2010年07月31日

地底旅行

地底旅行 ジュール・ヴェルヌ 朝比奈弘治訳  岩波文庫

読んでいなかったような気がしたので読む。思っていたよりも随分コミカルだったので、やっぱり読んでいなかったのだろう。
科学の進歩や未開の探検が楽天的に誇らしかった時代の冒険譚。
訳者の書いた解説に、古代の地層を辿りながら地球の深部へ向かうのを「精神分析的な観点からすれば無意識の深部へと向かう内面の旅でもあるだろう」、地球の内部空洞に海や光があったのを「起源の場所としての母の胎内のイメージを伴っていることは言うまでもないだろう」との指摘があるが、この手の精神分析が意味するものは一体何なのだろう。だからどーした、と私は思う。
尤もらしい理屈と言い回しで何かを探り当てたような事を言うものの、よく読んでみれば決めつけと中身のない精神分析というのは少なくないよーな気がする。(特に専門外の者やマスコミで大活躍の精神医がする)
この訳者の場合、地球内部の様子を「母の胎内のイメージを伴う」としつつ、そこに大量の骨が山と積まれていたり描写に地獄や冥王の登場する詩句が引用されていることから「地底はまた死の世界でもある」と言う。何とでも言えるじゃねーか、と私は思う。

ドイツ人のリーデンブロック教授のフルネームは、オットー・リーデンブロック。鴎外のところの長男坊と同じ名前だ。


挟まっていた栞によると、「竹馬の友」とは幼いころからの親しい付き合いを指すが、その語源ではこうだという。

出典は漢籍の『晋書』で、殷浩(いんこう)と並び称されるのを不満とした桓温(かんおん)が、彼は幼い頃私の捨てた竹馬で遊んだものだと自分の優位を吹聴した故事が転じた。仲良く遊んだ友と思いきや、意外。

キシリアの「私は4歳ごろのキャスバル坊やと遊んであげたことがあるんだよ」みたいな話ですね。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

朝の6時前


朝の6時前、東京をバッファローの大群が駆け抜けた。下水道で繁殖したバッファローが群れを成して地上に躍り出たのである。バッファローは丸の内から出現したという見方が強いが、何分早朝のことではっきりしたことがわからない。
群は国会を占拠し首相官邸を襲撃し、政府を乗っ取ってしまった。次々とバッファローに都合よく人間に不都合な法案が可決され、「人間駆除法」施行によって日本中の人間はバッファローから駆除された。

それから数年。独立バッファロー国家ブモモモモモー(旧日本国)は繁栄を極めた。何しろ人間とは馬力が違う。今や世界の中心であり頂点である。


朝の6時前、ブモフ(旧東京)をカウボーイの大群が駆け抜けた。下水道で繁殖したカウボーイが群れを成して地上に躍り出たのである。カウボーイはフゴブモー(旧丸の内)から出現したという見方が強いが、何分早朝のことではっきりしたことがわからない。
群れは国会を占拠し首相官邸を襲撃し、政府を……
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月29日

10/07/28

どうも腹がすっきりしないと思っていたが、原因が分かった。
科学的因果関係はないかもしれぬが、これ以上の原因があろうか。
気持ち悪くてまだ書けない。


26時間テレビが知らないうちに始まり、知らないうちに終わっていた。
うれしい。


筒井康隆『現代語裏辞典』からアトランダムに、期間限定
http://twitter.com/TsutsuiYasutaka

下らないけど上手いのが悔しい。

アビスの『悪魔の辞典』の「キャベツ」と「赤ちゃん」の項目(だったと思う)がNさんに大受けだったが、
もう何が書いてあったのか憶えていない。実家に文庫本があるはず。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

10/07/27

たまに臍のゴマが取れるようになって、ある日取ったそれをまじまじと見てみると、何かの蛹のような形状をしているように見えた。
虫眼鏡で見るが、虫眼鏡なんてもう何年も使ったことがないから最初はうまくみることが出来ない。しばらくして見えるようになると、やはりそれは生物だった。肌色で王蟲に似ており、背中に赤い突起がいくつもある。
私は驚いて叫び声をあげてしまう。父も虫眼鏡でそれを見た。(虫眼鏡は父の所有物である。平生、小さい字を読むのによく使っている)
父は見終わると虫を潰してしまった。私はまた叫び声をあげた。それ医者に診てもらうんだよ!

(この夢を見る原因となったであろう出来事は、気持ち悪くてまだ書けない)
ラベル:
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

今週のオクタビアヌス


☆オクタビアヌスを日本人らしい名前にしよう☆



オクタビのアヌス 
*大伴家持(おおとものやかもち)みたいに

オクタビアヌス左衛門

オクタビアヌスの助

オクタビアヌス次郎

オクタビアヌス麻呂

オクタビ山アヌス丸  
*武芸の達人と御見受けする

オクタビアヌスの守  
*役職名になっちゃった

こちらオクタビ区アヌス公園前派出所 
*今年も両さんのボーナスを狙ってアヌス商店街のみんなが……

君たち女の子(ゴーゴー) オクタビアヌスの子(ゴーゴー)
* ヘイヘイヘイ ヘイヘイヘイおいで遊ぼう 僕らの世界へ 走って行こう

オクタビどオクタビど猶わが生活アヌスならざり ぢっと手を見る
*???






今週のミュージックチャートTOP3

1 ラストシーン          アヌス卓球 feat. 七オクタビ人
2 オクタビ慕情          竜アヌス
3 そんなふたりのラブアヌス  オクタビ博満・オクタビ信子







※ ※ ※ 
今週のオクタビアヌス、どうでしたか? オクタビのアヌスをシャワー中に閃いたのを切っ掛けに、直ちにプロジェクトを立ち上げました。世界でも類を見ない試みだけに、苦難の道を手探りしながら歩くような毎日でしたが、オクタビ山アヌス丸のあたりで確かな手応えを感じましたね。それが何の手応えだったのか、今でもよくわかりません。
大きな転機となったのは「こちアヌ」です。当初の指針である日本人らしい名前はどうでもよくなりました。アヌス公園から派生したアヌス商店街は思わぬ収穫でしたね。何考えて商店街にそんな名前つけてるんでしょう。
終盤、七オクタビ人を発掘した時にはプロジェクトメンバーみんなが歓声をあげました。画数の少ない漢字と片仮名で字面も整っているし、余ったアヌスに卓球というちょどいい入居先があって。本当に卓球が名乗りそうでピッタリですよね。それからすぐにオクタビ慕情が綺麗に決まったんですけど、今度の余りアヌスは処理に困っちゃって。竜アヌスにはちょっと可哀想なことをしてしまいました(笑)
最後にもう一つ何かないかと探し回ったのが一番苦しかった。オクタビ慕情の時点でチャート形式にしたいという目標が出来て、そのためにはあと一曲はないと体裁が整わない。でも、その一曲のタイトルが見つからなくて。このまま諦めようとしていたのですが、窮状を知ったオクタビ博満さんがプロジェクトに駆けつけてくれました。名球会を蹴ったのもこのためだというから、感謝の言葉もありません。奥様の信子さんも参加してくださることになり、プロジェクトの成功は約束されました。曲はもちろん二人のデュエット。ただ、最初の曲名は「そんなアヌスのラブソング」だったんですよ。でも、他にもアヌスの可能性があるんじゃないかという予感があって、オクタビ夫妻にはレコーディングをちょっと待ってもらったんです。そこで改めて検討した結果、「そんなふたりのラブアヌス」が生まれました。最初の曲名だと「ラムのラブソング」を思わせるポップな爽やかさがあったんですが、「ラブアヌス」はそれどころじゃないですよ。摂氏38度、濃密なドドメ色湿潤地帯の底なし沼。博満と信子の。これしかない! ってすぐにレコーディングに入ってもらいました。いやあ、凄かったなあ。あまりにも凄かったんでランキング成績は振るいませんでしたね(笑)

posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

10/07/26













Q. 志村けんがよく口にする海外のバンドって何?
A. The Whoだ (だっふんだ)
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

私が要求する村崎百郎


殺人:作家の村崎百郎さんを刺殺 32歳の男を容疑で逮捕

 23日午後5時50分ごろ、東京都練馬区羽沢2、作家、村崎百郎=本名・黒田一郎=さん(48)方から、男の声で「人を殺しました。捕まえてください」と110番があった。警視庁練馬署員が駆け付けたところ、村崎さんが1階リビングで血を流して倒れており、搬送先の病院で死亡が確認された。同署は現場にいた横浜市の無職の男(32)が容疑を認めたため、殺人容疑で現行犯逮捕した。

 同署によると、男は「(村崎さんの)本にだまされたことが分かり、ずっと恨みを持っていた。自宅住所はインターネットで調べた」などと供述しているという。調べでは、男には精神科の通院歴があるといい、動機や刑事責任能力を慎重に調べている。

 男は同日夕に村崎さん方を訪ね、1人でいた村崎さんの腹を持参した文化包丁(刃渡り17.5センチ)で20回以上刺し、殺害したとみられる。

 村崎さんは、妻で漫画家の森園みるく=本名・黒田比呂子=さん(52)と2人暮らしだった。「社会派くんがゆく!」シリーズなどの著書がある。【内橋寿明】


毎日新聞
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100724k0000m040154000c.html



見出しにちょっと驚き、記事を読んであの村崎が本当に死んだのだとわかって、ひとまずの感想は「出来すぎた死に方」。
“黒田一郎”(言わば本当の村崎。町山智浩「本当に村崎さんはずっといい人だった」)には興味なし。


私が読んだ範囲での村崎百郎について、何年か前から書こうと思っていたが、面倒でずっと先送りしていた。これを機に書いてみよう。
村崎百郎を知ったのは90年代末に出ていた『危ない28号』という所謂サブカル誌だった。ここまでふざけた文章を商業誌に書くライターはそれまで見たことがなく、当時はちょっと注目していたのだが、『危ない28号』『危ない1号』シリーズの他で目にする村崎、というより2000年頃からの『社会派くんがゆく!』路線の村崎にすっかり失望した。あとから思えば、『サイコさんからの手紙』で精神異常者へお優しい忠告をする常識人ぶりにその萌芽はあった。
私の好きな村崎は、編集者にチンポ丸出しで「アナルオナニーいいぜえええええ!!!」と啓蒙しようとして嫌がられている馬鹿な村崎であり、偽悪的に「良識」や「正論」を語り、時折教養を覗かせるインテリ村崎ではなかったのだ。

幾ら村崎が「俺は鬼畜だぜえええ!」と言ったところで、誰か殺したことでもあるのだろうか。ニュースで目にする猟奇殺人や幼子を虐待する親のほうがよっぽど鬼畜で、村崎のハッタリは虚しい。「電波受信してるんだぜええ!」と言ったところで、病院の檻から出してもらえない奴にはかないっこない。私の近所に住んでいた不幸に病んだ詩人にも及ばない。村崎は名乗る肩書きのわりに安全健康であり、彼より洒落にならない鬼畜電波がいるのを誰でも知っている以上、村崎の「悪くて異常」はお遊びの範囲を出ないのだから、もっと茶目っ気を持ってお遊びに徹するべきだった。ところが、村崎が歩んだのは生真面目な『社会派くん』路線である。
村崎は「俺本物の鬼畜電波」路線と、「楽しい鬼畜電波を演出」路線のどちらを行くのか上手く定まっていなかったように思う。いや、前者に行き詰って後者が強くなったのかな。大雑把にわけると根本敬に紹介されたりゴミ漁りについて語る本では前者、GONのようなライター仕事では後者か。そこへ更に「社会派」路線である。才能が枯渇したのか、真面目な素顔が抑えられなくなったのか。
私は社会派村崎に蒙を啓かれることもなければ、留飲を下げることもなく、面白いと思うこともない。ぬんいち相手に世間話で常識的な「正論」を語るのが鬼畜電波の仕事かね。ああいうことがやりたければ、別人としてやればいいのだ。村崎のネームバリューを捨てられなかったのか。
本格的な鬼畜電波に及ばず、社会批評は常識的でありながら、肩書きだけは鬼畜電波と名乗り続ける中年。過去にはさんざん悪ぶってきた。今でも一応は悪いつもりである。みっともない。村崎百郎が歩むべきは「楽しい鬼畜電波を演出」路線しかなかったはずだ。

村崎は他人の性生活を下品に想像したり、アナルの快楽を説いたりするくらいが話のレベルとしてちょうど良かった。当時はアナルがまだまだ日陰の存在であった(と思う)が、今やマンガでもゲームでもビデオでも肛門いじりなんて珍しくない。村崎の扇動とは関係なく肛門は啓かれた。村崎は世の中がそれだけ下品になったのだと言うかもしれないが、わざわざ鬼畜電波と自称する男が世の中と同レベルになってしまっては格好がつかない。この程度のこと、もともと彼が称賛するほど鬼畜的所業ではなかったのだ。私だって可愛い女の尻の穴を舐めることくらい出来るし、そこにチンポを突っ込んでもいい。(私自身は年に何度かうんこをするだけで肛門から出血する体たらくなので、突っ込まれるのは勘弁してほしい)
この私ができる程度のことをさぞ変態的な行為であるかのようにはしゃいでいた村崎は、その間抜けさにもっと早く気付き、潔く村崎百郎を廃業するか、偉そうな鬼畜を止めて社会派も気取らず、愛嬌ある道化に精進してほしかった。


「世の中のこと結構わかってるんだぜ」的態度で暴力も平気、精神異常を専門分野としていたというわりには、認識の甘さを疑わせる死に方で間が抜けているが、それは人生なんて豚小屋発犬小屋行きなのだから大目に見るとして、常人にはなかなか真似ができない死に方をしたのは、普通じゃありませんよという鬼畜電波の自称に辻褄を合わせたような、「社会派」に堕落した村崎百郎にしてはよく出来た最後だったと思う。



*夢枕獏『餓狼伝』には、ある男が女とどんなに深く目合ったかを説明するのに「互いの小便まで飲みあった」だの「尻の穴まで舐め合う」だのと書かれている。期待された読者の反応は「すごい、そんなことまで……」なのだろうが、多分、今の若い人たちのある程度にはそう驚くような行為ではないと思う。私の先輩には、年末にオプション3000円を払って風俗嬢の小便を飲み「これで年が越せる」と言った人がいる。他にも肛門に乾電池を差し込んだり計らずも自慰で顔射してしまったりの楽しい話を聴かせてくれた先輩だったが、私の知らないうちに死んだらしい。

posted by ヨシノブ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月23日

10/07/22


つまらぬ用事を作ってしまったせいで疲れた。舌の端が少し痺れている。
机の上に置いていた50円玉に穴が開いているのが気持ち悪いような気がする。

無料ダウンロードされているIME2010を使ってもう少しで1カ月。
これまで使っていたIME2002と比べると、格段に利口になってくれていて、私は嬉しい。

飼い犬をしかる近所の老婆とその飼い犬
「そんなに吠えちゃダメ」
「ワン!」
「吠えちゃダメ」
「ワン!」


小沢氏が幹事長を退いた際、これでもう小沢は終わりだという人がいたが、私はこれで終わるような政治家ではないとずっと思っている。
枝野氏が幹事長に就任した時から、この人が役職を追われたら「枝払い」と言うマスコミが出るだろーな、と思っている。
今更こんなことを書くのは遅いが、前から思っていたことで、後者はともかく前者は日増しに当たりそうな気がしてきて、後で「俺は最初からこーなると思っていた」と言いたいのでここに書いた。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

神さまがくれたサービスデー

 

爺がやってる小さな自転車屋。そこに自転車持ち込んで、チューブの交換を頼んだ。客は俺一人。交換には25分か30分かかるというので、それじゃあ30分したらまた来ますって自転車預けて時間を潰し、30分後また店に。
店の前に俺の自転車が出してあったので、交換を終えたのがわかる。店に入ると誰も居ないので、店の奥に向かって声をかけた。奥は住居となっているので、爺はそこにいるのだろう。
すみませーん。チューブの代金を払いに来ましたー。ごめんくださーい。こんにちはー。さっき自転車を持ち込んだものですけどー。
呼べども呼べども、だーれも出てこない。通行人が訝しげに俺を見る。もしかして爺、出かけているのか。
しばらく呼びつづけて、自転車が店先に出してあることを思い出した。これ、もう乗って帰っていいんじゃないだろか。もしかしたら今日は神さまがくれたサービスデーなのかもしれないぞ。だってさっきから俺が誠心誠意爺を、15分に渡って呼び続けているのに一向に出てこないのは、常識では計れぬ理が働いているからであり、これ即ち今日はただでいーよという神さまの御心じゃねーかな。俺は店先に出してある自転車に乗って帰った。  [ HAPPY END!]

















……これ即ち今日はただでいーよという神の意志じゃねーかな。そうは思ったが、俺は居るのか居ないのかもわからぬ爺に向かって声をかけ続けた。すみませーん、チューブの代金をー、払いに来ましたー。我ながら間抜けな格好だと思うがね。
俺は何かとてつもないアウターゾーンに足を踏み入れてしまったのではないか、と不安に包まれていると、店の奥から爺が出てきた。あっ、て顔して。明らかに俺の呼びかけに応えて出てきたんじゃなくて、別件で出てきたら俺が居たって顔。
爺曰く「どうかしましたか」
お前! お前、お、お、お前! どうかしているのはお前だ!
俺は爺のポンコツぶりにすっかり嬉しくなってしまった。やっぱり今日は神さまがくれたサービスデーだ。俺は気持ちよく代金を払い、自転車に乗って帰った。 [TRUE END]
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月21日

10/07/20


ぼくのかんがえたゲーム


 田中さんゲーム(日本一田中決定戦)

参加者はすべて田中。一ヶ所に集められた田中たちは、そこで複数同時に開催されている麻雀やパン食い競争や小銭掴み取り大会に参加する。
ゲームマスターが予告なしに「田中さーん」と声をかけるので、田中は動きを止めて「はーい」と答えながら声のしたほうを見なければならない。すると全員止まるわけであるが、ゲームマスターは「庶務の田中さーん」や「長野からお越しの田中さーん」などと対象を絞ってくるので、対象から外れた人は直前の行為に戻り、対象となる者は「はーい」と答え続けなければならない。ある程度まで対象人数が減ったら、粗品でも渡してその回の呼びかけは終了である。
最初から「眼鏡をかけた田中さーん」や「田中太郎さーん」と対象を絞ることもあるし、「田村さーん」や「我那覇さーん」と呼びかけてくることもある。対象となる呼びかけに答えられなかったら失格、対象外なのに答えてしまうのも失格。
最後まで残った田中が日本一の田中となる。ゲームは参加人数や進行展開により、数日続く可能性もある。出来れば数千、数万人の規模で行いたい。
一人の田中に一人の審判が固定され、審判には呼びかけが聞こえたのに田中が答えなかった、対象外となる呼びかけに田中が答えた等と判定すると、失格を言い渡す。審判はすべて鈴木。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月20日

10/07/19

生活苦を訴えて「卵かけ御飯を毎日食べているんです」と言う人をテレビで見たことがあるが、どうも悲壮感や同情といったものが私には生じない。理屈はわかるんだよ。安価な卵くらいしか買えない、卵しか選択肢がない、貧しい。しかし、卵には滋養があるし、何より卵かけ御飯はうまい。私はたまに食べ過ぎて腹が痛くなってしまう。卵かけ御飯も食べられるのと卵かけ御飯しか食べられないのとは全く違うけれど、私は好きでここのところ毎日、それ以前でも頻繁に、卵かけ御飯を食べているので、これで生活苦を訴えられても関心が湧かない。蟻の混じった砂糖の塊なら関心が湧く。

この10年くらいか、卵かけ御飯もすっかり日の目を見るようになって、専用の醤油やらふりかけやらが登場するほどである。しかし30年ほど前は、少なくとも私の周辺では、卵かけ御飯なんて「慎ましい庶民」(オブラートで包まれた貧乏人)の食べ物という扱いで、人前で食べたと言うのはちょっと恥ずかしかった。多くはこっそり食べていただろうから、いつしかみんなで赤信号を渡るような気分になって公言するようになったのだろうか。値の張る卵が店先に並ぶようになり、貧乏感が薄れたのも一因だと思う。

以前の私は半熟卵でばかり食べていたが、今では生卵でも好んで食べるようになった。手軽なのもいい。
調味料には、塩か鶏ガラスープの素を使います。(私の家にある)醤油はちょっと合わない。
そして紅生姜。これがないと物足りない。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

十二支考 馬

馬の話。



支那に限らず日本にも花驢(しまうま)が渡った事ある。かつて一七四六年版、アストレイの『新編航海紀行全書(ア・ニュウ・ゼネラル・コレクション・オブ・ヴォエージス・エンド・トラヴェルス)』三の三七八頁にナエンドルフいわく、アビシニアの大使、花驢一疋をバダヴィア総督に贈り、総督これを日本皇師に贈ると、帝返礼として銀一万両と夜着三十領を商会に賜うた。合算して十六万クラウンに当る。何と仰天だろうとあるを読んで、そんな事をもしや邦書に載せあるかと蚤取眼(のみとりまなこ)で数年捜すと、近頃やっと『古今要覧稿』五〇九に、『本朝食鑑』を引いて、この事を記しあるを発見した。『食鑑』は予蔵本あれど、田辺にないから『要覧稿』に引いたまま写そう。いわく、〈近代阿蘭陀(オランダ)の献る遍体黒白虎斑の馬あり、馬職に命じてこれを牧養せしむ、馬職これに乗りこれに載す、ともに尋常の馬に及ばず、ただ美色と称(い)うのみ、あるいは曰く騾(ら)の族なり云々〉と。『食鑑』は元禄八年人見元徳撰す。因って花驢は、少なくとも今より二百年前本邦へ渡った事ありと知る。花驢は馬とも驢とも付かず、この二畜の間子(あいのこ)たる騾に酷(よく)似れば、騾の族と推察したは無理ならぬ。


本朝食鑑は元禄8年(1695年)刊。(参考:wikipedia)

300年以上前にシマウマが来ていたという豆知識よりも、私にとってこの一文の収穫は熊楠が「無理ならぬ」と書いていることである。現在一般的にここは「無理からぬ」と用いられることが多いが、ちょっと文法の講義を受ければ誤用であることはすぐわかる。(各自ネットで調べよ)
私は誰かの本でこの誤用が指摘されているのを読んだが、その後読んだ本では誤用ばかりが目について正用がなかったものだから心細く思っていた。心情圏68年10月号にも「無理からぬ」が載っていたから近年生じた誤用ではない。(山本夏彦は正用していたよーな気がする)
そこへ来てこの熊楠ですから、百万の味方を得た思いです。


罷り通る誤用でもうひとつ。
『檄を飛ばす』というと、こんな使われ方をする。

0・5ゲーム差で臨んだ首位決戦。試合前には主将の阿部が「俺たちは首位なんだ。思い切りやろう」と檄(げき)を飛ばした。これに長野も「阪神は強いけど負けられない気持ちだった」と気合が入った。

デイリースポーツ(2010年7月13日)
http://www.daily.co.jp/baseball/2010/07/14/0003199316.shtml

阿部も長野も同じチームで両者試合に出場しているのだから、恐らく近距離で「檄を飛ばした」のだろう。多分これは誤用である。
檄を辞書で引いてみるとこう書かれている。

 
自分の主張を述べて同意を求め、行動を促す文書。檄文。
 檄を飛ば・す
檄を方々に急いで出す。


大辞林 第二版
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/58519/m0u/%E6%AA%84/

即ち「檄を飛ばす」とは決起を促す文書を送ることである。現在ならば電話で決起を呼びかけるのも、相手が遠方にいるという点で許容範囲かもしれないが、目の前にいる相手に声で呼びかけるのは明らかに誤用だ。檄の木偏は、木簡を意味しているのだという。
(先の例で誤用の前に多分と断ったのは、阿部が授業中に教師の目の盗みノートの切れ端か板切れにでも「俺たちは首位なんだ。思い切りやろう」と書いてクラスメイトの選手たちにこっそりまわした可能性を考慮した)

ゾイドジェネシスという子供向けアニメがあった。第23話、主人公一派は強大なディカルド武国をやっつけたいが戦力が足りず、「檄を飛ばす」として、各地に点在する反ディガルド勢力に結集を呼びかける「檄文」の手紙を書いて送っている。檄の正用に私は感激した。


日本の一部分、もしくは倭人の領地に、牛馬がなかったと断ずべし

かつて出羽の飛島へ仙台の人渡れるに、八十余の婆語りしに、世には馬という獣ありと聞けり、生前一度馬を見て死にたしと(『艮斎間話
ごんさいかんわ』上)。二十余年前まで但馬因幡地方で馬極めて稀なり、五歳ばかりの児に馬を知るやと問うと、顔を長く四疋(よつあし)と尾あり人を乗せると答う。大きさを尋ぬると両手を二、三寸に拡げ示し、その大なるものは下に車ありと答う。絵と玩具のほか、見た事ないからだと(『理学界』一月号、脇山氏説)。紀州でも、日高郡奥などに馬なき地多かった。また大和に、去年まで馬見た事ない村あったと、それ八月八日の『大毎』紙で読んだ。


妙に小さいと思っているのは絵や玩具で勘違いし、大なるものは下に車ありとは、馬車や古代の戦車が誤って伝わったのかな?


白馬節会の白馬を青馬と訓(よ)ますを古く不審(いぶか)しく思うた人少なからぬと見え、平兼盛が「ふる雪に色もかはらて曳くものを、たれ青馬と名(なづ)け初けん」と詠んだ。しかるにその雪や白粉も、光線の工合で青く見えるから白を青と混じ呼んだらしい


近年まである学者どもは蟻は香を出して意を通じ言語に代うと説いた



十二支考 05 馬に関する民俗と伝説
http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/2537_21654.html
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月16日

十二支考 竜


「竜の起源とその発達」が面白かったが、長いので引用しない。

濠州のジェイエリエ人伝うらく、大神ムーラムーラ創世に多く小さき黒蜥蜴を作り、諸のハウ(ハは虫偏に支、ウは行)動物の長とす。次にその足を分ちて指を作り、次に鼻それより眼口耳を作り、さて立たしむるに尾が妨げとなるから切り去ると蜥蜴立ちて行き得、かくて人類が出来たと(スミス『維克多利生蕃篇ゼ・アボリジンス・オヴ・ヴィクトリア』二、四二五頁)。

二本足で立つトカゲがとっとこ歩き出す様子が目に浮かぶ、可愛らしい人類創造譚。この他にも、ざっくりと語られるあまり神々しくない神話には、奇妙な味わいがある。


『聖書』にヨハネが千年後天魔獄を破り出て、世界四隅の民を惑わすと言ったを誤解して、紀元一千年が近くなった時全欧の民大騒ぎせし事、明治十四年頃世界の終焉が迫り来たとて、わが邦までも子婦(よめ)を取り戻したり、身代を飲み尽くした者あったに異ならず。その時欧州に基督敵(アンチ・クリスト)現出して世界を惑乱させ、天下荒寥(あれすさ)むといい、どこにもここにも基督敵産まれたといって騒いだ。その法敵も多く竜の性質形体を帯びた物だった(『エンサイクロペジア・ブリタンニカ』巻三)。

全欧の民の騒動どころか、明治十四年頃に世界の終焉が迫っていたとは知らなんだ。その明治時代には何があるとされていたのだろうか。昔の人はこれだから困る。常識だから書かずともわかるだろうと省略してしまうので、その常識失せた後世の人が読んで困る。山本夏彦も度々それで困っていた。


十二支考 03 田原藤太竜宮入りの話

http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/1916_29070.html
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

今週のドラえもん

のび太「えーん、えーん。ジャイアンにマンガを盗られてバットで殴られていじめられたよう。
ジャイアンをやっつける道具を出してよアシモ」
本田技研工業営業部 山田「申し訳ありませんが、ASIMOにそのような機能は搭載されておりません。
そのかわり、こんなことが出来るんですよ」
ASIMOは踊った。

ハグしちゃお。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

010/07/11




戦国BASARA弐。秀吉がラオウじゃねえか。オープニングは踊ってくれるのを期待していたのだが。


BSARA後もTBSをつけっぱなしにしていたら、選挙特番の宣伝が始まった。
スタジオ近く(?)の厨房が映し出され、料理人が肉を焼いている。そこにいる女アナウンサーがおいしそうですとか言っている。これが選挙と何の関係があるのだと私が思ったのを読み取ったかのように、実はこれ選挙と関係あるんです、とアナウンサー。はてさて、一体どんな関係が?
カメラはスタジオに移って、長机の上に丼や弁当箱が乗っている。特番の司会を務める堀尾アナウンサーが、じつはこれ候補者(正確な言い回しは忘れた。応援している議員のも含まれているかも)の勝負飯なんです、と明かす。そうか、候補者たちが景気付けに食ってる受験生のカツ丼みたいなものか。なるほど!
私はTBSのしょうもない着眼点に情けなくて泣きそうになった。候補者の活動を追うVTRに映ったり娯楽番組で扱うならまだしも、国の今後を左右する大選挙結果を即日に扱う番組で、視聴者の関心を惹こうとして宣伝に出してくるのが選挙中の食い物! しかもその場で再現してくれるという力の入れ具合!
いい加減にしてくれ。





当選して大きな色紙?に「感謝・啓」と書きサインと『自分の似顔絵』を描いた某議員には魂消た。リボンに赤まで塗って。たけしにラーメン屋(のサイン)みたいと言われてた。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

十二支考 兎 

十二支考(上) 南方熊楠  岩波文庫



この一篇を綴るに先だち断わり置くは単に兎と書いたのと熟兎(なんきん)と書いた物との区別である。すなわちここに兎と書くのは英語でヘヤー(中略)また本篇に熟兎と書くのは英語でラビット

熟兎の蕃殖はまた格別なもので、古く地中海に瀕せる諸国に播(ひろ)がり十九世紀の始めスコットランドに甚だ稀だったが今は夥しく殖えイングランド、アイルランドまたしかり、オーストラリアとニュージーランドへは最初遊猟か利得のため熟兎を移すとたちまち殖えて他の諸獣を圧し農作を荒らす事言語に絶し種々根絶の方法を講じ居るが今に目的を達せぬらしい。しかしおかげで予ごとき貧生は在英九年の間、かの地方から輸入の熟兎の缶詰を常食して極めて安値に生活したがその仇をビールで取られたから何にも残らなんだワハハハ。


ワハハハ。



兎を一羽二羽と数える理由考察

『雅』に咀嚼するものは九竅にして胎生するに独り兎は雌雄とも八竅にして吐生すと見え、『博物志』には〈兎月を望んで孕み、口中より子を吐く、故にこれを兎(と)という、兎は吐なり〉と出づ。雌雄ともに八竅とは鳥類同様生殖と排穢の両機が一穴に兼備され居るちゅう事で兎の陰具は平生ちょっと外へ見えぬからいい出したらしい

わが邦でも昔は兎を八竅と見た物か、従来兎を鳥類と見做し、獣肉を忌む神にも供えまた家内で食うも忌まず、一疋二疋と数えず一羽二羽と呼んだ由


竅とは穴。目で二つ、鼻で二つ、耳で二つ、口で一つ。鳥は肛門と性器それぞれが独立した穴ではなく、かわりに総排出腔という直腸・排尿口・生殖口を兼ねる器官があるので、それで一つ。計八つ。(参考:wikipedia)
兎は性器が見えづらかったので八竅と数えられ、鳥の仲間だと思われたという話。
随分とおかしな分類法で、肉を食べたいが故の無理な解釈だと思ってしまうが、動物学が今ほど発達する以前は分類法が随分と違っていたので、無理な解釈でもないらしい。(ただ、この分類法を採ったのには肉を食べたい下心があったのではないかとは思う)

十二支考猿の項目にはこんな話が出ている。

インドで『十誦律』巻一に、動物を二足四足多足無足と分類して諸鳥猩々および人を二足類とし、巻十九に孔雀、鸚鵡、ショウジョウ、諸鳥と猴を鳥類に入れあり。日本でも二足で歩み得るという点から猴を鳥と見て、木の実を食うからコノミドリ、声高く呼ぶから呼子鳥(よぶこどり)というたらしい。

*片仮名で表記したショウジョウは、本文では猩々の「星」が「生」になった字。猩々は本来こちらの字で書いたらしい。『十誦律』は巻の違いで表記が一定していない? 

猩々はもとショウジョウと書く。『山海経』に招揺の山に獣あり、その状禺(尾長猿)のごとくして白耳、伏して行(ある)き人のごとく走る、その名をショウジョウという。人これを食えば善く走る。『礼記』に〈猩々善く言えども禽獣を離れず〉など支那に古く知れたものでもと支那の属国交趾(こうし)に産したらしい。和漢とも只今猴類中ほとんど人の従弟ともいうべきほど人に近い類人猴の内、脳の構造一番人に近いオラン・ウータンを猩々に当て通用するが、これはボルネオとスマタラの大密林に限って樹上に棲み、交趾には産せぬ。古書に、〈猩々黄毛白耳、伏して行き人のごとく走る、頭顔端正、数百群を成す〉などあるが、一つもオラン・ウータンに合わぬ。『荀子』に〈猩々尾なし〉とありて人に近き由述べ居るが、南部支那に産する手長猿も、無尾だから、攷(かんが)えると最初猩々と呼んだは手長猿の一種にほかならじ、後世赤毛織りが外国より入って何で染めたか分らず、猩々の血てふ謬説行われ、それより転じて赤毛で酒好きのオラン・ウータンを専ら猩々と心得るに及んだのだ

兎を鳥に分類した話に返る。
これを馬鹿にして笑うという人はちょっと待ってほしい。現在我々が考える動物の分類というものは、基本的に動物学に基づくもので、動物学者の言い分に頼っているだけである。動物学に縛られなければ、もっと異なる分類が出来、それで支障がなければ本当はそれでいいのだ。同種の牛でも毛色で分けたり、漢字圏で兄と弟を呼び分け、英語圏で兄弟を呼び分けないのと根本的には同じである。いろんな分類法があって、現在我々が選択している方法が動物学というだけなのだと思う。


青空文庫:02 兎に関する民俗と伝説
http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/527_28271.html
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

十二支考 虎


十二支考(上) 南方熊楠  岩波文庫

前に読んだのは何年前だったかな。内容をほとんど覚えていない、のは当然として、興味を惹いた部分まで思い出せなくなってしまったのが残念で再読。

十二支考は、動物についての博識を豊かに脱線しつつ縦横無尽に書き連ねたもので、「十二支」について考える本ではなく、扱う動物が十二支に登場する動物というだけである。ただ、牛の項目は無い。



虎に関する話から。


開明を以て誇る英米人が兄弟をブラザー姉妹をシスターと言うて、兄と弟、姉と妹をそれぞれ手軽く言い顕す語がないのでアフリカ行の宣教師が聖書を講ずる際、某人は某人のブラザーだと説くと、黒人がそれは兄か弟かと問い返し返答に毎々困るというが(ラッツェル『人類史』二)、予もイタリア書に甥も孫もニポテとあるを見るごとにどっちか分らず大いに面喫(めんくら)う事である。

そう、英語では兄と弟、姉と妹をどう表現するのか不思議に思ったことがある。
ブラザーシスターの前に elder・older・younger・little をつけるというが、あまり見聞きしない表現だ。どうして一緒にしてしまうのだろう。

サモエデスは馴鹿(となかい)に注意深き余りその灰褐色の浅深を十一、二の別名で言い分け、アフリカのヘレロ人は盛んに牧牛に勤め牛の毛色を言い分くる語すこぶる多く、芝や空の色を一つの語で混じ言うを何とも思わぬが牛の褐色を種別して言い能わぬ者を大痴(おおばか)とす(ラッツェル『人類史ヒストリー・オブ・マンカインド』巻一)。田辺の漁夫は大きさに準(よ)って鰤を「つはだ、いなだ、はまち、めじろ、ぶり」と即座に言い別くる。

一般的な日本人はトナカイはトナカイといい、ちょっと動物学に長けた人でその亜種を区別できる程度だろう。十種類以上に分類できる人はまずいない。では、牛についてはどうだろう。専門家が子細に呼び分けるくらいで、一般人は肉や乳や闘、数種に呼び分ける程度で上出来だ。あとはカルビとかロースとかしゃぶしゃぶとかミンチとか。鰤は出世魚で名が違うと有名だが、全部の魚をその成長の度合いで呼び分けているわけではない。
つまり、自分の生活・文化の圏内で、深く興味を惹くものや、同種でも差異が重要であるものについては呼び分け、一緒くたにして支障ないものは一緒くたにしているのだ。
兄・弟と区別する漢字があるのは、儒教的(多分、儒教成立以前からあった考え)な年長者を敬う文化ではブラザーの一語で年長と年少を一緒にしてしまっては支障があるためで、儒教の影響がない英語圏では一緒にしても特に支障はなかった。そういうことなのだ、と思う。とはいえ、甥も孫もポニテと呼んでしまうイタリア人は理解し難く、しかしながらイタリア人らしい気がする。



飼い猫に名前を、それも強いものの名をつけようとして虎、竜、雲……と考えるうちに一番強いのは猫と落ち着き猫と名付く話。源流は仏教にあるらしい。

玄奘が訳した『大毘婆娑論』巻百三に菩薩菩提樹下に修道する所に魔王攻め来る、菩薩念ずらく魔軍鳥形を作(な)し来らば我れ猫狸形を作して敵せん、魔軍猫狸形を作し来らば我れ狗狼形を作して敵せん、魔軍狗狼形を作し来らば豺豹形、豺豹形で来らば虎形、虎形で来ると師子形、師子形で来るなら竜鱗を化作し竜鱗で来たら猛火、猛火で来たら暴雨、暴雨で来たら大蓋を化作してこれに敵せんと、鳥に初まって大蓋に至るその間逓次(ていじ)後者が前者より強い、しかして虎より獅、獅より竜鱗、それから火、次に雨、次に蓋が一番強いとしているが、蓋は鳥に啄き破らるべきものだからこの目次中の最強者が最弱者より弱い事となる。想うに一九などの小説にしばしば繰り返された一話はこの仏語より来たんでないか



鴎外は子供に西洋風の名を付けていることでも有名である。子の名前と、元になっているであろう名前の片仮名表記及びその名前の使用国を並べる。

長男 於菟(おと) オットー(ドイツ)
長女 茉莉(まり) マリー(オーストリア)
次女 杏奴(あんぬ)アンヌ(スペイン) 
次男 不律(ふりつ) フリッツ(ドイツ)
三男 類(るい)  ルイ(フランス)

いずれもヨーロッパにある名前に漢字を当てている。マリは「まり(鞠・毬)」を元として古くから日本にあった名かもしれない。キリスト教の影響でマリアから名づける人もいたのかな。茉莉の長男の名は爵(じゃっく)、二男は亨(とおる)。日本で父親をパパと呼ばせたのは鴎外が最初だという。厳密には茉莉は「パッパ」と呼んでいる。他の兄弟は知らぬ。(男と女の兄弟姉妹を混ぜて一言でいう言葉がないのがもどかしい! 辞書には兄弟を「両親または片親を同じくする間柄/大辞林」ともしているが、しっくりこない)

以上が鴎外の子に対する知識であったが、於菟は西洋の名へ無理に漢字を当てたものではなかった。

わが国で寅年に生れた男女に於菟という名を付ける例がしばしばある、その由来は『左伝』に楚の若敖(じゃくごう)、ウンより妻を娶り闘伯比を生む、若敖卒してのち母と共にに畜(やしな)わるる間子の女に淫し令尹(れいいん)子文を生んだ、ウンの夫人これを夢中に弃(す)てしむると、虎が自分の乳で子文を育った、ウン子田(かり)して見付け惧れ帰ると夫人実を以て告げ、ついに収めて育った、楚人乳を穀(こう)虎を於菟という、因って子文の幼名を闘穀於菟(とうこうおと)すなわち闘氏の子で虎の乳で育った者といったと見ゆ。

ドイツ留学の経験がある鴎外がドイツ人名オットーを意識していなかったはずはないと思うが、於菟の源流は左伝にあり、日本でも使われていた名前だったのである。試しに森於菟の干支を調べてみると、見事に寅年(1890年/明治23年)であった。西暦1年は酉年。



迷信との付き合い方。

いわゆる開明した人々が何の訳も心得ずに奇異の現象を見ては電気の作用だ、不思議な病症を見ては神経の作用だと言い捨つるは実際説明でなく解らぬと自白するに同じ、諸国の俗伝にちょっと聞くと誠に詰まらぬ事多くあるを迷信だと一言して顧みぬ人が多いが、何の分別もなく他を迷信と蔑む自身も一種の迷信者たるを免れぬ。したがって古来の伝説や俗信には間違いながらもそれぞれ根拠あり、注意して調査すると感興あり利益ある種々の学術材料を見出し得るてふ事を摩訶薩王子虎に血を施した話の序(ついで)に長々しく述べた訳じゃ。



青空文庫:十二支考 01 虎に関する史話と伝説民俗
http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/526_28258.html

posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

10/07/08

パソコンの動作が重い。メモリが200少ししかないのが原因だと睨んでいる。
そこでメモリを増設しようと思う。
ネットでちょっと調べてみると、増設作業は簡単であるかのように書かれているが、
世の中そんなにうまくいくものだろうか。
詳しい人に話を聞いたり、実際に増設するところを見せてもらったりすればいいのだが、
何せ私には友人がいない。昔はパソコンに詳しい友人がいたのだが、引っ越してしまってそれっきりだ。
彼にはハードディスクを増設してもらい、見返りに焼きそばを食べさせた。
いずれ時間ができたら腹を括って自分でメモリを増設してみよう。

素人考えであるが、と前置きして。
パソコンの性能は日進月歩で良くなっている。待てば待つだけ性能が良くなる。
しかし、永遠にこのペースで性能が良くなるわけがない。どこで鈍化するのだろうかと漠然と思っていたら、この度パソコンの自作を調べてみて、電気消費量が縛りになると気づいた。高性能なパソコンほど電気を食う。すると家庭用電圧の許す範囲内に家庭用パソコンの性能は限られてくるはず。
ちょっと安心した。
多分、未来のパソコンユーザーは使っているパソコンが古くなって高スペックを要求するソフトに泣かされる、なんてことはないのだ。
私は3Dカスタム少女の体験版が動作しなくて悲しかった。グラフィックボードがどうのとか言われて。
(いや、今だって増設で対応すればいいじゃないすか←増設には金がかかるし、素人が簡単にパソコンの中をいじられると思ってんじゃねーよ。)

この電圧縛り説、5年くらい前の散歩中にも思いついていたよーな気がしてきた。年寄りは頭がこうなっちゃうんだよ。





やくみつるさんのお話

日本相撲協会が財団法人として本場所を開催することが責務ならば、NHKが公共放送として生中継することも責務といえる。わたしの逆取材では直前まで生中継すると聞いていたので、意外な結果となった。反社会的勢力とのつながりを考えての生中継見送りだが、なぜ国会中継はするのか。相撲とどちらが悪党が多いのか考えてほしい。

産経新聞:【大相撲中継中止】やくみつる「受信料払わないぞ、と言いたい」
http://sankei.jp.msn.com/sports/martialarts/100707/mrt1007071108002-n1.htm


相撲中継と国会中継を同列に語るやくさん。これぞ相撲愛だ。愛には時に不条理で、時に我侭である。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月08日

10/07/07


Q. 1999年7の月に恐怖の大魔王がやってくるという情報は確かなのでしょうか。

A. 確かです。戸締りをしっかりしておきましょう。





(このQ&Aを馬鹿にした君は、平成1999年7月、恐怖の大魔王がやってきたので死んだ。戸締りをしっかりしていた人は生き残った。)


posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(1) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月07日

今週の収支報告


先月のMVPはDSソフト『無限航路』でした。発売日が約1年前とはいえ、新品が半額になっていることに、今は新品のゲームソフトってこんなに安くなるんだ、と驚いたのが受賞理由です。全国の店がリアルタイムに価格競争するネット通販時代だから、のんびりと構えていては在庫が掃けないのだろうな。あれ、昔からこうだっけ? 爺だから記憶がはっきりしねえや。お前らだってな、そのうち頭がこうなっちまうんだぞ。


プレステの時代になりつつあった頃、人気があるわけでもない新品のファミコンソフトを定価で売ってる個人経営の玩具屋が地元にありました。もちろん誰も買わなくて、笑われていました。メインの売り物はプラモデルやラジコン等で、店の中央にひとつだけショーケースがあって、ファミコンソフトはその中で宝石のように5本くらいが売られていました。
今ではかえってプレミアが付くかもしれませんが、その店はもう閉まりました。店主のおばさんも死んでいるでしょう。







マルコビッチ大白抜き
 俺の地元にもそういう店あったぜ。
 その隣にな、****っていうこれまたちょっと笑ってしまう店があってな。
 え、玩具屋のなまえ? ○○○だよ。
 あれ、もしかしてヨシノブ地元同じ?
 (ヨシノブ「多分そう」)
 じゃあ近くに△△っていうインベーダーゲームの筐体がテーブルになってる
 喫茶店あった? 道路沿いに。
 ええ、それじゃマジ地元一緒じゃん!
 
 ○○○のおばさんって、買わない商品触るとすげー怒るんだぜ。
 (ヨシノブ「怒られたことあるよ」)
 あ、ヨシノブも怒られたことあんの? 俺も俺も!
 ****が寂れてゆく経過も味わい深いんだよなー。


そんなマルコビッチの青春時代を描いた映画「マルコヴィッチの穴」は
本日も絶賛発売中で、何かのチャートも1位です。
 








☆『じゅーしぃエイジ』は発売日がぐんぐん伸びて現在7/30となっております。
 『まままーじゃん』に至っては発売未定です。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

剣を投げ込むのに比べたら


1 名前: ☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★ [off_go@yahoo.co.jp] 投稿日: 2010/07/05(月) 14:37:33 ID:???0
・近畿地方のキリスト教会や関連施設に消火器や石が相次いで投げ込まれた事件で、
 「神に教会を燃やせと言われた」とする手紙が、大阪市旭区などの複数の教会に
 送りつけられたことが5日、分かった。大阪府警が器物損壊容疑で逮捕した
 池田康政容疑者(29)の犯行声明の一部とみられ、放火事件に発展する恐れもあった。

 大阪市旭区の教会の関係者によると、この教会には1月5日以降、池田容疑者が
 郵送したとみられる犯行声明が5通届いた。問題の手紙は2月15日付の消印で、
 「先日の手紙は読んでいただけましたか」という書き出しで始まっていた。
 A4判の紙1枚に、「僕が神様から教えてもらったことを世界中のクリスチャンに
 伝えるために、神様から関西の数多くの教会を燃やしなさい、やらないなら家族を
 1人殺すと神様に言われた。やらないからということで家族を殺されたら僕も
 どうしていいのか分かりません」と記述。「何があるか分からないので、教会に住む
 牧師は別の家を借りて引っ越してください」と結んでいた。

 捜査関係者によると、犯行声明は15種類あり、60カ所以上に送付。池田容疑者は
 「すべて自分が送った」と認めており、自分の気持ちをストレートに書いていたという。(一部略)
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100705/crm1007051344011-n1.htm

・事件の理由を「家族に悲惨な不幸があった」と記載。府警捜査1課は父親の病状が改善
 されない不満が事件につながった可能性もあるとみて、詳しい動機を調べる。
 家族らによると、池田容疑者は5、6年前から兵庫県川西市の教会に通うようになった。
 家族にも勧めていたが、牧師が渡米した2、3年前から行かなくなり、生活が一変。
 「裏切られた」などと話すようになった。
 父親の病気が分かったのは約4年前だったが、牧師が渡米した後から「神の仕業」などと
 言うようになったという。(抜粋)
 http://www.47news.jp/CN/201007/CN2010070501000015.html



教会は被害届けを出しているのなら取り下げなさい。
キリストは神殿で商売していた人や客を追い出したり、店の台をひっくり返したりしている。(「祈りの家が強盗の巣に」の件)
商売人たちが暴利をむさぼっていたという話もあるが、やってることは消火器を投げ入れるのと大差ない。教会に被害者面をする資格はない。黒幕は神様なんだし。(と、聖書をまともに読んだことのない私は思うのですが、どうでしょうか)

そうでなくとも、教会に消火器投げ入れるくらい何だというのです。
ここは日本ですよ。武士の国ですよ。何の問題もない。
キリスト御免、なんちて!




ヨシノブさん、これは犯罪を擁護・助長し、被害者や不安を強いられた人々の気持ちを無視する極めて不謹慎な内容です。
それに斬り捨て御免とはいいますが、武士は斬り捨てたあとに役所へ報告し、斬るに値するだけの理由はあったのかを審査され、身勝手な斬り捨てだった場合はに重い罰があったのです。何をやってもいいかのように斬り捨て御免を用いるのは勉強不足であり、読者に誤解を与えます。それにキリストが剣を投げ込むと仰ったことの真意は分裂(中略)
謝罪を求めます。


管理人のヨシノブです。先ほど指摘があった通り、今回の日記は大変不謹慎であり、誤解を招く表現がありました。今後は二度とこのようなことがないよう、深く反省し、謝罪申し上げます。
キリストごめん。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月04日

10/07/02


http://data.tumblr.com/tumblr_l4u4gdRSAy1qambjbo1_500.jpg


なんだろう、このどうしようもない感覚は。
「人間失格」等の文学作品表紙を人気マンガ家の画にする期間限定企画を、私はかなり好意的に評価していたことを思い出した。この脱力感の有無は何だろうと考えると、前者にはマンガによって本来は文学に興味のなかった人を取り込むという商業的発展と教養的発展があるものの、後者は「赤川次郎を幾ら読んだところで」という、いささか権威主義的ではあるが、実際問題として、代表的な純文学と赤川では、その。
出版社が純文学を読んで、と半ば押し付けてくるのには商売とは別の「知らないと恥かしいぞ」という直感的な一理がある。が、三姉妹探偵団を読まなくても恥かしさは一欠けらもないので、商売が丸出しになっていて滑稽なのだ。どうにか売ってやろうと大幅な路線変更してマンガが表紙という。(実は純文学の方だって本屋の本音は商売なのだけれど、大義名分の有無は時として大きいのだ)
それでヨシノブは赤川次郎読んだことあるのかよ。読まずに印象だけで、それこそ権威主義でバカにしてんじゃねえのか。
三毛猫ホームズを中心に20冊は読みました。三姉妹も何冊か読んでいます。

で、赤川次郎のマンガ表紙路線は間違いか否かというと、サウンドノベルの原作もやったことあるし、25年くらい前に見た「小学生が読む大人向けの作家」ランキングの上位だったこともある(NHKのニュースで紹介されていたと思う)し、結構正解だと思う。




*赤川次郎及びその読者を徹底的に馬鹿にしたような文章だが、私の本意は赤川批判ではない。しかし、その赤川を擁護する助け舟を、どういうわけか出港させられなかった。
赤川次郎は純文学の役割を担わなくとも、赤川次郎としての役割を果たせばそれでいいし、多作の才能は半端ではない。そういう意味のことも書きたかった。

漫☆画太郎の或るマンガに、ショッカー的悪の組織が登場する。その一人(多分、『まんゆうき』のホワイト将軍)のプロフィールに「愛読書 赤川次郎」と書いてあった。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月03日

今週のドラえもん



新右衛門「将軍様が無理難題を言い出して、みんな困り果てているのでござるよ。ドラえもん殿、ひとつ助けてほしいでござる」
ドラえもん「基本的に無関係な作品の方はちょっと……(笑)」
のび太「権利の問題がありますので(笑)」


ハグしちゃお。
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月01日

10/06/30

大きなホール。黒と青を基調とした内装と暗い照明。
デパート地階の食料品売り場をおとなしくして、それぞれをカウンター席にしたような。
単品の食品がいくつも並んでいて、客はそれぞれ好きなものを取って食べる。カウンターの中にはファーストフード店員のような雰囲気の、ヘッドセットをつけた女がいる。オレンジ地に白が入った制服に白エプロン。
私がいるのは魚介類が並んだ席。それなりに値が張ると思っていたが、あとで思い返すと鰻の蒲焼が一切れ百円と高いわけでもない。鰻は柔らかくてタレが甘すぎず美味だった。
あれやこれやと食べて、最後にうどんかそばをという話になり、私は天麩羅うどん(小エビや野菜の掻き揚げ)が食べたかったが、同行者がイクラやウニの載ったそばがいいというため、天麩羅うどんに未練を残しつつもそっちにする。

外は病院の待合室兼廊下のようなところで、患者たちで活気ついている。反対方向へ渡り廊下をひとつ挟むと、校舎のようになっている。
ラベル:
posted by ヨシノブ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
コメント欄にメールドレス、ホームページアドレスの記入は必要ありません。気軽に無記入で。 スパムメール回避のためにも、メールアドレスをそのまま書き込むのは推奨しません。返信方針についてはこちら