2012年10月29日

今週の一休さん


或る時、一休さんが橋に差し掛かりますと、橋の前に立札があって「このはし、渡るべからず」と書いてあります。
一休はしばらく考えますと(ぽくぽくぽくぽくちーん)、立札を引っこ抜いて物陰に隠れました。

やがて、橋を渡る人が現われました。その人は向こう側へ着くと、「この野郎、立札読まなかったのかよ」「喧嘩売ってんのか」と数人の男に囲まれてボコボコにされました。
一休さんは「なるほど」と思って、立札を元に戻すと、お寺へ帰りました。
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2012年10月20日

頭痛


柚子の木が根元を蟻にやられてしまったので、電ノコの刃を入れ、縄をかけて引き倒した。その際、倒れてきた枝が頭に当たった。

柚子の木には棘がある。長いと3センチほどはある。これが頭に刺さった。タオルで拭うと赤く筋を引く。

モーニングスターで殴られるとこんな感じか、と思ったり、ラーメンマンがウォーズマンのスクリュードライバーで脳を抉られた時の事を思い出したりした。

やっぱり中世の騎士もモーニングスターで頭をやられた時にはウォーズマンのベアクローを思い出したのだろう。クールジャパン。

数日は頭を触ると痛んだ。



***
時間が作れないので暫くは週一回の更新になります
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2012年10月19日

12/10/16


結石は取り除いたものの、この先また結石が出来るかもしれない。結石は尿酸値が高いと出来やすいので、これを抑える(アルカリ性に近づける)必要がある。

尿酸値を把握するためには検査紙が要るのだが、近辺にはこれを置いている薬局が少ない。
何軒か回ったうちでの一軒。検査紙を置いていないと言われたので帰ろうとすると、店主の七十近い男が重々しい表情で
「一番良くないのは」
と切り出した。何を言われるのかと思ったら
「美味しいものを食べる事です。ふふん」
はっはっは
てめえぶんなぐるぞこのやろう

(ヨシノブはお金がなくて、滅多に「美味しいもの」を食べていません)
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2012年10月18日

前にも書いたけど。



前にも書いたんだけど。

口コミサイトを見ている。営業時間くらいならサラッと見りゃ済むんですけど、メニューやコースの内容を知りたいのでレビューを読まねばならぬ。知りたいことを誰でも書いているわけではないので、幾つも読むことになる。それはいい。

読んだり写真見たりしているうちに、腹が減ってくる。これもいい。

でもね、自己主張の強ーいレビューを幾つも読んでいると、気持ち悪くなってくる。お前誰だよ。知りたいわけじゃないんだけど。目に余る内容の無意味さと過剰なつまらなさに、お前の料簡を問い質したくなった。それ個人のブログでやるわけにはいかないのか。
加えて開陳される馬鹿みたいな不満、わかったような下衆の勘繰り、お店と仲良し自慢の数々。気持ち悪いを通り越し、哀しくなって涙が滲んできた。ぼくもう社会にでたくない。



私の分類法では、「テレビでやってることを面白いと思っている人」という区分が存在する。テレビ番組には面白いものもあるし、ここで言い表したいものはテレビに限ったことではないので適切な名称ではないが、これはこれで通じてしまう力があり、代案が出ず苦慮している。
「テレビでやってることを面白いと思っている人」が、その感覚に疑いを持たずにいると、こういう事態になる。やがて文化が滅ぶ。
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2012年10月15日

今週の一休さん


「この屏風に描かれた虎が、毎夜抜け出しては暴れるので困っておる。一休、この虎を退治してみせよ」
「はい」

一休が屏風を前に目を閉じ、呪を誦しはじめると、絵の中で虎が身動ぎを始めた。微かに猛獣が喉を鳴らす声も聞こえる。
やがて虎が絵の中を歩き出し、屏風からぬっと首を出した。そして前足、胴体、後足、尻尾の先と、全身が抜け出す。虎は視線を一休から離さず、その周囲をゆっくりと二度回った。一休は虎が抜けだしたことに気付かぬのか、目を閉じたまま一心に呪を誦している。
背後に回った虎が一休に飛びかかる。その刹那、「渇!」
一休が目を開いて叫ぶと、虎の身体は崩れて消えた。

こんな屏風から虎が抜け出すはずはないと、一休は見抜いていた。
しかし、将軍の無理難題に応えるため、絵の虎に呪によって仮初の命を与え、呪を解くことによってその命を無に還したのである。
虎の身体が消えた後には、一頭の虎を描いた分だけの顔料が零れ落ちていた。


「一休、見事であった。褒美を遣わす。何でも望みを言うがよい」
「では将軍様、零れた顔料を残らず戴きとうございます」
「ほう、欲の無い男じゃ。では持って帰るがよい」


寺に帰った一休は、顔料を埋めて虎の墓を建てた。いつまでも懇ろに弔ったという。
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2012年10月14日

12/10/13



山の中にいる。陽がよく差し込む、人の手が入った林。しかし、普段人が入っているような痕跡はない。傍らに崩れかけた木造の小さな廃屋。
そこから溢れ出したのか、自分で持ち出したのか、私と廃屋の間にビデオテープが積まれている。その隙間隙間に葉や蔓が顔を出している。

私はここに初めて来たわけではないらしい。座り込んで、依頼を思い出しながら何かしている。
安請け合いをした。簡単な仕事だと思っている。
それは、ここが本当は恐ろしい場所だと知っている故の空元気である。



駅かデパートの広い地下道のような雰囲気。基本色は白。観葉植物の鉢植えがぽつぽつ。
私はこの近所に住んでいて、もうすぐ引っ越す。その前に、一度ここの飲食店で何か食べてみようと思っているが、あまり気を惹く店がない。
店は壁面へ埋め込まれるように、かなり間隔をあけて、五軒あるかどうか。通りに活気はない。通行人は三人いただろうか。

結局その日は何も食べず、それはそれで心残りがあって、翌日にまた行ってみる。
地味な中年夫婦がやっている中華料理屋が、今日は半額にしているか何かで、店の前に料理のサンプルを出していた。開かれた大きな引き戸から中を窺うと、客が三人ばかり入っている。
店の中央に大きな輪のテーブルがひとつ。和の中心部は厨房。和の外側に椅子が並んでカウンター席。輪と言っても、後ろの壁で途切れて、一口食べたドーナツのような形。
テーブルは大きさの違う三つの輪が重なっていて、階段状になっている。一番下の大きな輪が赤、他はベージュ。三段のテーブルには料理の盛られた皿がきれいに並んでいる。客の座っていない席にも。
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2012年10月13日

笑うな



1980年(昭和55年)10月、漫才師による昼の帯番組『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ)で、ツービートは火曜日のレギュラーとなった。1982年(昭和57年)10月、ブームの終焉と共に番組も終了したが、最終回でたけしは客に対し「何でもゲラゲラ笑いやがって! 本当はお前らみたいな客、大っ嫌いだったんだよ!」と語った


wikipedia:ビートたけし


談志のドキュメンタリー番組にて。
演目は富久。根は人の良い男なのだが酒のしくじりで貧しい暮らしをしている主人公、当たり籤を火事で焼いてしまって悲嘆する。それを談志が演じると、客は笑っている。
ふっと主人公から自分に戻って、最前列で笑っている客に「ここ、そんなに面白い?」(大意)と問いかける談志。客には聞こえなかったのだろうか。問いかけの意味がわからなかったのだろうか。笑っている。
高座を下りた談志は不機嫌だった。何故悲しみに暮れる男の姿を笑うのか。



私の行く落語会でも、なんでも笑う客というのが往々にして存在する。いちいち笑う。どこでも笑う。恥ずかしくなる。
そんな時に、にこやかな表情で客を有難がるようなことを言いながら、客を小馬鹿にしているのがありありと感じられる芸人がいる。なんでも笑う客はこれにも笑う。
申し訳なく思う。面目なさに俯くこともある。こんな客を喜ばない芸人である事をせめてもの慰めとする。



何故奴らは矢鱈に笑うのか。
私の推測はこうである。なんでも笑う人からの異論・反論・御意見をお待ちしております。

・面白いことをしに来た人だから、その言動はなんでも面白いはずだと思っている。
・面白いことをしに来た人だから、笑わなければ失礼で可哀想、笑ってあげるのが礼儀で喜ぶだろう、と思っている。
・話がわかっていないので、とりあえず笑っている。
・みんなが笑うので自分も笑ってみる。
・笑いに来たのであって笑いたいから笑う。
・人情の機微がわからない。
・笑って何が悪いの?
・とにかく何も考えていない。
・あっはっはっはっは。

こんなところでしょうか。なんでも笑う連中も自身の笑いに疑問を持つときがあるようで、笑うべきでないところでは、戸惑ったような笑い方をすることがあります。



こういうアメリカンジョークを思い出した。

或る男が監獄に入れられた。
囚人の誰かが「50」と叫んだ。すると囚人たちは笑い出した。別の誰かが「34」と叫ぶ。囚人たちはまた笑う。
男は先輩の囚人に何事かと尋ねた。
「俺たちは監獄暮らしが退屈で何度もジョークを言い合う内に、誰かが言ったジョークまで全部憶えちまったんだ。
そのうち、ジョークのひとつひとつに番号を付けて、それで言い合うようになったのさ。新入り、お前も何かジョークを言ってみろよ」
男はちょっと考えて、「85」と叫んだ。
囚人たちは転げまわって狂ったように大笑いした。
「やるじゃねえか、新入り。ところでそれは、どんなジョークなんだ?」
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2012年10月12日

漢詩の名句・名吟  12/10/11

漢詩の名句・名吟  村上哲見  講談社現代新書





宮城の仙台はもともと千代と書いた。これを伊達政宗が改めたのだ。
仙台表記の由来は記録に残っていないが、『唐詩選』に収録された韓コウの七言律詩「仙臺初めて見る五城楼」を由来と見做す説がある。筆者はこれに反対する。(臺は台の異体字)

政宗が唐詩選を読んだ可能性は低い。唐詩選は明代後半、16世紀末から17世紀初頭(ここwikipediaに依る)に編集刊行され、日本にも早くから輸入されたが数は少なく、読める人も少なかったのだ。
だが、1724年(享保9年)に服部南郭が校訂した唐詩選が江戸で出版されてから広く読まれるようになる。一説には10万部を下らないと推計されるほどの売れ行きで、版元の嵩山房は大儲けしたそうだ。
政宗は1636年に死んでいる。
そもそも唐詩選にこの詩は収録されていない。

鎌倉室町から江戸に及ぶまで広く読まれた唐詩選集『三体詩』がある。この第二巻、七言律詩の最初に出てくる詩こそが「仙臺初めて見る五城楼」(題名「同じく仙遊観に題す」)なのである。
教養人であり詩歌にも通じていた政宗は、三体詩を確実に読んでいたと思われる。

江戸時代の儒者津坂東陽は『夜航詩話』に、仙台の表記は政宗が陳子昂の「春日、金華観に登る」の第一句「白玉の仙台古し」から採ったに違いないと書いているが、この詩人はあまり流行らなかった人で、三体詩に作品はなく、唐詩選に何首か載っている。陳子昂の詩集は早くに輸入されているが、初期の唐詩選以上に少ないものだった。

崔曙の「九日仙台に登りて劉明府に呈す」という詩が唐詩選と三体詩の両方に載っている。
仙台は今の河南省にある高台で、韓コウ・陳子昂が使っている仙台もこの言葉を借用したもの。


以上が筆者の話なのであるが、ネットで調べると唐詩選の五城楼説が一般的になっており、唐詩選に載ってない説は意外である。私は唐詩選を読んだことがないのでweb漢文大系で調べたところ、確かに五城楼の詩は載っていない。だがweb漢文大系に載っているものが全てなのか、私の調べ方が悪いのか、やはり判断できない。
web漢文大系:唐詩選
http://kanbun.info/syubu/toushisen000.html
あとは各々が御自分で御調べのうえ、御判断なさってください。
何でも俺が調べると思うな!
この調査を誰かに頼んでごらん。100円や200円じゃ済まないよ。何万円ってかかるんだから。



筆者は津坂東陽が『全唐詩』を読んで着想したのではないかと推測する。これには陳子昂の詩が全て載っているのだが、完成したのは1706年である。
全唐詩は清の康熙帝の勅命で編纂され、収録作者2200余人、作品48900余首、全900巻、唐代詩の全てを収録したと称する恐るべき代物である。
日本にも輸入され、市河寛斎という学者が全唐詩から漏れていた唐詩を集めた『全唐詩逸』を出版しちゃったりもした。


中国で活躍し文人とも交流のあった阿倍仲麻呂には、王維、儲光羲、包佶、趙カ(カは馬編に華)、李白が詩を贈っている。
教科書で習ったはずだがすっかり忘れていたので、日本人が伝説的な詩仏や詩仙らと交流していたのに驚いた。阿倍仲麻呂も相当伝説的な人物なんだけど。


漢詩の愉しみを自分の物に出来れば、と思って読んだが、漢詩の文面を通り越して風景心情に関心が向いてしまった。
最後に気に入った詩をふたつ。これも教科書に載っていたな。



竹里館 王維

独坐幽篁裏   独り坐す 幽篁の裏
弾琴復長嘯   琴を弾じ 復た長嘯す
深林人不知   深林 人知らず
明月来相照   明月来って相照らす



磧中作 岑参

走馬西来欲到天   馬を走らせて西来し天に到らんと欲す
辞家見月両回円   家を辞して月の両回円かなるを見る
今夜不知何処宿   今夜は知らず何処にか宿らん
平沙萬里絶人煙   平沙萬里人煙を絶つ






 * * * 

図書館で調べてみると筆者の書く通り、五城楼の詩は三体詩にあって唐詩選にない。仙台に登りては両方にある。
岩波文庫ワイド版 唐詩選・漢文大系 第二巻・国訳漢文大成 文学部 第五巻 第六巻と複数で調べたから見逃しはないと思う。
九日は九月九日、重陽の日のこと。菊花の契ですよ。
ネット調べると中国語のページで「九日登望仙臺呈劉明府」「九月登望仙台呈劉明府容」と書かれているのを見るが、登や容が入っている理由がわからない。書物によって表記が違うのだろうか。私が調べた本では入ってなかった。


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2012年10月11日

テースト・オブ・苦虫T

テースト・オブ・苦虫T 町田康  中公文庫

随筆風の掌編私小説群。解説の田島貴男は「シットでファンシーで爽快な文を読んで、ぼくも頭の中の笑いの括約筋をガシガシとマッサージされた」と書いているが、そんなに笑うような話だとは思わない。
私にとっての町田は、支離滅裂な展開を通す技(それでいて高評価を得ている)が見所の軸であり、楽しむことはあっても「笑う」ほどのことはあまりない。尤も町田自身は笑わせようとしているのかもしれぬが、ならばそういう才能は乏しいと言わざるを得ない。

私が10冊も読んでいない町田本で、随筆(?)の一番は「へらへらぼっちゃん」。純文学(?)ならば、何かの賞を取って文藝春秋に掲載されたやつ。芥川賞の「きれぎれ」だったかなあ。内容は多分よくわからなかったけれど、最後に沢山の菩薩が降りてくる情景は、美しいとか素晴らしいとか圧倒されるとかでは感覚の根元まで届く言葉にならない体験だった。
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2012年10月07日

今週の収支報告



 おしらせ


あの対人関係を結べない何かの病気のヨシノブが、なぜか人里に降りてくる!
オフ会開催決定! 
大都会東京でヨシノブと握手しよう!


いつまで生きているかわからねえ……。
逼迫する生活から将来の展望が開けないヨシノブが、何を血迷ったかのこのこ東京までやって来るぞ。
ついては金が要るので、金策としてオフ会開いてやるよ。ハハハ。


場所:ヨシノブがいるところ。
期間:10月下旬から11月上旬ぐらい。
時間:ヨシノブが暇な時間。
会費:10万円〜。(現金のみ)
イベント内容:その場での握手。奢りで何か食わせてくれるなら、それに付き合ってやらんでもない。
注意事項:話題に乏しく、人見知りする無口でみすぼらしいおじさんです。やさしくしてください。素性・私生活については訊かないでください。東京まで来てなんでそんな話をしなければならないんですか。撮影禁止。苦情は受け付けません。特撮博物館が間に合わなかったのは残念。




あ、先月のMVPは『「グズ病」が完全に治る本』です。何故か昨年1月に続き2冊目が売れました。
私も読んだ方がいいのではないだろうか……。





前回予告していた重大発表もろくなものじゃなかったが、
こんな曖昧で高額で無益な会に誰が行くんだ。
オフ会のおしらせじゃなくて、この間にブログを休むおしらせにしかなってないぞ。
これで俺のDVDにリンクが貼ってなかったら、目も当てられないところだったな。

あとヨシノブ、お前はグズ以前のクズだから読んでも無駄。
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2012年10月06日

お菓子の家について書き足りなかった。


幼少の砌、悪い魔女が菓子の家を拵えたのに得心できなかった。
悪い魔女である。菓子の家は素敵である。この組み合わせはおかしい。悪い魔女ならば、菓子に毒や痺れ薬を仕込み、食べた子供を殺してしまうとか、痙攣しているところを捕まえるとか、そういうことをするべきである。ただの美味しい菓子ならば、子供は外壁のあたりを好きなだけ食べて帰ればいい。

大人になってわかった。菓子の食べ放題をさせては体に悪い。生活習慣病への特急券である。
なるほど、あいつは悪い魔女だ!


厚生労働省:生活習慣病を知ろう!
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/seikatu/index.html



悪い魔女が菓子の家を拵えるならば、良い魔女は医食同源の思想に基づいた薬膳料理で家を拵えているのではないかとみられ、現在調査中である。

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2012年10月05日

12/10/04

寝る前に電話をしていたせいで、起きてからも相手の声が聞こえてきた。会話の再生ではなく、実際には相手が話していなかったことを話している。夢の中から聞こえてくるような声。
本の頁を何枚かに破いて、その一枚一枚を次々と提示されるような聴こえ方で、文脈が整っていない。

私もまだ半分寝ている自覚がある。相手の話がよく聴き取れないので集中する。そのうち、夢であることを忘れ、相槌を打った自分の声で目が覚めた。

 * * *

体温計を挟むとすぐに音が鳴り、39度を示している。何かの間違いだ。それをわかってくれ。縋るような気持ちで医者(あの泌尿器科の医者だ)に見せると、笑いながらリュウカン(流行性感冒)ですよと言う。これでもう今月の予定は果たせない。よし、ならば予定は来月中旬に移そう。笑っている医者がいつの間にか父になっている。
頭の中でリュウカンには流冒という字が当てられていた。
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2012年10月03日

麻雀狂時代

麻雀狂時代  阿佐田哲也   角川文庫

数年ぶり再読。引用部、原文では「蝋」が異体字

新宿2丁目のIという酒場に、小島武夫くんと一緒に夜おそく入っていったら、赤塚不二夫さんとタモリくんが、全裸で、レズショーを真似て身体をくねらせていた。二人とも乗りに乗って、ロウソクの蝋をたらしあい、身体じゅう蝋だらけにしている。山谷初男氏がこれも全裸でそれにからみだす。この店は時折り、客たちの間でこういう乱痴気騒ぎがくりひろげられる。



びっくりした。直前にツィゴイネルワイゼンを観ていて、久しぶりに山谷初男を観たなーと思った直後に読み止しの本を再開してこれですから。本読んでて普通出てきませんよ、山谷初男って名前は。(タモリと赤塚の件は憶えていたけれど、山谷がからんでいたことはすっかり忘れて読んでいた)

貴方、本読んでて一年に何回山谷初男出てくる? Hathuo Yamataniファンブックとか抜きで。全然無関係な本で数えなきゃ駄目。三回あるかないかくらいでしょう。それと、今までツィゴイネルワイゼンを観た回数を考えてください。原田芳雄があんなことになっちゃったあとに本の中から山谷初男が全裸で登場する組み合わせが無作為に発生する確率、これは、分解したアナログ時計の全部品を袋に入れて振りまわし、部品が組み合わさって時計が元通りになる確率に匹敵します。つまり、私は神です。

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2012年10月02日

今週の泣いた赤鬼



村人と仲良くなりたい赤鬼のために、青鬼は村で大暴れしました。
赤鬼が駆けつけると、演技に熱の入った青鬼が村人を皆殺しにしてしまったところでした。
赤鬼は泣きました。
青鬼は役者を目指して上京しました。
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2012年10月01日

漢詩の名句・名吟 12/09/30

漢詩の名句・名吟  村上哲見  講談社現代新書


杜甫が李白を詠んだ詩にこうある。

 李白一斗詩百篇


李白は一斗の酒を飲むうちに百篇の詩をつくる。

これを受けた江戸の川柳。

 李太白 一合づつに詩を作り



一斗は百合、十升。もう一首。

 四日目に あき樽を売る李太白



ここに出ているのは、今でも鏡割りに用いる四斗樽。実際には李白の時代(唐代)に四斗樽はなかったようだが、一日に一斗も飲んでいたのは強ちない話でもないようだ。
筆者によれば、数量単位は時代によって変動し、一般に時代が下がるほどふくらむと言う。唐代の一斗は日本の尺貫法に直すと約三分の一、現代の六リットルぐらいにしかならないらしい。
更に唐代には蒸留技術がなかったため、アルコール度数は十パーセントにも満たないと筆者は推測する。


芭蕉の弟子服部嵐雪の句に、杜牧の詩から一句を丸ごと引用したものがある。
 

はぜつるや 水村山郭酒旗風







数年前のことになりますが、NHKの特別番組「シルクロード」が日本全国を風靡したことはどなたもご記憶でしょう。喜多郎のテーマメロディとともに、はるかにひろがる沙漠を行くらくだの隊列、「平沙万里 人煙を絶つ」という光景をまざまざとみせてくれました。
あの時のNHKの取材班のひとりが、わたしの大学の後輩で、番組の裏話をいろいろきかせてくれたのですが、そのひとつ、夕日のかがやきをバックに浮かびあがるらくだの隊列のシルエット、あの感動的なすばらしい映像は、じつは完全な「やらせ」、いわばつくりものだそうで、沙漠のキャラバンというものは、すこしでも風あたりをすくなくしようと、かげのようなところばかりを選んで行進するものであって、――「わざわざシルエットが浮かぶような稜線を行くバカがどこにいますか」といわれ、「なるほど」となっとくしたことでした。


本書の初版は1990年。私はこの番組を観ていないが、稜線を行く隊列と夕日の組み合わせは容易に思い浮かぶので、NHKに限らずよくやらせているのだろう。
そういえば平山郁夫のらくだは稜線を歩いていない。




ちょうどこんな話題があったので、ついでに。


徳島県議会議員、来代正文

マスコミは大体に置いて、筋を決めて、色んな声を集めながら、都合のいいのを作り上げますが、撮れない時は、ヤラセつまり、答えを仕組んでいるのです、又、編集で音声を作る方法もありますよ!私テレビ局、二十年!


http://togetter.com/li/312183


来代正文
NHK放送記者おもに政治・経済を担当し、橋・道路・農業問題などが専門分野。特にリポーターとしてテレビ画面で活躍。


http://www.jimin-tokushima.jp/kengiin14.htm
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