死にゆく妻との旅路 清水久典 新潮文庫
縫製工場を営んでいた著者は、安価な外国製品の台頭と長引く不況、そして自身の甘さから、周囲に多大な
借金と迷惑を作り、自己
破産寸前に追い込まれる。妻を実家に置いて一ヶ月の間金策に走り回るが、失敗に終わる。家に戻った著者は、妻の顔色が悪いことに気づく。大腸癌であった。摘出
手術は成功するが、医者は再発の可能性があるという。早ければ、三ヶ月で。
夫婦は仕事を求めて車泊の旅に出る。養生しなければならない体であったが、妻は夫と離れ離れになるのを拒んだ。夫はせめて妻にはなるべく名所や風景をみせようとしている。これが五十と四十の夫婦ふたりが過ごす最後の時間となった。
新潮45に発表された手記に加筆してまとめたもの。
もしこれが創作であったらなば、すっきりとした気持ちで泣ける物語に仕上がっていただろう。しかし、ここにある夫婦は実在し、夫はこれを手記にした。創作ならば、綺麗に美しく力強く描かれたであろう
夫婦愛は、ここにはない。
ここに描かれた夫の愛情は、垢じみた、どこか頼りないものだ。夫は、あまり良き夫ではない。もともと愛情を抱いて娶ったわけでもなく、婚前にデートをしたこともない。夫婦としても工場
経営者としても、妻と会話することはあまりなかった。妻の
浮気を疑ったこともあるが、それならそれでいいと思った。夫婦とはそんなものだと思っていた。自分は浮気をしたことがあった。
負の面を並べたが、読めば夫が決して悪人ではないことを読者は承知する。ここが創作にはあまりない感触であって、劇的な負の要素がなくて、もどかしい。夫の回想に私は、もっと妻の傍に居てやればよかったのにと思うも、手記の現在では、夫は妻を心底労わり傍に居ようとしているのを知っている。夫が悪人ならば、憎めたかもしれない。妻を気遣う姿に、カタルシスを感じたかもしれない。しかし、良し悪しの振り幅が夫が悪人であった場合のそれよりも小さいので、夫を憎みきれず、かといって妻を寂しがらせたことを見過ごすこともできない。それがもどかしい。
妻の自由意志はあまり示されない。
スカートを一着求めたくらいで、あとは娘への連絡を数度と
アイスクリームを欲しがったくらいか。この旅路に胸中何を抱いているか、よくわからない。ただ、夫と離れたくないことだけは強く主張する。稚気さえ感じさせる。それは文字通り命懸けの願いであった。
旅は数ヶ月後、妻の体調の低下にしたがって、終盤へと向かう。癌はきっと再発しているのだ。妻は疲れやすくなり、徐々に食欲が衰えはじめた。戻すようになった。やがて歩けなくなった。寝たきりになって痩せ衰え、記憶も曖昧になり、とうとう拙くもT字剃刀で手首を切り自殺を図ろうとする。
私は旅の終盤で落涙した。これは一体何の罰であろう。何度も
病院を口にする夫に、頑なにそれを拒んだ妻の末路。苦しんでも苦しんでも、夫と離れることを拒んだ。夫は昼も夜もなく世話に追われる。手を握り、横に一緒になる。それは夫にとって、出来得る限りの最大限の献身である。しかし、私にはもどかしい。何故、もっと。今しなければ妻はもう。ページ数は尽きようとしているではないか。
ある日ふと傍を離れた隙に、唐突に妻は死んでいた。夫はここでようやく妻を抱き寄せた。ああ、どうしてそれを早くしなかったのだ。私がもどかしかったのはそれだ。世話や世間話だけではなく、妻への愛情と感謝を示すもっと直接的な言動が欲しかったのだ。こんなにも愛してくれた女に報いようとしたら、もうこれしかないではないか。生きているうちに、これを。
夫の愛情にどこか頼りないものを感じたのは、夫がどのように愛情を発露させればよかったのか知らなかった、もしくは、もっとこうすればよかったのにという私の願望、あるいは両方からの印象である。もっと妻と向き合えたなら。責めているのではない。こういう手遅れはよくあることで、夫は夫なりにすべてをやり、妻はその夫とともにいることを選んだのだ。この夫婦の末路にもっと幸せな一節が欲しかった私の無いものねだりだ。私だって後悔のない夫婦にはなれないだろう。
夫は
不器用なやり方で何とか妻を労わろうとした。技術がない。だからこそ、見栄えしない剥き出しの血肉だ。美麗な文章の飾りもない手記の、物語としては拙い、哀しい実話だ。
娘との絡みや妻の死後のことも書かれているが、的を絞って感想を書いた。娘からの手紙も重要な存在だという理屈はわかるが、自分で家族を築いたことのない私にはまだ実感が遠すぎる。
そして実のところ、私には借金まみれになろうが妻が癌で死のうが、本当はどうでもいいのだ。まったくの他人事で、関係ない。私は社会と、他人と、堂々と関わっていくことが出来ない人間だから、私と関連することのない一個人の動向なんて意味がないのだ。あったとしても優先順位の低いことで、妻に向き合えなんて云う前に、私はもっと自分の身の振り方について向き合わなければならない。見知らぬ夫婦の話なんかで心を動かすにはまだ早い。そこはまだまだ遠くて無関係な世界なのだから。ここを自覚しなくては、自分が生きていくことに何か勘違いしてしまう。私が落涙したのは、私には無縁の人間的な営みへの憧れなんだろうなあ。
posted by ヨシノブ at 02:39|
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