いつか規制対象になるのではないかと私はみている。
児童ポルノに関連して多くの人の頭を掠めるのが宮崎勤であろう。
彼こそがオタクとロリコンの体現者であり、他のオタクやロリコンも大なり小なり宮崎勤であり、変態であり変質者であり潜在的犯罪者であり、人間のクズである。宮崎勤事件の報道は、このような世間的風潮を作り出した。
今でこそ、事件の記憶が色褪せてきたこともあり、笑い者にされながらもオタクはかなりの汚名を雪いだが、宮崎勤との同一視を完全に払拭したとは言い切れず、ロリコンに至ってはその対象が実在・架空を問わず、実際に児童に被害を与えたか、与える気はあるのかの問答も無用に人間のクズとされている。ここでのオタクやロリコンの定義を求める声もあろうが、世間はそんなことまで気にしてくれない。なんだかオタクっぽいのはオタクで、ロリコンじみているやつはロリコンだと見る。
ビデオで埋め尽くされた壁、積まれた雑誌。宮崎勤の部屋は気違い性犯罪者に相応しくおぞましいもので埋め尽くされていた、ということになったが、それはマスコミの作り上げたイメージで、実はそれほどではなかった点については、イメージを作り上げた時ほどには熱心に伝えられていない。
実像と異なっていても、それは「誤解」なので、「仕方ないかもしれない」ことだからだ。
以下は「格闘する読売ウイークリー編集部」というブログに2005年11月12日に掲載された一文である。
いったいどうなっているのか
女子高生がタリウムを母親に飲ませたかと思えば、
今日は同級生の女の子を殺した疑いで高1の男子が逮捕。
いったい、どうなっているのでしょう。
とても理解できません。
10年ほど社会部にいたので随分事件取材もやらされました。
警視庁記者クラブでは、
詐欺とか汚職などの知能犯を扱う捜査2課の担当だったせいで、
その後もそんな事件ばかり取材しました。
知能犯ですから、頭を使った犯罪なのですが、
動機はほとんどが「お金」。
その点では、大変わかりやすいのです。
理解不能と思った事件も、多くはありませんが、経験しました。
忘れられないのは、平成元年の「宮崎勤事件」です。
幼女4人の連続誘拐殺人。
オウム以前の、戦後最大の事件かもしれません。
ビデオテープで埋まった宮崎勤の部屋の映像を覚えている方も多いと思います。
実は、事件後あの部屋に初めて入ったのは私です。
宮崎勤が逮捕されたという一報で、
五日市町の彼の自宅に急行しました。
なんと、まだ警察官も来ていなくて、
3−4人の他社の記者が彼の両親を取り囲んで話していました。
そのうち、だれかが彼の部屋を見せてほしい、と言ったところ、
彼の父親はどうぞ、どうぞ。
母屋から彼の部屋には幅30センチほどの板が通路代わりに渡されていました。
幅が狭いので一人ずつ渡ることになり、
5,6人の記者でじゃんけん。
で、私が一番になった、というわけです。
部屋に一歩入ったときのことは忘れられません。
窓がなくて薄暗く、
四方の壁面がすべてビデオテープで埋め尽くされていたのです。
テレビとビデオデッキが3−4台あったと記憶しています。
そんな部屋は見たことありません。
まさに「理解不能」でした。
おそらく、あの部屋の映像を覚えておられる方は、
あのビデオはみんな、アダルトとか盗撮とかロリータとかそんな類のものだと思っているのではないでしょうか。
実は違うのです。
大慌てで、ビデオのタイトルを写したのですが、
ほとんどは「男どあほう甲子園」とか「ドカベン」といった、
ごく普通のアニメばかりでした。
その中に、おぞましい映像が入ったビデオも含まれていたのですが、
少なくともそれはごく一部だったのです。
なぜ、そういうイメージが伝わってしまったか、
については理由があります。
部屋の隅には、数十冊の雑誌の山がありました。
どんな雑誌かももちろん確認しました。
大半は、「GORO」「スコラ」です。
20代の男性としては、ごくごく普通でしょう。
その中に「若奥様の生下着」という漫画が1冊ありました。
ある民放のカメラクルーがそれを抜き取って、
一番上に重ねて撮影したのです。
それで、あの雑誌の山が全部、さらにビデオもほとんどがそういう類のものだという、
誤ったイメージが流れてしまったのです。
ま、犯した犯罪からすれば、そのくらいは誤解されても仕方がないかもしれませんが、
それでもやっぱり、事実とは違ったのです。
高校生逮捕の夕刊を見て、
そんなことを思い出しました。
(苦悶デスクこと・木村透)
記事そのもののは何故か消えてしまっている。(TOP:http://yomiuriweekly1.hontsuna.net/)
文章の一部で検索すれば、これを扱ったページが幾つも出てくるので、記事が存在したのは信用して貰えるだろう。
いったいどうなっているのか。
圧力でもかかったのだろうか。
この闇に葬られた言論と報道の格闘史を急に思い出したので、今日はこれを書いてみた。



