ほどで足りたことで、小恥かしい当初の予想など書かねばよかった。

追記:私は30代までは「女の子」だと思っています。
posted by ヨシノブ at 02:27| Comment(2) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

嬉しいのでテンション高めで。

らら〜ん♪ 5/30ついに出ますよ幻冬舎新書『新・UFO入門』!!!

今年の東文研年賀状…。
「1月中旬・幻冬舎新書『UFOを見てしまう人々』刊行予定」
と記載されております。
ええ、本当は昨年内に出るはずが、大マケにマケて、1月刊、
としたのですよ。

で、今何月でしたっけ(笑)?

でもまあいい!!! 無事出て良かった!!!!!

というわけで、
『新・UFO入門 〜日本人は、なぜUFOを見なくなったのか〜』
(唐沢俊一・幻冬舎新書?720+税)

がついに刊行です!


(中略)

嬉しいのでテンション高めで。
http://www.tobunken.com/diary2/diary220070524174825.html



こんなに喜んでいる唐沢俊一氏だが、この本にブログからの盗作があり
それは以下のようなものだった。


 さらに続いて『新・UFO入門』137-138ページ↓。

*******
 ミリオンは、インカ帝国の末裔たちの生活のため、インカの宝物を売って資金を得る(いいのか?)。しかし、そのころクーデターでペゼラ国の政権を奪取したゴステロ大統領がこの宝に注目し、ミリオンと陽一の母を殺害してしまう。

 サンナイン・陽一は、父譲りの超能力と科学力で、ゴステロ政権に対抗する地下組織や先住民たちと協力して、革命を起こし、ゴステロを倒す、というストーリーである。
*******

 以下、わたしのブログから↓。
*******
 ミリオンは、インカ帝国の末裔たちの生活のため、インカの宝物を売って資金を得ます(←ちょっとどうか)が、そのころクーデターでペゼラ国の政権を奪取したゴステロ大統領がこの宝に注目し、ミリオンと陽一の母を殺害してしまいます。

 サンナイン・陽一が、ゴステロ政権に対抗する地下組織や先住民たちと協力して、革命に成功するまでが全体のストーリー。
*******

 つっこみどころまで同じかよー。http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_a49c.html


他の部分もほぼ語尾をいじっただけという情けないもので、発覚前の唐沢氏の苦労話も添えると拍車がかかって夢心地。


なかなか書き出せなくて苦労して、とうとう、
もうホントにあと一週間で書かないと出ませんよ、と
いうところまで追いつめられて、やっと書き出し、
だだだだと書き上げました。
準備機関は半年くらいかかったけど、実際の執筆は五日間
くらいしかかかっていない。
結果として、それがよかったと思う。
時間をかけると私の本ってのはどんどんマニア向けになって
一般読者を置いていきますから。
http://www.tobunken.com/news/news20070530155748.html


唐沢氏は無断で「引用」していたことを認めるも、盗作の意はないとするが、誰がそんなもの信用するだろう。私は無性にうれしい。前にもちらリと書いた事があるが、私は唐沢俊一があまり好きではない。何よりその文章が受け付けない。上手下手ではなくて、私個人にとってはああいう文体は少々気持ち悪いというだけで唐沢の非ではない。それはそれとして、知識の広さは認めるので何冊か買って読んだ事がある。近頃はテレビにもちょくちょく出るようになっているが、それを見るのは避けていた。唐沢俊一があまり好きではないからだ。
唐沢は問われれば、盗作(唐沢氏でいうところの『引用』)したのは「今回が初めて」と言うだろう、証拠があがるまでは。私は唐沢の盗作暦には前回も前々回もあるだろうと思っている。根拠は無いが、まあ、やってるだろう。今回だって証拠を突きつけなければ盗作していないと言っただろう、きっと。現に、当事者から指摘されるまで盗作した事を黙っていた。
私はもう嬉しくて唐沢の肩に手を回し、「そうかあ。盗作していたのかあ。ははは」と笑いかけたいのだ。唐沢でもうひとつ嫌いなのなのは、『なんか偉そう』の部分である。物を知ってる態度がなんか偉そうなのだ。荒俣宏も博識であるが、偉そうと思った事はない。呉智英もそうだ。唐沢の態度は何か私の気に障ったのである。彼の何が私の嫉妬とやっかみを刺激したのかよくわからない。具体的に気に障る部分を挙げると、先の苦労話にある「時間をかけると私の本ってのはどんどんマニア向けになって一般読者を置いていきますから」。
私はもう盗作を知ってしまっているからニコヤカだけれども、知らずにおればこれを読んで顔はひん曲がり穴という穴から血を流し体毛は抜け落ち指はキーボードを貫いて唇も舌も噛み千切りながら「なにを偉そうに」と一言遺して息絶えたであろう。この間僅かに5秒である。勿論眼球は飛び出しておる。
何を怒ることあろう。唐沢の書く通りである。その通りであって、それでいて私に何の不利益もないので怒る理由は全くない。が、上記の通り私は死んでしまうところだったのである。そんな生命の危機も今日を限りにして消え去った。この先幾年月過ぎようと、唐沢俊一の肩書きは「盗作」である。どんなにマニアックな知識を披露しようが、どんなに鋭い評論をしようが、唐沢・盗作・俊一である。どんなに(私に取って)偉そうな発言をしたところで肩書きやミドルネームや経歴は「盗作」である。あれだけマニアで売っていた唐沢なのに、安易な盗作 From ブログ。隣に「(←ちょっとどうか)」も添えたい。唐沢が自身を「モノ書き」と言う度に「盗作してたくせに」という言の葉が頭を流れてゆく。今後私の唐沢俊一に関する一切に盗作の判が押されるのである。

私の唐沢俊一氏に対する理不尽な不快感は消滅した。(文章に対する明快な不快感は残る)
そこに芽吹いたのは春の日差しにきらめく清流の如き爽やかな心地である。私はもう唐沢に嫉妬もやっかみも抱けない。私が唐沢の背を叩きながら「盗作してやがったのかぁ〜、こいつぅ〜」と笑いかけるとき、そこに嘲笑はない。あるのは、いつの日か巨人軍入団の夢を果たすと語る野球少年に「我が巨人軍は君を待っているぞ」と微笑かける長嶋茂雄の笑みと同種のものである。
唐沢俊一は、盗作野郎だった。
私は今唐沢俊一氏の何から何までを祝福したい。
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2007年05月03日

笑顔のある職場

406 名前: 彼氏いない歴774年 投稿日: 2007/04/29(日) 02:23:51 ID:w4mOkOIO
仕事でNHKに行った時
休憩所のモニターに「つくってあそぼ」のリハーサル風景が映っていた。
そこには折り紙で折った二匹のイヌを持つ、毛深いわくわくさんの手が。

はっ。

手にしたイヌを画面の中で追いかけっこさせたあと、何と

おもむろに 交尾させていました‥‥。

そしてスタッフのゆる〜い笑い声。
これ、実話です。
posted by ヨシノブ at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

桜は毎年散って毎年咲きます

 統一地方選の前半戦が終わった。ふーっと、溜め息。
 これが東京都民の選択なら、何も言うことなどない。私も都民の一人ではあるけれど、言葉はない。
 あと4年間、口汚い言葉を発して弱者を貶め、外国人をののしり、歯向かう者たちには過酷な処分を下し、肉親や身内のみを重用し、豪華な旅を公費で楽しみ、週に2〜3日しか働かない男を、都民はまたもや権力者として認めたのだ。自分だけは弱者でも外国人でもなく、ましてや強権をもつ人間には歯向かうことなどしないと思っている人たちが、投票した都民の中では多数派だったというわけだ。
 桜が、散っていく。
 だが、ひとつだけ、書き記しておく。
 それは、石原慎太郎が得た絶対得票率は27%だった、という事実。


マガジン9条
http://www.magazine9.jp/kako_news/index3.php


ご愁傷様でした。何も言うことはない、とは言うけれど「自分だけは」「外国人でもなく」という件はさすがに言い過ぎである。日本国に住む日本人が自分を外国人ではないと思うことまで責めるのは不条理で酷であろう。
「あっしは生まれも育ちも東京都、チャキチャキの江戸っ子七代目でござい。本籍国籍現住所、どこを取っても日本でありんす。しかァしィ、あっしは手前をパラグアイ出の外国人だと思っておりやす! ンバエイシャパ!!」
パラグアイの公用語はスペイン語とグアラニー語で、ンバエイシャパは後者で「こんにちは・お元気ですか」を意味する言葉である。彼が何者であるかは、書いた私にも遥として知れないところであるが、マガジン9条氏は彼と同種の人間であるらしい。都会の人間は何を考えているかわからない。しかして彼が生粋の美杉っ子(三重)でありながらマケドニア人と思ってい、「ブラゴダラム!」などと言っていたところでやっぱり何者かわからないから、都会か否かは関係ないようだ。代々続くみかん農家の三男坊で「我こそはムー大陸の時空戦士ラフィスだ!」と言っていたら、これはまた別種の人間である。彼こそが諸悪の根源宇宙魔王ゾルギラスを討ち倒す勇者ラフィス=グレイブスその人であるからだ。やがては都知事選に立候補し勝利を収め、ゆくゆくは世界大統領総書記主席にまで上りつめ、宇宙に平和をもたらすこととなる救世主なのである。

絶対得票数は『選挙区の有権者総数に占める得票の割合』である。2,811,486票を得、得票率51.06%でトップ当選を果たした石原氏であるが有権者の27%しか支持していないのだぞと言いたいのだろうか。次点の浅野氏で1,693,323票。吉田氏で629,549票。彼らの絶対得票率は石原氏より高かったのだろうが、算数の苦手な私には計算が出来なかった。彼らの絶対得票数の「事実」が示されていないのは、マガ9氏も計算出来なかったからであろう。

それにしても、選挙というのは限られた立候補者の中からその選択肢を選ばねばならないわけで、マガ9氏は都民の大勢がこの度は誰を選べばよかったというのだろう。次の都知事選の参考にしたいので、是非教えてもらいたい。内田裕也か?




9条関連ニュース


憲法9条遵守を訴え「ねずみ男」が全国行脚へ
 憲法9条の遵守を訴えて回ろうと6日、府中市の男性が全国行脚の旅に出発しました。そのいでたちがちょっと変わっていました。
 アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」のねずみ男の姿をしたこの男性、府中市上下町の福崎裕夫さん(51)です。
 「憲法第9条」と書いた旗を持って6日朝、広島空港から沖縄へと向かいました。ねずみ男に扮したのは「ゲゲゲの鬼太郎」の中で武器を持たない妖怪がねずみ男だからなんだそうです。
 「(アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の中で)ねずみ男が武器を持ってないように、我々日本人も憲法9条を持ってることが非常に大切なんじゃないかと思うので、この姿で日本縦断しようと思ってるんですけど」(福崎裕夫さん)
 福崎さんは、2年前に舌がんを患ったのをきっかけに、自分の使命は憲法9条の大切さを訴えることだと考え全国を歩くことにしました。
 最初の訪問地、沖縄ではお寺や教会などを訪れますが、特に決まったスケジュールはなく行く先々で出会った人と憲法9条について語り合うそうです。福崎さんは今年中に北海道に入りたいと話しています。(4/6 11:25)


RCC
http://news.rcc.ne.jp/?i=Mjc2MQ==&#a


福崎やすおホームページ(ねずみ姿?の写真あり)
http://huukei.huuryuu.com/9/index.html


ねずみ男にはジャスコの屋上であったことがある。鬼太郎ら一同でやってきた中の一人だ。握手会があり、私は猫娘と握手したかったのだが非常に恥ずかしくて断念したのを今でも後悔している。もちろん私はアニメ鬼太郎のファンであり、ねずみ男についても(漫画版と知識が混じっているかもしれないが)少しは知っている。だからこそ、何故ねずみ男なのか!と疑問に思うわけである。
鬼太郎はリモコンゲタや剣やムチになるオカリナを持っていいるが、ねずみ男は武器を持たない。が、よくビンタをする。そのビンタは「ビビビ」なる擬音が付いていて、作中では「ビビビのねずみ男」という異名がついている。武器はないものの、暴力は行使するのだ。ビビビという間断無い擬音はこのビンタが凄まじい速さで展開されるからだ(と思う)。いわば超亜音速びんたである(と思う)。


水木しげるの妖怪ワールド妖怪大全集

ねずみ男(ねずみおとこ)
自分が幸せになるためなら手段を選ばない・・・というポリシーを持っている。

■性 格 利己主義/虚言癖
■分 類 半妖怪
■武 器 口臭/おなら/ビンタ
■好 物 金/食物/女
■メ モ 300年生きているそうな。風呂はほとんど入らず、かなり不潔。彼のポリシーはかなりハッキリしており、自分が幸せになるためなら手段を選ばない。友も平気で裏切り、ペテンを働く。彼の強烈なビンタを鬼太郎も何度か喰らっている。怪奇大学を卒業しているとか、花の都パリに住んでいたとか、あまり信用できない言葉を吐く。女性に恋すれば詩人となり、そのボキャブラリーの豊富さは他の妖怪の追随を許さない。あまりにもあからさまな、その生き方には結構ファンも多く、大人ウケするキャラクターと言えるかもしれない。

http://www.top-page.jp/site/page/mizuki/complete_works/list/na004/


他にも主要メンバーで武器を持たないのは、猫娘(かわいい)、子泣き爺(杖を持っているが、あれを取り上げるのは福祉に反する)、砂かけ婆(砂が武力なったら砂漠は武器庫か)、一反木綿、ぬりかべ等がいる。子泣きあたりのコスプレでいいではないか。ねずみ男を見習って日本人は狡賢く生きようぜ、と皮肉っているのだろうか。9条を持っていれば他国を裏切ってもペテンをしてもビンタをしてもいいのだろうか。
先述の江戸っ子パラグアイ人のように、福崎氏もまた、私にはよくわからない。が、猫娘の格好をしなかったのは英断であると思う。


……マガ9氏が挙げた石原慎太郎像は、実に利己的な人物である。そしてこの国には憲法9条がある。
ここに福嶋氏のねずみ男9条観を当てはめる。

石原でもいいんじゃん。

こういう結論が出たので、マガ9は元気をだしてください。
posted by ヨシノブ at 22:54| Comment(1) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

睾丸無恥

軽い風邪を患う。




自分の金玉を食べた人
http://notoriousvip.blog88.fc2.com/blog-entry-260.html


175 名前: CGクリエイター(神奈川県)[] 投稿日:2007/04/10(火) 22:34:22.16 ID:en9Ljmiz0
>>138
・玉を取った経緯は?
7年も女性ホルモンやってたけど、薬代もったいないので
とっちゃえ、と。

・勃起はするのか?
するw
でも男みたいに勝手に反応することはまったく。
触ったり、その場の雰囲気次第。

・性欲は?
ほとんどない。

・その他体質の変化は?
男性的な攻撃性とかがない。
つねに心が平然とした感じ。


412 名前: CGクリエイター(神奈川県)[] 投稿日:2007/04/10(火) 22:51:42.56 ID:en9Ljmiz0
コリコリというか、ゴムゴムしてる


544 名前: CGクリエイター(神奈川県)[] 投稿日:2007/04/10(火) 22:58:29.55 ID:en9Ljmiz0
砂肝の味がする・・・



ミルキーはママの味。
金玉は砂肝の味。
読んでいたら妙に金玉がソワソワする。おかしな表現だが、金玉が本能的に怯えているのではないかという気がする。
胎児よ、胎児よ、なぜ踊る。



落ち着くために社会的な事を考える。

「押し紙」とは?――新聞界の悪しき伝統  岡田 克敏
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070410/6559

こういう新聞・テレビでやらないことこそをネットメディアの本分として貰いたい。
紹介されているWILLもMy News Japanも既に読んでいたので、この記事自体からは何も得なかったが、興味深いコメントがついていたので読んで良かった。



kyota996 販売店の方がです。(0) 164 4 04/10 12:38
販売店の方がです。
発行部数のいんちきを言い出したら、恐らく紙媒体は全て崩壊してしまうんじゃないでしょうか。

新聞販売店と関わる仕事をしています。
新聞販売店の収入源は購読料よりも折込チラシ手数料の方が比重が大きいです。部数が減ると販売店の収入も減ってしまうので販売店自らが嘘の申告をする場合も多々あります。
というか、ほとんどそれです。
新聞社の横暴のように書かれていますが、当初は拡販競争で記事のような状態だったのかもしれませんが、現在は、少なくとも首都圏では新聞販売店が部数を減らされては困るんじゃないでしょうか。

チラシの実数ですが、首都圏に関してはここ4,5年でだいぶ改善されてきていて、実際に1年で部数が半減してしまうような販売店も出てきています。
販売店がそれを受け入れられるかによっているところの方が大きいです。


4 kyota996 折込料金(1) 104 2 04/10 14:27
折込料金
折込料金は地域やサイズ等によって変わりますが、1枚3〜4円と考えていいと思います。
なので、30枚ならば90〜120円です。
3,000部持っている販売店ならば月の折込による収入は1000万近い収入になります。
都市部ならば配達員は1人で200前後の配達部数なので、店内の作業員含め30人雇ったとしても数百万が月の利益になります。
朝日や読売等の部数をたくさん持った販売店はそりゃ儲かってます。
これを減らす事は販売店も簡単には受け入れないでしょう。
逆に記事のような毎日の販売店などは持ち部数が少なく、配達エリアも広いために正直割に合わない仕事かもしれないですね。
だから、裁判沙汰になったりするんでしょうね。

ただ、繰り返しますが、業界内で改善への努力はされています。
都市部ではだいぶ適正になってきているはずです。
ひた隠しにして維持しよう、という姿勢とは違うように思います。
posted by ヨシノブ at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月05日

かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう

先日、小林武史氏の環境問題意識啓発活動について気に入らぬ旨を書いた(かっこいいとは、こういうことさ。参照)が、まだ書き足りないことがあった。オーマイニュースでこの活動が賞賛されていたのを気に、小言を書く。


「環境はカッコいい」を東京以外にも広げたい  古野本聡

(省略)
 「東京環境会議」のコンサートで、自分の好きなアーティストが「環境問題を考えよう!」とステージから訴えるのを聞き、環境問題に無関心だった自分を反省する若者たちが多数いました。アーティストの力です。

 福岡でも「東京環境会議」のようなイベントを実現して、「エコはかっこいいモノ」という意識を広げていきたいと思っています。

http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000006056


ヒューマンの放送では参加者の環境意識レベルが低すぎるところに関心を惹かれて肝心なところに思いが至らなかったが、後で冷静になってみて、今こうして記事を読んで、何が嫌なのかはっきりわかる。
かっこういいから、やろう。では、かっこよくないことは?
大切なのは必要なことをやることであって、環境問題への取り組みというのは必要だからやらねばならないものではないだろうか。
かっこいいわるいという流行廃りで行動を起こすことは、他者に迷惑をかけない限り自由だが、誉めることではない。かっこいいからやる、という奴は、かっこよくないことはやらないと言っているのと同じだ。
糞をひらねば腸の中にそれが溜まってやがて死ぬ。排便姿がかっこいいとは思わないが、私は毎日糞をしている。かっこわるくても、やらねばならないことはあるのだ。
posted by ヨシノブ at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

体験なければ言葉も理解できないのだ、という。

「オウム返し」が解からない高校生
体験なければ言葉も理解できない――教育の現場からの報告   森 陽子
http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000005837

例えば、中学2年生で三角定規の3つの角度が言えず、カタカナが読めない子がいる。高校3年生で、慣用語であるはずの「オウム返し」という意味が解からない子がいる。学力が低下しているなどと言う以前の問題であり、識字率が心配になるほどである。

 「川の水がごうごうと流れているのを見つめていると、自分の体が上流に引っ張られていくような気がした」という文章を読ませたときの反応は、ひどいものだった。クラス全員がぽかんと口をあけている。いくら説明しても誰も納得のいく顔を見せない。なかば焦って、「川の水が流れているところをじっと見たことがありますか」とたずねたら、全員が「ない」と言う。

これは学力の低下などではない。オウムを飼う家が身近にあればこそ生まれた「オウム返し」という言葉。近所に流れる川があってこそ理解できる自然の力のすさまじさ。これらの体験の欠如こそが、国語力不足を招いていると私は感じた。このような日本語の意味が理解できない子どもたちに、一体どうやって国語教育をすればいいというのだろうか。



圧倒的な水量の水がごうごうと音を立てて流れている様子の実感は、実際にそのような川を訪れていなければ得られないものであるが、川の流れを表すお約束として「ごうごう」という言葉がある(水音専用ではなく、『とどろきわたる音・うなるように響く音を表す語』。以下『』内は大辞林からの抜書き)。小川なら「さらさら」。これは実体験として知らなければならぬことではなく、お約束として知っておくべき基礎知識である。雪が「しんしん」と降り積もる。煙が「もくもく」と立ち昇る。朝日が「さんさん」おはよーさん等等。
もしもクラス全員が「ごうごう」の音が意味するところが解らないのであれば、それは実体験の欠如なんてものではなく単なる知識の欠如である。体が引っ張られる感覚がわからないのならば、実体験の欠如である。そのどちらが欠けているのか文中からは判別できない。
また、森陽子の言い分も酷いもので近所にごうごうと流れる川があって当然の口調であるが、そんなものは誰の近所にもあるものではないだろう。私の現住所の近所には穏やかな流れの川と溝川くらいしかなく、地元にもごうごうとは程遠いさらさら流る一級河川の支流があるくらいだ。思い出した。その川は父が子供の頃にはもっと太い川であったのだが、度々氾濫し甚大な被害を及ぼす為に治水工事を行い大人しくさせたのだ。昔はごうごうと流れたこともあったろう。国語力の為に元の氾濫する川に戻したほうがよろしいだろうか。

オウムを飼う家が身近にあればこそ「オウム返し」が生まれたそうで、私は人々が髷を結ってる時代にあちこちでオウムが「オタケサン、オタケサン」と鳴いている様子を思い浮かべてみた。ううむ。森陽子はいったいいつごろの日本でそんなにもオウムが飼育されていたというのだろうか。「オウム返し」を知っていても実物のオウムを見たことがない私などは、読書でこの言葉を知り、オウムが人語を真似るという知識もあったために意味が推察できたのであるが、昔日の人々は近所にオウムがいたからオウム返しを覚えて国語力を磨いたという森陽子説に今まで知らなかった日本を垣間見た。

「騎虎の勢い」とは『虎に乗って走る者が途中で降りることができないように、物事の勢いが盛んになって行きがかり上、途中でやめられないことのたとえ』である。私は映像や動物園で虎をみたことはあるが背に乗る体験などない。が、言葉も意味も知っている。森説に当てはめれば昔は虎を飼っている家が身近にあったらしい。そうでなければこの言葉生まれぬ理解されぬ、と森は言っているも同然である。飼い主はちょくちょく虎に跨りどこぞへ走ったそうであるから、金太郎も霞んで見える。ラクダには乗ったことあります。
『一度にたくさん飲み食いすること』を「鯨飲馬食」という。馬を飼っている家が身近にあり、更には鯨を飼っている家も身近にあったという常識を覆す日本の庶民像である。さすが海洋国日本。個人宅での鯨の飼育は非常に困難だと思われるが日本人の技術と知恵がこれを可能にしたのだ。日本近海に生息するクジラでは小型な部類でオガワマッコウが約3メートル程であるが、鯨飲という意味を考えるとクジラの中でもそこそこの大きさのものが飼育されていたと思われる。25メートル程に成長する最も大きいシロナガスクジラとオガワマッコウの中間を取って、体長14メートルのイワシクジラあたりが飼育されていたのではないかと推測する。
「獅子は我が子を千仞の谷に突き落とす」という。ライオンを飼う家が身近にあればこそ生まれた言葉である。絶対そうだって。千仞の谷が日本中にあって、繁殖期にはよく子獅子が上から落ちてきたらしい。
「羊頭狗肉」。これは個人宅ではなく、そういう店が身近にあって、そこでは羊と犬を飼っていたのだろう。日本人は羊肉とあまり接触がないと思ったが、日本中身近に羊肉を売る店があったというのはその経営が成り立っていたということであり、モンゴルあたりから大量に買いつけが来たのではないかと思う。犬の肉だと早く気づいてほしい。
「河童の川流れ」。河童は実在した。しかも日本人はそれを飼育していたのだ。河童を飼う家が身近にあればこそ生まれたのが「河童の川流れ」であるはずだって森は言ってんだってば。体験なければ言葉も理解できないって言ってるだろ。可哀想に時折河童は川に流されていったらしい。きっとその川はごうごうと流れていたのだろう。河童の為にも治水には力を入れてほしいものだが、その結果が「ごうごう」を解さぬ日本人を生み出したのだ。国語力のために河童には今後も流れて貰いたい。
「逆鱗に触れる」という。竜の喉元には一枚だけ逆さに生えている鱗がありそれに触れると竜は怒って触れた者を殺してしまうことから、転じて目上の者の怒りを買うという意味で使われている。河童どころの話ではない。ドラゴンが身近に飼育されたって馬鹿な話と思うかもしれないが、竜を飼う家が! 身近に! あればこそ! 生まれた! ってロジックを何度も言ってるだろうが! いたの、竜が!! で、たまに何故か知らんが逆鱗に触れる奴がいて殺されていたんだよ。その光景を見ながら「逆鱗に触れる」という言葉を理解していたのだよ日本人は。日本中で。返り血を浴びた竜。響き渡るオウムの声。近くを人を乗せた虎が駆け抜け、馬が藁を食んでる隣で鯨が潮を吹いている。谷の上からは小獅子が転がり落ちてきて、羊の首を掲げた犬肉屋にモンゴル人が列を成し、その頃ごうごうと流るる川では河童が溺れていた。
こうして日本人は国語力を高めたのである。It's so cool!





※ゲキレンには触れても死にません。
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2007年02月11日

ポップでオモシロおかしいボクの本

私は自分が社会にうまく適応できない部類の人間だと思っている。父は元・キチガイで現・世捨て人であり、私はその血を色濃く受け継いだ上で性格が歪んでおり、社会不適合者たる実績もある程度積んでいる。それは社会に関わって生きていく上で不便であるが、それだけのことであって、社会的存在としての危機感を抱いたり生活を便にすべく小賢しい処世術を身につけたりすることはあるが、社会に適応する真人間になるだの適応できなければならないだのとは思っていない。
そんな私が「こりゃ冗談抜きで日のあたる場所に俺の居場所はねぇな。死ぬしかないのか」と嘆いてしまう時のひとつは、こんな文章を読んでしまった時である。


性同一性障害の体験記を出版した杉山文野くんhttp://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/36672/

 カラッとした人柄同様、その文章は軽妙だ。
 −−普通の男子生徒が「明日学校行く時スカートはいて行けよ」といわれたら、ほぼ全員が「冗談でしょ? いやマジ勘弁してよ〜」となるだろう。その「勘弁してよ〜」という状態を、僕は毎日12年間続けたのだ
 −−最近女に見られることが極端に少なくなってきた。業界用語で言うところの「パス度」が上がってきたのだ
 グイグイ読ませるのも本書の魅力。「性同一性障害というととてもヘビーな話題で、『当事者と社会』というスタンスで見られがちでした。だから性同一性障害に興味のない人にいかにこの本を手にしてもらうかに気をつけ、ポップな表現にしたんです。辛いとか苦しいとかでなく、もっと身近な悩みとして感じてほしかった」



こんな文章が持ち上げられてしまうのは社会が私に自殺を促しているからである、と勘繰りたくなるような駄文だ。私はこういう「軽妙」で「ポップ」な文体が嫌いなのだ。軽妙もポップも嫌いではないけれど、杉山氏のような使いどころと技術が間違っている(と思う)文章は嫌いであるし、提灯記事とはいえこんなものを「グイグイ読ませ」られた文筆業者というのも嫌だ。
文体もさることながら内容も嫌だ。「明日学校行く時スカートはいて行けよ」といわれて、ほぼ全員が「冗談でしょ? いやマジ勘弁してよ〜」となるのが当たり前だという認識が嫌である。私はこういう言葉遣いをしないという絶対の自信があるが「ほぼ全員」に括られていそうな気がするし、こういう言葉遣いを許容しないわけではないけれど、杉野氏にはこの言語感覚を臆面もなく是とする感覚があるように思えて、その臆面の無さが嫌である。
私はスカートを履けと言われたことはないが、中学校に上がる前に父から「中学生になったら毎日褌をしめろ」と何度も言われ、それを実行させそうな迫力のある父だったので半泣きして苦悩したが「いやマジ勘弁」などという軽佻浮薄な言葉の類は口にも頭にも出なかった。小学生の頃に勉強をしないのを父から叱られて「裸にして学校で女の子の前に放り出すぞ」と脅され、それを実行しそうな迫力のある父だったので泣いて苦悩したが、「いやマジ勘弁」などという軽佻浮薄な言葉の類は口にも頭にも出なかった。中学生の頃に二回全裸で外へ放り出され、一度はそのまま赤鬼のような父に道路を追いかけられ泣いたが、「いやマジ勘弁」などという軽佻浮薄な言葉の類は口にも頭にも出なかった。
何がいやマジ勘弁してよ〜だ、舐めてんじゃねえぞ、という全く個人的な体験からの言い掛かりもあって嫌である。
個人的な部分を抜いても、この文章はちょっとおかしいので嫌である。杉山氏は普通の男子生徒ではないので条件が同じであるかのように、その状態を毎日12年間続けたのだ、と繋げるのはおかしい。最もおかしいおかしくないは前後の文章如何にもよるので、前後があって通る文章ならば、この一文を抜き出した記者が悪い。


杉山氏で検索すると、本人が書いているブログがあった。

杉山文野Blog
http://plaza.rakuten.co.jp/fumino810/

このブログの先頭には著書の紹介文があり、それを読んで私は呻いた。

おっぱいの間に生える胸毛、ひげを剃りながら生理用ナプキンをつける僕……服を脱げばこんなひとりボケ突っ込みみたいな僕の心と体を、オモシロおかしく、そして真剣に書いてみました。

私はやっぱり死にたい。いくら生きたところで私は誰からも必要とされず何の役にも立たず、苦しいばかりであろう。そんな気がしてくる。
オモシロおかしくときたよ。貴方は赤の他人に向かって云えるか、「私、オモシロイですよ」。何だその自信は。他人に自分が面白いことを宣言できるというのは、相当のことである。面白さで勝負することを生業とする者が云うのなら、そこには意地や自負や鼓舞があり、例え詰まらなくて面白くねぇよ馬鹿と罵倒することがあっても、彼らが自画自賛する事の自然必然を認めよう。だが、杉山氏は何故にオモシロおかしいと宣言するのだろうか。心の内に秘めてくことと、公言することはまるで違う。
本当に面白いのならばしょうがないが、本の紹介記事を読んでもブログの紹介文を読んでもブログを読んでもテレビNHKの福祉番組に出てた)で杉山氏の話を聴いても、私は何も面白いとは思わなかったので、彼の本がオモシロおかしいということに強い疑念を抱いている。
「お口に合うといいのですが」と「口に合うはずだ」は違う。私は杉山氏から「この本は絶対うまいよ」と言われたのと同じであるが、氏の撒き餌(紹介文やブログ)がまずいので、犠牲(金銭・時間)を払って本丸に攻め入った(本書を読了)ところでうまい(オモシロおかしい)モノなんかどこにもないだろうとしか思ってないで、この本を読まない。


どんな本を読んでどんな作家に魅了されれば、このようなポップな表現によるオモシロおかしいことが書けるのだろうか。私にはわからない。杉山氏の言動からはどうも乙武洋匡っぽさが感じられ、それが杉山氏に対する抵抗の一因だろうかと思いながら杉山氏の読書内容を知る手がかりを探していたら、ブログの「よく行くページ」というリストの中に乙武洋匡公式サイトがあった。
あっ、と、私は思った。救われた気がした。肯定された気がした。笑いが込み上げてきた。
私が他人から社会から受けられることはないであろうという確信はこれにより一層深まったが、私がそういう存在であることに何も恥じ入ることはないという確証を得た気がする。いつか私が自殺したとしても、それは間違っていないと思う。





ブログを流し読みしていたらこんな一文があった。

今日は先ほど新宿区長選挙の期日前投票に行ってきました。投票率は相変わらず低いみたいですが、自分の住んでいる街や、住んでいる国に対してくらい責任持って一票いれたいもんす。
http://plaza.rakuten.co.jp/fumino810/diary/200611060000/

選挙前後にこういうことを言う人が何処かしらから出てくるものだが、この手の人は何の責任を持って票を投じるのであろうか。その責任は何を依拠として生じているのだろうか。また、どのようなことが遭った際に、どのような責任の取り方をするのだろうか。

私は日本国憲法第十五条の第四項が好きで、思い出すたびに頬が緩みそうになる。
そして、こういうオモシロおかしいことを教えてくれた夫子に感謝をするのである。

第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
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2006年11月26日

松崎しげるディナーショー

有名なコピペだが、数年ぶりに読み返して面白かったので載せる。


松崎しげるディナーショー

1曲目 愛のメモリー
    肌が白い。
2曲目 愛のメモリー
    ちょっと黒くなってきた。
3曲目 愛のメモリー
    結構黒くなってきた。
    もう酒が飲みたくなってきた。
4曲目 愛のメモリー
    すごく黒くなってきた。
5曲目 愛のメモリー
    客席にカップルを見つけてそいつらの肩に手を置きながら熱唱するしげる。
    顔は「いつまでもお幸せに。」というような表情。カップルは迷惑そう。
6曲目 私はKSBの人
    めちゃめちゃ黒くなってきた。
    毛穴から変な煙が出てる。
7曲目 火の鳥
    もう真っ黒けっけ。
    ただいま絶好調中。唾がよく飛んでる日は調子が良い証拠。
8曲目 グッバイ・マイ・ラヴ
    黒すぎ。
    ふと奥さんの事を考え、股間が膨らむ。
9曲目 愛のメモリー
    身に余る黒。
    股間が膨らみ過ぎてジッパーがジリジリと下がる。
10曲目 愛のメモリー
    ジッパー下がりきり、中からご自慢の内蔵マイクがデロリ。
11曲目 ワンダフル・モーメント
    最前列にいたガキが「ママ、チンポコ出てるよチンポコ。」とささやく。
12曲目 愛のメモリー
    「ママー、やっぱりチンポコだよ。」
13曲目ラスト 愛のメモリー
    「チンポコも黒〜い!」

アンコール1曲目 愛のメモリー
    しげる、うるさいガキの目の前に現れ熱唱。内蔵マイクはギンギン。
    「うー、つー、」でため、「くしい人生を〜限りない歓びをぉ〜!」
    でチンポでガキを往復ビンタ。時々しぼむが、しごいてはまたビンタ。
    先っちょ汁が出てそれが目に入った人の「ウッ!」「ヒッ!」の声が
    たまに聞こえる。
アンコール2曲目 愛のメモリー
    しげる再びステージへ。熱唱につぐ熱唱で服が溶け出し、ネクタイだけに。
    最後は恒例、チンコがニョキニョキと伸び、床につく。そして両足をあげ、
    いわゆる“チン立ちのポーズ”。観客大拍手。足をVの字のようにピーンと
    張り、声「あ〜あ〜ああああぁ〜!!」でチンコを軸にしてコマのように
    ゆっくりと回りだす。割れんばかりの大拍手。スピードを増して回るしげる。
    途中、チンポがグニャグニャになる。観客「ああっ!!」しかし元に戻る。
    (ここがプロとアマの違い)そしてチンコはドリルのようにステージを掘って
    いき、そこで幕が降りる。と同時に地震がおき、天井が崩れ落ち始める。
    「逃げろ!」観客が外に出た所でホテルが全壊。ぼう然とする人々。
    しかし一番先に口を開いたのはさっきしげるにビンタの洗礼を受けたガキ。
    彼は頬を腫らしながら言った。「しげるは…また帰ってくるよね、ママ!」
    ママ「…そうね、貴方が立派に成長したら…ね。」

    完
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2006年10月24日

アナタのそばに

未成年は閲覧不可
http://ns.biggym.co.jp/store/varietygoods/img/var-056-i-03.jpg
http://ns.biggym.co.jp/store/varietygoods/img/var-056-i-02.jpg
http://ns.biggym.co.jp/store/varietygoods/img/var-056-i-01.jpg

勇次さんとおっしゃるそうです。ケツ穴ウズウズと疼きながらあなたに掘ってもらうのを待っているそうです。
http://www.biggym.co.jp/store/varietygoods/item_pages/var-056.htm

長さ14cm, 太さ3.5cmかあ。

オススメ商品欄も見よ。


伊集院健を思い出して調べてみたら或るところの紹介文に「厚い胸板」と書いてあった。胸囲78センチなのだそうだ。ああ、そうなの。ふーん。そう。


 座った高さ100cm
 胸囲78cm
 ウエスト66cm
 ヒップ80cm
→重さ3Kg

人間なみのスペックのなかで3キロというのが悲しい。





今日はここまで。おやすみ、熊さん☆
http://www.biggym.co.jp/store/magazines/img/books_other/cl-2006-02.jpg
萌え萌えですね。

ぐーぐー
http://japanese.joins.com/upload/images/2006/10/20061020184249-1.jpg
posted by ヨシノブ at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月30日

香山リカ氏の仕事ぶり

269 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/11(月) 11:44:15 ID:09zBdPq6
専修大学出版局の『はんらんする身体』と中経文庫の『14歳の心理学』を
読んだんだけど、大変なことになってるよ。
同じ文章を二つの本に収録して発売って、法には触れないの?
『はんらんする身体』収録の香山の論文「若者とパフォーマンス」の、
語尾だけ(〜だ→〜です)変えてあとは殆ど全文同じものが、
『14歳の心理学』に載ってるの。
『14歳の心理学』の4、5章が文末や文の切れ目などの少々のマイナーチェンジ以外
全文同じ内容。
引用、データまで全て同じ!!
買うのはバカバカしいから、本屋で見てみて。
どうしようこれ。出版社に電話してみようかとも思ったんだけど、
誰か見た人いない?


271 名前: 『はんらんする身体』から 投稿日: 2006/09/11(月) 23:26:10 ID:09zBdPq6
◆「若者とパフォーマンス」香山リカ
若者は、変わったのか。
時代を経ても繰り返し論じられるこのテーマであるが、答えは永遠に出ない。
それは、ひとりの人間が自分の目で「若者の変化」を観察できるのはせいぜい数十年であるから、
さらに自分もその間、加齢しているので「定点観測」が不可能であるから、という
大きな制限によるところが大きいのは言うまでもない。
そのことを踏まえてあえて言おう。自分が精神科医となってからのこの十五年ほど
(つまり自分が二十代なかばすぎの“若者”から四十代なかば前の“中年”に至るまで)の
観察の結果、私は「若者は変わった」と思うのである。

272 名前: 『14歳の心理学』から同じく冒頭 投稿日: 2006/09/11(月) 23:46:58 ID:09zBdPq6
◆「第4章 「生きづらさ」ととなりあわせで心を襲う
「若者は変わったか…」この問いは、時代を経ても繰り返し論じられるテーマですが、
答えは永遠に出ないでしょう。
それは、ひとりの人間が自分の目で「若者の変化」を観察できるのはせいぜい数十年であるからでしょう。
さらに、自分もその間、加齢しているので「定点観測」が不可能であるからです。
そういった大きな制限がある以上、「若者の変化」の観察が実質的に不可能ということになります。
そのことを踏まえてあえて申しましょう。
自分が精神科医となってからのこの十五年ほど
(つまり自分が二十代なかばすぎの<若者>から四十代なかば前の<中年>に至るまで)の
観察の結果、私は「若者は変わった」と思うのです。


274 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/12(火) 00:53:36 ID:NXL9+d9k
>271,272
この調子のまま、というかさらに手を抜いた同じ文で「若者とパフォーマンス」全部、
それに『14歳の心理学』第4章、5章が発表されてるんだが、
まあ他人のパクリじゃないからってことで許されるのか?釈然とせんなあ。
出版社は香山のせいで恥かかされたと思わないんだろうか。


287 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/13(水) 22:30:02 ID:RdMxd1vn
>>269
>>271-272
うわ…こりゃすごい。
出版社は知らないのか?回収しなくていいのか?
特に専修大学出版局は母体の大学そのもののイメージにマイナスではないのか。


288 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/14(木) 12:50:34 ID:lr9QIVLY
>>287
すげえ強心臓。本人のHPの新刊ページにまだ紹介されてる。
http://www.caravan.to/kayama/work.html
専大出版局の新刊案内からはちゃんと削除されてるのに。


289 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/15(金) 01:07:27 ID:wtb4AiZY
講談社現代新書・・・編集に携わってる人、一度ここ見たほうが良いな。
しかしねえ・・・あの講談社現代新書があそこまで堕ちるとは・・・。

今日の朝日の香山本の広告(「大反響!」にカヤマさん修正写真付き)見て
しみじみ・・・。


292 名前: 文責・名無しさん [sage] 投稿日: 2006/09/15(金) 13:01:07 ID:agjN036S
>>269>>271-272
出版社を変えるの機に、タイトルおよび加筆修正したものじゃないの?
そうでないなら酷いな。


293 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/15(金) 13:08:00 ID:wtb4AiZY
>>292
どちらもほとんど同時に発売された本です。
加筆修正は、ほとんど「…だ。」を「…です、ます。」だけです。
あとほんのちょっと、>>271-272のようなマイナーチェンジはありますが、
この冒頭より後はほとんどマイナーチェンジさえなし、文末の変更(「だ」→「です」)
だけです。
専修大学出版局のほうは問い合わせがあったのか、HPから
『はんらんする身体』を完全に削除しています。
共著本なのに、他の執筆者はさぞ迷惑でしょう。

香山先生は解離、解離といつも言っているような印象がありますが、
二重掲載は解離でやったんですか?香山先生。ぜひ知りたいんですが。


298 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/16(土) 15:34:15 ID:EGFOr85v
>>269
>>271-272
中経文庫『14歳の心理学』4,5章と、専修大学出版局「若者とパフォーマンス」
(『はんらんする身体』収録)、アマ●ンではまだバッチリ買えるんだな。
話題づくりでかえって売れてて、香山ウハウハだったりしてな。
しかし専修大出版局は早速サイトから『はんらんする身体』削除してて誠実だな。
中経は対応無しで、どういう質の本出す出版社か、あくどさがバレバレだぞ。
それにしても、同一内容の文章を別の出版社から出る本に同時に(=二重)掲載って
犯罪だと思ってたが違うのか。
語尾の「です・ます」「だ・である」が違うだけで、犯罪にはならないとか?
>>293がカキコしてるように、俺もぜひ中塚に聞きたいんだが、
二重掲載は「解離」のなせるワザか?「解離」ってこういうことしちゃうことだろ?


299 名前: 文責・名無しさん [sage] 投稿日: 2006/09/16(土) 17:28:26 ID:JHCPJTue
雑誌に書いたのを複数の出版物に収録すること自体は、割とあるでしょ。
その際、改題したりすることもままある。初出と原題は記載すると思うけど。

>語尾の「です・ます」「だ・である」が違うだけで、犯罪にはならないとか?
これはすごく良くない気がする。。


中島らもが同じ内容の話を二回連続、それぞれちゃんと書いたつもりで
出版社に送った話を思い出した。載ったんだっけ?


300 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/16(土) 19:53:15 ID:EGFOr85v
>>299
>雑誌に書いたのを複数の出版物に収録すること自体は、割とあるでしょ。

どちらもそれぞれ別出版社からの“書きおろし”新刊単行本。
なので、それとは全く異質なこと。

中島らものことは知らない。



301 名前: 文責・名無しさん [sage] 投稿日: 2006/09/16(土) 22:19:27 ID:64J/iGZL
まぁ香山は他人の話を剽窃してちょっとひねってるだけだからネタ切れになるし
話題がダブるのは大目に見てやれ。


302 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/17(日) 05:30:39 ID:dIL0aLMJ
>301
話題がダブるのは、そこら中に書き散らしてる人にはよくあることだ。
でも、文章自体は変えるものだよ。

今回の二重掲載は書き下ろしで、しかも同文を他社本に掲載という記載すらない。
もちろん記載すれば許されるという範囲のものではないが。
数年のタイムラグがあって、一行二行のダブりなら、「あらボケてましたぁ、ごめんねぇ〜」で済むかもしれないが
「105ページ分」というのは酷すぎるだろう。
前代未聞だね。版元は即刻謝罪。回収&絶版にするべきだろう。

出版社、編集者は意識低すぎ。
なによりも、語尾だけを変えて平気で「書き下ろし」たのは本人だろ。
恥という言葉を知らないのかね。
盗用・剽窃・ごまかしの女王中塚に恥だの良心だの期待する方がバカか。
しかし編集者には最低限の誠意は持って欲しいと思うのだが。

303 名前: 文責・名無しさん [sage] 投稿日: 2006/09/17(日) 05:40:25 ID:WDlMF4sB
さすがにそれで追求は苦しいだろw モラル的にどうかというだけ。
この板的にはモラルなんてない女であるというのは常識だろうし。


304 名前: 文責・名無しさん [sage] 投稿日: 2006/09/18(月) 00:40:06 ID:tk+8FRwt
>>303

「書き下ろし」と言ったんじゃなんぼなんでもまずいと思うよ。l
・・・・・・「こき下ろし」もの w


305 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/18(月) 01:19:09 ID:xpoezTqp
『14歳の心理学』中経文庫は、新聞広告に
「香山リカ 渾身の書き下ろし!!」とブチ上げました(爆笑)
「ちょっと前に書いた物をもう一回下ろしました」って意味かよwww
↓の>>272専修大学出版局『はんらんする身体』のほうが2ヶ月早く出てるじゃないか!
>>269
>>271-272


306 名前: 『14歳』また二重掲載 投稿日: 2006/09/19(火) 04:01:28 ID:AyynmoZM
『14歳の心理学』に、また新たに50ページ分の二重掲載を発見しました。
自分も以前から香山リカには許せないという思いを持っていたので、
『14歳の心理学』と、書店でパラ見して非常にあやしい本があったのでその本とを
買ってみました。
結論から言うと、“書き下ろし(帯にも明記)”『14歳の心理学』(香山リカ著/中経文庫)の
二重掲載は第4章、第5章だけではありません。
今確認した時点で、『14歳の心理学』第2章(P36)から、第3章(P867行目)までが、
ちくまプリマー新書『<いい子>じゃなきゃいけないの?』(香山リカ著/筑摩書房)の
第2章(P33)から第3章(P72)までと98パーセント、同文です。
今回は語尾の「ですます」も全てそのままです。マイナーチェンジも何ヶ所かありますが、
両方の本を同時に読んでも気づかず読み進めてしまう程度の変更です。
また、ちくまでは「ミナヨ」だった症例が、中経では「トモコ」となっています。

『14歳の心理学』は、間違いなく、すでに発表したものの切り貼り本ですね。
今わかっているだけで、香山リカこと中塚尚子は、
専修大学出版局、筑摩書房に書き下ろしたものからの引用を、
中経文庫から「渾身の書き下ろし」として出版したことになります。
マナー的に大変失礼ですが、事の大きさを考え、心理学板の香山スレにも
この文を書き込ませていただきます。


307 名前: 文責・名無しさん [sage] 投稿日: 2006/09/19(火) 04:37:04 ID:zRQjLdI3
>>306
うーん、そこまで一緒だとな……。まあ俺も香山は大嫌いなんで
追求は応援するよ。

つまり、まあ、「他の出版社で『渾身の書き下ろし』したものだ」
と言い逃れられてしまう可能性はあるがw


308 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/19(火) 06:54:48 ID:AyynmoZM
どこもかしこも同じなのでとりあえず今回の二重掲載の冒頭部分を。

・『14歳の心理学』(香山リカ/中経文庫)P36

「オザキ ユタカ」という名前はどこかで聞いたことはあっても、
その人がどんな人かは知らない。あるいは、「オザキ ユタカ」がミュージシャンと
言うことは知っているけれど、彼の顔を見たこともなければ、
その曲を聴いたこともない。
10代、20代であれば、いまやそんな人のほうが多いと思います。
シンガーソングライターの尾崎豊さんが26歳の若さで急死したのは、1992年、
いまからもう14年も前のことなのですから、それもあたりまえかもしれません。


・『<いい子>じゃなきゃいけないの?』(香山リカ/ちくまプリマー新書)P33

「尾崎豊」という名前はどこかで聞いたことはあっても、
その人がどんな人かは知らない。あるいは、「尾崎豊」がシンガーソングライターと
いうことは知っているけれど、彼が実際に歌う姿を見たこともなければ、
その曲を聴いたこともない。
十代、二十代であれば、いまやそんな人のほうが多いと思います。
尾崎豊さんが二十六歳の若さで急死したのは1992年、
今からもう13年も前のことなのですから、それもあたりまえかもしれません。


・・・全てこの調子で、違う部分を見つけるほうが難しいのです。



310 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/20(水) 00:43:40 ID:7RqXKjFg
>>306
>>308
こういうことをする人が、医師であり、書き手・・・。
連載もたくさん抱え、中塚尚子の本名で診療や専門の論文もたまに書く・・・。
これはもう、法の出番じゃね?
一応その前に中塚に聞くが、出版前に専修大学出版局と、筑摩と、中経に、
ちゃんと了承はとったのか?


316 名前: 『14歳』使い回し3つめ 投稿日: 2006/09/21(木) 18:10:28 ID:leeje9ag
香山の『14歳の心理学』で、使い回しがやはりまた見つかりました。
これで3箇所め。
皆さんお察しのとおり、『14歳の心理学』の、漫画『NANA』を語っている部分、
やはり使い回しでした。
今回も、2ヶ所めの使い回し『<いい子>じゃなきゃいけないの?』と同様、
「です、ます」調の文末から何から、ほとんど同じ文章で、はっきり言って
見分けがつきません。
他に検証してる方、私が見落としている部分があったら補完をお願いします。

今わかった分は、
>中経文庫 香山リカ著『14歳の心理学』・P226〜P234の6行目
         ・P89〜P109
>集英社『NANA恋愛勝利学』・P8〜36

今回もあまりにも「そのまんま」なため、探すのが難しい有様です。
だから、上以外にも探せばまだまだあると思いますよ。

これも、マナー違反になってしまいますが、心理学板にもコピペさせて下さい。



317 名前: 『14歳』使い回し部分 投稿日: 2006/09/21(木) 19:06:39 ID:leeje9ag
二重掲載部分冒頭から。

>『14歳の心理学』(中経文庫 香山リカ)P89

私と同じように、「私の高校生活って、結局、恋にはじまり恋に終った、と
いえるんじゃないかな」と思う人は、けっこう多いのではないでしょうか。
恋に振り回される生活を送っていると、その恋がうまくいっているときは
人生そのものが快調に感じられるのですが、いったん恋の歯車が狂いはじめると
たいへん。なにしろ恋が生活の中心にどっかと座り込んでいるものだから、
それなしに自分のやりたいことや会いたい人を考えたり、決めたりすることが
できなくなってしまいます。

>『NANA恋愛勝利学』(集英社 香山リカ)

上に全文まったく同じ。

今回は香山リカさんもちょっと工夫していて、『14歳の心理学』では
『NANA恋愛勝利学』からの丸写しが2箇所に分散されている部分があります。

>『14歳の心理学』P8〜P12
>『NANA恋愛勝利学』P226〜P234

他の箇所は例によって同じ文をドーンと二重発表・・・。
『14歳の心理学』には、“本当の”書き下ろしのページって何ページくらい
あるんでしょうね。
そして、香山さんは専修大学出版局、筑摩書房、集英社の三社に、
限りなく同文に近いものを二重発表していることをちゃんと断っているのでしょうか。
勇気のある人、香山さんにメールしてみませんか?



318 名前: 317 投稿日: 2006/09/21(木) 20:26:23 ID:leeje9ag
>>317
ページ数の記載を忘れました。すみません、
『NANA恋愛勝利学』の13P7行目からです。


319 名前: 文責・名無しさん 投稿日: 2006/09/22(金) 01:14:57 ID:zHowTK9U
中経出版は畑違いで何も知らなかったんだろうな。
そして、何も知らない出版社相手にとった、今回の香山の態度の下劣さ。
それによって、中経出版ではなく香山リカこと中塚尚子の本性が
くっきりと浮き彫りになった。
出版業界にすっかりスレて、媚や、逆に見下し、恫喝でのさばってきたツケが
周ってくる時期にさしかかってしまったな、中塚。
松岡○剛にはまだ頼れるのか?新○一成やきた○まおさむはまだ助けてくれるか?
このスレ丸ごと、彼らに見てもらいたいな。





【プチ】 香山リカ 【ドクター】
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/mass/1151313899/l50
posted by ヨシノブ at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月26日

安易で軽薄な善意

骨髄ドナー、辞退相次ぐ 「適合」後に負担痛感

 骨髄バンクが91年に発足して以来の悲願、「ドナー登録30万人」が近々達成されそうなのに、移植が思うように進まず、待機患者も増え続ける事態が起きている。白血病を題材にした小説や映画の大ヒットなどでドナー登録は急増しているが、移植可能な患者が見つかっても、「仕事があって行けない」などと断るケースが多いのが大きな理由だ。骨髄移植推進財団は「30万人」の見直しも含めて検討を始める。

 骨髄移植は白血病や悪性リンパ腫などの治療手段。ドナーの白血球の型や遺伝子を調べ、移植が可能な患者が見つかれば同財団などが仲介する。「30万人が登録すれば、患者の9割以上にドナーが見つかる」と、登録を呼びかけてきた。

 サッカー元日本代表の井原正巳さんや、急性骨髄性白血病で亡くなった歌手の本田美奈子さんを起用したCMやポスターが反響を呼んだ。「世界の中心で、愛をさけぶ」「半落ち」など、白血病や骨髄移植を扱った小説や映画が話題になったことでも関心が高まった。

 また、昨年から登録年齢を20〜50歳から18〜54歳に広げたほか、ドナー登録時に家族の同意を不要にするなど手続きを簡略化した。04年度までは年間の新規登録は1万1000〜2万6000人で推移してきたが、昨年度は4万5000人超。今年8月末の累計は25万7104人になり、来年度の目標達成は確実だ。

 一方、財団などの仲介で移植を受けた患者は、今年8月までに7650人に上る。しかし、新たな患者も登録され続けており、現在、移植を待っている患者は3000人を超えてこれまでで最大規模だ。制度が浸透した面もあるが、右肩上がりが続いている。

 財団によると、05年度に「適合通知」を受け、移植に前向きな姿勢を示したドナーでも半数が断念した。健康以外の理由が6割を占め、「家族の同意が得られない」「仕事などで都合がつかない」などが多く、不安になって登録を取りやめる人、連絡がつかない人も目立ち、移植をしたのは約900人だった。患者全体から見ると、移植を受けられたのは36%にとどまっている。

 財団は「善意で協力してくれるのだが、最近は軽い気持ちからドナー登録する人が増え、本当に提供する意思があるのか読み切れない。30万人を超えても安心できない」と困惑している。

 提供を断る人が多い背景には、登録時の血液検査の方法が変更された事情もある。これまでは白血球の型で分類していたが、昨年3月から遺伝子まで見る精度の高い検査方法に変えた。財団は新しい検査で登録した人を優先的に提供リストの上位にすえているため、同じ人が何度もリストアップされるなどのケースが出ている。

 NPO法人「全国骨髄バンク推進連絡協議会」(東京都新宿区)には、ドナー側から「一度断ったのに、何で私ばかりに何回も来るのか」、患者側から「適合するドナーが20人いたのに断られた」など戸惑いの声が寄せられている。 30万人の目標などについて、財団は10月に有識者の検討会議を設置。来年1月をめどにドナー登録のあり方を抜本的に見直す方針だ。財団の正岡徹理事長は「目標登録数を増やすことと、ドナーの質を上げていくことを総合的に考えたい」と話している。


http://www.asahi.com/life/update/0922/008.html


財団に対して、ざまあみろ、という気持ちです。
あなたの「善意のみ」で夏目雅子や本田美奈子が助かるような広告を打つような真似をしていれば、こうなるって。
入り口の広告の段階からそれに要する 負担 をしっかり説明すべき。
私はこういうのを「安易で軽薄な善意」と命名する。
それを勧めるほうも、つられて乗っかってしまうほうも、馬鹿である。(ちゃんと考えた上で乗った人は別)

ドナー登録の件については、ただ考える力が弱いってだけで比較的可愛いもの(*)だけど、「安易で軽薄な善意」を当て込んだ金儲けもある。
一時期よく報道されていた募金詐欺。私は募金をしない主義なので引っかかりはしなかったが、こんな詐欺もあるのかと驚いたものである。最近報道されないのはマスコミの熱が引いたのか、詐欺がおとなしくなったのか。

まだマスコミは食いついてない(食いつけない?)けれど、「安易で軽薄な善意」を当て込んだ或る悪質詐欺がネットで注目を集めている。
通称『死ぬ死ぬ詐欺』。
実の親が何の罪もない子供の命を盾に`善意`を募ってますから、非道いもんです。





(*)
って書いたんだけどドナー待ってる患者・対応する職員は大迷惑だから可愛くねえな。
それにちょっと調べてみたら骨髄移植関係の団体もずいぶん怪しげで可愛くない……。




話はずれるが、ビートたけしの詩で、『「優しさ」ってのは最後まで面度をみる我慢づよさのことなんだ』というような意味の言葉が出てくるんですよ。原文はかなり違うかもしれないけど、大意はこんなところだったと思う。
出典は「愛でもくらえ」だったか「僕は馬鹿になった。」だったか。憶えてないし確認も出来ない。
これ読んだ当時、既に私も同じような事を考えていたので強く印象に残っている。
善意もそれと同じなんじゃねーかな。
たけしは恥ずかしくていい詩を書きますよ。
恥ずかしくてまだ誰にも言ったことないけど、たけしの歌も結構好き。そんなに知らないんだけどさ。
「浅草キッド」(作詞作曲:ビートたけし)は名曲ですよ。
下手な歌なんだけど、それがまたいい。


  お前と会った 仲見世の煮込みしかない くじら屋で
  夢を語ったチューハイの泡にはじけた 約束は
  灯の消えた 浅草のコタツ1つのアパートで

  同じ背広を 初めて買って同じ形の ちょうたい作り
  同じ靴まで 買う金は無く いつも 笑いのネタにした
  いつかうれると 信じてた 客が2人の 演芸場で

  夢をたくした100円を 投げて真面目に 拝んでる
  顔にうかんだ おさなごの むくな心に またほれて

  1人たずねた アパートで グラスかたむけ なつかしむ
  そんな時代も あったねと 笑う背中が ゆれている
  夢はすてたと 言わないで 他にあてなき 2人なのに
  夢はすてたと 言わないで 他に道なき 2人なのに




 
posted by ヨシノブ at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

敗北宣言。乙武さんは立派です。

はじめに

前回の乙武の本が売れたのは顔がいいからだ。(ホーキング青山談)の追記のつもりで書き始めたが長くなったので別個に書き込みます。
最初は批判するつもりで書き始めたのですが、乙武さんをなかり見くびっていたことに気づき、今では反省しています。






前回指摘した事が何で私には不愉快だったのかというのを少し冷静になって考えてみる。
殉教者が正義を説いているような高潔さに問題があると思う。
「どんな命でも尊いはずだ」なんて、一般的モラルでは自明の理をわざわざ言う。

立派なことを言うには、その発言者にもそれだけの「格」が求められる。
乙武氏は、皇室という、非常に批判しやすい分野にこれを言った。

朝青龍には何で言わないんだ!
そりゃあ、本人目の前にしていえないわな。
そんなこと言ったら瞬時に左腕が飛んでくる。(冗談です。横綱はそんなことしません。)

言いたいことを飲み込んで仕事をしなきゃいけない時だってあるさ。
それは、カッコワルイことではあるけれど、誰にだってある。
仕事相手に、機嫌を損ねるようなことは、言えない。
だから乙武氏は言わなかった。
それでいて言い易いところには臆面もなく優等生みたいなことを言う。
そこに、えらそうなこと言ってるけど恣意的な正義を振り回して皇室批判したいだけじゃねーか、というような気持ちになった。



面白い話を読んだことがある。
辛淑玉氏と上野千鶴子氏の会話である。


辛 「私はずっと不思議に思ってることがあって、右翼の子どもはちゃんと右翼になるじゃないですか。それなのに左翼の子どもの少なからぬ数が見事に「右翼」になるでしょう。あれはなぜだろう。」

上 「あたりまえだと思う。左翼はタテマエの思想、右翼はホンネの思想だから。外国人と仲良くしましょうってタテマエの思想、嫌いだから出てけっていうのがホンネの思想なのよ。タテマエは、非の打ちどころのない、後ろめたいところのない人が言わないと、タテマエはタテマエにならない。
ところが、大概の人は、非の打ちどころがいっぱいあってタテマエを言っている。それをいちばん鋭く見抜くのは子どもでしょう。


『ケンカの作法』角川oneテーマ21


これは月刊誌WLLの日垣隆氏の連載に引用されていたもの。日垣氏は「なるほど。筋金入りの左翼が言うのだから間違いないでしょう。」と結んでいる。

私が反感を覚えた構図にそっくりである。
非の打ちどころのないことを言う乙武氏自身の非を「鋭く見抜」いた私(慧眼の持ち主)はその「タテマエ」の嘘に反感を抱き「右翼」になってしまったのである。もし、乙武氏が「まあ、朝青龍のときも思ったんだけどさ、こっちも仕事だしドルジ怒らすと怖いし、言えなかったよ、ガハハ」と自分の非を認めるようなことを言っていれば、こっちも「しょうがねえやつだな、アハハ」ですんだかもしれない。
「左翼」に足りないもののひとつは、こういういい加減さだ。

自分に何も非がないようなカッコイイ言動は、大概の場合ひどく矛盾する。
だから、自分のカッコワルイ部分を認めた上で、えらそうなことを言うのがよいのではないかと思う。
私はそういうところを意図したうえで、うんこを漏らしただのオナニーをしただの平均的な仮性包茎よりもチンポの皮が余っていることへの言い知れぬ劣等感を抱いているだのを遭えて書いているという部分がある。その目的がどの程度果たされているかわからないが。もっとも、くだらないことを書く第一義の理由は保身よりもただ「書きたいから」なのだけれど。もうふたつくらい下らないことを書く理由があるんだけど、それはまたの機に譲る。
昔はAVの女優が男の乳首を舐めるシーンに何も思わなかったけど、最近それをエロいなと思うようになりました。
えらそうな自説が続いたのでくだらないことを書いてみました。書かなくていいことだとわかっているのに、何で私はこんなことが書きたいんだろう。でもいいんだよ、乳首舐め。あと、AVでは珍しくないことなんですけど、男が女のアナルを舐めるのはやっぱ一般的にはNGですか? 多くの場合、徐々に説得していけば可能になることなのか、ほぼ絶対的に受け入れられないことなのか。知りたいです。いきなり舐めるのが駄目というのは何となくわかっています。乙武のことなんて関係ねーよ。本当に知りたい。



乳首もアナルも置いといて、少し冷静になって考えてみる。
あ、その前にもうひとつ。男の乳首の周りに生える毛は処理したほうがいいですか?
ああ、何書こうとしていたかすっかり忘れてしまった。何考えていたんだっけ。

改めて一連の乙武氏の発言とコメントを読んでみた。
すると、面白いことに気づいた。
乙武擁護派には天皇制を批判する人が多々見られる。ところが、乙武氏自身は、天皇制を少しも批判していないのである。言葉足らずの行間に乙武氏のスタンスを反天皇と読む事は出来る。出来ると言うより、そういうスタンスがあっての文章だと自然に読める。だが、確かな言質がないのである。言質がないから、反天皇と決定付ける要素がない。それどころか、乙武氏がはっきり明言したのは「どんな命でも尊いはずだ」という自明の理だけ。これだけ燃えているのに、元の発言たるや実はほぼ何も言っていないに等しい内容である。
私自身は多分乙武氏は現状の天皇制に批判的であろうと推察する。天皇制そのものにか、女系を認めない継承権にかはわからない。

彼ほどの有名人、それも前向きで明るい好青年という人畜無害キャラクターで、イデオロギーに踏み込んだ発言をしていなかった人間が天皇批判を明言すれば、大きな支持も受けようが、大きな不支持をも受ける事は明白である。今後何をするにもそのスタンスによる評価が付いて回ると考えていい。そういう立場になるのは支持層も評価も偏ってしまい、実利的には不利である。そこでわざと
稚拙な「言葉足らず」の文章を書いて尻尾を掴ませまいとしつつ己が意を示しているのだ。

彼の支持者の多くは彼の思惑通り、勝手に皇室批判を繰り広げている。乙武氏は一言も批判していない。無論、批判しろとも言ってない。
支持者が自主的に批判を展開している。乙武氏は何もしていない。天皇の是非を巡ってコメントは荒れる。天皇是非論には参加していないから、乙武氏は己の稚拙さで「誤解」を招いた事を謝るだけで済み、天皇制へのスタンスを表明しなくてもいい。先にも書いたが、乙武氏はほぼ何も言っていない。何か透けて見えるような演出をするに徹している。その演出が一番露骨(下手)なのは一切自分の言葉を挟まない友人のメール紹介。これではどの部分に何を言われようと、そういう意図ではないとか、言葉が足りなかったとか、何とでも言い訳出来る。
それでも、乙武氏を同志とみた人々からは支持を厚くできるし、乙武氏を反天皇論者と見る人々には「どこにそんな言質ある」と白を切って決定打を叩かせない。反天皇論者は勝手に乙武批判者≒天皇支持者を叩く。コメント欄は踊っている。

ぬらりひょんとした文章とはこういうものを言うのか! と私は軽い感動を覚えた。そりゃあ、何冊か本書いてる早稲田卒のジャーナリストだもの、ここまで言葉足らずの稚拙な文章なんて意図的にしか書けないよなあ。一本取られた。
山本夏彦のいういかさまの才である。私はかなり舐めてた。完敗である。
一度は幻滅したが、乙武氏はやっぱり「立派」な人であった。今ではあの笑顔が恐い。




その他の事。

コメント欄に「同じようなコメントばっかりです。同じ事を書くのは、自制を。」というような書き込みがあった。(乙武氏のものではない)
たしかに、違う人による同じ内容の書き込み(コピーしたものではない)が幾つも幾つもある。でも、それをブログ主催者から「重複する内容の書き込みはご遠慮ください」と規制する事は出来ない。それを言えば、「あなたの書いているブログは世論の何処にもないような独創的なものなのか。他所に同じような言論があったぞ。あなたが書く余地はない」と己が首を絞める事になる。
読者の良識が頼みである。


前回、コメントが付くのがこわいと書いたが、実はリピーターが増えるのもこわい。とある記事が検索にかかりやすくなったため、訪問者が倍に増え、少しだけリピーターになる人が出ている。リピーターは視聴率と同じで、見ているというだけの数字であり人であり、内容に関して支持不支持は関係ない。このブログのリピーターの七割は反感を抱きながら、また、嘲笑のために読んでいると思っている。なんて恐ろしい奴等だ。
だから、訪問者が増えているのもこわい。(訪問者数はカウンターの管理サイトで確認している)
批判コメントが付いているかもしれないし、恐ろしきリピーターも増えるかもしれないから。


日垣隆氏の名を出したついでに氏で検索してみると、氏による公式サイトがあった。
有料によるメールマガジンを発行しており、ケチの私には内容を読むことはできないが、目次だけは読ませてもらえる。
目次だけでもかなり面白い。鰻屋の前で白飯食ってる気分だ。
最新号にはこんな目次にはこんな見出しがあった。

□今週の極上発言
   ◆林真理子さんを指して曰く、
   「こんな美人、見たことない」byケニア一等書記官

http://www.gfighter.com/

蛇口をひねれば水が出る。スイッチ押せば灯りがともる。
それが当たり前の生活になってしまった私たちの脊椎を粉砕する一言。
絶世の美女は林真理子だったのである。
ケニア一等書記官殿には、くれぐれも、グーグルで「林真理子 ヌード」などとは検索してもらいたくない。
そこに「Super熟女アイドルヌード」の「林真理子」という項目を見つけた日には、彼はこれから先一生仕事が手につかなくなってしまうだろう。
美しきは罪である。
posted by ヨシノブ at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

乙武の本が売れたのは顔がいいからだ。(ホーキング青山談)

乙武氏のブログが炎上。
火種となったのはこれ。(一部の空白行を削り、レイアウトを変えてあります。)


2006.09.07  紀子さま出産

世間は昨日から「めでたい、めでたい」と騒いでるけど……

ひとつの命が誕生したことがめでたいの?

それとも誕生した命が「男児だったから」めでたいの?

どちらにしても。

これで、また大事な議論は先送りにされてしまうんだろうなあ…。


http://sports.cocolog-nifty.com/ototake/2006/09/post_f549.html


これでは出産にケチをつけているように読まれても仕方ない。
議論は多分皇室典範のことだろうけど、性急に結論を出さずとも何も不都合はないと思うのだけれど。
賛意を示す声もあるものの批判の声多く、乙武氏からお詫びの言葉が出されるが、これが非常に可燃性の高いものだった。


2006.09.07  深くお詫びします

2ちゃんねるを中心に、たいへんな反響を呼んでしまっているようです。
お騒がせして、たいへん申し訳ありません。

言葉足らずの文章を書いたために、多くの方の誤解と憤りを招いてしまったことを、深くお詫びするとともに、弁明させていただければと思います。

まず、今回、親王のご誕生を「めでたくない」と考えているように受け取られる文章を書いてしまったことを、深く、深く、反省しています。

むしろ、僕は親王のご誕生を「おめでたいこと」「よろこばしいこと」だと思っています。それは、性別の如何を問わず、ひとつの命が誕生したことを「よろこばしい」と思っているのです。

ところが、ご誕生を受けてのマスコミ報道や世論には、少なからず「男の子でよかった」という風潮が感じられました。そのことに、僕は抵抗を感じてしまったのです。

男であろうが、女であろうが、皇室であろうが、民間人であろうが、命の重さは等しく、尊ばれるもの。そう思っていた僕には、内親王がご誕生した時よりもはるかに舞い上がった今回の慶事ムードに違和感を覚えてしまったのです。


どんな命でも尊