20世紀少年・21世紀少年 浦沢直樹 ビッグコミックス
「なんだあの終わり方は!」と怒号が飛んだのも、それまでの物語が面白かった故のこと。
浦沢直樹は『MONSTER』で「なんだあの終わり方は!」と怒号を飛ばされていたが、私はそれほどひどい終わり方とは思わなかった。(今ではストーリー全部忘れた)
しかし、『20世紀少年』の最終回には「アレレ、ここで終わるの?」と呆気にとられてしまった。
唐突に終わる。謎の解明ほっぽらかし。浦沢もブレーンの長崎も、この終わり方でいいと思ったそうだ。同窓会で思い出話をしていたらどうしても思い出せない奴がいる、というのがこの物語の着想だったので、最後の謎が明かされないまま終わるのも予定通りだったというようなことをNHKで言ってた。ただ、読者の大半は「浦沢と同窓会に出たことなんかねーよ」という人々だったので嘆願・抗議が相次ぎ、浦沢は完結編である『21世紀少年』を描くはめになった。
中盤(? 血の大晦日)までは最高に面白い漫画。ゾクゾクする。以降は面白い漫画、普通の漫画となり、21世紀少年では残念な漫画になってしまう。だが、未読の人には薦めたい。
ややネタバレあり
少年が胸躍らせた万博は、手を伸ばせばいつか掴める未来だった。いつか自分がそこにいる未来だった。約束された未来だった。しかし、万博が終わり、少年が大人になっても、未来はやってこなかった。来るはずの未来は夢のように遠いところにあったのだ。
しかし、来るはずがないと高をくくっていた悪夢が、思わぬところから手を伸ばしてきた。
よげんの書は万博の反対側にある未来である。
これは悪夢の完遂を阻止する物語であり、世界を沸かせた憧れの未来ではなく、少年たちが悪戯した未来の悪夢が本当になってしまう皮肉の物語である。
無邪気な空想を真に受けて、実体化された悪夢は醜い現実を曝け出す。その象徴が、スケッチブックの中で暴れまわった鉄人28号の紛い物のような「きょだいロボット」だ。現実にはそのフォルムも二足歩行もままならず、二足歩行の振りをする気球となって現れた。現実にすり合わせた嫌がらせ。よげんの通りにしてやろうという、言葉尻を捉えたいじめである。
私はこのよげんの書から現実へ、無理矢理に手が届いてしまうところが好きだった。広大無辺へ繰り広げられた荒唐無稽な空想を、現実という小さな枠の中で実現させるリアリティ。その落差。景気よく殺した人々は、大勢の惨い死となって現れた。
だから物語が進んで、読者と同一スケールであった現実が作者の造る空想の現実へと変化していくと、リアリティを与えていた実際の現実という縛りがなくなって、緊迫感を生んでいた異様な閉塞感を薄めてしまい、やがてそれはなくなってしまった。
面白くないといった大雑把なことで何を言ったって、それは結果ありきの話にしかならないんだが、私が面白くなくなったところのひとつはこういうことでした。
仮想現実体感装置がリアリティギリギリだったのに、神社の幽霊がどういう存在だったかとか、仮想現実が過去の現実へ干渉しているらしき描写などは、さすがに便利すぎて興醒めする。
帰ってきてからのケンヂの性格も歌も好きじゃない。



