人間であるというだけで、何をどれだけやろうと殺してはならぬほどに尊厳というのがあるのだろうか。人間は自分の都合で他の生物の命を奪いつづけるが、人間の命だけは絶対に死守しなければいけないのだろうか。ただ人間に生まれてきただけで、絶対的に命の保障をすべき特権階級なのだろうか。他の動物には同族殺しをするものがある。
内緒にしていたけれど、私は人間がそんなに尊いものだとは思っていない。(05/17追記:どんなに罪があろうとも死刑にはあたらぬほどに尊いとは思わぬ」の意味です)
暇つぶしに手当たり次第10人殺した人が死刑を宣告されて、「そりゃないぜ」って言っても、お前はそれ以上のことやってるじゃねえか、なんでお前が殺されるのがダメなんだよう、って思う。




もし、殺人に対する死刑を肯定するのなら、
絶対的な尊厳の有無を議論するよりも、
処罰根拠としての人間の尊さは肯定しつつ、尊厳の相対性を言うべきではないでしょうか?
だから殺人罪を罰するのであれば論理的には死刑反対となるはずだ。
というだけの話だと思いますよ。
人間は意外と尊くないっていうのはみんな知ってますから。
「人間がそんなに〜」は、「どんなに罪があろうとも死刑にはあたらぬほどに尊いとは思わぬ」の意味です。そうは読みづらくなっていますね。下手な文章でした。すみません。
さて、尊厳の絶対性にしろ相対性にしろ、議論をしても異なる倫理観がぶつかるだけで、結論が出ないのではないかと思います。頭の体操にはいいかもしれませんが。
私の人間そこまで尊くない説も、根拠を言えば「そう思うから・そっちのほうが納得できるから」程度のことです。出来れば尊厳あるゆえ死刑廃止論者と話をしたいのですが、私は死刑賛成論者なので怒られそうでこわいです。あと小難しい話になるとついていけないのでこわいです。
(法や権利から離れて、観念的?思想的?には、人間まったく尊くない説はありだと思っています。いわば万物斉同です)
>一方で人を殺してはいけないとしながら他方で人を殺してもよいとするのは矛盾であって妥当でない。
>だから殺人罪を罰するのであれば論理的には死刑反対となるはずだ。
>というだけの話だと思いますよ。
それがよく表れているのが「死刑とは、国家による殺人」という言葉ですね。
言葉自体はまったくその通りですが、『殺人ダメだから死刑ダメ』の意味がこもっているのだと思います。
これには返し技で、「逮捕とは、国家による拉致監禁」で「懲役とは、国家による強制労働」だ、というのがあります。国家による殺人がダメなら拉致監禁や強制労働はどうなんだ、逮捕も懲役もダメか、というわけです。然るべき権限者が法的手続きを踏んで拉致監禁強制労働殺人を行うのと、無権限者が法的根拠なくそれらを行うのは違うという意味です。
(ちなみに日本国で認められている人権には、「現行犯逮捕以外での、令状なき拘束・逮捕の否定」「刑罰執行以外の意に反する使役禁止」と、国家による拉致監禁や強制労働を許してしまう恐ろしい抜け穴があります。)
私はこの返し技に一本の判定を下しているので、この単純な「殺人だからダメ」説には納得できません。死刑もまた刑法で定められており、違法ではありません。死刑で殺人罪を下された法務大臣や死刑執行係員はいないと思います。
みんな死刑反対によく尊厳尊厳と言うので、袋叩きになりたくなくて「そこまでの尊厳はない説」は内緒にしていました。今回は筆が滑りました。