2008年06月13日

穏やかにアウトロー

NHK知るを楽しむシリーズで、柳美里が色川武大を紹介していた全四回の本放送を全部録画しておいたのだが、戦後のどさくさでどこに録画していたのか行方不明になっていた。第三回までは見ている。なんとか再放送に間に合って、ようやく最終回を見た。
柳美里なんて我の強い人がホステスをやって大丈夫だろうか、と思ったのが的中、第二回までは色川を通した柳の自分語りが強い構成となった。
柳が色川作品に強い思い入れを持っているのはわかったが、色川をどのくらい理解できていたかには疑問符がつく。

記憶があいまいなので細部は違っているかもしれないが、第三回で、色川と交流のあった井上陽水へ話を聞く。その中で「ピリオドのない生き方」という言葉が出てくる。色川はそんな生き方をしていたようだ、と。柳は「では、色川さんはピリオドをつけようとしていたのですか」と訊く。井上は、ちょっと呆気に取られたような、絶句をして、「そんなわけないじゃないですか」と返した。
色川を読んでいるはずの柳がなぜあんな質問をしたのか、私にもちょっとわからない。「ひとり博打」ではこう語られている。

私はなぜかいつも悔いている。道を歩いているとしょっちゅう砂漠にぶつかるのである。私としては心のままにまっすぐ歩いていきたいが、そのまま歩けば不毛の土地であり、いずれ飢え死をしてしまう。そこで今までの自分の向かう方向から遠去かりすぎない算段をしながら砂漠の縁を迂回しはじめるのである。その行為にはそれなりの自然さを認めよう。しかしいつも思うのだ。心のままにまっすぐ砂漠に踏み込んでいって、飢えるか狂うか、生きられぬ段階に至るまでの、生きられぬことの葛藤のプロセスこそ、生きるということではあるまいか。

ひとり博打の主人公を色川本人の生き写しと決めつけるのは危ういが、他の作品からみても、ここには色川の人生観が反映されていると私はみている。「したいことはできなくて」「男の花道」なども、生きられぬことの葛藤のプロセスそのものではないだろうか。

最終回は夫人であった色川孝子に話しを聞く。
話の内容は「宿六・色川武大」の一部をやや仔細にしたもので、見終わってはたと気づいたのは、今回柳がまったく不必要であったことである。編集された映像なので誤解があるのかもしれないが、対談という名目なのに、話を転がすわけでもなく、引き出すわけでもなく、語るでもなく。


柳美里はこの手の役に不向きである。柳のことはよく知らないが、「石に泳ぐ魚」裁判やブログでの虐待疑惑からは、我が強すぎ、他者との関わり方が下手というより気遣いや理解がない性格を感じる。だから色川を通じた自分語りになるし、井上陽水に頓珍漢なことを言う。柳が悪いのではない。配役した奴が悪い。

蛇足。柳が責任編集雑誌を降りた一件には喝采を送る。あれは痛快。長塚圭史の良し悪しは知らないが、柳の主張は正しい。



 芥川賞作家の柳美里先生が怒っている! 福田和也、リリー・フランキー、坪内祐三らと並び、
「責任編集」として発行にかかわってきた扶桑社の文芸誌「エンタクシー(en-taxi)」にブチ切れて、
「責任編集」を下りたというのだ。

 怒りの元凶は、発売されたばかりの「エンタクシー」(No.19)に、柳先生が大っきらいな劇団
「阿佐ヶ谷スパイダース」の主宰者・長塚圭史の特集が掲載されたことらしい。確かに、この号からは
「責任編集」として柳先生の名前は消え、連載も休載となっている。

 柳先生は、自らのブログの9月29日の項でこう記している。

 (以下、引用)
| 帰宅して、ポストにはいっていた『en-taxi』の長塚圭史特集を見て、不快のあまり目眩がした。
|何故、坪内さんと、この編集部のひとたちは、糞ツマラナイ芝居をやってる男を大々的に特集
|しているのだろう? 見る目がナイ、としかいいようがない。
|(中略)
| 今回の長塚特集を見て、わたしは決心しました。もう、<責任編集>として名前を連ねることはできません。

 それにしても、自らが気に入らない人物の特集をされただけで、長年携わってきた雑誌と袂を分かつまでの
怒りに達するものだろうか。そのあたりの詳しい経緯は、10月7日の雑誌「創」での自らの連載に書いている
らしいが、噂によると、特集の内容云々以上に、「責任編集」である柳先生に黙ってこの企画を進めたことが、
彼女の逆鱗に触れたらしいのだ。

http://www.cyzo.com/2007/10/entaxi.html
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2008年05月02日

****を守って

05/01/24

NHKで憲法を考えるシリーズをやっている。
前回は自衛発足の経緯を主体とした番組だったが、少し左がかった印象を受けた。
今回は九条の改正是非を巡り、スタジオに客を入れて、是非双方の立場の出席者に議論をさせるという内容。この一員に久しく見かけなかった土井たか子大先生が名を連ねていて驚いた。
土井さん、後日拉致問題についての特集にお出でくださいね。

番組中、画面下部に視聴者からのメッセージが表示されたりされなかったりする。
その中に面白メッセージを発見。

 23歳で戦死した叔父が、「憲法九条を守って」と訴えていると感じる。  67歳 女性

おい! そんなフィーリングで憲法議論に参加しないでくれよ。
これを放送したNHKは、死後も意志が存在しており、そこには耳を傾けるべき意見が存在していると認めているのだろうな。これは意見を言わなければ損である。私も祖父や叔父にNHKに意見を寄せるよう墓前で報告しておこう。そのうち死者から選挙権を取り上げるのはおかしいのではないかという議論も出てくることだろう。生きてる人の組織票より死者の票がモノを言う時代になり、公職の候補者、公職の候補者となろうとする人、現に公職にある人、そしてその後援団体は、選挙区内の墓に対してお供えをすることが原則として禁止されると思う。 票の取りまとめをして逮捕される坊主等出現の予感。
しかし、すげえなあ。勉強熱心な死者だよ。
自分が死んだ後に成立した日本国憲法について知ってたり、その憲法維持を主張したりするんだから。
私も死んでから日本の行く末を憂いたり、親戚に政治的意見を伝えたりするのだろうか。
「おばけにゃ会社も仕事もなんにもない」とはゲゲゲの鬼太郎主題歌2番の歌詞であるが、 幽霊はなかなか忙しそうである。霊界にも市民団体がありそうな気がしてきた。
霊界裁判所へ集団訴訟でも起こしているのでしょうか。 鬼太郎で妖怪大裁判ってあったな。あんな感じか。
…あっ、私も死者の声を感じるぞ! 内村鑑三が、「平和な時の平和論」と言ってると感じる!
あとこの67歳女性は「ぼくの地球を守って」ファンではないかと推測する。
前世とか聞いてみたら面白いことを言い出すかもしれない。

最後に視聴者の意見を紹介して番組は終わった。
その際、意見を読み上げる司会者へカメラが寄っていった時に、マイクのゴソゴソする音と、おたかさんの「あれれ、もう終わっちゃう」って小声が入ってて笑った。
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2008年04月27日

ぼくらのすばらしい一日



「サルでも描けるまんが教室」は漫画史に遺すべき傑作漫画だと思っている。それで竹熊健太郎のブログも読んでいるわけで、今朝の「ぼくらの時代」も見たわけだ。
「ぼくらの時代」は日曜朝7時からの30分番組で、司会はなくゲストらに好きに話をさせる。今朝は川上未映子・中川翔子と並んで竹熊。川上希望の人選だ。
三者ともなぜブログをはじめたのかという話に始まって、当然マンガの話、中川の父親の話から親の話、父を憎んでいた異性が怖かった母を憎んでいた、異性の話、川上が10年つきあっていた男の話(その男へ心理的に依存しきっていた時期があり、ベランダに閉じ込めて出社できないようにしたこともあったという。今ではそれをよくなかったと思うと言うが、川上の容姿や話し方からは、まだ何かとても困った性格を有している気がする。)、ドロドロしているところで今日はどうもありがとうございましたと鼎談終了。『それでは、今日もすばらしい一日を。』とナレーション。こんな話題のあとで何がそれではなのだろうと思いながら飯を食った。


動いている竹熊は初めて見た。喋るときに口が閉じきらないように見えるのは、脳梗塞の影響だろうか。滑舌にはやや影響が残っているという。紙面でみていたとおりの顔だった。
川上には興味がなく、中川の話は知っていたので、動く竹熊が見られたのと、じんじん君の口調は竹熊のそれであることが判明したのが収穫であった。
「毎日じんじんッスよォ!」
「少年ジャンプはなぜ売れるのですか、とかさ、そういうの訊かれても知らないっすよ」


話は変わって、板垣の描いた春巻がバキに似ていたのは故意だろうか。
花山がいい顔をしていた。好きだなあ花山。ハニャヤマ。今回は克己に華を持たせたとして、そのうち独歩のかっこいいところを描いてください。独歩に謝っちゃうあたり、克己はやはり甘い。
水中でマスクを外されちゃったケビンは一体どうするのよ。キリコが乱入するまで、ジャンが満身創痍なのをすっかり忘れていた。
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2008年03月31日

たけしさんへのプレゼント

先週・今週の素敵な宇宙船地球号は、ゾマホンが故郷ベナンの汚染された湖を綺麗にする活動を追ったもの。日本で水質改善の専門家に土下座して協力を仰いだり(別に専門家は断ろうとしたわけではない)、ビートたけしにベナンへ一時帰国する許可を貰うために長々と説明して、たけしから話が長いと言われたりする。(そんなもの最初からたけしは許可するつもりだった)

ベナンでは、捨てられる大量のゴミが問題になっている。ベナンでいうごみとは、以前は木材や食べ物といった土に還るものばかりだったので、どこにでも捨てていたようだ。しかしビニールやプラスチックなどが生活に用いられるようになり、ごみ箱に捨てるという習慣もないままに以前のように捨て続け、土に還らないゴミがあふれてしまった。
今回ゾマホンが活躍したのは、とある水上集落。湖にごみを捨て続け、水が汚れてしまっているのだ。住民たちは湖をどうしたらいいのかわからない。そもそもごみを取り除こうともしない。今までの捨てっぱなしでよかった生活のせいで、そんな意識がないらしい。

ゾマホンは湖のごみ除去と水質改善作業をするために、住民を集めてその方法を実験を交えて教え、後日の作業への参加を呼びかける。現地のテレビにも出演し、広く参加を求めた。

水質改善方法は、目の大きい網の箱に牡蠣の殻を入れて、湖に投入するもの。牡蠣の殻に付着するフジツボなどの生物が水質を改善してくれるのだ。現地住民が永続的に行えることも目的にした、簡素な方法だ。

当初は非協力的な住民の姿もみられ不安だったが、作業には大勢の人が集まってくれた。
ゾマホンも湖にはいってごみの除去作業にあたるが、湖底に足をとられ現地の人のようにうまく動けない。(ゾマホンも現地人なのだが)
それでも懸命に作業するゾマホン。偶然、ごみに紛れていた掌ほどの魚を手掴みにする。カメラへ向かって魚を見せ、「これはたけしさんへのプレゼントにする!」と、いつもの口調で捲くし立てる。ところがその直後、魚は暴れて手からすり抜け、逃げていった。その鮮やかなしょうもなさに私は思わず、あっ、と声を上げてしまった。
ゾマホンは祖国ベナンのため実によく働いている。でも、いまいち格好がつかない。これはゾマホンがテレビに出始めたころから思っていた。実に真剣、実に立派。しかしこの度の魚のように、変なところで締まらないんだよなあ。日本語だって上手いのに変に早口だし。それでいいのだけれど。


ゾマホン・ルフィン - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BE%E3%83%9E%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3

外務副大臣岩屋たけしが、ゾマホン案内のもとベナンを訪問した際の手記。
http://www.t-iwaya.com/essay_bn/bn34.html
posted by ヨシノブ at 03:24| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

今週の水戸黄門

京都市伏見区の土を踏んだ黄門一行は、土着のカラーギャング団であるネオブルーコメッツと七色いんこ虫の抗争に巻き込まれる。最終的にいつものように印籠を取り出すが、ギャング団は水戸黄門を知らなかったので窮地に陥る。しかし印籠の中に温かいスープが入っていたので、それを回し飲みして一同和解。悪代官と云えど良き夫であったという富子の言葉が、お銀の胸にいつまでも重く残っていた。
posted by ヨシノブ at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

萩本欽一氏のウルトラマラソンに関する私の見解

夏の恒例「24時間テレビ愛は地球を救う」でいつもいつも思い出すのは、ナンシー関が24時間テレビを取り上げたコラムで「感動を売り物にするのは下品だ」と嫌悪していたこと。私は程々に下品を好むものの、ナンシーの言葉には我が意を得る思いである。感動を売り物にする下品さには、私が好きなおっぱいとかうんことは違う下品さがある。



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萩本欽一氏のウルトラマラソンに関する日本禁煙学会の見解
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2007年8月16日
日本禁煙学会 理事長
作田 学
162-0063 新宿区市谷薬王寺町30-5-201

このほど日本テレビでは萩本欽一氏にウルトラマラソンをおこわなせる企画を検討していると聞き、つぎのような見解を広報する。

1. 66歳のヘビースモーカーに酷暑の中で70kmのウルトラマラソンを行わせるこの企画は、医学的に見てきわめて非常識である。
2. 全国民に感動と生きる勇気を与えたいというこの国民的タレントの気持ちは理解できるが、それをウルトラマラソンという形で表す事は、上記の理由によりきわめて不適切である。
3. 自らが禁煙して全国民に禁煙のメッセージを送ることによって、欽ちゃんの気持ちはじゅうぶん生かすことができる。
4. 日本禁煙学会は、欽ちゃんがこれからも元気で長生きし全国民に夢を届ける活動がつづけられるよう、この機会に禁煙を実行することを強く望む。
http://www.nosmoke55.jp/action/0708smoker70kmrun.html


「医学的に見てきわめて非常識」というのは、とどのつまり『死ぬかもしれない』ということだろう。ジョギングだって死を招く(ジョギング提唱者ジム・フィックスはジョギング中に死んだ)ことがあるのだから、マラソンに向けトレーニングを行い援護体勢も整っているとはいえ、喫煙老人が70キロ走るなり歩くなりすれば死ぬこともあるだろう。

 たばこを吸うと、一酸化炭素の作用で酸素の運搬能力が低下するので、運動能力、特に持久力が落ちてしまいます。またニコチンは、心臓の動きを不必要に早くしたり、血管を収縮させて血圧を上げたりします。そのため、心臓に余分な負担が絶えずかかり、運動の妨げとなります。
http://www.gan-osaka.or.jp/gannituite/tabacco-1.html

不適切だから止めてくれ、というのだろう。しかし私は萩本欽一はマラソンをしてもよいと思う。
私は萩本が嫌いだから死ねばいいと言っているわけではない。事実、嫌いではあるが、私は植村直己の探検を見送ることになっても、彼は死ぬかもしれないと思いつつ引き止めないであろう。遊び半分で行くわけではないのは彼の努力と実績が示している。死の危険を知りつつ、それでも自分の意思で行くというのなら、私には止められない。植村が死なずに帰ってきてほしいのは山々である。萩本も死の危険を知りつつ、それでも自分の意思で行くと言うのだから、死んでもいいではないか。
寺山修二がネフローゼに罹ったときだったか、ある病院入院した。寺山の入院生活は「医学的に見てきわめて非常識」であったため、医者と揉め、そこでの「医者は僕の病気をみてくれるが、僕という人間をみてくれない」として、理解のある医者のいる病院へと転院した。
喫煙学会は萩本欽一という肉体のみをみて、その人間をみていないのではないか。
一日でも長く生きることが生きることの最優先事項ではあるまい、と萩本も植村も寺山も私も思っている。
だから私は萩本欽一がマラソンで死んでもよいし、喫煙で長生きが出来なくてもよいと思っているのだ。


ナンシー関が何処かに書いていたある言葉を思い出そうとするが、よく思い出せない。
「私は見えるものしか信じない。だから目を皿のようにして見る。そして、見抜く。」
このような言葉だった。たまらぬ女だぜ、ナンシー。
こうしてナンシー関が24時間テレビに見抜いたことのひとつが、冒頭の「下品」であった。
posted by ヨシノブ at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

×ゴロゴロ ○ダラダラ

鬱病ゴロゴロで取り上げた番組の再放送を見る。
『職場復帰のための「自己リハビリ」』という項目で、町永俊雄アナウンサー
具体的どういうところから始めるか。ま、自宅作業。まあ今まで自宅でずーっとゴロゴロ、ゴロゴロといっちゃあ、あ、安静にしていた人が…」と発言。
ゴロゴロといっちゃあの部分で隣の鹿島綾乃アナウンサーが「ゆっくり、はい」と救助艇を出した。

私はこの発言をもって町永は鬱病患者を差別していると言いたいわけではない。
ずっと福祉番組をやっているのに鬱病を自宅でゴロゴロなんて言ってしまった、という落差に目が止まって、その発言を正確に聴き取りたいと思っただけである。だから、この話はこれでおしまい。


おしまいのはずだったが、もう少し。
聴きたいのはゴロゴロ発言だけだったのでビデオに録画して該当部分だけを見て、それで終わりにするはずだったが、巻き戻して番組を最初から再生させていると、自宅でゴロゴロの前にこんな発言があった。

鬱病患者との接し方の一つに、リビングなどで衝立やカーテンを引くなどする方法がある。患者のダラダラ(ダラダラという表現はいいのか?)している姿に家族がいらだって攻撃的なことを言ってしまうのを避けつつ、姿は見えねど声はするので周囲に人がいる安心感を患者に与えることが出来る。
この話での町永の言葉。
言っちゃならないのに、いつまでゴロゴロしてるのよっていうふうに、ねえ、本来だったら言っちゃいけなわかっていても言ってしまうことがある
posted by ヨシノブ at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

鬱病ゴロゴロ

NHK教育の福祉番組「30代の“うつ“ 反響にこたえて(2)」

「働きたくても働けない」という悲痛な声。「社会復帰は出来るのか」という不安。なぜ「うつ」になるのか。予防する方法はあるのか。そして「うつ」になった時、どう治療し、家族・周囲はどうサポートすればいいのか。うつと向き合うためのヒントを、わかりやすく伝えます。http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/info/0708/70807.html


鬱病で職場を離れた人が社会復帰するためには「仕事8時間+残業2時間+通勤2時間」に対応できる体力をつくらねばならない。という話の中で、進行役の町永俊雄アナウンサーが鬱病患者を「自宅でゴロゴロしていて・・・・・・」といい、直後にそれをさらっと言い改めた。町永俊雄はNHK福祉番組の常連であるだけに驚いた。鬱病を「ゴロゴロ」していると言ったのは本音ではないだろうか、と思ってしまうのは私が意地悪なせいだろうか。
この番組は8月14日(火)13時20分から再放送される。



余談であるが、町永俊雄(早稲田大学政治経済学部卒)は昭和43年夏当時「三派系全学連の親派」であったという。
昭和46年NHK入社。
http://www.iijnet.or.jp/NORI/ エッセイ「三島由紀夫会見記」より。同サイト内の「マンガ」にはセクシーショットがあるので親のいないところで閲覧しよう。)

初任地のエピソード
八戸。約30年前、降りたった本八戸駅頭は新産都、水産都市のエネルギーにあふれ、ホコリ舞い立ち、魚臭に満ちていて、ボクはたちまち東京のママのスカートのうしろに駆けもどりたくなった。しかし、その地に4年、私は十和田に遊び、ホヤに舌づつみを打ち、そして美しい妻と出会ったのだった。以来ママのスカートとは縁をきっている。
http://cgi4.nhk.or.jp/a-room/aroom.cgi?i=442

私がぼんやりと思っている「左翼親派学生が書きそうな文章」にぴったりである。
片仮名のボクとママのスカートというユーモア。美しい妻ってのもニューファミリーっぽい。

わたしの仕事の“喜怒哀楽”体験
番組前には、ヨッシャーとガッツポーズし、打ち合わせではディレクターと口角泡を飛ばして議論し、放送が終わると「あああ、オレってだめだなあ」と落ち込み、しばらくすると、これも経験とにんまりする。この繰り返し。


この前向きさも上記と同様に私が思う「左翼親派学生が書きそうな文章」にぴったりなのよなあ。



*ここでの「左翼親派学生」は現役学生に限らず、学生時代を左翼親派で過ごした人、学生時代後も左翼親派である人、左翼親派の主張・自覚がなくともそれらしい人を指す。左翼の定義は厳密なものではなく、何となくで。
posted by ヨシノブ at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

かっこいいとは、こういうことさ。


3月17日放送の「つながるテレビ@ヒューマン」を間違って録画していたので見た。


東京環境会議は、音楽プロデューサーの小林武史さんが企画した、音楽と環境を融合させる新たな挑戦だ。「俺たちに出来るんだろうかみたいな人たちに裾野を広げていきたい」。
各地で地球温暖化の影響が深刻化している現代、世界の著名人の間で環境問題に関わることがトレンドになっている。日本でも、今回のイベント、東京環境会議には、倖田來未さんやクレバさん、絢香さんなど約60組のアーティストが参加。小林さんは"環境問題を考えることはかっこいい"と、イメージを変えていこうしている。
ヒップホップ歌手クレバさんのファン、下山さん(28歳)も、イベントのチケットを買った一人。普段電気をつけっぱなしの生活で環境を気にかけることはなかったが、「クレバが考えるなら私も考えてみようかな、と刺激になりますね」と。

絢香さんとガクエムシーさんの特別セッションを披露するなど盛り上がった頃、国立環境研究所の江守正多さんがステージに登場、ミュージシャンと異色のトークセッションを行った。
観客の若者「とても興味深かった。小さいことから始めようと思った」
地球温暖化の問題は、若者たちの胸に新鮮に響いたようだ。


リンクde放送記録
http://www.nhk.or.jp/human-blog/05/631.html


馬鹿じゃなかろか、と思いながら見ていたのである。環境問題を考えるがかっこいいとは思わない。かっこ悪いとも思わない。考えた上でどのような意見・提案がなされるかについてやや興味はある。考えただけでかっこいいとは敷居が低すぎる。
下山さんはテレビや暖房をつけっぱなしの無頓着に電力を消費する毎日だった(と放送では言っていた)のが、このイベントで考えを改めたという。きっと現在は小まめに電源を切る生活をしているのだろう。それしきのことが、「かっこいい」と言い表せるほどかっこいいか? それって環境問題以前に普段の生活がだらしなかっただけで、それを当然の位置に回復しただけではないだろうか。HIPHOPの力で28歳にして脱電気つけっぱなし生活。かっこいいか?
私も早くから環境問題には関心を持ち、捨てられているエロ本の再利用に取り組んでいるが、誰からもかっこいいといわれたことがない。

☆電気つけっぱなし生活をやめて節電生活→資源・エネルギーの節約→地球環境を考えるかっこいい人。

☆エロ本の購入を控える→エロ本売り上げ伸びず→エロ本市場縮小→エロ本生産規模縮小→エロ本製作に費やされた資源・エネルギーの節約→地球環境を考えるかっこいい人

どう違うんだ。私は夜に部屋を暗くしてAVを観ることだってある。「それって節電になるよね。かっこいい!」って言われたことないぞ、と思ったがエロ本を拾うことも暗いなかAVを観ることもあまり人に話したことがない。そうか、だから誰も私のことをかっこいいと言わないのか。今度これらを女性に話してみよう。
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2006年11月30日

音も無く忍び寄りしは影ならぬ……

現在のところ連続ドラマで欠かさず観ているのは「相棒」シリーズだけである。
「セーラー服と機関銃」は全5話しかなかったのに放送時間を忘れてばかりで半分くらいしか観ておらず、肝心の機関銃を撃つところも「快感」シーンも観ていない。薬師丸ひろ子はどうなったかも知らない。ダダダダダ…ってやった?

で、肝心の相棒であるが、予告によると次回は佐野史郎がゲスト。髪型がオールバックになっていて、非常に額が広かった。佐野がNHKの歌の番組に出ているのをちょくちょく見るが、この事態に全く気づかなかった。
髪形って大事である。
最近見かけた人で、まだ30代なのに髪の量が少なくて短髪でスカスカなのにツンツンに髪を立たせてる人がいた。
頭皮が透けて見えるのである。シースルーである。
だからといって、どんな髪型にすれば良いのかは私にはわからない。

中央にいるのが佐野である。
http://www.tv-asahi.co.jp/aibou_05/contents/story/0009/

まるで実写版篠塚明である。言い方は変だが。
http://image.news.livedoor.com/newsimage/b/9/b36a59cab8a3b04a09-m.jpg
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2006年10月23日

あざとい宣伝逆効果

映画天使の卵」の公開が近づき、いくら宣伝のためとはいえ、その続編にあたる「梯子」をなぜ今テレビでやるんだろうと疑問であった。両作に共通する主要な登場人物をやる役者が全然違うし。
私は「卵」の筋を把握しているからいいけれども、知らない人は「梯子」についていけるだろうか。
変な盛り上げ方だと思いつつ視聴していたら20分ほど経過したところで、過去場面に。その場面が映画「卵」の場面をそのまんま使っている。なんと露骨な宣伝!
映画版だとやたら画質がいいんだ。演出としての画質差ではないし宣伝ドラマというのが頭にあるから、変なおかしみ漂う違和感。
宣伝でもあるし、卵を一切排除したら成立しないドラマだから、ちょくちょく映画の場面が差し込まれる。けっこう重要な場面でも
あのさー、卵の重要なところは伏せておいたほうがいいと思うんだけどなー。確かに俺は再三読んだよ。でも、それは初読したときの良さを憶えているからやったことであって、最初からハルヒがどうなるナツキがどうするという場面を流してしまったら興醒めじゃないか。
流さなくてもドラマ内の台詞で言っちゃってるんだけどさ。
当然、間に挟まれるCMでも卵の宣伝やるし。もう力なく笑うしかない。何たらかんたらのクリスマスのCMの中谷美紀はかわいいと思った。

梯子の主人公(卵には出てない)は役者がアンドレ・ザ・ジャイアントかジャイアント・シルバみたいな顔で、田辺誠一にも似てるし、前髪がかかっていない顔は角度によっては松田優作にも似ていた。でもかっこよくはない。顔つきがちょっと幼くて、妙にツルツルしてて、なんか変。どんな表情しても変。髪形もオシャレすぎて変。整形しているような不自然さ。芝居もうまくないし。
役者抜きにしても、他人の携帯電話の中身を盗み見する(つい何分か前の場面では別の奴から自分が同じ事されて怒ってたのに)嫌な奴だった。勝手に他人のスケッチブックみるし。他にも性格の悪いところが目に付く。
卵の主人公だった歩太は、映画版と違って要潤がやっていた。卵の歩太をやるには年が行き過ぎているが、悲しみを抱いて大人になった歩太としては良かった。かっこよかった。



2ちゃんねるで梯子のコラージュ画像が載せられていた。
2ちゃんねらーどもはモラルの欠片もない犯罪者でありレイシストですから、こんな悪意ある所業を造作もなくやりおるのある。私は義憤に駆られ「何をするだァー 許さん!」と怒り狂って元画像を探したら、驚くべき事にこれは未加工画像だったのだ!! ふんわりカール! やや田原俊彦
http://www.tv-asahi.co.jp/hashigo/img/image.jpg
この画像のデザインにセンスを感じないのは私だけだろうか。
なぜか一緒に載せられていた不思議な画像。不思議とこっちにはセンスを感じる。
http://sawasho.com/blog/archives/images/misuzu-gakuen_03.jpg


私が書いているこのシーサーブログにも天使の卵宣伝攻勢がかけられていた。
http://info.seesaa.net/article/25702129.html

ブログパーツなんてものがあると知り、早速取り付けてみた。現在カレンダーの上でぷかぷかしているのがそれである。
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2006年10月15日

「夢の途中」は名曲

夕食を食べながらドラマ「セーラー服と機関銃」をみる。赤川次郎原作。薬師丸ひろこ主演の映画版は観ている。

セーラー服に身を包んだ水兵が敵船目掛けて機関銃を乱射して「外・患」と言う。敵船には自国を他国に売り渡したかつての同胞が乗っていたのだった……。事件は幕を下ろしたが、仲間はみな死んでしまった。水兵薬師丸はやるせない思いで人ごみの中、ダダダダダダダ…と口で言いながら機関銃を撃つ真似をする。実際手にしていたのは三角形に切られたベニヤの廃材であった。やがて機関銃ごっこに飽きた薬師丸は、ちょっとギターっぽいぜと思い、そのベニヤ板でツェッペリンの「天国への階段」を弾く真似をするのである。薬師丸がうろ覚えでモニョモニョ歌う「天国への階段」(「ヘーブンー」のとこだけはっきり歌う)にのせてスタッフロールが流れ、NGシーンも公開される。間違って「ブレザー服と機関銃」を執筆する赤川次郎、「セーラー服とBC兵器」を執筆する赤川次郎、セーラー服を着る赤川次郎……。

映画はだいたいこんな感じであったが、この度のドラマ版は、なんだか変な軽さを随所に仕込み、うーん、こういうことしないと視聴率とれないのかな、こういうことすれば視聴率とれる(面白い)と思ってるのかな、なんて考えてしまった。
長沢まさみって人気があるように扱われているが、特別演技がうまいというわけでもないんだな。私が演技するよりよっぽどうまいとは思うが。
ホリプロが創業45周年記念で赤いシリーズをリメイクして、力をいれたわりには成功せず、特に何も残さなかった。
「セーラー服と機関銃」も、大看板(アイドル薬師丸ひろこがいてこそ大きくなった看板であるが)に見合うほどの成功はしないのではないか?
そして、長沢セーラー機関銃も何も残さないのだろうか?
いや、そんなことはない。このリメイクで「セーラー服と一晩中」というギャグが息を吹き返すのだ。それだけでもリメイクの価値はある。つまり、このドラマは既に成功しているのである。もし「よく締まるひろこと一晩中」まで蘇生したら大成功である。祝杯をあげ、家族で小金を賭けてスゴロクでもするがよい。なにかあったらステゴロをすればよい。




ドラマの主人公がバタフライナイフを持ってたり歩きタバコをするのが問題になった事があるが、主人公がヤクザに身を投じたり機関銃を撃つのは大丈夫なのだろうか。ナイフ・タバコを問題視して声をあげた人には。抗議されたら訂正のしようがないぞ、このドラマ。
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2006年07月02日

コンクリを舐めるな

ドラマ探偵学園Q」を見た。原作は読んでない。
神木の声が低くなっちゃっているのは仕方ないが、どーしても解せないのがコンクリートのトリック
余所見をしつつ見ていたので、以下の内容はちょっと勘違いがあるかもしれないが、大筋は外してないはず。

木造の小屋が家事になる。中に入ろうとすると、小屋の入り口を塞ぐために内側から置かれた大きなコンクリート塊が置かれている。どうやって用意したのか?
・コンクリートは縦に長いきれいな直方体で、横1M・縦2Mくらい。
・窓やドアよりも大きい。
・大人が押してどうにか傾けられるくらい重い。
・小屋の中では前夜(だと思う)に行方不明になった子供が1人で死んでいた。自殺とされていたが神木は他殺とみる。
・ここに省略している内容によれば、コンクリが現れたのは一晩のうち。多く見積もっても一日。
・火事は朝か昼に起こった。

解決へのヒント
・鎮火後、要潤がこのコンクリートを倒すと、底に燃え残った青いビニールシートが張り付いていた。
本来小屋の床には何も敷かれていないはず。


こういう謎がありまして、私も探偵学園に入りたいから、神木くんたちと一緒に一生懸命推理してたんだよ。
俺全然わかんないのに、神木くんはヒントでトリックがわかっちゃったらしくて御高説を垂れたの。
それに納得がいかない。

解答
☆ドアのすぐ内側に、ダンボールで直方体の型を作り、内側にビニールシートを張り巡らせたものを置く。
ドア上部の壁に穴を開け、外から洗濯機の排水ホースみたいなのを通し、先を直方体へ入れる。
外からホースを通して固まる前のコンクリートを流し込む。これが固まってコンクリート塊が完成。
ビニールシートやダンボールは燃えて無くなった。


俺の不満
★あんなに大量のコンクリートが小屋の中一晩や一日でガチガチに固まるものか。
ビニールシートとダンボールでは液状のコンクリートの重さを支えきれず、きれいな直方体はつくれない。仮に板で補強していたとしても、あの程度の火事ならば炭となって確実に形跡が残る。コンクリの底以外に溶けたビニールシートが張り付いていなかったのおかしい。
もっかい言うけど、あんなに大量のコンクリートが一日そこらで固まるわけがない。←大いに不満。
でも、番組としてはこれで正解なんだってさ。
推理物をやるなら、もう少しきっちりトリックをつくれ。
そして陣内にはまた明智小五郎をやらせること。黒田勇気による小林少年は却下。
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2006年06月11日

もっと強く踏んでください、女王様

NHK「日本のこれから」で沖縄米軍基地問題。

沖縄の市民団体の方が「足を踏んでいる人には、足を踏まれている人の気持はわからない」と言った。
話には聞いていたが、本当にこんなことをいう人がいるのだなと感動した。
足を踏まれている者には足を踏んでいる者の気持がわかっているのだろうか。
無神経に踏んでいる人と、止むに止まれぬ事情で踏んでいる人は同じ扱いでいいのだろうか。
「足を踏まれている貴方は、泣きながら足を踏んでいる人の気持がわかっているか!」と言われたら何と言うのだろう。「足を踏まざるをえない状況を理解できているのか」でもいい。
感情の問いは、わかってる、わかってない、の水掛け論に終始しやすい。
論理の問いは破綻すればそれまでだけど、感情は自分の胸先三寸で何とでも言える。論理で決着を付けるべき問いでも感情が絡むと、破綻側が破綻を認識できなかったり認めなかったりして泥沼である。
「足を踏んでいる人には、足を踏まれている人の気持はわからない」って、そういう類の話である。
相手への問いが自らへの問いともなっていることに、また、その答えは相手が握っていることに、気付いているのだろうか。

「やむを得ず足を踏まなければならない者」は、沖縄米軍基地問題という括りではなく、それ自体で考えてみたい問題だったので、上記の発言がちょっとひっかかり、ここに記した。

尚、この記事では米軍基地の是非等に関して何も言及していません。



mumurブログで面白いこと書いてあった。斉藤氏の仕事ぶり。
http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/50526992.html
posted by ヨシノブ at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月18日

芸術劇場 イッセー尾形

NHKでイッセー尾形の番組を観る。
イッセー尾形の芝居をやったあとに、4人の語り手に1人づつイッセー尾形を語らせるという番組構成。
芝居自体はいつものイッセー尾形だったので、テレビでイッセー尾形の芝居を観れたという以上の有り難味はなかったのだけれど、語り手部分が案外良い出来だった。うまく言い表せなかった部分のイッセー尾形の魅力を言語化してくれて、良さを再認識できた。ただ、その1人である関川夏央だけはどうもいただけない。
関川の名前は知っていたのだが、この度初めて顔を見た。この顔が同級生の犬養君に似てんだよ。小中同じ学校だった、中学校の近くに住んでたあいつだよ。ちょっと笑い出しそうな表情で喋ってるところも似てる。わりと仲良かったし、後ろめたいところはお互い様なので犬養に心が痛むところも怯えるところもないんだが、似てることに対しそわそわしてしまった。
語り手の1人が小松政夫だった。イッセー尾形と小松政夫の二人芝居のビデオを見たことがあって、その中の二人の老芸人を演じたやつがすごく好き。小松の真に迫った怒りの演技を見てから一目置いている。
posted by ヨシノブ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月19日

メガネの番組

NHKで眼鏡をテーマにした軽い番組をやってた。
後で調べたら「こだわリング」という単発番組(?)。好評なら続編作りますといった感じ。
出演はYOUと千原兄弟のどっちか。
そこで眼鏡男子愛好会みたいなサイトに集う女性を数人集めて話をさせるコーナーがあった。
彼女らの意見がメガネ好き女子の総意とも思わぬが聞き耳を立てていると、そこでの話の結論(と私が思ったもの)としては、「メガネ=インテリ」であり、メガネかけてるのに頭が悪いとびっくりする(多分幻滅するという意味だろう)らしい。常時メガネをかけていながらとても頭が悪い(幾らか謙遜して書いてると思ったら大間違いだぞ)私はメガネ好きの中からも眼中に無いようだ。それにメガネをかけていることに対し何やらコンプレックスを抱かなければならぬらしい。生憎私は我が顔自体に劣等感はあってもメガネに対してはこれっぽっちもコンプレックスがない。あと、結局かっこよくないとメガネかけてても駄目(サンボマスターはメガネではあるけれど駄目で、アジアカンフージェネレーションやくるりやキリンジは良いらしい)ということで、俺はこの女どもの金玉袋を破いてやろうかと思った。ファッキン。
この番組の視聴後、メガネもののAVが見たくなりましたとさ。


最近メガネをかけたまま横になってたらうたた寝をしてしまい、いつのまにか外れたメガネを体で押しつぶしていてフレームが歪んだ。目が覚めて布団の中からメガネが出てくる時の血の気が引く感覚ったらないね。
posted by ヨシノブ at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする