ここに家族3人で食べに来たことがあるというのだ。
私はその店に一歩たりと足を踏み入れたことはない。
別の店ではないか、と問うと、馬鹿にしたような顔で、ここに来たじゃないか、開店した頃半額サービスがあって来てみたら行列が出来とって、肉も中々こないでお前は漫画を読んじょった、肉を大目に頼んでしまって、最後に豚肉を少し残したじゃないか、行列には○○さんも来ていたがあんまり列が長いものだから途中で帰った、と言う。
まるで覚えがない。いつの頃かと聞くと、1年か2年前、と漠然としているし、季節もはっきりしない。
本当に覚えていないのか、といわれる。本当に覚えていない。
お前は漫画を読んじょったではないか、といわれる。それは持参のものか、店の物か。
店の物じゃった、といわれる。まったく記憶にない。
まったく記憶にないのだが、来たことがあるはずだと言われ続けていると、頭の中に店の内装や漫画を読んでいる自分の姿が少しづつ浮かんでくる。でも記憶はない。
親父は勝ち誇ったような顔で、行ったことがあるに千円賭ける、お前も賭けろ、と言う。
自分の過去に自信が持てないまま賭けにのる。
家に帰って、同じ焼肉屋に行ったとされる母に事実はどうだったのか尋ねると、親父に向かって呆れたように「私とお父さんの二人で行ったじゃないの」という。父驚く。
こうして私の所持金は目出度く千円増えたのである。
親父はきっと、私の偽者をみたのだと思う。私の偽者が私のふりをして親父を騙し、漫画を読んだり肉を食ったりしたのだ。たまにはそういうこともある。母は騙されたことを忘れているのだろう。



