2007年09月27日

道徳の行方

友人の年の離れた弟が小学生のころに使っていた道徳の教科書を捲っていたところ、その話はあった。上段を挿絵に使い、下段に文章を載せた見開き二頁の話であったと思う。

いつもゴミを片付けてくれるゴミ収集車のおじさんに感謝の気持を伝えようと、小学生の一郎くん(仮名)はゴミ袋マジックで「いつもきれいにしてくれてありがとう」と書きました。

ざっとこのような話である。挿絵では主人公は使用前のゴミ袋何枚にも感謝の意を書き記していた。妹も手伝ったような気もするが記憶は定かではない。あくる日、字を見たおじさん思わず莞爾、くらいの後日談はあったような気もするが、その記憶も定かではない。
私の記憶がこの程度定かでないのはどうでもよい。問題は、いつまで袋にありがとうと書いたのか定かではない点だ。作中では触れていない。

最初は互いににこにこである。いいことしたなあ、と主人公。うれしいなあ、とおじさん。
やがて、である。主人公はにこにこしなくなる。いちいち書くのが億劫になる。最初は一枚一枚気持を込めてありがとうだったのが、十枚に一枚、五枚に一枚と、機械的にありがとうが混じり始めるはずだ。小学生なんてのは「毎日僕が散歩に行くから飼ってえ」と犬をねだっておきながら当初の宣言を反故にすることなど珍しくない「一時的に熱狂し、やがて冷酷なまでに飽きる生き物」である。大人でも珍しくないことだが、それは単に小学生の性質が抜けてない場合が多い。


自分だけで決めた「目標、毎日腹筋百回」。こんなことなら億劫になって止めてしまっても、平気も後味の悪さも自分のことだけで済む。だが、ゴミ袋にありがとうには、相手がいる。義務はない。止めるのは勝手。しかし、ある日ゴミ袋にありがとうを見つけなかったおじさんはどう思うだろう。
そこだ。私が一番読みたいのは、ありがとうが億劫になった主人公がどう葛藤し、どのようにありがとうを止めるのか、である。一生書き続けた、なんてのは目も当てられぬ御都合主義凄まじきファンタジーである。必ず止めるはずなのだ。
ありがとうは一回限りであったのだろうか。ならば次回、ありがとうを幾ばくか期待していて落胆するおじさんに対する心苦しさはどうやって切り捨てた、若しくは胸に留めたのだろうか。
後々になって、一度やって二度とやらないありがとうに対してどう思ったのだろうか。

作者(そして教科書に採用した選者)はこの話に何か見習うべき道徳があると思っている。生徒諸君も話のとおり直ちにペン持ちてゴミ袋に向かえ、と言いたいわけではないだろう。この話は何事かの道徳を託した一例である。だが、ここにその道徳を体現させているが故、この話のとおりにペンを持ってゴミ袋に向かわれたって文句は言えない。するとその先に待っているのは教科書にはない葛藤なのである。この葛藤に、どう答えるつもりであろう。私は一郎くんの道徳の行方が気になってならぬ。唯一の気休めは、この話は創作であろうから一郎くんも収集車に乗ったおじさんも実在しないであろう点だ。そして、気の休まらぬは、その行先も示さずにこれを道徳の範とする大人が確実に実在している点だ。
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07/09/26

頭痛がする。気持が悪い。
口の中に、長いの太いの短いの、クリーム色した芋虫を何匹も突っ込まれている様。脳がじりじりする。


5ヶ月前の話。
夜9時からやっているNHKの番組ニュースウォッチ。メインキャスターの柳澤秀夫は長崎での市長銃撃事件に「アメリカでの事件(つい先日起こったバージニア大学での韓国人銃乱射事件)を遠い国のことと思っていたが、日本でもこんな事件が起こるなんて」という旨のコメントをした。
二つの事件は全く別個のものであるし、共通点は銃を使ったことだけ。ヤクザが銃を持っていることなど誰でも知っているし、ヤクザの銃撃事件など年に何度かニュースになるではないか。何を驚くことがあるか。お前さんはニュースみてないのか、と思ってもう5ヶ月経つ。
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2007年09月25日

昭和恋々

昭和恋々 あのころ、こんな暮らしがあった  山本夏彦/久世光彦  文春文庫

買ってから二年くらい読まずにいたのは、何がしかの直感が働いたためであろう。
三部構成で、一部は山本、二部は久世のエッセイで、三部は両氏の対談。それぞれの割り当てが変で、一部五十頁、二部百五十頁、三部四十頁ほど。
エッセイはひとつごとに写真一葉があって、山本は写真見開き二頁と文章三頁、久世は写真一頁(たびたび二頁に及ぶ)に文章一頁の構成。
頁を贅沢に(余裕を持って)使ったと見るか、ボリューム不足と見るかで満足感がわかれるであろう。私は後者である。
私が一番読みたかったのは、対談である。山本も久世も、エッセイはそれぞれ単独の本で書けばいい。両者が一緒になって話をする機会はないのだから、ここが一番貴重なのに、単なる一項目に過ぎない扱い。それも、最初はどちらもやや硬くなって話しているのが、だんだんと和らいでいって興が乗ってきたあたりで、おしまい。
山本が何かでこの本について触れ、えらく素っ気なかったのが不思議であったが今ではわかる。
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07/09/24

胃が痛いし気分は悪い、寝たくても寝れず。
翌日には風邪の罹り始めの症状が出た。
そしてこんな夢を見た。

修学旅行で知らぬ土地に来ている。
どうみても観光地ではなく、無名な田舎町。
主要道路を外れると緑に輝く農地が広がっている。
自由時間なのだろうか、私はひとりで店だの事務所だのがゆるゆると並んでいる道路沿いを歩いている。
町には酷く不釣合いな、異質なものがあちこちに群れている。緑色の制服を着た不良たちだ。何故か彼らも修学旅行でやって来た者だとわかるが、私と同じ学校なのか他校の者なのかはわからない。近くを歩くのさえ危険に思われるような風貌であった。
私はどこに行こうとしているのかわからない。
町外れに向かって歩いている。交差点を超えた。家も店も徐々に少なくなって、代わりに田畑が広がっている。
交差点に面した四階建ての建物は、一階がコンビニになっている。それを背にして暫く歩いていると、突如、パコーンと乾いた快音が響いた。
とっさに振り向くと、コンビニの二階から窓を突き破って人が小さく山を描いて飛んで、頭を下にして道路に落ちた。血が広がるのがわかった。
またパコーンと鳴って、同じ様に人が飛んだ。今度は腹の辺りから肉の塊を三つ零した。
私には、例の不良のひとりがコンビニの二階に駆け上がって金属バットで殴り飛ばしたのだと瞬時にわかった。理由はなんだろう。二人はもう死んでいる。子供だ。子供が騒がしいという理由で酒に酔った不良が二階に上がって殺したんだ。何故か続々と私は理解してゆく。幾つかその時の様子が見える。
何事だろうと近くの家から不安げに出てきたおばさんに、私は見たものをもどかしく口早に伝えた。おばさんは怯えた。私も怯えていた。
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2007年09月22日

歩道に寝そべって

どんぐりを拾いに朝から街へ繰り出したはいいが木の実ひとつとて落ちてはおらず、殺伐とした無機質なコンクリートジャングルが人間を不気味な世界へ飲み込みつつあることに恐怖を感じ、歩道に寝そべって尻の穴も無防備にこのまま春を迎えようかと思ったが、棟方志功展に行きこれを見てきた。


芸術と持て囃しているが、あんなに崩れた草書体が何と書いてあるのかわかるのか。読めもせぬ文字に上手い下手がわかるのか。権威主義と右へ倣えの精神で平伏しているだけではないのか。
私がまだ集めたどんぐりの数こそが日本男子のステイタスであると思っていた小学生のころ、書に対してこのようなことを感じ、書を認めていなかった。我が子が書道家を志そうものなら「くたばってしまえ」と言わんばかりであった。
どんぐり拾いは別段男子一生の仕事というわけにも非ずと薄々気付く年ごろになって、漸く書の良さが自分なりにわかってきた。あれは何の字句が書いてあろうと、判読できぬくらいでは構わぬもので、肝要なのはデザインである。四角い白紙の上に、美となるまでに練り上げられた文字という形を、墨汁の黒で如何に美しく描き配置しているかをみるものであると思って現在にまで至る。

棟方志功の白と黒だけで構成された作の前に立って書と同じ事を感じた。釈迦十大弟子など特にそうで、限られた長方形の空間に収まった弟子のひとりひとりにそこに収まらぬ力があって、それが濃淡のない白と黒の二色と、素人目には斬新や型破りと言った語句とは無縁の衒いのない彫りで構成されていることに感心した。こんなデザインが出来る棟方志功はやはりすごい。これに気付いてからは書を見るようにデザインということに注意して見て回り、自分がこのデザインの何処の何をよいと思っているのか考えてみたが、言葉には出来なかった。いろは板画柵などはデザインの力がなければまったく面白くないはずのもので、こうやって見ていられるのは、見せられるのは、一体何事であろうか。只者ではない。


コンクリートジャングルのアーバンライフな一角に棟方志功展は在った。私はこの街を、憎みすぎていたのかもしれない。どんなところだって人が住んでいれば、そこには何かしらの人の心がある。心の灯火あるところ、何が不気味なものか。
私は飲み捨てられていたペットボトルの口を肛門にあてがい、ぐっと押し込んだ。何もどんぐりでなくたっていいのだ。中に残っていた炭酸飲料が直腸に流れ込む。ああっ、下っ腹がシュワシュワしてる。もう自分でも何が何やらわからないまとめの文章である。季節の変わり目です。みなさん風邪などひかぬよう、お体を御自愛くださいませ。
posted by ヨシノブ at 01:45| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月17日

貧乏で、仕事もないので死にたい

チエコと居酒屋に行って、馬刺しを食べた。子供のころに食べた馬刺しはちっともおいしくなかったのに、今ではおろし生姜を多めにして食べるのが好きである。チエコは今まで馬刺しを食べた事がなかっという。私はチエコから最初に馬刺しを食べたのはいつかと問われ、瞬時にその最初を思い出して答えた。
「小学五年生のとき。死ねばよかった」
意図せぬ死ねばよかったの発言に自分でも驚いてしまった。幸い私は発音が下手なのでチエコが後半を聴きかえしてきて、「なんでもない」と言葉を濁しておいた。小学五年というキーワードで当時に関わる嫌な事を瞬時に思い出してしまい、反射的に言ってしまったのだ。
死ねばいいのは本当だが、あまり人に言いふらすものではないし、なにより私は長年これを言い続けて今まで死んだことがない。死ぬのはこわいので、尻の穴にどんぐりを詰めて冬眠することで茶を濁そうと思う。
尻につめるより咽喉につめて死んでしまえばいいのは御尤である。



「死ぬ気が萎えるTシャツ」で自殺防止アピール  軸丸 靖子(2007-09-16 21:40)

 「絶望は希望の母」
 「運命の人と出会えるのは、これからだ」
 「貧乏で、仕事もないけど元気です」――

 すれ違うと死ぬ気が萎えるようなコピーが大書きされた白いTシャツを着て街を歩き、自殺防止をアピールしようというイベントが16日、東京都内で開かれた。10〜80歳代の約80人が参加。Tシャツを着て山手線を1周したあと表参道ヒルズを散策し、「死ぬより生きて」とのメッセージを街に発信した。

 コンサルティングやデザインを手がける(株)ポジメディア(オキタリュウイチ代表)が今年3月に立ち挙げた「自殺ZEROキャンペーン」の一環。

 9年連続で年間自殺者が3万人超という日本の状況に対し、「1年半で自殺者を3分の1から4分の1に減らす」という、一件荒唐無稽(こうとうむけい)な目標を掲げる。

 キャンペーンの作戦はシンプルだ。「自殺以外の問題解決策」の事例を集め、「生きテク」としてウェブで公開していく。定期的にフリーペーパーやマンガ版を発行するほか、イベントなどでマスコミに露出する機会を増やし、自殺を考えるほど追い込まれた人たちに問題解決の方法が届くようにしていく。

Tシャツイベントは7月に続く2回目。Tシャツ毎に異なるコピーは100種類以上もある。アーティストが考えたり、mixiなどで呼びかけて「これで救われた」という言葉を集めた。今後は電車の中吊り広告で、車内に「生きテク」を張り巡らすことも計画中だ。

(省略)
 オキタ氏は、社会問題を解決するための事業を目指す社会企業家の1人。1998〜99年には、キレる17歳といわれた世代を対象に、「ヘブンズパスポート」というキャンペーンを仕掛けた。良いことをするたびに1枚シールを貼り、100枚たまると願いがかなう、というもので、15万冊が売れた。

  「そのときに、わずか1〜2年だけれど社会は変えられるということを知った。今回の『自殺ZEROキャンペーン』で期限を1年半としたのもそのため。意図して働きかければ短期間でも社会は変わる。社会変革は起こせるんだよ、ということも、伝えていきたい」

 とオキタ氏。キャンペーンにスポンサーはおらず、ポジメディアの売上をつぎ込んでいるという。

(省略)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070916/15137


当然、私の感想は「よーし、死んじゃお」である。こういう運動で死ぬ気がなくなる人がいるであろうことはわかる。だが、なぜこの運動員らはこれで死にたいような気持になる人がいるのかわからないんだろう。
死ぬ死ぬ言って一向に死なない私はこの運動の対象ではないせいか、反発してしまう。馬鹿らしいもの。
善意の押し付けのようなものを感じる。我らは生きている、君も生きよ、というが、こんな生き方には全く惹かれないのである。こんな風に生きたくないのである。仕掛け人がヘブンズパスポートだと知り、程度の低さに納得した。でも生きるのはこの手の人々であって、そうでない私は嘲りや哀れみの目線を受けて惨めに死んでゆくだろう。

それにしても15万部売れたことの何が社会変革なのだろうか。

「日経エンタ」00年7月号に掲載された出版社別累計部数ランキング
http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Palette/1181/data.html



このキャンペーンのブログに行くともっと不愉快になる。


2007年08月28日

生きテクゲリラTシャツ100人隊リターンズ
生きテクゲリラTシャツ100人隊リターンズ
自分がメディアになる社会変革ツアー 参加者募集

噂のヤツラが帰ってきた?!?!
  
現在、年間3万5千人もの人が自殺しているといわれています。
1日にすると90人。
16分に一人、自殺しているという計算です。
本当はもっともっと、減らすことが出来るのではないか・・・??

と、いうことで、自殺ZEROキャンペーンは活動を始めました。
自殺ZEROキャンペーンでは、死ぬ直前から立ち直った人々の
方法、体験談を『生きテク』として公開します。

その『生きテク』を世に知らしめる機能も備えたポジTシャツ。
前面には"死ぬ気が萎えてしまう"フレーズが書かれています。

『自分が着て楽しむTシャツ』

  から

『自分がメディアになるTシャツ』へ。

このTシャツを着た自分とすれ違う誰かが、
今日、死ぬのをやめるかもしれません。

そんなすんごいポジTシャツを100人で着ちゃう、この企画。
NHKにも取り上げられた巷で噂のTシャツ100人隊第二弾!!

ちょっと、かなり、目立つ。
しかもなんだか、いいことをしているみたいだ。
・・・なんだかワクワクしませんか??


■日時 9月16日(日) 13:00−19:30 ※次の日はお休み♪
■場所 代々木オリンピックセンター
■参加費 3000円
(もれなくイケてるTシャツプレゼント!24時間TVチャリティー
Tシャツを作成している株式会社久米繊維さん協力製造の
定価3800円のTシャツです。)


*参加するメリット*
・ポジティブ&アクティブな人々との出会い。交流。
・ポジTシャツがもらえる。
・目立っちゃう☆
・社会変革していることを視線でビシビシ感じちゃう!


(以下略)
http://www.posi-media.net/zero/2007/08/

この「参加するメリット」を考えた奴とこれを読んでもなお集まってきた奴はどうかしている。ポジティブ・アクティブでない人との交流出会いはなくてもいいのか、というのは私の被害妄想だとして、目立っちゃう、社会変革していることを視線でビシビシ感じちゃうの件は軽蔑に値する。死にたい奴をネタに自分が気持ちよくなりたいだけではないか。「自分がメディアになる」とか「そんなすんごいポジTシャツ」とか「ちょっと、かなり、目立つ。」ときて「しかもなんだか、いいことをしているみたいだ」「ワクワク」ときた。
よーし、死んじゃお。
posted by ヨシノブ at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月15日

核兵器は必ずなくなる

中学生が核廃絶の署名活動をしたというローカルニュースをみた。参加した中学生が「難しいことかもしれないけど、いつか世界中の核がなくなってほしいです」と言い、それが平和につながるようなことも言っていた。当然、番組ではこれに異論反論のひとつもない。

軍事・科学・政治知識のない私だが、核はいつか無くなるのではないかと思っている。そのプロセスも明瞭にわかる。ただ何百年何千年先かはわからぬ。
無くなるのは平和故ではない。核に代わる兵器が出現するだろうからだ。核よりもっと効率的な兵器があれば、核に固執する理由はない。
核兵器は他の武器兵器とまったくの別種別系統別次元に現れたものではない。
はじめは殴ったり引っかいたり噛みついたり蹴ったり投げたりしていたのだろう。それが、棒きれでぶん殴る奴が出てくる。石を投げるやつが出てくる。槍で刺し槍を投げつける奴も出てきた。弓矢が出来た。いつやら人や家屋に火をかける発想も生まれていた。武器は武器として高められてゆき、当初腕力で石を投げていた我らは今や科学力でミサイルを飛ばすに至る。そして今、その頂点にあるのが核兵器である。核兵器は棒きれ石ころの末裔である。頂点を取り去ったらそのすぐ下が新たな頂点となるだけで総崩れになるわけではなく、兵器の開発は日進月歩するものだから、核を封じて一旦は兵器の山の標高を下げたつもりでも、やがては標高と体積を更に増す日が来よう。その日のことを誰が平和と呼ぶだろう。

アインシュタインはこのようなことを言った。「第三次世界大戦がどのように戦われるか私にはわからない。されど第四次世界大戦ならばわかる。石と棒を使うだろう」
兵器の開発が進んだ先の戦争では石や棒ほどしか残らぬくらいにあらゆる物が壊滅するだろう、というような意味の警句だとされているが、本人の真意はどうであれ、私がこの話に見るべきは第四次世界大戦が起こっている点だと思う。如何に恐ろしい戦争があろうとも、人々はまた石や棒を拾って戦争をするのである。おお、これはいつぞや見た光景ではないか。文明はやがて復興し、それに合わせて兵器もまた復活するだろう。戦場には戦車が走りミサイルが飛ぶようになって昔日の戦争もまた復活するのである。やがて核以上の兵器を持つ。だんだんと第三次世界大戦のような様相を呈してくる。
もしくは兵器を持つだけもって牽制しあう状態が続く。それを平和と呼ばぬ中学生が署名活動を行う。ニュースとなる。


このようなことを考えたが、どうか。
私の書くものは度々山本夏彦の劣化物となるが、今日は特にその色合いが濃いものとなった。


2007/10/1追記
アインシュタインの警句については、


「第二次世界大戦では原子爆弾が兵器として利用されました。第三次世界大戦が起こったら、どのような兵器が使われると思いますか?」というインタビューを受けたアインシュタインは、「アイン・シュタイン」(ein stein=ドイツ語で「石」の意)と答えた、というもの。 理由は「第三次世界大戦が起きたら世界が破滅して、人類は原史時代に戻り、再び石が兵器として使われる」為。(wikipediaより)

という伝わり方もあって、こっちが本当っぽいが話の主旨は同じなので今のところ特に訂正はしません。
posted by ヨシノブ at 01:38| Comment(20) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月14日

もう止せ、こんな事は。

毎年のように世界終末時計や環境危機時計がニュースで取り上げられるが、取り上げる価値はないと断ずる。あれは最初に世界の終末までを時計というデザインで表したところが唯一の価値である。環境のは二番煎じであり価値はない。
我々に時間は遡れない。
それなのに時計の針を進めたり、戻したりする。一喜一憂する。ニュースになる。くだらぬ。


庭の掃除をしていた一休のもとへ、新右衛門が青い顔をして駆け寄った。
「一休殿、助けてくれっ!」
「どうしたのですか、新右衛門さん」
「こ、これを見るのだ」
新右衛門が懐から目覚まし時計を差し出した。秒針が止まっており、時刻が正確ではない。
一休はその場で胡坐をかくと指をなめて即頭部を撫で回し、座禅を組んで木魚のBGMを流すと……。
「一休どの、まだ何も話してはござらん! とりあえず聴け!」
新右衛門は一休の肩を掴んで立ちあがらせると、「しっかりしろ」と一言云い話を始めた。

今日は将軍からゴルフに誘われている。しかも、みんなで持ち寄った弁当でおかず交換ながらお昼にしようという。そんな面倒なこと、と思いつつも商店街であれこれ悩みながら買い物していたらけっこう気分がのってきて、夜中の12時まで弁当の下ごしらえをしてた。朝の5時におきるつもりで目覚ましセットしたのだけど3時26分で電池切れの停止。目がさめたのが9時(117で確認)で、待ち合わせの時間は8時。
義満絶対怒ってるから、知恵を借りようと思って馬をとばしてきた。お願い助けて。

「というわけでござるよ、一休殿。何かよい知恵はござらんか」
一休は股間をぼりぼり掻きながら「ぽくぽくぽくぽく、ちーん」とやっつけると、時計の針を8時にした。
「はい、これでまだ8時だと言い張ればいいのですよ」
「もうそろそろ9時半だぞ!」
「でも現にこの時計は8時を指しているじゃありませんか」
「そんな屁理屈が社会で通用すると思うか馬鹿者ッ!」
新右衛門は一刀のもとに一休の首を刎ね飛ばしてしまった。



どうだ、くだらぬ話であろう。終末時計の針を進めたり戻したりしているのはこれとかわらぬ。
それなのに平和や環境問題という言葉がつくと何でも高尚なものに思えてしまう性質の悪い人間が少なからず居て、こんなものを報道し報道され有難がっているのだ。そこには正義があるつもりなのだ。私はそれを軽蔑し憎んで許容しない。


駅前で新右衛門を待つ将軍一行。
「ぬぬぬぬぬ、新右衛門めいったいいつまで余を待たせるつもりじゃ」
怒りのあまり痙攣している義満に声をかけられる家臣はいない。たのしい集まりのはずが重苦しい空気に支配されている。
そこへ朗らかな声が響き渡った。
「将軍様ーっ、おはようございまする!」
新右衛門がにこにこしながらようやく到着したのだ。家臣たちは安堵と怒りの篭った目で新右衛門を睨みつけ、中には刀に手をかけている者もいる。
「今何時だと思っているーっ!」
義満が怒鳴るも新右衛門は涼しい顔。
「ははは、何を怒っていらっしゃるのですか将軍さま。拙者の時計をご覧になられませい、今ちょうど待ち合わせ時刻の8時でござるよ」
「こん……ぐががががああああ!!」
義満は声にならない声をあげ、一刀のもとに新右衛門の首を刎ね飛ばしてしまった。


ほらみろ、新右衛門もこの通りだ。
posted by ヨシノブ at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

07/09/12 知らぬままでよい

都会では隣人の顔も知らないで生活していると眉を顰めて言う者があるが、私は隣人の顔を見ないで生活をしたいと声を大にして言いたい。が、隣に聞こえるので声を潜めてここに小さく宣言するにとどむ。

さっきまで誰かが座っていた椅子に腰掛けたときの気持の悪い温みを、私は人との「ふれあい」という言葉に感じる。私は老若男女問わず他人の多くが苦手である。何が嫌なのかと考えてみると、結局違う人間であるからということに尽きる。私とは違うことを違う基準で考えて違うことをしてきた人間。違うのは当たり前であるし人間というとどうも括りが大きくなってしまって具合が悪いな。要は同志ではないとでも言おうか。
私にはその志と実績の違いが多くの場合ひどく低級に思われたり立派すぎて近づけなかったり妬ましかったりして、ふれあいたくないのだ。
具体例を挙げようかと思ったが、あまりに言葉が過ぎてしまいそうなのでやめる。

傲慢な言い方をしよう。世の多くの他人を私は気に入らないのである。そんな奴らと毎日顔を合わせて生活してゆくなど気分が悪いだけである。社会は他人があって成る。他人を受け入れられない私は社会に受け入れられないわけであるが、私に社会から離れて暮らす力はなく、ならば、よーし死んじゃお、と思っても道理であるが、それを他人に言うと怒られたり見下されたりしてただそれだけなのは目に見えているのでずっと黙っている。だってそうだろ? 実家を出て一人暮らしすること幾星霜、あんなにも夢見た「隣人はえっちなお姉さん」「清純わけあり女子高生がお隣さん!?」「小学三年生とその若き母、美人母子家庭との心の交流。しかしいつしか心だけではなく……」「ひょんなことから部屋に転がり込んできた家出少女。僕らの拙い二人暮しが始まった」「助けた猫は猫又だった!? 恩返しのために人の姿になって俺の身の回りの世話すると言うが、所詮は猫。人間の生活をよく知らないから失敗ばかりで俺が世話を焼く羽目に。困ったもんだ。でも、いつからだろう。だんだんと俺の心がこいつに惹かれていったのは……」「自称宇宙人の女の子が僕に一目惚れして無理矢理同居! 実は彼女、とある星のお姫様で、二人の仲を引き裂かんとする王の手の者が次々と……! 地球の命運まで巻き込んで物語はますますヒートアップ! テレビ東京にてアニメ化決定!」等等のイベントは何一つ起こらない。
今日起こったイベントは、「買い物から帰った私が歩いてくるのを見るなり急に部屋に戻る隣の女」。こいつ外で電話かけてるところだった。私が部屋に辿り着くにはこの女と擦れ違わないといけなかったが、それを積極的に回避する行動力ある不良娘。そんなに私が嫌か。
この前にもう一つイベントあった。「買い物から帰った私が歩いてくるのに気づいても何故か洗濯機の前でボケッと突っ立ってる隣の女」。私が住んでいるのは部屋の外の通路に洗濯機が置いてあるアウトドア洗濯スタイルマンションなんだが、洗濯機がとうに動いているのに、なぜか洗濯機みて突っ立ってるんだよ、この不良娘の母親の老婆。なんか気まずいから引っ込めよ。娘を見習え。


嗚呼、私が夢見た憧れの隣人よ一人暮らしよ。
そは無謀なる幻想にしか咲かぬ花なのか。
風吹かずとも雨降らずとも、現の前に散る花なのか。


無残な現実から得るものなく心を痛めるばかりの私は、隣人の顔など知らずして生活したいのだ。私が知らぬ隣室のなかだけには、「えっちなお姉さん」や「体をもてあます若妻」の花が咲いていられるのだから。
posted by ヨシノブ at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

07/09/10

「ジュレをかけておしゃれメニュー」なんて書いてあるから、ジュレとは何ぞと思ったらフランス人の言葉でゼリーのことだと裏面に書いてあった。

「日本人のおフランス崇拝精神ったら酷いものだね。ちゃんと日本語でゼリーって書けよ」
「日本語じゃないじゃん。ゼリーは日本語で何と言うの?」
「……グリースみたいな食い物」
「グリースは日本語なの?」
「半分以上日本語になったじゃねえか。こうやって少しずつ日本語に変換して日本語として先鋭化させて完全日本語訳にするんだよ」
「じゃあそれをもっと日本語化すると何と言うの」
「……! カブト虫の食い物みたいなやつ! ほら、オール日本語化。ざまあみろ」

日本ハムクリスタルロースを見ながら独り言。あと一年くらいで死ぬかもしれん。
http://www.nipponham.co.jp/news/2007/0829_3/index.html
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2007年09月09日

今週の「ふたりはプリキュア5」

第20話「荒ぶる大地を鎮めよ! 日独伊三国同盟のわだかまりを捨てて!」

1999年8月のグランドクロスが今になって局地的な異常プレート運動を引き起こし、イタリア半島が絶妙な沈下と隆起を経て卑猥な男性器の形になってしまった。あまりの形に世界中でパスタ不買運動が起こり、長靴株は暴落。国外脱出するイタリア人が続出した。イタリア政府からの要請を受けたプリキュアのふたりはプレートを押したり引いたりして人為的に地盤の沈下と隆起とを引き起こし、半島を卑猥でない男性器の形に仕立てあげた。みんなもうそれでいいやと思った。プリキュアの持つ不思議な力を使うとこんなこともできるんだね。
posted by ヨシノブ at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月07日

「悪魔祓い」の戦後史

「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任  稲垣武 文春文庫

ソ連万歳や中国万歳北朝鮮万歳全共闘万歳等を唱えた進歩的文化人の呆れるような言論を集めただけではなく、『できるだけ、その言説がなされた時点でもこれこれのデータや情報が入手可能であったにも拘らず、彼らの言説がなぜ錯誤し歪められたかという考察をしたつもりである』という事後法で裁くような真似をしていない点がよい。
進歩的文化人が狂信的に讃えたソ連や文化大革命や北朝鮮などの神々は、その実態を暴露され論理の矛盾を衝かれ、今や零落しつつあり、または零落した。落ちぶれた、否、正体を現した狐狸の類に信者は一部変わらぬ信仰を奉げているも、なかには変わり身するものあり、頬かむりするものあり、甚だしきは『言論の責任をとることになってくれば、言論の自由なんていうものは保障できないんですよ』(羽仁五郎)と言う。信者を装って未来の統治者と見込んだ神に媚を売るものもいた。
よくないことに、怪しげな神々は次々現れて尽きることがない。
そもそも、この世に妄信に値する神などいるのだろうか。いると思うが悪魔に憑かれる前兆である。

余談だが住井すゑも羽仁の同種だ。(住井は本書に出てこない)
戦時下、四十を過ぎた頃の住井は「戦争はありがたい。戦争は勝ちの標準を正しくしてくれる。そして、人間の心に等しく豊かさを与えてくれる」「無敵皇軍を不穏だなんて言った腰抜野郎、今こそ出てこい」の類を書いた。そう書かざるをえない時代だったのだろうが、「ほほほ……、何書いたか、みんな忘れましたね」「書いたものにいちいち深い責任感じていたら、命がいくつあっても足りませんよ」(Ronza 95年8月号)という姿勢で反省も釈明もないままに反戦作家として名を成した。(呉智栄「危険な思想家」)

山本夏彦は何度も云った。(この人は何にしても何度も云う人であった。万古不易を云いたかったのでそうするしかなかった。私は何度でも山本の言を引用する。他の本をろくに読まぬからそうするしかないのである)
新聞は次に来るべき国難に際して再び三たび国民をあやまってあらぬところへつれ去るだろう」と。新聞を進歩的文化人に言い換えても通用するだろう。むしろ新聞と進歩的文化人はべったりであり同じであり個人名のない進歩的文化人みたいなものである。

月刊誌WiLL2006年8月号の匿名コラム天地無用には「誤用」というタイトルでこう書かれている。
『新明解国語辞典』第六版は、暴く、という日常用語の持つ意味を、意図的に隠そうとしている他人の悪徳・非行や、ともすれば多くの人が見逃しがちな欠陥などを、遠慮なく人びとの前に示す言語行為である、と行き届いた解釈を示す。
(中略)
稲垣武は『「悪魔祓い」の戦後史』で、過去に公開されて周知の、知識人やジャーナリストの誰も隠すべく工作してはいない言説を、正確に引用し記録したのであり、この研究を不快とするらしい姜尚中(『論座』五月)が、過去の発言の「行状」を暴いていくスタイル、と罵ったのは日本語の誤用である。
(以下略)

「必ずや名を正さんか」と孔子は言った。名は言葉であり論理である。暴くの一語にしても思想にしても、名を正すことが魔除けとなろう。





・黒文字部はそれそれから引用
posted by ヨシノブ at 11:05| Comment(1) | TrackBack(1) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月05日

今そこにある危機

私の知人には志村けんによく似ている男がいる。
どのような志村かというと、コントで真面目なサラリーマン役をやっているときの志村である。
私はたまに会う度に「あ、志村」と思う。勿論彼の前で志村ドリフ関係の話はしたことがない。
会う人会う人がみな「あ、志村」と思っているはずで、彼の周囲に波紋のように「あ、志村」の思念が広がる様を思い浮かべると不思議な気持になる。
彼の名前は志村けんではない。
仮に田島とする。

私が危惧しているのは、もし彼の後ろから斧を片手に生首を腰にぶらさげた人食い鬼が迫ってきたときに「田島、後ろ!」と注意を促がすことが出来ないのではないか、ということだ。彼は志村けんより幾分年若い程度で、常に現状の志村に似ている羽目となるため、だいじょうぶだぁが放映されていたころには近所の小学生から「あ、変なおじさん」「ひとみ婆さん」「パイのパイのパイ体操」と何度も言われたことだろう。バカ殿放映翌日には「あ、殿」である。「あ、タケシムケン」と指を指されたこともあっただろう。彼はその度に小学生を杖で殴りつけ、サーベルで刺し、刀で首を刎ねたのだろう。スイカも嫌いだろう。相手が石野陽子似であったため泣く泣くあきらめた恋もあっただろう。

志村けんが全身を貫く深く癒えぬ傷となっている田島に「田島、後ろ!」などと声をかけたら、彼はどんなに怒り狂うことだろうか。志村がついぞ見せたことのないような憤怒の表情となって、周りのことには目もくれず私に飛びかかかるはずである。後ろには鬼が迫っているというのに。
さしもの田島といえど相手が鬼とあっては分が悪い。後ろから襲われてしまいましては忽ち食い殺されて、それなりけりとなりました。
人々はようやく声を大にして言うのです。
「田島さんは、志村けんに似てるよね」と。
鬼の腰に下げられた、田島の生首を見ながら。
posted by ヨシノブ at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月03日

07/09/02

民主党の青木愛参議院議員が大変なことになっているというので調べてみたら、こうなっていた。

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なんとひどいいじめだろうか。
こんなことをするのはどうせ自民党だろう。青木さんは小沢さんに相談して力になってもらうとよいと思う。


猪を狩ろうと山に篭ってみましたが、猪って何処の山にでもいるわけじゃないんですね。
全然見つからなかったのでカナブンを取ったり蝉の抜け殻を集めたりしていました。
すると、「ヨシノブさーん」と声をかけられたのでそっちを見ると、少し背の低い私がいました。頭のてっぺんが私の胸の辺りまでしかありません。小ヨシノブはニコニコと笑っていますが、確実に怪しいと思いました。
すぐに、何かが山の斜面を下ってくる音が聞こえたので見上げると、小ヨシノブの上から大きめの私が降りてきました。私の頭が彼の胸の辺りまでしかありません。大ヨシノブは小ヨシノブの隣に立って私を睨んでいます。
私は大小の私に連れられて一軒の山小屋に行きました。もちろん逃げたかったのですが、こわくて逆らえませんでした。
そこでは木の実や茸の汁などを出され、空腹だった私は、これは天の助けなのではないかと一瞬思いましたが、ふたりがあまりにも私の顔をじっと見ているので、何かはわからないがそういう有難いものではないな、とすぐに思い直しました。
食事が終わると眠くなりました。小ヨシノブがニコニコと部屋の端に布団を敷いて寝ろと促します。私はそこで寝ることになりました。ふたりは会ってからずっと同じ表情で、小の最初の一声以外は黙ったままです。

夜中に息苦しくなって目がさめました。
薄く目を明けると、ふたりが私の顔を無表情で覗き込んでいました。私は何も気づいていない振りをして目をつぶりました。疲労からまた眠りに入り、次に目覚めると朝になっていました。

目が覚めると、小屋には誰もいませんでした。
あのふたりはどうしたのだろうと思ったのも束の間、体中がむずむずするのに気がつきました。口も鼻も耳もむずむずします。両腕を擦ると、少しぬるぬるしてきました。変な物にかぶれてしまったのだろうかと思って手の甲に目を近づけて見てみると、長さ5ミリくらいで太さ1ミリほどの何かが幾つもべったりと張り付いています。小さくて細くてよく見えないけれども、私は本人なのですぐにこれが無数の私だと気づきました。
それが、体中に張り付いて微かに動いているのです。
口鼻耳の中にも、私が入り込んでいるのでした。私たちが目の淵でもぞもぞ動いているのが伝わってきます。眼球の上に乗ろうというのです。私はあわてて目をつぶり顔中を擦り、唾を吐いて口中の私を追い出しました。
再度目をあけると、いつの間にか例のふたりが小屋の中にいました。小ヨシノブは私を睨み、大ヨシノブはニコニコと笑っていました。
これが、今年の夏休み思い出です。気味が悪かったです。

青木議員の話に戻るが、犯人は自民党じゃないかもしれない。これって実は怪奇現象や呪いなのかもしれない。ああ、やっぱりそっちだわ。一度そう思ったらそうにしか見えなくなってきた。こわい。串刺しにした生首のつもりなんだこれは。3枚目には小沢さんの写真もあることだし、小沢さんと話し合ってお祓いに行ったほうがいい。私もこの画像をお祓いすることにする。なんか大変なことになってきちゃったな。こわくて眠れん。みんなも気をつけてください。
posted by ヨシノブ at 03:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする