2010年01月30日

友よ

時を同じくして世界の主要都市上空に突如現れた巨大なうんこ群。人々は驚き、戸惑い、混乱に陥るが、それを鎮めたのもまた、巨大なうんこであった。
うんこが何者であるか把握するために、人々はうんこから各言語で発せられるメッセージに聞き入ったのである。

「人類よ。我々は遠い未来からやってきたうんこです。近い未来、人類は自らの手によって滅びます。我々はそれを回避するためにやってきました。我々はこの時代に人類が抱える人口、食料、政治、経済、エネルギー、環境、宗教、病、民族、人種などの問題を解決するための人類育成プログラムを完成させました。人類は直ちにこれを学習する必要があります。人類には、人類を管理できるだけの能力がありません。我々には人類を管理し、繁栄させる能力があります。さあ、すべてを我々に委ねるのです。我々は人類という友人のために遠い未来からやってきたうんこなのです」

聞き終えて、人々は再び混乱に陥った。


「あのうんここそ、神だ」「救世主だ」「人類の幸福を考えるためならば、あのうんこに従うべきだ」
全人類が管理下に入ることを要求するうんこを歓迎する人々はいたものの、少数派であった。
「独善的なうんこだ」「信用できない」「うんこに管理されるなんて嫌だ」
人類の大半はうんこが上に立つことを拒み、各国政府や国連もうんこの管理下に入ることを拒否する声明を発表した。人々の反発は強く、排便を我慢するうんこストライキが各地で行われ、うんこの不買運動も盛んになり、多数の世界的トップミュージシャンたちが参加した楽曲「We Are The World, Not Unko」も緊急発売され大ヒットと、反うんこの流れは止まるところがなかった。


その間、巨大なうんこ群は上空に留まって沈黙しており、どうやら人類の反応を観察しているようだった。そして、人類が受け入れようとしないことを知り、再びメッセージを発した。

「管理されるべきことが理解できないのですね。大丈夫です。これは人類のためになることなのです。管理を実行します」

巨大うんこ群は政府主要施設を次々と破壊し始めた。政治拠点を無くすことで、まずは人類の人類による統率管理を解こうとしたのである。当然、人類は軍事力を用いた反撃に出た。かくして未来からの巨大うんこと人類との戦争は始まったのである。

人類はうんこに勝利する。しかし、この混乱に乗じて政府を攻撃するテロリストや、手を握り合いつつも水面下で展開されていた国家同士の確執や覇権闘争の表面化等により、うんことの間に生じた戦争は人類間のそれへと移行していった。人類史最後の世界大戦である。人類は滅びた。


核も毒も細菌も、兵器は使える限り使われて、地球は死の灰が舞う沈黙の星となった。それから数千年が経ち、人類が残したうんこに知性が芽生えた。太古の地球に生命が芽生えたのと同じく奇跡である。うんこは進化してうんこ同士が合体することである程度までの高い知性を得られるようになり、やがてそれは人類の知性を凌いだ。高度に知能が発達した巨大なうんこは、かつて地球上には人類というものが繁栄しており、文明や文化を作り上げたが、どうやら人類同士の争いで滅んだらしいことを突き止めた。人類繁栄の裏に、人口、食料、政治、経済、エネルギー、環境、宗教、病、民族、人種など多岐にわたる大きな問題を抱えており、これらを解決するに至らず、争いの火種としてしまったらしい。そのどれもがうんこには幼稚な、取るに足らない問題であった。

うんこは、地核中心部を原点として同一座標上の異時間を移動する理論と技術を完成させた。所謂タイムワープである。これを切っ掛けに、地球へ長い沈黙を強いらせた愚かな人類を救済すべく、諸問題解決のための人類育成プログラムを考案する。これを速やかに適用できるのは、育成プログラムの理解を可能とする程度に人類の知能水準が高まった時期、つまり最終世界大戦直前であった。
比較的高い知性を持つ人類は、現地球上で唯一知性を持ち、それ故に孤独なうんこにとって、今すぐにでも知性を交わしたき友人なのだ。ただ、この友人は酷く愚かである。是非とも教育管理して道を踏み外さぬようにしてやらなければならぬ。至らぬところに手を貸すのは友人の務めではないか。
こうして、人類を、この星を、滅亡と破壊から守るため、全うんこは遠い過去の地球へと旅立ったのである。


時を同じくして世界の主要都市上空に突如現れた巨大なうんこ群。人々は驚き、戸惑い……
ラベル:うんこ
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2010年01月28日

10/01/27

寂れた漁師町。大勢で旅行に来たが、私一人で外に出る。
短い草に覆われた小高い丘の小道を登ると、海が見える。
丘を少し下った右手に、古い木造民家がまばらに固まっている。その一軒、二階建ての家に入る。私はそこに泊まるものだと思ってい、ならば民宿なのだろう。
誰に会うこともないまま進んで、四畳半の部屋に入る。知っている女がいる。
部屋の中には円柱形の大きな旧いストーブが赤々と部屋を暖めており、少し暑いくらいだ。女は台所で薬缶に湯を沸かしており、それをストーブの上からかけると、湯が何もないストーブの上で円柱形に形を作って湯気をたてる。まるで透明の容器でもあるかのように。
私が少し暖め過ぎやしないかと云うと、冬は好きなだけ暖を取ることにしている、そのかわり夏には涼むことをしない、と女が云う。この頃には、ここは彼女の家だと思っている。
そういえば今日は他に誰もいないのだ。二人きりである。私はここを自分の家だと思っていた。
ラベル:
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2010年01月27日

おばあさんが桃を拾うの。

むかし、どっかにおじいさんとおばあさんがいて、おばあさんが桃を拾うの。大きいのを。
それを、おじいさんがかえってきたらいっしょに食べようとおもって、おじいさんのかえりをまつんだけど、忘れて、桃のことを。床下収納庫に放り込んだまま。高齢だから。
それっきり、桃のことは思い出さなかったんだって。
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2010年01月26日

10/01/25

今日のTVタックルでは、今月17日に亡くなった郷里大輔氏の冥福を出演者スタッフ一同の名義で祈る画面が、阿川佐和子氏のナレーションで最後に放送された。郷里氏がTVタックルのナレーターに加わってから20年経つという。(番組は2009年7月に20周年)
先週18日の放送はペット業界の暗部を特集するもので、郷里氏がメインのナレーターを務めていた。その日の放送では訃報が伝えられず、もしかしたら顔出しのないナレーターだとこのまま触れられないのではないか、ちょっと寂しいな、と思っていたので、今日の放送できちんと扱われたのは、何だか変だけど、少しほっとした。
顔出しがなかったのだから裏に徹して訃報を出さない、というのも正解だと思うが、思い入れのある声優なのでこういうことを思った。

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2010年01月25日

あるとき、おばあさんが桃を拾ってきたわけ。

むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいて、あるとき、おばあさんが桃を拾ってきたわけ。
それも、川上から流れてきたとかいう怪しげな大きい桃なんだけど、当時は桃がまだまだ貴重だったから。今みたいにスーパーで売ってないから。
拾っちゃうのも止むを得ないわけ。そういう時代なの。

家にかえって、おばあさんは桃を食べたの。一口で。巨人族だから。ジャイアントおばあさんだから。おじいさんは夜勤のシフト入ってて家にいなかった。
翌日、おばあさんが朝一番のうんこしたら中から赤ちゃん出てきて、夜勤明けでかえってきたおじいさんがそれ見て「誰の子だ!」って。おばあさんは当然「知らない」っていうけど、おじいさん聞く耳もたないわけ。ジャイアントおじいさんとの赤ちゃんにしてはノーマルサイズだったから、少なくともおじいさんの子じゃないことは一目瞭然なわけだし。

これが元で二人は離婚して、おばあさんはうんこで子を産む女という近所の目に耐えられないのもあって、赤ちゃんを連れて遠い町へと引っ越したの。赤ちゃんにはうんこから生まれたのでうんこ太郎って名前をつけてね、本当のことは隠して我が子として育てることにしたわけ。
生活は楽じゃなかったけど、うんこ太郎は家のことをよく手伝ってくれるし、勉強も運動もよく出来て、友達も多い子に育ってくれて、おばあさんはやっぱこの子を引き取ってよかったなあって思っとったのよ。
月日は流れて、うんこ太郎が中学校の修学旅行でオーストラリア行くことになって、パスポートが要るんで、うんこ太郎は役所に戸籍謄本と住民票を取りに行ったの。そしたら、戸籍の母の欄に『うんこ』って書いてのを見つけちゃって、どういうことなのかおばあさんを問い詰めたわけさ。で、おばあさんはうんこ太郎がもう少し大きくなってから全てを話すつもりだったんだけど、こうなったら黙っているわけにもいかないんで、全部話したの。おばあさんが本当は母親じゃないこと。うんこ太郎がうんこから生まれたこと。
うんこ太郎は出生の秘密や自分の名前の由来にショックを受けちゃって。そういえば僕はジャイアントじゃないなとか、ますます父親が誰か気になるとか。
かなり荒れて学校サボったりするんだけど、修学旅行にはちゃんと行ったんだってさ。
楽しかったって。
ラベル:うんこ
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2010年01月24日

10/01/23


いつもは歩かない空手道場の裏道を通る。道場に隣接した家屋で何人かが炬燵に入っているのが見える。
道の片端に久しく顔をあわせていない二人の友人がいる。一人はIで、もう一人は誰だろうか。私はIを負ぶって道を歩き出す。Iは自慢するように嫁の話を始めた。そういえば、Iが脚本家の女と付き合っていると話す夢を、ずっと昔にみたような気がする。坂を上ったり下ったりすると、人家だけがのんびりと軒を連ねた集落の外周部分の道に入る。林を背にして、大きな建物がある。朝鮮から日本に渡って議員になった人の家だが、素人の作った自己主張の強い記念館のようにも見える。向こうの字で何か書いてあるが、読めない。その隣には、公民館のような神道風の施設。こういう建物のほうが目に慣れとるわいと思うも束の間、赤青黄紫黒などのカラフルな細い布を沢山垂らした棒を持ち、同じような布を垂らした陣笠を被った一団が施設から出てきてびっくりする。これがどこの信仰か思い出せない。
場所変わってIはもういない。向かい風が強くて前に進まない。体を斜めに倒し、一歩一歩進む。地面から30度くらいの角度。ふと横目で見た小さな一軒家の話が影絵ではじまる。夫婦で住んでいたところに、一人のヒーロー然とした男がやってきた直後、太った大男の○○(名前失念)が突然あがりこんできて、三人をぶつ切りにして、家の隅に積み上げた。それがついさっきの話で、つまりちょうど今○○がその家にいる。
目が覚めると、のどが渇いて腫れ上がったような感覚。
ラベル:
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2010年01月22日

今週のドラえもん

  劇場版『のび太と野武士と侍』


第一部

「ドラえもーん、野武士が村を襲いに来るんだよー。何か出してー」
「ううむ。村を守るために侍を雇うのじゃ」
「ハハハ、道具じゃなくてアイディアを出しよったわい」


第二部

「ドラえもーん、野武士が村を襲いに来るんだよー。何か出してー」
「しょうがないなあ、のび太くんは。パララパッパパー。はい、『志村喬』」
「ハハハ、話が早えや」
「いーのちー、みじーかーしー、こいせよーおとーめー」
「ドラえもん、この志村弱ってない?」

野武士の襲撃により村は滅んだ。そして、公園が出来た。
ハグしちゃお。
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2010年01月21日

今週の質疑応答

・ヨシノブさんには本当に友達がいないのですか?


・厳密に言えばいないこともないです。飯に誘われたら行ける、という程度が地元に五人以下くらいいます。現住所の範囲だと一人。普段、メールや電話の遣り取りをする相手なら皆無。親兄弟含め、基本的に事務的な用件がない限り連絡は取りません。
他人を拒絶しているわけではないのですが、積極的に友達を作ろうとも思いません。自然と親しくなればそれでいいし、無理に親しく出来る性質ではありません。
ただ、世の中では友達とは多ければ多いほどいいような風潮があり、友達の数や質を競う傾向すらありますから、その向こうを張って「俺には友達がいないんだぞ」と言うのはなかなか面白いんじゃないかと個人的には思っています。何度言おうと自慢にならないところがまたよろしい。ですから、「友達いない」と唱えることに何の悲壮感もありません。

また、一緒に写真を撮って「ウチら心友」と書き込むような関係には何の憧れもありません。私は友達だの親友だのは必要に迫られて便宜的に使う言葉であって、いちいちそれを持ち出して確認する作業の多くは「友達」という称号を誇示したいだけのことだと思っています。
私にとって、関係の確認を求める間柄など友達ではありません。相手が己にとって良い奴であれば、その関係が友達でなくてもよいし、その関係を無理に名付ける必要も感じません。どういうわけか友達の称号は欲しくないのです。
「友達がいない」と表明するのは、友達をステータスとして扱うことへの反発でもあります。

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2010年01月20日

月刊心情圏 2月号

八坂神社宮司高原美忠の書く『歴史不在の映画「祇園祭」』。
映画「祇園祭」はイデオロギーに忠実、歴史に不実の姿勢にて製作しており、復興が史実では明応九年なのを作中では天文二年とし、一向宗と法華宗の争いを幕府と町人の争いに摩り替え、文化的におよそ考えられないようなシナリオで成り立っているが、これでもよくなったほうで、シナリオ初稿の段階ではもっとひどい内容だった、とのこと。
そういう映画を作りたいなら、オリジナルの設定を用意すればいいのにねえ。歴史修正主義とはこういうことか。


後藤盾身「ハバロフスク号北上中」は中身がないのに気取りすぎてつまらぬ。古沢清子「豊かな国をのぞいて」が軽くて気取らない旅行記なので余計に空虚。

「豊かな〜」はオーストラリア旅行記。著者の旅行前の知識として「白豪主義のため白人以外はオフリミット」との記述あり。ああ、そういえばそういうのがあった。(オフリミット=立ち入り禁止)
旅行は昭和四十三年(1968)のことと思われる。

船で乗り合わせた印象的な子供。

八才のオーストラリアの女の子。ファーストクラスの船室に乗っていたのだが、幼いながら誇り高い女の子で、一緒に歌を歌っていた時のこと、オーストラリアの国歌を教えてくれというと、彼女は頭を振りあげて、こう言ったものだ。「みんなが立たないと、国歌は歌わない!」と。藤イスに寝そべったり、甲板に坐りこんだりして歌っていた私達は、あわてて立たされ、直立不動の姿勢をとらされた。こんな小さな女の子が……と私は恐れ入ってしまった。

wikipedia:白豪主義
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%B1%AA%E4%B8%BB%E7%BE%A9

立ち寄った香港。
高台に行けば行くほど高級住宅地で、低くなればなるほど貧しい所。ひどくなると、水の上で、小さな舟で生活をしている。この水上生活者の一群が、それこそびっしりと、港を埋めているのである。

トイレにチップをもらう人が机を置いて坐っている。無視しているとものすごくにらみつけられ恐ろしくなったこともあった、とのこと。
調べてみると、今でもトイレにチップの人は場所によって居り、紙をとってくれたり、手を洗ったあと拭くものをわたしてくれたりするという。本業は清掃業の模様。彼らはそれなりに基本給を貰っているため、必ず渡さねばならぬものでもないという話も。

フォートラベル:香港のトイレ
http://4travel.jp/overseas/area/asia/hong_kong/qa/18020/


オーストラリアには、今なお石器時代の生活をしているアボリ人という原住民がいる。砂漠で生活し、今なお狩猟で生計をたてている人々。(中略)
オーストラリア政府の同化政策で、家、衣服、仕事を与えられても、彼等はしばらくするとまたもや砂漠に戻っていくとの話である。いきなり現代の生活に連れてこられるせいか、人々の目つきは悲しげで、おどおどしているように感じられた。メルボルンでお話をした役所に勤めているというアボリ人の人は、土地さえあれば、もとの生活にもどりたい、現代の生活はうわべだけで信念がない等と、複雑な問題の一面をのぞかせた話をしてくれた。しかし、最近、点と線の単純な彼等の彫刻や絵が珍重されだしたらしく、その方面の研究家も多いようだ。
このアボリ人との問題は、オーストラリア政府も頭の痛い問題であるようだった。二、三名のアボリ人と話をし、チョッピリだけかじったにすぎない私には、本当のところはわかるはずもないが、話の途中で流れた、緊張した空気にこの問題の複雑さを感じた次第である。


ここではオーストラリアの不名誉なところを抜き出しているが、題名のとおり、大半はオーストラリアのよさを伝える旅行記でもある。


今東光「国家勇断の熟す時」
ところが、沖縄問題では大変熱心な左翼の人達も一たび、北方の問題となると今度はもう何んにも言わない。まるでオシ同然になっちまう。


岡潔「心情診断」

 人は何のために生まれてくるのかという問題があります。その答がわからないと、小さな時から既に困りますし、大きくなったらますます困ります。それで、その答を申しますが簡単ですからなるたけ覚えておいて下さい。
 私がそう言ったからそうと決めてしまわなくても勿論いいんですが、そういったと言うことをなるべく覚えておいて下さい。でも覚えていようと思ったのに忘れたのなら仕方ありませんね。


何と優しい語り口だろうか。岡先生はこれから幼少より己の信条としてきた、物凄く大事なことを言わんとしているのだが、「なるべく覚えておいて下さい。でも覚えていようと思ったのに忘れたのなら仕方ありませんね」とは。見習いたい。
岡先生は人は何のために生まれるかを、こう答えている。

 人は何のために生まれて来るかと言いますと、よいことをするために生まれて来るのです。そして、これ自身が目的であって、他の目的のためによいことをするのではないのです。(中略)
 だけど、言ったのは私なんですから、あなた方はあなた方で、そのことが本当かどうか、確かめて下さい。

奥ゆかしい。
数学者である岡先生が、数学をやるのに一番役立った教育は、満三才の頃から中学四年まで祖父に受けた「人のことを先に考えて、自分のことは後で考えよ」という躾なのだという。
需要がないだろうから内容を詳しくは書かないが、岡先生は本当に天才故の変人だなあと思う。

昭和四十四年 定価百円
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2010年01月19日

人間になりたかったロボット

あるところに、とても頭のいい博士がいました。
博士は誰にも出来ないようなすごい発明をいくつもして、世の中のくらしを便利にしました。
しかし、博士のまわりには、博士をつかってお金もうけをしたい人ばかりがよってくるようになり、博士は世の中がすっかり嫌になってしまいました。
そこで博士はりっぱな研究室を飛び出して、だれもいない山奥にそまつな小屋をたてて、ひとりでくらしはじめたのです。

博士はずっとひとりでくらしていくつもりでしたが、だんだんとさびしくなってきました。ともだちがほしくなったのです。
そこで博士は一台のロボットをつくり、ロボ太と名づけてともだちにしました。

博士は人間がすっかり嫌になっていたので、ロボ太をわざと人間には似せず、小さいころに遊んだオモチャのロボットのような姿にして、知恵をつけて人間のようなみにくい考えを起こさないように、ロボ太の頭があまり良くならないようにつくりました。
そのため、ロボ太はいつまでも子供のような性格で、博士も子供のころにかえったような気持になって毎日を過ごしました。
また、ロボ太は力があって日々の仕事を手伝ってくれるので、年をとった博士には大きな助けとなりました。なかでも、どういうわけかロボ太は料理が得意で、博士はロボ太に毎日の食事を作ってもらうことにしていました。

ロボ太はときおり、ピカピカ光る目で博士を見上げて、「ぼくも人間になりたい」と言いましたが、博士は人間がどんなにみにくいかを語って、ロボ太を人間のようにつくりなおしてはくれません。ロボ太は何かを言いたそうに、しばらく目をピカピカさせていましたが、何も言い返しませんでした。
やがて、ロボ太は人間になりたいとは言わなくなりました。

博士とロボ太は仲良く暮らして、それから、ながい、ながい、時間がすぎました。


ロボ太はいつものように博士の朝ごはんを作ります。
そして、まだベッドにいる博士へ朝ごはんを運びます。
「博士、ごはんですヨ」
しかし、博士は起き上がってくれません。このごろはいつもこうなのです。
ロボ太はしかたなく朝ごはんを山の動物たちにくれてやり、部屋のそうじをすることにしました。
そのとき、ロボ太の体から、何かがボトリとおちてころがりました。
手にとって、もうあまり光らなくなってしまった目でよくみてみると、それは、茶色い、うんこでした。
ロボ太は体をきしませながら、博士のいるベッドへ駆けつけると、うんこを差し出してこういいました。
「博士、みテくださイ。ぼくハ、うんこをしマしたよ。うんこがでキルのデ、もうぼくはロボットではあリまセん。人間でス。だカラ、博士ノことヲ、お父さんトよンでイイデスカ」
ロボ太の目では、博士の顔がよくみえなくなっていたので、博士がどんな顔をしたのかわかりませんし、ロボ太の耳はもう聴こえなくなっていたので、博士が何とこたえたのかもわかりません。
ロボ太はもう一度博士のことをお父さんと呼ぼうとして、それきり、うごかなくなりました。
その手に大事そうにのせられていたのは、すっかりさびついて取れてしまった、ロボ太の部品でした。


ラベル:うんこ
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2010年01月16日

カウボーイビバップ

カウボーイビバップのTVシリーズを観る。
やっぱり面白かったし、最後の4話はどれも物悲しい。(第23話『ブレイン・スクラッチ』は少年に同情はしないが、ビッグショット最終回なのがビバップ終了間際であることを感じさせてさびしい)
テレビ放映当時、『ザ・リアル・フォークブルース』でスパイクがした猫の話は「百万年生きた猫」、というのはわかったが、ジェットの話すキリマンジャロ云々は何の話かわからなかった。それから10年程経ったこの度、あれがヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」だとようやくわかった。読んでて良かったヘミングウェイ。

ビバップの影響で、今でも犬を飼うとしたらコーギーがいいと思ってる。(もしくは前に飼っていたので愛着のあるハスキー)
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2010年01月15日

孤島の鬼

孤島の鬼 江戸川乱歩  創元推理文庫


秀ちゃんの手紙を読みたくなったので再読。乱歩の長編ではこれが一番面白かったので印象深く憶えていたつもりが、読み返して驚くこともあり。ここまでのホモ描写だったっけ。
特に、閉ざされた暗闇での恐怖と相まった濃厚な描写は、生々しく狂おしく妖しく哀しく息詰まり、他ではちょっと読めないような境地に達している。あの散文詩のような台詞といったら! そして通知状の一節!
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2010年01月14日

10/01/13

上は生で下は煮え過ぎ、これなーんだ。答えは機械による人類への反乱である。これは絵空事SF話ではない。現実に確認されている話だ。信じ難いかも知れぬが、拾い集めた木の実を洞窟の中でポリポリ食べて雨の日を「お風呂の日」と呼んでいるような君の生活レベルで物事を推し量らないでほしい。迷惑だ。事実として炊飯器で4合炊いたら上半分がほとんど生米のままだったのは水加減を間違えた私の失態だろうと思い、その割には下半分がやけに水気が多かったが、無理してその4合をふりかけで食べて気持ちが悪くなって胃薬を飲み、後日また4合、が、再びの水不足と水害でチャーハンの計画は二度目の頓挫を迎えた。今回は注意深く万事を執り行いて過ちがあったとは思えず、悪いのはどう考えても私以外の何者か。食べ物を粗末にしては善からぬと思って前回の消しゴムを食べているような気持悪い感触を4合我慢したのも、俺のしくじりだと思えばこその話、かなりの美談。されど俺に科は無かった。そういえば最近は3合でも2合でも炊き加減が少し変だった。それも俺の不手際だと思っていたが、真犯人は別にいる。誰かな。俺には大体の見当がついた。
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2010年01月13日

贅沢貧乏のマリア

贅沢貧乏のマリア 群ようこ  角川文庫


群ようこの随筆から始まり、それと話題を同じくしている森茉莉の随筆を紹介して感想を述べる構成。
森茉莉に興味があり、群は読んだことが無いので、これで一緒に読んでみようと。初めて入るパスタ屋で、スパゲティーのハーフ&ハーフを注文するような気持。結果、私は群ようこに興味の無いことがよくわかった。性格が合わないだけではなく、往々に一言だけの(それも、どうでもいいような)台詞を(無意味としか思えないような)改行で一行にしてしまう文体も受け入れ難く、小学生の感想文の如き行数稼ぎかとぞ思ひける。




改行が顕著な部分

「もったいないな」
 と考え直して、クローゼットやタンスの前に座る。そして、
「あーあ」
 と途方にくれるのだ。
 一着買ったら、一着処分する。これが物を増やさない鉄則だという。ところが、例の、
「もったいない」
 が働いて、ついついみんな抱えてしまう。それならば買わなければいいのだが、それが我慢できない。
「これを買わなくても、着る服はあるじゃないか」
 そう心の中でつぶやいてみても、心とは裏腹に、手は服にのびている。服を触ったら最後、
「いいじゃないか、一着くらい」
 となり、鉄則はいつの間にか、どこかにすっとんでいってしまうのである。
 それなのに、なぜ、着る服がないような気がするのか。私の持っている服など、巷のOLに比べたら、少ない方だと思うけれど、それでも、
「あ、こんな服があった」
 と気がつくことがある。


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2010年01月12日

桃とか

むかしむかし、あるところに、おじいさんとかおばあさんとか住んでいた。
あるとき、おじいさんとかが山へ柴刈りとかにいって、おばあさんとかが川へ洗濯とかにいった。
おばあさんとかが川でじゃぶじゃぶやってると、川上から大きな桃とかがどんぶらこどんぶらこと流れてきて、これはラッキーだと思ったので、みんな総出で桃とかラジカセとか流れてくるもの取りあえず全部拾った。それで家に持ち帰った。でも空のペットボトルとかはゴミだからその場に捨てた。
おじいさんとかが家に帰ると、物がいっぱいあったのでおどろいた。
それはそれとして、なんか食べようぜって話になって、拾った桃を切ってみたら中から赤子が出てきたので、他のも開けたり割ったりしてみたら、プレステとか株式証券とか出てきて、めでたしめでたし、みたいな。

後日談もあるにはある。
桃から出てきた子供はその後、島流しになったとか何とかでどうなったのかよくわからんのだけれど、フランスパンの中から出てきたフランスパン太郎は長じて絵描きとなって、パルコとかで個展を開いたりしている。
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10/01/11

福富コレクションの美人画展へ行く。
我が部屋にも一幅飾りたしと思うも、画の映える部屋でなし。口惜し。
今回の画では画面いっぱいに描かれたものより、余白を広く残したものが私の好み。





地元でプリウスをブイブイいわせて走っていると、更地があるのを見つけた。
「故郷は遠くにありて思うもの」という詩の一節が胸を掠める。
昔、ここには家があって、詩人が住んでいたのである。
かなり強烈な作風で、精神を病んでいるのは明白だった。
あれから、もう彼が生きていなくともおかしくない月日が経っている。
私はいつでも故郷に帰ることが出来るものの、時の移ろいに風景を変えて、そこは私の過ごした故郷ではない。
在りし日の故郷は既に遠く、思い出の中にのみある。
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2010年01月10日

活動方針

当ブログへトラックバックを送ったり、コメント欄にブログやホームページのリンクを貼ったりするのは、業者の宣伝でなければ構わないのですが、リンク先に当ブログからの反論や補足を要する記事がなければ、私がそこに書き込むことはありません。また、リンクや言及をされたからといって相互リンクを貼るということも考えていません。

私がネットで交流を持った人は、後にオフラインで会った人だけでも軽く10人を超えますが、現在仲良くしているのは1人もいません。オンラインに限っても同じです。そのうち、私が絶縁状を突きつけたのは一度だけです。
この経験則から何かを感じ取りましたので、活動方針はこうなってます。

ラベル:扱いづらい男
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2010年01月09日

そして祈り!

仲のいい友達と二人組作れって言われても困るんですけど!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
sea.jpg
ラベル:RYUICHI 写真
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2010年01月08日

肛門に入門

先月のMVPを「ひとりでできるもん 〜オトコのコのためのアナニー入門〜」以外の何にやれというのか。

発売元メディアックス
http://www.mediax-co.com/mediax/?p=875

メンズサイゾー:「アナルオナニー」ハウツー本著者の熱い想い
http://www.menscyzo.com/2009/12/post_608.html

過去に当ブログアフィから「30歳の保健体育」が売れていて、このアナニー本も発売を知ったときからもしやと思っていていたら、本当に売れやがった。
お尻に興味のある女の子がドキドキしながら買っていたら俺はすごくうれしいのだけれど、現実がそんなに美しいわけがない!
お前、男なんだろ。美少年でもないんだろ! 神様HELP!!
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2010年01月06日

ゴーリキー短編集

ゴーリキー短編集 上田進・横田瑞穂/訳編  岩波文庫


前に読んだけれど中身をすっかり忘れていたので再読。
1900年ごろの、革命へ向かうロシアを背景として捉えていなければ理解しづらい。
教師が死んだのは唐突ではないか?
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2010年01月05日

プロレス 至近距離の真実

プロレス 至近距離の真実 レフェリーだけが知っている表と裏  ミスター高橋  講談社+α文庫


著者は72年から98年までプロレスのレフェリーを務める傍ら、外人レスラーの世話係も担当し、ハルク・ホーガンのアックスボンバーを考案した人でもある。
私はプロレスに詳しくなく、本書に登場するレスラーも半分くらいは知らないが、面白く読めた。発売当初は暴露本として一部から非難されたのを憶えているが、プロレスをショーと断言するも愛情ある裏話のような本で、「暴く」という言葉は似合わない。半分くらいは外人レスラーの話。
98年に刊行されたものを文庫化。

著者が実際に確認したうち、ペンチプレスはやはり外人勢が圧倒的に強かった。
彼らの名前は何人か挙がっているものの、具体的数字は出ておらず、みんな「200キロを軽く超えていた」と紹介されている。
日本の選手で一番は長州力、その前の世代ではマサ斉藤だという。猪木も200キロくらいを挙げたことがある。猪木は腕力が強いタイプではないが、力の入れ方に「神業的なテクニック」があるのだそうだ。

夢枕獏の格闘小説『餓狼伝』には猪木をモデルにした巽真という人物が登場しており、彼がジムでペンチプレス200キロを難なく5回挙げ、もう10キロ増やそうとする場面があった。
そこには「日本人プロレスラーで150キロのバーベルを持ち上げられるのはそう何人もいない」とも書かれている。

餓狼伝で怪力を誇る葵一族のペンチプレスは以下の通り。

左門240キロ
文吾(長男)285キロ
蜜丸(次男)記述なし?
飛丸(三男)290キロ

板垣恵介の漫画版『餓狼伝』では、堤城平が250キロを挙げていた。

ざっとしらべてみると、現実世界のベンチプレス日本記録は283.5キロ、世界記録は480キロ近く、らしい。(ベンチシャツという特別な着衣の有無で成績が左右されるとかなんとか)
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2010年01月04日

「常識」の落とし穴

「常識」の落とし穴 山本七平  文春文庫

時事コラム。単行本は1989年発行。
中身は題名の通り。海外の政治経済に関する話がほとんど。


山本がベルリン総領事館の人から聞いた、ソビエト末期の実話。
JALがモスクワ経由でヨーロッパへ向かったときのこと。モスクワ空港で一人の日本人乗客が行方不明になった。本来、乗客のすべてが戻らなければその飛行機は離陸できないところだが、一人だけがいつまでも戻らないため、大使館レベルの交渉を経てそのまま離陸した。
空港から外へは勝手に出られないはずだから、他の利用者がいなくなる夜を待ってその乗客を捜すと、どうしても扉の開かない不審なトイレがある。警察官にこじあけてもらうと、そこは例の日本人が隠れていた。彼はソビエトへの政治亡命を希望したが、応対した係官は、あの豊かで自由な日本から亡命したいなどというのは、おそらく狂人であろうから日本に送還すべし、と判断し、その通りになったという。
当時は既に外国へ行って戻ってくるソビエト人が珍しくなく、西側の繁栄は常識となるほど知れ渡っていたそうだ。


ルーズベルトの人種改良論を知って驚いた山本は、日本にも「鬼畜米英」という言葉はあったが米英人を本当に「鬼」と「畜生」だと思っている日本人はいなかった、という。
ここで、極めて例外的だと思うが、私の知っている話をひとつ。ただ、うろ覚えであることを承知されたし。
佐藤愛子の知人が疎開した山奥の村では、「鬼畜米英」の言葉の意味がわからず、村の者たちで相談した結果、鬼畜というからには角が生えた畜生、つまり牛のような怪物なのだろうと思い、とりあえず防衛策として家の周囲に石灰を撒いた(本来は伝染病の菌を家に入れないための消毒)のだそうだ。
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2010年01月02日

新春なぞなぞ


和尚さんが二人います。これなーんだ。















答え:ホモ
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