2010年03月26日

10/03/22

自転車の虫ピンを代える。2個250円。
後輪タイヤが摩り減っていたのをホームセンターで交換。単に交換とだけ伝えておいたら、タイヤ代が1000円で手間賃が1200円。こんなに安いタイヤで大丈夫なのだろうか。

mixiをログアウトしてから、もう一年以上が経っていた。どこのコミュニティーにも参加せず、マイミクは二人、私にとっては絶縁状を突きつける以外の何者でもないネットワークだった。まだアカウントは残っているのだろうか。
今でもログインすると「○○さんが×時間以内にログインしました」という通知がマイミクに出るのだろうか。あれは何とも嫌な御節介だった。

今年の目標は書初めと部屋の掃除をすること。

仮面ライダーWのマスクショーをわざわざ見に行く。
子供の付き添いで来ている親、自分も見たくて来ている親、子供がいないのに見に来ている大人の3種は、区別しやすいような気がする。
Wは、主役のライダーの姿が能力と共に数種へ変化する。テレビではこれを映像の加工で瞬時に行うのを、ショーではライダーが舞台袖へ引っ込んだ直後に変化したライダーがそこから飛び出してくるという演出で、考えてみれば何ということはないのだが、突然の変化に大人たちが「おお」と感嘆の声を漏らしていた。

吉田戦車の子育て漫画(?)。
あれだけ溺愛していた娘が前妻の元にいるのが頭から離れなくて、ほのぼのとした内容だが複雑な読後感。

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2010年03月24日

取るに足らないこと

私は無関係だから、すごくほのぼのとしたいい出来事だと思う。

今月11日午後12時5分、茨城県小美玉市にある茨城空港に、仁川発の韓国の旅客機が着陸した。1937年に軍用空港として設置され、太平洋戦争当時も戦闘機の基地となっていたこの空港が、このほど民間空港として開港し、初の国際路線を誘致したのだ。国内線の就航が一つもない同空港には、地元に初めて降り立つ民間機、それも外国国籍の民間機を一目見ようと、数百人の見物客が押し寄せた。
 待合室は花束を手にした出迎え客でごった返した。韓国の民間機が、日本の伝統的な農村に、まるで新風を吹き込んだかのようだった。市内のあちこちには、空港の開港と韓国の航空会社の就航を祝う横断幕や看板が掲げられ、開港を祝うロゴ入りのビールなども登場した。

 だが、旅客機が滑走路に降りた直後、予想もしない出来事が起きた。170人の乗客が降りる前に、航空会社の社長がまずタラップを降り、出迎えた茨城県知事から歓迎の花束を受け取り、そのまま入国ゲートから出て行ってしまったのだ。乗客はこの行事が終わるまで、わけの分からないまま機内に閉じ込められた。機内には、茨城県の招待を受けた仁川市副市長や、「2010年堤川国際韓方バイオエキスポ」のPRで訪日した堤川市長、一般の日本人乗客らも搭乗していた。

 日本で同様の行事があれば、航空会社の社長が先に降りて、タラップを降りてくる乗客にきちんと頭を下げ、乗客の代表に花束を贈呈し、自社の旅客機の利用に対する感謝の意を伝えるだろう。そして、出迎えの客にもあいさつをするはずだ。そんな光景が当たり前になっている日本人にとって、この日の出来事は理解しがたいことだった。「韓国ではこれが普通なのですか?」。空港で花束を抱え、初の旅客機の到着を待っていた「茨城空港サポーターズ」会員で専門学校校長の中川さん(60)は、「時代錯誤であり、常識に欠ける」と語った。

 この日の夕方、県庁所在地の水戸市内にあるホテルで、空港サポーターズの主催による「茨城空港開港祝賀会」が開かれた。地域の政・官・財界から約500人が出席し、1人当たり7000円の会費を支払って空港開港を祝った。その席でも、昼に起こった出来事が理解しがたい、という雰囲気に包まれた。「どう考えても理解できない。韓国の会社は営業しに来たのであり、われわれの地元に恩恵を与えに来たわけではないのに」。茨城県議を9期務める石川氏(68)は、数時間前の空港での出来事を思い浮かべ、「空港サポーターズの会員らが、仁川線の積極的な利用を訴えキャンペーンを展開してきたのに、ほろ苦い気分だ」と語った。
 翌日、茨城新聞社主催の歓談会で、忠北大行政学科のカン・ヒョンギ教授は「韓国人にとってはささいなことかもしれないが、日本人にとっては、空港での出来事は見過ごすことのできない問題だったはず」と指摘し、「空港サポーターズの会員に、一言でも感謝の気持ちを伝えるべきだった」と残念がった。

 この一部始終をすべて目の当たりにした記者は「取るに足らないこと」と考えようとした。だが、韓国が大きな発展を遂げたとはいえ、他人に配慮とするという心が、韓国にはまだ足りないという感がぬぐえなかった。このようなことは、日本の田舎空港で起きたこの出来事に限ったことだろうか。周囲への気遣いができずに韓国は発展できると言えるだろうか。「国の品格」とは、すなわちこういうことなのではないか、との思いが頭をよぎった。

劉泰鍾(ユ・テジョン)忠清取材本部部長


中央日報:【コラム】茨城空港開港行事のある出来事
http://www.chosunonline.com/news/20100322000057

乗客(お偉いさん含む)を機内に残して、にこにこ(多分)しならがら花束を受け取り、ゲートを出て行った社長。
何も臆することのない態度が、かえって清清しい。
記者の筆致もいい。最初は「韓国の民間機が、日本の伝統的な農村に、まるで新風を吹き込んだかのようだった。」で、仕舞いには「日本の田舎空港」である。




ラベル:写真
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2010年03月23日

ディスアビリティー

「障がい」表記 呼ばれる側の立場から

 「障害者」という表記を「障がい者」などに改める動きが広がっている。「害」には否定的な意味、印象が強いといわれるためで、国の論議も始まった。呼ばれる側の立場から考えたい。
 「障がい」表記の基になっているのは、戦前に使われていた「障碍(がい)」。「害」が「損なう」「災い」の意味なのに対し、「碍」は「妨げる」の意で、否定的な意味合いが比較的弱いとされることから言い換えに使う人もいる。自治体などでは「障がい」を使うところが増えている。
 内閣府によると、二〇〇八年度末で都道府県と政令指定都市のうち、岐阜、三重両県、浜松市など十道府県と五市が「障がい者」「障がいのある人(方)」という言い方に変更している。東京都多摩市や愛知県豊田市、石川県加賀市など、市町村でも改めたところがある。
 英語圏でも「ハンディキャップド」があまり使われなくなった。「キャップ・イン・ハンド(手に帽子)」が物ごいを連想させるからだともいう。最近は「パーソン・ウィズ・ディスアビリティー(障害のある人)」が一般的で、バンクーバー・パラリンピックでもこの表記を使用した。
 国の法令は今もすべて「障害」だが、鳩山政権は見直しに積極的だ。障害者政策を提言するために新たに発足した「障がい者制度改革推進会議」は、政府の会議では初めて名称に「がい」を使用。正式に法令上の表記も検討する。
 ただ、変更については、障害者の意見もさまざま。「『害』をなくしても、障害者への偏見が変わるとは思えない」と消極的な人もいる。その思いも考えたい。精神分裂病を統合失調症、痴呆(ちほう)症を認知症と表記を変えたのは言葉の正確さだけでなく、呼ばれる側の痛みの反映でもあった。
 鳩山首相は一月の施政方針演説で、障害者を「努力を必要とする人」という意味の英語「チャレンジド」と呼んだ。首相なりの発議だったのだろう。
 「推進会議」は、障害そのものの定義の見直しをすることにもなっている。国際的な障害の定義では、障害者の社会参加を阻む社会の側の対応が重視されるようになった。
 問われているのは社会でもある。会議の委員二十四人のうち十四人が障害者やその家族だ。当事者ならではの議論を通じ、新しい社会・社会参加像を見いだし、新しい表記も見つけてほしい。


中日新聞 社説
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2010032202000053.html


「呼ばれる側の立場から」なんて書いてあるから期待して読んだら、期待はずれだった。

しかし、ハンディキャップド云々の話には新知識を得られた。「パーソン・ウィズ・ディスアビリティー」という呼び名(単にディスアビリティーと略してもいいようだ)は、アビリティー(能力)がディス(否定・欠如・無など)なんだから、要するに「身体障害者」ほぼそのままの呼び名で、日本の障害者表記に問題が無いことを意味しているのではないか? 能力障害者と呼べばいいのか? それだとちょっと機能障害っぽいが。
パラリンピックで使っているのだから、呼ばれる側を無視した呼び名ではないはずだ。
ハンディキャップドの問題点は理解できたが、ディスアビリティーはより直接的表現であり、日本の「障がい」化への流れとは反しているようにしか思えない。

「チャレンジド」には「挑戦という使命やチャンスを与えられた人」という意味が込められているらしい。誰が言い出したか知らないが、キリスト教文化圏の敬虔な前向き真面目が考えそうな呼び名だ。障害があるだけでチャレンジドとは馬鹿らしい、と私は思うが思わない人は思わないから困る。向こうは善意のつもりなんだろう。

前にNHKである障害者がこんなことを言っていた。

安藤(聴覚障害)「番組で取材してもらったが、それをみた健常者からどうやって障害を乗り越えたのかと言われる。自分は生まれつき障害があり、それが普通なので乗り越えたという意識がない。どうも、テレビでは『すばらしい障害者』として描かれてしまい、実際の自分からは乖離した姿になってしまって大きなプレッシャーを感じるようになった」

同番組では、ある車椅子生活者からも「車椅子に乗っていると、頑張っているね、と言われることがある。自分は普通のこととして車椅子に乗っているだけで、何か頑張っているわけではない」という意見もあった。

チャレンジドに平気な人は、ここから何か汲んでもらいたい。



この障害名称問題の話はちぃちょい出てくるが、私が知りたいのは「じゃあ本人は何と呼ばれたいんだ」であり、まずは障害者による協議で新名称案を幾つか用意して、それから世間に問うべきだろうと思っている。健常者が何もかも御膳立てすべき話じゃない。だから、健常者が障害者を蔑ろにしているからこんなにひどい呼び名を式の論調には辟易する。
「障がい者制度改革推進会議」はその名前にげんなりするが、政府という大きな看板の下でやるからには、結論が出ずとも何らかの積み重ね、起点に出来るだろうから、良い試みになるだろうと思う。



「障害」を「障がい」と表記して何か対応できたかのように思える人は、お猿さんではないかと思う。その「がい」の示すところは「碍」か「害」以外の何者でもない。朝に木の実が三つ、暮に四つじゃ我慢ならぬ。朝四つ、暮三つにしてもらったぞ、わーい。同じことである。また、「障」は「差し障る」なのに表記を許していることからも、少々お猿さんではないかと思う。



障がい者制度改革推進会議の発言録が公開されていたので、「障害の表記に関する意見」の部分を読んでみた。
中身を簡潔に纏めると、障害名称の是非・障害表記法について各委員が意見表明しただけのような段階で、良くも悪くも表記問題第一回という印象。対案といえるほどの意見も出されず。
思っていたよりも障害表記を可とする意見が主張されていて、ちょっと安心した。これならば、「障がい」を受け入れて平気な感覚での話に染まることはないだろう。
私は「障害」でいいと思っている。それに代わる適切な名称があれば変えてもいい。だから、不満があるならまず対案を。
「障害のある人」は、しまりがない。可哀想な人に同情しながら話しかけているような感触がある。「障害のある方」も馬鹿丁寧なだけで、腫れ物に触るようだ。
会議ではチャレンジドという名称も紹介されていたが、人気薄だった。総理……。

第5回障がい者制度改革推進会議議事次第
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_5/index.html
※リンク先においてある資料はPDF。


興味深かった意見を二つ

【尾上委員】 尾上浩二 (NPO)障害者インターナショナルに本会議事務局長
障害者権利条約の批准に際して、求められているのは障害についての医学モ
デルから社会モデルへの転換であり、そのことをふまえた各種の法改正を行い、
制度の谷間なく、必要な人が必要な支援等を得て、地域での自立した生活を実
現できるような社会をつくることである。
そうした医学モデルから社会モデルへの転換ということなく、表記だけを見直
すことに積極的な意味を見いだすことはできない。
権利条約では、「Impairment」は、視覚、聴覚、上下肢等の機能の不全等を意
味する機能障害を表し、「Disabilities」は、社会環境との相互作用において障
害者の生活や行動が制限・制約される「社会的不利」を意味する。そして、第1
条後段で、障害者は、「障害者(Persons with Disabilities)」と定義され、
「Impairment(機能障害)」のある人々は、その中に含まれると規定した。前文
(e)においても、同様の考え方を採用している。障害者の社会参加の不利の原因
を、個人の機能障害に求めるものではなく、機能障害と社会との相互の作用に
よって生じるもの、ということである。一方、個人の機能障害に社会参加の不
利の原因を求める考え方が「障害の医学モデル」である。


ディスアビリティーへの疑問氷解。ディスなのは身体機能のみを指すのではなく、そこに社会が対応出来ていない不備をも指しているのか。
日本で障害者の物語が多く美談とされていたり、障害に「頑張っている」「乗り越える」という言葉が付き物なのは、障害を個人的な事情とする感覚が突出していることの反映だろう。ディスアビリティーという概念は普及の必要があるとは思うものの、障害と関わりのない生活をしている多くの人々にとっては、なかなか実感しにくい概念ではなかろうか。じゃあそれでどうしたらいいの、と。バリアフリーの推進くらいしか思い浮かばないし、日本語でピタリとくるディスアビリティーの訳語もちょっと思い浮かばない。


【佐藤委員】 佐藤久夫 日本社会事業大学教授
「障碍」がよいと思う。
「碍」の本字は「礙」であり、この意味は「旅人が道をふさいでいる大きな
石の前で立ち止まってどうしたらよいか考え込んでいる姿」と香港の大学教員
から説明を受けた。(10 年程前に,香港私立大学助教授で国際リハビリテーショ
ン協会(RI)社会委員長、ジョセフ・コック氏から,故埼玉県立大学教授丸山一
郎氏などとともに)。
環境の障壁を前に立ち止まっているとの意味は,現実を反映しており,また障
害者権利条約やICF の視点からしても適切な表現と思われる。


旅人は障害へどう取り組めばいいのか思案する健常者の姿でもあり、自身の障害へどう取り組めばいいのか思案する障害者の姿でもあり、障害と社会との関わりについて思案する世の中全体の姿とも受け取れる。なかなかうまく出来ているではないか。
ラベル:中日新聞
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2010年03月21日

10/03/20

一ヶ月ぶりにまともな肉、それも100グラム1000円を超える焼肉用牛肉をフライパンで焼いて食べたら、脂で気持ち悪くなってしまった。五切れしか食べていないのに。若いころは平気の平左だったはずだ。つくづく老いたと思う。
焼肉の後にモヤシ炒めをやるはずだったが断念。胃薬を飲む。

あとで気づいたが、ナルトの「付き添いの忍者が居眠りしている間に、布団を被って寝ている振りをして、床に穴を開けて抜け出す主人公忍者」という展開は、忍たま乱太郎みたいだ。

十年以上前に天外魔境ZOROというスーファミのRPGが発売され、なかなか楽しくて三回はクリアした。このゲームでは武器防具の他に飾りを四つまで装備することが出来、そのことが説明書だかゲーム誌の紹介だかに、『飾りは四つまで装備OK! 「ワラのぞうり」だけを四つ装備することも出来るぞ!』と、さも好いことであるかのように書かれていたが、ぞうりを四つも装備出来るなんて、設定がおかしいだけだと今でも思う。私の想像では、その四足は腰に下げて腰蓑のように装備されている。

ホビーショップにて、アニメ忍者ハットリくん放映時に発売されたと思しき子供用食器を発見。家庭で使い込まれた感があり、型が小さく実用度は低い。私の目利きでは、五百円なら大満足、八百円でこんなところか、千円ならば仕方なく買う、千五百円で思い悩む、という出来。値札には二千五百円とある。買えない。買えないが、売れてほしくない。
私は漠然とキャラクターものの食器が欲しいと思っている。さしあたっては、ハットリ、オバQ、怪物くんあたり。
エヴァンゲリヲンの一番くじE賞はグラス三種であったが、くじが一回五百円というのは高いので敬遠した。先日、あるところでこのグラス三種が安価で売られていたのを見つけ、喜んで購入。

子供のころに「てなもんや三度笠」を観ており大好きで、主人公の好物であるオカラを食べたいと親にねだるほどだった。
最近になって勘違いに気づいたが、主人公がオカラに目がないのは「素浪人花山大吉」である。小坊主姿の白木みのるを観ていたような気がするのは、もしかしたら同時期に「てなもんや」も放送していて記憶が混じったのかもしれない。

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2010年03月18日

今週の一休さん

「おい、一休」
振り向くと、見るからに頭の悪い、柄の悪いことで有名な先輩がガムをクチャクチャ噛んでいる。
「ちょっと金かしてくれよ」
こんな人間の屑が金を返すはずはありません。カツアゲです。
「今月困ってるんだよ。なあ、いいだろう。同じ仏教徒じゃねえか」
馴れ馴れしく一休の肩に手を回す先輩。
「わかりました」
そう言って先輩の手を払いのけ、一休は懐から一万円札を取り出しました。
「今から金をかします。金を、かします。金をぉぅかしまぁす。金を、うかしまーす!」
一休は法力で一万円札を宙に浮かしました。
先輩はそれを掴み取ると帰っていきました。
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2010年03月17日

老人のデジタル

年を取ると涙脆くなっていけない。いつもメソメソしている。
これなんかタイトルだけで泣く。
『じーじのデジタル紙芝居』
わあ。じーじが孫を喜ばせようと奮闘する姿が目に浮かぶが、いかんせん『デジタル紙芝居』からは強烈に掴まされた感が漂う。現代ハイテク事情不通じーじが、「デジタル」に怯んで直後の「紙芝居」に「これなら……!」って飛びつく。メンコも竹馬も無視してわけのわからんピコピコゲームに夢中の孫たっくんも、デジタルならば……! ばーば「あなた、それは何ですの?」「たっくんへの土産だ。じーじもこれからはデジタルを知らんと時代に乗り遅れるからの」「そうやってまた玩具を買うんですから。もう、あなたは本当に孫に甘すぎます」「はっはっは。じーじだけがたっくんと仲良くなっちゃうな」 言葉と裏腹にばーばは微笑んでいる。その結末たるや、デジタル紙芝居に飽きてピコピコを始める孫を背中に、傷心して目が潤んでいるじーじ。なんと声をかけたらいいのかわからないばーば。ピコピコの賑やかな音楽が遠くに聞こえるのは、じーじの耳が遠くなったせいばかりではない。孫の心がじーじから一段と離れてしまったような気がするからだ。ああ、たっくんよ。じーじはどうしたら一緒に遊んでもらえるのかい。じーじにピコピコは難しいのじゃ……。
で、何がデジタルなのかと思ったら朗読手本のCDが「デジタル」らしい。

おアソビ探偵団:じーじのデジタル紙芝居
http://www.tnc.ne.jp/oasobi/oasobi02/97kamishibai/01.html


一人っ子の独り遊びはもんだい

このガキの面。膝を抱えて。元気なじーじのイラスト。丹下左善。
こんなジャケ写で乗せられてしまうじーじに、子供の心をキャッチする感覚があるとは思えない。
じーじにとっては娯楽が少なかった少年時代の懐旧溢るる丹下左善も、発達した娯楽に恵まれた現代っ子に新作として封切られる丹下左善がどれほど受けるのだろうか。


未完結の丹下左善よりも、図書館の紙芝居を借りてきて読んだほうがよっぽどいいと思う。本職紙芝居屋じゃなくても、保母さんや先生が読む紙芝居や絵本に、幼い私はかなり夢中になった。

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2010年03月16日

10/03/15


極度の眠気が襲って来、昼間に眠り込んでいると何かの夢をみた。
夢から覚めると金縛りにかかって動けず声も出ない。
足元に誰か立っていて、私を見下ろしている。幾重かの漆黒の衣を纏い、顔も漆黒で表情はみえないが、感情のない視線を感じる。烏天狗だ、と思う。さっきの夢に出てきたような気がする。
私のすぐ左側には押入れがあり、その扉と天井との間の壁に白い靄の塊が張り付いている。よく見ると裸の子供が張り付いているのだった。多分、烏天狗よりもこっちが危険だ。幼いぷくぷくとした体つきで、顔だけが異常に大きく、胴体ほどもある。頭のてっぺんに短い黒髪が確認出来るものの、顔の中央部分は灰色にぼやけていて表情がまるでわからない。こいつは夢に出てきただろうか。
どちらも微動だにせぬ。

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2010年03月15日

なんだかわけがわかんないね、うん。


由美かおるの代表曲「ドンズバ」。そのドンズバぶりは『ドンズバドンズバドンズバー ドンズバドンズバドンズバー ドンズバドンズバドンズバー ドンズバドンズバドンズバー』で始まり、間奏と『ヘイ』2回を挟んで『右のあなたとドンズバー 左のあなたとドンズバー ドンズバ同士でピャッピャッピャッ ドンズバ ドンズバ ドンバラヤ』と、最初からフルアクセルで容赦ないドンズバ、そんで全編この調子だから、もう、ドンズバって何? 何なの? ってわからない。わからないけど、ドンズバだ。ドンズバに違いない。認めざるを得ない。ドンズバはそこにある。あるんだ。だって由美かおるが『只今現在ドンバラヤー』って言ってるのだもの。正体不明ドンズバ。こんなもの、この歌にしかないと思っていた。それが、いたんだ。いたことに気付いたんだ。


数年前にNHKで放送された談志の「居残り佐平次」にこんな件がある。
佐平次は金もないのに廓でさんざん遊んだものだから、布団部屋に押し込められて家に帰してもらえない。それを勝手に抜け出して、廓の手伝いをしたり座敷へ出て行って場を盛り上げたりして、仕舞いには芸者や幇間を差し置いて、客から声がかかるようになる。
その佐平次の仕事ぶりがこんな具合なのだ。

いのどーん、十三番さんで御座敷ですよ。
いよっ、へいっ、ダンダンカンカン、あがってくるってぇと、いよっ、やたあっ、ぬうー、ドンドンドンドンドンドンドン、って客が、ズンズンズンズンズンズンズン。これですよ、ドンズンドンズン、うわあってくるてぇと、ピューッと浮かんで、うわぁー、うわぁー、ってね、お天道様に突き刺さって向こうに行こうと思ったら、壁があった、なんという話はあんまり面白くないけどもね、うん、世の中ってのは、えへらぽーですよ。にしらつー。にしらつですよ。こりゃさのモー。うわあああああ。みんなでいきましょう、モー。なんだかわけがわかんないね、うん。


ドンズンドンズンは何か具体的な事について言っているわけではない。佐平次は勢いだけで意味もなくドンドン言い、それを受けて客もズンズン言っているだけである。他にも佐平次は色々とわけのわからない事を言う。
これはドンズバではないかと思う。ドンズバと名付けられた何者かを談志も掴んでいて、談志落語を通るとこう出てくる。由美かおるを通るとああ出てくる。


前に談志が伊集院光のラジオに出た時にこのようなことを言っていた。

生まれたばかりの赤ん坊は何もわかっていない。だから学習をさせてものがわかるようにする、常識を身につけさせる。こうして「正常」になる。けれども、その学習は知識思考を既存の規格に無理矢理合わせるものである。学習する前の子供がみるもの、痴呆や病が「正常」を崩した時にみえるもの、そっちが「本当」なんじゃないか。(大意)

で、うまく言葉にできないけれど、私は次のようなことを考えている。
この「本当」を、「正常」で取り出す。「正常」には少し穴を空けていないと「本当」を汲めない。また、「正常」でなければ汲めないのは、我々があまりにも「正常」に毒されていて、「正常」でなければ自己とも他者とも満足に疎通ができないからだ。「正常」という器の造りで、そこに少し取り出された「本当」を認識する。「正常」を少なく薄くしてゆけば、それだけ純度の高い「本当」になるのだけれど、そうなると「正常」な我々はどんどん理解しづらくなるし、汲み出しづらくなる。この「本当」の切り出し方がうまくいくと、少ない「正常」で純度の高い「本当」に反応できる。理解はできないのに、面白い。何故反応できるのか。それは、我々は本来「正常」なんかじゃないからだ。

ドンズバが意味不明であるにもかかわらず、我々の心を打つのは「本当」だからで、我々の心を打つにも関わらずドンズバが意味不明なのは、これまでになかった形の器で汲み出されたものだからではないだろうか。

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2010年03月13日

果たしてメジャーデビューできるのか?

スマイレージ
目指せデビュー!スマイレージ笑顔キャンペーンとは?

 2010年5月にメジャーデビューを目指す4人組「スマイレージ」が、
 10000枚の笑顔の写真を募集!!!
 期限までに10000枚集められなければ、デビューは取り消し??
 デビューを応援するファンの方々、スタッフの皆さん、道行く人々、などから、
 スマイレージも積極的にあなたの笑顔を激写!
 その写真10000枚を集め、ひとつのモザイクボードを作成!
 果たしてメジャーデビューできるのか?そして完成の絵は???



応募期間

 2010年2月28日(日)〜 3月25日(木)24:00まで

応募条件

 笑顔の応援画像
 ※本キャンペーンに沿わないと判断された画像につきましては応募対象外とさせていただく場合がございますので予めご了承ください。


http://form.s-mileage.jp/



「本キャンペーンに沿わないと判断された画像」が気になるところですが、当ブログではスマイレージメジャーデビューを全面的に応援することに決めました。よって、これを読んでいる貴方にも応援する義務が課されます。このブログで出来ることは微力に過ぎませんが、小さな力でも集まれば、大きな力になるはず! 頑張りましょう!!
今すぐ写真撮れ!!!














ハロー!チャンネル

出版社名 角川グループパブリッシング
発売予定日 2010年4月26日
予約締切日 2010年3月30日
予定税込価格 1,800円

分類 テレビ・タレント・写真集
出荷の目安
予約受付中

■おすすめコメント 

ハロー!プロジェクトのそれぞれのグループ、またソロアーティストとして活躍している彼女たちですが、実はその個性や魅力はさまざま。そこで、今回、この「ハロー!プロジェクト」のメンバーを主体とした「ハロー!チャンネル」では、世の中にあるさまざまな職業の楽しさ、厳しさをメンバー自らが体験し読者に伝えていく企画や、それぞれの個性を生かした連載などを通して、グループの枠を超えて、さまざまな企画にチャレンジ!;アイドルという枠に収まらない、Hello!Projectとしての活動の中では見せたことのない新しい可能性を追求していき、それぞれの個性を表現できるような企画で構成しています。; ;主な企画内容;☆巻頭グラビア/高橋愛&真野恵里菜;〜アイドル論壇「これからのハロプロ」高橋愛×真野恵里菜;☆特集  ;「ハローチャレンジ」編/ユニット対抗のファッションコーディネート対決! ;「ハローワーク」編/「働く」がテーマに色々なことにチャレンジ!;☆特集「祝!メジャーデビュー!!スマイレージ徹底解剖」;特集 ハロプロメンバー カラオケバトル;☆生写メ誌上ブログ/メンバーの自宅の部屋を、自身が写メで自撮り。


e-hon
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refBook=978-4-04-895074-9


やったぁー! メジャーデビューだ!
私たちの応援が実を結びました。みんな、ありがとう!!
バンザーイ!!!
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2010年03月12日

10/03/11
























旭 川 ス タ ル ヒ ン の 投 失























 
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2010年03月11日

10/03/10

「これ、余のトゥシューズをここへ。
「はっ。
「む、中にうんこが詰まっておる。藤吉郎、貴様、余のシューズをおまる代わりに使ったな!
「親方様、これは真冬でも爪先が冷えぬよう温めるためにてございまする。
「あっ、確かに温い……! これで冬のレッスンも頑張れる!

こうして信長はプリマバレリーナになった。
長篠の戦いにも勝った。
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2010年03月10日

山のあなたの空遠く幸住むと人のいふ



この前、車で山に登ってきました。そのルートは観光客がバスや自家用車で登るところで、いいドライブになります。
観光施設が山の麓近く、中腹、頂上付近にあり、それ以外にちょいちょい見晴らしのいいところに駐車スペースが用意されていて、そこには売店だの何だのってのは何もなく、写真撮ったり下界を見渡したりと、ゆっくり風景を楽しむ場所になっています。
そこへやってきた一台のワゴン車。トランクを開けて簡易の机を引き出すと、あっというまに売店の出来上がり。観光施設とは無縁と思われる無頼派移動売店です。売り物はパワーストーン。明らかにこの山とは無関係な、幸運を齎すカラフルな石たち。
山というのは古来より霊場なのに、そことは無関係の霊的なものを持ち込んで売るのには、視界から店を外したとて消えぬ、心地の悪さがありました。

金運を呼ぶ、お守りになる、良縁を引き寄せる、病を防ぐ……。パワーストーンに囲まれているからには、店の人はさだめし幸福なことであろうな。札束風呂へ入っているに違いない。
観光施設の売店には、これまた山とは無関係の、数十年前から売れ残っているようなちゃちな玩具が売られていた。あれは場違いを通り越して、風物詩の如き域にある。

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2010年03月09日

心情圏 68年10月号

『特報 自由の日はプラハに燃えた』
チェコにソ連の戦車軍が侵入。チェコ市民から「反革命を見たか」と問い詰められ、答えることが出来ずに泣き出してしまったソ連兵がいた、というのは何時ぞやのNHK加藤周一特集でも言っていた。本誌特派員がある兵士に話しかけてみたところ、「反革命を見たか」「見た」「どこにだ」「不良が沢山いるではないか」「不良とは?」「髪の変に長い奴らだよ」という問答になったという。別の兵士からは「我々、兵士は何も考えてはならないのだ」「(ドプチェクを)知らない」などの発言もあった。


千野栄一の記事。

学生時代プラハにいた時、ソビエトの学生と知りあって非常に面白い経験をした。彼はキエフというカメラを持っていて、私はキヤノンを持っていた。ところが彼はキエフが世界で一番いいカメラだという。そこで彼の提案で撮影会に行くことになった。(中略。二人は撮影を行い、後日現像された写真を見せ合う)
出来たから見せたところ彼の世界観は全く変わってしまった。今までソビエトのカメラが一番いいと思っていたのに、日本のカメラで写したら、はしからはしまで写っている。ところが彼のは、はしはぼやけている。彼は非常に驚いていた。彼は写真をとる時、一生懸命距離を測って、いちいち、全部いわれた通り丁寧にやっている。しかし、こっちはそのままポンと撮ったのであるから驚くのも当然であろう。そうして言うには「私は今まで嘘を言われていた」

それから彼は毎日友達を連れて来て、キエフとキヤノンの写真を見比べさせたという。
千野は、これは日ソの良し悪しではなく、資本主義は社会主義に比べてある種の面で異常発達しているということであり、これで社会主義を笑うには当たらない、どこを比較するかでとるものが違ってくる、とこの段落を結んでいる。
「キエフが世界で一番いいカメラだ」という台詞は、助けに行ったつもりのプラハで市民から問い詰められて泣き出したソ連兵や、大本営発表を信じた日本人に通じるところがあって物悲しい。


喫茶店広告の地図、鶯谷駅すぐそばに「トロリーバス通り」がある。
52年に開業された都営トロリーバスは67年から徐々に路線が廃止され、68年10月の今井-上野公園間廃止により全廃している。(参考Wikipedia)


中村満次郎(芸術のための青年10人委員会)の旅行記。語尾の「である」多用が印象深い。「トウモロコシを売っている夜店にも趣向がある。ところが映画館に着いてみると満員なのである。私はそこでアレキサンドリアの中心街に出ることを誘ったのである。そして三人は見知らぬ夜の街へ海岸線をバスで走ったのである」。この「である」四連発のリズムに私は吹き出してしまう。
インテリぶった文章だが大した中身はない。


そういえば、あの加藤周一の番組で姜尚中が「最近は人前で戦争反対というとKYといわれる(大意)」と言っていたが、本当だろうか。戦争反対と言っただけでサヨク扱いされそうなところならば知っているが、批判するにもKY(こんな馬鹿らしい言葉、本当は使いたくない)というのは言葉の使い方を間違っていていないか。反戦論に「空気が読めない」なんて返した奴をみたことがない。あったとしても例外的な少数ではないのか。
若者言葉に通じている自分を見せたかっただけではないのかなあ。










最近の鳥越俊太郎の髪型がおかしいという話を聞いたのでスパモニを観てみたら、実験に失敗した博士みたいになっていた。
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2010年03月08日

非常に仲がいい

岡田氏「私たちは仲良しトリオ」 “蚊帳の外”に反論

 岡田克也外相は6日、札幌市内での講演などで、米軍普天間飛行場移設問題をめぐり平野博文官房長官と北沢俊美防衛相がルース駐日米大使と極秘会談したことに関し「新聞は『外相は外されているのではないか』と想像たくましく書くが、私たちは昔から非常に仲の良い3人トリオだ。お互いに連絡を取っている」と反論した。

 “蚊帳の外”との見方が広がることに神経質になっている様子で、極秘会談に呼ばれなかったことについては「私に負担をかけずに進めなければという思いがあるのだろう。感謝している」と強調。その一方で「3人の言うことが違うじゃないかと言われる。3閣僚が力を合わせることが必要だ」とも述べ、暗に平野氏らをけん制した。


北海道新聞
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/219248.html

あの生真面目な岡田による「非常に仲の良い3人トリオだという言葉の選択が可愛らしいので記録しておきたい。「私たちは仲良しトリオ」という記事の見出しが、何かの小さい賞を取った小中学生の作文題名のようである。
新聞のたくましき想像通りならば、バブられた一人が「僕たち仲良しトリオなんだい」と言い張っていることになり、不憫でならない。それに「3人の言うことが違う、力を合わせることが必要だ」という発言からは、実のところ仲が良くないような想像が働く。

そういえば私も、小学五年の時に担任の発案したる調査で、各自友達二人の名を紙に記せと命じられ、その後担任が回収した紙が教卓の上に出しっぱなしになっていて事実上の結果発表となり、私が「私たちは仲良しトリオ」だと思っていたうちの二人の紙には私の名前が。名前が。他の紙にも私の。私の名前は。
あとは想像にまかせる。
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2010年03月06日

10/03/05

最近はまた伴淳の映画が人気らしいじゃないか。
ヘえ、何という映画だい。
アジャパー。
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2010年03月05日

水色

日曜の水色の落語を聴きに行く。
枕に笑点のことなどを話して、演目は滑稽話。
さすが副会長、上手い。いや、仕草には芸の年季を感じる上手さがあったのだけれど、話し振りが大喜利でバカな回答をしている時のようなヘラヘラ振りで、芸の腕がどうのこうのという感じではない。面白い話をするのが楽しくてしょうがないようなヘラヘラ。聴いているこちらもただただ楽しかった。後でよくよく思い出すに、どうも上手かった。
地元でローカルタレントの如きをやっている噺家も一緒に出た。会場にいた聴衆で知らない人はなかっただろう。年は五十くらいか。時折、知名度に胡坐を掻いたような道化をやるのが、わざと御調子者をやっているのはわかっていても、馴れ馴れしくて困る。枕も噺もつまらなくて苦しかった。断然カロクのほうがいい。


先日、NHKのドキュメンタリー「師匠の十八番と闘う〜円楽とその弟子〜」にて。
三遊亭王楽(好楽の息子。09年10月真打昇進)が講談でも語り継がれる腰元彫りの名人伝にして人情話「浜野矩随(はまののりゆき)」を客前でやる。この話は、腕の悪かった矩随が名人として開眼する最中に母親が自殺をしてしまうのだが、死ぬ理由がはっきりとしていない。ここには演者が独自の解釈を加え、母親を自殺未遂に留めることさえある。
王楽は寄席が終わったあと知人(後で調べたら兄弟子の兼好)との会話で、母親が何故死んだのかわからない、わからないけどやっちゃった、と言い、相手から、そんないい加減なものを客前でやっちゃだめだよね、と諭される。自分がやった人情話の山場を「意味がわからないけどやった」とカメラの前でわざわざ明言してしまうなんて馬鹿じゃないのかと思った。


正論三月号で、円楽が止め名であった円生を鳳楽へ継がせると指名していた件へ反発する、円丈へのインタビュー記事「鳳楽くんの円生襲名に異議あり! 落語家の名跡はいったい誰のものなのか。私物化した円楽さんに物申す」を読んだばかりのところへ、鳳楽と円丈で円生争奪戦を行うことが決定されたとの報。これは記事内で円丈が強い意気込みで提案していたことである。争奪戦中身の取り決めはまだ未定。

産経新聞:因縁の名跡「円生」争奪戦 円丈と鳳楽、高座で対決
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/100206/tnr1002060036000-n1.htm

朝日新聞:「三遊亭円生」の名跡、落語会で争奪 鳳楽・円丈が対決
http://www.asahi.com/culture/update/0302/TKY201003020429.html
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2010年03月04日

10/03/03

ちょっと考えまして、ブログをやめることにしました。終了です。先月で終わってました。さよなら。でも明日からも続きます。
誰に遠慮することなく自分のためだけに書こうじゃねえかと始めたブログでしたか、其れ故かあまりにも他人から需要がない存在であること、将来の書籍化を念頭に置いた故の筆の鈍り、他にも色々理由はあったのですが、ちょっと考えている隙に忘れてしまいました。それで、結論は憶えていて終了です。もう終わらせることにしました。
「やめないでくださーい」の類のコメントを期待しているように思われては困る、なんて書くと誰がそんなこと書くもんか自意識過剰ですよー、と。だからといって予防を怠って一回でも書かれちゃ困るからこんなこと書かねばならぬ。妥協する。再度明言しますが更新は代わり映えなく続きます。事実、更新4回分はもう書き溜めてある。

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2010年03月02日

博奕補足

荘子達成篇四に顔淵と仲尼の問答がある。仲尼はこう言う。

瓦を賭けて当てごと勝負をするときはうまく当たるが、〔値うちのある〕帯どめの金具を賭けて当てごとをするときは心がおののき、黄金を賭けて当てごとをするとなるとでたらめになってしまう。 
岩波文庫 荘子 第三冊 金谷治注

実際にこのような問答があったかどうかは別にして、論語成立から比較的近い時期に成立した荘子にこう書かれているということは、孔子と賭け事の組み合わせに違和がなかった、つまり、論語にある「博奕」が賭け事を指していることの証明にはならないが、その可能性を示すものとはならないだろうか。ならないか。
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