2010年08月30日

10/08/29


ヨシノブはまた扁桃腺が腫れて頭がすっきりしないので、前はブログに書こうと思っていたことが幾つかあったのにもう何も書く気がしない。義務なんてないのだから書かなくていいことではあるが、が、と書いてみたが前半から反転する続きが何もなかった。
最近は人が死ぬ夢を立て続けにみました。気分が悪いです。最新の夢は、タイは仏教が盛んだから、と思いながら目を覚ましたが内容を覚えていません。
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2010年08月28日

今週のバナナ



Q.
凍ったバナナで釘が打てるだなんて言うけどよ、そのバナナで泣きながら土下座して
御経みたいに「ゆるしてください」って繰り返してる痩せ細ったお婆さんを打てるのかよ!



A.
打てます。連打可。

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2010年08月26日

Fate改訂案

それで、批判の傍ら私が書いてみたFate/stay night改訂版がこれである。
バーサーカーとの森での戦闘を控えた場面をリライトした。




-------------------




セイバーの魔力を補充するためにはキスをしなければならない。
遠坂は必要と方法を簡単に説明すると、「見張りをしてくる!」と怒ったように言って、ぷいと外へ出て行ってしまった。きっと俺があまりにもポカンとしていたせいだろう。

……む。
ポカンとしていたのも無理はない。セイバーとキスというだけでも心の準備が足りないのに、それは単純に唇と唇を合わせればいいものではなく、どうも、その、濃厚にいたさなければならない、らしい。本当はもっと直接的に魔力を繋げる方法もあるらしいが、それよりかはこっちがいいそうだ。何がいいのか訊いたけれど、遠坂はキッと睨んで答えてくれなかった。こんな時間のないときに余計な質問をするな! というわけだろう。
セイバーとキス。嫌ではない。決して嫌ではない。そりゃあしたいのだけれど、セイバーの気持ちもあるし、でも、これは必要なことで、それに、セイバーは女の子で、いや、相手が男だったらいいわけではなくて、ただでさえ女の子とキスをするなんて大事なのに、セイバーは美人すぎて、いや、それは望むところなのだけれど、お、女の子と、あの、それもセイバーのこと嫌いじゃないというか、あの、好……っ!!


ぐるぐるする頭の中がぴたっと止まったのは、月光に照らされたセイバーがこっちを見ていることに気がついたからだ。

「シロウ、時間がありません。早く始めましょう」

俺をまっすぐに見つめる真剣な表情に、自分を恥じた。今、俺たちがどれほどのものを抱えてバーサーカーに挑もうとしているのか。さっきまで浮き足だっていた自分を殴りつけたい。

「よ、よし。セイバー、やるぞ」
「はい」

とはいったものの、どうすればよいのだろうか。
セイバーは握った拳を真っ直ぐに下ろし、直立不動でこちらの出方を待っている。
このままただ顔同士をくっつけあわせるというのも変な体勢だ。ならば、いつだったかドラマで見たような格好で……。あれは桜と藤ねえと三人でいるときだったな。桜が恥ずかしがって俯いてしまったのを見て俺まで恥ずかしくなってしまい、それを藤ねえがニヤニヤしながら……。
……いけない。今はそんなことまで思い出している場合ではない。現実逃避するな! 前を向け!

目の前には、セイバーの顔。

「―――っ!」

落ち着け。落ち着け。これは必要なことなんだ。
早鐘のように打つ心臓に言い聞かせる。震える手を叱り付ける。
ドラマの見よう見真似で、セイバーの両肩へ手を載せる。瞬間、セイバーがぴくんとしたのは気のせいだろう。これは俺の震えだ。自分の決意を固めるように、指先へ少し力を込める。
……柔らかさが見て取れる頬。これがあの人知を超えた戦いを知る少女の肌だと、誰が思うであろう。
……絹のような金色の髪。月光を浴びているから、こんなにも美しいのだろうか。それともこの髪が月光を美しく輝かせているのだろうか。
……覚悟を秘めて大きく澄んだ瞳。……至近距離で視線がぶつかる。

「……すまない、目を閉じていてもらうと助かる」
「わかりました」

まじまじと見詰め合ってしまって、心は大きくふらついた。今まで女の子とこんなにも間近で見詰め合ったことがあっただろうか。ない。即座に否定できるのが悲しい。
心の体勢を整えるため、深呼吸する。これはやましいことではない。マスターとしての最善を尽くすための義務だ。落ち着け。セイバーがこんなにも堂々としているのに、俺が緊張していちゃみっともない。
……よし、やるぞ。

一歩踏み出し、セイバーの体を引き寄せる。軽く首を傾けて、セイバーの顔へ自分の顔を近づけてゆく。
その時、微かにセイバーの前髪が揺れているのに気づいた。風? いや、違う。そうか、セイバーも緊張してるんだ。よく見れば握られた拳も、微かに震えている。これからはじまるキスに、身を硬くしているんだ。
危うく踏み外すところだった。
義務でキスをするだなんて。

どんな状況だろうと
どんな境遇だろうと

……セイバーは、女の子だ。

引き寄せていたセイバーの体を離した。セイバーが疑問と戸惑いと微かな安堵の入り交じった目を開く。
至近距離で視線がぶつかる。でも、今度は逃げない。その目を見据えて、宣言する。

「聖杯戦争とか、マスターの義務とか、そういうのは抜きにして、俺は、気持ちを込めてキスをしたい」
「シロウ? それはどういう……」
「だって、セイバーは女の子じゃないか」
「!」

一気に引き寄せて唇を重ねた。言葉にするのはこれが精一杯だった。これ以上説明してどうなる? 今必要なのは説明や議論じゃない。戦いに明け暮れる英雄ではなく、女の子としてセイバーを見て何がおかしい。俺はセイバーにもっと人間としての営みを知って欲しい。みんなで食卓を囲むことや、何気ない会話、桜や藤ねえとのふれあい、ああいうの、今まで無かったんだろ? いくら王で英雄だろうと、セイバーはそもそも人間じゃないか。呼び出されて戦うだけの存在だなんて哀しいじゃないか。束の間でも、人間として、女の子として、生きて欲しい。彼女が望まないキスかもしれないけど、俺はせめてマスターではなく、男としてキスをする。何より、もう堪えきれなかった。

あの剣戟から身を守る甲冑から露出させるにはあまりに無防備すぎる、柔らかな唇の膨らみを、食むように、貪るように。
体温と肉の感触。
俺の舌先が、セイバーの舌先に触れた。





「巨大チンポ祭りよ!」






血相を変えて部屋へ飛び込んできた遠坂から急き立てられ、俺たちは戸惑いながら外へ出た。
「わーっしょい、わーっしょい」
今までどこに姿を隠していたのか、サーヴァントたちが一台の御輿を担いで森を練り歩いている。
誰もが法被を着て、頭には鉢巻を締めていた。
バーサーカーだけは体が大きすぎて御輿を担げなかったからであろう、御輿の周りを踊るように回りながら、「祭」と描かれた大きな内輪を振り立てている。
殺し合いをしていたサーヴァントたちが何故!?
それも御輿に乗っているアレは……、多分、いや、間違いなく、……男根だ!
「チンポだチンポだ、わっしょいわっしょい!」
ピンク色に塗られた巨大な男根の張型が、担ぎ手によって縦横無尽に揺れる。
日傘を差している間桐臓硯が俺たちに気付き、声をかけてきた。
「聖杯戦争が中止になってのう、かわりにチンポ祭りじゃ!」


永い戦いの歴史に、終止符が打たれた。
これからの歴史が、平和で輝いたのだ。


END

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2010年08月25日

10/08/24


おい、しょうゆくれよ
しょうゆなんて持ってませんよ
ああ? 小さい容器に入ったしょうゆ持ってんだろ? 赤いキャップの!
持ってませんよぅ
出せっつってんだろコラッ! ……ほら、持ってんじゃねえか。寄越せよ!
あっ、ダメです、取らないでください、それは
…………テメエ、これソースじゃねえかッ!
だからしょうゆ持ってないって言ったのに〜
こら〜! 何をしとるか〜!
やべぇ、先公に見つかった!
お前また……。この野郎!
だってよう、俺しょうゆ持ってねえんだよ! しょうゆ持ってねえんだよ!!
ほら
あっ、うわー、すっげ、しょうゆのボトルだあ〜〜〜
今日からこれを使え
ええっ、でも、これ1.5Lもあるのに、いいのかよ……
構わん、お前のしょうゆだ
先生!


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2010年08月24日

10/08/22



同じ2010年7月号の「正論」と「文藝春秋」で立川談志のインタビュー記事が載った。両方とも談志の高座復帰を受けたものだから、当然、話の中身の大分重なる。
正論聞き手 桑原聡、文藝春秋聞き手 福田和也。

復帰高座の出来は吉川潮がダメと断言し、談志もそれを受け入れている。談志はもう何もかも面倒で何にも興味がないような状態。死んだときには号泣したくらい好きなフレッド・アステアにも、今はちっとも興味がないという。
記事は春秋の時のほうがちょっと体調が良かったような感じ。正論はたち日から石原慎太郎の話を絡めたがるのが正論らしかった。



8月5日、稲垣武死去。享年75。
少し前、訃報を知らずに押し入れへ数年間仕舞いっぱなしだった「朝日新聞血風録」を引っ張り出したばかり。「血風録」も「悪魔祓いの戦後史」も良書。


書きたいことがあるが、書くに書けない。


今のムシキングって、虫が合体して恐竜や巨人になるんだって。
なんだそれは。
ムシキング合虫ガッツ!!
http://gacchuguts.com/
ガッツがあれば合体できるという精神論なのか。



2010.08.21
『チャージマン研!』公式サイトをオープンしました。


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2010年08月23日

夫子曰く

wikipediaの水木しげる記事を読んでいると、こう書いてあった。

作家の京極夏彦曰く、『水木作品の中の最高傑作は水木しげる』と、その人柄そのものを褒め称えている(TOKYO FM『サントリー・サタデー・ウェイティング・バー』2010年7月3日放送分より)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%9C%A8%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B

どのような放送だったのかは知らない。京極が水木をこんなオリジナルフレーズで評したかのように読める。しかし、私は別人の言としてこの表現を知っている。


 水木しげる80の秘密

発行年月:2002年07月

漫画家水木しげる御歳80歳。ボケを自認しながら今なお見る人すべてを魅了するその秘密を、荒俣宏氏や京極夏彦氏をはじめ、つながりの深い人々に様々な視点で語ってもらう画業50年記念愛蔵版。未発表作品も収録。

【目次】(「BOOK」データベースより)
未完・未発表描き下ろし作品―三味線の皮/「大先生」水木しげるの傘寿を祝す/水木しげる幻想譚シリーズメモ―水木しげる劇場を紙上で構想する/地獄に行かぬ鬼太郎―鬼太郎サーガの巧緻な構造を探ってみる/前代未聞の珍放送―水木先生のTV名場面を観る/水木しげるの大々冒険―冒険家・水木しげると仰天の旅をする/水木漫画御馳走帖―水木漫画を美味しく(?)読む/世界妖怪協会と『怪』―いかにして世界妖怪協会は誕生したか/「水木話」総集篇―水木しげるの最高傑作は「水木しげる」である/水木漫画の擬音語―水木漫画は「バオーン」にはじまる/水木夫人インタビュー―夫・水木しげるの思い出を語る

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
水木しげる(ミズキシゲル)
冒険家、妖怪研究家、漫画家

荒俣宏(アラマタヒロシ)
作家、博物学者

佐野史郎(サノシロウ)
俳優、作家

京極夏彦(キョウゴクナツヒコ)
作家、デザイナー

南伸坊(ミナミシンボウ)
イラストレーター、装丁家

大泉実成(オオイズミミツナリ)
ノンフィクション作家

南條竹則(ナンジョウタケノリ)
作家

多田克己(タダカツミ)
妖怪研究家

呉智英(クレトモフサ)
評論家

村上健司(ムラカミケンジ)
伝説・妖怪愛好家、ライター

武良布枝(ムラヌノエ)
水木しげる夫人(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



http://books.rakuten.co.jp/rb/%E6%B0%B4%E6%9C%A8%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B80%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86-%E6%B0%B4%E6%9C%A8%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B-9784048837637/item/1470150/


私はこの本を読んでいないが、呉の文庫本「犬儒派だもの」(2006年発行)に『水木しげるの最高傑作としての「水木しげる」』という見出しで再録されているものを読んだ。その小見出しには『十年早い水木話の総集篇』とある。見出し以外で最高傑作云々という表現が出てくるのは結末部分だけだ。

(大いに「天然」なところがある水木だが、意識してそういう言動をしている部分もあることに呉は作品から気付く)
考えてみれば、当然だろう。天然だけで作品が作れるわけがない。風刺作品のみならず妖怪作品にも見られるユーモラスな表現は、水木しげるが睡眠時間を削り、苦しみながら呻きながら、必死で生み出したものだ。
しかし、ひょっとしたら、水木しげるの最高傑作は、何の作為もなく天然のまま形作られた水木しげるその人であるかもしれない。


ここを読むに、最高傑作云々の言い回しは既存の表現ではなく、呉が発明したかのように受け取れる。『80の秘密』には京極も参加している。京極が呉の文章を読んで言い回しを気に入ってラジオでも使った、ということではないだろうか。(断言はしない)
呉も使っているのに、京極だけの言としてwikipediaに載る。
知名度の差か。哀しいなあ。



追記 11/01/12


11/01/12現在、wikipediaでの記載はこうなっています。

評論家の呉智英は、水木論『水木しげるの最高傑作は、水木しげるである』において「ひょっとしたら、水木しげるの最高傑作は水木しげるかもしれない」と賞賛(『犬儒派だもの』所収)し、作家の京極夏彦もラジオ番組(TOKYO FM『サントリー・サタデー・ウェイティング・バー』2010年7月3日放送分より)で同様の発言をしている。

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2010年08月22日

今週のドラえもん


「ド、ドラえもん、純粋な学術的好奇心から質問するけど、未来には、美少女型メイドロボットが存在しているのですか?
「あるよ
「未来の殿方はそのロボットに御奉仕されまくりですか?
「そうだよ
「そのロボットください!

「わあ、確かに美少女型ロボットだあ。こ、この『御奉仕』っていうボタンを押せば極楽ですか?
「そうだよ
「ろらえもん、く、くひ、ロボットが首を絞めへるんだけど……
「冥土ロボットだから
「へ
「自殺用ロボットだよ
「なるほろ
「どう、気分は
「首絞めだけに超苦しい (chokeるしい)
「ハハハ、ナイス辞世の句

ハグしちゃお
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2010年08月21日

想い出の作家たち2




想い出の作家たち2  文藝春秋


作家の肉親や妻に想い出を語ってもらったインタビュー集。
対象となった作家は 石川達三、子母澤寛、立原正秋、山本周五郎、向田邦子、幸田文、井上靖、十返肇、有馬頼義、今東光、寺山修司。

身内の前で見せる作家の日常が、砕けた雰囲気で語られている。
勿論、対象作家の作品を知っているほうが面白い(はず)。私が読んでいるのは、山本が彼の関わった『日本残酷物語』を一冊、向田、幸田は数冊、十返は『「文壇」崩壊論』がひとつ、今が一冊、寺山が比較的多い。その大半は持っていた印象と違う人物像で、変わらないのは今と幸田だけ。ただ、幸田に関しては前にも増してその凄まじさを知った。
あと、有馬はその殿様一族ひっくるめて嫌な奴だと思った。

一番読んで一番思い入れのあるのは寺山。他所で彼について書かれた文章を読むと、奇奇怪怪の底知れぬ魔物の思想と知性みたいな話に終始していることが多いが、ここでは結構可愛らしい寺山が語られている。語るのは元妻の九条今日子。インタビュー収録は寺山の死から九年後のことである。(以下、引用文であるが細部を少し間違えている可能性あり)


・風呂が嫌い、電気が嫌いで、電球が切れてもかえられなかった

・「家出のすすめ」という本は文化庁とか教育委員会のようなところから、若い人をあんまり扇動してもらっては困るみたいなことを言われたんです。寺山もちょっとクシュンとしていました。

・競馬好きの病が昂じてとうとう自分でも「ユリシーズ」という馬を持ちました。名前がカッコいいし、馬主寺山修司と出るものだから、いつも人気になるんですが、なかなか勝てなかった。その馬、ちょっと頭が弱くて、コーナーを曲がるのが下手で、曲がらないでそのまま真っ直ぐを走っちゃうんです(笑)。あれにはびっくりしました。寺山はまたこの馬のそういうところが大好きでした。
 (寺山は「厩舎が大好きだから早く帰りたいんだよ」と馬を庇ったらしい)

・海外では方々から賞をもらっていますが、日本では映画もさっぱり人が入らなくて、いつもがっかりしていました(笑)。「田園に死す」は寺山の自伝的映画ということで、今はどこで上映しても大入り満員なんです。昭和四十九年に封切った頃は全然入らなかったです。寺山と私が映画館の窓口に行って、映画の切符を十枚ずつ買うんです。それでその辺を歩いている人に「この映画、面白いから観てってよ」「おたく、この監督なの?」「そうなんだ、切符をあげるからとにかく入って観てよ」という感じでした(笑)


文化庁や教育委員会から叱られて落ち込む寺山。客が入らなくてがっかりする寺山。「面白いからとにかく入って観てよ」というしょうもない誘い文句。本の中の格好良さは何処へやら。ああ、楽しい。そして寺山に声を掛けられた人が羨ましい。

寺山没後二十年に出た文藝別冊の寺山特集本でも九条が話をしていて、大体の内容はこの本と同じで、製作が楽しかった、金がなかった、沢山の人と関わった、というのがメインなのだけど、この『想い出の作家たち』のほうが面白い。



夏が来ると寺山のこの短歌を思い出す。

 海を知らぬ少女の前に 麦藁帽のわれは両手をひろげていたり

寺山には尖がった格好良い短歌が多く(「鶏頭の首なしの茎流したる川こそ渡れわが地獄変」「見るために両瞼をふかく裂かむとす剃刀の刃に地平をうつし 」など)、こういうのは珍しかったと記憶している。
幼少から病院暮らしをしている長い黒髪の少女が、ベッドから半身を起して麦藁帽の少年から見たことのない海の話を聴いている。夏休み、遠方からこの地にやって来て(多分、少年は友達と離れてこの地に来るのが嫌だった)、何かの事情で病院を訪れた少年は、ひょんなことから少女と出会い、少女にとっては初めての同世代の友達となった。というのが、私の想像する情景だ。

最近、ある人の作った俳句が寺山っぽくて感心した。
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2010年08月20日

10/08/19

(今日の日記の前半は、諸事情と各方面への配慮によって掲載できなくなりました。)


偶然見つけたコスプレイヤーの写真がひどい。目が死んでいるという表現があるが、この人はまるで眼球が腐敗しているようだ。
私は基本的に顔のことを悪い方へどうこう言うのは好きではないため、これ以上のことは書けぬ。リンクを貼るので各自見よ。


(各自見よ、なんて書いたけど、こういうのは気が乗らないんだよね。かわりに全く別の人のリンクを用意しましたので、そっちを各自見よ。いや、見なくていい。未成年は見るな。何でこっちを貼るのは平気なんだろう。俺は今暑いのと心配事で頭がよく回らないんだ。今日の前半だってそう。http://www.dmm.co.jp/mono/dvd/-/detail/=/cid=36lsaj003/
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2010年08月19日

10/08/18 エジプト


エジプトの発掘品の展示会に行ってきたよ。あの教授の。
出土したオシリスやアヌビスの像があってさ、ああいうのを部屋に飾りたいと思ったね。オシリスなんかさあ、空を飛んでいると思しき像があるのだが、そのポーズが、うつ伏せで手足を真っ直ぐに伸ばした状態から頭だけ正面を向いているの。舞空術に近いね。これって人類文明の最初期に考えられた人間の形による飛行形態なわけでしょう。霊感というか何かビビビと来るものがありました。
なぜ売店であの像の複製を売らないのだろう。買うのに。宗教的な配慮だろうか。


あの教授、エジプト人と結婚(現在離婚)していて、その人の地元ではエジプト人はエジプト人としか結婚できない風習か何かがあるんだけど、教授が「私は本当はエジプトに生まれるはずだったが、間違って日本に生まれてしまった」と言ったら、結婚を許されたそうだ。
テレビで本人が話していた話。
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2010年08月18日

10/08/17



生きていて何か楽しいことでもあるっていうんですか、この私に。
夢も希望も金もない、この私に。
だいたい、私が死んで誰が困るっていうんです。
私に生きている必要があるんですか。
生きていることが無駄なので死にます。
明日死にます。


私は今、脳が少し煮えているので文章が粗くなってしまうが、たまにはこういうことを書いておかないといけない、というのは、私如きが何の臆面も迷いも葛藤も屈託もなく生きているように思われては困るので、定期的に、胸を張って生きているわけじゃないのですよ、という姿勢を見せておく必要があるのだ。当然、「ヨシノブさん死んだら困る!」なんて反応が欲しいわけではないし、虚飾に満ちたブログ上の私しか知らないような人からそんなこと言われた日には、怒るよりも恥ずかしくて死にたい。
ですから、明日死ぬというのは真っ赤な嘘です。年内は末まで予定があるので、死ぬのは早くても来年です。残念でした。

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2010年08月17日

10/08/16

思わぬところで私を呼び止めた男の顔は、どこかで見たような顔である。
「誰だかわからないって顔してるな。Sだよ」
ああ、Sだ。すっかり老けているがSだ。俺はまた別の奴だと思って、それにしては顔が違うようだから何奴だろうと思っていたところだ。
Sとは成人してから会ったことがなかった。
「ああ、Sか。あれ、こんなに背が高かったっけ」
「ああ、背が高かったよ」
ムニャムニャと少しばかり言葉を交わして別れた。


中学で初めて同じクラスになったSは、最初から私を馬鹿にした態度を取り、私は「何だコイツ」と思ってまともに取り合わずにいた。やがてSの私を馬鹿にする態度は幾らか大人しくなり、馴れ馴れしく友達面をするようになる。それは私と仲が良くなった某がクラスの中心的人物になったことと関係があるように思う。私とSとの間に仲が良くなるような出来事はひとつもなかった。私は声を掛けられれば口をきくものの、内心Sのことを「何を友達面してんだコイツ」とずっと思っていた。
Sは大人しい奴にはどこか馬鹿にした態度を取るので嫌われ、クラスの中心人物には何も言えず相手にされていなかった。我が学年には気のいい連中が多かったので、表立ってSが村八分にされることはなかったが、彼に親しい友達はいなかったように思う。
後に某と私は影でSを馬鹿にするようになる。


Sとの思わぬ再会を遂げた私の胸に浮かんだ思いは、「何を友達面してんだコイツ」であった。他には「無視してほしかった」「会わなくていい人リストに入っていたのに」等。私はお前のふざけた態度を忘れていません。
ヨシノブさんはそうやって、いつまでも昔のことをグチグチ言うから友達がいないんですよ。
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2010年08月13日

野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して


人間いつか死にます。もしかしたら明日、いえ、今日にでも死ぬかもしれません。
私はこのブログに書きたいことが幾つかあるのですが、なかでも、書き残しておかなければならない、と使命感すら抱いていることがひとつあります。
それは『野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して』についてです。
私は残念ながらこの番組を見ておりません。後にネットの書き込みでこの番組のことを知り、調べ、見逃がしたことを大変後悔しました。

私は2008年に「フジテレビ知っ得情報」というフジテレビのページで番組の概略を知り、いつかこのブログにそのページのリンクを貼って紹介しようと思っていたのですが、出し惜しみしているうちにページが消されてしまいました。いまやネット上にページのデータは残っていないようです。

ところが、私のパソコンにはこのページが保存されています。元のページが現存しない今、私にはこれを公開する使命がある、とは思っていたのですが、ずるずると出し惜しみしていました。ごめんなさい。しかし、人間いつ死ぬかわからないという事実と向き合い、私が死ぬことは『野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して』についての重要な資料が永久に失われてしまうことを意味するのではないかと気付いたため、ここにページの全文転載を決行します。あなたがいつか2001年3月20日(火・祝)にタイムスリップすることがあったら、午後2:08〜3:25はフジテレビを見てください。











野村宏伸が、食料調達に苦しみ、苛立ち、孤独に苛まれる…
サバイバル生活で見つけたのは、生か死か? 希望か絶望か? 感嘆か畏怖か?
孤島での生活を描く冒険ドキュメント。
東京電力スペシャル 夢ある社会へ
『野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して』
<3月20日(火・祝)午後2:08〜3:25放送>



■俳優・野村宏伸 孤島への旅立ち
  名作『ロビンソン・クルーソー漂流記』には、実在のモデルがいた! そのことを知った俳優・野村宏伸は、今年1月22日、日本の裏側・南米チリの太平洋上に浮かぶ孤島・ロビンソンクルーソー島に向けて旅立った。『ロビンソン・クルーソー漂流記』のモデルになったアレクサンダー・セルカークが4年4カ月にわたって一人で暮らしたその島で、彼の足跡を追いかけ、そのサバイバルな生活を追体験するために…。

 この島で野村が行うのは、雨露をしのげる寝床を作り、水を汲み、自分で食料を調達する7日間の単身サバイバル生活。物質的にも恵まれた日本で何不自由なく暮らしている野村が、セルカークの無人島生活を追体験する中で何を感じ、そして彼の中で何が変わるのかをカメラは追う。

■ロビンソンクルーソー島
  大海原にポツンと浮かぶロビンソンクルーソー島。セルカークが生活していた当時は無人島だったこの島も、大陸からの入植によって現在は約700人の島民が生活している。大陸から600キロ以上も離れていることもあり、生活用品等は月に一度船で運ばれて来ることになっているが、天候などに左右されることも多く、物資が不足しがちというのが現状である。
 しかし、厳しい生活環境にもかかわらず島の人々の表情は明るく、どこか楽天的。目と目が合えばどちらともなく「Ora!」と陽気に挨拶するのがこの島での暗黙のルールだ。野村もすぐにこのルールに従い、人懐っこい笑顔で陽気に話しかける。動物好きの野村は犬・ロバ・馬など島の動物にも興味津々の様子。

■サバイバル生活の準備
 ロビンソンクルーソー島に到着した野村は、3日間かけて島を歩き回り、1週間のサバイバル生活をする場所を決めた。それは、(1)海に近く、(2)飲み水確保が容易で、(3)住居を作りやすい木の繁みもしくは洞窟があり、(4)こちらからは海が見渡せるが海からは発見されにくい場所。「ポルト・イングレス」。
 次に野村は、この島で生まれ育ったガイドのダニエルから島の動植物についてのレクチャーを受ける。島には世界でもここにしか自生していないパンゲと呼ばれる植物などの固有種がたくさんあり、木の実や草など食べられるものも豊富である。食べられる野草と毒草の区別などをひとつひとつ覚えて自給自足の生活に備える。翌日からは自分で食糧を確保しなければならないとあって、ダニエルの説明に耳を傾ける野村の表情は真剣そのもの。

■孤独との闘い セルカーク的生活スタート
 1月28日、いよいよサバイバル生活が始まる。野村は、生活するのに最低限必要な物だけ(米2キロ、塩、釣り針、たこ糸など)をスタッフから受け取り、自身で決めたポイントにテントを張ろうとするが、慣れない作業のためなかなかうまくいかない。火をつけるのにも30分もかかってしまうなど、先が思いやられるスタート。

<撮影方法>
 今回、野村にはセルカークの味わった孤独感を経験してもらうため、カメラは遠くから望遠で狙い、スタッフはもとよりカメラマンも接触しない方法をとった。そして、一台のビデオカメラを野村に渡し、毎日の生活の様子、感じたことなどのモノローグを自身で撮影してもらう。

 初日の野村ビデオには早くも不安な心境が垣間みられる。
 「川のせせらぎがうるさいです。寂しいような、まだ始まったばかりなんで少し怖いような、ちょっと楽しみなような…」

■2日目 魚釣り
  スタッフから渡された鈎針とたこ糸で釣りを始めるが…
 「針を一本折ってしまいました。もう一本の針を使ってカニをえさにして魚を釣ろうとしたんですが、なかなかうまくいかず、結局失敗に終わりました。そういうわけで本日の夕食もおかずはありません」

■3日目 再び魚釣り
  もう一本の針も折ってしまう。
 「おかずは海藻だけです。晩飯を考えるのが苦痛。めしを喰う時がむなしい」

■4日目 甘えが…
 朝、ディレクターが野村に一通の手紙を渡した。魚を釣る以外に食糧を手に入れるなどの生きるための創意工夫を見せない野村に苛立ちを覚えたからだ。
 「セルカークが当時どのようにして一人この島でもがき苦しみながらも生きようとしたのかを考えて下さい」
 この手紙を読んだ野村はビデオに向かって次のように言っている。
「確かに俺はどっかで甘えがあって、生きなければならないという重大なテーマがあるのにまだ自分には意識として欠けている部分がある。セルカークの気持ちをわかろう
としていろいろ試みるんですが、これがなかなかうまくいかず…」
 この日、野村は初めて魚を釣り上げた。しかし、突然の雨に降られ火が着けられず、苛立ちの怒声を残してテントへ。草と貝を少し食べただけで就寝。

■5日目 変化の兆し? 寝床作り
 午前中から精力的に草木を使った寝床作りに励む。何かを吹っ切るように黙々と作業 する野村だが、体調は万全と言えないようだ。
 「体中を何十カ所も何かに噛まれて、昨日はよく寝ることが出来ませんでした。…痒い、痒いです…」

■6日目 食べる喜び
 ようやく自分で釣った魚を食べることに成功。
 「些細なことでもいいですから、食べられる嬉しさというのを感じました」

■7日目 再び苛立ち
 サバイバル生活も残すところあと一日。思い描いていたようにうまくいかない自分に苛立つかのように時に声を荒げ、突然倒れ込み、動かなくなったりする。  「ここ3日間はほとんど何も食べていません。風が強いので今夜は眠れるか心配です」

■サバイバル生活終了
 2月4日、朝。遠くから接近してくるスタッフを認めた野村は、頬に涙を流しながら感極まった。そして、じっくりと言葉を選ぶように孤独で過酷なサバイバル生活を振り返った。
 「いろんな感情があるんですが…。長いようで短い一週間でした。食べたいという気持ちよりも、人に会いたいとか接したいという気持ちが一番強かった」
 このあと野村は、用意されたおにぎりと味噌汁をじっくりと味わった。 ■セルカークの住居跡探し
 この番組制作のきっかけとなった『ロビンソン・クルーソーを探して』(新潮社刊)の著者・高橋大輔氏によるセルカークの住居跡探しも紹介する。様々な文献を丹念に読 み解き、6年以上に及ぶ研究の結果、高橋氏はセルカークの住居があった地点の地理的 条件を導き出した。そして、その条件を完全に満たす遺跡が島民の案内で番組取材中に 偶然見つかり、そこから土器が出土した。野村と高橋の2人は、その土器の年代測定を 依頼。結果次第では、これまで特定されていなかったセルカークの住居跡という大発見 の可能性も。

■野村宏伸コメント
 「男なら誰にでもある、“無人島で生活してみたい”という夢。だけど、大人になると、時間もなくて、それは到底実現できない夢なのだということを悟ってしまいます。だから、お話しをいただいて、自分も35歳になり、結婚もし、こんな機会は滅多にないことと思い、引き受けました。
 実際に一週間の体験を通して、都会生活では忘れてしまいがちな、“生きること”“食べること”の大切さ、孤独の辛さを感じ入り、短い期間ではありましたが、セルカークの気落ちを追体験することができました。自分自身、作品の出来上がりがとても楽しみです」

■スタッフコメント
 高橋和男プロデューサー:
 「ロビンソン・クルーソーは男なら誰しも少年時代に一度は通り過ぎます。クルーソーは実は実話で、クルーソーのモデルとなった人物がいると聞きました。実在の人物が実際に住んでいた島が残っているのは、番組としてつかみはOKだなと思い、番組化を決定しました。セルカークの体験した4年4ヶ月を追体験するのは無理だけど、野村さんにテレビスタッフがいる状況ではあるけれど、彼の感じた孤独感などを追体験していただきました。野村さんは都会っぽいイメージがあり、アウトドアが特に得意なわけではないけれど、体力・気力があるうちに経験してもらいたいと思いました」

 井坂聡監督:
 「こういった企画は、誰の心の中に潜んでいる冒険心を掻き立てるもの。自身も何かを感じとれれば、発見できればという思いを抱いて、野村くんと共に島に行ってきた。この番組を見ていただいた方にも、何かを感じとっていただければ嬉しい」

<番組タイトル>
  東京電力スペシャル 夢ある社会へ
  『野村宏伸のロビンソン・クルーソーを探して』

<放送日時>
  3月20日(火・祝)午後2:08〜午後3:25放送

<出  演>
  野村 宏伸

<スタッフ>
  原    作:高橋 大輔
         (『ロビンソン・クルーソーを探して』新潮社刊)
  プロデュース:高橋 和男
         大島  正
         竹山 昌利
  監    督:井坂  聡原
  構    成:岩井田洋光
  撮    影:佐野 哲郎
  制作協力  :日本テレワーク
  制作著作  :フジテレビ

2001年3月6日発行「パブペパNo.01-82」 フジテレビ広報部

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2010年08月12日

今週の収支報告



じゅーしぃエイジは本来の発売日から1年ほど遅れ、2010年7月30日に無事発売されました。
2009年7月8日に注文した君が入金するかどうか不安でしたが、買ったんだね。
アマゾンレビューに「今時、定価8000円で容量256M」と書いてあってビビりました。
同人ゲームならまだしも、商業ゲームで今時256Mといえば無料体験版の容量です。
メーカーサイトの商品説明を確認しましたが、容量どころか必要PCスペックの表記すらありませんでした。

じゅーしぃエイジ紹介ページ
http://www.complets.co.jp/complet's/jamain.html
(シンプルに徹したページ内容と評してもいいが、さすがにトップページで
 「for CD-ROM」の字が半分切れているのはちと体裁が悪いのでは……)


そして栄えある先月のMVPは「PSD-36 マルチハンドシュレッダー」です。
(じゅーしぃエイジは既にMVPの殿堂入りをしています)
私は手動のシュレッダーを使うのが初めてで、使うのが意味もなく楽しいです。「呪いのローラー」なんて呟いてしまいます。

*呪いのローラーとは!?*
正義超人ジェロニモ(実は超人ではなく人間だった)に敗北した悪魔超人サンシャインだったが、悪魔超人アシュラマンと共に「はぐれ悪魔超人コンビ」として宇宙超人タッグトーナメントのリングに立った彼は胸部に二つのローラーを組み込みパワーアップしていた。二つのローラーで挟み込んだ相手の体を押し潰してしまう必殺技こそが『呪いのローラー』である。正義超人キン肉マンと正義超人キン肉マングレート(正体は正義超人テリーマン)のタッグ「マッスル・ブラザーズ」との試合終盤、キン肉マングレートが『呪いのローラー』の餌食になろうとしたその時、キン肉マンがアシュラマンをローラーに向かって投げ込んだ。キン肉マングレートをローラーで潰せばアシュラマンまでも巻き込んでしまう。アシュラマンはこのまま自分ごとキン肉マングレートを潰せと言うが、サンシャインの取った行動は……!!












マルコビッチ大白抜き


    『マルコビッチはちょっと美容院に行ってきます。
     冷蔵庫にプリンが入っているのでおやつにどうぞ。
     いつものようにアフィリエイトを貼っておくので
     DVDを買ってください。』



 






ラベル:マルコビッチ
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2010年08月09日

サマーウォーズ・他

サマーウォーズ


ヱヴァ破公開の時、映画館に広告が出ていたのをよく覚えている。観るかどうか少し迷って、ヱヴァ破を2回観た。

金曜ロードショーにて。放送時間に合わせるため監督によって一部カットされている。
以下は短縮版の感想だから、完全版で解消されている不満や幻滅する満足があるかもしれぬ、と前書きしておく。

まず最初に思ったのは、声が下手。宣伝のための配役というのは、なんと不幸なことであろうかと俺は開始直後から気落ちする。

感想を一言にすると「面白くない」。
では、どのように面白くなかったかと言うと、赤点には達しないけれど、どこも合格点を超えることもなく過ぎてしまった2時間。赤点に達しなかったのは、CG技術が立派だったから。

ヒロイン。
夏希。主人公健二が惚れてる先輩。健二は高校2年生なので、2年前から、最低でも1年くらい前からは、彼女のことを知っているのだろう。私はこの映画で夏希を知ったばかりなので、記号として可愛いのはわかったけれども、彼女の何が魅力的なのかちっとも分らなかった。ひょっとして「可愛い」と「女」だけでヒロインやってないか。
バイトと称して健二を田舎に連れてきたのは恋人のふりをさせるためだったと事後報告。偽の恋人として健二に与えた経歴は初恋の男の経歴。それもアメリカ留学していたという、即興で演じるには無理のある設定。
この女の頭部に大した脳は詰まっていない感じがする。


最後の勝負がこいこいだったのは、雰囲気だけで選んでいるように思える。麻雀のようには戦略や選択肢がないし、ディーラーの裏をかくということもない。こいこいは自分と場と相手の取り札がわかっているのが重要な要素なのに、そこがあまり映されないので、ここで押すか引くかという緊迫感もない。(核爆発が迫っていることで緊迫感が補われている? それと勝負の緊迫感は別だろう)
ダイジェストとはいえ、三光だの赤丹だのがポンポン決まっていくのも興醒め。
山本夏彦が、仕切りを無くして相撲を取らせてもそれは相撲をしたことにはならない、取組みを片づけただけだ〈大意〉と言ってたのを思い出す。格好よく「こいこい」叫ぶところと経過があまり映らずに結果だけがポンポン流れていくのが、よく花札をしていた私には不満なのだろう。こいこいをやっているような演出だけど、それ片づけてるだけで花札じゃないや、と。


主要人物である婆さんは元気がいいが、就寝中に死ぬ。体に異常があるとナースコールみたいなものが作動して医者が駆けつけるはずだったが、OZの混乱のためそれは作動しなかった。婆さんはもう90歳だったし、その死を確認した医者は、機械が作動して駆けつけられたところで手遅れだった、と言う。
それまでAIラブマシーンの暴走は性質の悪い悪戯とか単なるシステムエラーくらいに思われている節があったが、この死によって、ラブマシ−ンは何としてでも討たねばならぬ相手だと主人公たちは認識する。
という認識でよろしいか。あのあたりを私は冷ややかな視線を向けていた。この場面に限らないのだけれど、人の生活や生き死にを機械任せにすることに疑いや葛藤がないんだ、この人々。死に際を機械にピコピコ騒がれるより、自然に死ぬほうがあの婆さんには似合っていたと思う。


親戚への、鬱陶しいけれど黙っているしかない不快感をよく表現できていた。あの、親戚がホームにどっしり構えて親しさと横柄の曖昧なところから接触してくる感じ。あの、事態をろくにわかってないのに口を出してくる感じ。言い分も聞かずに主人公を犯罪者扱いするところとか。私はいらいらしたが、相手はアニメなので黙っているしかなく不快だった。勝手に氷持ち出すな。


「時かけ」も私には不満だった。細田監督と女の趣味が合わないのかもしれぬ。








 HACHI

意外と出来はいいよ、とどっかで聞いていた気がしたが、気のせいだったのだろう。冒頭の30分を見逃したのが不味かったのか。
結局、何がよくなかったのかと考えると、ハチがあんまり可愛くねえのがいけない。顔つきが私の好みでなかったことは問題ではない。何が可愛くないって、あまり出演者に懐いている感じがしなかったんだ。話しかけられてもそっぽを向いていることがあるが、食い物にはまっしぐら。ハチを愛する人々の愛情が空回りしている感じ。でも脚本上はその愛情が成立している設定。みんなが毛布で包んでやろうとしているのに、スタスタ歩いて行っちゃう感じ。最後のほうのギアには懐いた感じがあるのだけれど、ギア1時間くらいで死んじゃう。
HACHIは実際のハチに顔が似ているのだけれど、そのせいで眼つきがぼんやりしていているのが映画としては映えなかった。
急に10年経過しちゃうのもよくない。ハチの顔を見上げるようにして背景に木と空が映り、木の葉が繁って枯れて散り、芽吹いて繁ってまた枯れて、というCG処理の早送りを繰り返して10年経過させちゃう。真面目な場面で出来の悪いCG見ると笑ってしまう。
もちろん、役者魂の感じられぬハチには何度も笑わされている。
こんなに笑っていては説得力がないかもしれぬが、つまらない映画だった。












正直、夏希よりカズマのほうが……。
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2010年08月03日

10/08/02



バナーイラストの美少女戦士セーラームーンさんの台詞に変更がないのは、
『司法が許しても このセーラームーンが許さんぜよ!
 天に代わって我が討つ! 成敗じゃ!!』
という台詞に変えようとしたら、文字数が多すぎてうまく収まらなかったためです。


戦国BASARA、まつが白菜を持っていたが、日本で白菜が普及するのは明治以後という豆知識。


公園で浴衣姿や水商売風の女が、機材を抱えた連中から写真撮影をされている。
タウン誌の表紙といった印象。見ず知らずの連中だけど、待ち時間に女どもがタバコをプカプカ吹かしているのに何故かがっかりした。
後で考えてみると、喫い方が格好悪かった。安っぽい。
女に煙草はあまり似合わないと思う。ぱっと思いつくもので似合うのは、遊女の長煙管、中高年労働者が休憩時間にのんびり一服、くらい。キャリアウーマン風と煙草の組み合わせは創作物に珍しくないけれど、現実には格好付けすぎだと思う。(じゃあお前は遊女が長煙管咥えてるの現実に見たことあるのか)



数日更新しません

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2010年08月02日

10/08/01


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「わー ワニラが出たぞー」 逃げ惑う人々
ワニラはワニが巨大化した怪獣である


100602_2315_02.jpg

ゴー ビルに向かって口から怪光線を発射するワニラ
ワーワー 逃げ惑う人々
光線の中身はゴジラが吐いているものとだいたい同じ


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ドン ワニラの巨大な足の前では自動車もまるで玩具だ
ワーワー ワニラに踏まれる人々


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ズシーン 人々の列を踏み潰してゆくワニラ
「今、生キャラメルの行列に並んでるから逃げられない」 列の先頭
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2010年08月01日

メモリ増設

パソコン内部の埃掃除をしたらパソコンが起動しなくなる。
パソコン屋にある修理コーナーに持ち込んで診てもらい、その場の診断で無事起動。店頭のモニタに映し出された我がパソコンのデスクトップ画面にはアイコンがゴミ箱しかなく、壁紙のスクール水着ムギ(けいおん!! 第11話「暑い!」のキャプチャー)がはっきりと確認できて俺は。




起動不能については大した話ではなかったので省く。
修理屋からメモリは最低1ギガないといけないと言われる。私のは256メガしかなく、明日にでも増設用メモリを買おうと思っていたところだった。今からやろうと思っていることをやれと言われると腹が立つが、大人なので黙っていた。この256メガ仕様パソコン売ったのはテメーの店じゃねえか! とも思ったが、大人なので黙っていた。お客さんが買った7年前とはもう時代が違うのです、とか言うんだろ。修理屋はCDドライブが壊れてますよ、トレイが開かない!と大いに驚いていたが、テメーの店で買って1カ月くらいでそうなったんだよバーカ!!  堅い木の棒で顔面を引っ叩いてやろうとしたが、手元に棒がなかったので止めた。外付けのDVDドライブを持っているので、いつもそちらで用を済ませている。
寛大にも店員の話をきいてやったところによると、現在のパソコンに要求される最低限の性能はメモリ1ギガでハードディスクには常時10ギガの空きが必要なんだそうだ。CPUは訊くの忘れた。私のは2.8ギガヘルツある。あと2年に一度はリカバリしないと、ウインドウズのプログラムがズレている恐れがあるというようなことを言われた。


後日、メモリを自分で増設した。マザーボードの種類から対応しているメモリの種類(DDR1とか2とか)を調べ、1ギガメモリを買う。電源ケーブルを抜き、静電気に気を付けてパソコンのカバーを開け、空きスロットにメモリを差し込み、カバーを閉じる。増設作業はそれだけ。
増設で動作がかなり軽くなった。256メガ時の、起動させた直後の動作の軽さが持続しているような印象。(何をさせても、というわけじゃないが)
高機能最新ゲームにはまだ物足りない性能だろうが、私には今のところこれで十分。あとで最大の2ギガまで増設してみたが、1ギガ時との違いははっきりと感じられず。


私が試したマザーボードの確認方法。このモデル番号で検索してメモリの対応種類を知る。

自作やショップ系メーカーのPCで、OSがXPなら表示させる方法はあります。
[スタート]→[プログラム]→[アクセサリ]→[システムツール]→[システム情報]→[システムの概要]
ここで右側の窓の「システムモデル」にあるのがそのマザーボードメーカーのモデル番号になります(製品名ではありません)。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1914234.html

増設方法は検索すると解説ページが沢山出てくる。



メモリー増設解説動画。素人ナレーションと「ディスクトップ編」のタイトルに、初心者が背伸びして作った動画だろうと思ったらIODATAの動画らしい。


先ほどはすんなりと増設したように書いたが、メモリを差し込んでもパソコンが認識してくれず5回ほどやり直している。ファミコンのカセットを本体に差し込むようには、きっちりと挟み込んではくれない。メモリは正しく差し込むと、それだけで両端の固定具が自然とメモリを噛むようになっているのだが、私は最初それがわからずに無理に固定具をメモリに噛ませようとしていた。


各種増設代行も兼務する修理屋の見積もりによると、私のパソコンを1ギガメモリマシンとするには、512メガのメモリを2枚計8500円と増設作業代2000円が必要とのことだったが、独力による私の出費は1ギガメモリ2枚計7000円をアマゾンで買っただけで済んだ。(今後メモリが正常に動き続けていることが観測できなければ、私の増設が成功したとはいえないが)
店による増設作業費用は全国どこでもおよそ2000円前後らしい。増設作業は本当に簡単で、他の作業をする時間をとられるとかテーブルチャージとか物品税とか店にも色々言い分はあるだろうが、事情を知らない素人の感覚からすれば、高すぎる。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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