2014年07月03日

14/07/02

寝息が深くなると咽喉の腫れのせいで寝息が濁音となり、それの音が響いて熟睡することができない。
何度も不快に目を覚ます。
身体的な苦しさに、生活への不安が誘発される。



 空飛ぶ おソバボーイ JYOUKEN

寺で精進料理の修行を積むうちに、笊蕎麦の魅力に取りつかれた坊主・譲顕(JYOUKEN)。肝心の僧侶としての修業をほったらかしにして、今日も今日とて蕎麦を打つ。
JYOUKENの打った蕎麦は大僧正様のお気に入りなので、和尚はJYOUKENの蕎麦三昧を叱ることができず、苦い顔で見て見ぬふり。読経もせず座禅も組まないJYOUKENだったが、ちゃっかり空を飛ぶ法力(HOURIKI)を身に付けてしまうので始末が悪い。
寺の外へ文字通り飛び出たJYOUKENは、オムソバボーイHIROSI、ソバガキガールTOMIKOらと出会い、ますます仏道を疎かにしてゆく。



そんな苦しみのなか、頭に浮かんだのがこれだ。
口内炎も出来ている。
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2014年07月01日

14/06/30


転寝して風邪を引くような季節ではないと思っていたら、そうでもなかった。窓を開けたまま寝てしまい、咽喉をやられる。つらい。
起床後に咳込むと血の味がする。
37度6分


いきなり私の部屋のドアをガチャガチャされる。誰か部屋を間違って開けようとしているのだろう。
鍵を突っ込んで回しているのが音でわかる。
私も昔、階を間違ってドアをガチャガチャやってしまったことがあるのでおあいこだ。相手が間違いに気付くのを黙って待つ。

ところが、3分くらい経ってもガチャガチャやっている。
私の部屋のドアノブ近くにはやや特徴的な形の傷がついているので、ドアが開かないことと合わせて間違いにはすぐ気が付きそうなものなのに。
もしかして、私の部屋のドアを開けるのが目的なのか?
気付かれないようにドアスコープから覗こうと、ゆっくりゆっくりドアへ歩いているうちに、相手は帰った。

少し時間を置いて外へ出た。雨が降っているので、外階段に向かう廊下にはさっきの相手の足跡が残っている。他の階を見て回ったが、それらしい足跡はなかった。私の部屋をガチャガチャするだけで帰って行ったのだ。

あれは昔、階を間違ってドアをガチャガチャやってしまった私だったのかなあと思わぬでもない。
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2014年06月25日

14/06/24

転寝することが多くなり、ゴミ出しの日を2連続ですっぽかすなど生活に実害もある。
何とかその3度目を阻止したが、その後でまた寝てしまう。まだしばらく起きていたかったのに。寝ても4時間程で目が覚めて、また後で仮眠しなければならない。だから、就寝時間の前に運動をして疲れてから眠れば6時間程いけるのではないかと思ったのだよ、昨夜は。
そしたら運動する前に転寝しちゃって、4時間経った。

おまけに、空腹状態で寝たせいで、回転寿司状に流れてくるお菓子を食べるという、大人としてとても屈辱的な夢をみた。しかも、あまり食べては身体によくないと思って控え目に食べていた。大人だから。生活習慣病が気になる年頃だから。
あーあ、思い切り食べとけばよかったんだよ。
みんなもベルトコンベアーでお菓子が流れてきたら好きなだけ食べよう。ヘルシーだぞ。
ラベル:
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2014年06月23日

14/06/22

国宝展で平安時代ぐらいに作られた神像の数々を観てきた。その表情はどこか遠くを見ていて、深遠であり何を考えているのかわからない。慈しみでも悲しみでも怒りでも平穏でもない達観。
神だと知って見ているから神らしく見えるが、もし何の情報もなく神という概念もなくこれらの像を見たら、大抵の人は不気味な何者かと見るのではないか。
多分、どこかにこんな表情をするモデルがいたのだろう。それはどんな人物なのだろう。
像が私の考える神仏観に合致するものであったことも興味深い。

神像の雰囲気に既視感のようなものがあり、これは何かと考えてみると、諸星大二郎の描く異界の者たちにある雰囲気であった。咄嗟に「あいつ天才か」と思った。
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2014年06月15日

14/06/12


14/06/12

雨降る中を荷物持って歩くのに疲れ、階段で足を滑らせたり、人前で口開けて寝るなどした。馬鹿なので馬鹿が丸出しになった。
疲れて食欲を無くしていたら、この一日まともに食べていないことを忘れていて、夜中に思い出したので食べたから良かったが、食べなかったら倒れていただろう。マザー2で致命傷を受けてHPが0になるところだったが、ドラム回転中に回復アイテム使ったので助かった感じ。

今になって疲れていたのだなとよくわかるのは、この日フレミングの名前が全く出てこずに、ファラデーやレンツしか思い出せなかったこと。今なら何度でも思いだせる。フレミング。ほらね。中学の時、右手と左手でやったじゃねえか。



14/06/10

或る男の役者が芝居について語っているラジオを聴いていた。10分くらいして番組が終わり、はっとした。
私は布団の中で横になっていただけで、ラジオなんてつけていなかったのだ。
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2014年06月03日

名人で御座い

むかしむかし、伸ばしの名人と名乗る男がやってきて、何でも自在に伸ばすで御座る、などと言いおった。
曰く、あのスカイツリーもかつては15cmくらいしかなかったが、秘術を用いて600m以上も伸ばした。今でも偶にちょくちょく伸ばしてやってるから630mくらいいってんじゃねえの。
男の話を、或る者はつまらん話じゃと鼻で笑った。或る者は信用ならぬと首を振って笑った。或る者は法螺吹きの名人じゃと体を揺すって大笑いした。
男は大いに腹を立て、そいつらの身体の一部を伸ばしてしまった。以来、男を笑い者にしたゾウとキリンとヘビはあんなに長いのである。



むかしむかし、縮めの名人と名乗る男がやってきて、何でも自在に縮めるで御座る、などと言いおった。
曰く、昔はカップラーメンなど湯を入れて30分くらい待たねばらなならかったが、秘術を用いて3分程度に縮めてやった。ものによっては1分くらいでもいけるよ。
男の話を聞いた者たちは誰一人としてその話を信じず、男を「ズームパンチ」「ズームパンチ」などと言って小突いて馬鹿にした。
男は大いに腹を立て、そいつらの身体の一部を縮めてしまった。以来、男を小突いたテナガザルたちの腕は短くなったのである、あれでも。元々はすごく長かった。
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2014年05月30日

人類は残った

高度知的存在集団によって宇宙が管理されているのを地球人は誰も知らない。

高度知的存在が地球人への関心を高めたのは、地球人の宇宙進出が切っ掛けだった。
そろそろ、地球人に地球外まで活動する資格があるか否かを判断しなければならない。地球人にその資格があればこれまで通り監視するにとどめるが、資格が無ければ管理された秩序を乱すものとして抹消する。

分析の結果、地球人にその資格はないと報告がまとまった。地球人の知能は質が低い。宇宙に飛び出る程度の知能は持ちながら、地球人同士で貶し、切り捨て、殺し合う習性を改めることができない。こんな存在を宇宙へ展開させる価値はない。

‡「報告から地球人は抹消すべきと判断する」
◆「反論。報告は疎放であり、我らの基準だけで存亡を論じてはならない。地球人の質が著しく低く見えることに、彼我で重要視する部分が違うことを考慮しなければならない。更に、地球人の個体差を計測し、比較的優秀な一部だけを残すことも可能だ。抹消は拙速である。地球人は地球人なりに高まろうとしており、我々とは違う進路をとる地球人の行く末は観察対象程度には価値が認められる」
○「一理ある。しかし、彼らなりに高めようと重要視するそれは何だ」
◆「心です」
☆「その優劣を計測する方法は如何にする」
◆「彼らの文化史に良き方法を見つけてある」
‡「では、地球人抹消から選別に論を移す」

高度知的存在は地球人に便所掃除をさせた。
高度知的存在は地球人の文化から、便所掃除をすると心が綺麗になることを掴んだ。そこで、掃除の優劣で心の質を計ったのである。
自分が掃除した便所を嘗め回すことができた地球人のみ、生存が許された。
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2014年05月27日

14/05/26


5/22

この1ヶ月以上、4時間程寝ると目が覚めてしまう。
疲れが抜けずにうとうとする。
それでいて、この2日間は殆ど眠れず、2日間が4日間程に感じるくらい疲れた。私の辛さなど取るに足らないものだが、主観は私にあるので私は辛い。
歩いて立ち止まると、頭だけ慣性の法則で前に進んでいるような感覚がある。じっとしていると頭がふらふらする。
気付いたら中島みゆきを口ずさんでいたので、相当なものだ。

 * * * 

「いつもヨシノブさんが死にたい死にたいと言っているので、早く死ねよと思って毒薬つくってきました。飲んでください!」
「それはありがとうでいいのかなあ」
「これを飲むと、ちょっと苦しむと思いますが、3日目には絶対に死にます。これがホントの『絶対絶命』」
「え、せめて楽に死ねる薬じゃないの」
「3日間の我慢ですよ。まあ、遅くとも4日目には死ねます」
「3日目には絶対って言ったばかりじゃん」
「いいから飲め! 死ね!」

 * * *

5/26

風呂上りに脱衣所を出た足が、何か細いものに乗った。
「何だか知らないが、そのまま踏んでもいいや」と「何でも踏みつけるのは行儀が悪い」が2:8で、踏まずに拾い上げてみたら、いつの間にか落としていた眼鏡だったので助かった。
今日は一日こんな感じで危機を回避する。
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2014年05月17日

14/05/16


私の同級生のM君のお父さんにはなくて、お母さんにはあるものって、なーんだ?


将軍さま「夜な夜な屏風から虎が抜け出して困っておる。退治してくれぬか」
加藤清正「はい」


「いつもちんこをいじっていると思ったら、お前のちんこって粘土で出来ていたんだな。
「ああ、性欲じゃなくて創作意欲でいじっているのさ。


七つのドラゴンボールを尻に詰めているときに神龍を呼ぶと危ない



天魔「ほれほれ、スケベな夢じゃスケベな夢じゃ」
大天「らめぇ、阿羅漢なのに、えっちな夢を見せられちゃったら、禁欲生活で溜まりに溜まった濃厚どろどろスペルマオスミルクがびゅくびゅく出ちゃう〜〜〜〜んほおおおおおおおひいぃぃぃ」

大天「と、いうわけでパジャマ洗ってください」
弟子「あんた本当に阿羅漢ですか?」



山田くん 座布団運びはカメラの前だけ!?
収録会場への搬入ではスタッフ任せで座布団を運んでいない疑惑再燃!!


風雲 途中下車の旅


「腹の底から声を出せ」なんて言うけど、腹の底に口と肛門のどっちが近いかを考えたら、口より肛門から声が出るはず。
肛門が黙っている奴は腹の底から声が出ていない。


オッス、オラ悟空……なのかな。最近自分が解らなくなりました。
他の誰でもない自分、本当の自分って何だろう。うーん、摩訶不思議。
だから、自分を探す旅に出ようと思っています。まさに今こそアドベンチャーって気分です。


ケンブリッジフライドポテト


答え:親権
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2014年05月11日

KURUTOGA




文房具コーナーでクルトガを見かける。
ノックしなくても芯が出てくるシャーペンである。発売当初はすごいテクノロジーだと興味があったものの、以来すっかり忘れていた。それを衝動買いする。
材質によって600円から1000円くらい。

三菱鉛筆 クルトガ
http://www.mpuni.co.jp/products/mechanical_pencils/sharp_pen/kurutoga/standard.html


芯を消費する速度より出る速度が遅いから、しばし親指でペンの頭をノックする必要がある。また、ペン先を紙に押し付ける動きを内部へ伝えるために、ペン先が少し沈み込む感覚がある。
上記の事で、当初は使い心地に少し拍子抜けしたが、しばらく使っているとまったく気にならなくなった。(そもそも芯を消費する速度を出てくる速度が上回ったら使い物にならない)
そして、文字の太さが均一になる快適さが残って、現在気に入っている。
通常より複雑な機構をしているはずで、故障が心配。


クルトガと通常のシャーペンによる比較
http://www.adrive.com/public/dUkan3/kurutoga01.JPG
(ストレージってのを初めて使ってみました。クリックで画像がダウンロードされるはずです)
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2014年05月10日

14/05/08


*最近は体調が変で睡眠時間が短く頭がすっきりしない。
統一教会に顔を褒められたのも最近はすっかり忘れていた。死にたい。今日も大失敗した。


*バキの新シリーズが欠伸ばっかりで殆ど欠伸指南の様相を呈しているが、ハンターハンター再開の一報を受けて少し許してやる気になった。
少しだけ。恩赦による減刑です。
ハンタアニメはネテロ永井一郎の配役を見た時から王戦が楽しみだったのだが……。


*クラッシャー・バンバン・ビガロを、いつの間にかクリストファー・バンバン・ビガロだと思っていて、もう少しで恥をかくところだった。


*高菜ラーメンだと思って買ったらラーメン用高菜だった。箱を開けてびっくりよ。
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2014年05月09日

BGM:TechnoSound


飲めと言われて 軽油を飲んだ
産業機械の おいらはいいが
同僚のヒューマンにゃ つらいだろうな
機械でよかった 神様ありがとう
テクノサウンドだよ おいらのおいらの BGMは
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2014年05月03日

14/05/01



私は嘘をついていました。
ブログには、友達と楽しい日々を送っていると書き連ねてありますが、本当は、友達がいません。友達と遊びに行っただの、友達が泊まりに来ただの、すべて嘘です。
私には友達がいません。家の外にも、ネットの中にも。独りで打ち込めるものもなく、独りでいられる安寧も得られず、金もなく、将来への展望もなく、才能もなく、意欲もなく、孤独で、不安で、寂しいのです。

恥ずかしい話ですが、私は寂しさのあまり身を捩って呻くことがあります。
実は、そこまでの寂しさなんてありはしません。ありふれた寂しさなのです。浅瀬です。
しかし、この程度の寂しさが苦しくて苦しくて、死んでしまいたくなり、その情けなさでまた死にたくなります。そして、死ぬるのが怖くて果たせず、このみっともなさに気が滅入るのです。
それでつい、宗田理のぼくらシリーズから盗作した友達エピソードの数々を実話であるかのように書いて、見栄を張ってしまったのでした。中学校に戦車が来た話も嘘です。
鎌倉に親戚もいません。

私は孤独です。本当に孤独な人は他にいると知っているし、自分にはいつか友達が出来るのではないかと期待しているからです。友達が出来たら、その手を振り切ってまで孤独な人に寄り添おうとは、しないでしょう。
本当に孤独な人々とは紐帯できず、本当の孤独になりたいわけでもなく、現実には友達がいないのですから、私は宙ぶらりんで孤独なのです。動物もなつきません。
森の動物たちと仲良しだなんて話もでっちあげでした。動物たちはみんな逃げてしまい、虫に刺されるばかりです。


人は所詮独り。誰でも死ぬ。
気の持ちようだと理屈は理解できるのですが、孤独のあまり頭痛、吐き気、倦怠、胃痛などが生じて理屈を嘲笑います。現実に、私は苦しいのです。

孤独でない人々への羨望も嫉妬もあります。
しかし、彼ら相手に事を起こそうとは思いません。そこまで他人に関わりたい欲求が無いのです。
関わったところでしょうがないという諦めでしょうか。

実は、自殺者が少ないことに驚いています。死なない人には不満が無いのだ、なんてことは思いません。寂しく生きている人がたくさんたくさんいるはずです。
しかし、死ぬに死ねなくて生きている人がわんさといるのを考慮しても、寂しくて寂しくて寂しさのあまり死ぬ人がこの国で多くとも数万人程度しかいないということに、内心こっそり驚いています。
寂しさの浅瀬でちゃぷちゃぷしている私が死にたいのだから、寂しさの奥底に沈んでいる人ならば続々と死んでしまって無理はないと思うのです。私の見積もりでは、人間の社会や精神や人生模様から計算するに、寂しさの奥底でゆらゆらと、或いは沈殿している人々が相当いるはずです。


子供の頃、ミイラ状に干からびたアマガエルの死体を持っていました。今では無くしてしまったそれを思い出すと、なんだか離れ離れになった友達を思い出すような気持ちになります。


僕らは地底電車に乗って溶鉱炉に落ちてゆく
どうしてこれしきのことに耐えられないのか

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2014年04月26日

14/04/25


白酒 喧嘩長屋

噺の構造自体は好きだが、噺家の調子がいまいちで残念。


文治 普段の袴

十一代襲名で大きな話題にされていたが、上方に疎いのでそれ以前のこの人を私は知らない。テレビでも見たことがあるけれど、今回も含めちょっとセンスが古いかなと思う。
だが、最近研究会で観た「掛け取り」に高い力量を見た。話題にされるだけの腕前がある。他所の悪口も楽しい。
皮を剥いだら水木しげるの死神。


喬太郎 あの頃のエース

ウルトラマンが大好きだという枕。導入部の「ということは、古典ではないのですね」で受けたところまではいいが、序盤のうちに「根太選びを間違ったかもしれない」と弱気な発言。「でもやれるところまでやろう」
客層を明らかに間違ったが、人気のおかげで冷たい反応はされなかったという印象。噺を切り替えたほうが良かったとは思うが、その場になってのことと独演会ではないから時間の都合で難しいのかな。時間を無視して言えば、今日の正解は「布哇の雪」だったと思う。
誰だったか、高座に上がった途端に「さっきまで予定していたものと違う噺をやります」と始めた人を見たことがある。
器用に見える喬太郎が窮した姿を見せるのは意外だった。私はこういう時に芸というより芸人の凌ぎ方を見ているので、これはこれで見物である。


白鳥 最後のフライト

初めて観る。この人は創作落語ばかりやっている人だそうで、最近テレビ番組の企画で初めて真っ当な古典をやったというから驚く。ちゃんと様になっていた。誰が師匠かと思ったら圓丈。なるほど。
遠慮のない創作であるばかりか、客に参加を強いる噺であった。傾いた飛行機を立て直すと称して、両手を翼に見立てさせ、右へ左に身体を傾けさせるのだ。「ちゃんとやらないと墜落しちゃいますよー」 大半の客は参加したとはいえ、創作で押し通し、客に聞き流す逃げ道を許さないとは、何たる精神力の強さか。


一之輔 粗忽の釘

投げ遣りで客を小馬鹿にしたようなスタイルの人だが、初期はまだぎこちなかった。慣れと知名度でスタイルが認知されたせいか、今回はそれが伸び伸びしていてすっかり板についていた。座るなり、「さっき見たの(白鳥)は忘れて貰って……」みたいなことを言う。
真打になってから寄席で一回、テレビで二三回観た(初天神と蝦蟇の油売りだった)ことがある。今回のが一番良かった。「土星の輪っかみたいになっちゃって……」


談春 子別れ

初見。それまでに出た噺家が一人ならず「どうせみんな談春が目当てなんだろ」といじっていたくらいだから、私が考えていた以上の相当な人気があるらしい。
時間が足りなくなったのか、枕は無くいきなり本題に入る。
子供は絵を描くのが好きで、青鉛筆が欲しいと云う。青い空が好きだから沢山描きたいと云う。「おう、描いちゃえ。江戸中の空描いちゃえ」 詩人だなあ。
これが江戸の風か。貫録があった。これまで聴いた子別れでこれが一番。目頭を押さえて会場を後にする人ちらほら。
この後の数日は余韻が残ったが、まどマギ新編で塗りつぶされる。
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2014年04月24日

俺と田村ゆかりは


田村ゆかりライブへ行ってきた(http://qazwsx.seesaa.net/article/395253258.html)、その後の話。




 * * *

持参した文章を女の子に読んで貰う店がある。
L字型の店内は、Lを半分に横切る一つのカウンターで客と店員のスペースが分断されており、行き来することは出来ない。Lの飛び出た部分が厨房になっている。簡単な喫茶店の機能も備え、テーブル席もある。
カウンター席は、柔らかな雰囲気を持つ病院の受付を連想させる。そのせいか、カウンセリングを受けているような感覚まである。

200文字200円、500文字400円くらいだったか。
私はカウンター席の丸椅子に座って、持参した博物館のパンフレットの一節を示した。その一節に店員がバーコード読み取り機のようなものを当てると、文字数と料金が黒い画面に緑色で表示される。私のは200文字余だった。
誰に読んでもらうか、という段になって、少しだけ見えている厨房の中に田村ゆかりの姿を確認して驚いた。彼女はさっきまでライブをやっていたはずだ。それがもうこんなところで働いている。前に働いていた店に顔を出したという雰囲気だ。

他の客はまだ気付いていない。私だけが、何の妨げもなく指名することができる。
不正とすら思える程の余りの幸運に躊躇したが、私は田村を指名し、しばし雑談をしてから文章を読み上げてもらった。差し向かいでプロの声を聴くのは何とも心地よい。
いつの間にか、田村は私の顔に胸を押し付ける格好で抱きつき、私を跨いで座っていた。赤く短いスカートから彼女の白い太腿が伸びている。私も田村の背中に腕を回す。
それはとても安らかに落ち着く温かな時間で、私は今、生きることの何か重要な核心に触れているのではないかと思った。
感情の中の何か一つが、人類という種に到達可能な最大限にまで高まっているのを感じた。
遥か遠い未来か古代の地球で、満天の星空の下、荒涼とした大地に私達二人だけがいた。



店を出た後、まだ家には帰り難い気持ちで、別の喫茶店のような店に寄った。
白い丸テーブルと椅子が配置され、ほぼ白に統一された店内に、大きな鉢植えで緑が添えられている。夜だというのに昼間のテラスのような明るさがある。
さて、どうしようか。席に着いて店の奥をぼんやり見ていると、そこに店員として田村ゆかりの姿が在った。安らかな心地の余韻が一気に興奮へと変わる。また別の店で働いているなんて。そして、そこに廻り合う偶然を得た私は、これが単なる偶然以上の、私と田村ゆかりが強く深く関係することの表れではないかと思わぬわけにはゆかず、やや震えながら立ち上がった。



 * * *

「暫くは田村ゆかりのことを一切考えないようにしよう」と考えたその晩に見た夢です。
翌朝は不思議なくらい爽やかに目覚め、夢の内容に戸惑いました。
私は決してアイドルにのめり込みたいわけではない。
それが、こんな夢を見てしまった。
もう駄目なんじゃないか。
今後、私と田村ゆかり(アイドルではなく、田村ゆかりとして)の関係をどんなに言い繕おうとも否定しようとも、こんな夢を見てしまったからには一切が虚しい。
俺と田村ゆかりが何でもないわけあるか。
もう駄目だ。
俺と田村ゆかりは一体どうなってしまうのだ。
ラベル:
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2014年04月22日

田村ゆかりライブへ行ってきました。

私の日程が不透明で諦めていたが、急遽都合がついたので行ってきたよ。
前売り券は買っていないし完売だったが、機材開放席の当日券がでた。


田村ゆかりライブに行ってみたかったのは勿論だが、芸能鑑賞としてもアイドル(女)のライブに行ってみたかった。無料イベントでのアイドルライブは何回か見たことがある。
今、王道のアイドルらしいアイドルを一番高いレベルと大きな規模で実現しているのはこの人ではないかと思っているで、田村ゆかり・芸能鑑賞と二重の意味でこのライブに行きたかったのだ。


群雄割拠するアイドル界で、声優圏のアイドルは旧来的なアイドル像を継承していると言われていた。十数年前、たまに声優雑誌的なものを買っていた私の感覚として、声優圏には当時の一般人気を得ていたアイドルからは隔絶する旧来的アイドルの気風が満ちていたと断言する。
近年は声優圏も現代的アイドル像に寄って来ているものの、田村ゆかりは往時の気風を強く残している。


アイドルのイデアを目指す多くは若さを武器にしており、38歳になる田村はその点で後れを取っている。だが、若さで及ばない田村が名を成している事実は、彼女がアイドルをアイドル足らしめる何かで優れていることの表れである。
そして実は、彼女こそがイデアから最も近い場所にいるのではないかと思うのだ。




 * * *

なんてことをブログに書こうかなと考えながら、販売時間の2時間前に会場到着。既に当日券待ちの列が出来ている。
当日券の枚数より購入希望者が多い場合は抽選での販売になると事前に告知されていたので、販売時間直前になってから並んでも良かったのだが、この手の催し物の勝手がわからないので本を読みながら愚直に待つ。
抽選なら外れるだろう。元々このライブは観られない予定だったので、どうということはない。会場まで行かなくては観られないのが確実だから来ただけで、期待はしていない。来ずにいれば後になって、もしかしたら観られたかもしれないのに、と思うかもしれない。その後悔を予め潰すために来たようなものだ。


ライブ開始にはまだかなり時間があるが、その間に物販が始まる。物販にも長い列が出来ており、人数制限をしながら客を入れている。ここの利用に券の有無は関係ない。みんなよく買っている。
私の見たところ、客の2割は女。


読書するために来たような気分で2時間過ごし、抽選開始。列の先頭から割り箸による籤を引く。先が赤くなっているものを引いたら券が買える。
引く前から外れの心境は整っている。流れ作業のように脱落者が出、その流れに乗って私の田村ゆかりライブは終演した。
当日券はせいぜい10枚ほどだったが、100人以上の列が出来ていたのではないか。枚数よりやや多い人数での籤引きで外れたら悔しいだろうが、これなら外れて当たり前と思える。多分、行列の中で最初から最後まで最も落ち着いていたのは私ではなかったか。


急いで帰る理由もないので、まだ開いていた物販コーナーに寄った。
CD、DVD、パンフレット、Tシャツ、カレンダー、ポスター、バッグ、菓子、等々。色々あるもんだ。

せっかくだから、と生写真籤を1袋買った。全30種類程ある写真のうち、どれか3枚が入っている。1袋500円。売り場には全種類のサムネイル画像一覧みたいな表が出ている。


さて、これからどうしよう。帰るしかないのだが、もともと何もすることがないのに来たようなものだから、何の達成感もなく、いまいち帰宅に向けての気持ちの区切りがつかない。
それと、もう一つ。今この場から帰るのは極一部の当日券外れ組で、周囲で楽しそうにしている大勢はまだこの場に残って、これからライブを楽しむのだ。この大勢に囲まれているせいで、何やらまだ帰り難いような気持ちに引き摺られてしまっている。

そんな風に所在無く突っ立っていると、こんなことが頭を過った。
「今、この会場には田村ゆかりが居る。けれども、私は会わずに帰る。券が買えなかったから会ってはいけないのだ」
その途端に気持ちが悪くなったので驚いた。
これは何事だろう。もしかして、私は酷く落胆しているのか。
この落胆は何かとても恥ずかしい気がする。
更に、吐き気まで込み上げて来た。
これはいかんと思い、すぐに帰った。


会場周辺にはライブ客がうようよしている。私は何も意識しないように努めた。
今考えれば、大通りに沿って帰ったのは間違いであった。物販は混雑を避けるために開場よりかなり早い時間に開始されている。泊りがけで来ている客は、そこで買い物を済ませた後、一旦宿に帰って荷物を置き、再度会場に来るのだ。
私の帰る時間はちょうどその再度組が会場へ向かう時間であり、彼らはすぐそれとわかるTシャツやらバッグやらを身に付けているのである。極力何も意識しないように努めた。



帰宅した私は、取り敢えず暫くは田村ゆかりのことを一切考えないようにしよう、と考えた。
こうして私は何事もなく一日を終えたのである。
何事もなかったのだ。





(そう、これくらいなら何でもなかったのだ。
 だが、これには後日談があり、それが決定的で、私はもう駄目だと思った。)
http://qazwsx.seesaa.net/article/395408429.html
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2014年04月16日

まったくお腹が空いてくるぜ


前に、青木繁がビリー・ヘリントンを描いていると発表したところ、そんなわけないだろと猛反発の袋叩きを受け学会を追放された私ですが、遂にその絵を発掘しましたので学会復帰です。覚悟しろ。




先ずはビリーさんの御尊顔を目に焼き付けてください。

 

telephone-s.jpg
biriikaigan.jpg


それでは青木繁の「ゆく春」をどうぞ
http://www.hiroshima-museum.jp/collection/jp/aoki_s.html



前は記憶を頼りに絵を紹介したので、「抱き合った二人」なんてのはちょっと記憶違いでしたが、青木がビリー兄貴を描いていたのは事実でした。
http://qazwsx.seesaa.net/article/205318624.html



私を磯辺揚げに迷わせたのはの下方にある「海」「海景」あたり。
後にクロード・モネの「雨のベリール」を観て、これ青木の磯部揚げだ! って思ったのですが、青木はこれを観て真似たのか、岩礁がよくモチーフにされるだけなのか、印象派の技法が使われているのも偶然なのか、その辺はわかりません。
「雨のベリーヌ」では色彩がちょっと磯辺ってないんだけど、この絵の近くにポール・シニャック「コンカルノー港」があって、この色彩を取り入れるとかなり磯辺揚げになることに感心した。ピート・モンドリアン「砂丘」までいくとやりすぎか。





そんなにビリーじゃないとか、磯辺揚げでもない、と思う人もいるだろうが、画像ではなく実物を観ると少し印象が違うものです。これ本当。その時の気分だけではなく、照明の当たり具合や、絵の大きさなんかも影響してくるだろうし。
美術館のホームページでジョルジュ・ルオー「郊外のキリスト」を観て少し驚きました。実物と明確に印象が違うんです。
http://www.bridgestone-museum.gr.jp/collection/works/112/
私は実物を観たとき、このキリスト一行が、つげ義春の「無能の人」(助川助三)一家のように観えました。世間から切り離されて親子三人だけの宇宙にいるような、あの雰囲気です。世間に身を置くことの寂しさや辛さ、隔絶されて認識する三人でいることの小さな火を灯すような温かさ、そういうものが溢れてきて、印象深い一枚だったのですが、画像でみるとそうでもない。それにこの連中、あの時はもっと右側に居たんだが……。
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2014年04月14日

14/04/13


白酒 つる

(比較的)若手で一番手ということで調子が出ないんだと思う。先日よりは良かったが。


遊雀 初天神

子供の描写に重点を置く。それがちょっとしつこい。


兼好 風呂敷

この人は上方落語の勢いを感じる江戸落語。
研究会での「百川」も良かった。


市馬 笠碁

私が花緑を下手だとはっきり認識したのがこの噺、という意味で印象深い噺。私はいつまで花緑に囚われるのだろうか。
権太楼で観た「笠碁」のほうが好き。「うどん屋」は権太楼より小三治「かぜうどん」が良かった。


生志 幇間腹

テレビで観たことがある。やっぱり終盤でフライングの拍手が鳴った。
このサゲがふたつ在るような状態は噺全体としてのリズムが悪いと思う。創作のサゲだけでいいのに。


鯉昇 二番煎じ

相変らず。
もしかしたら私が知るうちで、一番食欲がそそられる噺はこれではないか。

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2014年03月28日

14/03/25 検非違使気分で


久しぶりに穴を掘りました。
縦横230cm×80cm、深さ130cmはあります。
1時間ちょっとで掘りました。
23080130.jpg


あの日、田村ゆかりのコンサートに来ていた連中に穴を掘らせたら、私は間違いなく上位に入ると思います。
そういう自負心と共に掘りました。
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2014年03月09日

14/03/08





街で見かけた托鉢の坊主。通り過ぎるその後ろ姿にGTホーキンスみたいなリュックサックがあった。そういうの使うのなら、笠や衣じゃなくて野球帽に高校生の時に使っていたジャージでいるのが質素かつ機能的でよいではないか。
求道者としての宗教者と、文化継承者としての宗教者。中途半端なお坊さんルックしてる奴はこのどちらにも中途半端なんじゃなかろうか。と俺は思うんだよ。
しかし、裾野を広くする意味でこういう輩も受け入れざるを得ないのか?(納得していない)



今日見たサイトhttp://coco.to/にあった映画アメリカン・ハッスルの広告バナーに「本年度アカデミー賞最有力!」と銘打たれていて、確かに高い評判は得たが無冠に終わった結果が知れ渡った現在は切ない。



「昭和の観光地の食堂」に行ってきた。
広い一間に長机を並べ、壁際で箪笥より大きな空調機が剥き出し。
ポリシーの感じられない従業員。太陽光に頼りきりで陰りある昼の店内。
周辺の競合店同士でありふれたメニューを揃え、高いと思わざるを
得ない価格設定(特に飲み物)にして大したことない味。
極め付けは、花瓶代わりのビールジョッキへ生けられた花!
これですよ!
今思えば写真に収めていればよかったのだが、その判断を鈍らせる
ほどの「つまんない店に入ってしまったなあ」のエモーションを提
供してくれるのが「昭和の観光地の食堂」なんだから仕方ない。
こんな店でもかつては華々しく、家族の団欒、一人旅、社員旅行で
長机が埋まり、観光を楽しむ明るい顔、歩き疲れるも心地よい顔を
した人々の間を、まだ若かった従業員が溌溂と行く。そんな時代が
あったのだろうと想う。
21世紀人として「昭和の観光地の食堂」を堪能するとはこういうこ
とである。
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2014年03月06日

14/03/05


しくじった。俺は添加物塗れの工業製品と化した商業食品を口にするのは間違いだと信じているので、野草や無農薬家庭菜園、自然食品等しか口にしない。それが今回ばかりは仇になった。自然のものだから大丈夫だろうとカマキリの卵を幾つも食べたら、よく消化できなかったらしく、体温で温まって孵化した。それで尻の穴から小さなカマキリが次々と出てくるし、腹の中でぞわぞわ蠢いている感覚があるし、うんこするとうんこに塗れて藻掻き苦しむカマキリの動きを肛門でキャッチして遣る瀬無い思いに駆られる。
恥を忍んで近所の医者に行った。今思えば下剤を飲めばよかったんだ。医者にとって患者なんて踏台だろ、金や名声のための。でも、冷静な思考が出来る状態ではなくて、保険証を手にしてしまったのだ。

医者は40代半ばの壮健な男。恥を忍んで事情を話し、「では診てみましょう」と言われ、ベットの上に這いつくばり、膝までズボンとパンツを降ろしてカマキリがポロポロ零れ出る肛門を晒した。
「珍しい症状ですね。では、そのまま動かないで」医者はそう言うと、「みつるー、ひろしー、こっち来なさい」と誰かを呼び出して、俺の後ろで何かをさせ始めたのだが、俺には一向に何もしない。振り向いたら、医者の息子らしき小学生の兄弟が俺の肛門についてノートに記録を取っていた。

医者は俺に「ほら、動かないで」と前を向かせると、子供たちは昆虫が好きなこと、行く行くは医者にしたいこと、医学と昆虫が組み合わさったこの症状を観察させるのはきっと将来のためになる、などと語った。俺にはどうでもいいことだった。
唯一レントゲンを撮られたことだけが診察らしい診察だったが、写真をすぐに子供へ渡していたので診察のつもりで撮ったのか怪しい。
子供たちは「ほら、ちゃんと御礼を言いなさい」「〇〇さん、ありがとうございました」と御礼を言わされてから退室。彼らは終始浮かない顔をしていた。
医者からは、セミを食べるなどしてお腹に残ったカマキリを育ててみてはどうだろうか、そして定期的に診察を受けてほしい、と言われたが、断固拒否すると、渋々下剤の処方箋を書かれた。
やっぱり医者に行ったのは間違いだったのだ。涙がポロポロ零れた。

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2014年02月27日

14/02/27


「先輩、俺の部屋で動物園始めたんですよ。あがってってください」
「えっ、君が動物園なんて出来るの。意外だなあ。おじゃましまーす。わあ、カバがいる。大きい! 赤銅色! あっちに見えているのはキリン、むこうにいるのはゴリラ。わっ、岩かと思ったらゾウガメ。池の傍にフラミンゴもいて、木にはレッサーパンダが登っていて、いやあ、これは驚いた。本格的じゃないか」
「先輩、動物園は嘘です。よく見てください」
「あっ、本当だ。君の普段の六畳間じゃないか。相変らず寒々しい部屋だなあ」
「いつも思うんですけど、先輩、頭おかしいですよね」
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2014年02月23日

14/02/21

色の異なる何種類かの野菜、干し肉を細く短く切って敷き詰めた中に、裸のミノムシを投入して巣を作らせる。
そのミノムシを炒めると出来上がり。
この自然が織りなす色彩豊かなミノムシ料理が存在しないことで、ミノムシはあんまり美味しくないと推測することが出来る。
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2014年02月19日

14/02/17


「いいもの」がわかるためには、いいものに触れなければならない。その通りだと思う。

さて、私の観察によれば、どうも、言いづらいことに「育ちの良い人はくだらないことが結構好き」である傾向が見られる。
当初は不思議だったが、腑に落ちる仮説は立った。
育ちが良いということは、くだらないことから遠いところに居たというわけで、耐性が無いのである。
小さな頃はいいものに囲まれていても、大きくなって行動範囲が広がると、いいものばかりでは囲いきれない。くだらないものに遭遇すると、耐性が無いものだから、簡単に喜んでしまう。


この哀しい転落劇は避けられないのか。

先日、誰かは失念したが、或る人のこんな教育方針が紹介されていたのを見た。
「良いものを観て、悪いものも観なさい。そうでなければ、本当に良いものはわからない」
あっ、多分これは真理に近い。良いものしか観ないのは、良いものしか知らないことであり、悪いものとの付き合い方を知らないことであり、良し悪しを識別する能力とは多分違うのだ。
良いものしか知らないという能力も使い道はあるが、悪いものに触れられる環境になると、そっちにコロッとやられる。

談志が「縁日の屋台で売っているものはくだらないから子供に買ってやらない、という親がいるけど間違いだ。あれは、こういうものはくだらないんだぞ、ということを教えるために買ってやるものなのだ(大意)」とか何とか言っていた。


なお、私には、老人がパチンコなんぞに嵌りこんでしまう賭博性以外の理由として、『これまでコンピュータゲームを体験してこなかったので、その手の娯楽に耐性がなく、生活圏内で唯一それっぽい遊び(ピコピコなんて子供の遊びなので、老人は手を出さない)であるパチンコが楽しくてしょうがない』という仮説もある。
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2014年01月30日

14/01/25


四段の引き出しがついた木製の小物入れ。
一番上の引き出しを開けると、文鳥が一羽入っている。
そうだ。私は文鳥が飼いたかったのだ。
しかし、世話の事をまったく考えていなかった。餌もない。
なぜ最初に世話の事を考えなかったのだろう。
上の引き出しを閉めて、二番目の引き出しを開ける。
また文鳥が入っている。
三番めを開ける。文鳥が入っている。引き出しに虫食い穴があって、白く細長い芋虫が這い出してきた。それを啄む文鳥。ああ、餌になる虫が入っていて良かった。
四番目を開ける。虫食い穴が増えて、穴も大きい。さっきよりも大きく長い虫が出てきて、文鳥が虫を分解するようにして啄むが、食べきれない。残った体が穴に引っ込んでしまうのではないかとはらはらする。

ラベル:
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