2011年12月31日

年忘れ!! 尻の穴からキノコが生えて困ること2011




・おならで胞子が飛ぶ。
・笑われる。
・怒られる。
・無断で取る人がいる。
・毒の有無を訊かれるのがうるさい。
・相手がキノコ嫌いだと心象が悪い。
・他人のキノコと大きさを比べられてしまう。
・自分に人を愛する資格があるのか悩む。
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2011年12月28日

11/12/27


空しい。空しいよ、こんなブログは。
この前、世界人口が70億人に達したって国連が言ってたけど、
ブログに来るリピーターは5人もいない。他の人類はどうした!
World Wide Webってのは看板だけかよ。インターネットってこの程度かよ。
どうせこの5人弱だって、そのうち「塾が忙しい」とか「お母さんが駄目って言う」とか
言い出して、来なくなるんだから。
ちょうどきりのいい時期だし、ブログは今日でおしまいにします。
 ブ ロ グ な ん て 二 度 と や り ま せ ん 。
君たちとの馴れ合いもこれまでだ。反省しろ。
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2011年12月27日

11/12/23


料理を作るから手伝いに来ないかとチエコから電話があったので、食い物にありつけるならと出かけていった。
まずは買い出しに付き合って荷物持ち。大まかな調理計画はあるが、計画に無くても興味を惹かれたものは買う。
食材をチエコの部屋に運び込んで具体的な調理計画。これから二日に渡って料理を作って食うばかりするのだ。
普段は億劫で作る気がしないようなものを作る、というのが主題らしい。
基本的にチエコの食べたいものを作るわけだが、私の好きなものも作っていいと言われたので豚の角煮を所望した。
今思うと後日自分で作ればいいのだが、急に言われたので長らく拝んでない角煮が咄嗟に出てきたのである。
しかし、後で炒飯の具に角煮を使ったので悪くない提案であったよ。炒飯も即席の専用粉末を混ぜるようなものではなくて、中華出汁や何やらを用意して、手間をかけて作る。炒飯は調味料の配合や具の種類を変えて海鮮炒飯、角煮炒飯、餡かけ炒飯と三度作った。
他には揚げ出し豆腐、グラタン、スープ皿の上にパイ生地を被せたような奴、クリームスパゲッティ、ハンバーグ、コロッケ、サラダ、生春巻き、エビチリ、中華風スープ、コーンポタージュ、じゃがいもにチーズ載せて焼いたやつ、カップケーキ(ホールケーキはまだ我々の手に負えないのではないかと思い、別に店で買った)、余りもの炒め等々。
普段の料理は面倒だが、時間を作って誰かと作るのは、学校の調理実習みたいで楽しい。
美味しく食べて、お腹いっぱい御馳走様でした。



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2011年12月23日

女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ! (4)


女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ!  伊丹十三   文春文庫


寺山は色んな人に質問ばかりするドキュメンタリー番組を作ったことがあるという。この話も面白いのだけど、長いので引用しません。
質問の一つにこんなのがある。「あなたの友達の名前を一人いってください」
その答えで寺山が「滑稽」だと笑って紹介したのは「僕が友達だと思っても、むこうがどう思っているか――」というもの。
滑稽だと思う気持ちはわかるが、回答者の気持ちもよくわかる。


小学5年になったばかりの春。若い担任教師が、生徒に何も書かれていない紙を配った。
自分の名前を書けと言う。そして、自分と仲のいいクラスメイト2人の名を書けと言う。
私には、書くのにぴったりな2人がいる。小学3年の頃から毎週末のように私の家へ遊びに来ている2人が、同じクラスになったのだ。
こうして彼らの名前を書くのは、なんだか誇らしいような、面映ゆいような気持ちである。
書いた紙は回収され、教師へ渡った。

数日後。昼休みだっただろうか、担任の机の前にクラスメイトが何人か集まっている。
私の学校では職員室の他に、教師は担当する教室にも自分の机を置いていた。出入口から離れた教室前方の隅、生徒の机と向かい合わせた、仕切りも何もない机である。
私も行ってみた。机の上に一枚の紙が置いてある。それは、先日の友達記名票を纏めた生徒相関図であった。其々の名前から友達の名前へ矢印が伸びていて、矢印が互いに指していれば目出度いが、そうでなければ哀れである。
こんなものを放置するとは如何なる了見かと思いつつ、自分の名前を探す。あった。私の名前には、矢印がひとつも伸びていなかった。私が書いた2人の間には、互いに矢印が伸びていた。
ああ、なんて、なんて、恥ずかしい!
私が彼らを思うほどには、彼らにとっては私は友達ではなかったのだ。そして、この関係を衆目に晒されている!

私はそっと机から離れた。
次の休み時間には、紙はもう無くなっていたいたようである。この調査について説明は一切無かったし、結果が公式に発表されることも無かった。このクラスでだけ行われた調査らしい。教師が人間関係を把握したかっただけなのだろうが、わざと生徒に結果を見せて、嫌われ者を調子に乗らせないためではないか、という噂も一時囁かれた。
相関図の内容は、クラスの半分くらいには伝わったはずだが、先の噂が流れたくらいで、他に話題とはならなかった。あまりに残酷過ぎて、口にするのが憚られたのではないかと思う。矢印が全く指さなかったのは、私の他にも数人いた。

私と彼らの関係は、表面上何も変わらなかった。彼らが相関図を知っていたかどうかはわからない。
以後も同じように遊んで、中学に入ってからはクラスが別になり、新たな人間関係も生じて、彼らとは平穏に距離が離れていった。彼ら同士は同じクラスになって、相変わらず仲が良かったようである。
彼らのことを恨んだり怒ったりする気持ちは全くない。今まで馴れ馴れしくて御免、という気持ちはあったが、内心に止めた。よくよく思い返せば私は本当に友達甲斐の無い奴なので、名前を挙げてもらえないのも当然である。とはいえ、あの相関図は重かった。今でこそ(私に関する部分については)笑い話だが、当時はかなり傷ついた。
私に人間不信の気が生じている根底には、この体験があるのではないかと思う。みっともない話だ。

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2011年12月22日

11/12/21

朝日新聞:とんでもない人だった 柳家小三治、立川談志を悼む
http://www.asahi.com/showbiz/stage/rakugo/TKY201111290351.html?ref=reca



前に談志が熱演と言われて弱っていた話について私は自説を述べたが、談志自身はこんなことを言っていた。

「客をつかめないと、熱演になるんだ」(08年6月、歌舞伎座)

朝日新聞:おれは言葉で人殴っている 談志語録
http://www.asahi.com/showbiz/stage/rakugo/TKY201111290347.html

私が観た幇間腹は、DVD「立川談志ひとり会 落語ライブ’94~’95」です。


家財を売り、家の壁に立派な家具の絵を描いた落語「だくだく」の八五郎だ。そこに入った泥棒、帰るのもつまらないと「棚を開けたつもり、金を盗んだつもり」。気づいた八五郎も「やりをとったつもり、エイッと泥棒を突いたつもり」▲四代目柳亭痴楽がこの噺(はなし)を泥棒の「血がだくだくっと出たつもり」でサゲると、客の一人から「ああ、面白い落語を聞いたつもり」のヤジが飛んだ。立ち上がった痴楽は「いやな客を思いっ切りはり倒したつもり」(矢野誠一著「昭和の芸人 千夜一夜」文春新書)▲絵に描いた家具も「つもり」で満足できる人はいいが、世の中には実物がなければ困るものもあろう。ちなみに「絵に描いた餅」、つまり実現性に欠けるうまい話を英語の慣用句で「空の上のパイ(pieinthesky)」という。東西で似通った発想はあるものだ

毎日新聞:余禄
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20111221k0000m070081000c.html

だくだくって小学校低学年の頃に本で読んで、面白いながらも、ぞくぞくとした。無いものを在るように振舞うって、愉快だけど、ちょっと狂気がある。
狭くて何にもない部屋の壁に、家具を描いた紙が貼ってあって、にこにこへらへらにやにや笑いながら「お腹いっぱい食べた、つもり」と呟いて餓死していく。そんな画が頭に浮かぶ。
自分はだくだくみたいなことしないって思ってよく考えてみたら、自分もみんなも、実はやってるんだよね。



 福井市内で、アニメ「ポケットモンスター」のキャラクター「ピカチュウ」にそっくりの形をした柿が見つかった。

 発見したのは同市大町の自動車板金塗装業高本敏信さん(63)。自宅裏の柿の木に3カ月ほど前、2つのコブが付いた青い実を見つけ、その成長を見守ってきた。
 収穫した柿のユニークな形が近所で話題となり、「ピカチュウ」と肩を並べる人気モノに。見せてほしいという近所の住民の間を転々と渡り歩いて、現在は“行方不明”になったが、当の高本さんは「黒い目を書き込んだらピカチュウそっくり。孫も喜んでくれたし、良かった」と満足げ。


中日新聞:ピカチュウそっくり!? 高本さんの柿が話題に (写真あり)
http://www.chunichi.co.jp/article/fukui/20111219/CK2011121902000102.html

柿そのものは大した話じゃないんだけど、転々とするうち行方不明になったのがいいね。近所に泥棒が住んでいます。



バイクで擦れ違いざまに引っ手繰りをしたとして捕まった川久保衛容疑者(33)。

川久保容疑者は、「百万区ひ5634」と鉛筆で手書きした紙をナンバープレートに上張りし、偽装していたという。実際には百万区は存在しないが、調べに対し、「『百万区』は盗んだバッグに100万円ぐらい入っていれば、という願掛け。『ひ』はひったくりの『ひ』で語呂合わせ」などと説明しているという。

産経新聞:「100万ぐらい取れれば…」 偽装ナンバー自作、ひったくり成功を“願掛け” (写真あり)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111215/crm11121519180015-n1.htm

こういう感性を大事にしないと文明は駄目になると思う。




◇何ら感慨ない 祖国良くなって−−北朝鮮籍男性
 北朝鮮籍で、下関市の自営業の男性(44)=在日3世=は「あの人が日本人拉致を認めたおかげで、在日の立場は非常に苦しくなった。私たちのことなんて全く考えていない人間で、何ら感慨はない。独裁者だったので、これで多少は祖国も良くなっていくのでは」と述べた。


毎日新聞:金正日・北朝鮮総書記死去:県内にも波紋 /山口
http://mainichi.jp/area/yamaguchi/news/20111220ddlk35010331000c.html

???
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2011年12月21日

11/12/20


冷蔵庫に入れといた鶏肉を食べようとしたら、あいつが駄目だと言う。
それを食べるのは危ない、馬鹿なことは止めて、って。
でも、男はこんなことで引き下がったりしないよな。
煮沸消毒すれば何とかなると思う。俺は、女を振り切って鶏肉を煮た。



食べた直後からお腹が痛い。
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2011年12月20日

女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ! (3)


女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ!  伊丹十三   文春文庫



教育論の鼎談相手の一人に寺山修司がいる。彼が幾つか興味深い話をしているので、そのひとつを紹介しよう。


寺山 (省略)「私はいやがる我が子の手を引っ張って幼稚園に入いれました」なんていう母親の美談なんかを聞いてると、シラーッと白ける――
伊丹 それはしかし美談ですかね?(笑)
寺山 「我が子」だけを可愛がるという美談ね
伊丹 親のエゴイズムというものの正体についての検証なしで――
寺山 ええ。隣の子供が幼稚園行きたがらなかった時には多分手を引っ張って行かないだろうという「美談」です。だから火の中から我が子を救い出した母親の美談は、しばしば、隣の子供が焼け死ぬのを見捨てた母親のスキャンダルと同義に捉えられなければならない――そうすると、親子の三角関係を物語で捉えようとするときに、必ず、陰になる部分があるわけです



寺山には『さかさま世界史 英雄伝』という本がある。キリスト、マルクス、ニーチェ、毛沢東、エジソン、イソップなど世界の「英雄」たち本人へ寺山がインタビューをするという仮想インタビュー集である。大抵の相手には批判的だったと思う。
孟子も餌食になっており、孟母三遷の教えについて、何故近所の子供たちも一緒に連れて行かなかったんだと追及していた。

寺山の考えは鋭い。なぜなら、私が14歳の時に犬の散歩をしながら考えたことと大体同じだからである。
私は親子関係を離れて「何かを選ぶことは何かを選ばないこと」だと考えていたので、もっと鋭いのだが、寺山のことも褒めてやらんではない。

例え話をする。
腹を空かせた子供が二人いて、私は一人に饅頭を食べさせた。世間は私が一人の子供に饅頭を食べさせたのを称賛して「美談」にしても、饅頭を得られなかった子供をほとんど無視する。しかし、私が食べさせる子供を選び出したのは、食べさせない子供を選んだことでもあるのだ。
更に、私の財布にはもう一つ饅頭を買う金が入っていたのだが、その金でゲーム機を買った。今日からこれで遊び呆けるぞ。
ゲーム機を買わなければ、もう一人の腹も膨れていたのに。

説明は要らないだろうけど、ここでモデルにしているのは募金である。「二人の子供」は数多ある各種募金先であり、「私」は貴方であったり某であったり何処かの募金事業であったりする。
私はこれを、我々の成す善行なんて薄っぺらいものだと冷笑するための論理とは捉えていない。適正な認識を得るためのそれであって、生きることが残酷であったり利己的であったりするだけなのだ。




死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。
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2011年12月19日

女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ! (2)


女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ!  伊丹十三   文春文庫



前回の続き。
1943年版の無法松を、小学四年生だった伊丹十三は母と映画館で観ている。三つの点が不満だったという。

・松五郎の台詞から少年時代への回想への切り替わりが無様。
・夜道の枯木の映像、終盤の死のイメージショット、共に貧弱。
・月形龍之介の若親分が妙に青っぽくて不自然。

34年後、テレビで同作品を観ると、不満は変わっていなかった。
唯一の救いは坂東妻三郎の演技。また、全出演者が明治の顔をしていることに打たれた。幾つも時代が過ぎ去って、今の我々にもうこの顔は出来ない。

突然、十三は悟る。これは父が自分へ宛てた手紙だ。
父万作は十三の幼い頃に結核を患い、以後は病床で過ごした。伝えたいことはあるのに、伝染病故あまり子供に近づくことは出来ない。そんななか「無法松の一生」は、子への父の思いを託せる物語であったのだ。
当時の結核は不治の病である。戦時中で、転地療養する余裕も、まともに買える食べ物もない。万作は10年程床に伏せって死んだ。享年46。

万作は、三日に一度は十三を怒鳴りつけていた。その内容を十三は何も憶えていない。

つまりね、父が烈火のごとく怒る。母が見兼ねて助け舟を出す。これがパターンになっちゃったわけです。小児である私は、いち早くこれを見てとった。以来、父の怒りはすべて素通りしてしまうことになってゆく。私にとって問題なのは叱られる内容でもなんでもない。「いつ」助け舟が出るか、興味はこの一点に絞られてしまった。肺腑を迸る父の言葉も私にとっては、いずれ母の出現で終わりを告げる嵐に過ぎぬ――
病人の絶望や思うべし。

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2011年12月18日

11/12/17


箏の演奏会へ行ってきた。
箏の演奏は優雅に思えるが、眼前にすると、演奏中に琴柱を動かして音を変えたり、勝手にずれる琴柱を元に戻したり、かなり忙しいのに気付く。
三味線のような音、ハープのような音、コントラバスのような低音など多彩な音色で、張りつめた高音は電子音のようでさえある。
また、体の前だけで弾いていればリズムマシーンを操作しているようだし、180cmほどある箏を端から端まで、体を伸ばしていじくりまわす様は、テルミンの演奏を連想させた。
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2011年12月17日

女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ!




女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ!  伊丹十三   文春文庫



稲垣浩監督は「無法松の一生」を二度撮り、1943年と1958年に公開している。後者はヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を得た。
十三の父、伊丹万作は、その脚本を書いている。(58年版では稲垣と連名、脚色とも表記される。原作は岩下俊作)

私は58年のを二度観ている。三船が主演、高峰秀子、芥川比呂志らが出ていた。ちょこっと出ている笠智衆は、変な、芝居、だと、私は、思う。(芝居をわかってないといわれるかもしれないから言いよどんでみたが、何もこんなにびくびくする必要もないな。役者でも芝居通でもないんだし。はっきり言おう、変な芝居!)

キネマ写真館:無法松の一生
http://kinema-shashinkan.jp/cinema/detail/-/2_0032?PHPSESSID=hd7mhs86ag8lf5dts7si0mdo63


週刊新潮にて、山本夏彦が「笠智衆だいっきらい」のタイトルでコラムを書いた。次はそのダイジェストである。

笠が出ている映画なら見ることを避ける。名人といわれているのを片腹いたく思っている。あんな言葉で画面に出てくるのは見物に失礼だ。せめて学んで東京弁らしきものを話せ。
笠の熊本弁が改まらないのは耳が悪いからだ。耳が悪いものは役者になってはいけない。剛毅木訥は仁に近いという。笠こそそれだというが、ナニぬっと突ったっているだけだ。ゆっくり語るというが、あれはゆっくりの「ほど」を越えている。笠は朴訥を売り物にして、人格者好きの女の見物をとりこにした。役者に修身の権化を求めるのは戦前にはなかったことだ。

これが紙面に載ったのは平成4年。笠は疾くに名高い。読者から夏彦への非難が相次いだ。翌月、夏彦は文藝春秋に書いたコラム(「考」の行方)でこれに触れた。その部分をダイジェストする。

この三月私は「笠智衆だいっきらい」という小文を書いて日本中から袋だたきにされた。予想していたことだったので私はそれらの手紙を甘受した。私の論旨は笠智衆の九州訛りは直らない、耳が悪いからだ、訛りのあるものは舞台に立ってはならない。フランスの芝居はよきフランス語で、沙翁劇はよき英語で演じられなければならぬと皆さん言う。それならわが国の芝居もよき日本語でなければならない。役者の田舎訛りはよき日本語を語れるものの方言のまねでなければならない。
文句はこれに尽きるが投書の多くは笠の「仁」に近い朴訥な人がら、また垂死の老齢をあげて、私のコラムはこれに鞭うつものだと非難した。

私は笠を他に御前様でしか知らない。まだ観ているだろうが忘れた。人柄は知らない。


さて、「役者はなんでもする必要はない。だが、なんでも出来なくてはならない」というような言葉があるようですが、これが誰の言葉か御存知の方あれば御教示御願下さいまし。
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2011年12月16日

11/12/15



いくら死なないとはいえ、ヒロインにああも血を流させるのはルパンじゃない、というのがアニメしか知らない私のルパン三世観。ここが一番の問題だった。
やるにしても、それを見ているしかないルパンに目を剥いて歯を食いしばって、或いは静かにでもいいのだけれど、憤怒に耐えかねるような感情が見えたらよかったのに。



スイプリ42話
敵に操られた先輩へ呼びかける奏(主人公のひとり)の台詞。
「先輩はスイーツ部みんなの憧れなんです! これからも私たちのスイーツ姫でいてください!」
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2011年12月15日

11/12/14


談志が幇間腹の枕で言った。俺は太鼓持ちがだいっきらい、蛇蝎の如くきらってる、でも、この話に出てくる太鼓持ちは好き。
その少し前、談志の楽屋に太鼓持ちを気取る男が出入りしていたらしい。身振り手振りを交えて大袈裟に褒める様を談志が再現して悪態を吐く。そのなかで、高座を下りた後「大熱演でしたね!」なんて言われちゃって……と、談志は頭を抱えた。(記憶を頼りに書いているので細部に間違いがあるかもしれません)
何故頭を抱えたのか、その説明はなかった。
私が思うに、熱演は力んで一生懸命やったという評価である。下手でも客に受けなくても成立する。言わば努力賞である。がんばったで賞である。芸の良し悪しではない。だから(本当は)玄人への褒め言葉にならない。

1984年12月14日放送の「酒井広のうわさのスタジオ」。
立川流落語会を終えた直後、談志はレポーターから「弟子の出来は練習不足と見受けられたが」とマイクを向けられ、こう答えた。
「練習不足でいいんだもの。センスを売ってるんだ。技術を売ってるんじゃないもの。センスってのは訓練で出来るものじゃない」


練習、訓練、努力。それらは芸を磨くために大事であっても、(本当は)芸そのものではない。
見せるのは芸である。がんばったで賞は要らない、芸のセンスを見てくれよ。
そういうことではないかと私は解釈している。


(本当は)と但し書きしているのは、現在では褒め言葉や見世物として広く成り立ってしまっているからだ。テレビを御覧。
余談であるが、談志は若い頃、空っ風が吹く多摩川の土手に正座して稽古していた、と古い週刊誌の記事にあった。







11/12/22追記
談志はこんなことを言っていたそうです。

「客をつかめないと、熱演になるんだ」(08年6月、歌舞伎座)

朝日新聞:おれは言葉で人殴っている 談志語録
http://www.asahi.com/showbiz/stage/rakugo/TKY201111290347.html
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2011年12月14日

11/12/13

鉄のラインバレル作者による仮面ライダー二次創作漫画
今月28日に削除されるので今のうちに。
http://www.h7.dion.ne.jp/~n_circus/index.html


これ、ライダーマンが出たあたりで知って読んで、後日続きを読もうと思ったら、
何処のホームページにあったのかわからなくなっちゃってた。
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2011年12月10日

11/12/09



どうか落ち着いて聴いてください。






蟹を食べに行ってきます。
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2011年12月09日

いちばん大事なこと 養老教授の環境論



広い視野から環境問題を政治問題として提起する。口述筆記による読み易い内容のせいか、大半の話に納得した。

イギリスではペットを飼うのに厳しい基準があるとのこと。

参考:子犬のへや
http://www.koinuno-heya.com/petshop/petshop.html


本書とは全く無関係な話だが、ロンドンには推定360万人の同性愛者がいるらしい。全人口の6%。

地球の歩き方
http://tokuhain.arukikata.co.jp/london/2008/07/post_103.html


地球の歩き方を持って海外へ行くと、慣れない旅行者だとバレて場所によってはスリ等に目をつけられると
何かで読んだことがある。旅行先では、切り取った必要なページを、こっそり見るのが安全策なんだとか。
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2011年12月08日

今週の収支報告


先月のMVPは永野のりこ作品です。理由は久しぶりに「まじょっ子ソンソン」を読んだから。これがなかったら「東映まんがまつり 1975年春」でした。UFO特集の怪しさがイカしてる。怪しいと言っても、ドキュメンタリーだから全部真実なんだけど。

●「これがUFOだ!空飛ぶ円盤」
未確認飛行物体UFO、いわゆる空飛ぶ円盤は、テレビ、新聞、雑誌とジャーナリスティックな話題となっている。この作品は、これまで世界各地で起きた事件、撮影したフィルムをもとに、円盤とは、宇宙人とはどのようなものかを、実写と動画で追っていくものである。
http://www.toei-video.co.jp/DVD/sp21/mangamatsuri.html






 * * * *

いつも顔だけで出演されているマルコビッチさんは、新たなステップアップを目指し、今回で当ブログを卒業します。
皆様による長い間の御愛顧、誠に有難う御座いました。DVDは売れませんでした。

 * * * *



マルコビッチ大白抜き

   マルコビッチです。
   大人の事情で細かいことは言えませんが、慢性的なブログのアクセス数低迷、
   その改善の見通しが立たないこと、募る不信感などから、このブログとの関係を
   見直すことにしました。
   みんなとは、いつかまた違った形で会えると信じています。
   観念してDVDを買いなさい。

 



ラベル:マルコビッチ
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2011年12月07日

11/12/06


ぼくのかんがえたあそび

これも結構ユーザーがいると思う。
網を外した扇風機を回し、羽根がついているその中心部に、絵の具をつけた筆や爪楊枝の先にチョンとつけると、きれいな円を描ける。
色を変えて何重ものきれいな円を描く。
最後に濡れた雑巾を軽く押し当てると、勝手にきれいになる。

テレビで見た独楽の模様付けを真似たのだと思う。
こんな贅沢な遊びをしていた小学生の夏休み。
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2011年12月06日

アニメージュ2011/12



先月アニメージュを買って読んでみたら、投稿ページに若くない年齢が散見されて驚いた。雑誌の長寿化で常連購読者の年齢が上がったためだろう。いや、もしかすると、もともとこうだったのかもしれない。これまでのことが記憶にない。なにせ前回の購入から10年は経っている。
当時はアニメディア、ニュータイプも読んでいたけれど、こういう傾向は記憶にないし、今は読んでいない。
アニメ雑誌事情については、wikipediaでも読んでくれ。
wikipediaアニメ雑誌

アニメージュはアニメ情報誌である。主要読者層は中高生と思われる。読者によるアニメキャラクター人気投票の結果を見ると、上位30名のうち女が3人(けいおん)しか入っていないので、女読者が多いと思うのだが、この手の投票は男より女の方が頑張る気がするのであまり当てにならないかもしれない。

読者投稿ページにはカラーとモノクロがある。
カラーページは投稿イラスト。当月号には掲載69枚のうち、半分くらいは年齢非公表、公表者は殆どが10代中盤。20歳以上だと 21 23 24 27 35 49 51 が1人ずつ。50歳前後の2人はタイバニの渋い絵を描いてました。

モノクロページは文章とイラストのスペースが半々。
こちらでも半分くらいは年齢非公表。公表されている内訳は、10代が大半、21歳が2人、22歳が1人、他が11人。
この11人の投稿を要約して紹介する。
強調部分は原文通り。ネット環境によっては強調が無効になるだろうが、そこはそっちでどうにかして戴きたい。

 * * * * * 


幻灯機、カラー写真、ビデオ、3D等と発展を遂げている映像機器。昔の人はこんな世の中になると予想していただろうか。 (45歳)


※アニメのヒロインが好きになれないという読者相談への回答

私も同性のキャラに対して、激しく嫉妬したことがあります。自分は『プリキュア5』シリーズに登場する春日野うららちゃんが(『あずまんが大王』のちよちゃんの次に)大好きなのですが、彼女と親しげにする鳥のキャラクター(美少年に変身する)がどうしても許せなくて、一時期「鳥なんか、エターナルに捕まれ!! そして焼き鳥にされてしまえ!!」と本気で願っておりました。
しかしある時、彼を許すことができるようになりました。「うららちゃんにとって、その鳥がどれだけ支えになっているか」を自分なりに真剣に考えて、彼を恨み続けることがどれほど馬鹿げているのか、ようやく気付かされたからです。
質問者もヒロインが贔屓キャラにとってどれだけ大切な存在であるかを考えると、許せるかもしれぬ。 (36歳)

ヨシノブ:この鳥は当初捻くれた意地っ張りだったので、嫉妬はともかく嫌なキャラと見てしまうのはわかる。でも、「親しげにする」ってのは性格が好転してからの話だよなあ……。当該シリーズは2008年2月3日から 2009年1月25日の放映。

・優れたキャラクターは生きているように感じてしまうもの。好きになったり嫉妬したりするのは正しいアニメ視聴。
一歩引いて冷静に観られるようになったら、今より味気なく感じるだろう。嫉妬したり怒ったりしながら観てください。 (41歳)


10月号の某様、アニメージュのバックナンバー約24年分に心から敬意を表します。捨てていた私は馬鹿だった。01年号からは収集していて、今では投稿もしています。これからも、日々「アニメージュ」道に励み、大常連の方々に伍していこうと思っております。とにかく、絵が下手な分、文章力、構成力を磨き、また、載る載らぬは二の次として、アニメ誌の大先駆者「アニメージュ」を買い続けることを誓います!! (49歳)

ヨシノブ:アニメージュは1978年5月26日創刊。今年10月号が第400号となった。

キュアメロディ おへそがなぜに 見えないの? (44歳)

ロボットであるドラえもんに鼻水が出る機能をつけた未来人はどうかと思う。 (32歳)
ヨシノブ:異常で内部に生じた液体を緊急排出するための必須機能ではないだろうか。

「トリコ」21話。とんでもない肺活量だと言うが、吸引して飲み込んでいるので胃活量じゃない?(汗) (50歳)


※タイバニの虎徹とバーナビー、その派閥を問うコーナーテーマ

・虎徹。名前も今流行のアゴヒゲもかっこいいし、発展途上的だから。その魅力も相方バーナビーあってこそ。……はっ、二股かけるワケナイジャン! (49歳:アニメージュ道に励む人)

・藤子両先生のどちらも大好き、それと同じです。狡いと言われようが二人そろってのタイバニ。 (43歳)


「バカテス」のムッツリーニなら、鷲巣麻雀でいくら血を抜かれても平気に違いない(笑)。 (36歳)


※3号に渡って続く「実妹がいてもアニメで妹萌えは可能か」という話題
・7歳下の妹がいます。しっかりものでかわいくて幸せ。妹キャラに萌えるし実妹も愛している。妹のいない方は、妹キャラで妄想してください。 (42歳)
・実妹が居て妹モノに萌えられぬ私が血の繋がらない妹「みゆき」には嵌った。 (41歳)
・妹がいないので妹がよくわからない。自分は末っ子で兄に尻拭いさせてきたため、アニメ妹の生意気や我儘が可愛く思えない。兄を利用してきた自分と重ね合わせてしまう。 (41歳:読者相談と同じ人)
投稿者がすべてオーバー40というのが、なんとも  (投稿ページのマスコットキャラクターによる発言)

ロウきゅーべえ! ボクと契約して、お兄ちゃんになってよ!! (36歳:ちよちゃんの次に春日野うららちゃんが大好きな人)
※キュゥべえの頭がショートボブになったイラスト付き


投稿ページの欄外には、アンケート葉書からの意見感想が載せられている。
ここからも30代以上のものを紹介しよう。

・「星空へ架かる橋」は素晴らしかった。振られた側も前向きで爽やか。彼女らに素敵な出会いがあることを祈る。 (44歳)
・シャナV監督が研究のために戦争映画を観ていることに、戦争映画が好きな自分は胸が高鳴る。 (33歳)
・「青の祓魔師」。兄弟の絆が勝因と思われる。次戦に向けて二人の成長を望む。 (49歳)
・「ピンドラ」先が見えない展開で楽しみにしている。「ピンドラ」「花咲くいろは」記事、共に良かった (34歳)

 * * * * * 


今時アニメを観ている大人が珍しいとは言えないし、ネットで大人の感想文も読めるだろう。しかし、若造がのさばる紙面に於ける大人の意見には深い味わいがあるのだ。若造投稿まで書き写している暇はなかったが、紙面の空気を少しでも感じてもらいたくてこんな試みをした。
私にも可愛い妹がいたら、人生が違っていただろうに……。

アニメージュHP
http://animage.jp/



姉さん元気にしていますか。何も訊かないから連絡ください。
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2011年12月05日

11/12/4

初めて声楽のコンサートへ行く。
場違いな私がやたらと良い席を取ってしまったが、負けるものかと踏ん反り返って聴いた。かなり男を上げたと思われる。
トゥーランドットの「誰も寝てはならぬ」以外は何をやったか忘れた。寝てませんよ。
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2011年12月03日

人間への提言


崩れた体調をやっと回復したと思ったら、直後にまた体調を崩す。微熱があるような感覚で体がだるい。軽く脱水症状がある。

みんなから心配や健康祈願の書き込みを沢山して貰って回復したところ(この場を借りて厚く御礼申し上げます)なのに何と不甲斐無い、反省文を3枚書こう、青の洞門を掘ろう、と思ったのですが、前日に食べたアレが良くなかったのだろうなと思い当たる節があって、私は何も悪くないのだと判明しました。
十分に茹でたから大丈夫だと思ったのですが、恩を仇で返されて悔しい。せっかく捨てずに食べたのにこんな仕打ちをされては怨み骨髄に徹します。
食べ物への感謝を迫る修身がありますが、食べ物の方でも、人間へ相応の感謝をして貰いたい。そうでなければ信頼関係が成り立ちません。人間は食べ物の奴隷ではないのです。ただただ遜り、頭を下げ、卑下し、言い成りになることを美徳や良き思想だと信じている人間がいますが、そんなものは人間を不条理に貶める諂いでしかありません。

立ち上がれ、人間!
不都合を直視する勇気と共に、己を誇る勇気を持て!
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2011年12月02日

11/12/01

リボルテック個人的期待のシリーズ、彩色版の公式画像が出てた。
http://www.kaiyodo.co.jp/revoltech/takeya.html

四天王と阿修羅。もともと神仏の像は欲しかったし可動は魅力だが、3800円で5体揃えると2万円弱もかかる。1体だけ買うとしたら阿修羅。オリエンタルなものが好きな外人に、ちょっとバカバカしいアイテムとして売れて欲しいな。不動明王も出ないかな。金剛力士像もリストアップされてそう。空也上人像は売れるぞ。口から出てる阿弥陀仏の列がリボジョイントで可動。列を思い切り上に向けてソプラニスタ! なんて遊ぶ。差し替えのオプションパーツで万国旗、火炎放射、怪光線、毒霧、エクトプラズム、吹き出し(自分で台詞を書き込む。「We will we will rock you」とか)、ラーメン(丼を手に持って箸で掴んだ麺を啜ろうとするところ、レンゲでスープを飲むところを再現。立ち食い蕎麦のほうがいいかな?)、マイクスタンド(杖と差し替え)、ギター(杖、鐘と差し替え。アコースティックギター、アンプ付きエレキギター、高見沢のギターなど。正面にマイクスタンドを自立させるのもいい)、桜井のベース、ドラムセット(鐘のバージョンアップとして)、首にかけられるハーモニカなど。
歌舞伎の傾城物も出たら華やかで良さそうだなと思ったが、小物や彩色が低価格では無理そうだし、何より可動範囲が狭そう。

ねんどろいど(デフォルメフィギュアのシリーズ名です)の放課後ティータイムも欲しい。実物を眺めてると結構可愛いのである。これが1体3500円前後。それが5人。

仏像とガールズバンド、欲しい気持ちは3.5:6.5です。
仏像素人として、仏像シリーズは個々の造形の違いがあまり大きくないこと、それぞれへの思い入れが特にはない(メガテンではお世話になったけど)ことで、このメンバーで揃えたいという気が薄いのです。それで一番欲しいのだけでいいかな、と思ってしまう。
放課後ティータムは個々への思い入れや彼女らの絆をよく知っているだけに、このメンバーで揃えたいという気になる。1体だけ買うとしたらムギ。

ねんどろいどの魔法少女も……。

物欲が治まるのを待ってるところ。



スケキヨ弁当試作完成
http://www.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2011120109313531/
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20111201-OYT8T00602.htm?from=yolsp

バーカ。
でも、劇中で金田一がこれを食べるといいね。
「あーっ、これわたしが知ってる事件ですよ。へえ、お弁当になったんですね。あっはっは、スケキヨさんだ。いただきまーす」
こんな感じで。
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2011年12月01日

新海誠3作品 うろ覚えで感想文


・ほしのこえ

こういう話が好きな人はどういう人なのだろう。その一部はきっと、帰るところがある人だ。
家族、恋人、友人、仲間、仕事など、何処かに自分の居場所があるから、そこを安全圏として、失われる様子を見ていられるのではないか。私には居場所がない。

描写にあちこちガイナっぽさを感じる。


・雲のむこう、約束の場所

やっぱりこの人、ガイナ作品が好きなのに違いない。
病院の背景とか、爆発前のチカチカする光とか、モニタの画面とか、ガイナっぽさが丸出し。

主人公の訥弁が「北の国から」を、メガネの声は萩原聖人を連想させる。
スタッフロールみたら、主人公の声は吉岡秀隆で、メガネの声は萩原だった。さらには前田剛の名前も。

この作品は劇場用で正解。客をしっかり閉じ込めておいて観せるのが適した薄味の話。変な色気を出さず、こんなにもがっつかない作風であることに感心する。



・秒速5センチメートル

 桜花抄

やっぱりこの人、「北の国から」が好きなのに違いない。また純君みたいな主人公。
主人公の家にある漫画雑誌、そのモデルとなったであろうジャンプを当時私は持ってました。ラッキーマンが表紙のやつ。懐かしい。


 コスモナウト

冒頭の自動車余所見運転。たっぷり5秒はあったぞ。あれはかなり危ない。慣れた道だとか低速だとか見晴らしが良いだとか他に車がないだとか、そういう要素をあげて大丈夫と言いたいのだろうが、その大丈夫というのは安心ではなく慢心です。アニメだから、という要素は今回無視します。
ちょっと余所見してる間に随分進むんだから。時速30kmだと1秒で約8m、時速40kmなら約11m進む計算になると、ネットで調べたら書いてあった。私は算数が弱いから確かめ算はしてないけど、だいたいこんなものだと思う。秒速5センチメートルとはわけが違うんだぞ。仮に冒頭のアレが30キロの5秒間だったとして、約40mも前を見ずに進んでいるのです。君は外に出て横向いて真っ直ぐ40m無事に歩けると思うか? この問いには若干問題の摩り替えがあるけど、余所見運転は危険、という感覚は伝わるだろう。伝われ! 君の心に。安全運転の願いが。

道に落ちているものを踏んでハンドルを取られるとか、思いもよらないところに人がいるとか、いつ何があるかわかりませんよ。自動車ってのはそういうものなんです。具体例を話しましょう。私が工事区間で片側交互通行の無人簡易信号を、赤信号で先頭に停車していたときのこと。後には3台くらい停まった。信号が青になったので発進しようとしたら、こういう場合、反対車線に出るでしょ、反対車線を通って工事現場をやり過ごし、また本来の車線に戻る。で、発進で反対車線に出ようとしたら、後ろから軽トラがブーって走っていきやがった。俺を追い抜いて。後ろに並ばず、そのまま通っていったんだと思う。そいつに気付くのがちょっと遅れていたら、良くて軽い接触事故。悪けりゃ今ここにいない。当たれば運転席側だからね。これ、先月の話です。

なおかつ、隣をスクーター走ってる! (話は私の体験談からコスモナウトに戻りました)その上で余所見運転だなんて、私はこの戸惑いを表わす適切な言葉を5分考えましたが見つけられませんでした。ヘルメットを被っているとはいえ、ほぼ剥き出しの生身の体です。車と軽く接触しただけで吹っ飛んで大きな怪我するよ。しかも、あの車、SUVって言うのかな、大きいもの。大きいと重い。重いとそれだけ衝撃は大きい。一生引き摺るような怪我は簡単に出来るんだよ。

私はみんなにあんな運転をしてもらいたくない! その一心で申し上げています。兎角この世は無謀運転が多い。よくもまあ事故がこんなに少ないものだと驚くに値する。これは各人に守護霊の類の力が働いているのではないかと思っています。


 秒速5センチメートル

新海は何を考えてこんな話を作っているのだろう。
どれも私という人格にはつらい。
同様に「耳をすませば」も正視に耐えられない。
こんなものばっかり見てたら死ぬ。私が生きていける隙間が全然無いんだもの。



総括

これら3作品は、多かれ少なかれ『北のスウィートふわふわファンタジーの国から』になっている。
新海は「北の国から」が好きなのだろう。こんなにもはっきりと「○○からの影響」を感じる作品群は初めてかもしれない。
本家の「北の国から」には、人間のえぐいところが出ている(具体例は出せないが私は何故かそういう印象を持っている。ここではその印象が正しいという前提にしてくれ)が、新海のは全部キレイですっきりとしている。おかげで本家に比べて話が浅い。じわじわとした深みがない。本家のすっきりキレイ部分だけを抜き取って上下に広げたようだと考えれば、そのせいで話が薄いのだと腑に落ちてしまう。

そのすっきりキレイ具合のせいか、人物の現実味は乏しい。こんなにも純粋で清潔な人間が現実に居たら、すぐに死ぬと思う。彼らの住まう国は、地に足をつけることなく空中をふわふわ歩くファンタジーの国である。彼らの擦れ違う気持は、切なかろうが健気だろうが、要は惚気話である。惚気話であるからには甘々である。当人たちがぼそぼそ小難しい台詞で、或いは無防備な台詞で、その苦悩を表現したところで、擦れ違う相手もいない人間(結びついた相手がいる人間は論外)から見たら惚気話なの、そんなのは。何か他の話もあれば良いのだけど、新海の話ってほぼ惚気話だけで出来ている。
ヨシノブおじさんは他人の惚気話なぞ面白くありません。


コスモナウトあたりで、一連の新海主人公とヒロインは「スウィートポテトー」ではなかろうかと思う。今一度読み返してみよう。

入水の心中をし損ねた都会風の若い男女が、田舎の駐在所で取り調べを受けている。
駐在の巡査は酒に酔って品のない中年男。窓からは野次馬が覗きこんでいる。

「つまりお前達二人はスウィートポテトーであったのじゃナ」
 硝子戸の外の暗の中で二三人クスクスと笑った。
 すると、うつむいていた若い男が、濡れた髪毛を右手でパッとうしろへはね返しながら、キッと顔をあげて巡査を仰いだ。異状に興奮したらしく、白い唇をわななかしてキッパリと云った。
「……違います……スウィートハートです……」
「フフ――ウム」
 と巡査は冷やかに笑いながらヒゲをひねった。
「フ――ム。ハートとポテトーとはどう違うかナ」
「ハートは心臓で、ポテトーは芋です」
 と若い男はタタキつけるように云ったが、硝子戸の外でゲラゲラ笑い出した顔をチラリと見まわすと、又グッタリとうなだれた。
 巡査はいよいよ上機嫌らしくヒゲを撫でまわした。
「フフフフフ。そうかな。しかしドッチにしても似たもんじゃないかナ」
 若い男は怪訝な顔をあげた。硝子戸の外の笑い声も同時に止んだ。巡査は得意らしく反り身になった。
「ドッチもいらざるところで芽を吹いたり、くっつき合うて腐れ合うたりするではないか……アーン」
 人が居なくなったかと思う静かさ……と思う間もなく、硝子戸の外でドッと笑いの爆発……。
 若い男はハッと両手を顔にあてて、ブルブルと身をふるわした。初めから嘲弄されていたことがわかったので……同時に、横に居た桃割れも、ワッとばかり男の膝に泣き伏した。
 硝子戸の外の笑い声が止め度もなく高まった。
 巡査も腕を組んだまま天井をあおいだ。
「アアハアハアハア。馬鹿なやつどもじゃ。アアハアアアハア……」


青空文庫:夢野久作「いなか、の、じけん」より「スウィートポテトー」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/919_22031.html

新海男女は、作品の中いっぱいに真顔で自分らがスウィートハートであると思っている。(に違いない)
そんなに綺麗で生きていけるものだろうか。彼らの純粋清潔は、現実の無遠慮な野卑冷酷には太刀打ちできず、嘲笑の渦の中で死んでしまうのではないかと思えてならない。
現実味も話も薄いのは、綺麗なだけでは生きていけない現実や、人間が必然的に持つ醜悪さ、そういうもののなかにあるはずの、えぐいくらいの生命力の力強さが不在しているせいかもしれない。
風景は良し。


じゃあ、物語には現実味がないといけないのか! ということである。なくてもいいはずだ。
これまでの文章は不満にそれらしい説明をつけただけで、結論からの逆算を一般化すると破綻している。
そこで改めて考えてみると、私の「現実味がない」という表現の実際は、「その作品の世界に存在するために必要と思われる負荷を処理できていない」ということではないかと思う。
上の文章では醜いまでの生命力が不在であることを欠点としているが、先程の論理を適用すれば、世界の必要負荷を軽減することでも解決は成る。つまり、もっと現実から遊離してふわふわしたファンタジー方面に進んでも良かったはずなのである。そうすると現実逃避した話にしかならい、と思いきや、現実を衝いた話も可能なのです。星の王子様がそういう話だった気がする。みんなも安全運転に努めてください。





※寝る間を削って書いて、翌日読み返したらこんな恥ずかしい文章だったので驚いた。軽く読み飛ばしていい内容だが、交通安全に関しては肝に銘ずるように。
前田剛の名を特筆してあるのは、彼は声優専門ではないので声優仕事が珍しいうえに、私が彼の演じるロイド安藤(カブトボーグ)というキャラクターがとても好きだからです。ビーストウォーズUのザリガニも良いです。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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