2011年01月31日

11/01/30 ピッともピーとも

炊飯器がピッともピーとも言わなくなって完全に機能停止。早炊きと4合以上の炊飯に不調が出始めたのはちょうど1年ほど前。購入して約10年の務めであった。

不調が出始めたころ、大手家電量販店をまわって炊飯器の店頭価格を調べてみると、私の行くところどこもどれも高額で魂消た。5合炊きで1万円を切るものはなかったと思う。専門店ではない安価な店はここから遠い。これでは炊飯器を買い替えると米が買えなくなってしまう故、早炊きは我慢しますからあと10年くらい頑張ってくださいと願ったが天は我を見離した。10分の1である。100年に欲張っておけば良かった。

炊飯器の機能停止であの F U C K な店頭価格を思い出し、ヤムイモを主食とする国へ移住するか中古品を買って済ませるか決断を迫られたけれど、回答を先延ばしするうちに、通信販売で型の古い新品を安く買えることを知り、結果的にまだ日本にいる。新品の炊飯器が寄り添って。
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2011年01月29日

11/01/28

2XXX年、地球規模の飢饉が発生した。
山田少年は飢えの苦しみのなか、天を見上げて「おにぎりをおなかいっぱいたべたい」と祈りを捧げた。その見上げた何百光年も先にいる異星人が、祈りを受け止めてくれたとも知らず……。

「こんにちは。おにぎりをお腹いっぱい食べたいという山田君の願いを受信して、いてもたってもおられずにおにぎりを持ってきたテプライ星人の田中です。おにぎりは家族みんなで作ってきました。山田君、どこにいますか? うーん、山田君はもう死んでいますね。(テプライ星人にはそういうことを感知する能力がある。)この調子だと地球人は全滅したのかもしれない。」
「アウウ、アウアウ……。」「オオ、オオウオオウ……。」
「あっ、まだ生きている地球人もいるんですね。しかし見たところ貴方たちには米を食べる文化がないようです。(テプライ星人にはそういうことを感知する能力がある。)ならば、わたしに出来ることは何もありません。家族が待っているので、帰ります。みんな、元気でね。」


田中は帰って行った。何の役にも立たない奴だったが、私は彼をなかなか偉い奴だと思う。光速を遥かに凌駕する移動速度を持つテプライ星人といえど、テプライ星から地球へ到着するには50年かかる。彼らの寿命はおよそ170年。往復するだけで人生の半分以上を費やす。彼の善意はまったくの無駄となったが、不満の一つも言わず、それどころか気遣いの一言を残してから帰って行った。見ず知らずの異星人のために、ここまで出来る人が果たしてどれだけいるだろうか。田中を応援し送り出した家族たちにも、言葉に出来ない想いがこみあげてきて、頭が下がるばかりである。
田中、貴方のおにぎりは山田少年の口に届かなかったけれど、貴方の優しい心は私達にしっかりと、おなかいっぱい届きましたよ。ありがとう。ごちそうさま。


※2XXX年XX月XX日、おにぎりを食べながら帰る田中は、家族の待つテプライ星まであと半月というところで、息を引き取りました。享年172でした。謹んで御冥福を御祈り致します。

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2011年01月28日

11/01/27

明日の貴方を占った結果が出ましたので、それについて書いています。占いというと不確実な印象を持たれるかもしれませんが、ほとんど明日の貴方を覗き見たのに近いのが実態です。明日はこれを参考にして行動するとよいでしょう。その頭でも暗記し易いように、一行にまとめておきました。
自分の誕生月の部分だけ、文字を反転させて読んでください。他の月を読んではいけません。何故ならば、それは貴方のことではないため、他人のプライバシーを侵害する行為に他ならないからです。諸外国に比べ、日本ではまだまだ個人を尊重する考えが遅れています。僕はそんな社会を変革したいのです。



1月生まれ
無意識にいやらしいことを考えている自分に気づく。


2月生まれ
いやらしいことを考えるのが止まらない。止めもしない。


3月生まれ
いつにも増して、いやらしいことで頭はいっぱい。


4月生まれ
もっと他に考えることはないのか。いやらしいことばっかり考えやがって。


5月生まれ
感覚が麻痺しているようですが、貴方の考えていることはいやらしい。


6月生まれ
まったくいやらしい奴だな。こっちが恥ずかしくなるよ。


7月生まれ
今日も明日も明後日も、貴方がいやらしいことを考えるのに変わりはない。


8月生まれ
俺が何を言っても、いやらしいことを考えるのは止めないんだろうな。


9月生まれ
明日のことを俺に言わせる気か? そんないやらしいこと言えるわけがない。


10月生まれ
お前にいやらしいことを考える以外何があるってんだ。もう俺は知らん。


11月生まれ
いやらしいことばかり考える普段通りの一日です。


12月生まれ
お前だけだよ、そこまでいやらしいこと考えてるのは。
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2011年01月27日

11/01/26

何かを上映していたらしい暗い講堂を出ると、大きな川と水際まで短い草で覆われた岸、等間隔に植えられた桜の木、その下にシートを敷いて憩う人々、一本につき一家族程度、向こう岸も同じ、うららかな風景。土手の上からそれを見ている。
寺山修司がここで映画を撮るという。彼の構想では、一本の桜につき一人が裸でしがみ付いている画が欲しいのだという。それをロングショットで左から右にうららかな風景をゆっくりと撮りたいのだという。
その裸の一人が私らしい。逃げ道はないらしい。恥ずかしいが、近くで撮られるわけでなし、だんだんと覚悟を決める。撮影前に着衣のまま桜の木(古いがあまり大きくはない。幹は太い。)に登って、位置の確認をする。幹が枝に分かれ始める、地面から2メートルほどの高さのところで、カメラに対し背を向けるような恰好で木にしがみつく。寺山から褒められた。
撮影の準備で寺山が他へ行ったので、私は田村ゆかりと話をする。役割は違うが田村の持ち場もここらしい。私の裸は田村に見られてしまうことがわかって恥ずかしいが、だんだんと田村になら見られてもいいじゃないかという気になってくる。堀江由衣もやってきた。ということは、堀江にも裸をみせることになるのか。
撮影の準備が整ったらしい。私は田村の前でズボンを脱いだ。

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2011年01月26日

お父さんの戦記

(娘に語る)お父さんの戦記 水木しげる  河出文庫

買ったはいいが、裏表紙に『また、つぎの戦争の「前」に、いま、いるかもしれない。くりかえしてはいけない。ぼくたちの体験を直球で投げる。受けてほしい。』と書いてあるのを読み、相当重い話であることを予想してページが開けず、ダンボール箱の底に遠ざけていたのを、数年ぶりに発掘。

太平洋戦争が始まり、水木のもとへ赤紙が届く直前から話は始まる。水木が満十九歳の時である。戦争賛美で抑圧された社会は「地獄みたいな世の中」で、入隊するのは「死神レースのスタートに着かせられた感じだった」という。
軍隊の訓練はきつく、何かあれば上官から殴られる。やがて水木は南方の最前線へと送られ、そこで左腕を失う。

理不尽な命令はされる、軍務はきつい、戦闘になる、病気にかかる、食料は乏しい、仲間は死ぬ、……等々、厳しい戦争体験が語られる。なかでも、奇襲を受けて一人になり、命からがら味方の陣営へ逃げたところから左腕を失うあたりは最も迫力がある。


この本には戦争の悲惨さが語られている、が、あちこちにユーモアがあってかなり面白い読み物になっている。そもそも全部戦争の話と思いきや、戦後の貧しい生活の話もあるし、本書の半分は南方の島に住む土人の楽しい話である。戦記というのは戦争体験ではなく、時代や社会を生き抜いたという意味で受け取るべきであろう。土人との話は戦争批判ではなく文明批判になっている。

本文が始まって10ページもしないうちから面白い。大便に時間がかかり、起床後の点呼へ遅れ、班長に身振り手振りで遅刻理由を説明し、半殺しにされるかと思いきや、班長が百姓で糞に理解があったため御咎め無しだったとか、鉄砲の掃除後に引き金を引いておく規則を忘れるために毎回ビンタを喰らっていたのが、三ヶ月毎日忘れるものだかからオカシイと見做されたようで、以後はあまり叱られなくなり、見回りの上等兵どのがこっそり引き金を引いておいてくれるようになったとか、不謹慎だが笑ってしまう。
ニューブリテン島での死と隣り合わせの日々にも、笑ってしまう話が出てくる。時々軍刀を忘れてしまう軍医は時々オーソレミオを歌って大尉に窘められるとか、畠を作ろうと地面を掘り返していたら土人に止められ、実はそこは彼らの便所だったなど。最も、水木は土人の暮らしに感動して彼らと仲良くなったり食料を分けてもらったりしたから、そして多分本人のオカシイ性格も幸いしたから、生死をさまよいつつも、他の兵隊より比較的元気でいられたのであり、仲間たちはこんな生活なら死んだほうがましだと漏らしている。

土人とはよくいったもので、本当に土の人、大地の人だ(これを現地人と書くと、東南アジア的な感じがしてダメだ。)すなわち、木や鳥のように、本当に自然の人だ。これこそ、本当の人間の生活というものだ。

敗戦後、島に未練を残しつつ内地へ帰った水木は貧しい暮らしをするが、妙な人物が次から次と出てくるのでどうにも楽しい。忙しい日々で三十年が過ぎた或る日、水木が再び土人たちへ会いに行くところまでが語られる。新しい版だと仲が良かった土人が亡くなった話も語られているそうだが、私が所持しているのは旧いので載っていない。


面白い話の印象が強すぎて、戦争の悲惨さを伝える本としては失格。100人の戦争体験者がいれば100通りの戦争体験がある。本人が語ればその人格と相まって、時には、面白い部分が印象的な話になってしまう体験談も出てくるのである。それが水木のこの本だ。仕方ない。彼はサービス精神が旺盛なのだ。水木は気を悪くするかもしれないが、この本では面白いところを大いに笑って、悲惨さを大いに感じたければ他の誰かの戦争体験談を読んだほうがいい。その手の本は幾らでもある。
私は正月早々に元兵士の口述による凄惨な体験談を読んで沈鬱となり、目出度さの欠片もない気分になった。本書では読後に愉快になった。


引用したい愉快な話は沢山あるが、あまり羅列するのはよくないので、最後に一つだけ、再会した土人たちとの別れ際、水木が土産を貰った話を。

ポコポコという踊りに使うものをくれたが、あまりたくさんで、リュックに入らず、捨てようとすると、チアラ老が、
「このモンキーが一番面白い」
とかなんかいうので、つい捨てることもできず、モンキーのポコポコも加えて十二本持って帰った。


せめて表現の上では「置いていく」にしとけ! と、思わず声に出してしまった。「捨てる」はダメだろう、「捨てる」は。でも、水木はドライだから仕方ない。こういう人間なのだ。



追記
内藤陳が週刊宝石(82/10/9)で、≪わかったわかった。帯には笑って聞いてくれればいいとあるが、何か繰り言じみてツカレタノダ≫と書評しているそうなので、本書を手にする気にならなかった人が多いと思うが、笑って読めますし、戦争反対のためには楽しい話を削ってもう少し繰り言を混ぜたほうがいいのではないかと思う内容です。内藤はちゃんと読んだのか怪しい。
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2011年01月24日

11/01/23

中島と何かの施設に侵入する。デパートのようでもあるし、宿泊所のようでもあるが、無人。ただ、明かりはついている。
この施設から何人も行方不明者が出ていて、その調査である。多分死んでいると思う。

仕切りもなく洋式便器が一列に並んでいる、水色のタイルが貼られた部屋。久しく使われた形跡がなく、便器の横に白いビニール袋が置かれていて、ペンや手帳や歯ブラシなど、細々としたものが沢山入っている。その中の短くて太いペンを試し書きしてみると使いやすかったので、持って帰ることにする。インクは青。
その部屋からは小さな通路が続いており、薄暗い。通り抜けると厠に出た。建物は木造で和風、内装は黒が基調、比較的新しい。広い作りで、屋根の近くに格子があり、外の緑が見え、光が差しこんでくる。どうやら1階のようだ。さっきのタイル部屋は3階くらいのつもりでいたのに、今1階にいることを何とも思っていない。
商業施設の厠のように、洗面台が連続している。その一つ一つを赤く錆びた蓋が覆っていて、蓋を横にずらして現れた洗面台に小便をする仕掛け。つまりはこれが便器。台は明るい橙色の粒に白い粒を少し混ぜたような模様。蓋は一点で留められている。これは良い厠であると二人とも満足する。

そこを出ると、資料館のような部屋になっている。天井は高く、広々として照明が明るい。まだ築3年も経っていないであろう木造だ。ショーケースに並んだ民芸品の小物、2mもある天狗の剥製、3mほどの龍の置物、巨木の根、壁に並べられた古代の硬貨など展示品は多数あり、我々一行は楽しんで鑑賞する。(中島はいない。私の両親や近所のおばさんがいる。)
すべて偽物らしいが、出来栄えが素晴らしい。

資料館を出る私は思わぬ収穫だったと思っているので、私は偶然ここに立ち寄ったようだ。振り返ると、灰色で飾り気のない鉄筋コンクリートの庁舎のような建物である。同じような、これよりも大きい建物が他にも3つくらいL字型に並んでいる。駐車場が広く、車は多いが、人の姿はない。不気味な曇天。そろそろ夕方になる気配。

いいところだったので、施設の名前を憶えておきたい。入口の上に『借党くもさきセンター』と浮彫されている。くもさきの字は小さいから、借党の読みである。今私は借党と書いているが、本当は少し字が違う。知っているようで知らない、見れば見るほど異様で不気味な字だった。これまで見たどんな字の記憶にも一致しない。凝視すればするほど字の形がうまく認識できない。党をよく見れば「口」が「田」であるし、さらによく見ればその上に「口」もあるように見える。冠の上は「ツ」に近い形。

早くここを出なければいけない。漠然とした不安が襲ってくる。父が地元民らしい男に道か何かを訊いている。私も「あれってくもさきって読むんですね珍しい名前ですね」とか言った。(この時点では私と両親しかいない)
男は初老で鳶色の上着、無精ヒゲ。ニヤニヤとだらしない顔をしているが、狡賢いのが表情に出ている。関わってはいけない気がする。相手が話を終わらせようとしないので、私は車に乗り込んで立ち去りの意思を見せようと、黒いワゴン車(家にこんな車はない)に向かう。すると男の子分のような奴が来て、使い込んだ黒い長財布を取り出したので、もしかしてこれは父の財布を盗んだのではないかと不安になり、父にそれとなく財布の確認をさせると、父は茶色い長財布を取り出したので、私の思い過ごしであった。しかし子分の男がニヤニヤしながら父の財布から小銭と札を抜き取る。父はそれを咎めもしない。

これ以上ここにいるとまずいと思い、父を急いでワゴン車(左ハンドルだった)に押し込み、母の運転で駐車場を出た。駐車場の周りは並木が囲っていて、葉は枯れていた。
何故だか交通違反で捕まる気がする。それも含めて、この日の話を居酒屋で笑い話にするだろうという予感がある。居酒屋で話している自分という想像と、今の自分の区別が曖昧になって、居酒屋で話をしているのが現在の自分であるという認識に傾きつつある。
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2011年01月23日

11/01/22

アパートに100円ショップのようなロビーが出来ていて、自分の部屋がどこなのか少し迷う。私はパソコンの不調を直そうと、内部のプロテクト箱(ボックス)を強引に引き千切る。するとパソコンが爆発したので、やっぱりこの方法じゃダメだったのかと思う。爆発は一瞬で起こるものだが、何故か爆発が始まってから窓の外へ避難できた。部屋に戻ると、幸い爆発は小さかったようだが床に穴が開いている。どうしよう。しばらく100円ショップのようなロビー(本来はロビーそのものがない)をうろついて部屋へ戻ると、パソコンにメモ用紙が貼られていて、プロテクト箱について大家からの諸注意が書いてあった。
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2011年01月22日

今週の収支報告

先月、子供へのプレゼントにベイブレードと絵本買った奴いるだろ。
世の中にはこんな人間の生活があるのだな。
これが真人間の生活か。俺には縁のない生活だよ。
これを見なかったことにするため、今年から収支報告は止めようかとも思ったし、
やめても問題はないのだが、もう少し耐えて生きてみようと思いなおした。







マルコビッチ大白抜き

    ヨシノブ、お前に生きてる価値はない。死んでも誰も困らない。
    はっきり言うと死んでほしい。
    だが、今日のお前にはうまいものを食べる資格がある。
    冷凍庫に入れてあるステーキ肉、食べていいぞ。
    戸棚にステーキソースもあるよ。今年中には死んでね。
    

 



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2011年01月20日

帝国ホテルの不思議

帝国ホテルの不思議 村松友視  日本経済新聞出版社

帝国ホテルで働く人々から、業務内容や人柄の伺える話を村松が聴き、素晴らしいなあ素敵だなあきっとこうなのだろうああなのだろうと感嘆しきりの一冊。村松が帝国ホテルを大好きなのがひしひしと伝わってくる。
従業員にも著者にも上品で豊かな人生を歩んでおられる雰囲気が満ちて、私は半分も読まなかった。

私は帝国ホテルに行ったことがありません。次は私が宿泊したことのある京都のホワイトホテルと、大阪の新今宮駅近くの、名前忘れたんだけど教会の隣のホテルで本を書いてください。フェスティバルゲートから近かったです。大きい建物だからすぐわかると思います。
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2011年01月19日

文藝春秋 2010/11

出久根達郎「新懐旧国語辞典」の書評より。
室町末〜近世初の狂言「薩摩守」に「船にただ乗を、さつまのかみと云は、ただのりといはふがためじゃ」とある。タダノリはもともと乗合船の言葉。そしてこれが「ただ」という語の現存文献初出らしい。


新聞エンマ帖より。
政府が予算編成で採用している、いわゆる「ペイアズユーゴー原則(歳出増を伴う政策には恒久財源を見つける必要があるという原則)」を新聞も採用してはどうか? つまり、公費の拡大を伴う主張を社説などで掲げるときはどの税を上げるのか、あるいは代わりにどの事業を廃止するのかをはっきり示さなければならない、ということにするのだ。
(貧富の差無くワクチン接種できる制度を、高齢者を見守る体制を飛躍的に拡充せよ、との新聞主張の例を紹介)
それを全部受け入れていたら財政は破綻してしまう。論ずべきは政策の優先順位なのだ


谷本秀夫氏の話。ガダルカナルで血染めの丘(エドソンの丘)の戦闘を経験。激しい戦闘と劣悪な環境で、部隊は彼を残して全員死亡。
米軍の大砲や機銃には、十発に一発は曳光弾なるものが入っていた。光った弾がどんどんこっちに飛んでくるんです。きれいですよ。

ガンダム00にて。夜の戦闘で行き交う光を、遠くから眺めてきれいだと言った子供が、あれは戦争の光なんだからきれいじゃない(大意)と大人に叱られる遣り取りがあった。(多分2期。姫を匿う人里離れた小屋のところ。)
美醜と善悪は別の論理であり、一緒にするならそれは「プロレタリアの勝利のために利益をもたらすものにのみ芸術作品の価値がある」と唱えるのと同じ論理である。今ではプロレタリア勝利への貢献と芸術の価値を同一視する人を見かけないが、プロレタリアを平和あたりに置き換えた論理にすると今でも結構人気があるのだろう。


この月の表紙「若き日のポンペ」もイカしてた。
かつて永谷園が東海道五十三次等のカードをお茶漬けに封入していたように、文藝春秋もイカした歴代表紙をカードにしてお茶漬けに封入すべきである。そのために値上げをしても構わぬ。やれ。
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2011年01月18日

新語新知識



昭和9年のキングの付録? 序文を時の総理大臣鳩山一郎が書いている。


【問】無賃乗車のことを薩摩守といふのはどういふ譯ですか

【答】サツマノカミ、タダノリ(薩摩守忠度)といふ人が昔あったので、シヤレの好きな日本の人は、それを使用したのです。
『よくねえぞ、サツマノカミをきめこむなんて』といふ時に使ひます。


【金字塔】古代エジプトの帝王の墳墓。轉じて研究、努力の体積の結果など。『これは近松文献の金字塔だ』



タダノリは平家物語に出てくるそうです。金字塔は今なら説明にピラミッドが用いられるところですがそれがないのは、当時はピラミッドという呼び名が広まっていなかったのでしょう。
こういうことが書いてあり、非常に興味深いのですが、本が古くて崩れそうなので、読むに読めません。
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2011年01月17日

11/01/16

小三治の独演会に行ってきた。彼のまくらは長いと聞いていたが、本当に長くて、明らかに時間配分を間違えていた。内容をここに書きたいが、地元の話なので書けない。
小三治の前に真打歴十三年の柳亭燕路が一席やったので、格が高いと「前座」をやるのも真打なのかと驚いた。(普通は若い弟子がやる)
後日、若い女にこのことを話したら、彼女は小三治を知らなかった。
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2011年01月16日

わが心の歌舞伎座

ドキュメンタリー。建て替えられる歌舞伎座で、役者たちが歌舞伎への思いを語る。代表的な役者や演目、稽古場面や裏方の仕事ぶりも紹介。

丁寧な作りのドキュメンタリーなので、3時間近くある(途中「幕間」有り)が、まだ観ていてもいいような、ゆったりとした時間だった。私は歌舞伎をほぼなーんにも知りません。ちゃんと観たことがない。

舞台ではなくカメラを通して大写しに観たせいか、中村芝翫の藤娘は無理があったと思う。八十歳の本人は二十五六の娘のつもりで舞ったと言うが、あれは五十、良くて四十というところ。

暫の鎌倉権五郎や勧進帳の弁慶、壇浦兜軍記の阿古屋などはジオンの重MSを連想させてすごく格好いい。
権五郎は超人的な強さを持っているし赤いので、MSになってもかなりの強敵になるのは明白。フルアーマーダブルゼータとナイチンゲールを一緒にしたようなデザインを期待。ナイチンゲールの大きな肩と権五郎の広げた袖?の印象が重なる。
弁慶の袴はドムのスカートと足元の膨らみを連想させ、黒い衣装もドムっぽい。手にした杖はジャイアントバズの如くあり、それで義経を打てばビームサーベルの如し。胸部から拡散ビームを発射するのは想像に難くない。
阿古屋は特定エースパイロット専用機で一点物。メガ粒子砲とファンネルを多数備えてクィン・マンサのイメージに近い。俎板帯の砲門だけでジムクラスの量産機を一掃する。阿古屋は劇中、筝三味線胡弓の三種を演奏する。これも専用特殊武器っぽくていい。
阿古屋を役所につれていく軽装の役人たち、あれは連邦の量産機だな。
背中や下半身が大きく膨らんだ衣装は、推進力の強いバーニアを備えているに違いない。
駕籠はミデアかガンペリー。花魁の乗る車はバイク戦艦アドラステア。

吉右衛門の勧進帳で、舞台上の吉右衛門一人の全身が画面いっぱいに映っているところ。カメラの角度のせいで、最前列花道隣の客一人の顔も、画面左隅に映りこんでいる。このおばさん(多分)が吉右衛門の見せ場なのに何度も目をこすっているんだ。眠いらしい。私は吉右衛門の鬼平犯科帳が好きなので吉右衛門を観ていたいのだが、どうしても左隅のおばさんに目が行ってしまう。何故あんな台無しのおばさんが画面に残っているのだろう。編集技術で吉右衛門のバストアップにするなどで、おばさんを画面から消せなかったのか。きっとあれは幽霊で、私にしか見えていないのだろう。芝居を見飽きてしまった地縛霊の可能性が高い。帰宅してから塩を撒いた。



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2011年01月15日

11/01/14

『次の問題を選んでください』
「政治経済の10!」
『それでは政治経済の10から問題です。日本の初代総理大臣は誰?』
「え、ええと、初代ということは最初だから、今年が皇紀2671年で西暦2011年だから、
 当時は、ええと、紀元前660年? え、何時代? えっと、あっ、あの人あの人」
『あと5秒』
「わかった! 福田!」
『不正解』
「いや、康夫じゃなくて赳夫のほうです! 赳夫!」
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2011年01月14日

都知事へ

石原都知事が同性愛者について「どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」と発言した。

マツコ:「私、別にテレビにオカマが出すぎてることをいわれているのに関しては怒ってないのよ。オカマが好きな人もいれば、嫌いな人もいるし、オカマがメディアに出てることをよしとしない人がいるのは当然だと思ってるから」
うさぎ:「自由だからね、それは」
マツコ:「ただ、遺伝子の話は、おまえ知らねえだろう、って。あの人が遺伝子のスペシャリストで、長年研究したうえで“ゲイっていうのは遺伝子がおかしくて欠陥品だ”というのが証明されてるんだったら、まあいいけど。


nwesポストセブン
http://www.news-postseven.com/archives/20101222_8971.html

マツコはこんなことを言っているが、石原都知事は遺伝子のスペシャリストである。その証拠はないが、そうでなければあの発言は非論理的で無益でしかないわけで、まさか知事ともあろうものがそんな寝言を言うはずはないから、きっとスペシャリストなのである。

さて、ここに同性愛は遺伝子による障害であることが証明された。
障害者には相応の福祉を受ける権利がある。だから、同性愛者には障害者手帳を発行しなければならない。
障害者手帳には、障害の重さによって等級がつけられ、等級により福祉内容が異なる。
私はゲイの等級とサービスについて考えてみた。都知事はこれを参考にして、一刻も早くゲイに福祉の手を差し伸べてほしい。
( 精神障害者保健福祉手帳は、生活に不便が生じなければ対象として認定されない模様。こういう実際のことは各自で調べなさい)



上から順にクリアすることで、等級が一つずつ上がる。

・同級生の男子に淡い恋心を抱く。
・「好きになった相手が偶然男だっただけ」と言い出す。
・真面目な顔をしているがスーツの下にボンテージを着用。
・妻子ある髭面上司に叱られたい。
・スーツの下に隠した本当の自分を暴かれたい。
・あの髭面に、総てを奪われたい。
・奪われた。
・彼は数年前から家族と別居しているらしい。
・体ばかりを求められる。
・俺は奥さんの代わり、いや、ただの“肉”と思われているのか。
・「君だってこういうつもりで誘ったんだろ?」 やめてくれ、そんなんじゃないんだ。
・最近彼が冷たくなった。
・彼が妻と縒りを戻したと風の噂に聞き、彼に真偽を問い質すが、はぐらかされた。
・あの人の机に家族写真が置かれた。やっぱり噂は本当だったのだ。
・もう自分の髭でさえ見るのが辛く、慰留されたが会社を辞めた。
・馬鹿な男さ。笑っておくれよ、マスター。


全ての項目をクリアした手帳を提示すると、マスターが無言でカクテルを出してくれます。

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2011年01月13日

11/01/12

雑用からの帰り道、ふと視線を向けた先に一枚のポスター。山下洋輔参加のジャズコンサート開催、とある。
ジャズは嫌いではないが、普段聴くことは無い。今まで一番聴きこんだジャズはカウボーイビバップのサントラという有様だが、有名人山下洋輔が来るなら行きたいという浅ましい気持ちに、これを機に少し見聞を広げてみようかという気持ちで勢いをつけて、そのままチケット売り場へ向かった。

行くからには一番いい席で聴きたい。私が取った席に座ってみると、本当に一番いい席だった。前から二列目で、舞台へ視線を向けるのに椅子の高さがちょうどいい。中央からやや左寄りで、私の真正面に置かれている楽器はピアノである。
客層は大学生くらいから高齢者まで。スーツやジャケット、ナイトドレスの客ばかりだったらどうしようと思ったが、開場を最前列で待っていたのが、農作業帰りのような恰好をして腰を曲げた、絵に描いたような田舎の爺と婆だったので安心した。皆平服である。
(私のこの日の恰好については、後に或る人から「何か悪いことしているんですか」と言われた。読者諸氏はこの言葉の意味がわからないだろう。私にもわからない。)

開演時間になり、舞台下手から演奏者たちが出てきた。山下は小柄で、何だか手品でも始めそうな雰囲気をしている。他のメンバーが楽器を手にし、山下が少し挨拶をしてから演奏に入った。私からたった五メートル程先で。
山下の指が鍵盤に落とされるのが、はっきりと見える。あの、もどかしくてたまらないような、猫のような手つきや、肘打ち。「鍵盤を叩く」と言うけれど、彼の指使いは「叩く」とは表現しずらい実に丁寧なものだった。肘打ちでも乱暴な感じがしない。

曲中で自身のパートがない部分に差し掛かると、その演奏者は舞台袖に引っ込み、パートのある頃になると戻ってきて演奏に加わる。このような演奏形態は初めて見た。

どの曲も楽しかったが、中でも一番良かったのは「クルディッシュ・ダンス」。山下の代表曲である。終演後の物販で、「クルディッシュ・ダンスの入ったCDはどれですか」と尋ねる人を何人も見かけた。

「ジャズは嫌いじゃないけれど、コンサートを聴きに行ったことがない」という人は、聴きに行ったほうがいい。

コントラバスの響きに、どういうわけかキングクリムゾンを無性に聴きたくなる。

山下洋輔のサインもらいました。有名人だから。
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2011年01月12日

11/01/11

宝くじが1000円当たったのを、本当は300円が3枚で900円ですけど、ほとんど9割方1000円みたいなものですよ、それを貴方馬鹿にしますけどね、1000円は大きいですよ。
例えばお昼に1円も持たず牛丼屋に入り、並盛を食べる。すると、帰り際にお巡りさんを呼ばれて説教されてしまう。午後の予定は台無し。
では、1000円あった場合はどうか。1000円持って寿司屋に行く。お腹いっぱいになって1000円を差し出す。すると、帰り際にお巡りさんを呼ばれて説教されてしまう。友達との待ち合わせに遅れちゃう。
どちらにしても叱られるじゃないかと言いますがね、どうせ叱られるなら牛丼よりお寿司を食べたいでしょ。でも、牛丼屋の店員より寿司屋の大将のほうが怒った時に怖そうなので、なるべく大将の機嫌のいい時に食べに行くのをオススメします。午後の予定は空けておいたほうがいいかも。
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2011年01月01日

11/01/01

予告していた通り、今年から更新を月に一回とします。
今年の更新は今回を含め、十二回しかありません。
面倒なので、今年分を今日全部書くことにしました。
これで今年の更新は終了です。
来年は更新しないかもしれません。
みなさん、さようなら。
そのうち私のことを誰もが忘れて、私に何の意味も価値もなくなって、
私という存在がどこにもなくなってしまうだろうから、そういう意味で、さようなら。





























1月10日
おせちの残りをまだ食べてる。

2月20日
風邪気味。

3月16日
アグネス・チャンかと思ったら、アグネス・ラムちゃんだったよ。

4月30日
バルサンが霊に効いた!

5月23日
誰かに似ているけど名前が出てこない。

6月13日
キノコが生えた。

7月28日
混乱に乗じてカブトムシ逃げ出す。

8月29日
一輪車少年、日本縦断。

9月3日
ケンちゃんラーメン新発売。

10月8日
友達が出来た。

11月15日
後鳥羽上皇、憧れの鳥羽一郎さんに会う。

12月25日
森繁、生存発覚。
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