2012年07月31日

天声人語 人物編

天声人語 人物編  辰濃和男  朝日新聞社

辰濃和男が担当した天声人語の単行本。私にしてみれば、最も読むべき部分は前書き。朝日新聞の思い上がりと、それを公言する厚顔無恥ぶりが時代掛かった美辞麗句で表されていて、腹が立つやら呆れるやら面白いやら。
先日の橋下記事に苦悩する記者の嘆きを読むに、この朝日精神は脈々と受け継がれているのが確認できる。
コラムを書くのが大変で、高い才能が要るというのはわかるんですよ。

以下は前書きのほぼ全文。書いたのは辰濃ではない。



 * * * *

 「天声人語」は、「良識」を旗印にかかげる朝日新聞の目玉商品であるだけでなく、日本の活字ジャーナリズムの中で最も有名な花形コラムだ、といっても、決して手前ミソにはならないと思う。
 知識階級にも愛読されているし、中学生、ときには小学生から感想文が寄せられることもある。学校の教材や各種試験問題にも数限りなく使われている。
 これほど幅広い読者層をもったコラムは、外国のメディアにもちょっと見当たらない。
 世論形成の影響力、リベラルな眼、バランス感覚、安定感、継続性、品位、わかりやすさ……などを考慮しながら類似のものをしいて探すとすれば、やや分野は違うが、最盛期のウォルター・クロンカイト氏(CBSのニュース解説者)が思いつくくらいだ。ただ、クロンカイト氏の場合、たくさんのスタッフの頂点に立つアンカーマンであるのに対し、「天声人語」はたった一人の論説委員が毎日手づくりでこしらえている、という点で決定的に異なる。
 だから筆者には、抜群のニュース感覚、見識、学識、取材力、筆力……から体力、気力までが要求される。誇張でなく、彼はマスコミ界のスーパーマンなのである。
朝日新聞社内では「天声人語」担当論説委員のことを「天人」とよぶが、これは略称というよりは、稀有の才能の持ち主に対する尊称、ととるべきであろう。
 この栄光のポストについた大記者は、戦後わずかに六人。

(中略)

「人物編」のゲラを一読して「辰濃天人」の基調音がヒューマニズムであることを改めて感じた。
 弱者、恵まれない人、運のわるい人、死者に常に暖かい眼をむける。おごりたかぶった権力者が嫌いで、この道一筋、地道に、黙々とがんばる人たちに声援を送る。
「けなげ」「たしなみ」「料簡」「けじめ」「節度」というような言葉が好きで、余裕とかユーモアの感覚を高く評価する――こうした物の見方や主張に接していると、物質万能、カネや機械がのさばっている時代に、精神の優位をとり戻せるような、明るい気分になってくるから不思議だ。
毎朝愛読して下さる読者の多くも、きっと似たような感じを持たれているに違いない。
「天声人語」がたくさんのファンをもっている限り、日本の自由主義、平和路線、自然、人情、伝統文化の前途は心配ない――私にはそんなふうにさえ思えるのである。  一九八七年十月

 * * * * 

>おごりたかぶった権力者が嫌い
そりゃあ、誰だってそうだろう……。
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2012年07月30日

12/07/29


ぼくのかんがえたキリストの店

 磔バー・ゴルゴダ

・椅子の背もたれが十字架。
・ワイン以外にも焼酎、日本酒ありマス。
・おしぼりで顔を拭くと、聖骸布サービスとしてお通しのパンが無料。
・「お客様は神様です」が標語。
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2012年07月29日

歓迎する市民


艦艇が入港すると、それに抗議する市民団体のニュースをよく見かけるが、歓迎する市民団体もあることを発見。下記の後援。パトリオットじゃなくてペトリオットなんだね。
http://www.mod.go.jp/pco/kagoshima/event/index4.html

艦船:軍艦と船舶。また海軍で、艦艇の総称。
艦艇:軍事目的をもった大小各種の船舶の総称。
軍艦:1 海軍の艦艇で、戦闘力をもつものの総称。
2 艦艇の種類の一。旧日本海軍では戦艦・巡洋艦・航空母艦・潜水母艦・水上機母艦・海防艦・砲艦などをいう。駆逐艦・潜水艦などは含まない。


この護衛艦「いせ」の一般公開に行ったことがある。
普段見られるものじゃないから、軍事知識がなくても楽しいぞ。

全長197mの巨体、ほぼ灰色一色で装飾がなく、「鉄の船」って感じ。
船の横っ腹から乗り込むと、格納庫なのか、フェリーの車置き場を吹き抜けにしたような広い空間があり、艦内作業に使うと思われる車両の展示や、商品の販売所がある。
船の前方と後方に、ヘリなどを運ぶための昇降機があり、ここに見学者を乗せて甲板と行き来させる。

素人目には空母(航空母艦:航空機の離発着が出来る船だよ)のような形、甲板は広く真っ平、端に艦橋が寄せられている。艦橋は、多分ホワイトベースで言うとブライト艦長やミライさんが乗っているところです。
滑り止めのためか、甲板は塗料を荒く吹きつけたように凸凹している。
見学者が入れるのは船の腹と甲板だけ。(例外として艦内トイレ)

甲板には20mm機関砲(対ミサイル。レーダーが付いていて、自動的に攻撃。毎秒50-75発)と12.7ミリ単装機関銃(手動で撃つ。見学者は発射手順の操作も行えた)が設置され、ドアが開けられ中も見られるヘリの展示もあった。ミサイルの発射口もあったな。蓋してあったけど。

昇降機が動くときは、ブーブーブーみたいな警告音?が鳴る。艦橋や機関砲のメカ具合に熱く大興奮。グフカスタムのシールドに付いているような機関砲でした。
船の撮影は自由。自衛官があちこちにいて、解説や写真係を買って出る。自衛隊の印象を良くするための催しだから、非常に親切だぞ。

同行した父が「まるでエヴァンゲリオンの世界じゃ」って1時間に4回言ってた。父はパチンコでしかエヴァを知らないし、アニメ・マンガの話なんて滅多にしない。しても手塚や水木だ。
私はパチンコを知らないが、実物の艦艇を見た老人にこんな台詞を言わせるエヴァは凄いと思ったよ。
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2012年07月28日

構成員

普通自動車免許の更新をして、新しくなった免許証の顔写真が別人のものであったのだが、忙しさに感けて放っておいてしまった。
今からでは言い出しづらい。速やかに不備を申告しなかったことで、何かの法に触れていては面倒だ。このまま次回の更新まで知らん顔をする。
間違って使われるくらいの顔写真なので、私に似てないこともない。何とか誤魔化せるだろう。


ところが先日、私の免許証を見た母が、これは確かに私の写真だと言う。言われてみれば私のような気もするし、服も私が着ているものと同じである。
しかし、私はこんなに人相が悪くはない。抗弁したが母は全く動じず、この通りの顔だと言い、温厚に見られるための助言まで始めた。(そんなことは訊いていないのだが、執拗に言われた)


人相の悪い、出世しないタイプのクズの顔。これが本当に私の顔だとすると、思い当たる節が色々あるんだよ。某氏にサイン頼んだら、前の客とは違った素っ気ない態度を取られたこと、近所の子供が恐る恐る挨拶してきたこと、久しぶりにあった人から、人の道を踏み外してないかそれとなく訊かれたこと等々、すべて顔で説明がつく。
もうちょっと愛嬌のある顔だと思っていたんだが……。胸が苦しい。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Gentle_oni.JPG
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2012年07月26日

12/07/25



父が最近テレビでスーパー歌舞伎のヤマトタケルを観て、舞台で観たいと、先日新橋演舞場まで行く。
凄かった、死ぬ前に一度観られてよかった、劇場で出される幕の内弁当が旨かった、客で柴俊夫も来てたとか何とか言っていた。
梅原猛の脚本には、自身の父子関係が反映されているという。母が梅原を生んでから一年余りで死去し、梅原は子のない父の兄夫婦に引き取られ、彼らを父母と思い育つ。
私は父を叔父と思っていて、一緒に生活することもなかったので、父の下へ帰っても、必ずしも父とはしっくりいかなかった。父の言動が私にはまったく理解できないこともあった。この私と父との間の齟齬が、私が市川猿之助とともにつくったスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」におけるヤマトタケルと父帝との哀しい親子関係に反映されている。
文藝春秋2011.2


川柳川柳、事故に遭ってから高座に釈台を置いている。志ん生襲名の件、揉めているらしい。
正楽から相合傘の切り抜きを貰う。おぼんこぼん・のいるこいる・ ペペ桜井・内海桂子・立川左談次等観る。
マウリッツハイス美術館展。迫力ある油絵。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、客が多く5秒程度しか観られず。しかも絵は小さい。
スカイツリー内にはソラマチと称して様々な店舗が入っている。定番の菓子や食堂の他、魚屋まである。鮪の良さそうな刺身が置いてあったが、高いとこへ登りに来た観光客がその場で食べられぬ生ものを「お、旨そうな刺身だ。買おう」と思うはずはなく、売れ残って半額になっていたそうだ。有名になれば魚目当てに人も来る人も出るだろうけれど。

父は昔、池袋に住んでいて、先代の小さんを二度、志ん朝を一度見かけている。行先は池袋演芸場と思われる。当時の父は落語に関心がなかったため、何とも思わなかったそうで、何とも勿体ない。


9月29日からのシネマ歌舞伎は、歌舞伎座さよなら公演の『籠釣瓶花街酔醒』で、勘三郎・玉三郎・仁左衛門と観ないことにはいきません。
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2012年07月25日

12/07/24

大変な事実が発覚して、落ち込んでいます。
気晴らしになればと旅行してきました。
某地方の名士の家を見に行こうツアーです。道路から家を眺めてきました。
これが凄い家なんです。ここには書けないくらい凄かったです。
オフ会の時に話すね。


濁った赤い小便が出る。
トマトを山ほど食べたせいだと思う。
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2012年07月23日

12/07/22



今まで気力で凌いできたけど、もう体が続かないのでマドラーを買うことにした。マドラーというのは飲み物を掻き混ぜる棒です。
その辺の枝を拾ってきて混ぜてもいいのだけど、うっかり漆やタラの枝なんか拾っちゃって、それで咽喉が被れたら一大事なので、いざという時に企業の責任を問える売り物を使うことにしたのだ。これをリスクヘッジという。

それでマドラーを求めて店内をうろついていたら、凄いことに気が付いてしまった。売られざる大ヒット商品である。売ってしまえば最後、大儲けは必定、税金地獄に落とされて、渦巻く妬み嫉みと金目当て、人間の何たるかを知る。そういう商品である。俺は天才に違いない。

さて、その商品とは「棒」である。
よくよく考えれば、世の中のどこにも「棒」が商品として売られていないのだ!
貨殖列伝の新刊が約束される大発見である。
今頃凡人は、つっかえ棒や天秤棒などを思い浮かべて首を捻っているだろうが、そういう既に巨大市場が成立している商品を言っているのではない。単なる「棒」である。

如何なる棒か。何となく振りまわすのに適し、何故か持っていたい、何かに使えるわけではない棒だ。子供の頃、山の中で拾って振り回したあの棒である。
君は見たことがあるか、あの棒が売られているところを。そして知っているだろう、あの棒の魅力を!
あんな良い物が売れないわけがない。バカ売れ確定。大抵、一日の終わりに遠くへぶん投げてしまうから、毎日売れちゃう。
私は棒売場の素敵な光景を思い描く。不揃いの棒が無造作に、何本も立て掛けてあるのだ。

さあ、みんな、棒を売ろう。
使用に説明も技術も要らず、宗教や政治思想とは無縁の棒は、国や人種、文化を選ばず売れる。
We are the world. We are the children.
みんな童心に帰って、何となく棒を振り回そう。
みんなが棒を売った粗利の六割は、発案者の私が貰う。
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2012年07月21日

12/07/19

く、くくく。
私は、せっかく食事を減らして、定期的にちんたら走って、ちょっぴり体重を減らしたのに、急にフゴフゴのトンカツ定食が食べたくなってしまい、愚かにも、これを食べに行ってしまいました。しかも御飯をおかわりしてしまいました。
フゴフゴは量がちと多いので、残す人ならちょいちょい見かけますが、おかわりする人はまだ見たことがありません。

食い逃げをしなかったのは偉かった。
これくらいは褒めておかないとね。他に何も褒めるところがないから。
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2012年07月19日

評伝・赤尾敏 叛骨の過激人間

評伝・赤尾敏 叛骨の過激人間  猪野健治   オール出版



予想外に面白い本だった。紹介したい話は多いが、彼の右翼以前をダイジェストするに留める。太字は原文引用。


明治32年、名古屋に生まれた赤尾は、中学5年で結核と診断された。当時では死の宣告と等しく、落ち込んだ赤尾は成績優秀(でも算術は苦手)であったにも関わらず中学を辞め、祖父のいる三宅島に渡る。

(現時点でのwikipediaには「結核を患う。療養のため親元を離れ三宅島に移る」と書かれているが、本書では「実は誤診だったらしい」「どうせ死ぬんだ。学校に行ったってしょうがない」「ショックのあまりの無我夢中さで(三宅島へ)」「ここ(島)に行けば何かが開けてくるのではないか、という淡い期待があった」「(島で)半年ほどたつと身体の調子はすっかりよくなり」と書かれている。)

三宅島での赤尾の住いの近くには浅沼稲次郎の生家があり、赤尾は彼の両親と挨拶をかわす間柄になっていた。
山口二矢は1年ほど愛国党に所属して、事件の約4ヶ月前に脱党している。事件の会場には偶然赤尾も居合わせた。尚、赤尾・愛国党が犯行を教唆・指示したという両者からの主張や証拠はない。赤尾はこの事件を、思想的には自分の影響だと語っている。
(現時点でのwikipedia山口二矢には「事件の1ヶ月前に大日本愛国党を脱党している」と書かれているが、本書では昭和35年の5月末と書かれているのでそちらに従った。事件は10月12日)

赤尾家は三宅島に300町歩(1町歩=9917平米)の土地を持ち、祖父が管理していた。祖父は元大阪の警察署長。三宅島では牧場を営み、牛が50〜60頭も放し飼いにされていた。

当時の三宅島は実り豊かで素晴らしい漁場でもあった。武者小路実篤の「新しき村」に共鳴していた赤尾は、赤尾家の三宅島資産を提供し、島に引き取られていた身寄りのない少年たちと共に、自給自足の共同体を作ろうと思いたつ。

(昭和49年、赤尾は当時の事を「社会主義から出発したといわれているが、成年にありがちな未成熟な正義感から出発した」「引き取られた身寄りのない子は奴隷のような毎日を送っていた」と述べている。)

赤尾の提案を山師的な実業家であった父は激励した。赤尾は識者の助言を得ようと、面識のない東京帝国大学の真鍋嘉一郎教授を訪ね、赤尾の純粋さに打たれた教授は彼を励まし幸田露伴を紹介した。
釣りキチの露伴は、「ほう、それはすばらしい。そんな島でわしも釣りをしたい」と赤尾を励ました。

露伴が赤尾を応援した理由は、「頼朝」を読むとわかる気がする。露伴は純粋な心で無限の大事業に挑む青年が好きなのだと思う。

著名人の応援で話題となり、赤尾の実家へは参加希望の青年が押しかけた。赤尾の父はその中から30人を選んで三宅島へ送る。

大正7年、赤尾は資本金50万円で株式会社を設立し、賃金格差なく平等にわけあう理想に燃えて開村した。土地のボスも協力を申し出、赤尾はこれを得た。
しかし、祖父が突然病死すると、ボスは牛を売り飛ばし、赤尾家の三宅島資産は色んな人間が勝手に処分してしまった。彼らは赤尾の理想に共鳴したわけではなかったのである。村は3年で潰えた。

「ごく一部だけの共同体を作ってみても、どうにもならない」文無しになって父の事務所がある東京へ渡った赤尾は、堺利彦、大杉栄、高畠素之、山川均らのもとへ出入りし、社会主義を学ぶ。その理論に感銘したわけではないが、「世の中の不平等に対する青年らしい誠実さから行動」したのである。

大正11年、名古屋に帰った赤尾は、赤尾金物商店の2階を社会主義運動の拠点事務所とする。
堺利彦らの指導を受けて東海農民組合連合会、名古屋借家人同盟をつくり、活動を開始した。貧しい農民や小作農を組織して農民運動を指導したり、家賃を払えない貧乏人のために大家のところに圧力をかけにいったり、というような運動だった。
事務所は社会主義活動家や運動に関心を持つ新聞雑誌記者の集会所となり、警察のマークを受ける。
赤尾たちは、資本主義の大国、米英を人類の敵と考えていた。
90歳になった赤尾は、当時を「気取っとった」と言う。メーデーの度に過激な事を言い、検挙され、それが新聞に載ると喜んでいた。

大正12年、名古屋第三司令部にて兵役義務者を招集して観覧点呼が行われた。その休憩時間、警察官がいないことをいいことに、赤尾は演壇へ上がり天皇機関説を唱える。
「天皇陛下は、軍部特権階級に利用されている。ブルジョア階級のロボットだ。戦争もブルジョア階級の利益を守るためのものだ。儲けるのは資本家だけだ。一般国民と労働者は犠牲だけを強いられる。こうした矛盾したは改革しなければならない。抑圧された者は今こそ団結して立ち上がるべきだ。」
すぐに取り押さえられ、不敬罪の疑いで憲兵隊に引き渡された。厳しい取調べに動じない赤尾は精神異常者として千種刑務所隔離監に収容されるも、「皇室批判ではなく軍隊への疑問」と判断され不起訴、90日間の拘留で済んだ。

しばらくして恐喝容疑で逮捕される。
時計会社社長宅へ行き、東海農民組合連合会へ寄付金を強要した容疑である。
赤尾としては「寄付をしてくれ」と言ったら断られたので「カネがないならピアノ(その家にあった)を寄付してくれ」と冗談を言ったまでのことだった。
恐喝未遂罪で懲役1年6ヶ月の一審判決、控訴し執行猶予。

赤尾を助けようとする者はいなかった。
仲間の一人が働いている通信社の前を通りかかると、「赤尾敏ついに逮捕」と赤丸つきでデカデカと貼り出されていた。あとで、その赤丸をつけたのが仲間だとわかって、赤尾は腹わたが煮えくり返るような怒りを感じたという。
不当逮捕に抗議してもらえず非難され、極度の人間不信に陥った赤尾は、これをきっかけに社会主義と決別するのだ。


ここまでのつもりだったが、もうひとつだけ。


渡米した際、ニューヨークで開かれた文鮮明の勝共連合の会合に招かれたときもそうだった。演説に立った統一教会の宣教師の指に宝石が光っていた。「今日の会合をどう思うか」と文鮮明がたずねた。赤尾が「みんな立派な洋服をきて指輪をはめているが、あれはダイヤか」とただすと「そうだ」と言う。赤尾はすかさずこう言った。
「キリストの精神を伝える人が、ダイヤの指輪をはめとってどうするか、食うに困る人もいるんだからダイヤを売って、その金で困った人を助けるべきだ」
それに対して文鮮明は、「それは赤尾先生、アメリカへ来ればアメリカの郷に従わなきゃいけない。貴方のような格好してたらブルジョア社会に合わない。それは戦略だ」
と答えた。赤尾はかみつく。
「ブルジョアの方へ妥協したらキリストの精神は死んでしまう。そういうことはキリストはしてないじゃないか」
文鮮明は、
「そこが赤尾先生とわれわれの違うところだ。だから赤尾さんは年中貧乏しているし、それで運動が伸びない」
と言ったという。それ以後、赤尾は統一教会を「インチキ宗教」ときめつけている。


愛国党本部には聖堂と呼ばれる十二畳ほどの部屋があり、右側壁面いっぱいに明治天皇、釈迦、キリスト、孔子の肖像画が並ぶ。聖堂の全面中央が祭壇で、昭和天皇の写真、山口二矢の石膏デスマスクが置かれている。山口は事件の事件の約1ヶ月後、少年鑑別所で首を吊った。
赤尾は中山みきも尊敬している。
生涯の辻説法はおよそ3万回、逮捕歴は25回。

私は大日本愛国党のビラに、「公明党(邪教)」と書かれていたのを見たことがある。
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2012年07月18日

12/07/17



本当はこんな話は書きたくないのだけれど、あんまりにもこの種の話を聴かされるし、先日も思わぬところで聴かされて辟易したので、私の見解を世間に叩きつけて話に終止符を打つことにした。

私は一切知りたくない。興味がないの域を超えて、拒否権を行使したい。しかし情報化社会を生き抜く現代人として、要らぬ話を眼前に突き付けられてしまうことが多々あり、不覚にも要らぬ情報が蓄積されてしまう。俺はそんな話を知りたくないんだ! 知らずにいることを許してくれ! なんかいつの間にか「みんな彼女たちの話を知りたいよね!」ってことするな!
俺は「興味ないから全然知らないんだよ」って顔がしたいのに、理不尽な情報の暴力のせいで、顔と名前が既に3人くらい一致してしまっている! 名前だけ覚えたのも2人くらいいる! やめてケレ!!


私の見解。
不祥事を起こした奴は辞めさせればいいんだよ。人間だからそういうこともあるとか、年頃だからとか、そういうのは関係ない。一般に支持者は偶像が男と遊んでいるのを、例えそれが真剣だろうと、望んじゃいないんだから。
それを許すべきと言うのなら、最初から宣言しとけばいいんだよ。これまでの男遍歴、これからも男漁りに勤しむ旨、飲酒喫煙の嗜み等を真摯に語れば、後から不祥事が発覚するなんてことはなくなる。最初から公表しているんだから。支持者が裏切られたと思うこともなくなり、偶像に支持者を騙す苦役を課さなくても済む。人道的である。

そうやって辞めさせていたら、誰も残らなくなってしまう。
それで一向に構わない。どんどん辞めさせろ。
最後に残った秋元康が、歌って踊って握手して、それでいいじゃないか。総選挙やって武道館で泣けばいいじゃないか。
遠からず、秋元康も男との同衾写真が流出するだろう。何と言い分けしようが泣いて詫びようが、偶像に有るまじき不祥事であり脱退である。博多にでも放逐してやればいい。
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2012年07月17日

12/07/16

カッター男の演技プランを練っていたら、水戸黄門に遭ったのを思い出した。忘れがちな出来事なのでここに書いておこう。


幼稚園に通っていた或る日。運動会を控えた秋で、長袖を着ていたように思う。
その日の日程は終わり、私は独り園の教室にいて、曇りのないガラス戸から何となく外を眺めていた。庭に向かってガラス戸が並んだ造りで、視界は広い。庭の奥には、半分埋まったタイヤが一列に並ぶ。それぞれ違った色で塗りつぶされている。中央あたりに大きな木が一本。夕日で茜色に染まりつつある。

左のほうから黄門様と助さん格さんが歩いてきた。黄門は黄色と茶色、助格は黒か深い藍色の服を着ている。軽く談笑して穏やかな雰囲気である。木を見上げたりしている。

私は驚いた。向こうも私に気付いてはいるようだが、特には関心を惹かなかったようだ。
彼らが本物であることは直感的に分かった。誰かに黄門一行の出現を伝えようとしたが、辺りには誰もいないし、この場を動き難くて誰かを呼んでくることも出来ず、為す術もなく一行を見送るしかなかった。
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2012年07月16日

12/07/15


近所で子供がプリキュアの名乗り口上を真似していた。うろ覚えの口上を、多分意味も良くわからずに、何度も言いながら、そこらへんのものを棒でバンバン叩いていた。
和む光景だね。私もマイトガインの口上を言ったりしたもんだよ。当時はもうそんなに子供でもなかったけど。

子供のプリキュア遊びに華を添えてやろうと思い、カッター男として出演することにした。悪役がいてこその見せ場も在ろう。
ヨシノブおじさんは数十年もカッター男のイメージを固めているので、そんじょそこらのガキ共が考えるようなカッター男には負けないぞ。
まずは異次元から出てくるところから始めないといけないので、家の壁に穴を開けた。
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2012年07月14日

超新星フラッシュマン


超新星フラッシュマンを支えるマグという人間大のロボットがいる。彼は彼なりに一生懸命なのだが、頑張りが空回りしてフラッシュマンメンバーからの評判はいまいち芳しくない。
それでもマグは頑張る。前線に立って戦う力のないマグは、他の何かで皆の役に立ちたいと強く思っているのだ。
メンバーからの励ましもあり、マグは失敗を乗り越えてフラッシュマンのパワーアップに成功し、窮地に陥っていた彼らを救う。メンバーから感謝されて大喜びのマグ。
ナレーション「マグは、うれしかった。地球へ来て初めて、フラッシュマンの役に立ったのだ。マグ、フラッシュマン、これからも仲良く力を合わせて頑張るのだ。地球の平和を守るために。」

これがシリーズ序盤の話なら、皆の結びつきが深まる良い話なのだが、全50話中の第32話なのである。第1話から登場しているマグが今までずっと役立たずだったと認めたことに困惑した。



タイタンボーイは弱いが、あの造型には何か惹かれてしまう。
グレートタイタンにピョーンと飛び乗って合体するのに、本放送で観ていたというだけではない既視感が付き纏う。その正体がやっとわかった。ミラクルカンフー阿修羅の合体である。



フラッシュマンは基本的に重い話のため、通して観るのには疲れるのだけれど、その分、終盤で重さが深さになる。
「夕日を浴びて流れる血は、綺麗だぜ」

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2012年07月13日

今週のドラえもん



「ドラえもん。ヒトモグリオオアリが3000匹ぐらい体の中に潜り込んでしまったんだ。助けてくれい」

のび太はレギュラーメンバーと共にスネオ邸へ招かれ、いつもの自慢話に付き合わされたのである。
今日は世界各地から集めた珍しい虫がテーマで、なかでも南米奥地に生息するヒトモグリオオアリの生態観察が目玉となっており、のび太は大きな虫籠に入れられ、ヒトモグリオオアリに体を食い破って侵入される様をじっくりと観察され、2000円を握らされて解放されたのだった。


ドラえもんは三日も寝ずに、のび太の体からピンセットでアリを一匹一匹取り出して、一日休んで、また三日も寝ないでアリを取り除き、到頭アリの完全駆除に成功した。実に根気の要る作業であった。
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2012年07月12日

12/07/11

橋下氏の記事を巡る朝日新聞大阪社会部デスクの嘆き

良心的な日本人にとって、国内外に大きな犠牲をもたらした戦争の記憶とつながる国旗・国歌の強制は根源的に受け入れられないものと信じていた。その人たちこそ朝日新聞の読者だと思っていた。

 だがそんな人たちは、もはや1割しかいないのだ。良心的な世論をリードしているつもりが、振り返ってみたら誰もいなかったのである。私が想定していた読者像は、自分たちに都合のいい甘いものだった。本当に想定しなくてはいけない読者は、朝日新聞的リベラルな主張を、ウソっぽい、あるいは嫌いだと感じている、世の中の9割の人たちだった。世の中が見えていたのは朝日新聞ではなく、橋下氏のほうであった。


「橋下現象」をどう報ずるか
http://astand.asahi.com/magazine/wrpolitics/special/2012070900007.html

こうして新聞が戸惑いを顕にするのは良いことだと思う。新聞紙面に載る記事でないのが残念である。



前にも乗せたかもしれないが、宝塚版「相棒」

朝日新聞フォトギャラリー
http://www.asahi.com/showbiz/stage/gallery/091224/




平壌市内にある三大革命展示館を案内された。

 文化や歴史、産業を紹介しているのだが、そこで妙なものが展示されていた。「白頭山」(ぺクトゥサン)という北朝鮮の国産車だ。金正日総書記の出生地といわれる名を冠した車は、どうみてもメルセデス・ベンツだった。

 「どこが国産車なのか」
 ガイドに聞いてみたら悪びれずにこう答えた。
 「窓ガラスです」
 別のガイドが割り込んできて、訂正した。
 「全部です」

 ただ、自称国産車のエンブレムをよく見てみると、◯の中に「星」のマーク。スリーポイントで知られるベンツのエンブレムが「星」に変わっただけだった。


産経新聞:これが北朝鮮の国産車「白頭山」 笑い話でない“製造”技術
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120708/waf12070812000003-n1.htm


超新星フラッシュマンのグリーンフラッシュ植村喜八郎氏、人命救助。

読売新聞:救急法習った元戦隊ヒーロー、アキバで人命救助
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120711-OYT1T00818.htm
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2012年07月11日

12/07/10


地元では有名な低価格のラーメン屋へ行く。
昔ながらの、まだラーメン屋が職人と呼ばれることがなかった時代の、とりあえずラーメンではあるが、それ以上の何物でもないタイプのラーメン。意外と旨いのではないかと仄かな期待を寄せていたが、今時こんなラーメンで商売が出来るのかと思うくらい、安いだけが取り柄で、何もいいところがなかった。しっかりラーメンを食べる店ではなく、軽く啜ってゆく店とは言え、もうちょっと何かあっていいだろう。

あの立地と地元との長年の付き合いがなければ、到底続かないであろう店。でも、こういう店が続いているというのは好ましい。街の懐の深さとでも言おうか、派手に力ある者だけが生き残るような殺伐とした街にはなってほしくない。

いくら好ましくたってラーメンが旨いわけじゃないから、帰りにスーパーに寄って即席ラーメンを買ってしまった。ちょっと高いやつを。
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2012年07月10日

12/07/09

遊覧船に乗って、君の家に鬼が来るぞ。
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2012年07月09日

12/07/08



それはそうと、与謝蕪村の『少年の矢数問寄る念者ぶり』である。

この句を何処で知ったのか忘れたくらいなので解釈も記憶にないのだが、遠くの的に矢を中てる競技「通し矢」で、少年へ何本の矢を中てたか訊いている人が居るという風景だろう。或いは、少年が念者ぶって問寄っているのだろうか。
念者は、気配りする人、念を入れる人という意味である。

いずれにせよ、弓の風景を詠んだと見せかけて、実は男色を詠んでいるのではないかと疑っている。念者は男色での兄貴分(大辞泉)を、矢数は性器の出し入れ運動を指す言葉(当世手打笑)でもあるからだ。
大会の出番が終わった弓道部員が、会場の隅っこで下衆な話をしているところを詠んでいるのだと思う。

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2012年07月08日

12/07/7

先日読んだ「化政期 落語本集」には、軽口本のような面白さを期待して外れたわけだが、もうひとつ、男色の話があるだろうという予想も外れた。そういえば男色の古典落語は聞いたことがない。

古典落語に男色の話がないわけではないが、男女の話とは比べ物にならぬほど少ないようだ。何故か。もしかしたら、男色は無粋なのではあるまいか。
男色は僧や武将の間で流行っている。粋は僧や武将より町人のものである。落語には粋がある。だから町人的ではない僧や武将に大きな花を開いた男色は、落語から遠ざけられたのではないか。

などと考えてみたが、落語はそんなに粋なものばかりでもないのでこの仮説は成立しないし、軽口本も落語本も一冊読んだだけだから根拠が乏しい。
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2012年07月06日

それで、人形浄瑠璃へ。


人形浄瑠璃が観たくなった理由をまだ書いていなかったと思うので書く。既に書いていて、記憶違いから辻褄が合わなくなったらどうしよう。私がどうすると言うより、優しく慰められたい。辻褄の整合性なんか関係なく、優しくされたい。金さえあれば。金さえあれば、みんな優しくしてくれるのに。




前に歌舞伎を観に行った時のこと。
開演前、後ろに座っている小母様方がこんな会話をしていた。

私は人形浄瑠璃が大好きである。しかし夫は嫌っていて、曰く、若い娘の声をお爺さんが演じるなど気持ちが悪い。それで一度も観てくれない。私はせめて一度観てほしいと頼み込み、やっとのことで劇場へ夫を連れて行くことに成功した。以来、夫は私以上にのめり込んでいる。

これ聴いちゃって、もう人形浄瑠璃観たくてむずむずしてきちゃった。
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2012年07月05日

だくだくのひと

やっぱり『だくだく』は凄まじいと思うわけ。
私の考えでは、主人公は最後、笑いながら「お腹いっぱい食べた、つもり」と呟いて餓死する。
この噺には何の正義もない。正義に殉じて死ぬ人はいる。英雄にもなる。けれど、洒落に殉じて死ぬ人は。

彼はきっと充足した毎日を送っていなかった。何か先行きを閉ざされる突発的な出来事があったのかもしれない。
そんなことはおくびにも出さない。でも、どこかで自分を哀しく笑っている。生きている意味がない。無駄な毎日。手に余る時間。救われようとは思わない。
それをすっかり洒落に載せちまった。どうせ生きているつもりの人生でしかないという自嘲が感じられる。同時に意地が感じられる。誤魔化されないぞ、誤魔化さないぞ、生きるに値する何かがあるだなんて。すべて、虚構だ。からっぽなんだ。
正しいけれど、正義はない。からっぽの中に、哀しみが満ちていた。
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2012年07月04日

今週の収支報告


初代ジュエルペットのエンディング曲を歌っていた堀江美都子さんが「いい年して、こういう若い人の歌を歌っていいのだろうか」と言ってました。やはり葛藤があるのですね。
それはそうと、先月のMVPは「ケロッグ オールブラン 235g×5個」です。初めて私がアフィリエイトに貼った通りの商品が売れました。さんざん不味いと書いておいたのに買うのですから、余程の事情があるのでしょう。お大事に。









初めて……?
それじゃ、俺のDVDが一枚も売れていないって話は本当だったのか? てっきりヨシノブが売り上げをちょろまかしてるんだと思ってたのに、単に売り込みの出来ない無能だったなんて……。
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2012年07月02日

12/07/01


アーケードの繁華街。人出はそこそこ。広い道の一角に装飾的な椅子と丸テーブルが幾つかおいてあり、そこに宝石の露天商が出ている。売り物の割には路上のアクセサリー売りと雰囲気が変わらない。
宝石は小さなダンボール箱に盛られていたり、布に並べたり、屋台風の屋根や立てかけられている板に下げられてある。
足を止めて見る者はなく、店の主も席を外しているようだ。

こんな衆目の中では盗む者はいないだろう。でも、ルパンならさっと盗んでしまうのだろうなあ。
そう思いながら何となく、宝石が入った片手で持てる程度のダンボール箱(実際には私が小物入れ代わりに使っているダンボール箱だ)を手に取って、そのまま通り過ぎた。

何時の間にやら、里山と言うほどではない田舎道。ダンボール箱を両手で持って歩いている。さて、どうしよう。宝石が欲しかったわけではないし、換金できるとも思っていない。その辺にばら撒こうか。いや、私が捕まるのは面白くないから、なるべく痕跡を残したくない。
宝石は黄が六割、青が四割、交ぜずに盛られている。二センチから三センチ程度の楕円形に近い形だが角ばっている。全部で3200万から3600万円するのがわかる。(今思えば蛍光色の黄と青に塗った砂利しにしか見えない)

埋めることにした。場所を探していると、或る一軒家が目に留まった。道路にいる私から見ると、左手側に住居、右手側に畑、周辺は林である。杉であったと思う。住居と畑の敷地は盛った土の上にあって、道路から高い。
この敷地の奥へ行けば人目に付かない場所があるのではと思い、畑の土手に沿って奥まで行くが、裏手は川になっていて、危うく滑り落ちそうになる。

道路に戻ろうとすると、畑の土手が文字の彫られた灰色の石板で覆われていることに気付いた。読むと短い怖い話である。一つの話が一つの石板に、話の長さはまちまちなので石板の大きさ形は異なるが、隙間なく組み合わされている。
夜中にどこそこの道路に白い服を着た女の霊が出るといった程度の他愛のない話だが、引き込まれて読んでいると、家の主人である爺さんが帰ってきた。
挨拶して、通りかかって読んでみたら大変面白い、と言うと、爺さんは大層喜んだ。担い手のいない伝統文化に若者が興味を示したかのような反応だった。
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2012年07月01日

今週の覆面バイカー



ディラスター帝国が送り込んだ怪人ナパームゴリラによって街が灰燼に帰そうとしている。正義の戦士覆面バイカーは愛車ヘルインパクト号に跨り現場に急行した。ところが運転を誤りヘルインパクト号は大破。意識を失った覆面バイカーが目覚めるとそこは病院であった。

「もう少し処置が遅かったら、助からなかったでしょうね」 担当した中村医師は語る。覆面バイカーを迅速に病院まで運んだのはナパームゴリラであり、彼が置いて行った見舞いのバナナには手紙が添えてあった。「こんにちは。ナパームゴリラです。窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さずと言います。僕は各地で新型兵器の実験をしているところです。取り敢えず首都の壊滅を目指しています。正義の戦士には負けませんよ! 日本語をいっぱい勉強している最中なので、読みづらいところがありましたら申し訳ありません。 追伸 親戚が輸入している美味しい台湾バナナです。元気になりますよ」
既に覆面バイカーの両親はナパームゴリラの下を訪れ御礼の挨拶をしていた。


覆面バイカーの心は揺れ動いている。大きな借りを作ってしまったナパームゴリラに必殺の地獄落とし頭蓋粉砕蹴りを極められるだろうか。命の恩人の脳を踏みにじることが出来るだろうか。入院生活を終えるまでの3ヶ月、ゆっくり考えることにした。
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