2012年08月31日

近世笑話集(下)

化政期 落語本集 -近世笑話集(下)- に載ってた話で好きなやつ




ばか売り (ばか;馬鹿貝、あおやぎのこと)

年の頃二十二三な野郎が、丸額で顔は面長、鼻の下が長くつて、ゆきの短い着物を着て、水ばなを垂らし、「大ばかヱヽ/\」と売ってくる。「アレ、見やれ。ほんに『大ばか/\』といふが、あいつがつらが、ばかの看板だ」笑ひながら「ばかを買つて食をふ。コレ、ばかヤイ/\」と呼べど、行き過ぎる。大声上げ、「ヤイ、大ばか。ヤイ、大ばかやろう。コレ、買つてやろう。ばかヤイ/\」といへば、やう/\と聞き付けて、のら/\戻り、「ばかは、おめへかへ」「ムヽ、おれだ」。


「詞葉の花」より

繰り返しの記号「くの字」は横書きに無いので、青空文庫に倣って「/\」と表記しました。




ある寺の院主に、知音の人ありて、門前まで訪れられけるを、弟子出て診付け、そのまま方丈に行き、「ものの御出にて候」といふ。院主、大いに腹を立て、「物とは誰が事ぞ。さてもうつけを尽くす奴かな。いざ、われ出て見ん」とて、窓より、そと覗き、つくづく見るに、顔ばかり覚え、つひに名をば打忘れ、弟子に向ひ、「誠にものぢやよ」といへり。


「醒酔笑」より

知音:1 互いによく心を知り合った友。親友。 2知り合い。知己。
方丈:2.維摩(ゆいま)経の主人公である維摩の、1丈四方の居室。転じて、禅寺で、住職の居室。寺の住持。また、住職の称。(デジタル大辞泉)
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2012年08月29日

12/08/27


「もしもし、救急車を!」
「どうなさいましたか」
「肛門に東京タワーが刺さっちゃったんです! んぐう! ふぎい!」
「場所は何処ですか」
「東京タワーの真上に決まってるじゃないですか(笑)」
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2012年08月27日

怪しい芸能

夏彦のコラムに、読者からの手紙を紹介したものがある。
そのなかでも詩吟の話が良い。何でもないことを大真面目に言う可笑しみがある。

昭和三十六年生まれの或る主婦。詩吟を習っていた父が、頼山陽の「静御前」をよく吟じていた。

これは漢詩のなかに静御前の和歌を一首挿入したもので、ペギー葉山の「南国土佐を後にして」のなかに忽然とよさこい節が現れるにも似て「詩吟なんて何でもありなんだから」と母は言いました。かねてから母は詩吟を怪しい芸能と思っていたのです。

(中略)

父の詩吟の本にも「兎と亀」が載っておりました。
まず童謡「兎と亀」をうたってから
亀さん亀さん 汝なんぞ遅き 兎は已にここにありと嗤って麾く
油断大敵一睡の裏 驚くべし決勝線上の亀
と続くのです。私もやっぱり詩吟は怪しい芸能だと思います。



已:すで 麾く:さしまねく 一睡の裏:ひとねむりのうち 
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2012年08月26日

友の会活動報告


「柳亭市馬の首の動きが鳩か鶏みたいで落ち着かない友の会」の一員として、市馬の高座を視察。
まくらで右を向いたり左を向いたりしているときには鳥のような動きが見られたが、噺の中身に入ると全然気にならないという、実につまらない結果が得られた。
テレビで観るとちょくちょく胸元あたりで大写しになるから、首の動きが強調されて気になる時があるのだろう。

噺は滅法面白かった。
一人お祭り状態の大フィーバーだったぜ。

歌が上手いことでも有名な噺家である。落語協会副会長。会長は小三治。
高座では相撲甚句や呼び出しの真似で、その咽喉を聴かせてくれた。
鳴き合わせ大会に出された鳥のような印象を受けたのは、首の動きの印象が残っていたためだろう。
声は低音を効かせた広川太一郎のように聴こえる時がある。


で、相変わらず会場は圧倒的に年寄りが多い。
若い奴は3人くらい。世間の片隅の石ころの下にしか居場所がなさそうな容姿。
(親に連れてこられたと思しき子供もいるが、自分の意思で来た様子が無いので数えない)
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2012年08月25日

善意の自由画



19世紀に描かれたキリストの絵、スペインの老婦人が修復。

傷みが目立ってきたこの絵を見て突如、修復しようとの善意に燃えたアマチュア画家だという80代女性が現れたが、この女性、なんと原画の上に直接、絵を描いてしまった。しかも「修復された」絵は、子どものお絵かきのような目にマンガめいた鼻がつき、血の気のない顔の周りをサルのように毛皮が覆っているかに見える、原画とは似ても似つかない出来だった。



地元文化当局者によると、女性は「何年もかけて修復してきたけれど、完成を目前にしてあきらめなければならなかった」などと、つじつまの合わない説明をしているという。ボルハ市では、この女性を訴えるかどうか検討している。



AFP:老婦人が教会のキリスト絵を修復したら…まるでサルに
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2896710/9396834

キリスト様はお許しになられるどころか、傷んだ絵をもう一枚差し出されるはずです。




・海外の美術館では日曜画家や美術を学ぶ学生らが、名画の前で絵筆を握る姿が珍しくない。欧米では模写が美術教育の基本。16世紀、収集家への複製画制作のために始まったものが、17世紀に美術教育へと組み入れられた。

・一般的に日本の美術館では模写禁止。他の鑑賞者の妨げになったり、模写に用いる画材で作品を傷めたりする恐れがあるからだという。また、作品の保全や所有者から許可を得る手続き上、模写の対象にするのが難しい。

日本でも欧州と同様、かつては手本を忠実に模写する「臨画」が美術教育の基本だった。しかし、画家の山本鼎(1882〜1946年)が大正の半ば、子供たちを“お手本”という縛りから解放し、自由に表現させようとする「自由画教育」を提唱。これを機に、模写はしだいに下火となっていく。
 さらに戦後になると、美術評論家の久保貞次郎(1909〜96年)が中心となって「創造美育協会」を設立し、子供が生まれながらに持つ表現と創造力の大切さを主張。それが民主教育の中で広まり、現在も美術教育の現場に強い影響を与えているという。



産経新聞:名画の模写はなぜNG? 古きに学ばぬ日本の美術教育
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120812/wlf12081218010021-n1.htm


山本鼎! 最近どっかで絵を観たぞ。
以下、山本の主張。

 私が「自由画」と称へるのは、写生、記憶、想像等を含む ―― 即ち、臨本によらない、児童の直接な表現を指すのであります(中略)。子供は専ら臨本で画を学ぶ、といふ旧風を一掃してしまはなければいけないと思ふのです。見本を与へて子供に真似させるよりは、自由に「自然」へ放牧して、彼等に産ませねばいけません。其方が大人に取っても興味ある事だし、子供にとっては有意義です。児童等は、「自然」との間に直接に画を産みながらひとりでに美を味解してゆくでせう。美とはさういふ性質のものです。
(「日本に於ける自由画教育運動」)



自由画といふ言葉を選んだのは、不自由画の存在に対照しての事である。云うまでもなく不自由画とは、模写を成績とする画の事であって、臨本一扮本一師伝等によって個性的表現が塞がれてしまふ其不自由さを救はうとして案ぜられたものである。(「自由画教育の要点」)



 私の自由教育説は、図画教育の使命を明かに芸術教育(美術といふも同じ)と認る処から発生した。それ故観察、鑑賞、創作、描写一切の生長を各人の智恵と技工の自由に基かしめ、彼れらの生涯を一貫する発達を希ひ願ったのであった。(「自由画教育の使命」)



山本鼎の提唱した自由画教育運動は、全国的な広がりを見せながら教育現場で迎えられ始めた。しかし、自由画に反対する人々もいて鼎は論戦を続けなければならなかった。長野県では自由画教育が急速に普及し図画教育の主流となったが、「その背景として当時長野県に盛りあがっていた自由教育・個性教育思潮があることを見落とすことはできない。自由画は、自由主義教育運動に支えられ、また、その運動の一環をなすものであった」と『長野県教育史』(第五巻・教育課程編二)は述べている。




「自由画は真の芸術ではない」とも云はれましたね。美術家にも似合ない言葉です。古来、東西、芸術的価値の鮮かな画で自由画でないものは一枚もないじゃありませんか。(石川寅治・<洋画家、東京高師>への反論)

 僕は自由画教育の問題を図画の精神として唱へ、教育上の道徳として力説して居るのです。「自由画は新しい事ではない」とあなたはいふ。無論さうでせう併し個性的表現を奨めて創造力の生長を功利する所謂自由画が、単に図画の一教案として認められて居た処に、従来の図画教育の低い精神を感じませんか。       
(板倉賛治<東京高師>への反論)

 あなたは云ふ、「山本君の説は材料が貧弱だ、だから論断が偏狭で深さが足りない、図画教育の根本大策といふ如き偉大な計画にふさはしくない」と。それは併し当って居る。僕の習慣は、モチイヴを見定めてのちにパレットに絵の具を出す事になって居るが、それと同じに、僕の子供の創造的生長と図画教育の関係をモチイヴにして、まず愛と希望とを語ったのだ。
(谷健太郎<東京女師>への反論)

 自由画教育は法則ではありませんよ。若し小供がたまに写生に飽きた日があって、画集の画なんぞを模写していたって僕はむろん微笑して見て居ます。要は彼れらが、自身の、印象なり感覚なり認識なり空想なりを、人真似でない技巧で表現する事を習慣にさせやうといふのです。
(阿部七五三<東京高師・『新定画帖』編纂者>への反論)



山本鼎記念館:山本鼎その生涯
http://museum.umic.jp/kanae/biography/biography.html


彼の著書には「美術教育と美術家教育を混同してはいけない」と書いてあるそうだ。その通りだが、実際には混同されたまま臨画一辺倒から自由画一辺倒へと運動が進み、臨画から学ぶべきものがあるのを見失うという、大きな弊害を残してしまったように思う。農民美術の件も読むと、やはりどうも純朴な理想主義者である。

これは「隣のサイコさん」(宝島社)及び呉智英の著者に載っていた話だったと思うが、今は原本を確認できないためよく憶えていないまま書くのをお許し願いたい。
呉智英が或る精神科医に、キチガイにはどんな教育を受けさせるといいか訊いてみたら、「名画の模写をさせる」と答えたそうだ。曰く、受け継がれた構図や色彩、技術を模倣し学習することで常識感覚や社会性を養えるし、培った技術を塗装工などの仕事へも活かせるかもしれない、とのこと。
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2012年08月24日

3日でわかる歌舞伎


3日でわかる歌舞伎  野上圭:著 三隅治雄:監修    ダイヤモンド社


初心者向けとして情報は揃っていると思うけれど、たまに差し込まれる、著者の歌舞伎への思い入れがたっぷりつまった自己陶酔的文章には辟易した。

一条大蔵大臣卿が志村けんのバカ殿のモデルになっているようなことを書いていたけれど、本当かな。よく似てはいるらしい。


この前「与話情浮名横櫛」(よわなさけ うきなのよこぐし)を紹介する番組をボケッと観ていて思ったが、マンガのキャラクターがケンカをすると頬に十字傷をつけるのは、切られ与三をモデルとして始まったのではないか。切られ与三の十字傷にもモデルがあるのだろうか。


与三郎の傷は34。話の前後は忘れたが、小遊三で「切られ与三より傷が多い」というくすぐりを聴いたことがある。
切られ与三の書き換え狂言(改変したもの)、「処女翫浮名横櫛」(むすめごのみ うきなのよこぐし)では、与三郎ではなくヒロインのお富さんが切られ切られて75も傷があるそうだ。通称、切られお富。
バッファローマンなんか傷が1000個もあって、移動もできる。角に傷を集めれば角が伸びるし、傷を相手に移して血を噴き出させることもできるのだ! (悪魔霊術キズうつし)
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2012年08月23日

12/08/22

久しぶりにメールを出した相手が、急に夢へ出てきてたので吃驚した。(起きてから)
当然のような顔をしてそこに居たけど、貴方は全然付き合いなかったでしょ。


盆の夜に、母が飼い犬の鳴らす鎖の音を聴いたという。
犬が死んだのは何年も前だが、確認されたのは初めて。


JBのステージでサックス吹いてる人
メイシオ・パーカー
何度も何度も忘れてしまう名前だから
ここに記しておく。
思い出そうとすると同級生の顔が出てきて
邪魔するんだよ。
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2012年08月22日

12/08/21

ネットで飲食店の場所や営業時間を調べると、口コミサイトがひっかかる。飲食店がどこも個々のサイトを持っているわけではないので、情報源として助かる。

店の評価については当てにならない。そうとわかっているけれども、やっぱり目に付いてしまうと、まったく無視をするということが出来ない。

店で食べながら思い出す。あんなに褒めてあった割には、大した味ではない。なぜこれをあんなにも褒めるんだろう。私の味覚がおかしいのだろうか。

愚にもつかない演出過剰の評判記を書いているような連中とは、感覚が合わなくて当然だい。
そう思うけれども、天下は向こうに主導権があって私にないから、社会の正解は向こうに決められてしまうわけで、私がおかしいのである。私の判断など誰も欲していない。何の意味もない。

そういうことを考えながら、独りでカレー食ったりラーメン食ったりしている。
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2012年08月21日

今週の収支報告



先月のMVPは反省を促す意味を込めて、店で見かけたアンパンマンが描かれたオムツに進呈致します。
オムツに食べ物の絵を描くってどういう神経なんだろう。片やあんこを包み、片やうんこを包む。
このオムツ、ジャムおじさんも愛用してるんだろうな。










多分バイキンマンを描くのが理に適っていると思うんだが、それはそれで間違っている気もする。一番駄目なのは断然カレーパンマン。一番良いのは、今からやなせ氏にウンコマンを描いてもらうことだな。
アンパン連中が誰かに顔を食べさせた後、画面が切り替わると画面のどこかに、時にはアップで、胡坐をかいたりラフなスタイルで横たわっていたりするのがアニメでのウンコマンの活躍。

森の中で飢えて泣いていたカバオに、アンパンが訪れ顔を食べさせる。ここまで長回し、カットが入って、食べ終えて笑顔のカバオ、画面端にウンコマン。こういう出演が基本になるな。

無言。ダンディ。動かない。大きさは多少変化するが、他の人物より圧倒的に小さい。時折何の脈絡もなく、その辺で日光浴をしている姿も見られる。複数が同時に存在することが可能。基本的に他の人物と関係を持つことはない。これがウンコマンだ。

それでオムツの広告を追われたアンパンマンを俺のDVDに移籍させてやって、万事は丸く収まる。
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2012年08月19日

危険の意味なんて

超新星フラッシュマンの主題歌に『危険の意味なんて忘れたのさ』という歌詞がある。私はこの無茶で無鉄砲な歌詞が大好きなのだが、よくよく考えたら歌詞の最初の方で『でっかい未来があぶないぜ』って言ってるんだよ。
「あぶない」の意味なら憶えている。
強がり、意地、気概、そういうもので危険の意味を忘れたと言い張っているのかと思っていたが、もしかしたら本当に意味を忘れただけなのではないだろうか。フラッシュマンは地球に来たばかりなので、言語習得が不十分な可能性がある。「危険」と「あぶない」を結んでいた糸が切れちゃったんだね。


10月公開の映画ギャバンに、シャリバンもシャイダーもコム長官もドン・ホラーも登場する。小次郎さんは?
http://www.gavan.jp/


美術鑑賞の感想文が夏休みの課題を満たすらしくて、美術館に小学生が大量発生していた。
その一人が「うんこうんこえへへへへへ」 これだから最近の若い奴は。
若さとは振り向かないことだと言うが、お前は己を省みて少し反省しろ。
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12/08/14

学園祭のような感覚。芝生がちょろちょろ生えた、大きな催しの駐車場として使われていそうな、とても広い空き地。離れたところに、なだらかで大きな丘が幾つか見える。
空き地の一部は2メートルほど高く盛られ、そこに大きな砂像が幾つも作られている。一番大きい城で50メートルだろうか。すべて高校生くらいの一般の人たちが作っているが、よく出来ている。まばらではない程度に見学者。

私も砂像を作る側なのだが、参加の意思が薄いままに歩いている。その前を死んだはずのIが小走りに駆けていった。小学生の姿だ。私は驚き、Iの名を呼ぶが気付かれない。肩に手を掛けると、Iは振り返って少し驚いたような、困ったような顔をして、瞬時に砂像へと変化した。人の形に目鼻の穴を開けただけの、稚拙な砂像である。肩が少し崩れている。
すぐ近くで見ていた男が目を丸くしている。私は何が起こったのか確認したくて「今、何を見た」と再三訊くが、唖然としている。
砂像はIになってまた駆けていった。
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2012年08月12日

幻の名盤百科全書


幻の名盤百科全書  船橋英雄 湯浅学 根本敬  水声社



10年ぐらいダンボールに寝かしておいた本書をパラパラと再読してみたら、2010年7月末を境に大変興味深くなる記述を見つけた。
1996年6月25日に行われた、名盤解放同盟3人と村崎百郎の座談会である。
村崎は単独で書いている本に比べ、同盟の前ではすごく大人しい。これがぬんいちの前だと、もうちょっと頑張っている。

彼らの話には、前提として承知しておかなければならない概念・感覚があるのだが、言葉では説明し辛い。彼らの語る宇宙を知らない人は、以下の引用を読むにあたって、わからないなりに『この宇宙には「イイもの」を「持っている」人が居る。こういう人が「合格」である。「イイもの」は万人に解されるわけではない。そして因果は巡る。しかし、必ずしも当事者に巡るわけではない』ということを頭に置いて読んでください。「合格」の最たる人には勝新がいます。


p405

村崎:やっぱりそれは同盟の活動の因果の皺寄せみたいなものがあるんですかね。僕も周りの人間がよく死ぬんですけど。



p419

根本:俺が心配してるのは、親の因果が隣の子に報うっていうアレ。こっちが「合格」の判を押したようなことに目をそむけるようなタイプの人間ってのが因果をしょいやすいと思うんですよ。俺ん家の隣の夫婦が典型的なそのタイプなんですよ。人が良さそうでさ、きよしとますみっていうんだけど。(中略)
俺のやった悪いこととかそういう因果が隣に行くんじゃないかって心配してるんだよ。うちに刃物を持った男が来るハズなのに隣に行っちゃっうとか、逆にその夫婦が隣にいるかぎり、うちは大丈夫だと思うんだけどさ。
船橋:避雷針みたいなもんだね。
村崎:それって結構……。
根本:あるでしょ。
村崎:うん。因果って自分じゃなくて、周りの弱い奴らがかぶってくれる。
船橋:不思議ですよね。
村崎:っていうかしょうがないよね。まあ、根本さん気に病むことはないですよ。
根本:ぜんっぜん気にしてない。
村崎:隣には悪いけど、根本さんがいなくても、そうなる運命なんですよ。
根本:隣の奥さんとか昼間にぱっと顔を合わすと、本当に不信そうに俺を見んだよ。
村崎:そういえば、俺にそういうことやってた近所の犬とジジィが去年死んじゃったよ。そういう失礼な目ってのはぶん殴るよりも暴力だよな。そんなことやってりゃ、みんなに嫌われるのも当然だし、しっぺ返しで運命がユガむのも無理ないでしょ。




2010年7月末、村崎百郎は自宅を訪ねてきた男に包丁で二十数回刺されて死んだ。
真偽は不明だが、ネットにこんなログを見つけた。

192 :名無しさん@十一周年:2010/07/24(土) 14:11:14 ID:or1hahRTP
野次馬が全く居なかったことが驚き
テープ張って警官が居るだけ

196 :名無しさん@十一周年:2010/07/24(土) 14:13:34 ID:JylNBsaT0
>>192
近所か?
白い車のある家が現場か?

211 :名無しさん@十一周年:2010/07/24(土) 14:18:04 ID:or1hahRTP
>>196
そうだよ
ストリートビューのコンクリの豪邸は違うよ
間違えやすいけど、なんだか微妙にストリートビューと違う
新築のごく普通の家だよストリートビューって2年前の写真臭い
この辺は移り変わり激しいから、


http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1279943734/



座談会ではこんな話も。

p424

村崎:うちのイナカって「家を建てると誰か死ぬ」ってのがあってさ、俺の近所で死ぬほど働いてる奥さんのがんばりで家を建てたといううちがあっただけど、新しい家を建てた時にはすでに奥さんの身体は癌だらけで、建てた家に住めたのはたったの八ヶ月。あれじゃ死ぬわってみんな噂してるわけよ。周りみんなの羨望も癌細胞を増殖させてたんじゃないですかね。









 * * * * 

長い間、読んでくれてありがとう。
ブログは今日の更新をもって終わりとします。
金にならず、キャリアアップにも繋がらない更新作業は
消耗と苦痛でしかなく、もうやってられません。
あなたの暇潰しのために私の人生があるわけではない。
しかし盆明けにも再開との噂がある。

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2012年08月11日

12/08/10

この体が恨めしい。
私は現在霊障を抱えていて、その対策として減量をしている。以前は毎日しっかり食べないと気が済まなかったが、今では少なく食べられる日がちょいちょい来るようになった。

それはそれとして、ラーメンを食べに出かけた。
初めて入る店で、このために腹を空かせてある。夕食時もすっかり過ぎた頃、軽い運動を兼ねて20分歩き、店の前へ。
ところが、あまり腹が減っていない。運動すると空腹感が薄れる事は知っていたが、それを差し引いても空腹は勝る見積もりだった。どうも「少なく食べられる日」に当たったらしい。

こんなことなら、帰って軽く食べるだけにしようか。減量にはそれがいい。ラーメンはまた今度、腹の減った時に食べよう。
いやいや、ここまで来てそれは虚しい。物理的に空腹なのは確かだから、食べられぬことはないはずだ。
しかし、気が乗らない時に食べてはうまくないだろう。
されども。されども、食べ始めれば気分も変わるであろうよ。いざ入店。
あいや待たれい。減量とラーメンの優先順位は元より御承知あられましょう。御入店の義、断じて罷り通りませぬ。どうか、どうか御英断を。

葛藤しながら店の周囲をうろうろうろうろしていたら、だんだん腹が減ってきちゃって、ラーメン食べた。それも大盛り。そこは並みで良いだろうに、どうしてお前は盛るかね。追加でチャーハンを頼まなかったのが偉かったとは言え、嗚呼、日々の積み重ねを台無しにする食欲生じるこの体が恨めしい。後悔の念に満ちて踊りながら帰った。
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2012年08月10日

立正佼成会91・93

立正佼成会 91 特集『法燈継承』
立正佼成会 93 特集 壽 開祖さま米寿の年
佼成出版社

立正佼成会の一年を伝える豪華な会報みたいな本。写真主体。約200頁。50頁くらいはカラー。A4判。1300円。

立派な施設があって、立派な家に住んで、立派な服を着ている開祖さま。私も徳を積んでこういう立派な人物になるのが目標。

91 P49
第一次青年部活動三カ年計画の総括と法燈継承の祝典を兼ね、大聖堂、普門館を会場に十一月二十四日、全国から青年一万一千五百人が集い「青年幹部大会」が開催された。入部登録の推進をはじめとする第一次三カ年の成果を確認しながら、『Let'sほっとコミュニケーション』をスローガンとする第二次三カ年計画への取り組みへの意思統一を図った。

1万1500人が「Let'sほっとコミュニケーション!」


P75
ジャクリーヌ・ルージュWCRP国際委員長と湾岸戦争などについて意見を交換。「戦争の背景には民衆に対する偏った教育がある」と言うルージュ女史に、「布教の心こそ平和教育の出発点」と強調(1.30 大聖堂)

WCRP=世界宗教者平和会議

立正佼成会は素晴らしい活動をしました、称賛されています、って内容ばかりのなかで、唯一緊迫感を窺わせる遣り取り。
立正佼成会は他宗教との連携に力を入れているが、連帯する敬虔な宗教者達は、宗派や教義の違う相手をどう思っているのだろうか。戴く真理が違う以上、「そういう考え方もあるよね、みんな違ってみんないいよね」なんて許容は本来許されないはずで、他宗教なんて結局は間違っているように見えそうなものなのだが。

P175
大聖堂のトイレットペーパー使用量は、1日100本。
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2012年08月09日

12/08/08



ペヤングの激辛やきそばが辛いと聞いて食べてみたが、激しく辛いということはなかった。この前は辛さを謳った「宮崎辛麺」「辛辛麺」を食べたが、どうということはなかった。ハバネロの菓子にも拍子抜けした。
昔食べたLEEの30倍は本当に辛かった。

私は若い頃に少し無茶をしたので、唐辛子系の辛さには幾らか耐性がある。おかげで、辛さと美味しさが両立しづらい。辛いと思うまで辛くしてしまえば、味が整わない。辛さを抑えれば辛さに不満が出る。



――たこ焼き1個80円以上となると、マクドナルドの100円ハンバーガーに迫る価格だが。

「値段も含めて、たこ焼きの食べ方は皆さんの共通認識となっているからこそ、いろいろな話題に上るのかなと……。確かに牛丼が300円台で食べられる時代に何でたこ焼きが500円なんだと思われる人もいるでしょう。でも、われわれは値段というより、どんな場所で誰と食べるかといったシーンの価値も提供していきたい。例えば、1個のハンバーガーは分け合うことはできませんが、たこ焼きなら1舟を数人でシェアできます。そこにバリエーションがあれば会話も弾みますよね」


「築地銀だこ」8個500円→6個500円
http://news.nicovideo.jp/watch/nw332115?marquee

1個のハンバーガーは分け合うことはできないというのなら、それぞれ個別にハンバーガーを買えばいいんじゃないかな。それ持って屋台船でも借りてさ。


細部に記憶違いがあると思うが、立川生志のまくらで聞いた話。
談志の鞄持ちをしている時に、談志が駅の立ち食い蕎麦屋で「何を食うか」と訊いてきた。大それたものでも卑屈なものでもないものを思案し、月見そばと言うと、談志はそれを注文した。
出てきたそばに箸をつける談志。そして、生志にも食えと言う。注文したのはひとつ。
ひとつの丼で、談志と生志は左右からそばを分け合って食べたそうである。

いくら弟子とは言え、談志にここまで気を許されるのは羨ましい。
たこ焼き舟をシェアするのが何だってんだ。俺には分け合う相手なんかいないんだぞ!






「シーンの価値も提供していきたい」「1舟を数人でシェアできます」
たこ焼き屋からこんな台詞を聞くなんて、ヨシノブお爺ちゃんには思いもよらぬ出来事じゃった。
これが21世紀か……。
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2012年08月08日

慎太郎と談志

正論2月号

・談志参院選の投票速報を見守る円楽、円鏡、桂伸治たちは酒をろくに口にしなかった。談志に当確が出たのは最後。「寄席でも選挙でも、真打は最後に上がるもんだ」と談志。一同沸く。


・談志による石原の応援演説
「このパチンコはよく出ますよ。あの酒屋はサービス満点ですよ。パチンコするなら何とかパチンコ、酒を買うなら何とか酒屋、衆議院なら石原、石原慎太郎をお願いします。イヤな人は上田哲へ」

(「選挙はすごい、あれやると博打なんてとても打っちゃいられねえ」というようなことを談志がどこかで言ってた。)

・石原、談志と弟子5人
ザル蕎麦を食べたら、談志は汁をほとんどつけない。「落語にもあるじゃないか。おまえ、そんなふうに食ってうまいか」「まずいに決まってるじゃねぇか。けど古典落語(そば清)のオチにあるからな。“せめて一生に一度、蕎麦に汁いっぱいつけて食いたかった”って。弟子を引き連れている師匠の俺が、汁をたっぷりつけて食うわけにいかねえだろう」弟子たちも談志を真似て汁をつけずに食べていたな。


かつて三木のり平さんと高座を聴きに行ったときのこと。寄席をはねてから飲みに出、その場で「芝浜」の出来について、身体性が感じられず、「アーティキュレーション(発声の明瞭度、歯切れ)だけがいい」と率直に言うと、談志は「今日のは出来がよくねえ」と言い訳した。「ねえ、のり平さん。どう思いました」と希代の珍優、名優にふると、彼がボソッと「慎太郎さんの言うの、わかるんだよなあ。談志さん、なんで押しばっかりなのかね。引きがない、間がない」言われてそのひと言で談志がガクンとなってしまった。名人が名人を小太刀で斬り倒したような趣があって、傍目には興味深い瞬間だったが、そのあと談志はすっかり悪酔いしてしまい大変だった。
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2012年08月07日

12/08/06



プロ野球を通じて、恒久平和や核兵器廃絶を訴えるイベント「ピースナイター2012」が5日、マツダスタジアム(広島市南区)の広島−阪神戦であり、被爆体験のある元プロ野球選手、張本勲さん(72)が始球式を務めた。

 5歳の時に被爆した張本さんは「被爆者は差別されてきた」との思いから公表を控えてきたが、数年前に「原爆の落ちた場所を知らない」とテレビ番組で発言した若者に怒りを覚え、被爆体験を語り始めた。

 張本さんはこの日、「私たちは最後のメッセンジャー。野球を通じて訴えていきたい」との思いを込めて始球式に臨んだ。

 一方、5日夜は、原爆ドーム前を流れる元安川(同市中区)で、市民グループが東日本大震災被災者への励ましを込めて「生きろ」などの文字を川面に投影。訪れた国内外の人たちが見入った。


http://sankei.jp.msn.com/life/news/120806/trd12080610180009-n1.htm


 * * * *
偶に日米間の戦争を知らない若者がいる、という話が出てくる。いつからこんな若者が出現したのだろう。
先日山本夏彦を繰っていたら、「毒言独語」にこんなことが書いてあった。


日本とアメリカが戦争したことを知らない娘がいると、いつぞや毎日新聞夕刊「憂楽帳」で読んだ。問い合わせたら昭和五十年一月六日だと記事のコピーを送ってくれた。
 ――娘は昭和二十七年生まれだから、そのとき二十三歳である。特に非常識な娘ではないのに、太平洋戦争があったことを知らなかった。「それでどっちが勝ったの?」と聞くので仰天したら、その驚きが娘に乗り移って、たぶん心配になったのだろう、二、三日たったら電話をかけてきた。「友だちに聞いたけど、たいていの人が知らなかった。知ってる人も少しはいたけど」。

(「ヤングという名の老女がいる」)


日本が敗戦を迎えたのは昭和二十年。
昭和二十七年生まれならば、今年で還暦である。不思議なことに、先の大戦を知らない若者がいるという話は聴くが、知らない中年、老年がいる、という話は寡聞にして知らない。かつての知らない若者たちも、歳旧るうちに戦争を知って、知らない人は滅したのだろうか。
歳を重ねてから知った戦争の驚き、その理解の程を聞いてみたい。とんでもない勘違いをしてそうだ。

「特に非常識な娘ではないのに」とあるが、こんな娘に育てた親の判断を信認できるだろうか。親の欲目という。類は友を呼ぶ式で、娘の友だちの水準にも期待は出来ない。

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2012年08月05日

12/08/04

初めて入った安価なカレー屋。カツカレーを注文。
ルーの味は悪くなかったが、カツの肉が5mmくらいしかなくて、駄菓子のビッグカツ(豚肉ではなく魚肉のすり身を使用)を魔法で本物のトンカツにしたらこうなったという風情。(元が駄菓子なのでトンカツもそれなり)
ルーも御飯を覆い隠しているが、覆いは薄く、ルーで御飯を食べきるだけの量しか掛かっていない。
このカレーで一番良い点は、カツが揚げたてであること。

店内には威勢のいい文句が幾つも貼り出されている。
幾らB級グルメだからって、こんなもの出しといてあんまり調子にのるんじゃねーぞ。
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2012年08月04日

泉鏡花 現代日本文学館

泉鏡花 現代日本文学館  文藝春秋

外科室・照葉狂言・高野聖・歌行燈・眉かくしの霊・貝の穴に河童の居る事

鏡花の文体は読みづらかった。前に読んだ鏡花作品集はそうでもなかったのだが。今回は暗い話が印象的なのも一因だろう。
今は悲しい話を読みたくない。昭和43年初版。

あとで前に読んだ筑摩版(平成3年初版)を開いてみたら、こちらは読み易いレイアウトになっていた。だから筑摩好きなんだよ。私が少年期に「文学」が嫌いだったのは、旧来の活字をぎっちり詰め込んだようなレイアウトが一因だと思う。




伝説の雀鬼・桜井章一伝  柳史一郎  白夜書房

内容を忘れていたので再読。漫画のような勝負師。
かなり精神性に重きを置く人。
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2012年08月03日

12/08/12


素直に敗北を認める。
先日私は、〇K〇〇〇のことを一切知りたくない。興味がないの域を超えて、拒否権を行使したい。知らずにいることを許してくれ! などと書いたが、今日スーパーに行くと或る商品棚に『〇〇B〇〇殺人事件』と札が出ていたので「ああ、殺して減らすんだ、沢山いるから」と考えたら妙に可笑しくて、人目も憚らずニヤニヤと笑ってしまいました。
黒幕は秋元なんだろ? 相変らずやることが非道いよなあ。
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2012年08月02日

マッハGoGoGo 第43話「魔女ナンバー・0」



香港を訪れた主人公・三船剛とヒロインの志村ミチは、人力車に乗ってネオン輝く夜の街を移動する。
この時、香港の街並みを映しながら、ぼんやりとしたネオンの光を背景に、人力車の車輪が大写しになって回っている画が挿入されるという演出があって驚いた。これは三船敏郎主演映画「無法松の一生」である。
車夫である無法松が幾年月も経て――という時間経過に使われていた演出だったように記憶している。

三船剛の名は三船敏郎に由来するのだろうかと番組開始当初は思っていたが、特に繋がりを示すような事柄がなかった(気付かなかった)ため、気に掛けなくなっていたところへの不意打ちである。
しかしこうなると、もうひとつ当初に思っていた志村ミチ=志村喬の連想も復活してしまい、ヒロインを観るのに邪魔である。あんなに元気なミッチーが、そのうち胃癌にかかったりするんだろうか。野武士と戦うレベルのことはやってる。(本作はレースアニメと思いきや冒険活劇です)
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