2010年11月28日

今週のドラえもん

「ドラえもんは屑鉄屋に出すと幾らになるの」
「お前を肉屋に出すより良い値がつくだろうさ」

ハグしちゃお。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月27日

10/11/27

もとは会議室のようでもあり、今は小奇麗な個人商店のようでもあるし、非商業的な展示室のようでもある。差し込む日の光で気持ちよく明るい。机、棚の上には溢れんばかりに様々な人形や胸像が並べてある。よくある特撮ソフビ人形をそのまま粘土で作ったような見た目だ。私はその部屋の中にいると同時に、その視界がテレビ放送されている映画の画面にもなっている。(同じ映像を同時に二つの主観でとらえている)
映画は一部から絶大な人気のある低予算外国特撮映画(タイのような雰囲気)で、怪人が洞窟のようなところで大量の神像を破壊する場面が有名だ。その神像は日本の特撮怪獣、ヒーローを模して作ってある。かなり知名度の低い作品も交じっていて、観客から名前当てクイズにもされている。
怪人が蟹のような赤茶色の大きな鋏を振り上げて神像を破壊する場面を見ながら、私も真似したくなって粘土人形を壊している。映画の映像は私の視界であり、私の視界は映画の映像である。映画を観ている私がどこにいるのかは不明。ただ観ている感覚だけがあり、この放送を同時にみている他者も意識している。人形を壊す私の両手も大きな鋏になっているが、私には何の疑問もない。
部屋の中央部にある長机上の人形を壊してから、私は壁際の棚に陳列されたフィギュアを見ている。まだ箱から出されていない同じ品が重ねておいてあることから、商品棚のようだ。私の手は鋏から元に戻っている。映画はまだ続いているが映像が分離して、私の視界は今や映画ではない。映画を観ている私の感覚は遠くなっている。
ある箱にアニメ的な少女が描かれているが、その両手は鋏である。美少女なのに手が鋏、というちくはぐが面白いところなのだろうが、箱の中身のフィギュアは造形がおかしい。箱の絵とは違って、少し伸ばした顔(絵はややすっきりした90年代後半アニメヒロイン的だが、フィギュアはやや日野日出志的)を目の下あたりで上向きに折って、ピンポン玉のような両目に小さな黒目、そばかす(?)、顔の下のほうで赤く裂けた口が大きく開いている。ボサボサの植毛。何かを追いかけるように上に向かって伸ばした両手。(絵では両手を下げている)
ラベル:
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月25日

発売が諸事情により中止


DS「だっこして!チンパンジー」の発売が諸事情により中止になりました。
真に申し訳ございません。


STAR☆FISH(11月17日)
http://www.s-f.co.jp/
だっこして!チンパンジー
http://www.s-f.co.jp/soft/ds/dakko/





今夜はチンパンジーのために泣いてあげてください。
日本人はバーチャルなポケモンへ夢中になるあまり、本物の動物には見向きもしなくなってしまったのです。
チンパンジーを黄色く塗って、電気を流す仕組みをつけてみてはどうでしょうか。鳴き声は大谷育江が担当します。飼育員である主人公(CV:松本梨香)はチンパンジーを連れて世界を旅します。行く先々では野生や飼育中のチンパンジーと熱くバトル。「なきごえ」「ひっかく」「かみつく」「エレキテル」など多彩な技を駆使して勝利しましょう。野生のチンパンジーは捕獲出来ます。経験値を溜めてチンパンジーがレベルアップすると、棒を使って離れたところにあるバナナを引き寄せたり、積んだ箱に登って高いところにあるリンゴを取ったり出来るようになります。
ポケモンと決定的に違うのは、小さなボールに動物たちを押し込めてしまうのではなく、飼育員はいつもチンパンジーをだっこして連れ歩くのです。





 
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月24日

「顔」


ぼくのかんがえた遊び

「顔」

10代後半に差し掛かってからの発案だったと思います。
チラシに載っている写真の、人間の顔だけを集めます。頭に文字がかかっているものや、途切れているものではいけません。また、小さい顔ではあまり面白味がありません。ぼくの場合、遊びに適した顔は滅多に見つかりませんでした。一朝一夕では遊べないことを覚悟しておいてください。
顔は輪郭(頭部)にそって切り抜きます。こうして集めた顔を広げて眺めていると、不思議な気持ちになります。これが「顔」という遊びです。配置や広げる場所を変えることで、空間に無限の変化が生まれ、一生遊べます。
しかし、ぼくは20人くらい集めたところで気持ちが悪くなり、止めてしまいました。いつか再開したいと思っています。みんなも一緒にやりましょう。(もうやってるかな?)
大きな紙に海底や街を描き、岩礁や屋根に切れ込みを入れ、顔を半分出して覗いているような演出をしたり、吹き出しをつけて台詞を言わせたり、犬や猫、道具の写真を切り抜いて配置するのもいいな。考えているだけでも楽しいですね。


posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月23日

犬にぞっとしたことが三度ある。三度目。




小学五年の時。
Y君の家の近く、田圃ばかりで夜の真っ暗な細い道を、両親と私は軽自動車でのろのろと走っていた。何かが道を横切ろうとしたのが目に入ったので停車すると、そこにいたのは異様な犬である。
薄汚れているが元は真っ白と判る長い毛、顔はコリーに似ているがそれよりもっと長く、説明し難い顔つきで、変な表現になるが、狸が混じったような「獣」の顔をしていた。こちらにあまり興味を示さず平然と車の傍を歩いて行く。体が大きく、車の前を通ってもボンネットから首が出ている。
通り過ぎたのを確認して車を走らせた。
あれは何だったのだろうと家族と話していると、近頃あの辺りで白い大きな犬が出ると少し噂になっていたのを思い出した。今に至るまであんな犬は他に見たことがない。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 怪奇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月22日

10/11/21

近所のアパートへ遊びに来ていたガキ。午前中は仮面ライダーオーズの歌(串田アキラのアレ)を歌って調子こいていたが、昼時に何かへまをしたのに謝らず臍を曲げ、「ご飯食べない!」と無茶な駄々をこねはじめた。(そんなんじゃ来週のオーズが始まる頃にはふらふらだぞ)
親に叱られても態度を改めずにぐずり、三時のおやつ前に帰って行った。


PCファン交換。卵を70個購入。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月21日

僕らは仲間だ

ぼくのかんがえた遊び


前回、僕が君たちと同じ遊びに興じていたことがわかり、かなり親近感がわいたことだと思う。今回はまた別の遊びを紹介したい。私が10代前半から中盤までの多感な時期に何度かやっていた遊びである。

ラベルを剥がした透明でなるべく小さな薬瓶を風呂場に持ち込み、中を湯で満たす。そこへシャンプーや洗顔料などを順に、沈殿してそれぞれの層を作るように静かに垂らす。蓋を閉め、横から眺める。それぞれ異なった材質が地層の断面図のようになって綺麗であるが、時間が経つと層を維持できず、混ざり合って崩れてしまう。儚い美しさの始めから終わりまでを見届ける、かなり精神的に深い遊びであった。
君もやったことがあるだろう。僕もこれやっていたんだよ。

posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月20日

十二支考 猴

十二支考(下) 南方熊楠  岩波文庫



ギリシアで最初猴を一国民と見做し、わが国でも下人を某丸と呼ぶ例で猴を猴丸と呼んだ。その通りアッシリア人も猴を外国の蛮民と心得たらしく、件の碑に彫った猴は手足人に同じく頬に髯あり、したがってアッシリア人は猴をウズムと名づけた。これはヘブリウ語のアダム(すなわち男)の根本らしい。今もインドで崇拝さるるハヌマン猴とて相好もっとも優美な奴がこの彫像に恰当する由(ハウトン著『古博物学概覧』一九頁已下)。

※件の碑 この引用文の直前で触れている古アッシリアのシャルマネセルの黒尖碑

お猿さんは外国人。うまく説明できないけれど、こういうのはぞくぞくする。現在の常識とは相いれない全く違う基準の思考、別世界の論理。中世欧州の動物裁判や、前に兎の項で触れた、兎と猿を鳥と分類した話など。



ソクラテスの顔はサチルス(羊頭鬼)に酷似したと伝うるが、孔子もそれと互角な不男(ぶおとこ)だったらしく、『荀子』に〈仲尼の状面キを蒙(かぶ)るがごとし〉、キは悪魔払いに蒙る仮面というのが古来の解釈だが、旧知の一英人が、『本草綱目』に蒙頌(もうしょう)一名蒙貴(もうき)は尾長猿の小さくて紫黒色のもの、交趾で畜うて鼠を捕えしむるに猫に勝るとあるを見て蒙キは蒙貴で英語のモンキーだ。孔子の面が猴のようだったのじゃと吹き澄ましいたが、十六世紀に初めて出たモンキーなる英語を西暦紀元前二五五年蘭陵の令と為ったてふ荀子が知るはずなし、得てしてこんな法螺が大流行の世と警告し置く。

※ 原文のキは漢字で[にんべん+其]

伝承によれば孔子は武人の父の血を受けた逞しい偉丈夫だったらしく、史記には彼を世の人が「長人(背の高い人)」と称したことが書かれている、と呉智英「現代人の論語」にある。孔子はもともと肉体労働もこなす下級役人だったので、その経験も偉丈夫になった一因だろう。悪魔払いの面は多分悪魔を威嚇するような怖い顔だ。孔子のがっしりした体つきが、厳つい顔の印象を強めたのではないだろうか。



予の知れる料理屋の小女夙慧なるが、小学読本を浚えるとては必ず得手(えて)と蟹という風に猴の字を得手と読み居る。かつて熊野川を船で下った時しばしば猴を見たが船人はこれを野猿(やえん)また得手吉(えてきち)と称え決して本名を呼ばなんだ。しかるに『続紀』に見えた柿本朝臣佐留(さる)、歌集の猿丸太夫、降って上杉謙信の幼名猿松、前田利常の幼名お猿などあるは上世これを族霊(トーテム
)とする家族が多かった遺風であろう。『のせざる草紙』に、丹波の山中に年をへし猿あり、その名を増尾の権(ごん)の頭(かみ)と申しける。今もこの辺で猴神の祭日に農民群集するは、サルマサルとて作物が増殖する賽礼という。得手吉とは男勢の綽号(あだな)だが猴よくこれを露出するからの名らしく、「神代巻」に猿田彦の鼻長さ七咫(し)、『参宮名所図会』に猿丸太夫は道鏡の事と見え、中国で猴
(こう)を狙(そ)というも且は男相の象字といえば(『和漢三才図会』十二)、やはりかかる本義と見ゆ。


エテは忌み名であった。男勢男相とはおちんちんのことだと思うが、雌猿もいるのにおちんちんとひっくるめてしまうのは、よほどおちんちんがおちんちんなのだと思う。



エリアヌスの『動物誌』には、猟人猴に履はいて見せ、代わりに鉛の履を置くと、俺もやって見ようかな、コラドッコイショと上機嫌で来って、その履を穿く。豈図らんや人は猴よりもまた一層の猴智恵あり、機械仕懸けで動きの取れぬよう作った履故、猴一たび穿きて脱ぐ能わずとある。

のどかな捕獲。



猩々は日本で無性に目出たがられ、桜井秀君は『蔭涼軒日録(いんりょうけんにちろく)』に、延徳三年泉堺の富家へ猩々に化けて入り込み財宝を取り尽した夜盗の記事を見出された。かかる詐欺が行わるべしとは今の人に受け取れぬが、『義残後覚(ぎざんこうかく)』七、太郎次てふ大力の男が鬼面を冒(かぶ)り、鳥羽の作り道で行客を脅かし追剥するを、松重岩之丞が斫(き)り露わす条、『石田軍記』三、加賀野江弥八が平らげた伊吹の山賊鬼装して近郷を却(おびや)かした話などを参ずるに、迷信強い世にはあり得べき事だ。

夜盗は猿の皮を被ったのだろうか。一人一匹の皮では足らぬだろうから継ぎ接ぎしたのだろうか。かなり度胸のある夜盗とみえる。
鬼が実在するという現実感覚。



手を交互左右に伸ばして樹枝を捉え進み移る状(さま)、ちょうど一の臂(ひじ)が縮んで他の臂が伸びる方へ通うと見えるから、猿は臂を通わすてふ旧説あり、一臂長く一臂短い画が多い。『膝栗毛』に「拾うたと思ひし銭は猿が餅、右から左の酒に取られた」この狂歌は通臂の意を詠んだのだ。

河童(と一口に言っても各地で異なる生態を持つから乱暴な括り。許せ)の腕がこのような仕組みであるとの説あり。



一六八四年パリ板サントスの『東エチオピア史』一巻七章に、カフル人は猴はもと人だったが、言(ものい)えば働かさるるを嫌い猴となって言わずと説くとある。この通り猴は人の化けたものというところから、昔中央アジアの女国、すなわち女王を奉じ婦女の政権強かった国では、元来人を牲(いけにえ)にし樹神を祭ったところ、追い追い猴も人と余り異ならぬてふ見解から猴を人の身代りに牲し祭ったのだ。

日本のお猿さんは駕籠屋をやってます。



紀州田辺の紀の世和志と戯号した人が天保五年に書いた『弥生の磯』ちゅう写本に、厳島の社内は更なり、町内に鹿夥しく人馴れて遊ぶ、猴も屋根に来りて集う。家々に猴鹿の食物を荒らさぬ用意を致すとある

のび太の血縁にこういう名前の奴がいる。


青空文庫:十二支考 07 猴に関する伝説
http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/2539_34823.html
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月19日

10/11/18

NHK「週刊こどもニュース」 年寄りばかり視聴で終了

 「こどもニュース」の視聴者は、実はお年寄りばかり−。NHKは17日、「週刊こどもニュース」(総合日曜午前8・05〜35)を12月19日で終了すると発表した。日向英実(ひでみ)放送総局長は「子供向け番組として始まったものの、(視聴者は)子供は極めて少なく、高齢者が圧倒的に多かった」と理由を説明している。
 同番組は、お父さん、お母さんと子供3人の家族が登場し、ニュースをわかりやすく解説。平成6年4月に始まり、最初の10年は現在民放で人気の池上彰キャスター(60)がお父さん役を務めた。今年から放送時間が土曜夕から日曜朝に移り、裏番組の「仮面ライダー」シリーズなどに子供視聴者を奪われていたとみられる。
 後番組は「ニュース 深読み」(土曜午前8・45〜9・25)で、「家族で見られる番組にする」とNHK。


http://sankei.jp.msn.com/economy/business/101117/biz1011171823028-n1.htm

私には産経がせせら笑っているようにしか思えない。
年寄りしか見ていないこどもニュースってすごく寂しい画だ。



参院予算委で委員長が「仙谷総理大臣!」 閣僚は“聞かなかったふり” (1/2ページ)

「仙谷総理大臣!」と間違って呼ばれ渋い表情の仙谷由人官房長官=17日午後、国会・参院第一委員会室(酒巻俊介撮影)
 ついに『仙谷総理大臣誕生』−。17日、参院予算委員会の集中審議で、質問に立った衛藤晟一(せいいち)議員(63)=自民=が「総理」に答弁を求めた際、前田武志委員長(73)=民主=が思わず「仙谷総理大臣!」と指名してしまうブラックすぎる一幕があった。前田委員長はすぐに言い直し、菅直人首相(64)が答弁に立ったが、もちろん、ブ然たる表情。日頃から「影の首相」と皮肉られる仙谷由人官房長官(64)だが、もはや実質の首相と誰もが公認か。(サンケイスポーツ)
 「仙谷総理大臣!」
 その瞬間、委員会室はどよめきと笑い、そして拍手に包まれた。前田委員長はすぐに「あっ、いや、いや…菅総理大臣」と言い直したが、後の祭り。菅首相はこれ以上はないムスッとした表情で立ち上がる。座ったままの仙谷官房長官もニガ虫をかみつぶしたような顔をみせた。
 17日午後1時に始まった参院予算委。衛藤議員は尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件を取り上げ、中国漁船の船長を処分保留のまま釈放したことなどについて菅首相を厳しく追及した。
 そして衛藤氏は「いままでの動きを見ていると、あなた(菅首相)はこの国を愛していないのではないか。真摯に答えていただきたい」と迫る。ここで、前田委員長が指名しちゃったのが「仙谷総理」だった。
 『sengoku38』で大騒ぎになったと思ったら、お次は「仙谷総理」。この模様はNHK総合テレビでバッチリ全国中継された。委員会室はヤジが止まらず、机をドンドンとたたく議員もいて、大ウケだ。
 まるで“放送事故”のようなムードとなったが、居並ぶ閣僚はというと、最前列に北沢俊美防衛相(72)、前原誠司外相(48)、野田佳彦財務相(53)が陣取っていたが、いずれも“聞かなかったふり”なのか、素知らぬ顔でただ嵐が過ぎるのを待つしかなかった。
(後略)

歴史に残る間違い伝説
 ★仮面ライダー(1986年12月) 紅白歌合戦で白組キャプテンを務めた歌手で俳優、加山雄三が白組トップバッター、少年隊「仮面舞踏会」を紹介する際に「おい、張り切っていこうぜ! 紅白初出場! 少年隊! 『仮面ライダー』です」
 ★平壌放送(96年7月) 北朝鮮の平壌放送の男性アナウンサーが、金日成主席の没後2年の弔意放送で、「金日成同志の逝去された日」と読むところを「金正日(現総書記)…」と間違える。世界の放送事故史上、最悪の大惨事とされ、男性アナの安否がいまなお気遣われている
 ★ミスコンでミス(2010年9月) オーストラリア全国で生中継されている人気オーディション番組で、司会者が「準優勝者」を「優勝者」と間違えて発表する大ハプニング。司会者はステージ上で頭を抱え、うろたえながら謝り倒した


http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101118/stt1011180854002-n1.htm
http://www.youtube.com/watch?v=WiwxPyyD298



雑記帳:「家出のするめ」人気 青森・寺山修司記念館

青森県三沢市の寺山修司記念館が企画したイカのおつまみ「家出のするめ」(55グラム、350円)が、これまでに5000個以上を売り上げ、人気を集めている。
 代表作「家出のすすめ」をもじり、パッケージも角川文庫初版(72年)の表紙を採用。沿岸で水揚げされたイカなどで作ったさきいかで、県特産のニンニクなども使った甘辛い味付けが特徴だ。
 記念館や東京都内の書店などで新装版文庫本と並んで販売中。パッケージ持参で入館料(一般300円)が1割引きの“おいしい”商品。賞味期限内限定の特典なので来館はお早めに。【三股智子】


http://mainichi.jp/select/wadai/news/20101119k0000m040042000c.html

私が持っている文庫の表紙がこれだ。
青森には太宰をフィーチャーした商品「生れて墨ませんべい」というのもある。反省の色なし。
http://www.hachinoheya.co.jp/shop/shop.cgi?order=&class=&keyword=&FF=80&price_sort=&mode=p_wide&id=128&superkey=1

東北新幹線全線開業に合わせた「如何せんイカせんべい」
http://www.hachinoheya.co.jp/shop/shop.cgi?order=&class=&keyword=&FF=90&price_sort=&mode=p_wide&id=159&superkey=1

太宰ファン歴35年の杉山さんは、これまでも「走れメロンパン」「ダストマイネ(エコバッグ)」など太宰作品に絡めた商品名を発案している。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2010/20100403093911.asp?fsn=eb33f76037153e93cde084f7e7644d6f

青森に生まれて名を成した者の末路はこうなるのだ。





植木とみ子氏、突然の撤退〜悲しみに包まれた選挙事務所

12時頃、「植木氏、撤退」の知らせを受け、博多区東比恵の事務所に急行したところ、植木氏の事務所は、騒然とした雰囲気となっていた。選挙事務所に入るための自動ドアは電源が切られ、関係者は裏口から出入りしていた。自動ドアを自ら開け、事務所内に入ったが、植木氏の姿を確認することはできなかった。
事務所内では、関係者が電話の対応に追われ、泣いている女性の姿もあった。あまりに突然の撤退に、関係者も動揺していたようだ。また、事務所内では、後片付けも行なわれており、事務所内の机の上はみるみる綺麗になっていった。事務所内につめかけた記者たちが、関係者に対して「撤退は本当ですか」と質問したが、関係者は「記者会見で話します。取材は遠慮してほしい」と回答。以降、事務所内での取材はできなかった。
 その後、記者たちが、裏口でなかの様子をうかがっていると、年配の女性の関係者が、お茶や支持者から貰ったというミカンを、振舞ってくれた。女性は「撤退は、残念だね。」と心苦しい口調で話してくれた。
(抜粋)
http://www.data-max.co.jp/2010/11/post_12483.html
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月18日

10/11/17

様々な事情により、ブログに書きたいような話だけれど、誰とも知れない人が読んでいるブログでは書けない話というのがある。吐き出したいのに吐き出せないのは落ち着かないので、或る人に電話で話そうと思った。
この人は稀にメールはするものの久しく電話をしていない人で、今回電話にしようと思ったのは、メールにするには話が長いからである。しかし電話をかけたが出なかった。後に当時食事中だったとのメールが来た。
何かろくでもないことを言われると警戒したのか(相手は俺が何度も振られている女なんだ)とか、そもそも電話をかけるほどの話でもなかった(某たまご園に行ってきた話)とか、色々考えて恥ずかしいやら10日前に買った惣菜のコロッケを食べたら胃が苦しくなったやらで死ぬことにした。地球の大爆発が迫ってみんなが宇宙船で地球を離れるとき、俺だけこの大地に残る。そして地球とともに死ぬ。みんなさよなら。人々が去って灯りの消えた地上の夜で、星空がこんなにも美しいことを初めて知った。


本当は置き去りにされただけの俺。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月17日

11/11/16

小学生の頃、近所に越してきた或る一家は、敷地を囲う木々の周りにブルーシートを張り、塀代わりにしていた。何度かシートの隙間から中が見えたことがある。どういう家族構成かはわからぬが、中高年の男女計4人を見かけた。季節は夏で、皆上半身裸で肥っており、下はステテコのようなものを履いていた。中年の男は庭先で小便もしていた。庭の端というよりは中心部に近いところで。
暑いときに上半身裸になる婆がいるような田舎(さすがに人前には出ない)ではあるのだけれど、彼らはちょっと異様な感じがした。集団で裸というのは聞いたことがない。
地域住人との関わりは持たなかったようである。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月16日

11/10/00

部外者は立ち入りできない政府関係の施設というが、中身は物産館だ。食堂もある。入口にイチローの写真がついた何かの看板。
その敷地内、芝生に置かれたセメント製の腰掛に座って花を見る。
花は2メートルほどの高さの木に咲き、桜のようにも梅のようにも思えて何だかわからないが、こういうものだと私は前から知っている。木は赤丹の梅に似て細かい枝がなく、太い枝が枝分かれしながら先端を天に向けている。そのところどころに100円玉ほどのぼんやりと桃色の灯りのようなものがあり、それが花である。花弁等はなく、明かりそのもの。中心部白く外部は桃。
職員の話によると、列を成したこれらの木はどれも樹齢1600年だという。甘酒を振舞われる。いい気分だ。
ラベル:
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月15日

今週のドラえもん

のび
「ジャイアンには人権を蹂躙される、スネオにとっては自慢見下し要員、シズカちゃんは僕がハブられてるときに結構ハブる側につく、出木杉とは深い付き合いがない、その回ばかりのゲストキャラ、空き地で野球するための頭数合わせのモブ……。
ドラえもん、よく考えたら僕にはまともな友達が君しかいないような気がする。

ドラ
「だろ? わかったら早く今月の友達料払えよ。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月13日

10/11/12

ニコニコチャンネルにて「妖怪人間ベム」「銀牙伝説WEED」「ゲンジ通信あげだま」「人造昆虫カブトボーグ V×V」が期間限定無料公開。(2話3話無料は15日18時まで)
http://ch.nicovideo.jp/channel/ch1131

これがカブトボーグか。何故こうなったのかさっぱりわからない。富野の苦悩が綴られた本(アニメ制作者の、というより多分に本人の性質で色付けられた苦悩なのだけれど)を読んだばかりなので、何だか呆然としてしまう。こんなのが52話も。





*PCの壁紙を田村ゆかりにしました*





或る政治家の同一人物とは思えぬ変遷。
http://y-sengoku.com/02/02prof-sen-repo.html
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

木の葉で作った服

世界が注目する主要20カ国・地域(G20)首脳会議が開催されている中、ソウル市がオーストラリア首相の人形にオーストリアの服を着せるというミスを犯した。
ヘラルドサンなど豪メディアは11日、「G20ソウル首脳会議を記念するため清渓川(チョンゲチョン)に設置された各国首脳の人形のうち、オーストラリアのギラード首相の衣装はオーストラリアではなくオーストリアのもの」と報じた。
豪メディアは、ギラード首相の人形が着た白い袖の赤いドレス、ピンクのエプロンはオーストラリア伝統衣装というより、明らかにオーストリアの民俗衣装(tracht)だと指摘した。
豪メディアはオーストラリアと欧州のオーストリアを混同して生じた錯誤のようだという解釈もしたが、一部では「ギラードがオーストリア(?)首相になってしまった」と書いたりもした。
一方、ソウル市の関係者は「オーストリアとオーストラリアを混同したのではない。 オーストラリアの歴史が短いため伝統衣装を探すのが難しかった。 木の葉で作った服が伝統衣装だと知ったが、首相にその服を着せることはできなかった」と釈明した。


中央日報:2010.11.11 17:14:29
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=134834&servcode=A00§code=A00

ソウル市の見え透いた嘘と思ったが、ケンチャナヨ精神の発露である疑いも拭えない。
木の葉の服というのは先住民アボリジニの恰好だろう。アボリジニはかつて裸族だったので、服というよりも装飾品に近いのだと思う。ギラード首相は女性。
仮にギラード首相が木の葉の服を着たところで、彼女は先住民ではなく白人だからアボリジニの恰好をするのもおかしい。オーストラリア白人の歴史を表す伝統衣装は囚人服ではないか。
(ギラードは欧州ウェールズ出身の移住者だけど)


【8月1日 AFP】オーストラリアのケビン・ラッド(Kevin Rudd)首相の先祖の1人は、ドレスと下着各1枚を盗んだ罪で死刑を宣告された英ロンドン(London)の路上生活児で、曾々祖父は砂糖を盗んでオーストラリアに送られた流刑者だった。研究者らが7月31日発表した。
 流刑者の先祖を持つことは数十年前のオーストラリアでは恥とされたが、現在では名誉の印とも見なされており、首相のイメージ向上につながりそうだ。


■盗みを働いて流罪になった祖先たち

 このたび明らかにされた家系図によると、首相の父方の曾々祖父、トーマス・ラッド(Thomas Rudd)氏は「砂糖1袋を不法に入手した」罪で7年の刑期を過ごすため、1801年に英植民地だったオーストラリアに流された。
 また、国営通信社AAPが家系図を元に報じたところによれば、首相の父方の曾々々祖母にあたるメアリー・ウェイド(Mary Wade)さんはロンドンの路上生活児で、道路掃除や物ごいで日銭を稼いでいた。
 メアリーさんは12歳だった1788年、年上の少女とつるんで8歳の別の少女をトイレに連れ込み、ドレスと下着を奪った。翌89年1月、ロンドンの中央刑事裁判所・オールドベイリー(Old Bailey)でメアリーさんは死刑を宣告されたが、後に減刑され、当時英国の植民地だったニューサウスウェールズ(New South Wales)に流されたという。
 1788-1868年の間に英国からオーストラリアに流された人は、比較的軽微な犯罪者も含め、約16万人に上る。現在オーストラリアでは、国の発展における彼らの役割が、反抗的誇りをもって見直されている。


■流刑者を先祖に持つのは「生粋のオーストラリア人」

 シドニー(Sydney)の末日聖徒イエス・キリスト教会(Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)で31日に行われた非公開式典で、ラッド首相は革張りの家系図2巻を贈呈された。
 教会の長老は、ラッド首相は移民と流刑者を先祖に持つ「生粋のオーストラリアの血統」だとたたえた。オーストラリア系図学会の会長も、「オーストラリア人にとって流刑者の先祖は『聖杯』に等しい。特に第1船団ならなおさらだ」と述べた。
 オーストラリア政府は今年、刑務所11か所など流刑地だった過去にまつわる場所を、国の象徴として世界遺産(World Heritage)に申請した。ピーター・ギャレット(Peter Garrett)環境・遺産・芸術相はこれらの場所について、「広大で見知らぬ土地に流された16万人以上の流刑者についての切実な物語」を記念する場所だと述べている。


AFP:首相の先祖は下着ドロ、豪で見直される流刑地としての過去 2008年08月01日
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2425210/3177862



2007年シドニーAPECではコートでした。

【9月8日 AFP】アジア太平洋経済協力会議(Asia Pacific Economic Cooperation、APEC)首脳会議が開幕したオーストラリアのシドニー(Sydney)で8日、各国首脳による恒例の記念撮影が、シドニー・オペラハウス(Sydney Opera House)前で行われた。

 記念撮影はAPEC首脳会議の恒例行事で、開催国の民族衣装をイメージした衣装が用意されるのが恒例になっている。今年は、オーストラリアの農家が愛用する、どんな天候でも大丈夫な、ゆったりとしたオイルスキンのコートが選ばれた。

 撮影に集まった女性3人を含むAPEC加盟21か国・地域の首相や大統領は、地元シドニー創業のアウトドアウエアメーカー、ドライザボーン(Driza-Bone)の茶色のひざ丈のコートに身を包み、恥ずかしそうにカメラに向かってポーズをとった。

 ドライザボーンのコートは、普通は牧場で働く人たちが着用するものだが、雨となった首脳会議初日のシドニーの天候にぴったりの服装となった。

 撮影用の衣装は、ジョン・ハワード(John Howard)首相とジャネット(Janette)夫人が選んだもので、当日まで秘密にされていた。

 オーストラリアには同国ならではという民族衣装がないことから、メディアでは記念撮影での首脳らの服装について、Budgie smugglersと呼ばれるきわどい男性用水着にサンダルといった海水浴スタイルから、労働者がよく着る青いタンクトップと短パン、あるいは昨年亡くなった豪出身の「クロコダイル・ハンター(Crocodile Hunter)」ことスティーブ・アーウィン(Steve Irwin)さんのトレードマークだったカーキ色のサファリスーツなど、さまざまな憶測が飛び交っていた。


AFP:APEC首脳会議、恒例の記念撮影は防水コートで 2007年09月08日
http://www.afpbb.com/article/politics/2278972/2109754?pageID=2

このコート、乗馬服でもあるらしい。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月11日

10/11/09

誰も居ない実家の居間、夕闇は濃く、灯りなし。私は窓のほうを向いている。振り返りながら疑問が頭を過ぎる。振り返ればテレビが視界に入る、実家は箱型テレビから薄型テレビに買い替えているはずだが、私はまだ買い替えてから実家に帰ったことがない、するとここにあるテレビはどうなっているのだろう。(明晰夢だが、明晰夢の夢という二重の夢を見ているような、今ここは半分くらい夢で出来ていると思うような、ぼやけた感覚)
そこにあるテレビは買い替える前の箱型だった。まだ見ぬ現実に夢は対処できなかったのだな、と少し笑う。夢がしくじりに知らぬ顔を決め込んでいるような気配を感じる。
隣接する台所へ一歩踏み込む。少し離れた廊下の電球がぼんやりと灯ってその周囲だけ薄暗いが、台所は真っ暗だ。足元を一匹の猫が歩いてゆく。(猫を飼ったことは無い。実家周辺にも猫はいない。現所在地の周囲にはいる)
私の頭の左側から、野球ボールより二回りほど大きい、黄色い光球が一つふらりと飛んで行った。これまたぼんやりとした光で、自身を光らせるだけで周囲を照らすほどではない。あれは何だ、私の魂だ、魂が出て行ってしまったのに夢から覚めたらどうなってしまうんだ、と瞬間的に考え、不安と恐怖が生じる。猫が棚に飛び上りながら光球を追いかける。光球が飛んでからこの間二秒ほど。
不意に、家の壁を片手でひっかくような音が寝ていた私に聴こえて、びくりと目が覚める。夢の中と現実から同時に聴こえてきたように思えたが、思い返すと音は夢のぼやけた感覚に包まれており、現実ではあるまい。幼少の頃住んでいた家で、あんな音を立てて壁をひっかいたことがあるような気がする。
ラベル:
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月09日

今週の拡大映像

robo0301.jpeg

左の人物を1.5倍に拡大するとこうなる
 ↓

robo05.jpeg


posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月08日

10/11/07

夜中。壁面はガラス張り濃紺、高さもわからない巨大なオフィスビルのように見えるマンション。円柱形の二棟が少しくっついて、出入口はそれぞれにある。広く作られた白い階段と斜路、その全体を照らす外灯。ビルを囲む整然と並べられた大量の自転車。周辺には街路樹がぽつぽつあるくらいで何もない。誰もいない。静寂。
私は静かな雰囲気が気に入って、階段のあたりでうろうろしている。一階の窓にN原さんの姿が見えた。彼女はそのまま外へ出てくる。
何年振りだろう。卒業以来会っていない。私たちは長年の隔たりにたどたどしく、しかし嬉しく、仲が良かったころを思い出すような楽しさで会話をする。
(実際にはクラスが一度同じだっただけでN原さんと私的な会話をしたことはほとんどなかった。夢に出るのも初めて)
ラベル:
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月07日

今週のドラえもん

のび「ドラえもーん、チンコを覆うように金玉袋を内股へ縫い付ける道具で
   ジャイアンのそれを密封してよー。
ドラ「藤子先生のアイディアノートにそんな道具はないよ……。
   代わりに、頭蓋を開いて剥がした金玉袋で脳を覆う道具なら
   あるけど、使う?
のび(それはあるんだ……)

ハグしちゃお。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

犬にぞっとしたことが三度ある。二度目。

犬にぞっとしたことが三度ある。
二度目。



小学一年の時。通学路からちょっと外れた近所に、シェパードを飼っている家があった。庭に二本の棒を立て、その間に高い位置でロープを一本張り、犬に繋いだ鎖の先を輪にしてそのロープに通しておく。こうすると鎖を一点で繋ぐよりも行動範囲が広くなる。そういう犬の繋ぎ方をしている家だった。

ある日、私は少し寄り道をしてその家の敷地すぐ外にしゃがみ込んで犬を眺めていた。犬は庭の奥で飼われていたので、距離がある。伏していた犬が立ち上がってこちらへ歩き始めた。私はHのようなバカと違って賢いので、シェパードが高い攻撃力を有し警察犬や軍用犬として用いられることを知っているが、あの犬は鎖の付いた首輪をしているのだから離れていれば安全であると冷静な分析を終了させて観察をしているので、動じない。犬は歩く。そろそろ鎖の制限に達していいだろうに、歩調に変化がない。私は何となく犬と棒に張られたロープとの間を凝視した。何もない。次に犬の首輪から下がる鎖の先を目で追った。鎖は地面を引き摺られるばかりで、犬を繋ぎ止める気配がない。不可解なことに、犬はどこにも繋がれていないのだ。私は走って逃げた。死ぬかもしれぬと思った。犬も走った。俺を食うつもりだ。
その家は急な坂を下ったところにあり、私は足の遅さをもどかしく思いながら坂を駆け上がった。何故坂があるんだと思いながら泣いた。犬は走るのが得意なのだから、これでは追いつかれてしまうじゃないか。しかし結果的に坂があって助かったのだ。

「人」の字を、上に向かって二本が合流する道だと思ってほしい。私は合流地点に向かって左側の払いという坂道を泣きながら上っている格好だ。上れば後は平地で、左右の払いの間は急斜面で隔てられている。私は合流地点まで駆け上がると、真っ直ぐ進まず、右側の払いへ逃げた。すると犬は私を最短距離から逃したくないのか坂を少し引き返し、やがて犬には超えられぬ安全な高低差が生じた。後で思えば、坂道までがあの犬の縄張りだったのかも知れぬ。
あの飼い主は大人なのにHよりバカだと思う。


posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月05日

今週の収支報告

先月のMVPは該当商品無しです。何故なら、毎月与えているようでは有難味がなくなるからです。もっと頑張りましょう。








マルコビッチ大白抜き

    毎月利用者がいるかいないかというわりには
    ヨシノブは態度がでけえな。これだから誰からも相手にされないんだよ。
    MVPだって誰も欲しがってない。
    




あのなあ、ヨシノブのアフィリエイト使ったって
あいつに小銭が入るだけで何もいいことないぞ。
ただ、俺のDVD「マルコヴィッチの穴」だけは別。
これを買わないと流行に乗り遅れるぞ。
お前が知らないだけで世間では大ブームなんだよ。
どこで、って……。お、俺だって知らねえよ!


 


ラベル:マルコビッチ
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

君はひとりじゃない

ぼくのかんがえた遊び


水で満たした瓶に、虫や草を入れて長い間放っておいて、時々取り出しては無意味に眺めたり、新たに虫を投入したりする。イメージしているのは、魔女が大釜で怪しげな材料を煮立てているところ。
これは小学生の時に私が考案した遊びだが、後にラジオ等で全国各地で同様の遊びが行われているのを知った。君もやったことがあるだろう。僕もこれやっていたんだよ。


これの変形で、海苔の入っていた金属の筒に半分ほど土を入れ、生卵を割らずにそこへ置き、また土を入れ、蓋をして、地中に埋め、時間が経つと取り出し、卵を地面に投げる、という遊びもやっていた。これは小学五年の頃、引っ越して好きに穴が掘られる庭を獲得したことにより始まった。この遊びは確か、地雷と呼んでいた気がする。卵を筒に入れるのは、埋設地に重さがかかっても卵が割れないためだ。
卵は好きだし、学校帰りはいつも腹を空かしていた私。にもかかわらず、食べればいい卵を無駄にしてしまうというところに、俺は大変なことをしでかしている、という快感とも背徳感とも言えぬ複雑に充実した気持ちが生じて、精神が揺さぶられるのを感じた。
取り出した卵は大人に見つからないところで地面に叩きつける。
地中への放置期間は10日から3ヶ月まで。早く取り出したい、でも今取り出したら有難味がない、という身を捩るようなもどかしさ。
君もやったことがあるだろう。僕もこれやっていたんだよ。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月03日

米国人の37%は幽霊が存在すると考えて

世界の雑記帳:米国人の3分の1以上、幽霊の存在を信じる=調査

 [ニューヨーク 29日 ロイター] 米国人の37%は幽霊が存在すると考えており、亡くなった親戚や友人が会いに来たと信じている人は23%いることが、調査会社ゾグビー・インタラクティブの実施した調査で明らかになった。
 この調査は、米国の成人2100人を対象に実施。回答者の約半数は、死後に幽霊になれたら、元の姿で戻って来ることを選ぶと答えた。
 また、子どもを持つ親にハロウィーンの過ごし方を聞くと、87%は子どもが仮装をすると回答し、子どもがお菓子をねだりに行くと答えた人は71%いた。
 一方、ハロウィンに何もしないという回答者は、全体の41%を占めた。


ロイター
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-17937520101101



汝幽霊の類が存在すると思うか否か、という問いへの私の答えは結局「存在していると認めている、と認めざるを得ない」となる。霊を証明する材料が私には何もない、霊を否定する材料が世間に数多ある、否定への合理的説得力も感じる、されどお化けは怖いんだもん。怖いからには、霊へ屈服しているに違いない。

この種の話で大いに不服なのは、霊を非科学的(非物理的)だとして存在を否定する論である。(ここでは厳密に霊の存在を定義しない。現代の一般的で漠然とした霊の印象で想定し、その程度の話として受け止められたし)
だって、霊なんて科学に存在の根拠を主張している存在じゃないんだもの。非科学的が霊の霊たる根拠みたいなもので、そんなものに対して非科学的だと指摘して何になるというのだ。
更に、人類はまだ科学を完成させていない。未完成な科学で存在を否定したところで、その未知の領域に霊が居ることを否定したことにはならない。現段階で科学的に霊の存在を確認できないだけである。古代人が海を真っ直ぐ進んで行くと世界の端から落っこちてしまうと考えていたからといって、地球が当時球形でなかったことの科学的証明にはならない。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

犬にぞっとしたことが三度ある。一度目。

犬にぞっとしたことが三度ある。
一度目。



小学校に上がる前。退屈したH君が、ジャンケンの勝者が敗者に命令を下すという遊びを発案し、私がこれに勝利してしまう。しかしHを使役したい用事も面白い命令も思い浮かばず、そこの草が繁った空き地で屋根を覗かせている犬小屋蹴ってこい、と苦し紛れに命令するとHは実行し、叫びながら走って帰ってきた。周辺で一度も犬の姿を見ていないから空き家だと思っていた犬小屋から、鎖のついていないブルドッグが飛び出してきたのだ。私も必死に逃げた。家に飛び込んでドアに鍵をかけても、まだしばらく怖かった。
後日、Hは私にあんな命令を出すとは何事かと怒りを表明したが、お前が始めた遊びだし、お前だって犬がいるとは思ってなかったからホイホイ蹴りに行ったんじゃねえか。
バーカ。

posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月01日

十二支考 羊

十二支考(下) 南方熊楠  岩波文庫

西アフリカのアシャンチー人伝うるは、昔上帝人間(にんかん)に住み面(まのあた)り談(はな)したから人々幸福だった。例せば小児が薯蕷(やまいも)を焼くとき共に食うべき肴を望まば、上帝われに魚を与えよと唱えて棒を空中に抛(ほう)ればたちまち魚を下さった。しかるに世間はかく安楽でいつまでも続かず、一日婦女どもが食物を摺り調える処へ上帝来り立ち留まって観るを五月蠅がり、あっちへ行けといえど去らず、婦女ども怒って擂木(すりこぎ)で上帝を打ったから、上帝倉皇天に登り復(また)と地上へ降らず、世は永く精物(フィチシュ)に司配さる。因って今も人々戻らぬ昔を追懐して、あの時婆どもが上帝を打たなんだらどんなにわれわれは幸福だろうと嘆息する。ただし上帝は随分人思いの親切者で天に引き上げた後山羊を降して告げしめたは、これから死というもの来て汝らを取り殺すが汝ら全く亡くなるでなく天に来りてわれとともに住むのだと。山羊この報を持って町へ来る途上好き草を見て食いに掛かる。上帝これを見て綿羊を遣わし、前同様に人に告げしめたところ、綿羊誤って上帝の御意に汝ら死なばそれ切りとあると告げた。跡へ来った山羊が上帝の御意に汝ら死するに決まって居るが、それ切り亡くなるでない、天へ上って上帝近く住むはずとあると告げた。その時人々山羊に対(むか)い、それは神勅でない、綿羊の伝命が上帝の御意と信ずると述べたから、人間が死亡し始めたそうだ。同じアシャンチー人の中にも異説ありて最初不死の報を承ったは綿羊だが、途上で道草を食う間に山羊がまず人間に死の命を伝え、それを何事とも知らず無性に嬉しがって御受けした此方人は皆死ぬという由(ベレゴーの『シェー・レー・アシャンチー』一九〇六年板一九八頁)。



五月蠅いと棒で殴られる可哀想な上帝。でも殴りたくなる気持ちはちょっとわかる。手紙を食べちゃった近代山羊に通じる古代山羊のおっちょこちょい性。
人間への神託を授かった動物が伝令に不手際を起こし、神意とは異なる形で人間に死が広まったという神話は他にもあるが忘れた。


青空文庫:十二支考 06 羊に関する民俗と伝説
http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/2538_34822.html
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
コメント欄にメールドレス、ホームページアドレスの記入は必要ありません。気軽に無記入で。 スパムメール回避のためにも、メールアドレスをそのまま書き込むのは推奨しません。返信方針についてはこちら