2008年12月30日

08/12/30























マルコビッチ大白抜き
 なんとマルコビッチが おきあがり DVDを かってほしそうに こちらをみている!
 かいますか?
 
 はい
 もちろん
→かわないやつは どうかしている
 
 

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08/12/29


















マルコビッチ大白抜き
 人生は一度きり。
 それなのに、自分の夢を諦めちまうなんて惜しいじゃねえか。
 でも、お前にもそれなりの事情があるんだよな。
 悩んで苦しんだ末の結論なんだよな。
 俺がとやかく言っちゃいけねえわな。
 はあ、人生ってのはどうにもうまくいかないね。困ったものだよ。
 よし、話を本題に戻そう。
 俺のDVDを買え。 
 

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2008年12月29日

08/12/28



チエコから何個か例の生キャラメルを貰っていたので、そのプレーンを食べると妙に甘ったるかった。
溶け残った砂糖の塊が入っているのではないかとも思うような甘さ、どろどろの中にざらざらの面影が残ったような感触。後味は悪くないが、すっきりした飲み物必須。
チエコの家で食べたときはこうではなかったし、保存状態が悪かったとも思えず。個体差があるのかもしれない。チョコ味は異常なし。


昔考えた遊び。
住所に余計な言葉を入れて葉書を書く。(以下は東京都庁の住所)

 まさかの東京都新宿区西新宿2-8-1
 俺が泣きぬれた街 東京都新宿区西新宿2-8-1
 東京都 それも新宿区 さらには西新宿2-8-1
 勝利は誰の手に! 東京都 聖なる新宿区に秘められた西新宿の伝説2-8-1
 東京都(笑) 新宿区(笑) 西新宿(怒) 2-8-1

さすがに住所をこう書いて出したことはなかったけれど、真夏に年賀状を出したり裏面に血を塗りつけて出したことはあった。
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2008年12月27日

審判

夜中まで某掲示板で不毛な議論。自分では論破できてるつもりなのだが、相手が急所を突かれても突かれても知らんぷりで攻めてくる。あんた、首とれてますよ! 内臓出てますよ! 地に塗れてますよ! もう死んでることを認めなさい。と、どこかの怖い話みたいな事態になっても、相手は威勢良く(私から見て空元気に)攻めてくるので、大いに困る。このまま勝ちを譲っていいというにはこのヨシノブまだ若すぎるッてわけで、攻められる度に呆れながら御相手致すわけだ。えいやー、えいやー。キンキン。ズバッ。えーい。ドスッ。
私の感情的になる季節はとうに過ぎていて、如何なる相手であろうと論理の矛盾を認めさせれば深追いはしない。何を言われようと決してバーカバーカなどと言わない気品ある戦いぶりで、掲示板をROMっているマダムやマドモアゼルはうっとりと瞳を潤ませ、知らぬ間に火照りだした体の奥にそれ以上の熱で心を滾らせていることに気付いてはっとし、慌てて胸元をかき合わせ、己の物欲し気な牝の表情を誰かに知られてはいまいかと周囲の様子を伺い、一人きりであることに安堵するのも束の間、今更のように秘めたる女の園から椅子にまで溢れた熱く淫らな蜜の洪水に驚き、幾多の男の視線と体から女を守りし堅牢な城壁たるスカートを左手でするする捲り上げ、右の手をそろそろと目的に不釣合いなほど優雅に―――女はここで、優雅と淫靡は双生児のように似ているではないかと発見して―――、その内部へ這わせた。衣擦れの音はまるで女を誘う牝の囁き声だ。
伸ばした指先は蜜が滲んだ薄布にそっと触れた。その刹那、この僅かな接触は布越しに花弁を撫でたに過ぎないが、女の全身をぴくりと震わすには十分すぎる電流を生じたのである。女の口から吐息と蜜が漏れた。
左手が慌しく服越しに乳房を擦る。まるで盲いたばかりの蛇が不安げに体をくねらせる様に、牝の求める奉仕に応えようと、女の手は牝の衝動が突き上げるままに乳房を蹂躙した。盲滅法の奇態な蹂躙は度々強い信号を受け、すぐに指針となる二つの地点を見つけ出した。双房の頂点、乳頭である。ここが乳房に君臨する王であることは、その一段高みにある形状だけではなく、強い性感を齎すことで真が示された。
右手はいまだ薄布越しに花園を熱く滾らせる任務から開放されそうにない。乳首を中心に二つの乳房を渡り歩く、左手の淫らな二点交易が始まった・・・・・・。

これが淑女とは何かを叩き込まれた女だろうか。半開きの口から覗く舌先は、ねっとりと唇を回り、あの秘められた場所のように蜜ならぬ涎を垂らしよる。鼓動が早く、息が荒いのは、体の奥で牝が燃えて酸素を欲しているからだ。頬は赤く染まり、額には汗が滲み、目はとろりと現世に在らざる彼方を見ている。
体は椅子から仰け反り、左手は肌蹴たドレスから乳房を直に蹂躙する。特にその王は抓られ、擦られ、押され、引かれ、咎無く虐げられる奴隷のようであった。王の受難に牝は悦び、ゆるく開かれた両脚の奥から恥ずべき蜜を吐き出してやまない。花園の守衛たる薄布は蜜に塗れ、その存在意義を不明にしていた。奥底から放たれた蜜を叢に、花弁に塗りつけ、蒸らすことに、何の意味があるのだ。このままでは女の秘部が牝の肉に熟してしまう。
蜜を潤滑油に花園のクレバス上を往復していた右手が、たっぷりと含んだ牝の淫蜜で女を誑かそうとする薄布の放逐に乗り出した。脚を閉じ気味に、右側の腰から薄布に指先をかけて、膝へ向けてずらす。その変動に只ならぬものの感じた左手が乳房を放り出し、直ちに同じ運動を左側から行った。両手は足並みを揃え、一気に膝まで薄布を追い立てた。
そこに現れた情景に、女ははっと我を取り戻した。膝頭に連行された不逞の輩は、未練がましくもその中央から女の中央へ、細い糸を引いていたのだった。

何て浅ましい肉! 少しでも蜜を手放すまいと足掻く下品な肉!
汚らわしき薄布は床に叩きつけたが、身内の不始末に女の名誉は穢れてしまった。彼の者に相応しい罰を与えなければ、同じくその恥を持つと見なされてしまい、女は生きてゆくことが出来ぬ。
この恥知らずは晒し者にしてやろう。
女は体の内部を牝にチロチロと舐められているのを感じている。これは自分の意思だろうか。牝の意思だろうか。
椅子の上でスカートを捲くり、脚を徐々に開いてゆく。
ああ、ついに秘められし女の場所が、濡れた叢に覆われた湿地帯が、露にされてしまう。最後の秘境、女の本性、深い渓谷を隠した柔らかな丘が・・・・・・!
脚はゆるやかに動いて、マクベスの頭文字を描いた。逃げられぬよう、両膝をぐっと手で掴む。その中心に据えられた罪深く濡れそぼる部分が、罪の重さに戦慄いている。自由奔放な茂み、花弁の如き肉襞、掲げられた肉の膨らみ。ぬめぬめと光って、なんともおぞましき肉の貌である。
とばっちりを受けて露になった哀れな後ろの窄まりが、固く閉じて羞恥に耐えていた。しかし、その純情を嘲笑うかのように不運にも淫肉から蜜が垂れ下がってきてしまい、可憐な窄まりは泣き出したかのようにひくついてしまったのである。

この一人きりの部屋で罪深き肉を晒し者にしたが、誰かそれを見る者があろうか。
女は、ヨシノブが見ていると思った。あの気高く正しき義を成す男、ヨシノブが、このような悪を見逃すわけがない。見ているはずだ。見られているのだ。この肉の震えを、ぬめりを、照りを、熱を、蜜汁を、ふしだらを、淫らを、牝を、可哀想な尻の穴までを、まっすぐに見つめ、この肉を赦すか否か審判を下そうとしている。
運命の刻へ向け、鼓動が一層高まる。どうしようもなく熱い。体中が汗に濡れている。きっとこの汗は淫らな蜜の味がするのだ。恥ずかしくて逃げ出したい。膣が潤む。尻の穴が喘ぐ。乳首が張り詰めている。頭がどうにかなりそうだ。
しかし女は気丈にも淑女として振舞い、こう述べたのである。
「私めのこの肉穴、確と御検め下さいませ。」
その瞬間、ヨシノブに子宮の奥まで見抜かれたのを感じた。体の奥底に潜んだ牝の顔を見られてしまった。知られてしまっては、もう隠し通すことが出来ない。牝は私の顔をしている。私が淫らな牝なのだ。
ああ、死ぬ。おお、死ぬる。罪深き牝の私は死んでしまう。痙攣。開いた足を一層開くように体が強張る。尻の穴が締まる。まんこが締まる。ひい、という叫びを飲み込んで、息が詰まる。言語になる以前の奔流が意識を押し流す。耐えようとしているのか、逃げ出そうとしているのかわからない。どこへ。なにが。苦しい。切ない。昇る。堕ちる。熱い。溶ける。滲む。甘い。死にたい。いく。いくいくいくいくいくいくいくいくいくいく。 いく。
――――――悲鳴を上げた。
失神の直前、断罪されたのだ、と思った。

posted by ヨシノブ at 03:33| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月25日

クリスマス2008

誘って観にいった芝居がつまらなかったのと、去年は御馳走になっていたので、今年は自分でケーキを買ってチエコと食べた。
チエコからは例の生キャラメルというのを出される。貰い物だという。プレーンとチョコの2種。
うまいことはうまいが、日常的に甘いものを食ない私には行列を作って買うほどとは思わぬ。
飴のように一個ずつ紙で包んで両端を捻ってある。キャラメルは23×13×11mmくらいの直方体。12個入りでどちらも850円。
高すぎる。せいぜい高くて500円ではないか。包み紙がライスペーパーに似ていて、生春巻きが食べたくなる。と、いうのがふたりの結論。これなら地元の某銘菓のほうがよい。










マルコビッチ大白抜き



   メリークリスマス、ミスターローレンス!
 

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2008年12月23日

こぶとり爺さん・かちかち山

こぶとり爺さん・かちかち山 -日本の昔ばなし(1)-  関敬吾 編   岩波文庫

関が全国各地を回り蒐集した昔話から代表的なものを収録。解説はないので民俗学的価値等はわからずに読む。


およそ四十の収録作のなかで「馬喰やそ八」が異色。大抵は現代から見ると不条理な点はあるものの勧善懲悪的な物語となっているが、やそ八だけは善らしい要素が何もなく、悪知恵を働かせて死人も出しておきながら最後は臆面もなく長者になるという話。ピカレスクとも違う。淡白な描写が唯一の救いか。
健全な物ばかりが人々に好まれるわけではないのは、今も昔も同じだろう。やそ八がささやかな悪趣味の愉しみとして語り継がれてきたのは想像に難くないが、過去に読んだ日本残酷物語を思い出すと、騙したり奪ったりして平然と幸福になるこの物語の原型は、生きることに困難で現代の道徳が通用しない時代の、今考えるよりももっと表立った願望だったのかも知れない。岩手県で蒐集された話である。


本書にある瓜子姫は諸星大二郎の妖怪ハンターでも扱われている。シリーズ中でも特に面白かった。
妖怪ハンターの、事件が起こって稗田が駆けつけようとしている間に事件がどんどん進んでいく感覚が好きだ。一話完結型なら村おこしに大鳥居を作った話が秀作。
posted by ヨシノブ at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

今週の「ふたりはプリキュア5GoGo!」

第44話「五連発! 心にもない褒め言葉」

商店街の福引で、とある大富豪が所有する南の島への一泊二日旅行券が当たったプリキュアのふたり。そこでは何やら世にも珍しいものが見られるという。島へ上陸したふたりが目にしたものは、全長10mを超えるものや、不思議な色や形のものなど、図鑑や映画でしか見たことのないような太古のうんこの姿であった。実はこの島は太古のうんこを研究するために購入された島で、島中にあるうんこは何億年も前の地層から発見されたうんこのDNAを採取して現代に復元したものなのだ。島の各地には太古と同じような環境が再現され、研究員がうんこの様子を観察している。ゆくゆくは一部をうんこテーマパークにするという。この旅行はそのモニタニングの一環だったのだ。太古のうんこにはまだ未知の領域が多いので、島内には安全のために高圧電流の流れる柵が張り巡らせてうんこの自由を制限し、各所に設置された監視カメラで常にうんこの動向を探り、研究所のコンピューターで厳しいセキュリティ管理をしている。ところがプリキュアの泊まったその深夜、島は突発的な大嵐に見舞われ、落雷によりコンピューターがダウンしてセキュリティが解除され、うんこが野放しになってしまう。島内を自由に移動し大暴れする太古のうんこたちから逃げまどうプリキュアのふたりは、朝10時ぐらいに送迎船が来たので帰った。

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2008年12月21日

今週の収支報告 お詫び

アフィリエイトは紹介した商品そのものが売れなければ、紹介者(私)の収入は発生しないらしいと書きましたが、ちゃんと発生しました。今月になって計上されています。
新たにXboxのソフトを買った人がいます。私はXboxに触ったことがありません。

アフィリエイトは誰が買ったのかがわからない仕組みになっていますが、何が売れたのかを勝手に記事にするのはマナー違反でしょうか?
posted by ヨシノブ at 01:43| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月19日

明洞でゴリさん見ーっけ!

殉職後のゴリさんを韓国で見つけました。
お坊さんになったような、なってないような・・・・・・。

http://japanese.joins.com/article/article_photo.php?cid=36343&photo_seq=2&servcode=800§code=850
それも変な杖持ってカルビだのビビンバだの・・・・・・。
どうしちゃったんですか、ゴリさん!
ゴリさん!!
手袋あったかそうですね!!!


















マルコビッチ大白抜き いい加減、意地を張るのはやめようぜ。
 負けたよ。俺の負けだ。
 さあ、好きなだけ俺のDVD「マルコビッチの穴」を買うがいい。
 買われるのなら、せめてお前に、って思ってたんだよ。
 なあに、アマゾン通販の手続きは簡単さ。お前なら、やれる。
 え? もしかしてクリマスはキャッツアイのDVDを買うつもりなの?
 そんな話聞いてねえよ。何だよそれ。見終わったら貸してよ。

 え? キャッツアイ2000のCDはもう持ってんの?
 貸 し て よ ! !
 


posted by ヨシノブ at 05:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月16日

08/11/30

前に観たデブリの芝居はまったく面白く無かったけれど、そもそも演劇自体は嫌いではなく、また芝居があれば観にいきたいものだと思っていたら、ある時町の掲示板に目が留まった。そこに貼られたビラの一枚には、近々、近場で芝居やります、と告知があり、これはもう観にいかなくてはならぬ。
デブリでの不満のひとつは、胸に沸き立つ言葉を交わす相手がなかったことだ。そこで今回はチエコに声を掛けた。夏に素麺を食べさせてもらったこともあるので、チケット代くらいは快く出してやろうではないか。
知らない劇団で、どうも地元の若い人たちでやっているような印象だ。

公演日、本屋で待ち合わせをしてから会場に向かった。場所は知っているが、入ったことはない。ライブハウスだと聞いている。
早めに着く予定が、私の遅れがあって到着したのが開演10分前。扉を開けると、中でかかっている音楽が漏れてきた。チケットを買い、何枚かの紙を渡される。入ってみると、おお、小さい。このライブハウスは、幾つかの部屋をくっつけて塊にしたような不恰好な建物の一室で、外観からは内部を窺い知れなかったのだ。
客席スペースはせいぜい4m四方か。低い舞台から少し間隔を空けて椅子が3列並べてあり、客入りは・・・・・・男だけの4人。私らを含めて6人。もうすぐ始まるのに、これだけなのか。他は皆単独客らしく、銘銘距離を取って中列後列に座っている。この最前列に行こうとしない日本人根性の情けなさよ。私はチエコを促して舞台の正面に座った。彼女は人前や最前列というものに、わりと恬然とした性分である。
売れないバンドや劇団の公演は客が数人しかいないというのは話に聞いていたが、体験するのはこれが始めてで、つげ義春や日の当たらないアングラの雰囲気が好きな私は、この状況に一瞬戸惑いはしたものの余裕を持って構えた。映画館で客が数人というのは何度かあるが、生身の人間が出るところで客数人というのはまた違った趣がある。
二人とも入り口で渡された紙を見る。本公演の広告、他の劇団の紹介、他所での舞台の宣伝などである。どれも知らない小劇団ばかりだ。今から始まる芝居は、抽象的な文章しかなくて内容はさっぱりわからない。
音楽が止まる。客席の照明が消え、芝居が始まった。

役者は大学生か社会人になったばかりくらいの、若い女ばかり5人。コメディタッチで話は進み、最後は陳腐なテーマをストレートに謳いあげる。台詞の言い回しや動き方が、とても女の子らしい作り。男では普通こうはならないし、こうさせるのは難しい。演出、脚本、ともに未熟で、舞台上で何が起こっているのか把握しづらい点や、結論に合わせるべく話を強引に進めているところがある。役者の演技は堂々としていて、場数を踏んでいるのがわかる。

誤算だったのは、舞台だけではなく客席に近いところまで使芝居であったことだ。私の目の前まで役者が来る。目が合いはしないが、顔をまじまじと見るわけにもいかず、体を見るのも間が抜けていて、どうしていいのかわからない。役者には舞台上からも私の表情がはっきり視界に入っているはずで、緊張して笑うに笑えない。そわそわする。私がガチガチに固まっていて役者も困ったことであろう。そう思うと更に緊張して笑えなくなるなる悪循環。こんなことなら後ろに座ればよかった。チエコがどんな顔をしているか盗み見る余裕もない。
太田光はその昔、白石加代子の出た芝居を客席の最前列に座って観た際、白石が例によってアングラチックな恐い役どころで凄まじい形相をしているのを、何を考えたんだか負けてなるものかと睨みつけたらしい。白石も太田の視線に気づいたらしいが、怯むような役者ではない。ますます力を入れて恐い顔をしてくる。太田も変わった人だから、それをますます睨みつける・・・・・・。

芝居が終わると、私はほっとした。デブリのように腹の立つものではなかったが、それにしても緊張した。早いところ帰ろうとすると、若い女がさっとやって来て、アンケート用紙に感想を御記入くださいと言いながら新品の鉛筆を客の一人一人に配り始めた。そういえば入り口で渡された紙にアンケート用紙も交じっている。選択式ではなく、白いスペースに自力で感想を書かねばならない。ひいいい、許してくれえ。私は内心悲鳴を上げた。決して出来の良い芝居ではなく、緊張したのもあって、書きたいことが何もないのだ。
上演後にアンケートをやるのは珍しいことではない。応じるか否かは客に一任されており、大抵の人は書かずに出て行ってしまうものだ。私も書いたことは滅多にない。それが、今回は書かずには出られない雰囲気なのだ。客は6人しかおらず、出入り口にはアンケート用紙を受け取るために係員が待ち構えている。鉛筆返却の必要があるので、黙って風のように去ることは出来ない。チエコも連れている。鉛筆を渡された時点が拒否する唯一のタイミングだったが、遅きに失した。
この雰囲気はあれに似ている。小学生のころ、帰りの会が終わった後に問題の書かれた藁半紙が配られ、解き終わったものから帰って良しというあの雰囲気。すでに他所からは鉛筆を走らせている音がする。チエコもゆっくりと鉛筆を動かしている。私は何も書けない。焦燥。
演出がわかりにくかったことを書こう。書いてみた。一行で終わってしまう。そしてこれが感想の全てになってしまう。ただでさえ客が不入りで落胆しているだろう役者に読ませるのだと思うと、これを提出出来ない。しかし書くことがない。そうだ、話の筋が少しつながっていなかったことも書こう。あああ、これまた一行で済んでしまった。二行。演出も話も駄目だった、で全てを終わらせてはいけない。少し変則的な舞台の使い方がよかったな。これを書こう。おお、一行にも満たない。演技を褒めよう。演技に勢いがあって良かったです。これで四行。これで行けるか。
既に席を立つ者が現れている。チエコも書き終わったようで、私は鉛筆と馬鹿な小学生の感想文みたいなものを恥じらいながら係員に渡し、逃げるようにライブハウスを出た。

入ったのは夕方で、一時間あまりを経てあたりはすっかり暗くなっている。
忌憚のない感想を交換していると、急に演出の改善法を思いついたので話してみたところ、同意を得た。これをアンケートに書けばよかった。しかし、独りなら書けばよかったで終わってしまったところを、こうして聴いてくれる相手がいるのは良いことである。
素麺の返礼のつもりでチケット代を800円も払ってやったが、あまり返礼に値する芝居でもなかったので、そのうちまた何かしてやらねばならない。
posted by ヨシノブ at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本人の優秀性

国際舞台においては積極的に主張しなかれば存在が埋没してしまう。
我々は堂々と日本人は優秀であると言えるようにならなければならない。
そうでなければ、我々の優秀性が正しく評価されなくなってしまう。
もっと日本人の優秀性について再確認し、誇りにするべきである。










「日本人が一番ウマい」人食い首長人肉を語る

日本食は低カロリーかつ栄養バランスがよく世界的に人気のある食べ物ですが、ある部族によるとそれを作り出した日本人の肉も美味しいそうです。実際に食べ比べてみた人の感想が明らかになりました。

写真家のIago Corazzaさんと文化人類学者のOlga Ammannさんがパプアニューギニアの原住民族を取材した「最後のパプワ族」の内容によると、食人族にとって「一番ウマいのは日本人」とのこと。


http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20081215_japanese_tastes_the_best/

posted by ヨシノブ at 05:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月15日

今週の「ふたりはプリキュア5GoGo!」

第43話「マジマジ? 85歳からのバストアップ術!」

宇宙人がミステリーサークルを作っているところを撮影して矢追純一に売りつけようと、まだ青い麦畑に張り込んだプリキュアのふたり。野糞をしながら一晩待機していたが、宇宙人もUFOも一向に現れず、ふたりは日の出とともにプースカ屁をこきながら家路に着いた。その後やって来た農夫は麦畑にミステリーサークルが出来た上にうんこだらけ、むしろうんこ畑になっていることに腰を抜かしたが、麦はやがてうんこの養分ですくすくと成長し、収穫期には大豊作となった。風に吹かれた麦の穂が金色の波を打つ頃、リクルー星では「一杯のかけそば」が大流行していた。それは地球へミステリーサークルを作りに行ったリクルー星人が、プリキュアのふたりのアクティブな脱糞によりまるでミステリーサークルのようになっていた麦畑を発見し、それを地球人からのメッセージだと思ったことに端を発する。そのメッセージらしきものを解読した結果、偶然にもその内容は小説「一杯のかけそば」と一言一句違わぬものであった。リクルー星人はただちに地球から蕎麦を取り寄せ、かけそばを腹いっぱい食べた。「一杯のかけそば」を蕎麦のガイドブックだと思ったのである。

posted by ヨシノブ at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月13日

コメントへの返信について

これまでは基本的につけられたコメントに返信を行うようにして参りましたが、敬語も使えないくせに変に馬鹿丁寧だったり、逆に馴れ馴れしかったり、内容がアレだったりと、私の返信文は実に気持ち悪いので、質問形式でないものには基本的に返信しないことにします。
記事は不特定相手に宛てた文章ですからいいのですが、特定の相手に向ける返信で気持ち悪いことを書くのは、相手を指定して強制的に毒を飲ませているようで後悔してます。
よって、今後は基本的に返信しません。絶対に返信しないわけではありませんし、明確に返答を待つものには基本的に返信します。返信しなくても怒ったり無視を決め込んでいるわけではないので、気にしないでください。
posted by ヨシノブ at 06:13| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月11日

今週の「ふたりはプリキュア5GoGo!」

第42話「絶対ダメ! 法令違反になるカニの食べ方ベスト5」

むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました。あるとき、おじいさんはやまへしばかりに、おばあさんはかわへせんたくにゆきました。おばあさんがせんたくをしていると、かわかみからおおきなももがどんぶらこどんぶらことながれてきました。おばあさんはももをひろいあげると、おじいさんといっしょにたべようとおもい、いえにもってかえりました。おばあさんがいえでまっていると、おじいさんもかえってきました。おじいさんはおおきなももにびっくりしましたが、さっそくたべてみようとなたでももをわりました。すると、もものなかからげんきなおとこのこのあかんぼうがでてきたのです。おじいさんとおばあさんはびっくりしましたが、おとこのこにももたろうというなまえをつけてそだてることにしました。(中略)ももたろうは、ぷりきゅあのふたりをおともにおにがしまへとじょうりくしました。しかし、がんだむだぶるおーのはじまるじかんになったので、ぷりきゅあのふたりはかえってしまいました。ももたろうはかえりませんでした。かえってきませんでした。
posted by ヨシノブ at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

素人うんこ屋顛末

小さな店を開いて、一日にひとつ、うんこを売った。
客は来る日もあれば来ない日があり、来なかった日の翌日には、店頭にうんこをふたつ並べた。
売れ行きはよく、ふたつとも売れ残る日はなかった。
経営はすぐ軌道に乗り、照っても降ってもうんこを売り、やがて妻を娶った。
それからは毎日夫婦のようなふたつのうんこを並べ、ますます売れた。たまに売れ残った日の翌日には、家族のようなみっつのうんこが並んだ。
みっつのうんこを前に、妻と二人で往来を眺めた。


素人がうんこに手を出しても食べていける時代は、長くは続かなかった。
もともと好きで始めた商売だから、覚悟の上だった。しかし妻はそうではなかった。

 よそのように、うちでも飾り付けしたり、加工したりしましょうよ。
 出したものを、出したままで売る。僕はありのままのうんこを売りたいんだ。
 あなたはうんこ売りのくせに、言うことが奇麗事なのよ。 

妻は去った。その日、店頭にはいつつのうんこが並んでいた。それらを前にして、一人で往来を眺めた。
うんこがみっつ並んでいるのが好きだった。いつかはそのように、三人並んでうんこを売るのが夢だった。



足掻いてみたが、数年して店はつぶれ、大量のうんこだけが手元に残った。今や何の変哲もないうんこを引き取ってくれる相手がいる時代ではない。しかし、そのいない相手をどうにか見つけなくてはならない。
私は家中に溢れかえるうんこから追いたてられるように、引き取り先を探して朝早くから夜遅くまで足を棒にして歩き、家に帰れば何することもなく、すぐ横になった。寝ている間にも家中のうんこから無言で責められているような圧迫を感じ、疲れが抜けることはなかった。

知っている限りのうんこ業者をあたったが、色よい返事はなかった。
そこで遠くまで足を延ばして、知らない土地へ行ってみた。
目に付き次第うんこを商う店へ飛び入り、引き取りをお願いしたが、にべもなく断られるばかりで、私は見知らぬ土地での不安と寂しさ、疲れと落胆で、往来の端に膝を抱えて座り込むと、うとうとと寝入ってしまった。

はっとして目が覚めると、まだあまり時間が経った様子はない。
立ち上がろうとして、ひとりの女の後姿が目に止まった。間違いない、あれは、かつての妻だ。
彼女はゆらゆらと体を揺り動かしながら、こちらに横顔をみせた。どきり、としたが、私には気がついていない。幸せそうな笑みを湛えている。あんな顔を最後に見たのは、いつだったろうか。
別れた寂しさと懐かしさが蘇って、目を逸らそうか盗み見ようか逡巡していると、私は再び、どきり、とした。彼女が少しこちらへ体を向けて、その腕に赤子を抱いているのが見えたのだ。体を揺らしながら、嬉しそうに赤子へ何かを語りかけている。そこへひとりの男が駆け寄ってきて、ふたりは親しげに声を交わすと、繁華街のほうへ歩いて行ってしまった。
その後姿はいつか店頭に並んでいたみっつのうんこのようで、私は手放したものの大きさを今更知ったように、静かに嗚咽した。
家に残してきた無数のうんこは心に一層重く圧し掛かかり、私はこのまま体ごとつぶれてしまいたいと思うも叶わず、ひとりでただただ泣くのであった。


posted by ヨシノブ at 03:45| Comment(3) | TrackBack(0) | うんこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月09日

ブログ向き不向き

「ブログを続けるコツ」という記事を見つけた。私もブログを書いているので参考にしようと思う。

かみんぐあうとっ:ブログを続けるコツ

http://d.hatena.ne.jp/komoko-i/20081204/p1


・ブログネタアンテナをたてておく。つまりブログの記事にできないかどうか普段から意識しておく。

私にもアンテナがあることはあるのだが、いまいち感度が悪く、一日の終わりにその日を振り返って記事にできそうなことを探すのが常。早くも私のブログ存続が危うい。


・読み手を意識しすぎない。書きたいように書く。

そもそも読み手の期待に応えられるように書けないので、書きたいように書いているに過ぎないのだが、結果的に正しいようだ。大体、読み手の求めているものって、ダイエットとか節約メニューとか最新デパ地下事情とかラーメン戦争最前線とかアダルトDVD情報とか愛されメイクとか合コン必勝ファッションだろ。対応できません。
読者をないがしろにする気か! と怒られるのも困るので、アダルト情報をひとつ。
椎名りくが今年いっぱいでAV引退。


・読み手の感想を気にしすぎない

管理画面でコメント総数が増えているのを確認すると、それだけで胃が痛くなります。気にするなと言われて気にしないでいられれば胃痛はない。


・アクセス数は気にしない。
アクセス数は、うん、やっぱり気にしないほうが楽です。アクセス数が増えた減ったに一喜一憂して、そこらへんでエネルギーを使って疲れてしまうくらいなら、その使うエネルギーを他に向けた方がいい。良い記事をひとつでも書く。誰かの役に立てそうな記事をひとつでも書く。よいな、これは参考になる、ブクマしておきたいな的記事を書けば、自然とアクセス数は増えると思うのです。


これは正論ではあるけれど、アクセスが検索結果のみしかなく、誰もブックマークに入れず、一日のアクセスが10を越えるかどうかという日々が数ヶ月続くと、かなり気力は萎えるし記事も荒くなる。こうやって止まったブログは星の数ほどあることだろう。そこを乗り越えた先じゃないと、この正論を体得するのは難しいし、ある程度のアクセスがないと、この正論を言う余裕が出ない。
私のブログは現在のところ一日のアクセスは平均50。そのうち、検索結果等で来て、二度と来ない素通りの人が9割。アクセス数が増えたのは、記事が増えて検索に引っかかりやすくなっただけ。引用されるのは稀。リピーターは一人増えるころには一人か二人減ってるような具合。


・ブログは慣れ。書けるときに書いてアップする。

何事も継続させるためには習慣として身につけることが必須。
私の場合は、もう寝なければならん、でもブログ書いてない、無理して書く、の習慣ができてしまいました。




書きたいように書く以外が芳しくない。
私にはブログが向いていないようだ。近いうちに更新も停止することだろう。
最近は疲れやすいし、頭が痛いし、夜中や起床時に何故か胃液がこみ上げるようになっている。無理にブログを続けている害だろう。もうブログなんか止めて石油王になろう。明日から更新なんかしないで寝る前に庭を掘るぞ。ブログでアフィをやってても1円にもならん。石油を掘り当てるほうがよっぽど金になる。
今チェックしたらまたダークナイトに注文がひとつ入ってた。ダークナイトが何枚売れようと一銭にもならん。しかもブルーレイ版。ブログ主がブルーレイ再生機を持っていないというのに、何という格差だろう。ああ、これも小泉失政のツケか――。
posted by ヨシノブ at 00:14| Comment(5) | TrackBack(0) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

08/12/07

少し前のこと、私は図書館の六人掛けの四角い机の端にひとり座り込んで、何故か漢字の字源などを調べていた。
ノートにあれこれ書き込んでいると、背後に女子中高生の二人組がやって来て、うろうろしている。どうやら空席を探しているらしい。
他の机は相席もあって大体埋まっていて、空きは私のいる机しかない。私の対角線上にでもお座りなさいな、と思っていると、女どもはごにょごにょ言いながら帰りやがった。
益荒男を目の前にして、恥らう乙女心がわからんでもないよ。でも、もしかしてヨシノブおじさんが気持ち悪かったのかな? しばらく散髪行ってないし、二日くらい髭剃ってなくて、終戦直後地下道で寝起きしてた人みたいな風貌だったからかな? 顔のパーツできれいなところが眼鏡しかない(眼鏡屋で店員にレンズを褒められた)のも良くなかったかな?
なんにしろ、おじさんはちょっと傷ついてしまいました。
だから、その内に時間を作ってすごくオナニーをしてやろう、ただし、お前らはオカズにしてやらん! と思って、それを実行したのが今日でした。2008年も、もうすぐ終わります。
posted by ヨシノブ at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月07日

08/12/06

咽喉の奥に魚の小骨が刺さったような感覚があって、これはさっき食べたスーパーの鰻を、勿体無がって頭の部分をぎりぎりまで食ったせいで小骨が刺さってしまったのだと思い、で、どうするかと考えて、放っておけばそのうちなんとかなるだろうと無責任に構えておったら、これが、小骨が、抜けん、一向に抜けん、小さく細い痛み。
ご飯の丸呑みもやってみたが、一向に抜けん、いかん、このままだと小骨が再生した肉の中に取り込まれて一生小骨を内包して生きていかねばならぬ、小骨内蔵、後々癒着して小骨内臓、骨が内臓て、臓器て是如何に。
俄然恐ろしくなって、一丁視察したろかいと洗面台の鏡前で口あけて覗き込んでみたが、現場がちと暗い、あ、文明の利器じゃ、こんな時こそ人類の智慧を活用せねばならん、神話の英雄譚にも試練を智慧で乗り越える話がよくあって、智慧が英雄の条件であることが示されている、智慧は人類の宝じゃ、宝じゃい、懐中電灯で口腔内を照射じゃい思って、江戸時代に隠された秘宝を巡って江戸時代に乗り込んでわーわーやって現代に帰ってきて秘宝の在り処を探ってみると、遺されていたのはなんとわーわーやってた時に江戸へ置いてきた懐中電灯、こりゃ江戸時代じゃ確かにお宝じゃわい、と、これキテレツ大百科でみた話。
でも乾電池入ってなかった気がして置き場所の押入れを開けるのも面倒になって、大地に五体を投げ出して思案するに医者の元へ行こうかとも思わなかったでもない、が、土台無理な話で、押入れを開けるのも面倒な男が医者て、ホスピタル行くなんざ出来っこない、不可能、不可能を無理に可能にしない男、これぞ自然との調和、真理への帰依、人類の変革、霊格の上昇、曼荼羅の隅っこに掲載、年寄りが手を合わせる、そういう男。
閃いた、というか、女神が微笑んだ、というか、英雄の前に試練が立ちふさがるというよりも、智慧を披露する場所を設けられている、ということで、古事記なんかでその試練にあわせて智慧を磨くのではなくて、持ち前の智慧、あるいは協力者の智慧ある助言、そういうもので切り抜ける、というのは、彼が先天的に英雄であることを証明し公表する機能、この感覚だよ、神の末裔とか王の血を引くとかが資格として機能するのは、先天的に特別であるという感覚、大体英雄譚は英雄を主人公にしているわけで、まさしく先天的に英雄が決定している状態、これは、何を閃いたのかというと、携帯電話のライト機能を使えば良いという発想で、女神が脳に微笑んだ、ブレインにスマイル、脳天直撃Goddess Bless、そういう感覚。
まさに、光あれ、折り畳んだ携帯電話の表の小さく丸い窓からペカーって光が出る、創世記、モバイル版創世記、機甲創世記モスピーダ、装甲騎兵ボトムズ、口の中小骨探し続けて見つけた右の扁桃腺にある赤い点、ははん、ここに刺さって血が出ているなと指で触ってみると、小骨が押し込まれる感覚でもない、しかし、何事かある不思議、そして、右だけ扁桃腺が腫れていて、舌の付け根が赤い点に触れるようになっている、ああ、電話を当てて口を大きく開けているのがつらい、どうしよ、患部を指で摘める距離でもなし、毛抜きでも短し、そもそも手を突っ込めば口塞がって内部の様子は不可視、落胆、されどそこに何に使うかわからん長く出来てる毛抜きみたいなのがあって、ずっと使わんかったのだけど、今こそこれで患部周辺の肉を引き千切ってやろう、千切れた中に痛みの原因たる小骨か何かあることだろう、と、口に突き入れて扁桃腺の肉を毟り取ってやったんですわ、みちり、ぷちり、そうやって弄っていて判明したのは、どうやら小骨じゃなく、そこには小さくぴょこりと肉の膨らみが出来ていたらしい、と、で、潰して千切りました。

あれが何だったのか、今でもわからん、しかし、あれからしばらくして痛みも扁桃腺の腫れも納まって、万事解決、英雄譚大団円となりまして、はてさてヨシノブの次なる冒険は、と、こういうわけですが、本当にこうですか、ははは、何言ってますの、人生は一度きりですぜ、もう次なんかありゃしません、と、こういうわけやね、じゃあどうしよ、布団かぶって寝るしかない、ははは、選択の余地がない、寝るしかないて、寝て、起きるころには死んでます逝ってます、そういう仕組みか、はは、これから死んでしまいます、へへへ、それじゃ最後に、憎い相手に陽気な掛け声、是なんぞ、って知ってますか、答えは、去ねい、です、イネイ、イエイ、Yeah! ってわけ、へっへっへ、お楽しみいただけましたか、これで御仕舞です、でした、じゃあね、ばいばい。
posted by ヨシノブ at 05:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月04日

08/12/03

部屋のチャイムを鳴らす者があっても、連絡がなかったり無言のときは居留守を使う。
本当に用があれば相手は名乗るなり前もって連絡するなり何か残していなりするので不自由はない。
チャイムを鳴らして無言でいる相手に私が出る必要のあったためしは一度しかない。
少し前、無言でチャイムを鳴らして黙ったままの人がいた。こっそりのぞくと宅配業者で、その日は確かに配達予定日。こんな業者は初めてだったので驚いた。
先日は実に弱弱しい音でノックを繰り返す無言の人がいて不気味だった。あれは何だったのだろう。


新聞の勧誘って変と言えば変である。まず、自然に「新聞の勧誘」と言ってしまうけど、正確には「新聞配達利用の勧誘」であって、駅やコンビニで新聞を買ってくれという話ではない。
訪問販売の古典的なところだと歯ブラシやゴム。教材販売なら今でもあるのかな。障害児童が作ったというふれこみのハンカチなんかまだあるんだろうか。布団クリーニングは今でもあるだろう。リフォーム業者も景気のいい話をきく。調べてみると多種多様にある。皆も調べるがよい。
どれもが基本的に怪しまれている商売で、私のところに昔来た布団クリーニング兼販売業者は、ヤクザ顔の中年と、見える限りの歯がすべて半分ほどに細くなっているチンピラという、怪しい商売をするのにぴったりな二人組であった。
そのなかで、ほぼ唯一、新聞の勧誘だけがどうにかカタギの商売というイメージを維持している。実際、よくない噂があったり拡張員の起こす事件があったりするが、そういう人ばかりではないし、配達員が一般人で、なかには中学生がいるくらいだから、カタギの商売という見方も絶えておらぬ。私のところにきた勧誘は販売所の奥さんや、スーツ姿の営業マンという風体であった。
他にもカタギは保険の外交員か。これはこれで色々と話は聴くのだが。

「新聞の勧誘」の何が変かというと、他のものに置き換えてみたら妙におかしいのだ。ここで言う「おかしい」はビジネスモデルとして成立するか否かではなく、勧誘している姿に妙な滑稽味があるのを指す。
デアゴスティーニの勧誘。
「この度は週刊ヨーロピアンパレスを是非とも紹介させていただきたく・・・・・・。では、週刊安土城をつくるは如何でしょうか。」
決定的に変な要素はなく、新聞が現にやっていることで、定期購読を勧める雑誌は珍しくないのに、なんかおかしい。
「こんにちは、文藝春秋です。定期購読のお勧めに」「ビジネスに役立ちますので、プレジデントを3ヶ月だけでもどうか」「只今CanCamと契約していただきますと特別にメイク指南冊子を」「病院の待合室に通わなくとも、定期購読していただければ月2回最新のクロワッサンをお手元に」
新聞はこれをやっているんだよ。日本で新聞が維持出来ているのは配達制度があるせいだ、なんて話も聴くので、訪問によるマンツーマンの雑誌勧誘はまるっきりおかしな話でもないはずなんだがな。現実的にコストに見合うかは別として。
週刊ヨーロピアンパレスと安土城はちょっと欲しくなっちゃった。置き場所と金がないが。
ようし、布団かぶって寝るか。


posted by ヨシノブ at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月02日

無防備マンも来い!

ミサイル防衛:PAC3配備中止の要請書、市民団体が岐阜基地に提出 /岐阜

 自衛隊が2010年度までに、各務原市の航空自衛隊岐阜基地に迎撃ミサイル、パトリオット3(PAC3)配備のための予算を盛り込んでいることを受けて、周辺住民や市内の教員らでつくる「岐阜基地にパトリオットミサイルはいらない!行動実行委員会(海野修治代表)」は29日、配備中止を要望する申し入れ書を同基地に提出した。

 申し入れ書では「PAC3がミサイルの撃ち落としに成功しても、破片は各務原市近辺に落ちてくる」などとしている。申し入れの前には、約40人が基地の周りをデモ行進した。【山田尚弘】

毎日新聞 2008年11月30日 地方版

http://mainichi.jp/area/gifu/news/20081130ddlk21010049000c.html


ストレート過ぎて驚いた。迷いがなく、切り口が鋭い。確かにミサイルの破片が落ちてくるのは危険だ。
パトリオットを攻撃用ミサイルだとしていない点が感慨深い。 沖縄では攻撃用でもあるように見なされている節があったのだが。

週刊オブイェクト:敵側の宣伝のために身を売った新聞の例
http://obiekt.seesaa.net/article/32988672.html

週刊オブイェクト:何時からMDは対地攻撃が可能になったのだろう?
http://obiekt.seesaa.net/article/26653538.html



公式HPを読むと、も少し反対への理屈が書いてある。

岐阜基地にパトリオットミサイルはいらない! 各務原行動実行委員会
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1828/PAC3-NO.htm

「飛んでくるミサイルから国民を守ってくれるもの」だと考えるとしたら、とんでもない間違いです。先制攻撃をしかければ、当然にも反撃されるので、それを封じ込める体制を作ろうというものです。守るのは、政府中枢・皇居・軍事施設などであり、一般国民を守るのではありません。

日本が攻撃された場合はどうなるのだろう?
パトリオットは射程が20キロ程度しかないらしいので、日本全土の国民を守るように配備するのは現実的に無理があると思う。攻撃される可能性の高い軍事施設や、政府中枢・皇居など限られた場所に配置されるのは当然。それは已む無い処置で、国民なら殺されてもよいというわけではない。日本が他国に攻撃をしかけるにしても、むざむざと国民が殺されることに利点はないだろう。
実際には日本は先制攻撃するどころか北朝鮮からミサイル飛ばされてんだけどな。
新聞記事になった阿呆みたいな理屈は記者に話を省略された為だろうが、存分に主張できる自分のホームページでこんなことを言っていても説得力がない。


「一般国民を守るものではない」というので、じゃあ一般国民も守れるMDならいいのだろう、そう思ったらそうでもないらしい。

小多基実夫(反戦自衛官) 全国のPAC3反対をたたかうネットワークは、MD体制を包囲し解体する闘いです。


この手の戦争嫌いの人は「共に闘わん!」だの「共に闘いましょう」だの、「闘争」って言葉好きだよね。




週刊オブイェクト:迎撃せずに直撃を受けるよりも迎撃して出来る破片を気にする変な人達
http://obiekt.seesaa.net/article/110545665.html

55
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://obiekt.seesaa.net/article/110545665.html
>mangakoji
>爆発するのと、飛散するのとどっちがまずいのか良く分からんのだが。
>正直。 あとパトリオットの迎撃率は0%って統計もあるよね

頭がおかしいのかな?この人。0%ってなんだよ、記事に紹介されている動画の最初の方で撃墜例がもろに出てるじゃん。

Posted by 名無しT72神信者 at 2008年12月02日 19:12:47


61
>>55
飛散したほうが被害でかいなら
打ち込む側が飛散するように仕向けるよねw

Posted by 名無しT72神信者 at 2008年12月02日 20:07:55


posted by ヨシノブ at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

08/11/22-23

俺という人間は生真面目に生きすぎた。これからはフリーダムに生きようと思って蒸かし芋を齧りながらドラマを見ていたら見事な紫色。着色料の塊みたいな色をしている紫芋だった。毒々しい色の菓子を食べ慣れてる外国のガキもFunky!と言いそうな、そういう芋。その実、そこらの菓子とは比肩せぬ健康的であって、更にはマヨネーズをかけて食うとポテトだけあってうまい。
予てからの不健康にこの健康的で帳尻を合わせたつもりで、小振りなのを二本食ったら次第に胃の辺りが痛くなりまして、鰻と刺身の再来。
胃癌に違いない。あれは俺のレントゲンだ。志村喬が歌ってる。もう死んでしまうのだ。
近い将来に明確な終止符が見えて、ほっとしないでもない。あそこまで行ってしまえば、俺の無能だとか不安苦しみ義務劣等感執着願望、そういうのも御終いに出来るんだ。胃癌なら大手を振って死ねる。手術する金なんかないんだぞ。非難される筋合いはないので、何を言われても平気で死ねる。もうすぐ上がりなんだ。せいせいする。さよなら。俺、あんたのことが好きだったよ。
胃薬を二錠飲んで寝た。

翌日、やはり胃が苦しい。昨日のわけのわからない鈍痛から胃酸過多へシフトしたような苦しみだ。
胃癌だろう。俺は死ぬのだ。中身の薄い人生だったが、薄いわりにはよく生きた。死のう。今でこそ死を大らかに待ち望んでいられるが、最後には血を吐いたり、色々と苦しいだろう。それだけが気にかかる。
俺は布団に抱きついて寝てみたり、枕に抱きついて寝てみたりした。
すると夜には胃癌が治ってしまったらしいのである。
俺は残りの芋を齧って寝た。


posted by ヨシノブ at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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