2008年07月02日

ドラえもんのび太のワンニャン時空伝

思っていたより本格的に調子悪い。
どう調子が悪いかって、
ドラえもんのび太のワンニャン時空伝」を観てちょっと泣いた。
重病ですよ。
この映画はドラえもんがのび太とワンワンスタイル(後背位)でニャンニャン写真を撮って現在過去未来のあらゆる時代へ写真をばら撒きにいく……という破廉恥極まりない内容で、尻の穴とチンポで繋がっている二人を葛飾北斎が浮世絵にしたり、エジプトで壁画にされたり、ナスカで地上絵にされたり、未来で大人気になっている韓流WOODで顔出しパネルにされたり…。
F亡き時代の混迷振りが窺えるという意味では良作なのだけれど、やっぱドラえもん作品としてはどうかなあと思った。
ドラとのびについては、あのベッタリな関係に薄々あいつら出来てるんじゃないかと思っていたが、これが証明されたね。なんか、二人の絡みが異様に慣れてた。
あーあ、もう何書いても私の負けだ。
突っ込みどころは色々あるんだけどさぁ。
安易に犬猫を3億年前に連れて行くところとか、進化退化銃の使い方とか。
涙腺弱くなった。
さて、ワンニャンを差し引いても体調が悪いようだ。
微熱一歩手前のようなだるさがある。
女の子の使用済みパンツが欲しい。
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2008年03月16日

ペイチェック 消された記憶

クリップ、レンズ、鍵、銃弾、コイン、まがった棒……。未来を知る自分から託された一見役立たずの道具は、実は迫り来る危機から身を守るための必需品であった。記憶を失った自分は、一体何を知っていたのか。

意味不明なアイテムで事態を切り抜けるというのが80年代のアドベンチャーゲームみたい(都合のいい展開てんこ盛りなのも)で、日曜の夜が気だるい時に横になって見るテレビ映画としてはそこそこの出来だった。
この手の映画を作るやつって何を考えているのだろう。途中主人公がバイクに跨って追っての車どもを巻く場面、やたらと運転がうまいんだ主人公。何でそんなに上手いんだ。太陽を盗んだ男で、ジェリーが一応一介の教師のはずなのにやたらと車の運転が上手くて、警察とカーチェイスをやったのにはげんなりしたものだった。ペイチェックも、今にも仮面ライダーに変身しそうなバイク捌きであった。
この作品の一番優れているところは、主人公が追われる原因となっている未来予知機械の大雑把ぶりだ。主人公が作り上げたらしいのだが、一体どんな仕組みで未来が予知出来ているのか全く説明がない。一言で言うと、駄作である。
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2008年03月02日

それでもボクはやってない

見たよ。腹が立って腹が立ってしょうがない。やってねえんだよ、その主人公の男は! 見てたもん、私は。
なになになんなのよ。これはなに。
映画館でこれを見た人はみんな向かっ腹おったてて見てたのか。こんな見方でいいんすか監督。問題提起とかそれ以前にもたいまさこの息子は痴漢をしていないんだよ!
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2008年01月21日

今週の「男はつらいよ」

男はつらいよ 寅次郎のガールズポップ

いつものようにひょっこり柴又へ帰ってきた寅次郎。しかし寅次郎の知らぬうちに区画整理のため葛飾柴又地区全域は霧の街ロンドンへと移転していたのだった。寅次郎は柴又を追いかけロンドンへ旅立つ決意を固める。ところがコンビニから出てきたところを謎のUFOからアブダクションされてしまい、抵抗空しく宇宙人から豊胸手術を受けることになった寅次郎は観念して手術室へ向かうカートへ乗った。
「おいら、さすがにこの歳で巨乳になるたァ思わなかったよ。もしもおいらに何かあったら、おいちゃんたちをよろしく頼むぜ」
「もう、何言ってるのよ。手術、頑張ってね」
寅次郎の手を握り締め無事を祈るヒロイン松田聖子。寅次郎は手術室へと消えて行き、それから5年が過ぎた。

「あたしね、思うの。今すぐにでもお兄ちゃんひょっこり帰ってくるんじゃないかって」「気持ちはわかるけど、もう義兄さんはきっと…」前田吟がさくらにそう言いかけたとき、二人のうしろから声がかかった。「おう、何の話してんだい。ふたりしておいらの悪口かい」はっと振り向く二人。「…お兄ちゃん!」「義兄さん!」パー、パパラパララパー、パララーラーラ、パラララー。テーマ曲とともに寅次郎が現れた。「ついさっき手術が終わったんだよ」「もう動いて大丈夫なの」「おう、このとおりピンピンしてらあ」「本当によかった…」
夕日に染まったサバンナをバックに、さくらを安心させるようにそっと自分の胸を揉みしだく寅次郎。マサイ族が歌と踊りで祝福する。そこには寅次郎との恋を諦めマサイの青年と結婚した松田聖子の姿もあった。区画整理のため、柴又はイギリスからアフリカへと移転してたのである。



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2008年01月20日

ブルースブラザーズ2000

やはりブルースブラザーズ2000の感想を集約するならば、「クラプトンが浮いてる」の一言に尽きるであろう。思わず「お前どこの兄ちゃんだ」と漏らした声も多いと聞く。次点は「電話のところのギターの人、腕が細い」であった。
出演者のマット・マーフィは、「キングやクリプトンなんかどうやって呼んできたんだ」と驚いていたが、私が最も驚いたのは、観終わってパソコンからDVDを取り出そうとボタンを押したら、「ガギョン、ジージージー」と音がしてDVDが取り出せなかったことだ。





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2007年08月16日

ウォーリーさがして三千里


パンフレットより紹介文

あの感動作「母をたずねて三千里」の続編がついに登場。三千里に渡って母をたずねたマルコが数十年ぶりに歩き回るビッグプロジェクトは、なんとあのウォーリーをさがしてしまうというもの。ただでさえ人ごみにまぎれて見つけにくいウォーリーなのに、既に過去の人となってしまっているからもう見つけにくいことこの上なし! 母をたずね歩いたマルコ不屈の精神は、ウォ−リーをさがし出せるのか!!

マル秘情報! 映画にはなんとアノ○○○○○○も登場!? 君もさがしてみよう!!





感想など。ネタバレあり。

マルコの感動とウォーリーをさがせの楽しさを期待して観に行ったが、大いに期待を裏切られた。良い意味と悪い意味で。

良かったところは、作画の凄まじさ。アニメ好きなら、これだけで観に行く価値がある。劇場の大スクリーンいっぱいに細かい人々がひとりひとりごちゃごちゃと動いていて、マルコが何処にいるかもわからない。本家ウォーリーの絵本よりも書き込みが多いだろう。これが総て手描きでアナログ彩色の動画というから圧倒される。作画スタッフを苦しめるかのように、マルコの行く先々は全部人だかり。それも、何かお祭りをやってるとか観光地だから人が集まっているとかではなくて、何故か何時でも何処でも人が密集している。一番酷かったのは砂漠を横断するところかな。何故か人がごった返していて地面の砂が見えてない。遠くにスフィンクスとピラミッドが見えているのと、群集が「砂漠は暑いな」「靴の中が砂だらけだ」「ここが砂漠か」と口々に言うので砂漠とわかった。書き忘れていたが、群衆のひとりひとりに声が当てられている。そして何故か道中マルコは無口だ。

良いところを挙げるつもりが、既に悪かったところの指摘も始まってしまった。このまま悪いところを指摘しよう。
何と言ってもさがすことに関してストーリーが何もない。最初、ドキュメンタリー風にマルコのインタビューが始まって、どうしてウォーリーをさがすのかを語るのだけれど、なんか自己陶酔していて不快。曰く、自分自身への挑戦であるとか、マルコはまだ三千里行けるのか、無理だ、しかし、マルコがどこまでやれるのか見せてくれよと自分の中にいる自分を突き放したもうひとりの「マルコ」が挑発しているとか、あとはお決りの「頑張っている姿を見せて、みんなに夢や希望を与えたい」ってやつ。ウォーリーさがすためのトレーニングとして、百人一首の小学生チャンピオンに一週間弟子入りして、免許皆伝貰ってようやく本編(?)の人ごみごちゃごちゃが始まる。ここまで30分くらい。マルコが肩に乗っけてた猿は5年前に老衰で死んだらしい。

マルコは大都会や海岸、砂漠、ジャングル、海底、と色んなところに行くのだが、何故そこに行ったのか説明はない。それぞれの場所は絵本のように俯瞰の固定視点で10分くらい映し出され、唐突に次の場所に切り替わる。ネットで調べてみると、どうもマルコがウォーリーをさがして画面の端から端にうろちょろしながら移動し終わったら切り替わるようだ。私にはマルコが何処にいるのかわからなかった。完全に「マルコをさがせ」状態。これが70分延々と続く。この間で客の半分は帰るし、残った客は金を払った以上はと無理に観ているようだ。なお、ここでウォーリーは出てない(はず。根拠は後述)。

最後は唐突に誰もいない寂しい荒地に切り替わる。一軒のあばら屋があって、マルコがそこへ入ってゆくと、中には粗末なベッドに横たわるみすぼらしい男がひとり。ゆっくりと身を起こすとボーダー柄の寝巻きを着ている。「ようこそ。そしておめでとう。あなたはウォーリーをみつけた」。彼こそがウォーリーその人であった。握手し、抱き合ってポンポンと互いの背中を叩くふたり。なんだこれは。
ウォーリーは絵本がヒットしてあちこちの人ごみにまぎれるうちに、それがストレスとなって人ごみの中にいられない体になってしまって、今では人を遠ざけて、これまでの稼ぎを切り崩しながら細々と暮らしているのだという。今でも年に5人くらいはさがしあてる人がいるそうだ。
マルコはウォーリーと一緒に写真を撮り、裏にサインをもらって家を出た。不機嫌そうに黙って荒野を歩くマルコを映しながらスタッフロールが流れて終わり。年に何人もウォーリーをみつけてる奴がいるのが不愉快だったらしい。
館内が明るくなると観客は皆一様にがっかりした顔をしていて、マルコのように無口だった。

画の技術に特化して、後は何もない映画だったなあ。後で知ったが「母をさがして三千里」と「ウォーリーをさがせ」の版権を無視して勝手に作った映画らしい。
オフィシャルで作ったウォーリーをさがせのアニメとどっちが面白かったかと問われれば、答えに悩むなあ。あれはあれでがっかりするほど本当につまらなかった気がする。チョコボールっぽいウォーリーのお菓子もあったんだけれど、美味しくなかった。当時はウォーリー探すの好きだったからがっかりしたなあ。

パンフレットに書いてあった「アノ○○○○○○も登場!」というのは、多分スタッフロールの時に出てた風船おじさんだと思う。
前売り券を買ったら、ウォーリーのボーダー柄ストラップが貰えた。
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2007年07月23日

時をかける少女

これはもう死ぬかもしれん。早くて来年。と戯れに考えているのだが、これが現実味を帯びてきているからたまに可笑しくなる。


アニメ映画時をかける少女」は私の劣等感を一部刺激することによってか、それほどの傑作だとは思わなかった。タイムリープの矛盾点は置いとく。(よくわからんがいろいろあるらしい)

・気になったところ
何もあんなに頭の軽い主人公でなくてもいいではないか、妙に世界が狭い。自分の半径1.5メートルくらいのことしか視界に入ってなさそう。おばさん(原沙知絵)との絡みも変に薄い。

・よかったところ
最後の「未来で待ってる」「うん、すぐ行く。走って行く」 のやりとりがあった後にタイトルが出るのはよかった。タイムリープする真琴が「時をかける少女」なのではなくて、これから時をかけようとする真琴を指して「時をかける少女」なんだなとわかった。(と、解釈できた) 
巷のTVアニメもこのくらい画がよければなあと思ったのは無理を承知での話。

・劣等感を刺激したところ、その他
自分にはあんな青春も恋愛も、欠片の屑ほども無かった。あの主人公ら3人にはまったく悪意がないのであろうが、ああいうものを見せつけられて私は息も絶え絶えである。真琴は「え、なんでヨシノブくん勝手に落ちこんでるの?」なんて言いそうである。これがまた、心の中で何か黒いものがぐぐぐと頭を持ち上げてくる。こういうことは「耳をすませば」にはなかった。男二人と女一人という組み合わせで恋だの何だのとやってるのが私には、在学中女生徒と事務以外でろくに言葉を交わしたことのない私には、こんなこと書いても多くの人(この作品の青春部分を賞賛してる人)は理解できないだろうが、ぐぐぐとなるのである。3人ともそろいもそろって顔がいいというのもそれに拍車をかけている。だからといって高瀬に肩入れする気は全くない。孤軍奮闘である。
そのわりにはラストシーンの真琴と千昭をよかったと言う。それは何故か。


「ここは俺が引き受けた。早く行け!」
「お前に奴らの相手は無理だ!死ぬぞ!」
「へっ、そりゃあ百も承知だ。でもよ、ここで誰かが足止めをやらなきゃならねえのはお前もわかっているだろ。そして、お前らにはまだやることがある。さあ、ここは俺に任せるんだ」
「くっ……。死ぬんじゃねえぞ! 必ず生き延びろよ!」

「……やっと行きやがったか。最後におかしな注文つけやがって。俺なら死んでも誰も困りはしねえのに、まったくおせっかいな野郎だよ、あいつは」
「ギーギギギ!」「ギーギー!」「ギギー!」
「おっと、来やがったな。お前らは俺が死ぬまで相手してやるよ! うおおおおおお!」



真琴が千昭に会いに行くなんてのはどだい無理な話で、それでも行くと言いきったところに、無理を承知で、それでも事を成そうとするヒロイズムのようなものを感じたのである。完全に視点が歪んでいますね。尚、上記の小噺はそのヒロイズム理解の一助として創作されたものであるが、いざ書いてみると内容が主題からずれており、あまり助けにはならないようである。ヨシノブの頭は既に手遅れなのである。

登場人物とそれらが形成する世界の薄っぺら感で思い出したのは、学園戦記ムリョウ。ムリョウは機動戦艦ナデシコの佐藤竜雄がやるというので期待して観始めたが、登場人物が「どいつもこいつもうんこをしないって顔をしている」という理由で視聴を止めた。




今になって、真琴がバカなのはこの作品成立のための必然なのだなと気づいた。カラオケ計10時間だの食べ放題だの、そういうことにタイムリープを使わず、巨悪を追及したり、はたまた自身が悪事に勤しんだりされては、こんな話にならないからである。真琴が自分の半径1.5メートルしか見ていないのは、それ以上見られては半径1.5メートル用の結末に持っていけないからだ。真琴もスクリーンの外では案外思慮深い少女なのかもしれない。物語が広がらないように制限された主人公ら登場人物(例えば原沙知絵は含みのありそうな人物ながら深く係りはしない。妹なんかプリンを食べるためだけに用意されてはいないか)。
みんなその辺をわかって観ているのに鬼の首を取ったようにこんなことを書くからダメなんだよな私は。死んだところで誰も困らない。
「ギーギギギ!」「ギーギー!」「ギギー!」
おっと、来やがったな。お前らは俺が死ぬまで相手してやるよ! うおおおおおお!




どす恋ジゴロを読んでから寝た。
ア〜 どす恋 どす恋。
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2007年01月03日

ラッキーナンバー7

「ラッキーナンバー7」という新作映画のCMを見る。あれ、この映画知ってるぞ、と思ったが私が知っているのは「パーティー7」という映画だった。出演:永瀬正敏浅野忠信原田芳雄
この映画がまだ新作だった2000年、何かで紹介されていて面白そうだと思ったのだが、実際に見る事になったのはつい近年のことである。
あらすじは在って無いようなもの。異常な登場人物たちによる会話主体で進んでゆくスタイリッシュなコメディ映画。これが実に……面白くなかったなあ。私の感覚にはちっとも合わなかった。合う人にはたまらなく面白い台詞の応酬だったのだろう。
パーティー7というのは主要登場人物の人数のことであるが、7人必要だったようには見えない。頭数に入っている我修院達也など、我修院達也じゃなくてもよかった。色物入れたかったから入れました、というだけのような。
面白くないと書いたが、実は面白いと思ったところが2箇所在る。まず、オープニングのアニメ。これは非常に出来がよかった。おお、期待できる映画なのか、と思わせてくれた。残酷である。
そして、浅野と原田の会話にあった「じんわり」という表現。唯一ここだけは笑った。
恐山で八千草薫と心中してて、正月には自宅で餅をついて、電車が好きな原田芳雄(←私の原田像)がこんな馬鹿な役をやっているというところには好感が持てる。
ちょっと誉めといたところでもう一度書いてみよう。実に……面白くなかったなあ。

再三再四書くが映画は面白くなかった。が、これに付随する思い出には幸せなものがあり、思い出して、死にたくなった。




買うにはリスクが高い一作。どうしても観たいのならアマゾンの通販など使わずにまずはピサの斜塔から飛び降りたつもりで数百円払ってその辺でレンタルだ。面白かったらもうけもの。もちろん私は買いません。来月再来月とリボルテックで今川版ジャイアントロボからGR1とGR2が出るのでそれを買うのです。GR2には諸般の都合でオミットされたGR1のロケットバズーカパーツがつくのですよ! 私は劇中のロケットバズーカぶっぱなす場面が好きなのでこれはうれしい。PARTY7よりGR1のほうが絶対強いと思います。原子力で動いてるし。ジェームス・ラブロック博士も絶賛(予定)。



あまりにも個人的な感想で「面白くない」ということを強調しすぎてしまったので、この映画を面白いとする紹介文を載せておこう。
合う人にはこんなに楽しい映画だ。

『笑いのツボを緩急自在に操る”石井WORLD”炸裂』
『「より多くの人に、よりディープに楽しんでもらいたい」との意図の下、笑い の緩急を押さえた絶妙なコンビネーションを形成し、またもや映画の常識をひ っくり返す新感覚エンターテインメントを創出した。 21世紀、間違いなく映像世界を席巻する石井WORLD<=大胆にデフォルメ された登場人物の放つオフビートな言葉の応酬と、スタイリッシュな映像の落差 が醸し出す絶妙なユーモア>満開の本作品。この可笑しさを享受できなきゃ、 21世紀は楽しめないっ!!!』

http://www.tv-tokyo.co.jp/telecine/cinema/party7/index.html

私とこの紹介文、どちらが適切な評価を下しているか。私はこの紹介文のほうだと思う。
これに書いてある通り、この可笑しさを享受できなかった私は、21世紀の今、楽しくない事がいろいろあって死にたいくらいであるからだ。22世紀まで生き延びる事はないだろう。私は逃れられぬ21世紀という100年間を楽しめぬと宣告された。楽しくないまま、あと5年くらいで死ぬのだろう。5年かあ。過ぎてみれば短いのだろうなあ。
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2006年12月11日

ラストサムライ

日曜洋画劇場でラストサムライ放映。

私が利用する献血センターでは献血中にDVDを観ることが出来、ラストサムライを観ている。
「観ている」と現在進行系なのは、献血時間が40分ほど終わってしまい一度には観きれず、行く度に前回の分を早送りして観ていて、4ヶ月くらいの間で3度観て、まだ観終わっていないからだ。最初のうちはDVDデッキの操作方法がよくわからずに解説モードを観てしまったり、字幕で観たいのに吹き替えになってしまったりと手間取ってちゃんと観れなかった。それが今日は最後まで観られることとなり、別のDVDを観ていればよかったなあと思ったり思わなかったりだ。
フィクションにこんなこと言うのも何だが、設定が現実離れしすぎている部分が気にかかった。ガトリングガンで侍やられすぎ。実際にはあんなの避けれるっての。るろうに剣心で避けてるとこ見たもん。
あと大村は007ゴールドフィンガーで帽子を投げていた人ではないだろうか。




 ラストサムライあらすじ(注:ネタバレあり)

野武士の集団に襲撃を予告された村。村は侍を雇ってこれを撃退すべく街へ村人を一個師団送り込み、サラダバー食べ放題をエサにサムライスカウトキャラバンを展開する。しかし食い物をエサにして侍が七人も集まったのも今は昔。現在では地球温暖化やゴリラの個体数減少、金融ビッグバンや刀の乱獲により、侍は一人しかいなくなってしまったのだ。
そのラストサムライをどうにかスカウトすることに成功した村人たちは、侍の腕を試すためにガトリングガンの集中砲火で不意討ちを試みる。ラストサムライは死んでしまった。慌てる村人たち。
村で待つ仲間に最後の侍を殺してしまったことを言えない村人たちは、通りかかった一人の外国人を捕まえ彼をラストサムライだということにする。日本語のおぼつかない彼なら偽者だと訴えられてもわからないし、ラストって横文字は外人っぽい雰囲気だから本物に見えるだろうと思ったのだ。
しかし、捕らわれたこの男がみなさま御存知のMr.ビーンだったからさあ大変。この予測不可能な行動をとる奇妙な小男に、村は野武士を巻き込んでしっちゃかめっちゃかの大混乱に……!!
副音声ではトム・クルーズがサイエントロジーについて熱く語っている。




キャスト

Mr.ビーン:ローワン・アトキンソン
村人A:左卜全
村人B:ハル・ベリー
村人C:渡辺謙
野武士:匿名(本人の希望により)
画伯:芦屋雁之助
ソファーで飛び跳ねて愛を叫んだもの:トム・クルーズ

その他:島根県佐田町のみなさん
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2006年09月28日

座頭市あばれ凧

市はかっこいいなあ。剣先に灯った蝋燭を乗せてるところとか。
最後は事態が解決せぬまま終わって賛否両論あるだろうが、私はあれでいいや。勝新は好きだから評価が甘い。
短編小説にありそうな終わり方。

水中戦はアイディアはよかったけれど、映像としては失敗か。水の中じゃ動きが鈍って見栄えが悪い。
屋根から俯瞰した殺陣は目を引いた。

あばれ凧の予告編もみた。
昔の映画の予告ってすごいね。本編と違う映像使ってるのが2箇所あった。今やったら苦情殺到ではないだろうか。
ひとつは本編にはなかった場面、もうひとつは、5人を相手の殺陣場面。
予告では4人をさっと斬り伏せて残った親分格と対峙しているのに、本編では一度に5人とも斬っちゃった。
この殺陣に関しては提案があって、5人斬ると画面中央の斬られた二人が寄りかかるようにして立ち続け、その奥にいる市の姿を隠す。その二人がばったり倒れると刀を収める市の姿が現れ、市は画面奥に向かって歩いてゆく。という場面なのだが、市の姿が現れたとき、それは既に道を急ぐ市の後姿が見えた。というようにすればもっと良かった。だって急いでる場面なんだもの。


「座頭市逆手斬り」だったと思うが、終盤、手を怪我した市が小屋に隠れて仕込み杖を布で手に括り付けていると、開け放たれた入り口からずらっと並んだ敵の集団が向かってくる様子が見えてくる―――って場面があって。洋画のギャングものに元ネタありそうな場面なんだけど、いい具合に映えた場面でかっこよかった。あばれ凧の話ではないが、かっこよかったので書いてみた。
あと89年度版の「座頭市」ね。殺陣がたまらない。巻き戻して何度もみた。だが、さすがに樽で転がってくるのは変。
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2006年08月31日

さくらの唄

童貞男があこがれるのは飯島愛

 タレント飯島愛(33)が24日、都内で行われた映画「40歳の童貞男」(9月2日公開)の特別試写会にゲスト出演した。飯島は「童貞があこがれる女性タレントNO・1」に選ばれて表彰された。「額に入った表彰状をもらうのは初めて。家に飾らせてもらいます」。作品は40歳オタク男の童貞喪失物語。

シネマニュース
http://www.nikkansports.com/entertainment/cinema/f-et-tp1-20060824-80254.html


飯島愛 童貞のあこがれ
 タレント・飯島愛(33)が24日、都内で行われた9月2日公開の米映画「40歳の童貞男」のイベント試写会に登場した。全国童貞連合会300人が選ぶあこがれのタレントの1位として表彰された飯島は、集まった200人の童貞クンたちに「40歳まで童貞でもいいと思うよ。あっちでヤってこっちでヤってという人よりいいよ」とエールを送った。しかし自身のことになると「昔に比べて性欲がない。最近エッチもしてないよ」とため息交じりに話していた。

デイリーニュース
http://www.daily.co.jp/gossip/2006/08/25/0000096107.shtml


「本当は及川奈央(AVアイドル)を呼びたかったけど、スケジュールの都合で私になったんでしょ?」とリップサービス。「Hしたいと思う女性がいたら、精一杯アタックしてください」と露出激しい服装で、憧れの女性からエールが贈られため息を誘った。

ヤフーニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060825-00000001-pia-ent


飯島愛 童貞にエール

全米興行収入第1位を記録した映画「40歳の童貞男」の日本公開を記念するイベント「童貞 ザ・ナイト」が開催され、「童貞があこがれる女性タレントナンバーワン」として飯島愛が表彰された。童貞の40歳をどう思うか聞かれた飯島は、「いいんじゃない?でも80歳で童貞のまま死んじゃうのは切ない」とコメント。「怖がらずエッチして。童貞くん、がんばれ!」とエールを送った。

エキサイトニュース
http://www.excite.co.jp/News/video_news/g060848.html



こわくてしないんじゃないの。相手がいないの。そしてお金もないの。


童貞1番人気!さすが飯島愛…映画「40歳の童貞男」公開記念イベントにゲスト出演

 タレントの飯島愛(33)が24日、都内で映画「40歳の童貞男」(ジャド・アパトウ監督、9月2日公開)の公開記念イベント“童貞ザ・ナイト”にゲスト出演した。全国童貞連盟員300人のアンケートで「童貞があこがれる女性タレント」に選ばれた飯島は「及川奈央のスケジュールが合わなかっただけでしょ?」。髪を片手でかきあげ「あっちでやった、こっちでやったと言ってる男の方がかっこ悪い。40歳童貞でも、失敗を恐れず頑張って」と会場に集まったチェリーボーイズを鼓舞した。

スポーツ報知
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20060825-OHT1T00068.htm

数年ぶりに会った同級生と久闊を叙し、安食堂でつもる話に花を咲かせて楽しく過ごしたのに、別れ際、「お前、まだチェリー?」って訊かれて「ああ、うん」って答えたときの何ともいえない気持ちを思い出しました。チェリールイのこともちょっと思い出した。



「40歳の童貞男」公式サイト
http://www.eiga.com/official/40DT/cast.html
40歳童貞役の役者の顔が見れます。

そして「30歳の童貞男」実物の顔
http://www.csc.bs.dion.ne.jp/sauce/spot/vol68.html
http://www.csc.bs.dion.ne.jp/sauce/spot/vol60.html

このトレイン渡辺(渡辺雅史)氏は童貞で有名な構成作家。
母親から「マーくん」と呼ばれているが、内弁慶で母親に冷たい。
風俗情報誌の気に入った風俗嬢の写真を見ながら、手元にプレイ料金分の現金を置いてオナニーをすることがある。「金はあるんだから、その気になればいつでも出来るんだ」と思うと興奮するという。でも風俗に行ったことはない。

映画は見てないけれど、渡辺氏のような顔が主演していない時点でつまんなさそうと思う。
この映画見て童貞でもいいじゃんなんて言ってる人は俺と童貞観を共有出来ないのではないか、と思う。映画見てないけど。






飯島愛のポルノ・ホスピタル
http://ameblo.jp/iijimaai/entry-10016188483.html
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2006年07月25日

移動要塞ハウル

私は批判する文章を書くと、いつもきつい文章になってしまうため注意。


ハウルの動く城」をテレビで見たのだけれど、電波の受信がよくなく映りが悪かったせいか、のめり込んで観れなかった。ちっとも面白くない。
少女ソフィーの配役賠償千恵子は失敗。老女ソフィーはよかったが、少女ソフィーの声をやるには無理があった。老女ソフィーが90歳という触れ込みであったが、90歳らしかったのは最初だけで、やたら動き回るし階段ガンガンのぼるし、90歳は肩書きだけ。ソフィーが元気なら元気なほど、呪いがかかっているという設定の効果が空虚になってゆく。
神木隆之介は声自体はすごくいいのだけれど、演技力がちょっと足りない。
木村拓哉は当時一部で酷評されていたが、思ったよりは酷くなかった。だが、しかしハウルの声優が木村拓哉である必要を感じない。
ハウルとソフィーが両想いになった経緯の描写が足りないし、一目惚れするほどインパクトのある場面も無かった。どこで、どうして好きになったのかわからない。情念を感じない、とってつけたような安易な恋愛
説明の無いことが多すぎる。あえて全貌を明かさないことで作品世界を深めるという手法は、成功しなければすっきりしないだけ。

この作品に糸井重里がつけたキャッチコピーは「ふたりが暮らした。」
これは的外れ。ふたりっきりで暮らしたみたいにいうけれど、ガキと悪魔も同居していては「ふたり」感が薄い。ドラえもんのように同じ部屋で暮らしているのならまだしも。

コサキンだったか、これのパロディで「晴郎の動く尻」というネタがあった。
2時間近い本編より、この一言のほうが面白い。ボンちゃんもきっと同意してくれる。
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