2007年08月31日

未来形ロボット

せっかく夢の未来世界21世紀になったのに、子供のころに思い描いた未来世界にはちっともなってない。
そう嘆く人たちに朗報である。ようやく21世紀にエンジンがかかってきた。


深センの研究者達が本場の中華料理を調理する世界初のロボット開発に成功したと深セン特区日報が伝えている。「愛可」と名付けられた調理ロボットは8日深セン繁興科技公司の研究者達と共にお披露目され、4,5分で調理をするデモストレーションを行った。

始めに、調理に必要な材料を冷蔵庫のような姿をしたロボットの中に入れる。ロボットはバーコードでデータを読み込んだ後、材料を中華なべに入れ炒め始める。その様子はまるで本物のシェフが炒めているかのように材料が宙に舞い、5分後には料理ができてしまうと同紙は伝えている。4年の歳月と2千万元(250万USドル)を費やし開発された「愛可」は、1000種類もの中華料理を調理することが可能だという。

ロボット工学の専門家であり、また中国工程院(Chinese Academy of Engineering)のアカデミー会員でもあるCai氏はこのロボットを見て、間違いなく世界初の調理ロボットであることを確認した。

深セン繁興科技公司のエキゼクティブディレクターであるLiu Xinyu氏は「愛可」は人間の動きを真似ることができると話した。ロースト、揚物、煮物、蒸物など何でもできてしまうという。また、「愛可」は中華料理に独特なチャーハンやなどの調理方法もマスターしている。

「愛可」は今月12日から深センで開催される第8回ハイテックフェアで公開される予定。大規模な生産は来年の後半から開始される。

(シンセンスクエア
http://sz-square.net/news+article.storyid+51.htm


ほらできたよ料理ロボット。
ガメラ対宇宙怪獣バイラスで、バイラスの宇宙船には「○○」というと瞬時にその○○を出してくれる機械が出てくる。(食べ物限定だったかもしれぬ)
劇中、バイラスに攫われ宇宙船に軟禁された子供二人組がバイラスをぶっ殺してやろうと武器の入手を求め、件の機械にポン刀寄越せと命じるも出ず、浅知恵働かせて林檎をくれと命じる。丸ごとの林檎と、それを切るためのナイフが出てくると考えたのだ。果たして出たのは既に切り分けられし林檎。機械には教育的配慮があった。計画頓挫し失意に沈んだ子供らは「おい、酒と牛筋の煮込みをくれ」「こっちはイカぬただ」と機械に命じ、飲んで飲んで飲まれて飲んで、飲んで飲みつぶれて 眠るまで飲んで、やがて子供らは 静かに眠った。ガメラはとうとう来なかった。
このガメラ映画を観ていた子供の私は、なんて素敵な機械だろう、これがあったらラーメンを好きなだけ食べたい、いや、ラーメンだけではなくあれもこれも食べたい、とかなり本気で思った。もしかしたらこんな未来が来るのかもしれないと、少し本気で思った。
来たのである。バイラスのそれには劣るものの、現実的に可能な範囲でかなりの未来を実現出来ているのではないか。
今になって気づいたが、世に溢れているレトルト食品やカップラーメンの類というのは、よくよく考えればかなり未来的な代物である。しかし、あって当たり前になってしまって有り難味がない。夢がない。待ち焦がれた未来に到達してしまうことに、少し寂しくなった。
posted by ヨシノブ at 03:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月30日

香川の異常な愛情

香川県にはうどんしかないと皆が口々に言う。本当だろうか。
香川人に問いただしてみると、そばもあればラーメンもあるという。うどんが強いとはいえ、麺類の共存が成り立っていることに安心したのも束の間、香川人の悪魔的な一面をみてしまった。
香川人は「香川の作法を教えてやるけん」と言って私を家に招いて調理場へと案内し、うどんを作り始めた。香川の家庭にはうどん用の調理場があるのが一般的で、他県に住むと住宅事情で苦労するのだという。それほどうどんに力を注いでいるだけあり、それはそれは見事なうどん捌きで、私には湯切りされるうどん玉が白いチュチュで激しくも優雅に舞うバレリーナに見えた。
やがてどんぶりにかけうどんが舞い降りた。これがうどんなのか。麺は危ういまでの艶を放ち、私を誘うように緩やかに曲がりくねって絡みあっている。つゆはキリッとした薄色で、どんぶりのどこから口をつけて飲まれても構わぬという気迫が静かに満ちている。
テーブルまで待てずにその場でうどんに喰らいつく私を見ながら香川人は、「香川はうどんのゆで汁の賜物がーす」と言ってニヤリと笑った。

初めて本物のうどんの味を知り、ほとんど呆然としている私に香川人は「今度は天そば作ってやるけん」と言った。これだけのうどんを作る香川人がそばを作ったら、それもさぞかし美味かろうと思って私は大いに期待した。香川人は私にテーブルで待つように言い、調理場に消えた。しばらくして運ばれてきたそばは期待にそうものではなかった。私は初めて見た。コーヒーカップに入った天そばを。
「これが、香川の作法なのですか」
「おう。そば如きがどんぶりに入ろうなんて生意気な真似は、香川じゃ許されんけん」
私は呆れてチンマリと白いカップにおさまっている天そばを見た。エビ天が一本、ストローのようにカップに突っ込まれて尻尾を出している。スーパーで買ってきた残り物らしい色艶だ。めんもつゆも、先ほどのうどんを作った人間とは思えないほど、精彩がない。おまけに、ティースプーンで食べろという。訝しがりながら、まずはつゆを啜ってみる。ちょっとぬるいし、味が薄すぎる。スプーンでかきこむ様にしてエビ天に齧りついてみると、芯がまだ冷たい。きっと冷蔵庫から出したばかりの、残り物のエビ天なのだ。つゆがぬるいわけである。つゆと一緒に麺を口にする。茹ですぎていて、まるっきり噛んでいる感じがない。
「どうだ、そばはまずかろう。うわははははは」
私の胸のうちにはふつふつと怒りが沸いてきた。うどんを愛することは、他の麺類を蔑むことではない。うどんだってこんな偏愛を望んでいるわけではないはずだ。これではラーメンもスパゲッティーもどんな扱いを受けているかわかったものではない。
「ひひひ。うどんや、うどんが一番偉いけん。ひーひひひ。うどんの海に溺れたーい」
私は少し黙らせてやろうと思い、その辺にあったクッションを投げつけるために手に取った。しかし、そのクッションの感触に違和感を覚え、何となくジッパーを開けて中身を見てしまった。昂っていた怒りの熱は引き、恐怖の寒気に変わった。中にはそば殻の替わりにうどん粉が詰まっていたのである。
香川人を見ると、恍惚とした表情でうどん玉に頬擦りしている。視線は中空のあらぬ場所を彷徨い、瞳は妙にギラギラしていた。呟いている言葉はもう私に向けられたものではない。
「……うどんの壁、うどんの夜、うどんの獣、うどんの空、うどんの島、うどんの家、うどんの顔、うどんの土、うどんの雨、うどんの指、うどんの群れ、うどんの体、うどんの染み、うどんの虫、うどんの耳……」
私は香川人の視界になるべく入らぬように息を潜めてゆっくり外へ出ると、一目散に自宅へと逃げ帰った。


それから3ヶ月が経った今日、香川人からこんな葉書が届いた。

残暑厳しい日が続きます。拙宅にて素麺で涼をとりませんか。もちろん冷やしうどんも御用意します。

もちろん私は行かない。
そして宇都宮人からも「自慢の餃子を焼くからビールを飲みにこないか」とも誘われているが、断ろうと思っている。
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2007年08月29日

和中折衷

世界陸上、テント撤去でホームレス支援者ら抗議

 世界陸上選手権の開会式があった長居陸上競技周辺では25日、大阪市にテントなどを強制撤去されたホームレスの支援者ら約80人が反対集会。

 今年2月に競技場がある長居公園で所有物を撤去された男性(51)は「市は目障りな存在としてホームレスをごみのように排除した。世界陸上を口実に住居と生きる手段を奪われた」と訴えた。

 集会後、支援者らは競技場周辺をデモ行進。「強制排除を許さない」「世界陸上への税金の無駄遣いをやめろ」などとシュプレヒコールを繰り返した。


(2007/08/25 20:20)
http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/070825/wdi070825004.htm




人権はどこ?ホームレスは山に“捨てる”残酷役人、後を絶たず―中国

  2007年8月26日、1人の民政役人が上級機関による町の衛生検査の際、町の印象を良く見せたかったがために道端で物乞いをしていた1人の男性を車で連れ去り山に遺棄、結果この男性が死亡するという事件があった。

現在、中国のある地域ではこのような例が後を絶たないのだという。民生局は物乞いをする人々を社会の邪魔者とみなしており、彼らを“減らす”一番簡単な方法として、夜中にこっそり車で連れ去り、山に、或いは隣の県に、まるでゴミを外に投げ出すかのように“捨てて”来るのだ。

しかし、地方政府には国務院が定めた法に従って、こうした社会の弱者を救済する義務がある。さらに、「中華人民共和国憲法」に基づき、法律上の地位と人格尊重において、全ての公民はたとえどのような生活をしていようとも平等に扱われるべきである。本来彼らを保護する立場にいるはずの公務員によるこうした遺棄事件は、決して容認されるべきものではない。(翻訳・編集/BA)


http://www.recordchina.co.jp/group/g10846.html


役人がホームレスをゴミみたいに扱うなんてヒドイ、と主張したら、お隣中国ではもっと本格的にゴミ扱いしていた。それも不法投棄。
私は今これをもとにホームレス問題やその周辺の人々や中国について論じるつもりはないし、ここから問題点を挙げるつもりもない。
しかし、取り合えずこの日中ふたつのニュースから折衷案として「役人はホームレスをゴミ扱いして暴行を加える少年たちをゴミのように山に捨てる」を提案する。




写真:大阪市がホームレスをごみのように排除しているところ。

大阪民国ダメポツアー
http://www.osaka-minkoku.info/osaka/osaka39-05.htm
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2007年08月26日

07/08/26 全身に細かく鳥肌が立つ。

私の住んでいるマンションは一般的な造りで、各部屋が直線の廊下に沿って並んでいる。そして、風呂場は廊下に面している。つまり、風呂場の小窓は廊下に面している。小窓はたいたい私の頭の高さにある。

部屋の片付けをしたいのだが、どこから手をつけていいのかわからない。取り合えず押入れを整理することにした。捨ててよい古雑誌がいくつか出てきたので、ゴミ捨て場の雑誌収集日の確認をしようと外へ出た。
ドアを閉めて、歩き出す。前を見ている。視界の右端で、隣の部屋の風呂場の小窓が明るくなっているのを捉える。よくあることだ。ただ、いつもと違って窓が開いていた。顔があった。
反射的にそっちを見てしまった。平安時代の中年女性らしき人物が呆気に取られたような顔でこっちを見ている。多分、私も同じような表情をしていたと思う。これがどういうことか把握するよりも一瞬はやく、全身に鳥肌が立った。

今冷静に思い出してみると、隣は老婆と中年男と二十歳前後の女の三人住まいである。ここの若い女はたまに髪を染めたりなんぞして少々不良じみていて、化粧もそういう具合である。私が見た平安人は化粧を落としたこの女ではなかろうか。そういえば髪も黒々としていた。老婆ではない。

うら若き乙女に何と破廉恥なことをしてしまったのだろう。何という辱めを与えてしまったのだろう。私はお腹が空いて無性に焼きそばが食べたい。
posted by ヨシノブ at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

07/08/25

またしても怖い話を読んでいて眠れなくなる。なにせ今回は読んでいる途中で台所からガタッと音がしたのがいけない。普段はこんな音などしないのである。ああ、もうダメだ。幽霊でた。呪われる。
振り返れば何者かがこっちを見ているだろうし、カーテンを開ければ窓の外に誰か立っているだろう。写真を撮ればあらぬものが写りこむだろう。こんなことを書いていたら余計にこわくなってきた。
魔除けのために全身に御経を書いてみたが、背中まで手が回らない。仰向けになっていれば大丈夫だろうと思って寝ていたら、落ち武者の霊がやって来て私をひっくり返すと背中の肉をべりべりと剥いだ。
痛いが声をあげるわけにもいかぬ。声を殺して痛みに耐えていると、落ち武者は背骨やら臓器やら毟り取り始めた。この野郎、わかってやってるだろ。私は意地になって黙って肉を毟られた。いつの間にか気を失って、気付いたころには死んでいた。背中が寒くて困る。
ここまで書いていたら、かえってこわくなくなった。でもやっぱり死んでいました。
posted by ヨシノブ at 05:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月23日

(ピシャン)

「見てみい、これがわいのチンポや!」
「まあ、わりとちいさいわ」
「ほんに、小振りで皮かむりじゃ」
「ちょっと待って。ただちいさいだけじゃないわ。なんというか、こう……」
「まるで黒人さんのナニだべ」
「おう、小さいのに雰囲気だけは巨根じゃわい」
「大艦巨砲主義時代を思い起こすな」
「ふむ、通常では考えられない現象だね。小さな物体が斯くも大きな存在感を放つとは。僕のデータによると学会にもそんな報告例は皆無だね。いや、待てよ。1942年10月26日に開催されたストックホルム賢者会議で発表されたものの、あまりに奇抜な内容だったため嘲笑され、議事録にも残されなかったという淵神公爵の研究報告論文が確か……」
「ふはははは、ハカセのあだ名は伊達じゃないってわけだな。そうだ、こいつが淵神公爵が生涯追いつづけたブツそのものだよ。俺もこんな身近に隠れているとは思わなかったがね」
「マント、あなた何か知っているの」
「マント、わいのチンポについて知ってることがあったら教えたっとくれ! たのむ、この通りや!」
「やめねえか! チンポを触らせるんじゃねえ!」
「そうじゃ、お前が思っとるほど、お前のチンポは有難いものじゃないんじゃ」
「いや、ダイハチくん、そうじゃない。彼の言うとおりこれが淵神公爵の研究していたものならば、これは国家規模の大問題だ。第三次世界大戦ハゲイチくんのチンポを巡って始まるかもしれないんだ」
「な、なんやて! わいのチンポがWWVの引き金になるやもしれんやと!」
「なるほど、しからば記念に触っておこう」
「こらグンジ、そないな触り方をしてええのはマコちゃんだけや!」
「あたしはそんなことしないわよ、エッチ!」(ピシャン)
「おいおい、揉め事はよすべ。マントの話を聴くべや」
「そうだ。何故君がこのチンポについて知っているのか、何を知っているのか、詳しく話しておくれ。このままでは僕の学究心がおさまらない」
「そうじゃ。独り占めはずるいぞい」
「ふふふ、タダでは帰してもらえないってことか。いいだろう、話してやる。まずは、なぜ俺が知っているかだったな。簡単なことさ。淵神公爵こと淵神瑠璃彦は俺の爺様なのさ」
「なんやてぇー!」


夏のギラつく太陽の下で事態は急展開を迎えた。
ハゲイチのチンポに隠された秘密とは一体何か。ついに謎の風来坊マントの過去が明かされるのか。
次回「快男児! 淵神瑠璃彦伝」。


「ハカセ〜、今日も日本一の話おしえて!」
「よし、いいだろう。今日はスケールアップして世界一の話だ。静岡県はタカアシガニ飼育時間世界一の記録を持っているんだ」
富士山は偉大ね。じゃあ来週もまた見てね。バイバーイ」
posted by ヨシノブ at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月21日

07/08/21

私も食べ物のことを書こう、と思ったはいいけれど、この一週間というもの名も知らぬ樹木の根っこを齧ったりしゃぶったりしているばかりで昆虫並みの食生活である。さすがに一日何度か体がふらつき倒れこみそうになる。映画トレインスポッティングの薬物中毒者が赤いカーペットの敷かれた床に沈みこむ幻覚のような感じである。
これは死ぬ。

私は戯れに己を老荘の徒と称することがある。
そして荘子にこんな話がある。


フルカウント満塁である。
「勝負だ、星くん!」
花形のバットが天を指す。
(花形…!)
飛雄馬の顔を汗が伝う。
「勝負ダ、飛雄馬!」
オズマのバットもまた天を指した。
(オズマ…!)
飛雄馬は顔の汗を拭った。

バッターボックスの右に花形、左にオズマの布陣は、名将三原脩が三年山に篭って編み出した対星飛雄馬の秘策であった。この一分の隙もない作戦を用いても尚、三原の顔は険しいままである。

「投手追加、里中智!」
落合博満が叫んだ。リリーフカーに乗って里中がマウンドに駆けつけた。
「星さん、僕も投げます」
「里中くん! よし、これで二対二だ。やれるぞ!」
がっちりと握手を交わす二人にニヤリと笑った落合はまた叫んだ。
「続いて、沢村栄治!」
天から一条の光がマウンドに差し、UFOから降りてくるみたいに沢村栄治が降臨した。
三原がよろめいた。一番恐れていたのは沢村の起用だったのだ。
(落合、やはり死者復活の術を……!)

「くらえ、超リーグボール1号!!」
三投手から放たれた白球は螺旋を描いて絡み合うように疾った。空気抵抗でボールは発火し、高速運動によるなんとか現象で軌跡は虹色に輝いた。ボールの周囲の空間が歪み、打者の遠近感を狂わせる。空気とボールの摩擦は殺人音波を発した。ギュイーン!
三原は駒田に寄りかかりボールを睨んだ。
(いかん、花形とオズマといえども、この球は…!)

(星くん、君が如何なる球を投げようとも構わない。だが、もう少し正々堂々と戦ってほしかった)
(アレガ、沢村栄治ト里中…。ヨウシ、アトデ握手シテモラオウ)

ギュギュギュギューン!
三つのボールがついにバッターの間合いに入った。花形オズマのスイングが一閃する。
ブブーン!
空振りだ!
「あかん、やってもうたっ!」
「オーウ、ミステイク!」

「や、やった! 沢村さん、星さん、やりましたよ!」
「ああ、俺は今猛烈に感動している」
「もう一度野球が出来て、よかった…」
「さ、沢村さんっ!」
「体が…!」
沢村の体が光を帯び始めていた。再び天から一条の光が差し、沢村はその中をゆっくりと昇ってゆく。沢村の霊力と落合の呪力をもって禁呪を成功させたとはいえ、超リーグボールを一球投げるだけで現世にとどまる力を使い果たしてしまったのだ。
(ありがとう、落合監督…)
沢村はベンチの落合に頭を下げた。
落合は口から溢れる血を拭いもせず、数珠を握り締めたまま手を振って笑顔でこれに応えた。
誰からともなくなく、誰もが帽子を脱ぎ、天を仰いで沢村に敬礼を送った。

(…うわっ、ボール来た!)
ただ一人、左門豊作だけが捕手の仕事の真っ最中であったため、脱帽も敬礼もしている暇がなかった。それどころか早く試合を終わらせてポケモンがやりたくて上の空だったので、完全に捕球のタイミングを逃した。
ポコポコポコンッ。
「あたたっ!」
ボールは左門の体にあたって勢いよくすっとんでいった。顔を見合わせる花形とオズマ。
「コレハ!」「振り逃げ!」
バットを投げ出しすたこらさっさと一塁へ走り去る二人。左門がてんでばらばら三方向へ逃げてゆくボールのどれを追いかけようかキョロキョロしている間に、二人は仲良く一塁を踏んだ。同時に三塁にいた透明ランナーがホームイン。左門が冷たい視線の中、三つのボールを集め終わったとき、ホームベースを花形とオズマの二人が仲良く踏んでいた。
後日、左門はチームメイトに遊戯王カードを全部取られてしまったので泣いた。





野球の話が長くなってしまったので、荘子の話を書いている時間がなくなってしまった。
誰がこれを面白いと思うのだろう。何の中身もない。だがしかし、私にはこれを書くしかないのだ。
これから風呂を浴びて、木の根っこをちゅうちゅう吸いながら泣いて寝る。
そして二度と目覚めない。そのまま死ぬ。私は生きていても、こんなつまらぬことしかしないし、これしか出来ない。何も望まれていないし、何も望まれたくない。どうすればいいのか、どうしたいのかもわからない。だからあとはもう死ぬしかすることがないんだ。
posted by ヨシノブ at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

萩本欽一氏のウルトラマラソンに関する私の見解

夏の恒例「24時間テレビ愛は地球を救う」でいつもいつも思い出すのは、ナンシー関が24時間テレビを取り上げたコラムで「感動を売り物にするのは下品だ」と嫌悪していたこと。私は程々に下品を好むものの、ナンシーの言葉には我が意を得る思いである。感動を売り物にする下品さには、私が好きなおっぱいとかうんことは違う下品さがある。



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萩本欽一氏のウルトラマラソンに関する日本禁煙学会の見解
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2007年8月16日
日本禁煙学会 理事長
作田 学
162-0063 新宿区市谷薬王寺町30-5-201

このほど日本テレビでは萩本欽一氏にウルトラマラソンをおこわなせる企画を検討していると聞き、つぎのような見解を広報する。

1. 66歳のヘビースモーカーに酷暑の中で70kmのウルトラマラソンを行わせるこの企画は、医学的に見てきわめて非常識である。
2. 全国民に感動と生きる勇気を与えたいというこの国民的タレントの気持ちは理解できるが、それをウルトラマラソンという形で表す事は、上記の理由によりきわめて不適切である。
3. 自らが禁煙して全国民に禁煙のメッセージを送ることによって、欽ちゃんの気持ちはじゅうぶん生かすことができる。
4. 日本禁煙学会は、欽ちゃんがこれからも元気で長生きし全国民に夢を届ける活動がつづけられるよう、この機会に禁煙を実行することを強く望む。
http://www.nosmoke55.jp/action/0708smoker70kmrun.html


「医学的に見てきわめて非常識」というのは、とどのつまり『死ぬかもしれない』ということだろう。ジョギングだって死を招く(ジョギング提唱者ジム・フィックスはジョギング中に死んだ)ことがあるのだから、マラソンに向けトレーニングを行い援護体勢も整っているとはいえ、喫煙老人が70キロ走るなり歩くなりすれば死ぬこともあるだろう。

 たばこを吸うと、一酸化炭素の作用で酸素の運搬能力が低下するので、運動能力、特に持久力が落ちてしまいます。またニコチンは、心臓の動きを不必要に早くしたり、血管を収縮させて血圧を上げたりします。そのため、心臓に余分な負担が絶えずかかり、運動の妨げとなります。
http://www.gan-osaka.or.jp/gannituite/tabacco-1.html

不適切だから止めてくれ、というのだろう。しかし私は萩本欽一はマラソンをしてもよいと思う。
私は萩本が嫌いだから死ねばいいと言っているわけではない。事実、嫌いではあるが、私は植村直己の探検を見送ることになっても、彼は死ぬかもしれないと思いつつ引き止めないであろう。遊び半分で行くわけではないのは彼の努力と実績が示している。死の危険を知りつつ、それでも自分の意思で行くというのなら、私には止められない。植村が死なずに帰ってきてほしいのは山々である。萩本も死の危険を知りつつ、それでも自分の意思で行くと言うのだから、死んでもいいではないか。
寺山修二がネフローゼに罹ったときだったか、ある病院入院した。寺山の入院生活は「医学的に見てきわめて非常識」であったため、医者と揉め、そこでの「医者は僕の病気をみてくれるが、僕という人間をみてくれない」として、理解のある医者のいる病院へと転院した。
喫煙学会は萩本欽一という肉体のみをみて、その人間をみていないのではないか。
一日でも長く生きることが生きることの最優先事項ではあるまい、と萩本も植村も寺山も私も思っている。
だから私は萩本欽一がマラソンで死んでもよいし、喫煙で長生きが出来なくてもよいと思っているのだ。


ナンシー関が何処かに書いていたある言葉を思い出そうとするが、よく思い出せない。
「私は見えるものしか信じない。だから目を皿のようにして見る。そして、見抜く。」
このような言葉だった。たまらぬ女だぜ、ナンシー。
こうしてナンシー関が24時間テレビに見抜いたことのひとつが、冒頭の「下品」であった。
posted by ヨシノブ at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

特選 真夏の怖い話

第一話 「ショルダーバッグ

夏休みは学校がない!
とはいっても、登校日というのがある。面倒だけれど友達と会えるし授業はないので、トオルはその登校日にも元気に家を出た。「いってきまーす!」
ただ、トオルにはひとつだけ不満があった。
それはランドセル
今日は筆箱しか持っていかなくていいし、先生からプリントをもらうだけなのに、わざわざランドセルでこなくちゃいけないというのがトオルの学校のきまりなのだ。トオルはせっかく夏休みなんだからショルダーバッグでもいいじゃんと思っていた。まだ持ってないけど、登校日がショルダーバッグでもよくなったら、デパートで買ってもらおう。

その時!

ドーン! ガガガガガガガガガ、バババババババババ! 

トオルは大きなトラックにはねられてしまったが、そこにはトオルの死体はなく、かっこいいショルダーバッグがひとつ落ちているだけだったという。それからトオルの姿を見たものはいない。


*ほっほっほ。どうじゃ、こわかろう。トオルは何処へ行ってしまったのかのう。そしてあらわれたバッグは何を意味するのか。
わからん。この世はわからんことばかりじゃ。こわいのう。今のうちにかわやへ行っておくのじゃ。



第二話 「落ち武者の霊」

わたしの学校には、落ち武者の幽霊が出るという噂があります。
ある先輩は、その落ち武者の幽霊が校庭に立っているのを見たことがあるそうです。


*いったいどこから落ちのびたのか、何用あって学校の校庭に出るのか、さっぱりわからんが、こわいのう。聴いているだけで、こう、背筋がゾクゾクしてくるじゃろう。じじいは今一度かわやへ行ってくるぞ。年を取ると小便が近くなってしまってどうもいかん。なに、近いのはお迎えじゃないのかだと。ほっほっほ。そのとおりじゃ。お迎えのほうはいつ来なさるんかのう。



第三話 「夜中の笑い声」

ある夏の暑い夜、寝苦しくて目がさめた。時計を見ると2時ちょうどだ。
顔を洗ってさっぱりしようと洗面所にいき、顔を洗った。
タオルで顔をふいていると、こんなに暑い夜なのに、首筋を冷たい風が吹きぬけた。
びっくりして辺りを見回すが、何も変わったことはない。
少しこわくなって、急いでベッドにもどった。
眠気はさめてしまっていたが、目をつむっているとだんだん眠くなってきた、すると外から遠くで誰かがワハハと笑う声がしてきた。
あの時ワハハと笑ったのが誰か、今でもわからない。
朝になって目が覚めると、超能力が使えるようになっていた。


*誰が笑っていたのか、家族にきいてみても誰もその声を聞いていなかったそうじゃよ。ほっほっほ。よく寝てらしたのじゃろう。
超能力を使っても誰の声かわからなかったようじゃから、ふしぎじゃ。こわいのう。
さて、じじいは何だか死にたくなってきたぞ。もう生きてるのがどうでもよい。長生きしたが、いいことなんかあんまりなかった。こわい話はまだまだあるが、もう疲れたのでな、また今度じゃ。なに、そのまえにお迎えが来ちゃうかもだと。死ねっ、くそガキ。年寄り馬鹿にすると容赦せんぞ。
なんだ、その目は。あまりふざけてると、やるぞこのヤロッ! 馬鹿ガキめが。
posted by ヨシノブ at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月17日

07/08/15

ペガサス幻想を歌いながら自転車に乗っていたら、歩道で単車に跨っている年季の入った顔のおじさんから声をかけられた。
ハローワークの帰りですか?」
「いいえ、違います。(本屋でホビージャパンとイブニングのきくち正太ともりやまつるを読んできた帰りです)」

向こうは覚えていないかもしれないが、もしかしたら同じ目的を持った違う人かもしれないが、一年か二年前にも同じ場所で同じく声をかけられた。
私はそういう様に見えるのか。眼鏡割れているしな。あ、でも前回は割れてなかったぞ。
どんな仕事を斡旋してくれるのか怖いもの見たさの興味はあるが、怖い思いをさせられそうなので踏み込めなかった。


盆と雖も何も変わらぬ日常。実家に帰省なんかしたくはない。岩永氏も広野氏も転勤してしまったし拓郎も引っ越してしまったし、会いに行くような人間が誰もいない。強いてあげればチエコか。
そういうわけで、久方ぶりにチエコと飲んだり食べたりした。間の悪いことに、その日はちょうど私の気分が悪くなってしまっている日でもあった。盆、帰省、実家という連想から、実家で過ごした中学時代の息の詰まる日々を思い出すのがなかなか止まらなくなってしまったのだ。私の頭髪が薄いのは、中学のころに抜け毛が酷かったせいである。当時それを気に病んで人に話すと、人間の髪の毛は一日に三百本抜けるのが普通だから大丈夫だと言われたが、朝起きると枕に抜け毛があれほどついていたのは今のところ当時だけである。それに今調べてみたら一日の抜け毛は平均五十本から百本らしい。
そんな精神的背景から私は内面の鬱々とした部分を、説明下手も手伝って支離滅裂にチエコに話した。チエコはきちんと話を聴いてくれたので、いい奴だなあ、と思い
「チエコはいい奴だな。お前のおっぱい幾つ揉んでいい?」
と訊いたら
「ひとつたりとも駄目」
と言うので、けちな奴だなあ、と思った。
この問いに対するベストアンサーは『あればあるだけ』である。
この日のチエコは妙に私の目を見つめてくるのでどうしたことだろうと思っていたが、割れた眼鏡を見ていたのだと今になって気づいた。
posted by ヨシノブ at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月16日

ウォーリーさがして三千里


パンフレットより紹介文

あの感動作「母をたずねて三千里」の続編がついに登場。三千里に渡って母をたずねたマルコが数十年ぶりに歩き回るビッグプロジェクトは、なんとあのウォーリーをさがしてしまうというもの。ただでさえ人ごみにまぎれて見つけにくいウォーリーなのに、既に過去の人となってしまっているからもう見つけにくいことこの上なし! 母をたずね歩いたマルコ不屈の精神は、ウォ−リーをさがし出せるのか!!

マル秘情報! 映画にはなんとアノ○○○○○○も登場!? 君もさがしてみよう!!





感想など。ネタバレあり。

マルコの感動とウォーリーをさがせの楽しさを期待して観に行ったが、大いに期待を裏切られた。良い意味と悪い意味で。

良かったところは、作画の凄まじさ。アニメ好きなら、これだけで観に行く価値がある。劇場の大スクリーンいっぱいに細かい人々がひとりひとりごちゃごちゃと動いていて、マルコが何処にいるかもわからない。本家ウォーリーの絵本よりも書き込みが多いだろう。これが総て手描きでアナログ彩色の動画というから圧倒される。作画スタッフを苦しめるかのように、マルコの行く先々は全部人だかり。それも、何かお祭りをやってるとか観光地だから人が集まっているとかではなくて、何故か何時でも何処でも人が密集している。一番酷かったのは砂漠を横断するところかな。何故か人がごった返していて地面の砂が見えてない。遠くにスフィンクスとピラミッドが見えているのと、群集が「砂漠は暑いな」「靴の中が砂だらけだ」「ここが砂漠か」と口々に言うので砂漠とわかった。書き忘れていたが、群衆のひとりひとりに声が当てられている。そして何故か道中マルコは無口だ。

良いところを挙げるつもりが、既に悪かったところの指摘も始まってしまった。このまま悪いところを指摘しよう。
何と言ってもさがすことに関してストーリーが何もない。最初、ドキュメンタリー風にマルコのインタビューが始まって、どうしてウォーリーをさがすのかを語るのだけれど、なんか自己陶酔していて不快。曰く、自分自身への挑戦であるとか、マルコはまだ三千里行けるのか、無理だ、しかし、マルコがどこまでやれるのか見せてくれよと自分の中にいる自分を突き放したもうひとりの「マルコ」が挑発しているとか、あとはお決りの「頑張っている姿を見せて、みんなに夢や希望を与えたい」ってやつ。ウォーリーさがすためのトレーニングとして、百人一首の小学生チャンピオンに一週間弟子入りして、免許皆伝貰ってようやく本編(?)の人ごみごちゃごちゃが始まる。ここまで30分くらい。マルコが肩に乗っけてた猿は5年前に老衰で死んだらしい。

マルコは大都会や海岸、砂漠、ジャングル、海底、と色んなところに行くのだが、何故そこに行ったのか説明はない。それぞれの場所は絵本のように俯瞰の固定視点で10分くらい映し出され、唐突に次の場所に切り替わる。ネットで調べてみると、どうもマルコがウォーリーをさがして画面の端から端にうろちょろしながら移動し終わったら切り替わるようだ。私にはマルコが何処にいるのかわからなかった。完全に「マルコをさがせ」状態。これが70分延々と続く。この間で客の半分は帰るし、残った客は金を払った以上はと無理に観ているようだ。なお、ここでウォーリーは出てない(はず。根拠は後述)。

最後は唐突に誰もいない寂しい荒地に切り替わる。一軒のあばら屋があって、マルコがそこへ入ってゆくと、中には粗末なベッドに横たわるみすぼらしい男がひとり。ゆっくりと身を起こすとボーダー柄の寝巻きを着ている。「ようこそ。そしておめでとう。あなたはウォーリーをみつけた」。彼こそがウォーリーその人であった。握手し、抱き合ってポンポンと互いの背中を叩くふたり。なんだこれは。
ウォーリーは絵本がヒットしてあちこちの人ごみにまぎれるうちに、それがストレスとなって人ごみの中にいられない体になってしまって、今では人を遠ざけて、これまでの稼ぎを切り崩しながら細々と暮らしているのだという。今でも年に5人くらいはさがしあてる人がいるそうだ。
マルコはウォーリーと一緒に写真を撮り、裏にサインをもらって家を出た。不機嫌そうに黙って荒野を歩くマルコを映しながらスタッフロールが流れて終わり。年に何人もウォーリーをみつけてる奴がいるのが不愉快だったらしい。
館内が明るくなると観客は皆一様にがっかりした顔をしていて、マルコのように無口だった。

画の技術に特化して、後は何もない映画だったなあ。後で知ったが「母をさがして三千里」と「ウォーリーをさがせ」の版権を無視して勝手に作った映画らしい。
オフィシャルで作ったウォーリーをさがせのアニメとどっちが面白かったかと問われれば、答えに悩むなあ。あれはあれでがっかりするほど本当につまらなかった気がする。チョコボールっぽいウォーリーのお菓子もあったんだけれど、美味しくなかった。当時はウォーリー探すの好きだったからがっかりしたなあ。

パンフレットに書いてあった「アノ○○○○○○も登場!」というのは、多分スタッフロールの時に出てた風船おじさんだと思う。
前売り券を買ったら、ウォーリーのボーダー柄ストラップが貰えた。
posted by ヨシノブ at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

×ゴロゴロ ○ダラダラ

鬱病ゴロゴロで取り上げた番組の再放送を見る。
『職場復帰のための「自己リハビリ」』という項目で、町永俊雄アナウンサー
具体的どういうところから始めるか。ま、自宅作業。まあ今まで自宅でずーっとゴロゴロ、ゴロゴロといっちゃあ、あ、安静にしていた人が…」と発言。
ゴロゴロといっちゃあの部分で隣の鹿島綾乃アナウンサーが「ゆっくり、はい」と救助艇を出した。

私はこの発言をもって町永は鬱病患者を差別していると言いたいわけではない。
ずっと福祉番組をやっているのに鬱病を自宅でゴロゴロなんて言ってしまった、という落差に目が止まって、その発言を正確に聴き取りたいと思っただけである。だから、この話はこれでおしまい。


おしまいのはずだったが、もう少し。
聴きたいのはゴロゴロ発言だけだったのでビデオに録画して該当部分だけを見て、それで終わりにするはずだったが、巻き戻して番組を最初から再生させていると、自宅でゴロゴロの前にこんな発言があった。

鬱病患者との接し方の一つに、リビングなどで衝立やカーテンを引くなどする方法がある。患者のダラダラ(ダラダラという表現はいいのか?)している姿に家族がいらだって攻撃的なことを言ってしまうのを避けつつ、姿は見えねど声はするので周囲に人がいる安心感を患者に与えることが出来る。
この話での町永の言葉。
言っちゃならないのに、いつまでゴロゴロしてるのよっていうふうに、ねえ、本来だったら言っちゃいけなわかっていても言ってしまうことがある
posted by ヨシノブ at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月14日

宇宙からの肉

ニッポンハムに「ハムリンズ」というキャラクター群がいて、彼らの一人ヤキベータに狂気を感じる。
私は最初彼のそれに気づいたとき、目を疑った。
 ハムリンズ画像
一番大きい茶色の奴がヤキベータである。

こやつ、両耳に肉をつけているのである。肉厚である。
なんだい、他の連中だって頭に加工品乗っけてるじゃねえか、とお思いの方がいるかもしれないが、頭に何か乗せると言うのは決して珍しいことではない。直江兼続の兜が「愛」を頂いているように、ダリが頭にフランスパンを乗せていたように、テリーマンの額に漢字で「米」と書かれているように、アピールポイントを頭(額)に掲げるのはよくあることであるが、耳は。
私はゴッホが耳を切り取ったあとの包帯を巻いた自画像を連想した。しかし、ヤキベータがゴッホと大いに違うのは、己の狂気をなんとも思っていないところではないだろうか。
私は恐怖からの無意識の逃避であろう、凍傷になった部位はアザラシを裂いてそこに突っ込んで治すとか、高熱が出たときには額に生肉を乗せると熱を吸い取ってくれるとか、そういうことを思い出して、彼もこのような常識的合理的理由があって耳に肉を、と自分を納得させようとしたが無理であった。(生肉を使った解熱方法など私はどこで知ったのだろう。多分嘘だと思う)
何を考えているのかわからない恐怖。
この恐怖を退ける手がかりはないかと思い、怯える心を奮い立たせ、先ほどの画像をもう一度見た。


あッ!
もうダメだ。人類に逃げ場なし。

どういうことだろう。私にはこの状況を把握しきれない。

ヤキベータは、己のマラをホットドッグに突き刺して笑っているのだろうか。

それとも、マスタードのかかっている茶色い棒が彼のマラなのだろうか。

マラでホットドッグを持ち上げて笑っているにしても、マラにパンに挟んで「パンフェラなのだー!」と舌なめずりしているにしても、私の理解を超えている。耳の肉どころではない。更に恐るべきは、仲間の表情である。彼らの目線はヤキベータに集まっているが誰も驚いていない。ハミュー(ピンク)など、「待ちに待ってたやっと出た」と言わんばかりの表情である。ヤキベータの冒涜的な行為が平気なのである。彼らも一様にヤキベータと同種の狂気を持ち合わせているのだ。
狂気といってもそれは地球人の視点からで、ハムソー星人には何らおかしいものではない。それを示しているのが、ヤキベータの痴態に驚いている蟹である。これは単なる蟹ではなく、地球生物全体を象徴させれたもので、地球とハムソー星の感覚の違いを示している。じゃあ後ろのイルカやヨットやカモメは何を示しているの? 何でも俺に訊くな!

あなおそろしや。これはラブクラフト以来の宇宙的恐怖である。圧倒的狂気を前に人に何が出来るか。己も狂うのみである。
画像左上にある太陽を見よ。まるでムルソーが照らされた、あまりに眩しい太陽ではないか。
この画像を見る者は全てこの狂った太陽に照らされる。それは、ハムソー星人を知った者は何人たりと狂わずにはいられないことを示しているのだ。





尚、些細なことであるが、私はカミュの異邦人を読んだことがない。
posted by ヨシノブ at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月10日

五十ならずして知る

人間誰もが、生涯のうちに一人や二人「眼鏡が割れているおじさん」を見かけるものである。
その人物は大抵うらぶれているというか、うだつが上がらないというか、くたびれた格好をしていて、割れた眼鏡がその姿を一層引き立て、どうして眼鏡が割れたのだろうという疑問を抱く。それはすぐに、そもそもあの人のこれまでの人生には一体何があったのだろう、というより広範囲な疑問に達する。
その疑問が、ついに氷解した。


いつの間にか意識を失っていたらしい。何気なく頭に手をやると、細い棒を掴んだ。横になったまま棒を掲げてぼんやりと見つめる。
見たことがあるけど、初めて見る棒だ。そういう、幼児期来失って久しい、不思議なものを見る感覚が蘇ってきた。
これは何だ。
長さは親指の先から人差し指の先くらいである。端の一方は曲がっている。もう一方の端には、寂しげに透明な欠片がくっついている。
また頭に手をやると、同じ棒がもう一本出てきた。いや、同じだけど同じではない。こちらには棒の曲がっていない端に、平たい透明な丸がふたつ並んでいる。飴みたいだ。ひとつの丸は欠けている。これも見たことがあるけど、初めて見る棒だ。
これは何だ。
丸と棒の接点は折りたためるようになっていて、閉じた状態から直角になるまで開く。
開く、閉じる。二三度繰り返して、これを知ってるという感覚が強くなってきた。
最初の棒とレンズ付きの棒を両手に持って、頭上に掲げる。それらをひとつに合わせてみる。
うん、これは見たことがある。
これは私の持っている縁なしの眼鏡に非常に全くよく似ている。だから見たことがあると思ったのだ。
しかし、明確に違うのは、私の眼鏡はふたつに分かれていない。だからこれは初めて見るのだ。
これは一体なんだろう。
私の頭の中にある川は、眼鏡が割れるなんてとんでもない、これは何かの間違いだ、という水流で満ちているが、それだけではないような気がして水面に目を凝らすと、寝ているうちに眼鏡を頭で押しつぶして壊してしまったのだ、という底流が見えた。目を背けた。

頭がはっきりしてくると、転寝をしているうちに眼鏡を割ったという事実もはっきりとしてきた。
左側のレンズ左四分の一ほどのところで、袈裟懸けに斬りつけたようにすっぱり割れている。
余人ならばおろおろとするところだが、取り返しのつかない失敗の数々をこなしてきた私は存外に冷静で、すぐにセメダインを用いて割れたレンズを接着し、これを着用してお天道様の下を歩いた。
そして雷に撃たれた様に、ああ、いつか見た「眼鏡が割れているおじさん」とは私のことだったのだと気づき、眼鏡が割れているおじさんの総てを知ったのである。
posted by ヨシノブ at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

鬱病ゴロゴロ

NHK教育の福祉番組「30代の“うつ“ 反響にこたえて(2)」

「働きたくても働けない」という悲痛な声。「社会復帰は出来るのか」という不安。なぜ「うつ」になるのか。予防する方法はあるのか。そして「うつ」になった時、どう治療し、家族・周囲はどうサポートすればいいのか。うつと向き合うためのヒントを、わかりやすく伝えます。http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/info/0708/70807.html


鬱病で職場を離れた人が社会復帰するためには「仕事8時間+残業2時間+通勤2時間」に対応できる体力をつくらねばならない。という話の中で、進行役の町永俊雄アナウンサーが鬱病患者を「自宅でゴロゴロしていて・・・・・・」といい、直後にそれをさらっと言い改めた。町永俊雄はNHK福祉番組の常連であるだけに驚いた。鬱病を「ゴロゴロ」していると言ったのは本音ではないだろうか、と思ってしまうのは私が意地悪なせいだろうか。
この番組は8月14日(火)13時20分から再放送される。



余談であるが、町永俊雄(早稲田大学政治経済学部卒)は昭和43年夏当時「三派系全学連の親派」であったという。
昭和46年NHK入社。
http://www.iijnet.or.jp/NORI/ エッセイ「三島由紀夫会見記」より。同サイト内の「マンガ」にはセクシーショットがあるので親のいないところで閲覧しよう。)

初任地のエピソード
八戸。約30年前、降りたった本八戸駅頭は新産都、水産都市のエネルギーにあふれ、ホコリ舞い立ち、魚臭に満ちていて、ボクはたちまち東京のママのスカートのうしろに駆けもどりたくなった。しかし、その地に4年、私は十和田に遊び、ホヤに舌づつみを打ち、そして美しい妻と出会ったのだった。以来ママのスカートとは縁をきっている。
http://cgi4.nhk.or.jp/a-room/aroom.cgi?i=442

私がぼんやりと思っている「左翼親派学生が書きそうな文章」にぴったりである。
片仮名のボクとママのスカートというユーモア。美しい妻ってのもニューファミリーっぽい。

わたしの仕事の“喜怒哀楽”体験
番組前には、ヨッシャーとガッツポーズし、打ち合わせではディレクターと口角泡を飛ばして議論し、放送が終わると「あああ、オレってだめだなあ」と落ち込み、しばらくすると、これも経験とにんまりする。この繰り返し。


この前向きさも上記と同様に私が思う「左翼親派学生が書きそうな文章」にぴったりなのよなあ。



*ここでの「左翼親派学生」は現役学生に限らず、学生時代を左翼親派で過ごした人、学生時代後も左翼親派である人、左翼親派の主張・自覚がなくともそれらしい人を指す。左翼の定義は厳密なものではなく、何となくで。
posted by ヨシノブ at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月06日

今週のゲーム内閣

ゲームキッズのみんな、こんにちは!
今回紹介するのはこのゲームだよ!

薔薇と椿
これは女たちの華麗なる戦いである。
華族、椿小路俊介に嫁いだ玲子。しかし翌日、俊介は息を引き取った。
残された玲子に高貴ないびりを続ける椿小路家一族。一族の仕打ちに耐えかねた玲子は椿小路家の人々に宣戦を布告したのである。

「椿小路家は長男の嫁である私が頂く」

俊介にもらった薔薇を胸に、玲子は一族に戦いを挑む・・・・


http://nigoro.jp/game/rosecamellia/intoroduction.html


遂に昼メロの世界を完全ゲーム化!
古来より女同士の勝負といえば、貝合わせとビンタの2択しかない。このゲームではビンタのほうをフィーチャーして、子供から大人まで家族で楽しめる作品になっているんだ。もちろん一人で遊んでも、浮世を忘れる面白さだよ!
遊び方を見ただけじゃとっても難しそうだけど、やってみればとっても簡単。「攻撃」「回避」をクリックしてマウスをヒュッて動かすだけ。今すぐプレイしてみよう!


☆ミ 遊んでみたおともだちの感想コーナー ☆ミ

主人公玲子の影のある表情がそそりますね。気の強い高飛車な女を屈服させるのが好きなので、静香と沙織には大満足! ゲームの内容ですか? マウスを動かすのが忙しいけど、単純なルールだから将棋が指せない僕でも楽しく遊べましたね。マウスの描く軌道が戦場を駆けるファンネルみたいで、宇宙戦士になった気分です。ファンネルってのはガンダムに出てくる武器で、こう、ピュンピュンって飛ぶんですよ。ええ、ガンダム好きなんですよ。好きって言っても、最近のやつ、SEEDですか? ああいうのにはついていけませんね。ガンダムの看板下ろして貰いたいですよ。やるなら自分の看板作ってやれと。「ロボットウォー伝説 キラ」でいいじゃないですか。SEEDの許せないところはですね、放送開始前の宣伝でファーストガンダムを強く意識した作りであることをアピールしてたことですよ。実際、第一話ではファースト第一話を真似た場面が出てくる。敵軍のモビルスーツが2機やってきて、主人公は初めて乗ったガンダムでこれをやっつけるも、コロニーに穴を空けてしまって……とかね。でも、それはただ形をなぞっただけのことで、なんていうかな、SEEDという作品の設計思想はファーストと全く関係なかったんですよね。設計思想でファーストをなぞるなり、アンチファーストで新しいガンダムを打ち出すなり、そういうものを期待してしまったんです。でも、そこには客寄せパンダとしてのファーストしかなかった。これはね、ファーストファンとしては許しがたい。単なる記号じゃないんですよ、ガンダムってのは。ミハルがいた、ララァがいた、ハモンがいた、ミライがいた、キシリアがいた。へへ、女の子の名前ばっかりあげちゃいましたけど、そういう人々の喜怒哀楽、生と死、想いの積み重ねがあって、ガンダムってのは名作足り得るんですね。ただロボットに乗ってドンパチしてるわけじゃない。彼ら彼女らの魂とでもいうようなものが、SEEDには受け継がれてなかった。作品の、いわば物質的なところだけをコピーして、ほら、ファースト意識しているでしょうって態度を取られてはたまらないんですよ。え、ゲームの内容ですか? 最後に出てきた女、まだクリアしたわけじゃないんで、多分アレが最後だと思うんですけど、アレがですね、映画サスペリアの最後に出てくる正体を現した魔女みたいだなって思いましたね。はっきりと覚えているわけじゃないんですけど、こういう感じなんですよ、姿も設定も。面白いですよ、サスペリア。ホラー映画なのに面白いって表現は変かもしれませんが。テーマ曲もいいですね。こわくて。タ、タ、タ、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タ、タ、タ、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、ってね。サスペリアは2もあって、これは1との関連がないけど、これも好きですね。最初のほうで、主人公が周りの風景に何か違和感を感じるところ、僕はあそこで何が変なのかすぐわかりましたよ。これ自慢になりませんかね。なりませんか。じゃあもういいです。(南アルプス市/平塚ヨシノブくん)



最後に今週の人気ゲームランキングだ。
ゲーム内閣独自の調査方法で、最新の人気ゲームをランキングしたぞ。これで君も情報通だ!

1位 三浦和義監修 ドキドキドロボーゲーム(1753ポイント)↑
2位 水戸黄門(1589ポイント)↑
3位 Pマン (1580ポイント)↑
4位 PC原人(963ポイント)↑
5位 ワールドヒーローズ(321ポイント)↓

今週は時代設定が昔のゲームに人気が集中。原始時代のゲームがふたつもランク入りだ。
来週は46億年物語が急上昇!?


さあ、お別れの時間になってしまいました。
今週のゲーム内閣はどうだったかな?
番組では励ましやゲームの裏技情報のお便りを待ってます。どしどし送ってね。
合言葉は「僕らはいつもゲーム主義!」
それじゃあ、バイバーイ!
posted by ヨシノブ at 02:20| Comment(1) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月04日

如何なる星の下に生まれけむ

芸能事務所FROM FIRSTのサイトにある小野寺昭のプロフィール
http://www.from1-pro.jp/talent/OnoderaAkira.html
彼の私的な面について私はほとんど何も知らないが、どうも大変に人柄の良い人物らしいのである。
このプロフィールにあるOFFICIAL SITEのリンクを踏んでいただきたい。
流れて来る軽快な音楽と流れて来る「このホームぺージにはBGMが流れています!」の青文字、花柄の背景、並んだ写真で、私は一瞬にして彼は好人物であろうという確信に近いものを得た。


殿下の人の良さにすっかり中てられて、私はふらふらと夜の街を彷徨い歩いた。
そして光るネオンに誘われて飛び込んだ一軒の店で、「アゴなしゲンとオレ物語」の単行本を読んだのである。この漫画は週刊ヤングマガジン(講談社)に連載されており、毎週ヤンマガを立ち読みする私はいつもこれを読み飛ばしている。立ち読みしながら笑ってしまうのが恥ずかしいのだ。
でも、こんな夜なら、こんな夜くらい、人目も憚らず滑稽話に身を任せてもいいのではないか。
そう思って読みはじめたのだ。

「アゴなしゲンとオレ物語」のいいところは、たまにエッチな場面(例:女の裸)が出てくるところである。この漫画は週刊ヤングマガジン(講談社)に連載されており、毎週ヤンマガを立ち読みする私はいつもこれを読み飛ばしている。立ち読みしながら劣情を催してしまうのが恥ずかしいのだ。
でも、こんな夜なら、こんな夜くらい、人目も憚らず艶話に身を任せてもいいのではないか。
そう思って読んでいると、なかなかエッチな場面がでてこないので不愉快になり、ついには話の内容には目もくれず、ただただ裸のある場面を探してペラペラとページを繰った。で、女のおっぱいが出ているページがあったので、ああ、よかった。と胸を撫で下ろしたのである。
十分に眺めてから、もっと他にはないかとまた探していると、またあったのである。何ていい漫画だろう。

ところが、そこにあったのはエッチな絵だけではなかった。コマの片隅にあるこれは、一滴だけポトリと落ちたような黄ばんだこれは、見覚えのある、きっと製本過程でついたものではない、そう、落ちてるエロ本によくついてる、、、あれだ!
その瞬間、脳に一筋の電流が走った。それは、私は小野寺昭と同じ星の下に生まれていない、という直感と、清水國明の野郎はこの俺に精液で黄ばんだ本を売りつけるつもりか! という怒りを伝える電流であった。
誰の精液だ。この精液零したのは誰なんだ!

その時、何処からともなく声が聴こえてきた。

『ブックオフのことならなーんでも知ってるヘビーユーザーの清水國明です』

お前の精液か、こん畜生!
私はブックオフを飛び出した。いつの間にか雨が降りだしている。
こんなにも清水國明から馬鹿にされたのは初めてだ。
私は心を怒りと悔しさに染め、雨と涙に濡れながら、行く先も知らぬ夜汽車に乗って街を出た。
汽笛が哀しく胸に響いた。
posted by ヨシノブ at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする