開設して二年半。カウンターこそ毎日回るが、それは検索に引っかかりやって来て二度と来ない人が殆どを回しているので、不支持票の獲得数のようなものだ。
本当は、こうなるはずではなかった。
当初の予想では、開設半年でブログ通たちの目に留まり、無名だが光るものがあるブログとして密かに話題になっているはずであったのだが、半年を過ぎても単なる無名に留まる。
一年もすれば雑誌に名前が出ているはずであった。注目のブログランキングベスト100の60位台あたりで、名前とアドレス、寸評と共に小さくスクリーンショットも載る。日経エンタテインメントの企画である。雑誌に紹介されたことについてブログでは一切触れない。コメントを求められたら「そういうつもりで始めたわけじゃないので、意識していない」と答える。でも生まれて始めて日経エンタ買っている。
一年半もたつと、カルト人気ブロガー四人をゲストにトークイベントがロフトプラスワンで開かれ、ゲストの一人は私である。当初は参加を拒んだのだが、主催者の熱意に動かされて参加に至る。私は四人の中で一番知名度が低く、容姿も悪い。しかし、それを逆手にとった自虐と機知に富む話術が客の心を掴み、注目すべきブログとして評価を高める。期を同じくして私のブログは徐々に各所で紹介されるようになり、爆発的にアクセス数を伸ばす。
開設2年を迎えて書籍化。出版社と私の予想を裏切っての大ヒット。最終的に30万部売れる。しかし印税が幾ら振込まれるかなど気にはしていない。金は月に100万を超えるアフィリエイト収入で十分だ。ただ、これをきっかけに雑誌でコラム連載が始まり、ブログとの両立にやや苦心する。イベント出演依頼も来るようになるが、仕事を絞って月一回程度に抑える。雑誌やイベントを通じて若き女優やアイドルと知り合い、これを読者にし、プライベートな付き合いを持つ。
世間では美術品専門とする謎に包まれた怪盗が話題になっている。誰一人傷つけることなく、厳重な警備を掻い潜って、見事に盗み出しまうことだけでも関心を集めるには十分であるが、前もって必ずメッセージカードで犯行予告するという奇抜さが話題を大きくしている。そして最も特筆すべきは、怪盗が男装の麗人であるという点だ。目撃者の証言によると、フォーマルスーツに身を包み、顔は仮面で隠しているが、間違いなく女、それも相当の美人に違いないという。
彼女はたった一度だけ警察に追い詰められたことがあるが、それは悪漢に追われる少女を助け出した際に怪我を負ったためであるという。しかし、すんでのところで危機を脱し、以降ますます盗みの腕が冴え渡る怪盗に、警察は後塵を拝するばかりである。
ある日、私の部屋に件の怪盗から例のキャッツカード的なものが投げ込まれる。
‘今宵、君のハートをいただきに参ります‘
そして夜。警備システムを物ともせずに侵入してきた怪盗は、意外なことにあっさりと仮面を取った。そこにはまだあどけなさの残る、美しい少女の顔があった。
「やあ、はじめまして。僕も美術品ばかりを盗んでいるのにそろそろ飽いてね。たまにはこういうのも面白かろうと思ったのさ」
そう言いながらタイトなスーツの襟元を緩めていく。夜が街を暗闇で覆い包むのを嘲笑うかのように、彼女は自らのすべてを露にしていった。
朝の光を感じて目を覚ますと、彼女は私の腕の中でまだ眠りについていた。
昨夜の情景を思い起こす。あの薄明かりのなかで刻々と移り変わっていた表情では見せてくれなかった優しい顔を、今はしている。それをずっと眺めているのも悪くなかったが、残念なことに彼女の瞼がゆっくりと開いた。
眠気でぼんやりとした無防備な顔も悪くない。
「おはよう、泥棒さん。何か盗み出せたかい」
「止しなよ。盗んでやるつもりが、逆にすべてを奪われてしまった。たった一晩でのことだよ。こんな不名誉はない。もう泥棒は廃業だ」
「どうして私のもとへ来たんだ」
「二年前から君のブログを読んでいたのさ。少しずつ伸びていたアクセスが、ある時から急激に伸び始めただろ。自分だけの宝物を横取りされていくような気がしてね。君の心を盗んで、宝物を独り占めしようと思ったのさ。今思えば、ブログを読んだその日から、僕の心は君に奪われていたんだ」
「今まで磨いた盗みの腕は、昨夜役にたったかい」
「せいぜい部屋に忍び込むまでだったね。それに…、あの、ぼ、僕はっ、こんな盗み方をするのが、初めてだったんだっ。き、気づいていたんだろっ! 知らないことばかりだった! ああいうこともするなんて!」
ぼんやりした顔から眠気が飛んで見る見るうちに真っ赤になった彼女は、私の胸に顔を伏せてしまった。昨夜のことを具体的に思い出してきたらしい。
彼女には可哀想なことをした。余裕ぶった顔をしていたが初めてなのがバレバレで、そこが可愛くて、何も気づいていない振りをしながら当然の行為のように色々ないじわるをしてしまったのだ。ああいうのはまだ早すぎたが、息も絶え絶えとなりながら虚勢を張り続けるものだから、つい調子に乗って一晩中続けてしまった。
「うううううう……」
羞恥心で呻きながら震える黒髪をやさしく撫でながら、私はどうしたものかと思案している。
告げるべきだろうか。気づいていないようだが、仮面を脱いだ瞬間にはもう、彼女は私の心を盗み終えているのだ。
この朝を迎えるのが、二年半後のはずであった。何がいけなかったのだろう。来ない。
ブログ通? 雑誌掲載? イベント? 書籍化? 男装の麗人怪盗?
かすりもしていない。それどころか怪盗の件を書いていたら急に、こんなことを書く奴は死んだほうがいいと思った。前から考えていたことなのに、いざ文字にすると自分自身への深い絶望を感ずる。
いや、本当にかすりもしていないのだろうか。ブログ通なんて見たことないし、雑誌に載るのは事件を起こしてバレたときだろう。人前で話をするどころか、ひどい時には独り言でも動悸が速まりうまく話せない。当然本も出ない。こんな怪盗もいない。それでも、もしかしたら、平凡だけどちょっと美しい少女がこのブログを読んでいる点で、怪盗の件にかすっているかもしれない。
心当たりは全くない。
だが、顔も知らないリピーター10人の中に、1人くらいそういう子がいるのではないかと思いたいのだ。私の児戯に付き合ってくれる人がいるだけで嬉しいのだが、贅沢を言えば、その上でかわいい女の子とも繋がっていたい。結論はここに落ち着いたか。ならば最初と最後の合わせて5行ほどで足りたことで、小恥かしい当初の予想など書かねばよかった。
追記:私は30代までは「女の子」だと思っています。




あからさまな法螺話なのにもかかわらず切れば血の出るような文章がとても好きです。
貴重なコメントありがとうございます。