2008年01月27日

08/01/27

おはようございます。
布団から身を起こして障子を開けてみますと、ちらちらと雪が舞っているのでございました。外はすっかり雪をかぶって、一面の白。わあいわあいと、どこからか子供たちの声がいたします。
私の住む地方では、こんなにも綺麗に雪が積もることは珍しいのです。
身を刺すような寒さではありましたが、子供たちの歓声にうきうきとした気分になりまして、新しい雪駄をおろして庭に出てみました。ふんわりと積もった雪に足跡を残すのが、楽しいような勿体無いような気になりなりながら、家のぐるりを回ってささやかな雪景色を楽しみました。

家に上がり、朝餉の支度をしておりますと、よいことを思いつきました。今朝はオープンカフェと洒落込もう。せっかくの美しい雪化粧を堪能しない手はありません。
文机を庭に出し、御膳に朝餉を乗せて運び、座布団を敷いて座ったころ、空模様が少し重くなり吹雪いてきましたが、これもまた風流としばらく風の音に耳を傾けたあと、子供たちに負けないくらいの声で元気よく「いただきます」と叫んでおみおつけを啜りましたら、すでに薄く氷が張っていたのでした。
posted by ヨシノブ at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

08/01/24

今日は体育祭で、その実行役員をやっている同級生の或る女の子と休憩時間なんとなく一緒になり、それまであまり会話したことがない子だったが、どういうわけか肩を組んで二人で校地を歩くことになった。彼女は無邪気に笑っていて、私もそれに合わせているが内心落ち着かない。
学校を囲む金網に沿って歩いていると、彼女は私のブログを読んでいると言いだした。どうして私のブログを知っているのか。「ゆきひろの日記」という名前にしてブックマークに入れているという。なぜゆきひろなんだ。
戸惑いと焦りと多少の嬉しさで何も言えない私に、「だから、ほら」と彼女は巻いている赤いマフラーから一枚のパンツ取り出した。薄黄色で、透けている部分の多い、やや面積少な目のパンツである。「ブログに書いてたでしょう、パンツのこと」
恥ずかしいやら今彼女はパンツを履いているのやらでますます混乱する私は、彼女からそのパンツを手渡され、色んな嬉しさが一気にこみ上げてきた。
これは夢ではないだろうか。夢でなければ起こりえない状況だ。しかしこれは夢ではない気がする。だって寝ているわけではないもの。現に私はこうして生きて動いて呼吸して、空はどこまでも広がっているし道路には車が走ってい、背後には学校が聳え立っている。ブログにパンツの何を書いたか思い出せないが、こんなにかわいい女の子が私のブログを読んでいるうえに、微笑みながらパンツをくれるなんて、こんな夢みたいな嬉しいことがあるだろうか。
あるのだ。


だしぬけに私は布団の中にいる。どうしたわけであろう。私は学校に居て、今日は体育祭で、一緒に居た女の子が、あ、夢だ。
夢だったのである。
どうも腑に落ちないが、よくよく事実関係を調べてみるとこれは夢だったらしいのである。まず、私はもう学校に属していない。そして田村ゆかりは私の同級生ではない。ここら辺が崩れると、田村ゆかりがくれたパンツもなかったことになっているわけで、私としては実に認めがたいが、これは、夢だったらしいのである。
posted by ヨシノブ at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

今週の「男はつらいよ」

男はつらいよ 寅次郎のガールズポップ

いつものようにひょっこり柴又へ帰ってきた寅次郎。しかし寅次郎の知らぬうちに区画整理のため葛飾柴又地区全域は霧の街ロンドンへと移転していたのだった。寅次郎は柴又を追いかけロンドンへ旅立つ決意を固める。ところがコンビニから出てきたところを謎のUFOからアブダクションされてしまい、抵抗空しく宇宙人から豊胸手術を受けることになった寅次郎は観念して手術室へ向かうカートへ乗った。
「おいら、さすがにこの歳で巨乳になるたァ思わなかったよ。もしもおいらに何かあったら、おいちゃんたちをよろしく頼むぜ」
「もう、何言ってるのよ。手術、頑張ってね」
寅次郎の手を握り締め無事を祈るヒロイン松田聖子。寅次郎は手術室へと消えて行き、それから5年が過ぎた。

「あたしね、思うの。今すぐにでもお兄ちゃんひょっこり帰ってくるんじゃないかって」「気持ちはわかるけど、もう義兄さんはきっと…」前田吟がさくらにそう言いかけたとき、二人のうしろから声がかかった。「おう、何の話してんだい。ふたりしておいらの悪口かい」はっと振り向く二人。「…お兄ちゃん!」「義兄さん!」パー、パパラパララパー、パララーラーラ、パラララー。テーマ曲とともに寅次郎が現れた。「ついさっき手術が終わったんだよ」「もう動いて大丈夫なの」「おう、このとおりピンピンしてらあ」「本当によかった…」
夕日に染まったサバンナをバックに、さくらを安心させるようにそっと自分の胸を揉みしだく寅次郎。マサイ族が歌と踊りで祝福する。そこには寅次郎との恋を諦めマサイの青年と結婚した松田聖子の姿もあった。区画整理のため、柴又はイギリスからアフリカへと移転してたのである。



posted by ヨシノブ at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月20日

ブルースブラザーズ2000

やはりブルースブラザーズ2000の感想を集約するならば、「クラプトンが浮いてる」の一言に尽きるであろう。思わず「お前どこの兄ちゃんだ」と漏らした声も多いと聞く。次点は「電話のところのギターの人、腕が細い」であった。
出演者のマット・マーフィは、「キングやクリプトンなんかどうやって呼んできたんだ」と驚いていたが、私が最も驚いたのは、観終わってパソコンからDVDを取り出そうとボタンを押したら、「ガギョン、ジージージー」と音がしてDVDが取り出せなかったことだ。





posted by ヨシノブ at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

今週のお願い


黄色い自転車 青息吐息

太田市が11月から始めた自転車の無料貸出制度「みんなの黄色い自転車」が苦戦している。市内の拠点から、だれでも、いつでも、手続きなしで自転車を借りられるこの制度。放置自転車の有効活用と「ちょい乗り」盗難防止が狙いだったが、現在はほとんどが行方不明で、市側は頭を痛めている。(戸梶雄一)

 黄色い自転車は昨年11月21日、東武線太田駅など市内4カ所の拠点に30台を配置した。だが、市交通政策課によると、15日現在、拠点で確認できる自転車は3台だけ。残る27台は行方不明で、貸し出し不能に近い状態となっている。
 同課によると、自転車は制度開始早々から、返却されないケースが多かった。乗り手にロックキーをつけて駅前に置かれているのが見つかった例もあるという。
 小林忠明課長は「まずは行方不明の自転車を発見して、どんな防止策があるか検討したい」と話す。

(以下略)

http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000000801160003


行方不明になった自転車だけではなく、行方不明になった乗り手たちのことも探してあげて!
posted by ヨシノブ at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

萩原朔太郎詩集

萩原朔太郎詩集 河上徹太郎編  新潮文庫

もともと、どちらかといえば詩は苦手なので、やっぱりよくわからなかった。
「猫」や「旅上」のようなものはいいけれど、小難しいものになるといけない。そういうのは散文でやってもらったほうがよい。
町田康が萩原朔太郎を好きだという。(たしか、そのはず)





まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』


旅上

ふらんすへ行きたしと思えども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。
posted by ヨシノブ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(2) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

時には昔の話を

まず、お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行った。
すると川上からドンブラコ、ドンブラコと桃太郎が流れてきたんで拾って帰った。
帰り道にもう犬猿雉がいたからダンゴ食わせて家来にした。トントン拍子に話が進むもんだから、ついでにもう鬼が島行っちゃおうって事になって、鬼退治してから帰ってきた。
お爺さんはまだ山から帰ってなかった。


浦島太郎が海に行ったら、亀が子供にいじめられていたのでこれを助けた。
お礼に亀が玉手箱をくれたので開けてみたら、太郎は急激に老化した。


何度も嘘をついた少年は「狼が来た」と叫んだが誰も信用してくれず、みんなの前で狼に食べられてしまった。


「おめぇさんはいったい何がこわいんだい」「まんじゅうと熱いお茶が一杯こわい」
posted by ヨシノブ at 03:55| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

08/01/14

毎日胃が痛い。
会話を成立させられない。後ろ暗いことばかりだから答えたくない。
物言わぬ機械のように働きたい。無表情でいい。
心はいつも上の空、回想と空想で満たせていられる。
私の現在過去未来、いづれにも干渉しないでくれ。
毎日胃薬を飲んでいる。
posted by ヨシノブ at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

帰ってきた松本さん

2007年 12月 25日
松本さんが連行された!

「鍋をやるよー」と聞いたので、新宿東口のアルタ前の広場に今夜10時すぎに行った。

行ったら高円寺で顔をみかけた人がたくさんいた。まったりモードで鍋がぐつぐつ煮えはじめた。

「素人の乱」についてはこちら


そしたら警察がやってきた。
開口一番、「お前ら、何やってんだ!さっさと帰れ!」

「素人の乱」の店長の松本さんが、つい10日くらい前にドイツに行ってきて参加したという「反警察デモ」の映像をプロジェクターで壁にうつしはじめた。
7000人も参加してる。みんな真っ黒の服を着てハンブルグの路上を埋め尽くしている。
すごい…。

「これがドイツの反警察デモ!おっ そして彼らがニッポンの警察です。」って松本さんが言ったら、警察が松本さんをいきなりはがいじめにして、ずるずるとひきづり始めた。

素人の乱のひとたちが何人かで松本さんの体を抱きかかえて抵抗したけれどこらえきれず、松本さんは駅の前にある派出所のなかに拉致されてしまった。

「鍋やってただけだろ?なんで連行するんだよ!」
「松本さん返せ!」
「税金でこんなことやるな!」
って口々にみんな叫んで新宿東口は騒然とした。

20分間くらいそういうやりとりをしてるうちに、おまわり達が松本さんを厳重に取り囲みながら派出所から出てきて、松本さんはパトカーの中に押し込まれて、警察署に連れ去られてしまった。


警察が松本さんを連行するまでに迷いがなかったから、そうすることはすでに警察のプランのなかにあったんだと思う。

しかしほんとにびっくりしました。
だって、路上で鍋やっただけで警察に連れて行かれるって、ありえない。

去年私の誕生日のとき、下北沢の路上で座り込んで20人くらいでケーキ食ったりしたことがあったけど、警察なんて来なかった。下北沢路上解放戦線のパーティーだって、警察はちょっと来て苦情を言って帰るだけ。だから、「素人の乱」、松本さんは相当警視庁にマークされてる。今夜、「リーダーは誰だ!」って警察が言ってきたとき「みんな自主的にあつまってるだけでリーダーはいません!」ってみんな答えてたにもかかわらず、松本さんを狙いうちで連行してたし。

でも下北沢の運動やってる人たちも世田谷区からのマークのされ方はすごい(笑)。
今年の5月くらいのことなんですが、知りたいことがあったので区の用地課かどこかの部署に電話したら「すぐにはわからないからかけなおします」って言われて、「じゃあ電話番号を伝えます」って言ったら、「久山さんですね。知っているから大丈夫です。」って言われたことがある!
おいおい。なんで知ってるんだよ。


ともあれ、警察は松本さんを早く返せ!!!!!

http://urokogumo.exblog.jp/7819020/


警察に連行された松本さんはどうしているのだろうかと不安に思う方々の心中は察するにあまりある。私もまた、その一人であるからだ。鍋パーティを口実に反権力者を連行するなど前代未聞である。この国は、明らかに我々を潰しにかかっている。ならば松本さんへの蛮行は必然であった。彼の無事な帰還を我らが願うのもまた必然である。
そして今日、やっと朗報を届けることが出来る。とうとう松本さんが帰ってきたのだ。
(コメント欄の二つめに「約1時間後もどってきた」って書いてあることはストーリー上、無視の方向で)


マガジン9条 この人に聞きたい『松本哉さんに聞いた』その1
http://www.magazine9.jp/interv/hajime/hajime.php


マガ9はなんでこの手の人脈に厚いんだ! なんてことを今更言うのは愚かであるが、なにも松本さんなんていう人を引っ張り出さなくてもよかろうと私は思うのであった。もう少し問題のない人選を…。マガ9がアルタ前鍋パーティーをどう受け止めているか知らぬが。
それにしても、佐高信氏が唱えた「ダベシン」はどの辺りまで広まったのだろうか。マガ9インタビュアー氏もダベシン構想に及び腰の態度であるあたり、マガ9編集部での浸透さえも怪しい。佐高氏はマガ9発起人なのに。安部政権が倒れたこととダベシン運動の勝利はイコールではない。ダベシンに何が出来たのか。単なる金曜日仲間の小規模な内輪受けに終わったのではないか。私は気になって気になって、今でも時折ダベシンの名を思い出してしまうのだ。

マガジン9条 佐高信さんに聞いた
http://www.magazine9.jp/interv/sataka/index.html
posted by ヨシノブ at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月09日

今週の「ふたりはプリキュア5」

第32話「星に願いを

5人組のほうが漸くピンキー全55種を集めたころ、時を同じくして本家2人組のほうでも7個目のドラゴンボールを手に入れていた。これで日曜朝の30分を取り戻すのだと意気込むプリキュアのふたりは、偶然にも道端に落ちている8個目のドラゴンボールを手に入れる。ボールは7個しかないはず。不審に思って辺りを探してみると、その辺はドラゴンボールの群生地にでもなっているのか、出るわ出るわで集めたボールが計34個。ナメック星人が何を考えているのか知らないが、これだけあれば十分だろうと神龍を呼び出したプリキュアのふたり。しかし、ボールの数が多すぎて出てきた神龍はバグってしまう。「さあ願いをををををを、プーーーーーーーー」フリーズした神龍が放つ電子音が辺りに響き渡り、今期プリキュアの続編(2月3日より放映開始)を阻止できなかった初代プリキュアのふたりはがっくりと肩を落として家路に着いた。それはバグってハニーを物ともしないプリキュアの持つ不思議な力をも凌駕するバグであった。
posted by ヨシノブ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

藤沢社長の話 思い出の缶詰

長い間、この仕事で食ってるとね、そりゃあ色んなことありますよ。
ジリリリリンと電話が鳴るからとってみたら、「缶切りが缶詰の中に入っていて缶があかない」って言うの。そういうのは本来うちの業務じゃないんだけど、少しでもうちの名前を知ってもらうためにはさ、やっぱり少しでも多くの仕事をすることだと思うの。それにさ、困ってる人を見捨てておけないじゃない。
それでバッと外に出て。あ、「パッとでてバッとでる」というのがうちの社訓だから。パッと電話出て、すぐさまバッと駆けつける。徹底してますよ。間違い電話でも取りあえずバッと外出ますからね。
まあそれで、バッと外出たんですよ。その足で長いことご無沙汰にしてた「男船」っていうバーに寄ってね、マスター元気してる? って声かけながら入って。だってここのマスター、最後に会ったときカゼひいてたんだよ。もう元気になったか気になるじゃない。マスター元気になってたよ。オレの顔見るなり「ウオーッ」って声あげて歓迎してくれた。快気祝いに二人でウイスキー飲んでね、積もる話に花を咲かせたんだ。

そのあと、二次会でお好み焼き屋行ったんだよ。まだバーは営業時間なのに、マスターが客なんか来ないから行こう行こうって言うわけ。ズボラなんだよなあ。でも、そうやって行くだけあって文句なしの味だったね。これはまた必ず食べに行くから。マスターにはホントいい店教えてもらった。


酔い潰れたマスターおんぶしてバーまで帰って、ソファーに寝かして上着掛けてやってね、缶切り借りて、電話くれたお客さんのところへ行ったんだわ。
お客さん、缶詰手に持ってオロオロしてたよ。だからバッと缶詰とりあげて、缶切りでキコキコキコキコッ!ってすぐに開けてやった。
中身はね、パイナップル若い人にはパイナポーっていったほうが通じるかな。真ん中に穴が開いたドーナッツみたいな黄色い果物だよ。その穴のところに缶切りが入っていたよ。親切のつもりだったんだろうねえ。
とにかくお客さん大喜びでさ、こっちはお代さえもらえればいいのに、ぜひともパイナップルの汁を飲んでってくれって言うもんだからさ、有り難く頂戴したんだ。
甘い、甘い汁だったよォ。
posted by ヨシノブ at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月02日

ちぎれ雲

ちぎれ雲  幸田文  講談社文芸文庫


買ったはいいが読む気が失せてた本を放り投げてある箱を引っくり返していたら、出てきたのがこれである。いつ買ったのか覚えていないが、山本夏彦の伝手で買ったのであろう。
まだ始めのほうに栞が挟んであるあたり、一度手をつけて放り出したようだが、何故そうしたのか今はわからない。品があるが上品過ぎず、女らしいしなやかさがあって、腰の据わったいい文章だと思うが。あからさまなほどに示される露伴への情が当時は引っかかったのだろうか。
「雑記」の『侍は戦場の死顔の美しからんことを願って、氷を割って手水をしたものだそうだ』というのは、中学の国語試験に引用されていて当時印象深く覚えていたのを思い出した。


露伴の最期を看取った「終焉」に、私の父の姿を思う。

仰臥し、左の掌を上にして額を当て、右手は私の裸の右腕にかけ、「いいかい」と云った。つめたい手であった。よく理解できなくて黙っていると、重ねて、「おまえはいいかい」と訊かれた。「はい、よろしゅうございます」と答えた。あの時から私に父の一部分は移され、整えられてあったように思う。うそでなく、よしという心はすでにもっていた。手の平と一緒にうなずいて、「じゃあおれはもう死んじゃうよ」と何の表情もない、穏やかな目であった。私にも特別な感動も涙も無かった。別れだと知った。「はい」と一ト言。別れすらが終わったのであった。

私は私なりに年をとり、自身にそろそろ老いを感じるようになってきた。父の姿は既に老いの塊のようになっており、そろそろ明確な死を感じる。
我ら父子は、このようには終焉を迎えられぬであろう。私は露伴の終焉が半ば理想的に思え、半ば生温かい気持ち悪さを感じる。前者は一般的終焉に思うもので、後者は我らを当事者としてみたものだ。
私は父の体に触れるのも、触れられるのも嫌だ。そこにある心情的な体温や呼吸音や手触りを考えるのも嫌だ。私は生まれてからこれまでの経緯により、親子関係をドライに徹しようとしているが、徹しきれない部分で肉体の感触に生々しい息苦しさを覚える。また、我らの関係をドライにしようという意識に不自然をも感じている。
幸田親子のようになれないのも、彼らを気持ち悪く思うのも、親子としての徳を積んでいないせいのように思われる。

だが、幸田のように触れ合うのが本来我らに適していたとも思えない。彼らは彼らに、我らは我らに適した関係があって、よき終焉を迎えるためには、そこに向かって徳を積むことが必要だったのではないか。
我らが何処に向かうべきだったのかわからぬまま、父の生は残り少ない。
posted by ヨシノブ at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする