2012年04月28日

12/04/27

「山田くん、例のものを持って……、早く逃げるんだ!
ここはあたしが食い止める!」
「はい、かしこまりました〜」
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2012年04月27日

12/04/17

個人経営にしては広い、プラモデルが主力のおもちゃ屋。長方形の店内に、繋がってはいないが、L字を描く形で配置されたカウンター。長いほうがプラモ。短いほうがフィギュアの区画。ちょっとしたジオラマが飾ってある。
近くに大きなおもちゃ屋(リサイクル型)があった頃は、かえって客が来たが、そこが潰れた今はさっぱり客が来なくなった、と店の親仁が言う。私は友人ら5人と来ている。(誰だろう?)
綺麗に敷かれたアフファルト道路で幾つかの区画にわかれて整備された芝生、遠くに林が見える他、何もない。店だけがぽつんとあって、親仁には申し訳ないが清々しく気持ちがいい。
ラベル:
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2012年04月26日

12/04/24










人類の文明(と乱暴に一括りする)というのは、科学とか医学とか軍事などの各ステータスの数値をぐんぐん伸ばしてきているわけですが、かなり数値が低いままになっているステータスに「死」があると思うのです。あんまり死に方の研究・開発が進んどらんということ。

拷問とか処刑の分野では熱心にやってるわけですが、そういうのではなく快適な死に方、便利な死に方、いい死に方。
もっと速く、多く、遠くへ、快適に。車輪が発明されて道路が整備されて線路が出来て蒸気機関で汽車ポッポと一等車で宇宙へ行った、というような発展が死では進んでおらぬ。特に自殺についての認識、環境、方法。

文明社会の中で、死に苦しみ、苦しみながら死ぬ、という事態が出来し続けるのは、文明が死に対応できていないからだ。
死は宗教がかなり専門的に取り扱っているからと、そっちに任せておいたのは怠慢である。要するに文明自身がまともに死と向き合っていないのだ。


文明が死の数値をぐんぐん伸ばすと「象の墓場」みたいなものが出来るのだと思う。私はその風景を少年時代から夢想している。

ぽかぽかと太陽が照らす長閑な草原の丘に、大きな木が一本生えていて、気持ちの良い風が吹くその木陰、みんな寝転んでいる。穏やかな静寂。或る者はうとうとして、或る者は寝入っている。
何もすることはない。食べることも何も。ここへの入り口近くでは衣装を貸してくれるので、好きな格好をして、あとは夢を見てるだけ。たまに起きて、また寝る。
ここで10日も寝ていると、そのまま死んでしまう。その前にここを出ていってもいい。
死ぬと、巡回員が遠くへ運び、土に埋める。そこは何にもない、日差しが心地良い大地。


何も食べずにいられるってどんな環境なんだ、どうしてそれで穏やかに死ねるんだ、というのは未来の科学が解決してくれるものとして。個人的には、草原を成す植物から出ている成分にそういう毒と鎮静の効果があるんじゃないかと思っている。
夜は冷えないんですか。貸し毛布があります。
雨が降ったらどうするんですか、土葬が嫌な人はどうするんですか、って自分でどうにかしてくれよ、もう。


どんどん死が便利快適になるとどうなる。最終的には、みんなが積極的に死を求めてしまって、人類が滅ぶ。
種の存続が本能であるとしても、それはどうでもよろしい。
始まりがあれば終わりがあることを文明は知っている。いつか地球は滅ぶ。それは地球上の生命が滅ぶことと多分同じである。地球が滅べば、実際には滅ばずとも急激な環境変化等でも、生命は終わる。いつとはわからない未来で、多分。
これは一種の比喩であるから、他の惑星で生き延びればいいとか宇宙に基地を建造して住まうとか、そういう反論は機能しない。宇宙だっていつか終わるだろう。宇宙より大きな存在だっていつか終わるだろう。窮極的には、始まりとか終わりとか言えないような大きな変化、法則での運動のなかに我々の存在はあるのだろうが、もっと小さな、我々の種の存続レベルで話をすると、将来的に滅亡が約束されていると思うわけ。そうなると、いつまでも存続していくことを至上目的とするのは誤りで、良い終わらせ方を模索するのが当然なのではないか。




この前、布団の中で考えたこと。
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2012年04月25日

今週の桃太郎

ある日、お婆さんが川へ洗濯へ行くと、大きな桃が川を塞き止めていました。
お婆さんは桃を拾って持って帰りましたので、川下では、水が枯れて困っていた人たちが助かりました。
川下の人たちは大変感謝をして、お婆さんを桃太郎と呼ぶようになりました。








*よくある質問と答え*
Q.なぜ女の人なのに太郎なの?
A.小唄勝太郎のファンだから。
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2012年04月23日

12/04/22

偶然にも、2004年発売のGBAソフト「でじこミュニケーション2」の体験版(パソコンで動作)が、まだダウンロードできるのを発見した。チュートリアル含めれば1時間くらい遊べる。
でじこが「せっかくだからこの赤いカードを選ぶにょ」とコンバット越前の台詞を言っているぞ。
http://www.mtwo.co.jp/dc2trial/

見た目通りキャラクターが一番の売りになっているゲームだが、ゲームとしての評価は高く、キャラクターがかえってユーザーの幅を狭めたのではないだろうかと思う。


公式サイト。おまけが頑張っている。
http://www.broccoli.co.jp/dejiko/digicomu2/index.html
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2012年04月21日

12/04/20


よくわからないながらもプロバレーボールの国際大会を観戦。
会場には試合を盛り上げるためのアナウンサーがいて、今サーブを打つのは誰、ブロックしたのは誰、と簡単な説明をしたり、劣勢のチーム(国)へ応援をしたり、掛け声で観客に応援を促したりする。
観客も特に贔屓しているチームがないようで、劣勢になったチームを応援する。私もそれでいいのでそうする。

国際大会で自国を強く応援するのはナショナリズムであるという批判を聞き齧ったことがあるが、ナショナリズム(と批判されているもの)がない国際大会の応援はこうなるのだな。
明るくほのぼのしているが、手に汗握る熱がない。盛り上げてやらねば、と幾らか義務感を抱えて拍手していたのは私だけか。
各国の国歌には会場全員で起立して脱帽。


試合が終わってコートから引き上げる選手に、通路側の観客席へ子供が結構な人数集まってサインをねだる。その選手たちが、どのくらい著名な、実力ある選手なのか、私にはわからない。子供たちにそれがわかっているのかもわからない。

サインに応じる選手は極少数だ。
こういうファンサービスが将来のバレー発展に繋がるのに、と思うし、彼らにサインの義務はないのだから、とも思う。
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2012年04月20日

老子


老子 無知無欲のすすめ  金谷治  講談社学術文庫

老子は政治に色気を出しているのがいけない、と誰か(寺山?)が言っていたが、全くそう思う。隠者の思想としか思えぬ。これで政治が務まるわけがない。(そういえば寺山は、老子には社会性がないと批判していた)
もともと隠者の思想であったものに影響力を保たせようと、政治へも効きますよと無理な拡張をしたんじゃないか、というのが私の勝手な想像。




・天皇皇后両陛下の誕生日を天長節・地久節と名付けたのは、老子が出典。以下も老子から

・「足るを知る」というのは「足るを知れば辱められず」からの言葉か。

・「天網恢恢疎にして漏らさず」は原文では「天網恢恢、疎にして失せず」

・「大器晩成」は現在の解釈とは違い、大器とはいつまでも完成しないものだと受け取ったほうがいい。老子の思想は完成させることなんか求めていない。

老子は世間一般に言われる価値(美醜・長短・善悪など)はすべて相対的な価値に過ぎず、それに囚われるなと説いている人で、そんな老子の言葉で社会的成功、つまり世間一般で言われる価値での高評価を目指すのは大間違いなんだが本人はこれで政治も行けるって妙に強気なんだよな。





老子で好きな言葉の一つは「大道廃れて仁義有り」


大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、貞臣有り。

道とは、大雑把に言うと宇宙の真理みたいなものであり、全ての始原である。最も根本的、最も大事なこと。老子にも(人間には)はっきりと言い表せるようなものではないので、便宜的に道と呼んでいる。道教の道はこれである。

大いなる道が廃れたからこそ、仁や義を強調するようになった。人が智慧をつけたからこそ、騙し合うようになった。仲が悪いからこそ孝や慈しみを強調する。国が乱れた時に忠臣がはっきりする。

「大道廃れて」を崩して訳すと、大体こんなところである。
「道徳をことさらに強調する必要があるのは、それが失われて乱れた状態があるからではないか(金谷治)」
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2012年04月17日

今週の桃太郎


むかしむかし、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました。
ある日、お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行って桃太郎を拾ってきました。
桃太郎は鬼が島へ鬼退治に行くと、拾ってきた翌日には言いました。
そこで、お爺さんは防弾チョッキを、お婆さんはきび団子を、桃太郎に持たせました。
桃太郎は玄関出てすぐのところにいた犬と猿と雉を連れて鬼を退治すると、帰り際にまだ死んでなかった鬼から銃で撃たれましたが、防弾チョッキを着ていたので無事でした。
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2012年04月16日

墓場まで何マイル?


悠木碧は俺と結婚したいんじゃないかと思う。俺はしたくない! 世の中にそう都合の良い話が転がっているわけがないのと、俺が幸せになれるわけがないという観点から考えるに、ろくでもない女にきまっている。だから、俺が何かの気の迷いで碧ちゃんと結婚してしまう前に、きっぱりと幻滅しておきたい。


では、どういう女だと幻滅するのか。
先月からちょこちょこ考えていてることを発表します。


・尻の穴に電気うなぎを飼っている。

何が困るって電子機器がパーになる。
鬼太郎が強力な電撃出すんだけど、あれは胃の中に電気うなぎを飼っていて、そいつが発電するんだよ。子供の頃に読んだ鬼太郎大百科みたいな本に図解で書いてあった。碧ちゃんも相当ビリビリ出すよ。
ゲゲゲハウスのトイレってどうなってるか知ってる? 外に中心部が地下まで空洞になった切り株があって、それが便器なの。汲み取り式便器に近い構造。違うところは、地下に住んでいる虫たちが御馳走として排泄物を食べる仕組みになっている点。さすが水木しげるだぜ。でも、猫娘もそれ使うの? とドキマギした子供時代。大人になった私は猫娘がうんこをしないとわかっているので平気です。
鬼太郎は髪の毛に霊力が宿っているので、毛針などで全部抜けてしまうとただの子供になってしまう。柳田國男なんか読むと、霊力が毛に宿っているという話は各地にあるらしく、それが反映された設定なのだろうと思う。
ラムちゃんのお尻にも電気うなぎが入っているよ。


・寝てる人の耳にダンゴムシを入れるのは笑って許される程度の悪戯だと思っている。自分がやられると法に訴える。

パブリックエネミー。人類の敵。許すわけにはいかぬ。
沢城はムカデも入れる。大きい奴は砕いて入れる。


・「おりゃあ〜」と言いながら槍で突いてくる。

笑顔。やめてと言ってもやめてくれない。槍の扱いが上手いわけじゃないのに、妙にずっぷり刺さる。
槍といっても、折れて先が尖った鋼鉄の棒なんですけどね。もともとは銀色をしてたんだけど、こびりついた血が乾いて赤黒くなっている。人の脂で錆びない。
体に幾つも穴を空けられ、俺は泣く泣く碧の前を立ち去るのだった。

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2012年04月15日

12/04/13



「でかいなあ……」
「何がです?」
「地球だよ、地球。でかいよ……」
「そうですか」
「大き過ぎらあ。誰も敵わねえ」
「地球より、もっとでかいものがあるんですよ。それは……」







 宇宙……? 地球よりでかいものなんて、あるはずねえよ。
 でかいんだぜ、地球……


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2012年04月13日

今週の収支報告



先月のMVPは該当商品が無いので、先月食べたトンカツ定食のことを書きます。それでいいよね。

口コミサイトで上位に評価されているトンカツ屋ブーブーへ行って上ロース定食を食べました。そこで店を選んだ訳じゃなくて、営業時間を調べたらそこが出てきたんです。

店はそこそこ流行っているようで、味は値段との釣り合いからいっても合格点には達していると思いました。
しかし、この地区には同じ価格で美味いトンカツ屋フゴフゴがある。ブーブーは合格で、フゴフゴは美味いんです。格が違う。しかし、口コミサイトではフゴフゴの評価点がブーブーより低かった。当てにならないのは知っていたけれど、実体験としてそれを確認できたのが今回の収穫でした。

フゴフゴのトンカツのほうがいいなと思いながら食べていると、観光客らしき幸せ家族の母親が「うわあ、おいしいねえ」と言いながら私と同じ物を食べていて、切ない気持ちになりました。










さすがドラえもんの頭で蟹味噌御飯食べてる奴は言うことが洒落てるね。「ブーブーは合格、しかしフゴフゴは美味い」だってさ。俺もフゴフゴが上だと思うけどね。

トンカツもいいが、俺のDVD買えよ。そんなんだからMVP貰えないんだぞ。
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2012年04月12日

高野聖

玉三郎の芝居を、と思っているがそうそう観にいけるものではないので、公開中の高野聖を観に行った。高野聖は偶然にも最近再読し終えたばかりである。
坊主:中村獅童 女:坂東玉三郎 親仁:中村歌六


今回の高野聖は、舞台演劇を撮影して映画館で上映するというもので、私は初めて観る形式。
高野聖は客を入れていない舞台で撮影され、一部は野外で撮影した映像も使っている。
映画館にはプリキュア映画を観に来たガキ共が列を成しており、私もプリキュアを観たいが、今日は玉三郎を観に来たわけで、我慢して高野聖である。

冒頭は何処ぞの洋館で撮影された、玉三郎の語る「鏡花先生」作品の魅力と撮影方式の狙い。椅子に座る玉三郎とか窓辺に寄り添う玉三郎といったイメージカットもあり。これはアイドル映画か。いや、そもそも歌舞伎はそういうものだ。

本編。シネマ歌舞伎と銘打っているが、やや時代劇的言い回しの芝居という具合で、歌舞伎と聴いて一般に想像するような芝居ではない。
私には獅童の敬虔な修行僧ぶりがまだまだ若いと見えた。そこへ行くと中村歌六の老けた親仁ぶりが実に馴染んでいる。(私にとって)原作の最たる見所は女の妖しさだったが、この芝居では最後に歌六がほとんど持って行ってしまった。
冒頭で玉三郎が、坊主も女も親父も、それぞれ主人公として成立する構造を持った物語である(大意)と言っていて、そういう話だっただろうかとあんまり腑に落ちなかったが、まさにそういう話だった。

ロケ場面、なぜもう少し山深いところで撮影しなかったのか。そんなんじゃないんだ、(私の思う)山道は。

シネマ歌舞伎:高野聖
http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/19/

スマイルプリキュア
http://asahi.co.jp/precure/mobile.html
メルマガ登録しました。これで毎週プリキュアからメールが来ます。
他にはメールを出してくれる人も、出せる相手もいません。
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2012年04月11日

シャーロック・ホームズ


テレビ放映。
お、なかなかいいじゃないか。
今までにないタイプのホームズ像。敵のブラックウッド卿が名作グラナダテレビ版ホームズ(吹き替え:露口茂)に似ていたのは、これ迄のホームズ像を打破する意気込みか。
すごくホモ。気のせいだろうか。すごくホモ。

沢城の洋画吹き替えは初めて聴いた。結構やっているようだけれどテレビも映画もあんまり観てない。

開始前に豪華声優陣と言っていたが、本編終了後の声優テロップが早く流れてしまうのを見て、アニメ以外での声優の地位はまだまだ低いのだなあと慨嘆する。

私は海外ドラマ「フルハウス」で変な勘違いして、ダニエル(芸人でも歌手でもないアナウンサーの人。高身長)の声が堀内賢雄だと思っていたことがある。本当は大塚芳忠。堀内はジェシーおじさん。
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2012年04月10日

12/04/09


坂東玉三郎の舞踊を観に行ってきた。
今度は芝居で観たい。


客の九割は女。その九割が年配。和装が多い。
こういう古典芸能に来る客にはハイソな人が多く、彼女らの世間話に聞き耳を立てるのが面白い。上流社会とは縁のない私にとって、彼女らは別世界の住人。○○さん(芸人)の御召し物がどうのこうの、料理(和食)の味付けがどうのと、まるでドラマの中から抜け出てきたようなハイソぶりである。口調からしてそこらへんの婆さんと全然違う。
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2012年04月09日

今週のドラえもん



「うえええーん、ドナえもーん、ツネオが親戚のお兄さんが運転する車で、ジャイヤンとしむかちゃんを連れて、地獄ヶ淵首塚ランドへ遊びに行っちゃったよーう。5人乗りの車なのに! 5人乗りの車なのに、1人残され4人を見送るこの身の辛さよ。
「ツネオがそういう奴なのは知っていたが、親戚も同類かよ。こりゃちっと灸を据えてやらねばならんな。
「そうこなくっちゃ!

「バカな親戚が運転する車は地雷原へ突入! ドカーン、ドカーン、車のタイヤは吹っ飛んでしまいました。しょうがないから、床を蹴破って自分たちで走るツネオたち。
「ウッヒャッヒャッヒャ! 車に乗ってるのに! 車に乗ってるのに自分たちで走るなんて! で、でも、しむかちゃんは? しむかちゃんはどうなったの?
「えーと、しむかちゃんはもうとっくに家へ帰っています。最初から車に乗ってませんでした。
「ああー、よかったあー。
「ツネオたちは、えっさほいさと車を走らせて、ようやく首塚ランドの駐車場へ着きました。ところがそれは勘違いで、実は豚の尻の穴に入ったのでした。『あれ、暗いぞ。もう夜かな?』
「フヒーッ、ウヘッヘッヘッヘッヘ。豚のお尻の穴に入っちゃってんの。まだ昼なのに夜だと思っちゃって、ぶぎぎぎがががが!(笑ってます)


さっきまで落ち込んでいたのびひろくんでしたが、ドナえもんの描いた漫画ですっかり笑顔を取り戻しました。
その頃、4人を乗せた車は無事に首塚ランドへと着きました。
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2012年04月08日

12/04/07

のんびりした田舎の町外れ。
小高い山をぐるりと回る道路を父と歩いている。下の方では木が茂っているが、その天辺が視界を邪魔しない高さなので、田園風景を見下ろせる。
腰ぐらいの高さまで、コンクリで繋いだ長方形のブロックが斜面を覆っている。斜面には短い芝生。ブロックが途切れたところで斜面がややえぐれるように崩れている。そのあたりには長い葉の草が生えている。

私は初めて通る道かもしれない。父はここに来たことがあるそうで、斜面の崩れたところを何か(掃除?草むしり? 新聞紙を燃やしたような気もする)しながら、垂水という県議会議員が悪いやつだという話をする。インチキ霊能者でもあるそうだ。
この崩れたところで誰か死んだのか、通り道なのか、とにかく霊がいるらしい。父は前にその御祓のようなことをして、今回もまたそれをする。


一ヶ月くらい後。Nスケと一緒に同じ道を歩いている。やはり斜面の崩れたところに来ると、我々はそこで何かをする。私が垂水の話をするが、話が噛み合わない。誰だそれは、そんなやついただろうか、という反応。霊がどうのこうのと話をしているうちに、いつのまにかY子もいる。
崩れたところから数歩進んだ、崩れが直視できない角度の位置で私達は話をしている。崩れたところから背の低いふくよかなおばなさんがすっと出てきた。まるで、そこに道があったかのように。これは間違いなく幽霊だ。
おばさんは上等な中国の晴れ着(十二単を寸詰まりにしたようにも見える)を纏った上から、無理に白い和服を被せているような格好で、和服の切れ目から金や紫や緑の布地、細かい刺繍が見える。

驚いたけれど、他にどうということはない。少し興奮しながら、道路を上がってゆくおばんさんに同行する。
やはり幽霊だそうで、御祓が効いたから出てこられたようなことを言っていた。状況と格好が異常なだけで、他に幽霊らしいところはない。
そのうち、何かの呪文を話しだした。言葉の形は成しているが、意味の通らない台詞混じりの数え歌のよう(云々、○○が一つ、○○が二つ、……○○が五本)で、頭では憶えられないことがわかって、Y子にメモ帳へ書き留めるように促した。(私が普段持っているメモ帳がY子のものとして登場した)
しかし、やがて声は二重三重に少しずれながら重なって聴きとるのが困難になった。頭の中で声が活字になっているが読み取れない。それもやはり二重三重に少しずれながら重なっている。黒地に白く縁取られた黒字で、やや掠れている。それより少し小さい字が重なり、揺れ動いている。こちらは抑えた青金赤黄などで縁取りされている。

道路から一本、木々に覆われた暗い横道があって、家が覗いている。おばさんはそこで別れを告げて家に沿って歩いて行って視界から消えた。何もない庭に家人らしき大柄な男(30代か)が出ている(縁側にはその父親らしき大柄の老人)ので、失礼だがこの家からおばさんの死人が出ませんでしたか、と訊くと驚いていた。母の○○○(中国人の名)が死んだのだと言う。その人はこんな風貌で、こんな服を着ていませんでしたかと訊けば、更に驚いていた。
私達は家に招かれ、薄暗い古民家の広い土間に入った。食堂か、食べ物の生産場のような雰囲気。
ラベル:
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2012年04月07日

12/03/30

年上の二人と昼食を摂りに入った、明治に建てられたと思しき欧風建築の校舎か宿舎のような建物。古い木造。白が基調で、窓枠や扉、屋根などは黒か深緑。

正面玄関ではない。五段ほどしかない階段を上がって深緑の扉を開けると、真っ直ぐに廊下、窓のない白壁、規則的に張り付いた扉。洋風家政婦姿の中年女が案内する。
こんなところにジャージを着てこなくて良かった。ジャージだと手前の部屋にしか入れないのだそうだ。

入った部屋は、広い教室を二つ繋げたような長い部屋。学校用の机を向かい合わせして繋いだ長い列が四列ほど。
手前から二列目、端から五番目くらい、出入り口を向いた席に座る。窓が大きく、爽やかな陽光が差し込む。

席にはぽつぽつと女学生が座って食事している。家政婦服に似た白い制服。部屋は静かだ。

すぐに食事が運ばれてくる。
白く丸い皿に直径十センチ、厚さ三センチほどのステーキ。子羊だと思う。ソースがかかっている。
陶器の椀に入った混ぜご飯。ステーキを焼いた後のフライパンで炒めたものだと思う。ステーキも美味いが、こっちも胡椒が効いていて美味い。これで千円とは。

配膳をする女が私に目を留める。私の椀は間違ったものを使っているらしい。これで構いません。
ラベル:
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2012年04月05日

今週の桃太郎


むかしむかし、あるところに、お爺さんが二三人、お婆さんが二三人住んでいた。
ある日、お爺さんたちは山へ柴刈りに、お婆さんたちは川へ洗濯に行きました。
お婆さんたちが洗濯をしていると、川上から大きな桃が、どんぶらっこっこ、どんぶらこっこ、と二三個流れて来たので、お婆さんたちはお爺さんたちと食べようと思い、それぞれ桃を拾って帰りました。
やがて、お爺さんたちが山から帰ってきたので、早速桃を割ってみると、中には玉のような男の子が入っていました。男の子たちは桃から生まれたので桃太郎と名付けられ、すくすくと育ちました。

ある日、桃太郎たちは鬼ヶ島へ鬼退治へ行くと言いましたので、お爺さんたちは日本一と書かれた旗を、お婆さんたちはきび団子を持たせて送り出しました。
桃太郎たちが鬼ヶ島へ向かっていると、犬が二三匹やってきてこう言いました。
「お腰につけたきび団子をくださいましたら、家来になります」
桃太郎たちはきび団子をあげ、犬たちを家来にしました。
しばらくすると、今度は猿が二三匹やってきて同じようなことがあり、猿たちも家来に、またしばらくすると雉が二三羽来てやっぱり家来に、という具合で結構大所帯になって鬼ヶ島へ到着しました。

鬼ヶ島には鬼が二三人住んでいて、桃太郎たちはこれを退治すると、鬼たちの財宝を二三個持って三三五五帰りました。



 お四まい
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2012年04月04日

今週の一休さん


「夜な夜な屏風から虎が抜け出て困っておるのじゃ。
 一休、虎を退治してくれぬか」
「はい。では将軍様、屏風から虎を出してください」

飛び出す虎。
屏風は最新型の3Dディスプレイ(メガネ不要)だったのである。
一休はディスプレイのコンセントを抜いて
「もう帰っていいっすか」
と言った。


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2012年04月01日

私は何故ブログを書くのかということ

※私は何故ブログを書くのか???
まったくわからない。私は何故ブログを書くのかわからなくなりました。だからブログはもう書かないことにしました。何故かというと、ブログを書く?ことが、すべてわからないのです。
何故ブログを書くのですか?これは、実によく考えてみる必要がある。すると何故ブログを書くのか、それがわからない。何故でしょう。こんなことではもう書けません。書けないのです。

何故、ブログを書いたのか。そのことを、考えています。私は、何故、ブログを書いていたのでしょう。今となっては、もう、わからない。何故だろう。よく考えよう。

まず、私はブログを書いていたのか?そのことを考えてみよう。私はブログを書いた。これは、はっきりわかる。ブログを書いていたからだ。では、何故ブログを書くのか?
まったくわからない。私にはわからないのだろうか。
もうブログを書きません。
だって、書く意味がわからなくなったのです。
ブログ。深い謎です。いくら考えてても、わからない。
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