2010年08月13日

野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して


人間いつか死にます。もしかしたら明日、いえ、今日にでも死ぬかもしれません。
私はこのブログに書きたいことが幾つかあるのですが、なかでも、書き残しておかなければならない、と使命感すら抱いていることがひとつあります。
それは『野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して』についてです。
私は残念ながらこの番組を見ておりません。後にネットの書き込みでこの番組のことを知り、調べ、見逃がしたことを大変後悔しました。

私は2008年に「フジテレビ知っ得情報」というフジテレビのページで番組の概略を知り、いつかこのブログにそのページのリンクを貼って紹介しようと思っていたのですが、出し惜しみしているうちにページが消されてしまいました。いまやネット上にページのデータは残っていないようです。

ところが、私のパソコンにはこのページが保存されています。元のページが現存しない今、私にはこれを公開する使命がある、とは思っていたのですが、ずるずると出し惜しみしていました。ごめんなさい。しかし、人間いつ死ぬかわからないという事実と向き合い、私が死ぬことは『野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して』についての重要な資料が永久に失われてしまうことを意味するのではないかと気付いたため、ここにページの全文転載を決行します。あなたがいつか2001年3月20日(火・祝)にタイムスリップすることがあったら、午後2:08〜3:25はフジテレビを見てください。











野村宏伸が、食料調達に苦しみ、苛立ち、孤独に苛まれる…
サバイバル生活で見つけたのは、生か死か? 希望か絶望か? 感嘆か畏怖か?
孤島での生活を描く冒険ドキュメント。
東京電力スペシャル 夢ある社会へ
『野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して』
<3月20日(火・祝)午後2:08〜3:25放送>



■俳優・野村宏伸 孤島への旅立ち
  名作『ロビンソン・クルーソー漂流記』には、実在のモデルがいた! そのことを知った俳優・野村宏伸は、今年1月22日、日本の裏側・南米チリの太平洋上に浮かぶ孤島・ロビンソンクルーソー島に向けて旅立った。『ロビンソン・クルーソー漂流記』のモデルになったアレクサンダー・セルカークが4年4カ月にわたって一人で暮らしたその島で、彼の足跡を追いかけ、そのサバイバルな生活を追体験するために…。

 この島で野村が行うのは、雨露をしのげる寝床を作り、水を汲み、自分で食料を調達する7日間の単身サバイバル生活。物質的にも恵まれた日本で何不自由なく暮らしている野村が、セルカークの無人島生活を追体験する中で何を感じ、そして彼の中で何が変わるのかをカメラは追う。

■ロビンソンクルーソー島
  大海原にポツンと浮かぶロビンソンクルーソー島。セルカークが生活していた当時は無人島だったこの島も、大陸からの入植によって現在は約700人の島民が生活している。大陸から600キロ以上も離れていることもあり、生活用品等は月に一度船で運ばれて来ることになっているが、天候などに左右されることも多く、物資が不足しがちというのが現状である。
 しかし、厳しい生活環境にもかかわらず島の人々の表情は明るく、どこか楽天的。目と目が合えばどちらともなく「Ora!」と陽気に挨拶するのがこの島での暗黙のルールだ。野村もすぐにこのルールに従い、人懐っこい笑顔で陽気に話しかける。動物好きの野村は犬・ロバ・馬など島の動物にも興味津々の様子。

■サバイバル生活の準備
 ロビンソンクルーソー島に到着した野村は、3日間かけて島を歩き回り、1週間のサバイバル生活をする場所を決めた。それは、(1)海に近く、(2)飲み水確保が容易で、(3)住居を作りやすい木の繁みもしくは洞窟があり、(4)こちらからは海が見渡せるが海からは発見されにくい場所。「ポルト・イングレス」。
 次に野村は、この島で生まれ育ったガイドのダニエルから島の動植物についてのレクチャーを受ける。島には世界でもここにしか自生していないパンゲと呼ばれる植物などの固有種がたくさんあり、木の実や草など食べられるものも豊富である。食べられる野草と毒草の区別などをひとつひとつ覚えて自給自足の生活に備える。翌日からは自分で食糧を確保しなければならないとあって、ダニエルの説明に耳を傾ける野村の表情は真剣そのもの。

■孤独との闘い セルカーク的生活スタート
 1月28日、いよいよサバイバル生活が始まる。野村は、生活するのに最低限必要な物だけ(米2キロ、塩、釣り針、たこ糸など)をスタッフから受け取り、自身で決めたポイントにテントを張ろうとするが、慣れない作業のためなかなかうまくいかない。火をつけるのにも30分もかかってしまうなど、先が思いやられるスタート。

<撮影方法>
 今回、野村にはセルカークの味わった孤独感を経験してもらうため、カメラは遠くから望遠で狙い、スタッフはもとよりカメラマンも接触しない方法をとった。そして、一台のビデオカメラを野村に渡し、毎日の生活の様子、感じたことなどのモノローグを自身で撮影してもらう。

 初日の野村ビデオには早くも不安な心境が垣間みられる。
 「川のせせらぎがうるさいです。寂しいような、まだ始まったばかりなんで少し怖いような、ちょっと楽しみなような…」

■2日目 魚釣り
  スタッフから渡された鈎針とたこ糸で釣りを始めるが…
 「針を一本折ってしまいました。もう一本の針を使ってカニをえさにして魚を釣ろうとしたんですが、なかなかうまくいかず、結局失敗に終わりました。そういうわけで本日の夕食もおかずはありません」

■3日目 再び魚釣り
  もう一本の針も折ってしまう。
 「おかずは海藻だけです。晩飯を考えるのが苦痛。めしを喰う時がむなしい」

■4日目 甘えが…
 朝、ディレクターが野村に一通の手紙を渡した。魚を釣る以外に食糧を手に入れるなどの生きるための創意工夫を見せない野村に苛立ちを覚えたからだ。
 「セルカークが当時どのようにして一人この島でもがき苦しみながらも生きようとしたのかを考えて下さい」
 この手紙を読んだ野村はビデオに向かって次のように言っている。
「確かに俺はどっかで甘えがあって、生きなければならないという重大なテーマがあるのにまだ自分には意識として欠けている部分がある。セルカークの気持ちをわかろう
としていろいろ試みるんですが、これがなかなかうまくいかず…」
 この日、野村は初めて魚を釣り上げた。しかし、突然の雨に降られ火が着けられず、苛立ちの怒声を残してテントへ。草と貝を少し食べただけで就寝。

■5日目 変化の兆し? 寝床作り
 午前中から精力的に草木を使った寝床作りに励む。何かを吹っ切るように黙々と作業 する野村だが、体調は万全と言えないようだ。
 「体中を何十カ所も何かに噛まれて、昨日はよく寝ることが出来ませんでした。…痒い、痒いです…」

■6日目 食べる喜び
 ようやく自分で釣った魚を食べることに成功。
 「些細なことでもいいですから、食べられる嬉しさというのを感じました」

■7日目 再び苛立ち
 サバイバル生活も残すところあと一日。思い描いていたようにうまくいかない自分に苛立つかのように時に声を荒げ、突然倒れ込み、動かなくなったりする。  「ここ3日間はほとんど何も食べていません。風が強いので今夜は眠れるか心配です」

■サバイバル生活終了
 2月4日、朝。遠くから接近してくるスタッフを認めた野村は、頬に涙を流しながら感極まった。そして、じっくりと言葉を選ぶように孤独で過酷なサバイバル生活を振り返った。
 「いろんな感情があるんですが…。長いようで短い一週間でした。食べたいという気持ちよりも、人に会いたいとか接したいという気持ちが一番強かった」
 このあと野村は、用意されたおにぎりと味噌汁をじっくりと味わった。 ■セルカークの住居跡探し
 この番組制作のきっかけとなった『ロビンソン・クルーソーを探して』(新潮社刊)の著者・高橋大輔氏によるセルカークの住居跡探しも紹介する。様々な文献を丹念に読 み解き、6年以上に及ぶ研究の結果、高橋氏はセルカークの住居があった地点の地理的 条件を導き出した。そして、その条件を完全に満たす遺跡が島民の案内で番組取材中に 偶然見つかり、そこから土器が出土した。野村と高橋の2人は、その土器の年代測定を 依頼。結果次第では、これまで特定されていなかったセルカークの住居跡という大発見 の可能性も。

■野村宏伸コメント
 「男なら誰にでもある、“無人島で生活してみたい”という夢。だけど、大人になると、時間もなくて、それは到底実現できない夢なのだということを悟ってしまいます。だから、お話しをいただいて、自分も35歳になり、結婚もし、こんな機会は滅多にないことと思い、引き受けました。
 実際に一週間の体験を通して、都会生活では忘れてしまいがちな、“生きること”“食べること”の大切さ、孤独の辛さを感じ入り、短い期間ではありましたが、セルカークの気落ちを追体験することができました。自分自身、作品の出来上がりがとても楽しみです」

■スタッフコメント
 高橋和男プロデューサー:
 「ロビンソン・クルーソーは男なら誰しも少年時代に一度は通り過ぎます。クルーソーは実は実話で、クルーソーのモデルとなった人物がいると聞きました。実在の人物が実際に住んでいた島が残っているのは、番組としてつかみはOKだなと思い、番組化を決定しました。セルカークの体験した4年4ヶ月を追体験するのは無理だけど、野村さんにテレビスタッフがいる状況ではあるけれど、彼の感じた孤独感などを追体験していただきました。野村さんは都会っぽいイメージがあり、アウトドアが特に得意なわけではないけれど、体力・気力があるうちに経験してもらいたいと思いました」

 井坂聡監督:
 「こういった企画は、誰の心の中に潜んでいる冒険心を掻き立てるもの。自身も何かを感じとれれば、発見できればという思いを抱いて、野村くんと共に島に行ってきた。この番組を見ていただいた方にも、何かを感じとっていただければ嬉しい」

<番組タイトル>
  東京電力スペシャル 夢ある社会へ
  『野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して』

<放送日時>
  3月20日(火・祝)午後2:08〜午後3:25放送

<出  演>
  野村 宏伸

<スタッフ>
  原    作:高橋 大輔
         (『ロビンソン・クルーソーを探して』新潮社刊)
  プロデュース:高橋 和男
         大島  正
         竹山 昌利
  監    督:井坂  聡原
  構    成:岩井田洋光
  撮    影:佐野 哲郎
  制作協力  :日本テレワーク
  制作著作  :フジテレビ

2001年3月6日発行「パブペパNo.01-82」 フジテレビ広報部

posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(7) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
只今、TVドラマ出演中の野村宏伸を見て、10数年を経てそのドキュメンタリーを検索してしまいました。
何でかと言うと、そのあまりの酷い内容に野村はTV業界から干された、と思っていたからです。
自主的に冒険することもなく、安全なテントにただひきこもるばかりで、スタッフから動くよう促される男の姿なんて何の価値もありません。
ヨシノブさんは、この番組の何を残したいと思ったのですか?
Posted by たかc at 2012年04月02日 21:31
みっともない男の姿です。
みっともない姿にも価値があります。
人は良い格好ばかりで生きていけるわけではないからです。
Posted by ヨシノブ at 2012年04月03日 21:06
ご回答ありがとうございます。
なるほど、それでしたら納得できます。

でも、男としては無様な姿を晒すのは残念ですね。
Posted by たかc at 2012年04月05日 01:25
あの番組再放送してほしい。ドキュメンタリーのなかで、記憶に残る最高のへたれ。
Posted by asa at 2012年04月21日 16:24
なんか雨の日だった気がする
けっこうcmで宣伝してたから
鳥タルタル弁当食べながら
見たっけ
午後の中途半端な時間に
中途半端な内容だったから
逆に覚えてる
Posted by なつい at 2016年09月12日 21:56
2017年6月1日のTBSクレイジージャーニー「フィクションと現実の狭間...物語を旅する男」に出てきた番組がこれですね。2001年当時のオンエアを見た記憶があってその時はなんて意味不明な番組なんでろうと思っていましたが、今その背景がわかってよかったです。ありがとうございました!
Posted by りゅう at 2017年06月02日 22:08
大阪でのクレイジージャーニー放送から、こちらにたどり着きました。いろんな人間の想いを多方向から感じられて、このブログに出会えて良かったです。
Posted by がはく at 2017年09月08日 00:34
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