2009年01月31日

09/01/30

よくよく考えてみると自分は風邪気味らしい。
薬を飲んでから寝ると、昨日の今日で夢に沢城が出る。
よく晴れた日の繁華街で偶然会い、紙パックの飲み物がどうのこうのという話をする。沢城の耳を触った。
二度寝すると、黒人の少年を連れてデパート巡りをする夢を見た。やがて銃弾が飛び交うようになって自分たち以外が殺し合いを始めた。自分以外の人間がアニメーションのように動いていた。


「20世紀少年 もうひとつの第一章」を見てしまう。劇場版は見ていないが、これだけの内容をやるなら最初から劇場版を流せばよかったのではないだろうか。ソフトの売り上げ関係の事情だろうが。
子役たちの演技を見ていると「子役には演技がつけられない」という押井守の言葉を思い出した。あれは声優評だったけれど。
ラーメンの湯気がCGでもうもうとあがっていた。あれは何のつもりだったのだろう。店内の気温が氷点下に達しているか、化学薬品を使っているかのようだった。
原作を読んでいるせいか、面白くない。役者がコスプレをしているみたい。
posted by ヨシノブ at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

お前は駄目


・大阪府の橋下知事はん。相変わらず、言い方きっついなぁ。「学力も駄目、体力も駄目。
 大阪の教育は、どうなってんねん」やて

 ▼確かに、大阪府が前の全国学力テストに続いて、今度の体力テストでも全国平均をえらい
 下回ってしもたのは事実です。せやけど「普通、勉強ができなければ体育はできる。学力も
 体力も低くてどうする」まで言われたら、大阪の中学生の一人としてへこみますわ

 ▼知事だけちゃうけど、大人ってほんまに比較が好きやなぁと思います。経済協力開発機構の
 学力調査でも、日本が何位に下がってもた、えらいこっちゃ、学力低下やって大騒ぎするでしょ

 ▼比較して自分の位置を確かめることに一定の意味があることは認めます。でも、ただ他と
 比べて駄目みたいに決めつけられると正直しんどい。子どもの親への声を集めた公共広告機構の
 広告『こども教育委員会』にもありますよ。<ぼくを他の子と比べるのはやめて下さい>

 ▼友達が持ってるから同じ物買(こ)うて、なんて頼むと親は大概言うでしょ。「あの子はあの子、
 あんたはあんたや」。それが、成績とかの話になると「なんで、あの子より下なん?」。
 都合よすぎへんかなぁ

 ▼他の国や他の県や他の子と比べて駄目駄目言わんといてほしいんです。あの広告には
 こんな声もあります。<できないと決めつけないでぼくを信じてください>

 http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2009012902000072.html


橋下知事発言のショックで可哀想に中学生返りしちゃった中日新聞。
もしくは中学生がコラムを書いている中日新聞。どっちにしろ学級新聞じゃねえか。
私は生まれてこのかた運動がからっきし駄目な上、中学生時代は学校の成績を原因に親が別居して離婚が検討されたほどに勉強ができず、後には家を追い出されるまでされたが、こいつは駄目だと思う。新聞が売れなくなるのも仕方なし。
posted by ヨシノブ at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハウス

 楳図かずお「実は、まだまだ納得できる本当のまことちゃんハウスは作れていないんです。たとえば、僕が『14歳』(小学館)という漫画で描いた近未来の建物も作ってみたい。全面ウンコ型の家もいい。子供目線で楽しめる、ユーモアのある家がいいですね」
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090129/chn0901291357002-n1.htm

次の裁判には負けてしまうかもしれない。
がんばれ! 弁護士!
posted by ヨシノブ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | うんこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

09/01/27



えー、これが?
きゃっ、すごーい。
これ昨日のやつなんですか?
ふーん。
さわってもいいですか?
あー、でも噛み付いたりとかしません?
じゃあ、ちょっとこわいですけど。えいっ。
あっ、すごーい。
へぇー、こんな感じなんですねー。わー。
えっ、今日のもあるんですか?
2分前? すごーい!
えー、さわりたーい。
わっ、すごーい!
ちょっとこれすごいですよ。あったかいんです。
あっ、よく見ると湯気も出てる!
うんこってすごーい。
posted by ヨシノブ at 23:50| Comment(2) | TrackBack(0) | うんこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月25日

今週の「ふたりはプリキュア5GoGo!」

最終話「岩手発! 犬に似た顔トップ10」

ついに徳川埋蔵金の詰まった箱を掘り当てたプリキュアのふたり。ところが中には680円しか入っていなかった。今でこそ昼食代相当だが、江戸時代では680円が目も眩むような大金だったのである。こうして大冒険を終えたふたりはイスカンダルから地球へと帰還した。沖田艦長もしっかり死んだ。完。
posted by ヨシノブ at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真偽

「お、おめが東京から引っ越して来た金持ちか。東京の金持ちはうんこにホワイトソースをかけるちう話をきいたのだけんど、まことじゃろかい。おら、気になって気になって、胸のあたりが苦しくってしかたねえ。教えてくんろ」
「*****、*******」(注:不明瞭な発音で聞き取れず)
「!!!」

おら、それからしばらく気絶しとったべよ。
気がついたら神社の鳥居の前でひとりぼっちじゃったで、あいつはきっとおらが打っ倒れたのに魂消て逃げたんじゃろ思うて、おらも家さ帰ったらよ、いきなり親父に殴られてよ。お袋が間に入って泣きながら止めたんだがよ、お袋もおらを平手打ちするんじゃ。痛てえやら、わけがわからんやらでポカンとしちょいた。
どうにか落ち着かせてわけを訊いたらよ、おら一週間も行方不明になっちょったらしいべ。おかしな話じゃよ、おら学校裏の神社で隣の組に来た東京者に話かけてちょびっと気絶しといただけなんじゃから。それなのに神社も探したと言うし、そもそも村に東京者なんか来とらんて言うんじゃ。
そげなことあいかよ、って学校の連中や先生にも話をしたんじゃが、そんな転入生おらんてみんな言うし、あいつの居った様子もないんじゃべ。役場にも訊いてみたが同じよ。みんな、おらがどっか頭を打ったんじゃろと言うもんで、おらも自分の頭がおかしくなったと思ったんじゃ。
でもな、その二日後、おら神社裏の森の奥から犬がけんかしちょう声きいたでな、森は神様の場所だで入っちゃいかん言われておったんじゃけど、誰も居らんかったでこっそり覗きに行ったべよ。おらのたてるガサガサいう音聞いて犬ども逃げたんじゃけれど、犬のおったとこの地面が掘っ返されておってな、そこからひどい有様になっちょるあいつの死体が出ちょいた。服を着とらんかったらわからねかったな。ここいらで誰も持っとらん、洒落た服じゃもの。となりでこんもりしちょったのは、親と弟が埋まっちょるのやろ。
おら、すぐ引き返して、それからは頭のおかしうなっちょったふりをしたべ。理由はわからねど、村ぐるみであいつがおらんかったことにしちょるもん、見たこと口外したら今度はおらが殺されよう。
でもな、余計わからんことあるんだべ。おらの神隠しさね。家帰ったときの親父の怒りっぷりとお袋の泣きっぷりは芝居とは思えんし、日付もきちんと一週間経っちょった。気絶したのは自分じゃで、どうやらこれはみんなに嘘をつかれちょるわけじゃなかろうと思うんけど、あいつのことと何か関係があるかもわからん。でも、あいつら一家が死んで最初からおらんことにされてるのも、誰にも理由なんかきけんべな。おらの知らんとこで、何があったのじゃろう。みんな何事もなかったように生活しちょったが、おらはそれが恐ろしくて仕方ねかったべさ。
じゃから、おら何も詮索しねえんかったんだ。知ったらおらも埋められて犬に喰わるるべ。
へへへ。
へへへへへへ。
なしてこげな話をって顔しとるな。
へへへへ。
そりゃあ、なぜ金が欲しかったのかお前さんが訊くからさ。
おら、金を貯めて東京さ行きたかったんだべ。あいつが言ったことが本当か、東京の金持ちのうんこをこの目で確かめてみたいんだべ。そんでさ、田舎者が東京さ入るには高けえ高けえ入場料が要るって聴いていたもんじゃで、金を集めたべよお。だけんど、全然足らんでよ、今は温泉掘り当てようと思って村のあちこちを掘り返しておるところよ。都会じゃ温泉が流行っとると聴いておったもんじゃでな。へへへ。温泉作って東京の金持ちが来たら一石二鳥じゃてと思うだでよ、気合入れて穴掘っちょるべよ。
へへへ。いやあ、こげな貧乏人の大それた夢を聴いていただくなんて御恥ずかしいべ。へひひひひひひ。もう気兼ねなく話せるだで、べらべらと調子に乗ってしもうて、まっこと御耳汚しで御座いましたべな。てへへへへひ。それにしても、この茶はえらく上等じゃのう。悪いけんど、おかわりをもらえんじゃろか。







(山奥の小さな集落で住民すべてを殺害し金品を盗んだ男の供述より抜粋。
 「東京者」の死体のあったという森は広く、男の記憶も曖昧な為に場所の特定できず、
 現在までに死体やその痕跡に繋がるものの発見には至らず。
 村には東京からの転入者の記録なし)


posted by ヨシノブ at 05:10| Comment(0) | TrackBack(0) | うんこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

サタニスター

サタニスター  三家本礼    ぶんか社コミックス

読もうと思っていたサタニスターが5巻まで出ているのを見つけ、読んでみたら5巻が最終巻だった。最後のほうは大人の事情で話を縮めざるをえなかったのか。ゾンビ屋れい子、巨乳ドラゴンと読んできたが、今回の終盤展開には荒波に揉まれる思いだった。しかし、キャラクターの魅力が大きいから漫画についていける。三家本作品で善悪関係なく肯定される前向きさには、それを通すだけの痛みを引き受ける覚悟と実践があり、そこに凛々しさが存立している。
三家本にはこの今一売れない作風をずっと忘れないでほしいし、実際にそう売れないでいてほしい。


一緒に読んだ漫画。


posted by ヨシノブ at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

きらっと改革委員会 生放送の反響

前回の記事
きらっと改革委員会 生放送
http://qazwsx.seesaa.net/article/112716391.html



きらっと改革委員会 生放送の反響


今回も内容全部を拾い上げたわけでなく、私の発言選択・要約による。
発言者名のない「」は視聴者の意見。


前回の放送に対して寄せられた意見556通。
いつものスタジオでの収録。牧氏・ジェフ氏・進行役のレギュラーに加え、玉木氏とチーフもいる。

「エスカレーター、何故歩く人が右か左という決まりになったのか。自分の左手は左手が利かず、右手で手摺を掴むしかないため右側に立つ、するとよく迷惑そうに見られ舌打ちされる。(50代・脳性まひ)」「自分には精神障害がある。具合が悪くて休むと、後で休んだ理由を聞かれる。説明するのに困る。説明するのも疲れるということがわかってもらえない。(40代・精神障害)」

ジェフ氏「エスカレーターで反対側に立っている人がいたら、そう立たざるを得ない人なのかもしれないと考えるような社会になるよう、貢献できる番組にしたい。」
チーフ「そのことを作り手が思っていないと素通りしてしまう。」

「生後すぐにカリエスになり、背中が湾曲し亀のような障害者だが、健常者になりたいと思ったことがない。子供のころ銭湯で初めて背中の平らな人をみて。変な人だなと思った。健常者と障害者は違う人間なのに、同じだと考えるから不幸だ可哀想だと思うのではないか。(50代・胸椎カリエス)」「健常者の友人が松葉杖をついていても大変、可哀想と思ってしまうのに、車椅子生活者をみてそれを感じないことはできない。しかしその友人が、冗談っぽく席を譲られ仕事も休めて楽だと言えば、可哀想な気持ちも減じる。このような感覚もテレビで実現できればよいのかもしれない。(30代)」「友人のリウマチで変形した手にマニキュアが塗られているのを見て、変形していても自分の手なのだと気づかされた。障害のある姿は異形でもあるが、日常的に見ることで当たり前になる。見せることは勇気がいるが隠していては進展しない」

ジェフ氏「例えば今のマニキュアの話、同じリウマチでも塗る人塗らない人いる。人それぞれだから、どちらでもいいのに、番組でどちらかを取り上げると、取り上げられなったほうを否定されたと受け取られることがある。難しい。」
牧氏「変形した手にマニキュアを塗るのは誰が見たって豊かさ。何か言ってくる人はちょっと違う。こういう豊かさはみんなで共有したい。」


「駅の券売機でのVTRに怖さを感じた。子供が手伝っているのを見て周囲の手助けはないのか。声はかからないのか。声さえかからないのであれば、私が持病で街中に倒れ動けなくなっても病院に運んでもらえないのではないかととても不安になった。(30代・心疾患)」「以前、バスの中で知的障害の青年が『うぜぇ』『死ね』『早くしろよ』とものすごい形相でつぶやいていたのを見かけた。これは彼が常々向けられてきた言葉じゃないかと思いどきりとした。(30代・視力障害)」

ジェフ氏「普段から疎外感を強く感じているのだろう。」

「私鉄ターミナルに勤務している。障害者への対応は9時半から13時までアルバイトが1名でしているだけ。多いときは一日数十名が利用するので大変。会社がそれなりの要員を揃えないのでぎりぎり。細かく言う障害者には介助したくないのが本音。」「自力で行動出来ない重度障害者を目の前にすれば、誰もがマイナスとみるしかし、就労支援や十分な介助がありバリアフリー社会になれば、この障害者の生き方は変わり社会の一員として認められる。社会が障害者に何をして何をしていないかを考えなければ問題解決にならない。マイナスをプラスで覆い隠していたら問題点さえわからなくなる。(20代・脊椎損傷)」

チーフ「最後の指摘、社会制度が整っていないから頑張らざるをえないのに、作り手が感動して美談にしていたのことがあったと思う。今後一緒に製作するディレクターには、美談としてではなく何に感動したのかを聞いていきたい。」

「健常者が障害者の現実を知り何が出来るかを問題提起する番組になってほしい。」「この番組はだいたい車椅子の人ばかり取り上げていると思う。知的障害者も取り上げてほしい。」「どんな番組を目指しているのか、番組の目的を振り返る機会なのではないか。」

過去に番組に出てもらった、とある障害者の母親からの声。
「不愉快だった。すべてを否定されたようだ。本人が頑張って明るくて仲間に支えられているのに。『きらっといきる』という名の番組なのに納得いかない」
チーフが配慮不足でそう思わせてしまったかもしれないが、そういうつもりはない。他にもこのように受け取った方がいるかもしれない。申し訳ない、とお詫びし釈明。私もこの母親の過剰反応だと思う。前回の放送は製作姿勢を問うもので、決して出演者を否定非難批判するものではなかった。

牧氏「障害者仲間から、きらっといきなければだめか、とよく皮肉まじりに言われた。そのほうがいいじゃないかと色々言い訳してきたが、きれいごとに焦点をあわせたくはなった。できるだけ正直にその人となりを伝えたいと考えていたが、マンネリ化してきた部分があるんだろう。」
ジェフ氏「週に一回30分番組を作るには限度がある。理想に近づくのは大事だが、出来ないこともある。」
チーフ「できないことはできないと正直に伝えていこうと思う。」

「結局は製作者が障害者に距離を置いているのではないか。だからステレオタイプな障害者像が描かれるのではないか(40代・聴覚障害)」

「障害のある子供をメインにした番組もよいのではないか。その子の好きな分野・詳しい分野に特化したコーナーなど。(子供が知的障害)」「健常者でも障害者でもやってみたいことに双方をチャレンジさせ、健常者には何でもないのに障害者には問題になることを比較するのはどうか。(40代)」

今後も番組のあり方を考えて生きます云々とまとめて終わり。



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前回の記事で書いた根深さというのは、券売機の場面についての意見に感じたもの。
券売機の場面はこんな具合。

視覚障害者の母親と小学校低学年の息子が、駅の券売機を操作する。勝手がわからない母は、息子の声と手を頼りにする。母の指示に従って息子が液晶画面を押して操作。スムーズにはいかないが、掛け合いしながら券を買う様子がナレーションと音楽込みで「微笑ましく(チーフ談)」描かれている。
「遠足に遅れそうだと急いでいるところをアップテンポの曲をつけて、見てるほうをハラハラさせ、奮闘して最後は切符を買えてよかったね、というストーリー。しかし、以前のボタン式券売機なら点字表示がついていて母親は独りで買えた。それがタッチパネルになって世間では一見便利のようにみえて、実は障害者に不便になっている。これを親子の努力によって解決した微笑ましい場面として描くことで、日常的なバリアの問題を見過ごしている。」と出演者から指摘される。


で、今回の放送でここに触れたものがこれ。

「駅の券売機でのVTRに怖さを感じた。子供が手伝っているのを見て周囲の手助けはないのか。声はかからないのか。声さえかからないのであれば、私が持病で街中に倒れ動けなくなっても病院に運んでもらえないのではないかととても不安になった。(30代・心疾患)」


この意見についてスタジオは何も触れず。私はテレビなる箱の中に人がいると思っているわけじゃないが、テレビに向かって思わず「おい!」と声をかけてしまった。
紹介しておいてその賛否を語らぬというのは、その意見を肯定するか、肯定までせずとも見るべき意見と番組側が思っているのだろう。しかし、この意見をノーコメントで垂れ流す価値は全くない。

私の主観では、券を買う親子の姿には傍目からでもわかるような焦りはなかった。母が子を抱きかかえて液晶画面の操作をさせていたのは、仲のよい親子のスキンシップのように見えた。これは番組がほほえましく描いてしまっていることからも察しがつくと思う。白杖を持っていたかもしれないが目立たず、外見からは母が視覚障害者とはわかりにくいし、券売機には他に利用者がおらず、母は誰にも助けを求めていなかった。
何より、テレビ画面には映らなかったが、この親子のすぐ近くには機材を抱えたテレビ撮影スタッフがいるのである。そこへ誰が声をかけるものか。撮影の邪魔をしてはならぬし、本当に困っていたらスタッフがどうにかすると周囲は思う。
それに街中に倒れている人と券売機の前で困った人では随分と困り具合が違うので、声かけされやすさも違うだろう。飛躍しすぎである。

視聴者が番組にこういう意見を出してしまうことまでは責めない。番組柄、この人は不安障害その他障害、加齢等で判断力が低下しているとも考えられる。単に観ていてスタッフがいることまで気が回らなかっただけかもしれない。私も最初は液晶に点字がないことまで頭が回らなかった。
番組は不安がる必要がないことを説明すべきであった。紹介するのみでは不必要に不安を煽るだけである。
私はスタッフも声がかからなかった理由に気づいてないのは、と不安だ。

で、この次のもすごい。


「以前、バスの中で知的障害の青年が『うぜぇ』『死ね』『早くしろよ』とものすごい形相でつぶやいていたのを見かけた。これは彼が常々向けられてきた言葉じゃないかと思いどきりとした。(30代・視力障害)」

ジェフ氏「普段から疎外感を強く感じているのだろう。」

これも私による要約文だが、実際の文章もほぼこの通りである。番組は見るべき意見の一種と思って採用したのだろうが、疑問を呈すならまだしも、肯定的に紹介する価値なんか全くない。
こんなもの一言で粉砕できる。
「性格の悪い障害者だったのではないでしょうか」
なぜこの一言が出ない。もちろん、日々このような言葉を向けられて、このような言葉しか使えなくなってしまったのかもしれない。しかし、彼がチンピラ気取りでいるだけかもしれない。文面からは青年の暮らしぶりや障害の程度がわからない。性格悪くて疎外されているだけかもしれない。
こんなあやふやなものを放送して何のつもりだろう。この文面では勝手に可哀想がっているだけじゃないか。
何が「エスカレーターで反対側に立っている人がいたら、そう立たざるを得ない人なのかもしれないと考えるような社会」だ。結局、障害者が可哀想であることを起点に考えているだけではないか。



スタッフにも一部の障害者にも「障害=マイナス・不幸・虐げられている・可哀想」を前提とする意識が抜けていない。それを表立って口にしないのも、「可哀想」主義でいるのも“良識”なんだろう。
こういう過剰なマイナス意識を持っている“良識人”が福祉活動に励んで、彼らの意見が中心的となり、「障害者」は「障がい者」と表記すべしなんて意見が一定の勢力を持つのだろう。「障」はどうなんだ、「障」は。害はダメで障るのはいいのか、なんて言うのは“良識”に反するんだろう。
他にも色々と書きたいことがあったような気がするが、うんざりしたので寝る。この手の人たちとは関わりあいたくない。まともな障害者に同情する。
番組では「子供」を「子ども」と表記していた。これも“良識”なんだろう。

posted by ヨシノブ at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

09/01/19

先生、僕を宇宙人にしてください!
宇宙人になるのは厳しいぞ、それでもやれるか!
はい、やります!
ようし、それでは早速グラウンドを10周してこい!
はい!

10周してきました!
うむ、次はスーパーで卵とみかんを買って来い!
はい!

買ってきました!
うむ、それではニワトリの形態模写をやれ!
クックドゥードゥルドゥー、クックドゥードゥルドゥー!

先生! 先生は宇宙人を何だと思っているんですか!
宇宙人ってこんなのじゃないのか!
多分違います!
そうか! じゃあ今度は山登りをしてみよう!
はい!
posted by ヨシノブ at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月19日

ココがわかると科学ニュースは面白い

ココがわかると科学ニュースは面白い 図解つき  中野不二男  新潮文庫

ニュースに出てくる科学の単語は、往々にして初回にしか説明がなったり、最初から詳しい説明が省かれたりする。すると、名前は知っていてもよく説明の出来ない言葉がニュースに溢れている。そこから幾つか拾ってそれがどういうことでどうなっているのかを説明する。飛行高度計・プルサーマル・静止軌道・f-MRI等。

あまり興味のわかない本を読んでみようと思い手にとった。
前書きと後書きで述べられる、科学の面白さは憶えることではなく、その中身であるという話や、もっと科学ニュースに関心を持つべきだと主張は、作者の情熱や正論を感じさせる。しかし、本書で説明されると確かに理解は出来るが、私にはそれが「面白い」まで到達しなかった。その到達の有無は個人の嗜好にも左右されると思うので、私はこの本による面白さを肯定しないが否定もしない。
posted by ヨシノブ at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月17日

再会

「お母様の分からず屋!」
初枝はそう言い捨てると家を飛び出した。
5年前に父が家を出て以来、母子の間には少しずつ亀裂が深まり、近く崩壊するのは目に見えていた。それが今日であるか明日であるかとピリピリした毎日を過ごすうちに、とうとう限界を迎えたのだ。
「初枝さん!」
母の声に振り向きもせず、どこをどう走ったか、いつしか初枝は見慣れぬ風景の川原にいた。

夕日に照らされた川面を前に一気に徒労感に襲われ、座り込んだ初枝が考えたのは、これからのことでも母の事でもなく、行方のわからぬ父の事であった。父がいてくれたら、こんなことにはならなかった。父は今どうしているのだろう。父に会いたい。父よ。

「初枝」
橋の下の暗がりから、名を呼ぶ声が聞こえた。
父の声だとすぐに気づいたが、暗がりからのそりと現れたその姿に初枝は目を疑った。
父の姿は、あまりにも変わり果てていたのである。

「父さんの若い頃にはなあ、エルビス・プレスリーとかジェームス・ディーンとかが流行っていて、アメリカ人にすごく憧れたんだよ」
初枝の隣でそう語りながら、父は夕日を掴もうとするかのように腕を大きく広げ、鋏をチョキチョキと動かした。
「音楽、映画、車、バイク、ファッション、食い物。アメリカのものは何から何まで格好よかった。復員兵だった親父からはいい顔をされなかったけど、親父への反発もあったんだろうなあ、毎日向こうのレコードかけてたよ。アメリカに行きたくて行きたくて仕方なかった。それどころか、アメリカ人になりたかったんだ」
父のアメリカ趣味について、初枝はもちろん知っていたし、この話はうんざりするほど何度も聴かされていた。しかし今は、両親が一緒だった頃の日々を愛おしく懐かしむ気持ちが胸に溢れ、父の言葉のひとつひとつが心地良い。
「ほら、初枝にも見せたことあるよな、父さんが使っていたギター。あれ買うためにバイトを4つ掛け持ちした話、ちゃんとしたことあったっけ」
こくん、と頷く。最後にはギターを買った嬉しさのあまり、意味もなくギターを抱えて橋の上から川に飛び込んでしまったという話だ。川ではしゃいでいたら、その夜になって40度の熱を出してしまって御爺様から大目玉をくらい、もう少しでギターを叩き折られそうになったのをフラフラしながら必死に止めたのだと、身振り手振りを織り交ぜて20回は聴かされていた。

ちょっと間を作り、少し声の調子を落として、父がこう切り出した。
「実はな、父さんはアメリカ人になろうとしたんだ」
父がアメリカ国籍を取ろうとしていたことは、初耳であった。
「初枝と母さんのことや、難しい手続きや、生活のこと、色々考えて、一時は思い直そうとしたこともあったんだが、アメリカの文化が好きでなあ。アメリカ人になったからといって、父さんが父さんでなくなるわけじゃないんだと思って、アメリカ人になることに決めたんだ。アメリカ人になるためには、書類を調えるだけじゃなくて、試験がある事は知っているか。父さん試験のために少しずつ勉強もしていたんだ」
夕暮れが薄闇を帯び始め、街灯が灯りだした。
「でも、父さんには試験が難しかったんだ」
視界の隅で街灯のひとつが点滅しているのに気づいて、初枝は何となくそっちへ視線を向けた。
「それで泣く泣くアメリカ人を諦めて、アメリカザリガニになったんだ」
父へ視線を戻した。ザリガニであった。

posted by ヨシノブ at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

きらっと改革委員会 生放送

こんな福祉番組が見たいねん! きらっと改革委員会

毎週木曜、NHK教育で「きらっといきる」という30分番組をやっている。障害者ががんばっている姿やその夢を紹介するのが主だが、ここに一部の障害者から批判が起こった。
「頑張る」「笑顔」「笑顔」「挑戦」、そういうキーワードに集約されるワンパターンな障害者像ばかりを描いている。見栄えのいい部分ばかり見せているのはおかしいんじゃないか。障害者のためになっていない。理想的すぎる。
こういう批判にこれまでも何度か話し合いが行われていたが、今回は、番組チーフプロデューサーや障害者たちが集まって、2時間生放送でその批判について話し合った。



番組冒頭に、これまでの話し合いの様子がダイジェストで紹介された。そこできれいに描きすぎていると具体的にあげられた回のエンディングはこうだ。
障害者プロレスで頑張っている植木氏が、試合の翌日、ヘルパーが来る時間になっても筋肉痛でなかなか起き上がれない。しかし、書かねばならない勉強のレポートがあるために植木氏は起き上がってパソコンの前に座る―――。
プロレスも勉強も頑張る障害者として描かれているが、実はこのレポートが仕上がらなかったことは放送されていなかった。話し合いの場ではこの取材対象者も担当したディレクターも同席している。

以下は担当ディレクターと、脳性麻痺玉木氏のやり取りである。
「その情報(レポート未完成)を入れてしまうと、植木さんがただ単に好きなことばっかりしている人っていうふうに見えるんじゃないかと」
「それでええんちゃうの?」
「いいんですかね?」
「なにがあかんのかわからへん」
「あのう、好きなことをしている人っていうのはですね、人の共感を呼びにくい気がしたんです」

この話し合いを受けて、きれいに描くことを狙わずに製作した回がある。年金と生活保護で暮らし、一日中介護を必要とする脳性麻痺の車椅子生活者の姿を取材した回である。普段の放送ならカットされたかもしれない、仕事で失敗して怒られているところや、緊張すると体の動きが抑えられない脳性麻痺特有の症状により椅子を蹴っているところ、介護者に煙草を吸わせてもらっているところ、グラスからストローでやけ酒を飲むところ、飲みすぎて風呂介護の時間に遅刻するところも放送した。
視聴者からは賛否両論。だらしない部分に共感を得た者(30代)、煙草や酒などを嗜む恵まれた環境にある障害者ばかりを流すことへの危険性を感じる者(30代:両下肢に麻痺)、いつも番組から勇気をもらって一週間を頑張っていたのにこの回はがっかり、「きらっといきる」は「きらっと」に意味があると考える者(70代:視覚障害)。
これらに番組案内役の車椅子生活者牧口氏からは「世間では障害をマイナスと思っている。そこに正直か知らんけどマイナスだけを出していったら世間はやっぱり、と思ってしまう」、玉木氏は「障害者のイメージを勝手に作りすぎて、それに基づいて編集して流しているケースが多かったと思う」、またある者からは「きらっとで頑張れる人もいる、しんどくなる人もいる。その帳合いが難しい」という声が出、チーフプロデューサーも「そこは本当に難しい」と言う。

生放送前のダイジェストVTRで既に私はむずむずしている。
演出で共感を呼びたいのなら、ナンシーが障害者を感動のための客寄せパンダにしていると評したような障害者感動番組でも作っていろ。だらしないところを一度流したくらいで、今後そればかりを流すと言わんばかりの指摘をするな。百歩譲って番組に依存するなとは言わないが、依存できないという不満を漏らされる筋合いはない。プラス面ばかりに特化している現状がおかしい。プラスもマイナスも出していけばいいのに、マイナスを取り上げると「マイナスだけを」と思考するのは間違いだ。そんなに躊躇なく虚像を求めるのなら、フィクションで感動番組作っとけよ。

ここから生放送スタート。以下は私が選んで取り上げた発言。「」内は発言の正確な書き起こしではなく、主旨を汲んだ要約文。
玉木「頑張っている姿など、きれいなところを映すことが駄目なのではない。ほかの側面を描かずにきれいなところだけを描くのがいけない」
塚本(精神障害)「不遇な境遇にあって、番組で元気になる人たちがいる。彼らを納得させる論理がないまま、ありのままの姿を流してしまうのはいかがなものか。もっと議論が必要。現状のきれいに描きすぎていることには異議がある。」
VTRから、「幸せな人ばっかり見せられてもかなわん、うまくいってる人ばかり取り上げたら障害者はみんな気楽だと思われてしまう。不遇な人がいることも取り上げるのが番組の務めではないか」
という障害者の声が届く。
安藤(聴覚障害)「番組で取材してもらったが、それをみた健常者からどうやって障害を乗り越えたのかと言われる。自分は生まれつき障害があり、それが普通なので乗り越えたという意識がない。どうも、テレビでは『すばらしい障害者』として描かれてしまい、実際の自分からは乖離した姿になってしまって大きなプレッシャーを感じるようになった」
岸本(視覚障害)「自分は健常者の『障害者は明るくなければいけない』というイメージに無理にあわせていた部分がある。今はもっと色んな面を出していこうとしている。」
伊藤(頚椎損傷)「番組はそんなに悪いとは思わない。30分でよくやっている。すべてを捉えようとしたら時間がたりない。」
玉木「30分で時間が足りないとするなら、単発とせずに数回の連続物として、今幸せな人がそこに至るまでどんなことが苦労があったかも取り上げるようにしたらよいのではないか」
番組チーフプロデューサー「でもドキュメンタリーやからな、今やからね。」
塚本「こんな番組はしんどいという人々や、そう言わせてしまっている社会の問題点をえぐることが必要」
チーフ「作り手の自分たちが正解不正解を決めすぎてしまったかなと思う」
玉木「僕ら障害者の思う正解と世間で思う正解とは違うんじゃないか」

番組に届いたFAX「障害者を特別視するな。ひとりの人間として喜怒哀楽もあるし前向きばかりではない。美化しないで」「明るく描かないと番組が成立しないのでは。障害ある夫と暮らしているが、二人で落ち込むと暗い日が何日も続く。そんなのみても誰も幸せにならないし、自分もそんな番組見たくない」「明るく前向き描写に反対。でもマイナス面を出して、健常者から俺たちの税金で食ってるくせにと反感を買うのも恐ろしい。ハンデのある明るい親を演じているが疲れる」「成功事例は安易に他人が真似しても失敗する。なぜ失敗したのかを探るのが大切。本質的なことを具体的に取り上げるべき」

世界人権問題研究センター専任研究員松波めぐみ登場。
健常者は障害者に克服・さわやかで力強い・絶望から這い上がるなどの姿を期待して押しつけているという。
松波は出演にあたり、過去放送回を60本見る。
きらっとはストレートな美談は少ないものの、最終的には健常者が期待する障害者像になると指摘。
・個人の努力に注目
・好かれる人柄
・仲間同士の助け合い
この三点が特徴的である。
松波氏が過去放送回から問題提起したい場面をVTRでふたつ紹介。

ひとつめは、ある障害者の周囲にいる健常者たちが、彼がいかに素敵な人物かを「せっせと(松波氏の表現)」語るというもの。この番組ではよくある描写。
個人をせっせと褒めるばかりでは、こんなにいい人じゃないと支援を受けられないのじゃないかと思わせてしまうかもしれない、個人性を強調することにより社会的な部分を見えづらくしている、とのこと。
周囲に取材対象者を褒め倒させるのは気持ちの悪い手法だと私も思うが、ここでの松波氏の主張は少し論理が弱いと感じた。
チーフ「我々は対象者が好きで取材し、いいところを出そうとする。それは我々にしたら普通の行為。このVTRでは褒めるところばかり繋いであるが、こういう褒める描写が視聴者をミスリードするということか」
松波「これをみて直ちにどうかなるということではないとしても、そういう番組ばかりになってしまうと、障害者が露出する番組はただでさえ少ないのだから、玉木氏の言うように理想的な姿ばかりを出すことになってしまう。すると現実を知っている人はギャップを感じる。その狭間で社会の問題が置き忘れられてゆく」

VTRふたつめ。
視覚障害者の母親と小学校低学年の息子が、駅の券売機を操作する。勝手がわからない母は、息子の声と手を頼りにする。母の指示に従って息子が液晶画面を押して操作。スムーズにはいかないが、掛け合いしながら券を買う様子がナレーションと音楽込みで「微笑ましく(チーフ談)」描かれている。

松波「遠足に遅れそうだと急いでいるところをアップテンポの曲をつけて、見てるほうをハラハラさせ、奮闘して最後は切符を買えてよかったね、というストーリー。しかし、以前のボタン式券売機なら点字表示がついていて母親は独りで買えた。それがタッチパネルになって世間では一見便利のようにみえて、実は障害者に不便になっている。これを親子の努力によって解決した微笑ましい場面として描くことで、日常的なバリアの問題を見過ごしている。本当はここから問題を考えることも出来るのに。」
三井(骨形成不全症)「『きらっと』自己解決する人ばかりを取り上げると、個人に責任・努力を求めすぎてしまい、本来社会が負うべき問題をも個人に転嫁してしまう。」

FAX紹介。「明るく前向きの描写は視聴率稼ぎのお涙頂戴に思える。一方ばかりを描写するのは健全なマスメディアではない」「明るく前向きに賛成。福祉や援助を受けるとき、明るく前向きのほうがやりやすい。お金を出すのも受け取るのも、明るく前向きのほうが気持ちがよい。明るく前向きは健常者にも難しい時代ではあるが、障害の有無関係なく生き方として明るく前向きがよい」「民放では視聴率を狙った障害=不幸の図式が根強く、これが障害者への偏見を生む最大の理由だ」

チーフ「製作者には期待された像に逆らえない怖さがあるのだが」
森達也(開始からずっといる)「民放なら視聴者の求める期待像に沿うのはあって当たり前。ここはNHKなんだから気にせずやるべき」
チーフ「怖くないですか」
森「批判されるのは当たり前。命をとられるわけじゃないからいいじゃないか。やるべき。現にこの企画自体でやっているけど。」


障害者はいつから明るく前向きに描かれていたのかVTRで紹介。NHKに映像が残っている番組で障害者が登場する最古のものは1958年放送「春を待つ子供たち」。障害児が通う学校を取り上げ、その教育内容とこのような学校が不足していることを伝える。「かわいそうな子供たち」「家族は大変」という色のナレーションがつく。
71年放送の番組では色合いが違う。当時、障害児を親が殺す事件が相次ぎ、世間は親に同情的な風潮で減刑嘆願書が出されたりした。この風潮に反発し、「障害者は殺されてもしかたないのか」と抗議する脳性麻痺障害者集団を取材し、親や介護者ではなく障害者自身を主体にした番組。
80年代になると、障害者の笑っているところがよく取り上げられるようになる。81年の国際障害者年が一因となり、「完全参加と平等」をテーマにして不幸・かわいそうのイメージを変えるためのキャンペーンが行われる。
NHKの関連番組のひとつに、社会参加する障害者を音楽とテロップで紹介する1分間番組もあった。いろんな障害者が元気にやっているのを紹介し、視聴者が我々にどんなことができるだろうというという意識をもってもらえればと思った、と製作者は語る。


このような明るいイメージで作ることはまだ必要、有効か?という話。
伊藤「必要。マイナスのことは多いが、マイナスの言葉を受け入れるとマイナスのイメージが出来、そこに共感を得たとしてもそこから先がない。プラスの言葉なら取り入れてまたプラスに変えていける」
河上(発達障害の子を持つ)「必要。他の番組で出てくる発達障害児とその周辺は大抵暗い。みていてたまらない。将来的に明るい笑顔が見られるという希望がほしい。『きらっと』にはそこを忘れてほしくない。もちろん、発達障害がどのようなものか知ってもらうのは重要。そこからどうしたらよいのかに焦点を当ててほしい」
塚本「国際障害者年の扱いの中から精神障害は外れていた。どれほどの障害者のことを考えてキャンペーンをしていたのだろうか。そろそろ国際障害者年のイメージからは脱却すべき。明るいところも描きつつ、苦しいところも描くのが大事」
岸本「明るく元気な姿ばかりを取り上げると、健常者は現状でいいんだとその先を考えなくなってしまう。生活の不便も映すことにより、健常者が障害者と一緒に生活するためにどうすればよいのか考えるきっかけになると思う」
チーフ「きついところも映すとなれば、いいイメージばかりではなくなってしまう。出てくれる人がいなければ番組は作れない。岸本さんはそれでも取材を受けてくれるのか」
岸本「最初となるとしんどいが、私や他の人が出ていれば障害者の多様な面が健常者に伝わると思う」
松波「障害の有無関係なく明るい人暗い人はいるが、制度の不備やバリアがあって手助けしてもらうには無理にでも明るくしてなければ生きられないという生きづらさがあるのではないか。こういう人は番組で取り上げられやすいが、背景にある不備や生きづらさを見づらくし、明るく出来ない人への否定的な視点を生む」

チーフの発言には私怨めいたものを感じる。出演者がいなくなることの危惧はわかるが、こんな質問を岸本個人にしたって意味はない。岸本個人が出ないとしても、他の人から申し出があるかもしれないし、岸本個人が応じても他の人が続かなければ終わりである。番組を通してチーフの態度からは、言いたくても言えないものを抱えている苛立ちのようなものを感じた。邪推するに、そんな風に番組を作ったら批判されるじゃないか、批判されるのは自分らスタッフなんだ、と言いたいのではないかと思う。言いたいことがあるなら言え、と思う。健常者であるというハンデを補って前に進むためには、障害者の味方をつけるしかない。抱えている苦しみを吐き出して、志を同じくする障害者の応援を募るべきではないか。


ここでイギリスの障害者番組を紹介。障害者のファッションモデルオーディション番組、障害を容赦なくネタにしたコント等。とにかく特別扱いしない。賛否両論はある。
テレビ番組で障害者をあわれむべきかわいそうな人という描き方をされることへの、障害者による抗議運動が起こったのが背景にある。「あわれみなんかいらない」がスローガン。これを機に議論がなされ、BBCでは障害者を「勇敢なヒーローや哀れむべき犠牲者として描くことは侮辱に繋がる」とガイドラインに定めた。
BBCの人の話「かわいそうと描いたり、輝かしいところに偏った番組を作るのはよくない。社会の一員として捉えることが大事。常に前向きな人などいない」
チャンネル4では障害者を番組制作者に育成する試みも始めている。

森「小人プロレスを取材したときに聞いた話。彼らが8時だよ全員集合に登場して、ドリフのメンバーと絡んだことがある。当初は1クール+αの出演契約だったが、かわいそうな人をテレビに出すなと抗議があって2、3回で終わった。善意の抗議だったのだろうが、彼らは仕事を失った」
松波「番組の過去放送回をチェックしていると、型にはまった内容で腹の立つこともあったが、製作者側の配慮でもあると思った。暗いラストでは終われなかったり、対象者が明日から地域で生きていけないような目にあってはいけないから踏み込めなかったりがあるのではないか。社会の目を変えていかなければ描けない部分があるのではないか」
チーフ「海外からのVTRを出したのは、障害者からの提議を紹介したかったから。日本は大人しくないか」
玉木「現状の描き方をされても生活が逼迫するわけではないので、これでもいいか、こんなものかと諦めてしまうところがある」

FAX「病気や障害に負けている人もいる。世間はそれを見たくないだろう。プロデューサーも撮りたくないだろう。しかし、そういう人は大勢いて共感を得るはず。みんなが克服しているわけではないことを放送してほしい」「NHKの娯楽番組に障害者を出しては」「障害者の全部を理解できなくてもいい、近づこうとすれば」

10分くらい取りがあって番組終了。



私の感想としては、きれいなところばかり出さないで、いいとこわるいとと出していけばいいのに、と思う。ニコニコといいところばっかりでやっていたいならそういう連中で集まって勝手にやってなさい。
植木氏安藤氏のような、取材対象者が放送内容にしっくりkないケースをなるべく無くすためには、事前に完成した内容を見せ、取材対象本人からの感想を述べてもらうコーナーを最後につければよいのではないか。ドキュメンタリーは取材対象者が満足すれば良いわけではない。対象者が満足を得るために「演出」を求めることもあるからだ。しかし、対象者の声を抑えた番組作りでは、製作者の一方的な満足に陥る。なるべく偏らないための云わば両論併記。

結論が出ないのは当然として、いまいち議論が締まらなかったのは、製作者側から「こんな番組を作りたい」という姿勢がよく見えてこなかったのも一因。批判されました、どうしましょう、それでいいんでしょうか、という態度に終始しているばかり。足踏みするばかりで踏み出そうとしない。話が前に進まない。指針は時に独善となるが、指針がなければ迷走とポピュリズムで自滅する。結局チーフが番組代表として踏み出した発言をしたのは終盤の「障害者からも提議を起こしてほしい」の一言だけだったのではないか。

障害者番組のレギュラー放送なんてここくらいしかないから、限られた時間と力にあらゆる期待と要望が集中して大変だろうと思う。

この議論をする試み自体は良かったが、この次の回、拍子抜けするほど進歩がないところがあって、問題の根深さを感じた。


続き
きらっと改革委員会 生放送の反響
http://qazwsx.seesaa.net/article/112922981.html
posted by ヨシノブ at 00:15| Comment(3) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月16日

残念ながら

繁華街を歩いていると、或る計画に反対の声をあげている中高年の集団がいた。「○○反対」の横断幕を張り、幟を立て、ビラを配っている。所謂「市民団体」だった。
目立つ位置に白い板が設置されている。白は、賛成・どちらとも言えない・反対、に区分されており、通行人が自分の考えに一致する場所にシールを一枚貼る仕組みになっている。一見アンケートのようであるが、価値がなく、主催者の恥知らずを証明する塵である。
それが夕方のローカルニュースでは無批判に「街頭アンケート」と称されていた。

反対の声を上げる連中が主催して目の前に陣取っていれば、反対票は入れ易く、賛成票を投じたい者は抵抗を感じる。反対票が伸び易い仕組みを丸出しにして、反対の横断幕の中にいる人がマイクを使って通行人に回答を呼びかけている。
回答に応じた最初の一人が、賛成にシールを貼った。すると呼びかけ中の幕の中のマイクが馴れ馴れしい口調で、「残念ながら今賛成に入ってしまいましたが」と言ったのである。アンケートが公正中立な手法で行われなくて何の価値があるだろうか。反対の声が欲しいのならば反対署名を集めればいいのに似非アンケートを取る、更には主張に沿わぬ回答をされた主催者がその場で不満を漏らすなんて、まともではない。分別があっていい年齢で、まともではないのが、徒党を組んで堂々と声をあげている。私はこのような人間を心底軽蔑し嫌悪する。話が通じるわけがなく気分が悪いので、関わらずに通りすぎた。
ニュースで確認すると、目出度いことに大多数が反対票を投じる結果となっていた。今後、この結果を行政に示したいそうである。ははは。

posted by ヨシノブ at 02:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

今週の収支報告

PS3ソフトや軍事関連書籍や試験対策本など、このブログとは何の関係もなさそうな商品が売れていました。
最も驚いたのは、絵本と子供向け動物図鑑が売れてたことです。
お前、子供いんの?
正月に地元の同級生のところに子供生まれてたんだけど、お前まで子持ちだったの?
子供までいて、なんでこんなブログ読んでんの?
義理家族とうまくいってんの?


私が子供のころに読んだ絵本を紹介してやろかい、と思い図書館にも本屋にも行ったのだけれど、知らん絵本ばかりで、知っているものは「グリとグラ」だの「11ぴきのねこ」だの紹介するまでもない有名どころしかなかった。実は五味太郎のとある一冊を見つけたかったのだけれど、タイトルを失念しており、内容もぼんやりとしか覚えておらず、それらしいものが見つからなかった。作品リストも見たが、わからず。

親戚からシートン動物記やファーブル昆虫記と一緒に、シリーズ物の絵本を貰ったことがある。海外作品の翻訳で、一冊ごとにテーマがあり、その内容が「のりもの」や「どうぶつ」ではなく、「時間」や「空間」というハイレベルなものだった。内容も哲学か禅問答の如くありて読み通せず、ハイソな家は読んどるものが違うのう、と思いながら本を閉じた。



絵本を贈り物にするにしろ自分で読むにしろ、また、ほかの商品にしても、本当にこのブログから売れたのか不安である。誰かがどこかにリンクをコピーして、間違って関係の無い人が購入したのではないだろうか。そういうのはフェアじゃないのでしないでください。























マルコビッチ大白抜き
  紹介したおぼえのない商品ばかり売れているな。
  このブログで一番プッシュされているのは俺の穴のはずなんだが・・・・・・。
  こりゃヨシノブのリンクの貼り方がおかしいか、
  アマゾンがバグってるぞ。
  ちょっと調べてみたいんで、お前は今から俺のDVD買ってみてくれ。
  今日1枚買って、明日は2枚、明後日は3枚って具合に、
  とりあえず1週間だけでいいから。
  まずはそれで様子を見てみるよ。じゃ、頼んだぞ。
 



posted by ヨシノブ at 01:50| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

ひどい話

学生運動が盛んだったころ。
父は何処の組織にも派閥にも属していないが、右寄りである。
ある時、副業で右の運動をしている人と仲良くなって二人で飲み歩いていると、全学連が五人で街頭演説しているところに出くわした。父は左が嫌いで右へ寄っていった人である。二人していきなり五人に殴りかかり、大喧嘩したんだと。しばらくすると近くの交番から警察官が来て五人のほうを引っ張って行き、父らは何のお咎めもなかったそうだ。
「確実に俺らが悪いのに、警察は左翼が嫌いだからなー」
上海旅行とそう変わらない時期の話。


こんなひどい話も。
http://qazwsx.seesaa.net/article/13476919.html
posted by ヨシノブ at 23:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

追記:刑法三九条は削除せよ! 是か非か

刑法三九条は削除せよ! 是か非か
http://qazwsx.seesaa.net/article/107906142.html


橋爪大三郎への反論に真っ先に思い浮かんだのは、明治皇太后の御歌のひとつであったが、正確に思い出せず、ネットでも探し出せずにいたので触れなかった。実家でその御歌を載せた本を探してきたので載せる。


慎独(ひとりをつつしむ)

 人しれず思ふこころのよしあしも 照し分くらむ天地のかみ



※分くらむ・・・みわけておられるだろう

これは多分、伯母の持っていた本で、明治神宮が出しているものらしい。通常の奥付がなく、発行年や版数の表記がない。タイトルは「大御心 明治天皇御製教育勅語謹解」。御歌には簡単な説明が付いている。慎独にはこうだ。

誰にもわからないであろうと、心の中でひそかに思うことでも、天地の神々は、ちゃんと其の善悪をば、ご存じあるにちがいありません。
昔から「独(ひとり)を慎む」という言葉があるように、他人が見ていようがいまいが、悪い事をしてはなりません。神々様は、すべてを見通していらっしゃいます。





神と監視についてもうひとつ。
何年か前から、特に神の謂れがあるわけでもない場所に小型中型の鳥居(を模したもの)が設置されていることがある。これは鳥居に対する畏れによって不法投棄や立小便を防ぐのが目的で、実際に効果をあげているという報告がある。

監視カメラに反発する人は居て時折問題にされるが、この鳥居がそのような問題として取り上げられたとは聞いた事がない。あってもカメラに比べるまでもない小規模な反発だろう。(反論あれば求む。なお、鳥居のようなものを設置する事への霊的な問題はここでの本題ではない。)
イスラムの天使がノートに記録を取るのと人間の作る監視社会を同列に語る橋爪は、これをどう思っているのだろう。慎独を読んで監視社会だったのかとびっくりするのだろうか。
posted by ヨシノブ at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

09/01/10

父が独身のころ、上海へ行ったことがあるという。聴いたことがあるような、ないような。
私の頭の欠陥のひとつは、聴いた直後には初耳と思っても、時間が経つと、初耳の感覚も残したまま、前にも聴いたことがあるような気がしてくる点だ。

どこぞで食べたスープが辛かったとか、ビル建設の足場が竹で組んであって驚いたとか、車で走っていて信号で止まると、子供たちがわらわらと集まって来、金をくれ何か買えと窓を叩くのだとかいう話。
旅行客らしきのが面白がって、船から海へ小銭を投げ込んでいたという。船上レストランだったか、海にせり出した建物だったかもしれない。何が面白いのかというと、海には小船が何艘かあり、見るからに貧しい子供たちが待機していて、投げ込まれた小銭を拾いに裸で海に飛び込むのだ。子供らはこれを糧とし、こうしなければ生活出来ないのだろう。あるいは遊び半分の小遣い稼ぎかもしれない。そう思っても、父は小銭を投げ入れることが出来なかったという。
posted by ヨシノブ at 23:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スペースコロニーの軍事転用

前に、ブログ主がブルーレイ再生機を持っていないのにアフィからブルーレイソフトを買った奴がいると怒りの手記を発表したが、実家に帰って何に驚いたってアンタ、ソニーの矢沢栄吉のアレが、テレビの下にあるの。ブルーレイが見られるやつ。DVDも見られて、HDD録画も出来る優れもの。
TUTAYAのDVDソフトに占拠された店内を見、衝撃を受けた父が導入を決意、何ヶ月も前に購入していたのだという。長く使うものなら真ん中より上のやつという思想で単なる再生機ではなく矢沢。型落ちの展示品だけれども高いことにかわりはない。
これを拾ってきた芋(周辺の芋農家が出荷基準に満たない芋を畑の脇に捨てている)と蜜柑(芋と似た事情)を食いながら見ているのです。当然、両親はDVD・BD・HDDの違い、何者であるかがわかっていません。
母はまだあまり触ったことがないらしいが、父がDVD視聴とHDD予約録画の操作を実用レベルまで会得していた。しかし、映像を見たいところから再生させるシーンサーチ機能を知らなかったし、画面の比率は4:3のままで縦に伸びていたし、録画の質を選べることもHDDが何ギガあるかも知らない。リモコンの下の蓋がずれると録画ボタン他があることも知らなかった。字幕表示機能も知らず。勿論ディスクを焼けない。接続は電機屋に頼んだそうだ。
説明書のとおりにならん、と父は言う。それで説明書を読む手が止まったらしい。私が見るに、最初に受信地域の設定をちゃんと済ませていなかったせいで手順が狂っていた様子だった。

デジタルシングルチューナー内蔵の矢沢によって、テレビが地上デジタルに対応していたのもわかっておらず。(矢沢一人によるものか、その前に別件でテレビ用ブースターを換えていたのも良かったのかは私にもわからず。画質が良くなったのは矢沢導入後。)
TUTAYAの5本レンタル1000円や1本100円デーにDVDを借りて観ているのだと言う。父はTUTAYAが全国展開していることも知らなかった。
posted by ヨシノブ at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

人目も憚らず

年末、商店街の福引所に並ぶ。引換券に応じて箱から銀剥がし籤を取る方式。二千円分の買い物で籤一枚分の引換券が貰える。私の前の老婆、係員に引換券を渡すと箱から無造作に七枚籤を掴み出し、隣の銀剥がし用特設机に持っていこうとする。係員、顔色も変えず俊敏に「枚数を確認します」と老婆から籤を取り上げてサッと数えると、三枚箱に戻してから老婆に残りを手渡した。老婆は何事もなかったかのように机へ向かった。
善人ぶったことを言いたいのではない。私は人前でこのような悪事をやる度胸がない。だから、老婆の度胸と失敗後の平然とした態度に軽く肝を潰したのだ。私の籤は外れた。

posted by ヨシノブ at 03:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

09/01/03
















マルコビッチ大白抜き
 どうしたんだよ、そんな顔して。
 ははあ、さてはお年玉の使い道に困っているな。
 そういう時には俺に相談してくれよ。
 そうだな、チーズ竹輪を買うといい。これしかないな。
 え、それだけじゃ不満なのか?
 しょうがねえな。それじゃとっておきを教えてやる。
 DVD「マルコビッチの穴」。
 竹輪一本につき3枚買うのがいいぞ。
 

posted by ヨシノブ at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

09/01/02















マルコビッチ大白抜き
 お前とも長い付き合いになったな。
 ところで、俺の顔クリックすると少し大きくなるの知ってた?
 俺が無防備にクリックを許しているのは、お前だけなんだぜ。
 じゃあ、これは知ってるかな。
 下の商品をクリックすると、マルコビッチの穴購入ページに飛べるってこと。
 買いなよ。Take It Easy!
 案ずるより産むが易しってわけさ。
 
 

posted by ヨシノブ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月02日

09/01/01

ll11156.jpg
posted by ヨシノブ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月01日

08/12/31




















マルコビッチ大白抜き
 何? いまちょっとトイレ入ってて手が離せないの。
 いつものところにアフィを貼っておくから、
 勝手に買ってってちょーだい。
 ちゃんと買うのよー。
 買ったかどうか後でわかるんだから、
 ズルしちゃダメよー。 
 


posted by ヨシノブ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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