2009年04月30日

あいさつがないのでぬる

隣人の車に人糞…男を逮捕 静岡

 隣人の車に人糞(ぷん)を塗りつけたとして、清水署は28日、器物損壊の疑いで静岡市清水区入江、無職、出口研自容疑者(57)を逮捕した。同署によると、出口容疑者は約4年前から同様の嫌がらせを繰り返していたといい、「(隣人が)引っ越してきたときにあいさつがなく腹が立った」と供述しているという。

 同署の調べによると、出口容疑者は1月16日午後8時ごろから17日午前8時ごろまでの間、同区入江の契約駐車場に止めてあった隣に住む男性理容師(39)の車のドア取っ手の裏側に、自分の排泄物をこすりつけるなどした疑いが持たれている。

 男性理容師は、平成15年ごろに出口容疑者の隣に引っ越してきて以来、自宅の庭にごみを投げ込まれたり、車に汚物を塗りつけられるなどの被害を受けていたという。


産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/shizuoka/090429/szk0904290311003-n1.htm

うんこを塗られるのが嫌ならば、うんこを塗りつけるのも嫌そうなものだが、世の中には進んで人の嫌がる事をする人がいる。
タグ:うんこ
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2009年04月29日

今週の収支報告

今月はアフィから注文が3つ入りました。
そのうち、今月のMVP(Most Valuable product)に輝いたのは「まままーじゃん」です。おめでとうございます。

コンプリーツ製品を買うやつが身近にいたことへの驚き、もう発売されていると思っていたら、11/14→12/26→2/27→3/27→6/26と、半年以上に渡って発売が延期されているという新情報、これが出るならガッツマージャンもいつか発売されるのではという可能性(5年くらい前に製作が発表され、発売時期延期の末に現在発売未定)、そしてコンプリーツといえば姉妹ブランド? オーサリングヘヴン。その代表作THEガッツ。
発表当時、こんなのが出るのかという驚きと、これは来るという予感が私にはあり、事実、ガッツシリーズは5まで作られました。以後、ガッツ路線は止まってしまいましたが、このような一般受けしない作風へ挑む姿勢はとても大切だと思います。
多く売れるような商品を目指していると、特殊なユーザーは置き去りにされます。そこへ登場したガッツは、いわば性の孤島への救援物資だったのです。
そして、セーブデータがレジストリへの書き出し、シーン回想無し、行動選択場面のみでセーブ可という、ろくでもないシステムの数々。ミニゲームがクリックの連打。
これらの功績や思い出も考慮され、満場一致でMVP受賞が決定されました。

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2009年04月26日

28他

テレビでレッドクリフpart1を観た。
最初の町中でのチャンバラは、七人の侍を思い出してしまう。比べるまでもなく黒澤のほうが面白い。全体を通じて大して面白くない。ただ、後半の武将の一騎当千ぶりは面白かった。一部の武将が律儀に漫画みたいな髪型をしているのもいい。
オープニングの状況説明で、CGで大きく書かれた「曹操」の文字の横に、やや小さく「そうそう」と振り仮名のCGが付いていたのが最高に格好悪かった。
あと虎。孫権が虎と対決する場面が、本物の虎と一緒に撮影するのが法に反するのか危険なせいなのか、両者を別々に取ったのがはっきりとわかる継ぎ接ぎ映像(一部CG)で仕上がっていたのが笑えた。次元の隔たりすら感じさせる出来。


メイキング映像。虎がかわいい。
http://redcliff.channel.yahoo.co.jp/index.php?itemid=257

日本では赤壁で通じるのに英語にするのは、ルー大柴みたいだ。




小林少女、予想通り本当につまらない。出演者が可哀想。


出演者の熱烈なファンが買うのならわかるが、本当に面白いと思って買ってる奴は何なのだろう。
うなずいてるそこの君、君だって傍から見れば似たようなものだぞ。何であのブログ読んでいるのだろうって。
小林サッカーを受けて何か作りたかったのなら、ジュラシックパークに対するチキンパークくらいのレベルで作るべきだ。これならつまらなくとも、あまり腹が立たない。







28日後

ホラー映画。浜岡賢次がチャンピオン巻末コメントで褒めていたので観る。(記憶違いかも)
監督のダニー・ボイルはトレインスポッティングやスラムドッグ$ミリオネアを撮っている。

事故に遭い気を失った主人公ジムが病院で目を覚ますと、世界は一変していた。(ちょっとトリフィドの日みたいだな)
誰の姿もなく、街は荒廃している。彷徨ううちに漸く他人を見つけるが、彼らは人間離れした凶暴さでジムに襲い掛かる。ジムの意識がない間に特殊なウイルスの感染が広がっており、人々は「病気」になってしまっていたのだ。

要するにゾンビ映画である。感染者に咬まれたり、その血が体内に入ったりすると、感染してしまう。ホラーシーンの早送りしたような映像は見づらかったが、不可解、落胆、希望、絶望と、ストーリーの起伏がよく出来ていて、最後の山場20分くらいは身を強張らせて観ていた。


以下ネタバレ





ガソリンスタンドで子供の感染者が襲ってくるところ、無人になった店で楽しく買い物をするところ、感染者殺しを楽しむ兵士たちは、ロメロの「ゾンビ」を思い出す。オマージュであろう。作中に「ドーンオブザデッドみたい」という台詞もあったような気がしたが、あとで確認したら見つけられなかった。ドーンオブザデッドは「ゾンビ」のリメイク。
スリリングな見せ場を終え、グッドエンドとなったのでほっとしながらエンドロールを観終わると、またエンディング手前から映像が始まった。エンディングがビデオ版と劇場公開版の2種類収録されていることをすっかり忘れていた。洋画では監督と配給会社の意向が割れて、異なる結末を一緒に作ってしまうことがある。サム・ライミのキャプテンスーパーマーケットもそうだった。
一方がグッドエンドならば、こっちはバッドエンドであることは容易に想像され、実際そのとおりだった。グッドエンドでは飛行機にHELLOのメッセージを送って救助を求めるのが、冒頭の主人公が他人を求めてHELLOと呼びかけるのと重なってきれいにまとまっていたが、バッドエンドでは締まりのない終わり方になってしまっていると感じたが、こっちが監督の意向らしい。そういえばこの終わりはロメロ「ゾンビ」らしくもある。

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2009年04月25日

うまい! といわれる文章はどう書くか

うまい! といわれる文章はどう書くか 能戸清司  ワニ文庫


表紙の右上に縦書きで著者名があり、その横に「元朝日新聞論説委員」と肩書きがそえてある。
内容はタイトル通り。1980年に刊行されたのを86年に文庫化したものなので、「ワープロ」だの「若者の活字離れ」だの八島一夫の挿絵(一枚一枚、片隅にサインが入っている)だのが時代を感じさせる。パソコンなんて単語は出てこなかったと思う。

この手の本を読むのは初めてなので、良し悪しを他と比較することは出来ないが、あまり得るものはなかった。
序章タイトルは「文章は人柄で決まる」。ショーペンハウエルらの言葉を引きながら、良く言えば理想と心構え、悪く言えば単なる精神論を述べている。この辺で手に取ったのが失敗だと予感する。続いて、日記をつけよ、メモつけよ、感覚みがけ等々。心構えが終わって、ようやく実技的内容に入ったかと思えば、「誤字脱字は減点だと思え」「当て字に気をつけろ」「うろ覚えはかえってマイナス」「片仮名を使いすぎるな」等。
作者の述べているのは目新しさのない基本中の基本ばかりで、まったく面白味がない。勿論、基本は大事であるし、いくら基本を知っていても、それを身に付けているかは別で、身に付けていないほうが多い。だからといって、頭でわかっていることを一々書かれていてもしょうがないのである。言われて出来れば苦労はない。こっちが欲しているのは、なるほどと膝を打ちたくなるようなレクチャーなのだ。

書いてあることが基本的過ぎ、読書をしていれば自然に覚えるような範囲の話も多く、明記されていないものの、これはあまり本を読まない中高生を対象にしているのではあるまいかと思ったが、確実にそうではないことが判明する。

改行が過ぎると、文章が軽く、落ち着きのないものとなり、行数稼ぎにさえ見えると指摘するために、能戸は「ある時代物の人気作家」が新聞に載せた随筆の一部を引用する。


 人間は、生まれ出た瞬間から、死へ向かって歩みはじめる。
 死ぬために、生きはじめる。
 そして、生きるために食べなくてはならない。
 何という矛盾だろう。
 これほどの矛盾は、他にあるまい。
 つまり、人間という生きものは、矛盾の象徴といってよい。
 他の動物は、どうだろうか。
 他の動物は、その矛盾を意識していない。
 だから、例外にしておこう。



私が主題としたいのはこの文章の次で引用されているものだが、こっちも内容がスカスカで面白かったので書き写した。誰が書いたのか調べてみたら、池波正太郎「日曜日の万年筆」にある「食について」だとわかった。
本題に戻る。
 

もう一つ例をあげておこう。好色もので人気のある芥川賞受賞作家が、大衆雑誌にのせた小説の一部だが、前例よりひどいものだ。

 で、マリ子さんが、
 「ためしてみたくなっちゃったなあ」
 といったとき、このもの、
 (どうぞ、どうぞ)
 というみたいに、二、三度、
 ピクン、ピクン
 と、上下に動いたんです。
 「あっ、動いた動いた……これ、別の生き物みたいね」
 と、いいながら、指をのばして、
 先を、
 ピン
 とはじいたんです。

 こんなものを、文学作品の文章と見るのが間違っているかも知れない。また、作者にいわせれば、小説としての文学的効果をあげるための改行かも知れない。だが、名前の売れた作家だからこんなふざけた文章でも通じるのだ。一般の人が書いたとしたら一笑に付されてしまうだろう。
 この例にしろ前例にしろ、いわゆる流行作家の通俗雑誌掲載の作品には、原稿枚数の水ましや引きのばしのために、ことさら改行を多くしているようなものが多い。こういう作品は印刷されると、紙面が白い空白だらけになる。
 そして、テレビ時代に毒され、活字離れのひどくなった現代の人間には、こういうスカスカの文体のほうが好まれつつあるようだ。



中高生向けの本だと思っていたから、芥川賞作家の「ためしてみたくなっちゃったなあ」の軽薄で首をかしげたところに、ピクン、ピクンで虚を衝かれ、ピンとはじかれてしまっては笑わざるをえなかった。宇能鴻一郎だろうな、これ。
能戸の結びも時代の味があって良い。
本書を最後まで読んだが、年齢18歳以上程度の他に、どんな読者を想定して書かれているのか、その読者にとってどのくらい役立つのか、わたしにはさっぱりわからなかった。

重箱の隅をつつくが、面白かったのをもうひとつ引用する。
これは独りよがりを戒める章の、最初からまとめの段落の前までを抜き出したもので、「ある主婦の作文」に関する全文である。


 一般の人の文章は、前項の文学者のように、意識的にむづかしく書こうといるような独りよがりの例はさすがに少ない。
 しかし、初心者には初心者特有の独りよがりが多いのである。自分にはわかりすぎるほどよくわかっているので、読者の方も当然わかっているだろうという「思い込み」である。
 たとえば、次のある主婦の作文の一節を見てほしい。

 昨日の午後、私は急に思いたって、A子の家に向かった。例の如く、M鉄の急行に乗ったが、ウィークデーのせいか、あまり混んでいなかった。三時間後に目的地のS町に着いた。商店街は有名なS社祭りのセールでにぎわっていた。
 A子の家は駅からバスで二十分ほどのところにあった。私が入ってゆくと、A子はいつものニコニコ顔で出迎えてくれた。二人は奥座敷で茶を飲みながら四方山話に話の花が咲いた。暫くしてA子のご主人がちょっとあいさつにと顔を出した。仕事柄、相変わらず陽焼けして丈夫そうだが、前より老けたように見えた。「例のことで、飛び回っているのよ」とA子がいった。私は納得し「男って大変ね」といって笑った。
 二人の話はそれから、B子のことに移った。……


 文章そのものは悪くないのだが、この作文を私が「独りよがり」だというのは、筆者とA子の関係がまったくわからないからである。幼なじみなのかクラスメートなのか、あるいは昔の近所仲間なのか、見当がつかない。筆者自身にはもちろん熟知の人間なのだろうが、初めて読む者にとっては、突然A子さんといわれてもついていけないのである。
 また、M鉄にしてもS町にしても、さらに有名というS社祭りにしても、初めての読者には何のイメージも浮かんでこない。A子の夫がちょっと顔を出すが、これも「仕事柄云々」といわれても、説明がなければわからないし、「例のことで」とはどんなことなのか、筆者にはわかっていても、読者には伝わらない。
 読んでいて、まことに「隔靴掻痒」の感じがする文章だが、初心者には得てして、自分だけがわかってて筆者にはわからない、こういう説明不足の文章が多いものである。



「二人は奥座敷で茶を飲みながら四方山話に話の花が咲いた」なんて書かれているのに、文章が悪くないという評価もある意味面白いのだが、能戸自身が「自分だけがわかってて筆者にはわからない、こういう説明不足の文章」そのものを書いてしまっているのところが面白い。
能戸は筆者とA子の関係や素性や例のことがわかないではないかと断言するが、わからないとわかっているのは、能戸が作文の出典も全文も知っているためであって、この一節だけを読まされた者には、この前後に各種説明があることを否定出来ず、ついていけない。仮に説明がなくとも、これが仲間内へ向けて書かれた作文ならば説明の必要はないのだが、どこで発表された作文なのか能戸の説明がない。
足として使っただけの鉄道にイメージがわかないのも、そこが重要ではないのなら膨らませて書く必要はないし、特筆すべきものがないものは一般的な鉄道だと思えばいい。だからこそのM鉄急行に乗るという省略である。この一節からは、M鉄急行を特徴付けるイメージが必要だとは思えない。(不必要=禁止、ではない)
イニシャル表記が原文にもあるのか、個人的内容過ぎるので能戸が伏字にしたのかも判別できず、後者ならM鉄だのS社祭りだのにイメージをわかなくしているのは能戸自身でもある。三社祭程度なら名の知れた祭りだし、無名でもそれが重要に関わってこない限り主婦に説明の任はないだろう。読者は一般的なお祭りの風景を、商店街がセールをする程度に華やかに思い浮かべればよい。


各種符号の使い方の説明に、感嘆符の項がある。

最近の若い世代の文章にはやたらにこの符号が出てくる。これによって文意を強調したり読者の目をひこうというのだろう。若干の効果をそえる場合もないとはいわないが、たいていはなくてすむものだ、いや、かえって文章を安っぽくし、軽薄に見せることが多い。こんな符号はなるべく使わないほうがいい。

表紙を見返してしまった。


この本を読んで良かったのは、国語の乱れに関する章で、「海老で鯛を釣る」の説明がなされていたことである。私は価値のあるものでもっと価値のあるものを得る意だと、小学生のころから思い込んでいた。これは間違いで、本来は、わずかな労力で多くの益を得るの意だと知った。



最後に八島一夫の挿絵の説明を、描かれた文脈と共に幾つか。


・こんな感覚を身につける
「感覚を研く!」と書かれた、風呂敷の如く大きい原稿用紙の上に研ぎ石を置き、大きなペン先を研いでいる。横には水を張った盥。

・目にあまる国語の乱れ
女へ声をかけている男から噴出しで「酷誤の乱れ」の台詞。困り顔の女、ムッチリボディ。

・原稿用紙になじむ
机から身を反らして、後ろにある屏風の如き原稿用紙に安らいだ表情を向ける男。頭から鳴門状の何か立ち上る。原稿用紙の両端からは、水木しげるが描いた妖怪「小袖の手」を思わせる手が生え、男を包み込もうとしているようだ。

・形容詞は調味料のようなもの、使いすぎるな
鍋で原稿用紙を煮ながら、そこへ調味用の小瓶を振っている男。原稿用紙から白煙がもくもくとのぼる。

・文章にリズムをつけろ
譜面の替わりに真っ白な原稿用紙を広げた指揮者、タクトの替わりにペンを振って、宙に「リズム」と描く。


当時はこういうセンスの挿絵が珍しくなかったが、今ではすっかり目にしなくなってしまった。









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2009年04月23日

水木しげるの雨月物語

水木しげるの雨月物語  水木しげる   河出書房新社

雨月物語から「吉備津の釜」「夢翁の鯉魚」「蛇性の淫」の三作を現代訳し、水木が挿絵を描いたもの。半分以上のスペースを挿絵が占めている。1985年初版。
雨月物語としてのボリュームが少ないため、見所は水木絵しかない。当然その絵はうまいわけだが、私がとりわけ目を惹かれたのは、吉備津の釜冒頭、婚礼の挿絵。十五夜に餅を備えるような台の上に、小袖料や紙に包まれた縁起物が置かれているのだけを、やや接写気味に大きく描いたもの。映画で一瞬挟み込まれるカットのようで、ここを描くかと唸った。
或る本で京極夏彦が、水木の撮影したビデオは構図が非常によく、さすが漫画家だと感心したと書いている。
それにしても、水木の細かく描きこまれた絵には、ただの風景にしても家屋にしても、そこに畏怖すべき何かが居るような気にさせる。


あとがきより。

>「蛇性の淫」は、蛇に魅入られた美青年の話だが、だいたい蛇が女に化けるなどバカバカしいことだと思うが

よりによって、水木しげるがそんなこというの?

>秋成の話は下手な絵ではなかなか表現しにくいとつくづく感ずる。とにかく名文で味わい深いのだ。

この本は現代訳のみで、上田秋成の原文は出てきません。載せたら?




あとがきのみで「夢応の鯉魚」を「夢翁の鯉魚」と表記。「蛇性の婬」はあとがきと、本編左頁上の横書きで「蛇性の淫」と表記されている。更に本編同スペースで「蛇性の淫(婬?)」と書くべきところ、最初のひとつが前話のまま「夢応の鯉魚」と表記されている。
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2009年04月22日

日本で失われたアレ、韓国で発見

たばこ自販機:顔認証方式で10歳児が購入 京都で

 たばこ自販機用成人識別カード「タスポ」なしでたばこが買える「顔認証方式」自販機で、京都府内の小学4年生の男児(10)が今年2月、成人と誤って識別され、たばこを購入していたことが分かった。京都府警が男児に協力してもらって実験を行い、購入できることを確認した。顔認証方式を認可した財務省や製造会社は「小学生が誤識別された例は聞いたことがない」と戸惑う。【田辺佑介】

 府警少年課によると、父親が男児がたばこを持っているのに気付き、問いただすと「自動販売機で買った」と話した。相談を受けた少年課は今月上旬、男児が購入したと話した路上の自販機で実験を実施。男児が自転車のフレームに乗り、自販機のやや高い位置にあるカメラに顔を近づけて確認ボタンを押すと、成人と認証された。
 顔認証方式自販機は、内蔵されている年代層判定システムで、目や口の大きさや骨格などを数値化して年代を判断。成人と識別できなければ運転免許証で確認する。未成年者の購入が防げるとして、昨年7月の認可後、全国で5200台が設置されている。
 府警は、府内で中学生が誤識別された例を少なくとも5件把握しているという。府警少年課は「財務省やメーカーなどに、未成年者が自販機からたばこを購入しないよう必要な働きかけを行っていきたい」としている。
 自販機メーカーは「原因は調査中。より基準の厳しいソフトに順次更新しており、該当の自販機のソフトも更新した」としている。ただ、更新後にこの男児が購入できたかどうかは未確認という。


毎日新聞
http://mainichi.jp/select/today/news/20090417k0000m040144000c.html

ほらね。やめとけって。欠陥が明らかなシステムなのに、なぜ許され続けるのだろうか。利権か。




1 名前: アルメリア(愛知県)[] 投稿日:2009/04/20(月) 13:30:02.05 ID:aRG37qi+ BE:884369737-BRZ(10000) ポイント特典 
  民主党鳩山のHP  
  http://www.hatoyama.gr.jp/cont03/speech/ot02_2.html  
  http://s01.megalodon.jp/2009-0420-1406-47/www.hatoyama.gr.jp/cont03/speech/ot02_2.html(魚拓)

  同HP上で発見されたミス  
  >宇宙からとは残念ながら言えないが、私も職業上、空から日木の国土を眺め下ろす機会は多い。
  日本 → 日木  
  >多種多様な生命が白由に往来する時代に、相手との違いを認識し許容する友愛精神は共生の思想を導く。  
  自由 → 白由  
  >必ずしも政府案に埋解を示してくれているふうでもなかった。  
  理解 → 埋解  
   
  http://www.hatoyama.gr.jp/cont03/speech/ot02_3.html  
  http://s03.megalodon.jp/2009-0420-1420-28/www.hatoyama.gr.jp/cont03/speech/ot02_3.html
  自由党 → 白由党  
   
  http://www.hatoyama.gr.jp/cont03/speech/ot02_5.html  
  http://s03.megalodon.jp/2009-0420-1421-12/www.hatoyama.gr.jp/cont03/speech/ot02_5.html
  自信 → 白信
 


民主鳩山HPで謎の日本語。
原稿読み取り機械の不調説が有力か。外国人作業説も払拭出来ないが、民主党と外国人という結びつきは、あまりにも話が出来過ぎていて返って疑わしい。されど、厚生省が年金記録入力作業に、日本人の名前の読みに不慣れな中国人を雇ったせいで、入力ミスが多発し取り返しがつかなくなった事例を思えば、捨てきれない推測である。悪戯辞書登録説もあり。
なんにせよ、こんな漢字間違いが載り続けてしまったのはどういうことだろう。陰謀か。





朝日新聞が『エデンの東』を高評価のテレビ番組批評掲載

 21日の朝日新聞全国版のテレビ番組批評欄に、今月から地上波・BS・CS同発で放送が始まった『エデンの東』が紹介された。
 韓国ドラマが、権威のある朝日新聞のテレビ番組批評欄に取り上げられることは異例の扱いであり、ドラマ対する大きな期待感が伺える。
(以下略)

東京=野崎友子通信員
朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/entame/20090422000036


朝日新聞に権威があると無批判に言う人を、私は二十年ぶりぐらいに見た気がする。新聞には今でも権威じみたものはあるが、それが公然と語られるのは、専ら新聞権威の虚構や弊害を批判する文脈にしかなくなってしまった。それが韓国には活きていたのである。これも日帝三十六年の残滓であろうか。
(残念ながらネット上にはこの批評を発見出来なかった)


タグ:朝日新聞
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死のロングウォーク

死のロングウォーク S・キング 沼尻素子/訳 扶桑社ミステリー


一時期私の読んでいた本には、同じ出版社の比較的同時期に刊行されたものが多かったのか、読み終わって巻末の既刊案内をみると頻繁に「死のロングウォーク」が載っていた。私は翻訳作品に偏見にも似た苦手意識があるので読む気はしないものの、何度も目にするせいですっかり題名を覚えてしまった。
後にS・キングの作品を幾つか読んだり観たりする。面白いことには面白いが、ペニーワイズの正体が宇宙生物だったことや、シャイニングの能力が単に子供と爺のテレパス程度だったことには未だに納得がいかない。


近未来のアメリカが舞台。ロングウォークとは、14歳から16歳までの少年100人が、最後の1人になるまでコースを歩く競技である。食料は定期的に、水はいくらでも与えられ、昼も夜もなく唯ひたすらに歩き続ける。一定の速度に達しない、他者を妨害するなどあれば、併走するジープの兵士から警告を受け、4回目の違反で射殺される。1時間無違反でいれば、警告が1回取り消される。優勝すると望むものが与えられる。他にこれといったルールはない。
これは公的に認められた競技で、テレビ中継されたり沿道に観客が集まったりする。時代設定が近未来なのは、こんな非常識な競技が受け入れられている架空の世界を創出するために過ぎず、特に物語と深く関わる要素ではない。

ロングウォークというイベント自体には何の起伏も用意されておらず、歩くのはただの道路である。物語は主人公ギャラティを中心に、参加者が交わす会話や歩き疲れた様子、迫り来る死の様子で描かれる。競技の間中、主人公らはずっと会話をしている。その内容が実にキングらしいというか、大半が省いてもいいような話だ。直に、これは競技よりも人間模様を描きたいのだと理解する。
それにしても会話が多い。全編喋り通しである。喋り疲れるということがあるように、話し続けるという行為はかなりのエネルギーを消費する。私は炎天下の下、キャリーバッグを引き摺って4時間ほど歩いたことがあるが、最初のうちは鼻歌や独り言が出ていたのが、最後には息も絶え絶えとなり、とても口を開く元気などなかった。未来のアメリカ人は余程丈夫に出来ているのだろう。(このための近未来設定でもあるのか)

私は偶然にも、歩き疲れれていたところでこの本を開いた。キングの書くどうでもいい話(スタンドバイミーで言えば浜辺にコンドームがどうのとか)は本来あまり好みではないが、体のだるさで鈍った頭でぼんやりと読んでいると、単調な心地よさのようなものが段々と感じられる。これはロードムービーだ。気負わず期待もせず、暗い部屋でぼんやりと観ている外国の地味でマイナーなロードムービーのようだ。独りで観たい映画だ。



某が何発も銃弾を受けて内臓をこぼしながら死んでゆく場面は、凄惨でありながら奇妙に優しさと美しさを感じさせて印象深い、キングの「マンハッタン奇譚クラブ」の妊婦の最後を思い起こした。(記憶違いで別の話だったかもしれない)


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2009年04月21日

09/04/20

義務教育で学び舎を共にしていた人が、唐突に死んだ。
明日も明後日も数十年後も生きているような顔をしておきながら、人は急に死んでしまうことがある。
頭ではわかっているけれど、いざ本当に死なれてみると少々呆気に取られる。油断しているのだ。
私もいつか死ぬ。

ネット上での知り合いが、或る時から急に音信不通になったという例が、私の周囲に幾つかある。本名も住所も知らない相手で、事情を調べることもできない。不慮の事故に遭ったのだろうかと思う。中には、以前から自殺を仄めかしていた人もいる。
突然死なれるのも困惑するが、生死不明になるのもすっきりしない。

このブログが何の知らせもなく長期間更新停止したら、ヨシノブは死んだと思ってください。もう既に死んでいると思ってもらっても構いません。記事はすべて予約投稿により生前書かれたもので、ヨシノブは死んでる。これでいいです。もう死んだことにしてください。


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2009年04月18日

09/04/17

意外と興味深い? うんちの展示会

 埼玉県狭山市柏原の市立智光山(ちこうざん)公園こども動物園では、15種類の動物のうんちを展示した「みんなのうんち展」を開催している。5月6日まで。
 飼育係が日ごろ仕事をする中で、子供が動物のうんちに興味を示すことにヒントを得て企画。今回が初めての試みだ。
 展示品は直径約20センチのアフリカゾウのうんちから、直径1ミリ弱というゴールデンハムスターのうんちまでさまざま。いずれのうんちも乾燥していて透明なケースに入っているため、独特なにおいはしないという。
 園は「うんちは日々の動物の状態がわかる貴重な資料。うんちを通して動物の生態にも興味を持ってほしい」と話している。

http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/saitama/090415/stm0904151904010-n1.htm


私たちの「うんち」を見てね!
stm0904151904010-p1.jpg
展示してあるアフリカゾウのうんちと解説パネル=埼玉県狭山市柏原の市立智光山公園こども動物園展示してあるアフリカゾウのうんちと解説パネル=埼玉県狭山市柏原の市立智光山公園こども動物園

動物に言葉がないのをいいことに、まるで自発的である風を装って辱めを与える人間の横暴……!
タグ:うんこ
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2009年04月17日

今週の「ふたりはフレッシュプリキュア!」

第11話「平成のサムライトルーパー」

就寝中に垂れ流したうんこが偶然にも邪悪な魔法陣を描いてしまったキュア黒。そこへ折悪しく、キュア白が偶然にも悪魔を呼び出す呪文に酷似した音で放屁をしてしまったため、糞魔法陣から悪魔が姿を現わしはじめた。世界は魔の手に落ちるかと思われたが、すっかり出し切ったと思われたキュア黒の尻からうんこが再発射され、魔法陣を曼荼羅に書き換えてしまう。苦しむ悪魔は、キュア白の尻から聴きようによっては賛美歌に聴こえないでもない放屁が響き渡ったのを決定打に、糞まみれで魔界へ還ることを余儀なくされてしまった。
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2009年04月15日

麻生だけではなかった! 誤読の数々(らしきもの)

前回取り上げた麻生首相誤読報道の続き。
前回:権力の監視状況
http://qazwsx.seesaa.net/article/117422134.html?1239727986



麻生首相「誤読記事」問題 産経や共同は、誤報を否定

麻生首相が「弥栄」を言い間違えたとの報道は、「誤報ではないか」と論議になっている。報道を巡って産経新聞がサイト記事を削除し、TBS幹部コラムが炎上する騒ぎにまでなった。報道した産経新聞や共同通信は、「誤報ではない」としているが、どうなのか。


「弥栄」を「いやさかえ」と読む

マスコミから漢字誤読の指摘が相次いでいる麻生太郎首相。今度は、天皇、皇后両陛下の前で、漢字を言い間違えたと報じられた。
このニュースは、共同通信が配信したほか、産経新聞なども独自に書いた。それによると、麻生首相は2009年4月10日、両陛下のご結婚50 年をお祝いする祝賀行事で、繁栄を意味する「弥栄」について、「いやさか」と言うべきところを「いやさかえ」と言い間違えて祝辞を述べた。「両陛下の益々のご健勝と皇室のいやさかえを心から祈念し…」と発言したというのだ。
産経サイトに載った記事では、「またやっちゃった?麻生首相」と麻生首相がうつむきながら右手で涙を拭うような写真が掲載された。

さらに、TBS番組由来のサイト「WEB多事争論」では、TBSの編集部幹部が、「麻生首相は三権の長を代表してのお祝いの言葉でまたもや失態を演じました」とコラム欄に書き込んだ。そして、「宮殿の『松の間』で両陛下の前に一歩進み出て、紙を見ずに祝辞を述べたのですが、国のトップが国民の象徴に対してこれでは情けない限りです。歴史的な誤った日本語事例として残ってしまいました」と指摘した。

ところが、ネット上では、歌舞伎の演目や神社名などに「いやさかえ」と読む例が見つかったとして、「誤報ではないか」と騒ぎになった。そして、産経が10日付のサイト記事を削除した。

また、TBS編集部幹部のコラムには、「情けないのは果たしてどちらか」と批判が寄せられた。これに対し、この幹部は、「実際に目撃したのはこれが初めてだったもので、少々きつい物言いになってしまいました」「『歴史的な誤読』というのは、誤りだったようなので撤回します」などとかわした。
しかし、このTBS編集部幹部に対しては、なぜきちんと謝罪しないのかと批判が集まり、コラムのコメント欄が炎上。この幹部はその後、コラム内で、「礼を失しました。訂正しお詫びいたします」と謝罪文を付け加えた。


「辞書を見ても、『いやさかえ』という表記は載っていない」

これに対し、産経新聞社の広報部では、TBS編集部幹部とは認識が違い、記事について「誤報とは考えていません」とコメント。ただ、削除したことについては、「文脈上、『いやさか』と読むのが適当でしたが、古語等では『いやさかえ』とも読むとの指摘もあり、誤読として長時間アップする原稿かどうかとの判断のもと、アップ時間を区切らせていただきました」としている。
また、共同通信社の用語委員長は、配信記事は「誤報ではない」と言う。
「広辞苑や手元のいくつかの辞書を見ても、『いやさかえ』という表記は載っていないからです。また、ご本人の公式サイトで『いやさか』と使っており、首相はこのことを認識しながら言い間違えたと判断しました」
記事の訂正、謝罪も考えていないという。

確かに、「広辞苑」や「日本国語大辞典」など一般的な国語辞典を調べると、「弥栄」について、「いやさかえ」との読みは載っていない。「いやさか」だけだ。ほかの例では、「遺言」は、広辞苑なら、「ゆいごん」のほかに「いごん」「いげん」も併記してある。「いやさかえ」は、一般には使われていないようだ。

一方、麻生太郎首相の公式サイトを見ると、靖国神社について書いた2006年8月8日付の論文で、「靖国にいやさかあれ」などとタイトルを付けている。
とすると、「いやさかえ」という読みは間違っているのか。それとも、皇室の儀式など特別なケースでは、この読みを使うのだろうか。
宮内庁の広報担当者は、「辞書では、確かに『いやさか』としか出ていないですね。それ以外聞かれても、お答えしようがない」と困惑した様子だ。
文化庁の国語調査官は、こう話す。
「一般的に使われるのは『いやさか』で、その方が自然です。『いやさかえ』が歌舞伎の演目にあるとすれば、江戸時代までは使われていたとも考えられます。皇室で使うかどうかは分かりませんが、歴史的なものには使われる可能性はあるでしょうね」

http://www.j-cast.com/2009/04/13039368.html


産経の見解は明瞭に「誤読」としている。それが誤報ではないのなら、どうして記事を削除するのだろう。誤読ではないとする指摘について確認した結果はどうだったのだろう。
辞書に載っていないから、何だというのだろう。手元の辞書に日本語のすべてが載っているわけではない。厳然たる事実として、「いやさかえ」という言葉は存在している。同時に「いやさか」も存在していて、それらは互いの存在を否定するものではない。
ネットには、読みを「いやさかえ」とする例が幾つも挙がっている。



239 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 15:31:29 ID:pxjDUsge0

東京大学文学部長(1987年当時) 戸川芳郎

「学部文運の彌榮え(いやさかえ)を祈ってやみません」

ttp://www.l.u-tokyo.ac.jp/fuse/fubunkan_open.html


312 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 15:40:35 ID:ly276TB70
内親王殿下御誕生の御慶事にあたり、御祷の賀詞を祈り上げ、御奉祝を申し上げます。 
内親王殿下におかれましては、天皇陛下・皇后陛下・皇太子殿下・皇太子妃殿下はじめ、 
御皇室の御慈しみに、若竹のごとくスクスクと御健やかに御成長あそばされ、
幸多かれし 
弥栄えをとお祈り申し上げます。
http://www.izumooyashiro.or.jp/topic/houshuku/GOTANJO.HTM                          
本年は、「昭和天皇御生誕百年」というめでたい年柄であります。この時にあたります  

おいおい
出雲大社の宮司もいやさかえ

使ってるがな
奇しき御縁の内親王殿下御誕生は、誠に嬉しき極みの有り難い御慶事であります。    
御皇室と、殊にも御縁深い御祭神大国主大神様の御神縁に結ばれる私どもは、      
御皇室の弥栄の御顕現に、挙って高らかに『萬歳』を奉唱申し上げます。        
 
                     出雲大社宮司  千 家 尊 祀


332 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 15:43:27 ID:ly276TB70
私達神職、氏子総代一同、大岩神明宮が、益々親しまれ
崇敬されて弥栄え、大神の御神徳を蒙る大岩町民を
はじめ、あまねく諸人崇敬者の平安と御加護を
御祈願申し上げて、誠意を尽くし、
御奉仕して居ります。
http://www17.ocn.ne.jp/~noguti/haiden.htm

御皇室の御慈しみに、若竹のごとくスクスクと御健やかに御成長あそばされ、
幸多かれし 
弥栄えをとお祈り申し上げます。
http://www.izumooyashiro.or.jp/topic/houshuku/GOTANJO.HTM 


466 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 15:56:20 ID:/av0YUJv0
おいおいww
歌舞伎の題名に「弥栄芝居賑(いやさかえしばいのにぎわい)」
http://www.asahi-net.or.jp/~rp9h-tkhs/kabu2005.htm

静岡県伊豆松崎町にある「弥栄(いやさかえ)神社」
http://www.town.matsuzaki.shizuoka.jp/FMPro?-db=m_kana.fp5&-lay=web&-format=p01e.html&kana_C=%82%a0&-max=all&-sortfield=NO&-findall

越中一宮 高瀬神社
http://www.takase.or.jp/wedding/detail.html
下ページの誓いの詞にハッキリ「弥栄(いやさかえ)」と書いてある
関連スレ(ttp://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1239439580/)より抜粋

じゃあ神社等は嘘をついてるってことなのかw
大問題だな


526 名前: 名無しさん@九周年 [sage] 投稿日: 2009/04/14(火) 16:01:45 ID:+4KiPzOc0
>>432 追加資料。

祝詞事典: 平成新編 著者: 西牟田崇生
出版社: 戎光祥出版株式会社, 2003
http://books.google.com/books?id=3VRuBgzRLvoC&printsec=frontcover&as_brr=3&hl=ja&source=gbs_summary_r&cad=0#PPA24,M1
P24下段7行目 弥栄えに栄えし給ひて、

『新版祝詞新講』著者: Tsugita, 次田潤
出版社: 戎光祥出版株式会社, 2008
http://books.google.com/books?id=b3aYegMdAPMC&printsec=frontcover&as_brr=3&hl=ja&source=gbs_summary_r&cad=0#PPA159,M1
P159 15行目 弥栄えに栄えし給ひて

祝詞必携 著者: 小野迪夫
出版社: 戎光祥出版株式会社, 2004
http://books.google.com/books?id=cXj4ki6KxPIC&printsec=frontcover&as_brr=3&hl=ja&source=gbs_summary_r&cad=0#PRA1-PA243,M1
P243 7行目 商業弥栄え

神道用語解説
http://www.eonet.ne.jp/~shigarakinomiya/sindoyo.html
神勅(しんちょく)
C神籬磐境(ひもろぎいわさか)の神勅(=祭祀は皇統の弥栄えを基本とすること)

国体の本義 文部省編纂
内閣印刷局印刷発行
http://www.j-texts.com/showa/kokutaiah.html
大御業を天壌と共に窮りなく弥栄えに発展せしめられるために

笑点5分43秒注目!
http://www.youtube.com/watch?v=CDwn4lAOowg

ちなみに仲間に本職の神主がいるが、今回の件聞いてみたら「いやさか」「いやさかえ」
どっちでもいいそうだ。



57 名前: 名無しさん@九周年 投稿日: 2009/04/14(火) 09:36:23 ID:FSnpAjZu0
東京大学文学部長(1987年当時) 戸川芳郎
布施先生の萬壽無疆と学部文運の彌榮え(いやさかえ)を祈ってやみません。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/fuse/fubunkan_open.html

作詞 北原白秋
彌榮(いやさか)、彌榮、彌榮えあれや。
http://www.d-score.com/ar/A07082806.html

>それも他に恰好(かつかう)な言葉が無いのならば止むを得ないが、わが國固有の言葉として斯る
>場合に最もふさはしい一語がある。即ち「いやさか」である。「彌榮(いやさか)え」の意である。
若山牧水『樹木とその葉』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000162/files/2636_20325.html

山岡鉄舟
弥栄衣尓立栄衣志米給閉登(いやさかえに たちさかえ しめたまえと)
http://www.tessyuu.jp/archives/cat2/index.html



:以上に挙げたのはネットの書き込みからコピーしたもの。最後に山岡鉄舟とあるのは、鉄舟研究サイトに載せられた朝御饌(あさみけ)祭の祝詞であり、鉄舟が書いたとするのは投稿者の誤り。

タグ:産経新聞
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2009年04月13日

権力の監視状況

麻生首相「弥栄」を「いやさかえ」と言い間違え 両陛下の祝賀行事
2009.4.10 12:54

 麻生太郎首相は、10日午前に皇居・宮殿で行われた天皇、皇后両陛下のご結婚50年を祝う祝賀行事で述べた祝辞で、「弥栄(いやさか)」(いよいよ栄えること)と言うべき部分を、「いやさかえ」と言い間違えた。
 麻生首相は、衆参両院議長や最高裁長官、各閣僚らとともに宮殿「松の間」で行われた祝賀行事に出席。首相は出席者を代表し、両陛下の前で祝辞を述べたが、「両陛下の益々のご健勝と皇室のいやさかえを心から祈念し…」と発言した。文脈上、ここは「いやさか」というべきだが、「いやさかえ」と言い間違えた


産経(web魚拓)
http://s02.megalodon.jp/2009-0410-1512-21/sankei.jp.msn.com/culture/imperial/090410/imp0904101259013-n1.htm



419 名前: 蓬莱桜 ◆HoRaiAx8jw 投稿日: 2009/04/13(月) 03:46:09 ID:kUjPcMzM0 ?2BP(112)
ちゃんと演説では正しいってソースを貼らないから、
変な議論が続く。

『弥栄』の『いやさかえ』読みは演説で正しい!

最新組合せ式
式辞演説大鑑
出版社:萩原星文館
※首相、大臣、代議士、旧華族、東京弁護士会会長、警察署長、社長などVIPの、
式辞演説を参考に、式辞演説のしかたを解説してある本です。一般人向けではない。


ソース画像

http://image.blog.livedoor.jp/dqnplus/imgs/a/6/a6db4de6.jpg

http://image.blog.livedoor.jp/dqnplus/imgs/9/b/9b9f155b.jpg


抜粋ソース↓
我が民族の根幹たる皇室の彌榮は、取りもなほさず、我が大和民族の繁榮する所以なり。
ふりがな→         (いやさかえ)


http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1239555981/419




このことはブログや『2ちゃんねる』などで大きな話題となっており、特に “何の謝罪もなく記事を削除したやり方” に対して非難轟々(ひなんごうごう)という状態である。そう、産経新聞はその記事を何の前触れも告知も謝罪もなく、削除して済ませたというのである。人の “あげあし” をとるような記事だっただけに、自分の “あげあし” をとられるような記事はすぐに消したかったのだろうか? ということで、当編集部はさっそく産経新聞社に電話をして真相をうかがった!

日本を代表する新聞の産経新聞さんが間違った情報を掲載するのはどうかと思うのですが、それを謝罪もなしに削除するのはまずいのではないでしょうか?――そんな質問に産経新聞社は「本日は休刊日ということもあり、政治部の者が誰もいないみたいなんですよ。明日、改めて電話していただきたいのですが」とのこと。うむむむ! 情報をいち早く伝える記者が新聞社に一人もいないとは。

しかし、紙媒体やネットで広く報道している産経新聞には、報道した内容に関して説明責任があるはず。そこで、誤読ではないのに誤読として誤報を流してしまったことについて、謝罪や告知もなく記事を削除して終わるのは乱暴なのでは? という質問を投げてみたところ、「私はペーペーなので、会社としての言葉を申し上げる立場にないんですよ。申し訳ありません」と返答。一部の記者が誤報をすることで、電話対応をしたような同社のスタッフすべての人たちに迷惑がかかることを考えると、これは大きな問題である。

政治部の直通電話を聞くため、もう一度産経新聞社に電話をしたところ、「うーん、ここから政治部が見えますが、誰一人としていないんですよ」とのこと。また、政治部の直通電話に関しては「代表からまわしてもらっていただけますか?」と軽く流されてしまった。この問題、まだまだ続きそうである



未来検索ガジェット通信:産経新聞「麻生がまた誤読した」と報道するも誤読ではなかった! 該当記事は削除より抜粋
http://getnews.jp/archives/9323



完全に誤報。名誉毀損。しかし訂正・謝罪なし。記事を削除しただけ。屑紙ですよ、こんなの。
ネット上には、一部「いやさかえは間違い」という主張があるが、それならそれで記事を削除する理由はなく、記事を削除してしてしまうくらいに誤報を指摘する声があるのだから、間違いだとする根拠を説明すべき。間違いは認めません、根拠はありません、謝りもしません。この程度しかないくせに、新聞離れを嘆く。自らを日々の情報源だと名乗る。




「筑紫哲也NEWS23」のディレクターとして、ともに番組制作に携わってきた吉岡弘行氏(東京放送(TBS)報道局編集部副部長)http://www.ritsumei.jp/pickup/detail_j/topics/2804/date/1/year/2009が、WEB多事争論というサイトでこんなことを書いている。


[790] 2009年4月のメディアの改編・刷新について

投稿者 WEB多事争論編集委員 吉岡弘行
投稿日 04/12 19:43

 2月にこのサイトで「新聞を読まない首相について」というテーマでメディア論を取り上げました。
 10日の天皇・皇后両陛下のご成婚50年で、麻生首相は三権の長を代表してのお祝いの言葉でまたもや失態を演じました。繁栄を意味する「弥栄(いやさか)」を「いやさかえ」と言い間違えたのです。宮殿の「松の間」で両陛下の前に一歩進み出て、紙を見ずに祝辞を述べたのですが、国のトップが国民の象徴に対してこれでは情けない限りです。歴史的な誤った日本語事例として残ってしまいました。
 今回のテーマは、別です。
この春、テレビ局はもとより、新聞各紙は紙面の改革をしました。
若者の活字離れ、従来の読者の批判やあきらめ、ネットへの対策などを意識してか、より企画性、独自性、署名性を重視した刷新がすすんだように感じます。
 改編・刷新から2週間、皆さんはマスメディアのこうした動きについてどのように感じられたでしょうか?ぜひご意見をお寄せください。

http://www.taji-so.com/weekly_souron/bbs.php?all=790


読み間違えではないと指摘されると……


[818] Re[2]:2009年4月のメディアの改編・刷新について

投稿者 ame
投稿日 04/12 15:40

http://www.aso-taro.jp/lecture/talk/060808.html
これは麻生首相の論文ですかね。ここでは「いやさか」を用いています。

然るに、少々専門的な辞書を用いて調べてみたところ、この場合「いやさかえ」と
読むのは、問題がなさそうです。むしろ、国の象徴に対して国民の代表が挨拶する場だからこそ
「いやさかえ」で正しいと。歴史的な日本語誤用?情けない限り?
んむ〜。情けないのは果たしてどちらか...。

[819] ameさんへ

投稿者 WEB多事争論編集委員 吉岡弘行
投稿日 04/12 16:24

 弥栄を「いやさかえ」とも読むことを初めて知りました。
実際に目撃したのはこれが初めてだったもので、少々きつい物言いになってしまいました。しかし茶の間で観た方々は、何かしら違和感を持ったのは事実ではないでしょうか?
 まあ、それはさておき麻生さんの部分はこのツリーの本旨とははずれていますので、本来のテーマについてご意見をお寄せ下さると幸いです。



「国のトップが国民の象徴に対してこれでは情けない限り」「歴史的な誤った日本語事例」と断じておきながら、訂正も謝罪もなし。茶の間で観た方々は、何かしら違和感を持ったのは事実ではないでしょうか? それが何だというのだろう? 茶の間が違和感を持てば「誤り」扱いでいいのか?
「まあ、それはさておき」だってさ。さっきまで麻生首相の「誤り」を歴史に刻むつもりだったのに。
そのうち、ツリーのトップ[790] に追記がされた。


★上記、記事において「歴史的な誤読」と評したのは撤回します。また、その後  に調べましたら、歌舞伎の演目などに「弥栄」を「いやさかえ」と読む例もあり ました。麻生首相がそうしたことを踏まえて、慣用表現の「いやさか」ではなく 「いやさかえ」と天皇・皇后両陛下へのご祝辞で申されたのであれば、当方の誤 りです。礼を失しました。訂正しお詫びいたします。


報道者の屑。でも、TBS報道局編集部副部長。「そうしたことを踏まえて」「申されたのであれば、当方の誤り」とは何だろう。仮に、麻生首相がそれを踏まえずに読んでいたとして、何が間違いだろうか。日本語を知らない外国人が、「憂鬱」を当てずっぽうで「ゆううつ」と読んだら読み間違いだろうか。何故に「踏まえて」などという条件が必要なのかわからない。こんな認識や謝り方しか出来ない馬鹿が報道を左右している。



先日お伝えした『産経新聞「麻生がまた誤読した」と報道するも誤読ではなかった! 該当記事は削除』というニュース。その内容は、麻生首相の祝賀の言葉で「弥栄(いやさか)」と言うべきところを「いやさかえ」と言い間違えたと産経新聞が自社のサイトで報道したものの、実は読み間違えではなかったというものだ。

つまり、 “誤読” を “誤報” したわけである。麻生首相はよく漢字を誤読するというイメージが頭にあるのか、何の疑いもせず「また間違って発言してるぞ」と思ったようである。以前に麻生首相本人が書いたブログで「弥栄」を「いやさか」と書いており、「いやさか」も「いやさかえ」どちらも正解なのは確かだ。しかし、今回のことは産経新聞だけにとどまらなかった。なんと、報道機関各社がそろいもそろって “誤読” を “誤報” していたのである!

今回の一件で “誤読” を “誤報” した報道をまとめてみたのだが、これはかなり痛い。この状態を『ドラえもん』でたとえるのならば、「のび太がテストで100点なんて取れるはずがない!」という思い込みに近いものなのでは? 麻生首相だって、間違えないことがあるのである。では、まとめをご覧いただこう。

【中国新聞】 首相また言い間違え 「弥栄」を「いやさかえ」
【静岡新聞】 祝賀行事で首相言い間違え 「弥栄」を「いやさかえ」
【毎日新聞】 麻生首相:皇室の「いやさかえ」 両陛下の前で…
【産経新聞】 麻生首相「弥栄」を「いやさかえ」と言い間違え 両陛下の祝賀行事
【ZAKZAK 産経新聞】 「弥栄」を「いやさかえ」…祝賀で首相、やっちゃった〜
【サンケイスポーツ 産経新聞】 麻生首相、両陛下の前で漢字読み間違え
【ニッカンスポーツ】 麻生首相「弥栄」を「いやさかえ」
【スポーツニッポン】 「いやさかえ」って…首相 祝賀などで言い間違え
【日本経済新聞】 「いやさか」を「いやさかえ」 首相、祝賀行事で言い間違え
【中日新聞】 祝賀行事で首相言い間違え 「弥栄」を「いやさかえ」
【スポーツ報知】 麻生首相「弥栄」を「いやさかえ」
【西日本新聞】 祝賀行事で首相言い間違え 「弥栄」を「いやさかえ」

ほかにも誤報をした報道は多数ありそうだが、いろいろと調べていくうちにひとつのことが判明した。これらのニュースを報じた報道機関のいくつかは、共同通信から配信された記事を転載、もしくは情報提供してもらったものを自社の文字に置き換えて報道しているようなのだ。

共同通信の記事をそのまま掲載している報道機関として『静岡新聞』や『産経新聞』、『ZAKZAK 産経新聞』、『ニッカンスポーツ』がある。ちなみに、元ネタは共同通信かもしれないが同じ産経グループでも『サンケイスポーツ』だけは文を変えて書いていた。『ZAKZAK 産経新聞』はタイトルを少しオチャラけたものに変えており独自性を出そうとしているようだ。どちらにしても、本当に間違いなのかどうかを確かめずに(校正・校閲せずに)書いた記事と思われる。

このことについて当編集部は、共同通信に本日早朝取材を試みた。このような事態になってしまった以上、いまさら責めたところでどうにもならないので、このように誤報を流してしまった場合どのように対処するのかを聞いてみた。

早朝より申し訳ございません。すでにご存知かとは思いますが、今回の件につきまして大きな話題になっております。早急に対応すべきとは思いますが、誤報を流してしまった場合、どのような対処をする予定でしょうか? という質問に対し、共同通信スタッフは「このような時間に問われても困る。しかるべき時間に連絡を頂きたい」とのこと。

一社が間違えば数社も同時に間違うという報道のあり方はいかがなものだろうか? 読者に「これおかしいかも?」と思われる前に、報道する側が「これはおかしい」と気がつかなくてはならないのではないだろうか



未来検索ガジェット通信:麻生首相の「いやさかえ」を “誤読” として “誤報” した報道機関メドレー
http://getnews.jp/archives/9348

上記に挙がっている誤報リンクを辿って、記事とサイトのトップページを確認したが、現時点で訂正や謝罪をしている記事はひとつもなかった。産経新聞とスポーツニッポンの記事は消えている。仮に、私の気づかぬところで訂正をしたって、読者に何時何を誤ったのかわかるように書いていなければ失格である。つまり全部失格。あくまでも誤報ではないと言い張るのだろうか。それならそれで、これだけ指摘されているのだから、言い間違えだとする根拠を提示してもらいたい。新聞たちにそういうことが出来ないから、人々は独自に遣り取りの出来るネットに情報を求めるようになった。





続き:麻生だけではなかった! 誤読の数々(らしきもの)
http://qazwsx.seesaa.net/article/117487122.html?1239730140
タグ:産経新聞
posted by ヨシノブ at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

09/04/12

これまでに何度も書いていますが、私はこのブログを書籍化したいと思っています。売れると思います。他にもアニメ化やフィギア化等も果たしたい。映画にもしたい。タイトルはドラゴンボールエヴォリューション2でもいいです。要は人気と金を得たい。だから、世の人気ブログのほとんどを敵だと思っています。

本屋に行くと、某リーマンのブログ本が平積みされていました。売れているライバルの本を手に取るのは屈辱ですが、敵情視察だと思って少し捲ってみました。
私が読んだのは4コマ漫画形式になったもの二つです。ひとつは、おしゃれな服を買ったら、普段買っている同じサイズの服よりも作りが細くなっていて着られなかったというもの。ひとつは、最近美容院に行くようになったが、女店員への対応にどぎまぎするというもの。
この本は二冊目の単行本です。どうですか。一冊目でざくざくと金が入ってきたことを如実に示すエピソードだと読めませんか。悔しくて本を閉じました。目頭が熱くなっているのがわかります。僕は何も言わずおねえちゃんに抱きついて大きなおっぱいへ顔をうずめました。おねえちゃんは「よしよし。おねえちゃんがヨシノブの本いっぱい買ってあげるからね」と言って頭を撫でてくれました。おねえちゃんが買ったくらいでどうかなる話ではないけれど、その優しい言葉に、僕は泣きました。おねえちゃんはいつまでも頭を撫でていてくれました。やがて僕は泣き疲れ、柔らかなおっぱいへ溶け込むように、眠りについたのです。私も絵日記にすればいいのでしょうか。













前作は30万部売れたそうです。この国は間違っている!






















マルコビッチ大白抜き
 今回ばかりはヨシノブの言葉に首肯せざるをえない。
 あ? 売れると思いますの件じゃねえよ。
 こんなブログ売れるわけねえだろ。だって面白くねえもん
 この国は間違っている! ここだよ。
 難しいことは言わん。俺のDVDを買え。それでこの国は良くなる!
 どうしてって訊かれても困る! 
 

posted by ヨシノブ at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月12日

09/04/11

もう終わったことをいつまでもネチネチ言うなんて、おかしいんじゃないの?
そんなに不満なら本人にはっきり言いなさい。
お前だってさんざんひどいことをやってきたじゃねえか。
そういえばお前、何回か飲み代払ってねえだろ。






個人的な付き合いをもつ特定の個人を対象に、その非を責めたいと思っても、冷静に考えて躊躇してしまうことがあります。それは、付き合いの中で私も彼に迷惑をかけたことがあるからです。彼はそれを責めません。迷惑や無作法はお互い様なのに、私ばかりが彼を謗るのは、あまりにも狭量です。
局所的にそれだけを見れば、確実に私が正しく、相手が悪いことです。しかし、私と彼のこれまでを俯瞰すると、その程度のことは私もやっているのです。私は実質的な被害を受けたわけではありませんし、これは世に訴えかけねばならないようなことでもありません。彼へ直接不満を述べて改めてもらえば済んだ話です。相手はきっと応じたことでしょう。今更こんなところに書くのは、一方的に相手の非を晒しあげ、罰を与えたいだけであり、する必要のないことで、何かを生み出すこともありません。

今日はここに或る個人への愚痴を書くつもりでしたが、私の非礼の数々を思い出すと、相手だけが悪いかのような身勝手な不平不満は、恥ずかしくてとても書けませんでした。自分のことは棚に上げて、腹の底で相手を詰り続けていた私は何と愚かであったことでしょう。小さな正義を振りかざし、大局にある恥ずべき自分を見ようとせずにいたのが情けないです。

以上は、嘘偽りのない本心です。しかし、それはそれとして、日を改めて同じ個人への別の愚痴を書きます。我ながら人間が出来ていないと思います。嫌な奴だと思います。でも、この性格のまま優しいおねえさん(CV:井上喜久子)に「ヨシノブ、おねえちゃんと一緒にお風呂はいろっか」「バ、バカ。何言ってんだよ!」「あらあら照れちゃってるのかしら」「恥ずかしいだろ、そんなの」「えー、おねえちゃんは恥ずかしくないよ?」「こら、いきなり服を脱ぐな!」というような甘い会話をしたい。「包茎おちんちん可愛くて大好き」って言ってもらいたい。私も恥を忍んでこんなことを書いているのだから、こういうおねえさんは名乗り出るなり、自分で撮った恥ずかしい写真を送るなりしてほしい。対象年齢は一桁から三十代まで。経歴・資格不問。暗くて元気のない人、CV:井上喜久子以外も歓迎。謝礼なし。お小遣いくれる人優遇(小額可)。
posted by ヨシノブ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月11日

無限の英霊よ


お母さん、何か羽織るもの持ってきて
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
sea.jpg
タグ:RYUICHI 写真
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2009年04月09日

09/04/09

人前で好き嫌いを言うのは少し気を使う。相手が自分と正反対の嗜好をしているかもしれないからだ。探りを入れて、これなら大丈夫だと確認してから言う。○○よりも××のほうが好みだと婉曲に言う。そうでなければ、相手を不愉快にさせるかもしれない。逆に、予め○○を嫌いと断言して、その話を封印させたり、○○好きの相手を遠ざけたりもする。


私は或る私人へ個人的な愚痴がある。それを書くまいと思っていたが、頭から離れないので書くことにする。大人気ないと思う。ある種の卑怯だと思う。だが、それならそれでいい。私には私なりの理屈や感情があって言うのだ



個人的な愚痴はなるべく書くまいとしているが、


私は劇団デブリの芝居を観たときに、はっきりと「つまらない」と思ったのだが、後にその役者らと話す機会があった際に「つまらない」とは言えなかった。彼らはなにか良い芝居が出来たかのような顔をしていたから、本心では「つまらない」と言ってやりたかったが、怖気づいて言えなかった。
私の或る友人にこれを話すと、自分ならば面と向かって言っただろう、と恐ろしいことを仰る。この人の性格からいって、大口を叩いているのではないと確信する。そして憧れる。
私は何も悪口を言ってやろうというのではなく、演出や台本に不満があり、あれはどういうつもりなのか、これはおかしいのではないか、と言いたかったのだ。それを、反論や無理解や怒りが怖くて、言い出せなかった。例えそれらがあったとしても、その場限りで済むのは解っていたのに。




「よく知らない相手に政治と宗教と野球の話をしてはいけない」と言う。昔は「政治なら自民、野球なら巨人の話をしろ」とも言われた


独りでやっているブログならいいが、人前で○○が嫌いであると明言するのは気を使う。どんなに嫌う正当な理由があろうと、罵詈雑言で貶しては、相手がその○○が好きだった時に不快を与える。



そのため、嫌いを言うならば、○○よりも××のほうが好きだというような、ソフトな
好きというにしても、好意的程度なのか熱烈に好きなのかはっきりさせておかないと、困ることがある。

愚痴を吐き続けるブログが



嫌いだと明言するのは難しい。私はよく







私人への個人的な愚痴はなるべく書くまいとして、実体験を一般論に暈して書こうとしたが止めだ。上記はその残骸である。具体的に書く。
こういうのを書けば、大人気ないとか、反論がないのをいいことに卑怯だとか、ヨシノブが間違っているとか言われるだろう。そんな意見には負けないぞ。私は物事をはっきり言える男になりたい。
どうせみんなは学校、職場、家庭、趣味の集まりなんかで、いつも俺の悪口を言っているのだろう。知ってんだよ。
それでも書いて、私は甘やかされたい。それも、井上喜久子が声をあてているような、ぽわわんとしたおねーちゃんに膝枕などされて、ヨシノブは悪くないもんねーとか言われたい。
それでこういう会話をする。
「おねーちゃんがドーナツ作ってあげよかー」
「えー、食べ過ぎて糖尿になっちゃうよ」
「あらあら、ヨシノブの甘いおしっこ飲んじゃおうかしら」
私はこういうことを夢見てブログをやっているのに、誰一人こういう女が現れない。何故だ。ネット上には男女の出会いが溢れているはずではなかったのか。
現実的にこんな女はいないというのなら、飲尿NGくらいは譲歩してもいいのに。
これだから世の中は間違っている。みんな政治と権力が悪い!
posted by ヨシノブ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月08日

Z編 第1話

「真マジンガー衝撃!Z編」の第1話を観る。
好き嫌いが分かれる作りだろう。
ろくな説明もないままに、最終決戦直前のような怒涛の展開。時空を飛び越えて交わされる、謎だらけの台詞。
私は大好きだ。こんなGRみたいな今川を待っていた。
「変な奴がいるぞー」の台詞はZマジンガーにこそ贈りたい。金ピカの鎧を着て、黄金聖闘士になりたいおじさんみたいだ。でもゼウス神。


テレビ放映版はネット配信版より5分もカットされているという仕様。

あにてれ
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/shin-mazinger/


posted by ヨシノブ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

感動するな 笑ってくれ

きらっと生きるリニューアル第1回目。
「感動するな 笑ってくれ!〜お笑いコンビ・脳性マヒブラザーズ〜」

司会に山本シュウを起用、オープニング曲にピロウズなど、弊害が指摘されていた今までのNHKらしい障害者番組から脱却しようとする意識がはっきりと見える作り。山本が番組を盛り上げようと少し頑張り過ぎていたが、第一回目のテーマに感動ありき姿勢の批判を受けて「感動するな」を持ってくるなど、初回としては概ね好い出来だった。今後の発展に期待。

番組内容は公式ページのダイジェストで。
http://www.nhk.or.jp/kira/program/past/details/391_no.html


番組で披露されたコントの出来は、良くも悪くも若手芸人らしかった。
桃太郎コントの、演じわけの出来てない爺と婆、桃太郎の憎たらしい悪童ぶりにはクスリとした。このコンビの大きな弱点は、ボケ役の発音が聞き取りづらいところ。番組では字幕がつくからいいが、ライブでは笑いにくいだろう。私は少し難聴気味なのか、他人の言葉が聞き取りづらいことがままあるので、そこが気になってしまう。
特筆すべきは一本目のコント。

ショートコント『飲酒検問』
DAIGO〔ドライバー〕:ブー。(車を運転)
周佐〔警察官〕:ピピー、ピピー、ピピー。コンコン。
DAIGO:どうしました?
周佐:すみません、飲酒検問です。ちょっとここに息はいてもらっていいですか?
DAIGO:わかりました。はー。はい。
周佐:あ、飲んでますねぇ。
DAIGO:飲んでません。
周佐さん:いや、飲んでるでしょ?
DAIGO:飲んでません!
周佐:じゃあ、ちょっとそこから降りて、そしてそこから、歩いてみてください。
DAIGO:わーわーわーわーわー。(ふらつく)
周佐:やっぱ飲んでるよ!
DAIGO:え!?


飲んでないのに、脳性マヒ特有のふらふらにより、飲んでいると勘違いされてしまったのだ。
これは公式サイトから転載したものだが、ここには省かれている重要な一文がある。
甲本ヒロト似のボケ役は最初から少しふらふらしている。私は脳性マヒブラザーズを見るのが初めてで、ボケ役のふらふらしているのが、脳性マヒによるものか、酔っ払っている演技なのかわからなかった。そこへ、「ちょっとそこから降りて」のところで、番組が私のような視聴者がいることに配慮したのだろう、ボケ役の下に『※ ちなみにこの人は飲んでいません』と字幕が出たのだ。脳性マヒをギャグにしたこと以上に、ふらふらしてるのが演技なのか障害なのかわかりにくいですねというNHKの公式見解がブラックなギャグに思えて、とても面白かった。


健常者と障害者の間にある難しい問題点を示す話が出た。二人の芸を指導している先輩藤井一男の話。

藤井一男さん
「DAIGOがサルのぬいぐるみ着て、ウッキーウッキーやってるんですよ。それが、本当に申し訳ないですけど、障害者の方が余計動かれると、なんか笑うどころじゃないんですよね。確かにおかしい動きでも、笑っちゃいけない空気になるんですね。なんかお笑いとは違うところなんですね。気づかいという空気がブワンと充満してるんです」
批判や中傷は気にしなければすみますが、お客さんの気づかいはそういうわけにはいきません。遠慮なく笑ってもらうために、脳性マヒブラザーズは考え始めました。


(障害ネタ封印後)
シュウ:そうそう。お客さんの反応は?
DAIGOさん:それがまだやっぱり変わってないんですね。「感動した」とか「がんばってください」とか。
周佐さん:「涙が出ました」。
玉木:なかなか難しいね。なんか、客観的に見ようとしても、どうしても動きが目に入っちゃうから…。
シュウ:そうやねんなー。だから「動きがおもしろいと思って笑ってる僕はあかんのちゃう?」と思ってる人は、いっぱいいるやろね。それは笑ってもいいわけ?
DAIGOさん:それはもう、逆に笑ってもらわなきゃ、ごはん食べれらないですからね。
周佐さん:大きな違いはやっぱり、“笑われている”のか、“笑わせている”のかだと思うんですけど。たとえば、障害のその動きで笑ってるというのは、半分は“笑われている”のかもしれないし、ちゃんと自分たちでやってるのが、“笑わせている”ということじゃないのかなと。



障害者のやることを何でも感動の目で見るな、という考え方がある。これは正しいと思う。
小人プロレスも障害者コントも、感動で評価せず面白ければ笑え、という考え方がある。これ自体は正しいと思う。しかし、障害を笑ってはいけないラインというのがある。この線引きが難しい。障害者の芸人が猿の真似でウッキーウッキーやってるのを笑うのは肯定できるが、街中で障害による作用で同じく猿のようにウッキーウッキーやってる人がいたら、これは、やっぱり、道徳として笑ってはいけない、という思いが強い。
障害者がお笑いでやる滑稽な仕草が笑えないのは、本当にそうなっている人がいることを考えてしまうからだ。ここで笑ったら、「本当の人」を笑い者にするのと同義だと思ってしまう。

こんな話が出ている。

森下英矢(もりした ひでや)さん
「同じお笑い芸人の目線で見た時に、木原くんって、滑舌悪いんですよ。それをネタにしないと、ただのマイナスで終わっちゃうぞ、っていうのは、僕自身は感じる。たとえば、僕らの世界でいえば、すごく太ってるとか、すごく顔がブサイクだとか、いろいろあると思うんですけど、それをいじらないと不自然なんですよ。だから、(封印するのは)不自然なんじゃないかなと、逆に僕は思っちゃうんですけど」
中静祐介(なかしずか ゆうすけ)さん
「(障害の特徴は)僕も武器にしてもいいと思います。だってあれは脳性マヒブラザーズの特権ですからね。一番、うちで全国に近いかもしれないですからね。名前と、あとインパクトと」
高橋(たかはし)なんぐさん
「“続いては脳性マヒブラザーズです。どうぞ!”という時点で、お客さんのソワソワ感も、これは期待なのか不安なのか分からないですけど、出てくる前から違うんですよね。ヤツらが普通のことをやってもやっぱり普通じゃないので、それを売りにしても普通じゃないし、何やっても違うんだから、それはもうすごいことですよね。嫉妬しますよ」


これらは少し的を外していると思う。(森下の意見は一般受けを度外視した芸人論としては正しい)
世間で受けるお笑いとしてマイナスが成立するのは、デブやハゲやブサイクなどという、生存に支障がないか、我が身に起こる範囲にある時だけではないだろうか。ケーシー高峰の医療漫談や、綾小路きみまろの中高年漫談は、病や老いなど誰もが対象となる話だからみんなで笑える。障害者にだって誰もがなる可能性はあるが、やはり障害者になるのは感覚として特別なこと。デブやブサイクでは普通、障害者福祉は受けられない。そして、障害は生活や生命に一生支障を来たすことがある。それを笑うのが躊躇われるのも、滑稽な言動を笑うのと同じく、自然な感情だ。
脳性マヒなんてのは健常者の感覚的ではかなりの障害で、加齢で障害が進行しやすいともなれば、笑えなくとも不思議ではない。

我ながら偽善的だとも思う。
では、これはどうだろう。障害者芸人の猿踊りに腹を抱えて笑った後に、街中で障害でさっきの猿踊りそっくりに動いている人を見かけた時、腹を抱えて笑ってよいものか。ここは笑わねば筋が通らないのではないか。笑えばいいというのも一つの意見だが、社会的にそれは通らぬ。


思い浮かんだことを書いていたら、自分でも整理出来ていないことだから、だらだらと長くなった。矛盾も穴もあると思う。話わかった? 話のテーマとしたかったのは、障害者の笑いを笑えない尤もな理由があることなんだけど。
いつもすまないね、文章力なくて。
あと、どこかに入れたかったけど、どこにどう入れたらいいかわからない体験談があってね、私がまだ小学校にあがる前のこと、近所に腰が直角に曲がって、杖をついて歩く爺さんがいたの。腰のラインがマンガみたいな爺ぶりだし、子供にとって杖ってちょっとした面白アイテムじゃん。おまけに禿げていた。だから私らガキどもはその爺さんが可笑しくて可笑しくてしょうがなくて、見る度にみんなで指差して笑ってたの。今はすごく悪いことをしたと思っている。
では、話を着地点に持っていきます。


でも、こういう道徳や理屈を吹っ飛ばせるのが、笑いなんだよ。
どんなに問題があろうと、面白ければどうしても笑ってしまう。だから、笑えないものには素直に笑わなくてよいのではないかと思う。健常者がやって笑えても、障害者がやったら笑えませんでした。それでいいじゃねーか。その程度の面白さなんだから。小人プロレスも廃れるなら廃れよ。それは残酷なことだが、しょーがないもん、多くの人には面白くないんだから。本家のプロレスだって衰退している。ナタデココも廃れた。グレチキも廃れた。
いくら頭で笑うべしと思っていても、作り笑いをするのは疲れる。笑うまいと思っても、本当に面白ければ勝手に笑い出す。それでいいじゃないか、と思いました。(←結論)






甲本ヒロトも落ち着きのないパフォーマンスをする人だが、その理由をこう語っている。

NHKの「音楽達人倶楽部/ザ・ブルーハーツ」(1992年4月30日放送)において山本晋也からのインタビューが行われている。
・「最初見たとき驚いたが、あの歌う時のポーズというのは自然に出るの?」との問いに、「なんだか訳の分からないものになってしまいたいですね。『僕は歌手なんだ』とか『歌を歌って商売にしてプロなんだ』とかじゃなくて、歌ってる瞬間『お前は何なんだ!?』って聞かれるようなね」と答えている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E6%9C%AC%E3%83%92%E3%83%AD%E3%83%88

これ放送みました。




追記。
飲酒運転コントについて。
ネット上に、ある健常者がふざけて、同じバスに乗り合わせた身体障害者か知的障害者の動きを真似していたら、それを見た知らないおじさんが「障害者の真似をしてふざけるな!」と障害者本人を叱ったという、笑い話としてはよく出来た話があったのを思い出した。(コピペしようとしたが、文面をよく思い出せなかったので見つけられなった)
NHKの配慮は、障害なのか演技かはわかりづらいよねと、このおじさんの勘違いを理解するものであり、この話が露悪的に障害を笑い者にしているのを、障害者コント放映により、障害の動きが笑い得ることを悪意なく認めている。
NHKじゃ絶対に肯定的に扱えない話なのに、NHKのやってることはこれを確かに笑い話として認めているのが可笑しい。
私はバスの話をなかなか面白いと思う。こういったら差別だと批判されるだろうし、そもそもバスの話は批判上等の露悪である。でも、この話がもし障害者によるコントだったとしたら、これを差別的だから笑うべきでないとするのは、脳性まひ兄弟を感動で見ることの裏返しではないか。
線引きするのは難しい。




posted by ヨシノブ at 04:02| Comment(2) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月07日

あの映画を観る

現在公開中のアレ、観て来ましたよ。

以下、大いに内容をばらすが、未見の人が読んでも支障はないと思う。ストーリーには面白味がなかったし、コーホーマスクの中身が父親だったなんて類のびっくりもなし。だが、高い技術力を費やしているのは凄く伝わってきた。その技術力が最大の見所。事前に知って損なう見所はない。



上映直前に、惣菜買った帰りと思われる、スーパーの袋を提げたしょぼくれたジャンパー姿の親仁がやって来て、私の斜め前の席に座り、手掴みでコロッケを食べ始めたところが、今思えば一番面白かった。


おおまかなあらすじ。
子供じみた冒険ごっこじゃなくて、本当の冒険がしたいと思っている堀北とメガネとデブ。時は西暦1969年。折りしも堀北らの住むフロリダでは、アポロ11号による世界初の月への有人宇宙飛行が行われようとしていた。堀北はロケットに潜り込んで月へ行こうと決意する。月へなんて行けるわけがないと尻込みするメガネとデブを説得して、周囲に黙って三匹は月へ行くことに。
三匹はNASA職員のランチボックスに潜り込み、打ち上げ基地へ進入成功。そのまま宇宙飛行士にくっついて、見事宇宙へ行きました。



映像がよく出来ている。単にフルCGとしても粗はないし、質感を持った立体になっている。あのコロッケ親仁も空に手を伸ばしていたほど。ただ、鳥の羽ばたき等の細かく素早い動きは少し苦手な技術らしい。
特に良かったのは、ジェットコースターの先頭にカメラを置いたような、高速で移動している場面。製作会社がライドフィルム(画面に合わせて客席が動くアレ)製作の大手だけあって、陰嚢の奥のほうが少しギュッとしたくらい臨場感が良く出ていた。

このあたりまでの粗筋は、宣伝で使われている範囲。私はこのまま3D技術を活かした宇宙遊泳を楽しんで、最後にちょっとしたトラブルのひとつふたつを解決して終わりかと思ったが、このトラブルが意外だった。物語としての大きな柱は間違いなく、月へ行くことと、このトラブルのふたつなのに、宣伝や予告で後者にちゃんと触れているところをみたことがない。
物語の続きはこうなっている。


堀北ら三匹の宇宙飛行は、人間のテレビ中継にも映りこみ、彼らの宇宙行きを知った蝿仲間たちもそれを見物する。中継はロシアでも放送され、これを見たロシア蝿の将軍はアメリカに出し抜かれたと激怒。成功を潰してやろうと、NASAに送り込んだ部下へ、コンピューターに工作をして地球帰還を妨害するように指示を出した。


ここで初めて物語にロシアが登場する。1869年にはソビエト連邦が健在であるが、作中でソ連名称は使われず、ロシアと呼ばれている。
当時は米ソが宇宙開発競争をしていた頃。アプロ11号の成功でアメリカが勝利するわけだが、この人間同士の開発競争に、何故かロシア軍人蝿も入れ込んでいるのだ。蝿がロケットを作るわけではなく、人間の仕事に便乗・同一化(使い方あってますか)しているだけなのだが。
アメリカ蠅連中は何匹も出てくるが、登場するロシア蠅は将軍・参謀・秘書・眼帯工作員・工作員ABの6匹のみ。(役職は適当。秘書のみメス)

アメリカ勢が揃って善人なのに対し、ロシア勢は秘書以外、実にわかりやすい顔つきや言動の悪役。ロシアという国を丸ごと悪者にしているような気がしないでもない。
将軍の名がプープチョフ(poopchev)で、参謀がレオニード(Leonide)だし。これってソ連最高指導者のニキータ・フルシチョフ(Khrushchev)とレオニード・ブレジネフ(Leonid)だよなあ。
蝿レオニードなんか眉毛が太い。

将軍と参謀
http://www.nat3d.jp/images/sc_11.jpg




ロシア秘書は掘北祖父の昔の恋人であった。彼女は将軍の悪巧みを止めるために、アメリカの掘北の家へやって来て、掘北祖父へ将軍の計画を話す。堀北祖父は仲間を引き連れてロシア工作員のいるNASAの基地へ向かう。工作員ABを縛り上げ、最後は掘北祖父と眼帯をした強い工作員イゴールの一騎討ち。掘北祖父はピンチに立たされるも、秘書の助けでイゴールに勝つ。
宇宙の三匹は無事に地球へ帰還。凱旋パレードで祝福される。だいたいこんなところで終わり。



私の受け取り方が過敏になりすぎているのかもしれないが、最初は単にアメリカを舞台としただけの話だったのに、このあたりでは善悪の戦いに国同士の戦いが重ねられてくる。台詞に国名が何度も出るし、蝿たちは自分らがアメリカ人・ロシア人であることを強調する。(台詞で実際に蠅が「アメリカ人」と自称する。「アメリカ蝿」だと、そういう分類が実在すると誤解されるから?)
善人秘書がいるのを逃げ道に、子供向け映画で一国をこんなにも悪役に仕立て上げていいものだろうかと、ちょっと恐ろしくなるほどだった。
あらすじでは端折ったが、宇宙飛行士無事の帰還で計画の失敗を知った参謀は、軍服からアロハシャツに着替えて、ウェイターの仕事が見つかったのでフロリダへ行きます、と将軍に挨拶。その仕事に二人分の空きはあるか・・・・・・と言うとでも思ったか!とノリツッコミで返す将軍のエピローグもある。ロシアの没落とアメリカの繁栄を察して逃げ出しちゃう御茶目な悪役、ということであろうか。この手のユーモラスな寝返りはお決まりのひとつであるが、唐突過ぎて場面が浮いている。

エンドロールに移行する直前、アポロ11号でアームストロングに続いて月面に降り立った二人目の宇宙飛行士バズ・オルドリンが実写で登場し観客へメッセージを送る。

皆さんにお伝えしておきたいことがあります。実際のアポロ11号には汚染物質もなく、ハエもいませんでした。ここで、改めて月着陸ミッションに多大な努力を払われたすべての人に敬意を表したいと思います。皆さんこれからも宇宙への挑戦を応援してください!

これは公式サイトにあるバズのコメントだが、映画でも同じことを言う。ファンタジー映画を見た最後に「実際とは違います」と言われてしまったので驚いたが、悪いロシアをやっつけるアメリカ万歳的描写が尾を引いて、アポロ11号計画の完璧さを強調するアメリカ万歳を付け足したいのだろうかと勘繰ってしまう。NASAから事実の言及を求められたのだろうか。


先程「私の受け取り方が過敏になりすぎているのかもしれないが」と前置きしたが、映画広報がストーリーの柱であるロケット帰還を巡る攻防に触れることを避けているのは、私が異常に過敏なわけではないことの証左であろう。
これだからアメリカ映画は・・・・・・と思ったら、ベルギー人監督ベン・スタッセン(Ben Stassen)によるベルギー映画だった。


日本語版公式
http://www.nat3d.jp/
英語版公式
http://www.flymetothemoonthemovie.com/
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2009年04月06日

09/04/05

ランチバイキングへ行く。
元を取ってやると鼻息を荒くするのは見っとも無いので、時間いっぱい優雅に食事を楽しむつもりで構えていたところ、終盤、三枚目の大皿でかなり苦しくなる。盛り付けに拘って多く取りすぎた。この場で七色の吐瀉を放つ想像まで沸くので、「残す」という選択肢に手が伸びかけるが、偶然にも胃薬を持っていたので助かった。みんなも持っておくといい。
もうこれで夕飯はいらぬと思ったが、夜は夜で腹が減るという理不尽。


先月8日、コンビニエンスストア前で私へシャトルバス乗り場を訊かれた、とても丁寧な口調の初老紳士様。教えた場所が完全に間違っていました。申し訳ありません。

posted by ヨシノブ at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月05日

今週のオープンカフェ

qq8517.jpg
タグ:写真
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2009年04月04日

奥村首相の夢

空:私が首相になったら /千葉

 私が首相になったら最初の課題は医療国営化だ。まずは高齢者の本人負担をなくす。前期・後期・末期などと差別せず保険料も診療費も全額公費で賄う。次に、妊婦健診から出産、子供が18歳に達するまでの通院・入院費を無料化する。所得制限は設けない。一人ひとつずつの命に国家が責任を持つ際、収入の多寡は無関係だから。

 すべての医療機関を公的管理する。医学部の定員増と奨学金制度拡充で医師不足を解消し、適正に配置する。最終目標は全国民の医療完全無料化だ。コストは皆で分担する。健康を維持してバリバリ働き納税する。病気になったら、せめて経済的な心配はせずに治療を受けられる社会に。

 患者の痛みを第一に恐れ、財源の壁にひるみ、明るい未来像にとらわれつつ、医療国営化を掲げ3分の2の議席を得たら、他の政策も再可決……と邪念がよぎったところで夢から覚めた。【奥村隆】


毎日新聞 2009年3月9日 地方版

http://mainichi.jp/area/chiba/news/20090309ddlk12070097000c.html

これ、新聞に書くことかあ?
財源の確保はどうするとか、美容整形や包茎手術も無料なのかと質問してはいけない。これはただの奥村氏の見た夢だから。現実がどうとか関係ないし、夢からはもう覚めてるから。
この記事の悪質なところは、ただの夢想で現実の政治に物申しているところだ。本人は単なる夢想に過ぎないと言い張るかもしれないが、これは新聞であり、明らかに現実の政治へもっとこうしろとメッセージを送っているように読める。読めないとすればそいつの理解力を疑う。(まさか、こんな社会は嫌ですよ、と書いてるわけではないだろう。)
メッセージは実際の政治がやっていること(後期高齢者医療制度等)の反対を要望するのだから、批判的である。メッセージを送られた方は、それを実現させるための手法を問うだろう。ところが、奥村首相は夢からもう覚めてしまっているから、答えがない。起きた奥村氏はただの夢だから答えるに値しないというだろう。起床した奥村首相から答弁があってもいいのだけれど、あれば書くべきのところを現に書いていないのだから、具体策はないのだろう。
夢を逃げ道に、批判はするが改善策は示さないという卑怯、愚劣。この掲載部分は屑紙もいいところ。
私が王様になったら、こいつとその上司どもを一週間おやつと晩飯抜きの刑にする。執行猶予無し。
タグ:毎日新聞
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2009年04月03日

私が最初です

ご存知のとおり、朝日新聞から2chへ「部落差別や精神疾患への差別を助長する内容」の書き込みがなされていたことが判明して、話題となっている。"余罪"も、ぽつぽつ出ている。
こんな絵に描いたような馬鹿が見つかるとは思っていなかったので、すっかり油断していた。何を。私は一刻も早くこう書きたい。

『新聞の大半は屑紙で出来ています』

この言葉には「屑みたいに低質な記事が目立つ」「記事にするしないの選択がおかしいので役に立たない屑みたいな紙」「読まれず屑紙として捨てられる押し紙がある」「押し紙は新聞の経営を支えている」などの意味が込められている。好みで「再生紙を使っている」を入れてもいいだろう。『新聞紙』としていないのは、新聞記事、新聞記者、新聞社、新聞業界など、多様に意味を持たせ易くするためである。
これがたった一言で言い表せてしまっているのだから、実に含蓄のある言葉だ。
私は3ヶ月程前に突如この一言を閃き、気に入って、寝言みたいな記事を読むたびに、「この記事の部分は下らないから屑紙でしかないな」という風に思って、新聞の屑紙率が無視出来ないことを再確認している。
この真理を含んで使い勝手の良い的確な一言は、きっと皆も知れば使わずにはいられないだろう。皆が使えば使うほど、こんなに素敵な一言を最初に思いついた私は偉いということになる。「唐沢ぬんいち」という呼び名を誰も使わなかった不名誉も、これで帳消しに出来るだろう。いつか機を見てこの一言を使ってやる。

そう思っていたところ、この大騒ぎである。新聞への不信が一段と熱く高まっている今、不信の念が高まるあまり、私と同じ一言を閃く知恵者が現れないとも限らない。こいつが浮かれて2chなどへ「新聞の大半は屑紙で出来ています」なんて書き込んだら、それで一気に流行してしまい、最初に思い付いた私のほうが偉いのに、全部こいつの手柄になってしまう。後から私が思い付いたのが先だったと申し立てをしたところで、僻んで言い掛かりを付けているようにしか思われない。
そこで私は急遽「新聞の大半は屑紙で出来ています」と発表することにしたのだ。「バファリンの半分はやさしさで出来ています」みたいで、耳に馴染みやすいところも素晴らしいだろう。ほれ、遠慮せず存分に使うが良い。








もうひとつ書いとこうか。
前に父がオバマ大統領に関してこんなことを言っていた。
「今はオバマ、オバマと呼ばれているが、そのうち人気が落ちてくれば、バラクと呼ばれるぞ」
おわかりだろうか。私はこれを短時間に5回ほど聞かされて、やっとその意味がわかった。
意味はこの記事の最後に書きます。(要反転)
オバマがバラクと呼ばれるようになったら、父の先見の明を褒めてやってください。

















バラク→バラック。つまり、粗末なバラック小屋みたいな駄目政治家という意味らしい。だからといってオバマに立派な家の意味を持たせているわけではない。
タグ:朝日新聞
posted by ヨシノブ at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月01日

ついにうんこ県誕生か

総理、うんこ県の設置を正式決定


4月1日早朝、総理は首相官邸で緊急記者会見を行い、3年後に西伊豆の端っこへ「うんこ県」を設置する計画を正式決定したと発表した。実現されれば、「たまプラーザ県」以来11年ぶり、56番目の新都道府県となる。
うんこに埋もれて暮らしたいという国民の強い声を受けた形での決定だとするが、総選挙を見据えた政府与党の人気取りではないかとの厳しい見方もある。また、道州制議論を無視した強引な決定は、識者から非難を浴びそうだ。


 問題は山積み

うんこ県の土地は、西伊豆の端っこから海をうんこで埋め立てて造成する計画である。しかし、海洋生物にうんこが与える影響や、うんこの上で建築物に必要な耐震強度は保てるのか、トイレは要るのかなど、問題は多い。うんこの埋め立てに詳しい国立山田大学の山田山夫教授は「海外のうんこ埋め立て地居住区には、服にすぐうんこが付くのでオシャレ着が台無し、雪合戦をやっていたらいつの間にか糞合戦になっていた、といった生活の不便から、住民が減り、ゴーストタウンとなった例が少なくない。遊び半分でうんこを扱うのと、うんこで生活するのは訳が違う。国のうんこ県計画には、埋め立てた後の生活対策が乏しく、県民には相当なガッツが強いられる。それに、埋め立てには硬いうんこが大量に必要となるが、それを確保出来る確かな見通しがあるのか疑問だ」と語った。
1998年に政府主導で行われたうんこタワー建設では、政府と癒着した建設業者が、うんこの内部に鉄筋やコンクリートで補強を施していたことが発覚し、その後の調査でも、全国各地のうんこ建造物の幾つかにも偽装が見つかり、うんこ偽装事件として大きな社会問題になった。このため、うんこ埋め立て地造成についても、何らかの偽装が行われるのではないかと疑いの目を向ける建設関係者も少なくない。


 国民の多くは歓迎ムード、しかし戸惑いの声も

長年、うんこ県誕生に向けて活動していた市民団体「うんこ県設置を求める会」代表・田中モジャ夫さん(35)は「うれしい。今はただこの喜びを噛みしめたい。廃藩置県のとき、政府から一笑に付されて悔しい思いをした御先祖様も、これでようやく成仏できる」と語り、仏壇のあれをチーンと鳴らした。
国民には早くも 'うんこ特需’への期待が高まっている。西伊豆の土産物店には既にうんこ饅頭が並べられた。店主の石立ペイジさん(57)は「会見を見て、とりあえずうんこで饅頭を作ろうと思いました。みんな買ってくれると思います。明日はうんこ煎餅も作ります」と笑顔で語る。某大手居酒屋チェーンでは、近々、箸置きにうんこを使用するらしい動きが見られ、実現されれば、多くの飲食店がこれに追従する形で全国的な箸置きビッグバンが起こる可能性がある。歓迎ムードは株式市場にも反映され、うんこ関連銘柄は軒並みストップ高となった。
一方、突然の政府決定を寝耳に水と戸惑う声もある。静岡県知事は二度寝から起きた昼頃、友人からのメールで西伊豆の端っこが静岡を離れると初めて知り、「何も聞いてない。国の横暴だ」と憤りを露にして不貞寝した。


 白紙撤回の可能性も

イメージビデオで体にチョコを塗ったくるやつはうんこを連想してしまうが、あれは製作者の狙いなのだろうか。夕方、与野党の有力議員を抱え込む超党派議連「うんこレンジャー」は、うんこ県計画は西伊豆への無意味なうんこのばら撒きだと猛反発し、総理に計画の白紙撤回を要求した。これを受け、夜に開かれた総理会見は早朝よりトーンダウンし、「計画の検討を視野に置く」と述べるにとどまった。永田町では、うんこ県計画の発表は、議員への根回しや各関係省庁との調整が不十分なままに行われた総理の独断だとの見方が強い。今後の世論の反応次第では、計画の見直しもありえると漏らす政府高官もいる。うんこ県はまだまだ幻に終わる可能性があるのだ。
国民不在のまま明かされた突然のうんこ県計画。果たして日本にうんこ県が本当に必要なのか、国民一人一人がしっかりと考えて議論したい。
タグ:うんこ
posted by ヨシノブ at 23:59| Comment(3) | TrackBack(0) | うんこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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